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MAZDA コスモ AP(1975-1981年)
コスモAP
コスモスポーツ製造中止より3年後の1975年(昭和50年)にコスモAPとして復活した。 APとはアンチ ポリューション・公害対策の意味。オイルショック後、マツダが初めて発表したモデルで、コスモスポーツと異なりスペシャルティカーとなった裏側には、北米市場の要求があった。

排気ガス対策で、スポーツモデルが次々と消えていこうとしている時期に登場し、未対策車にも負けない走り、オイルショックで落ち込んだ世相を吹き飛ばすような派手な赤いボディカラーなど、話題になった。内装、装備に至っても高級感・豪華さを押し出したものとなっており、スポーツカーというよりはラグジュアリーなグランドツーリングカーといった趣であった。

エンジンは135PSの13B、125PSの12A、レシプロの2000、1800の4タイプのバリエーションがあった。前期型は丸型4灯のヘッドランプとL字型のテールランプが特徴であった。1979年のマイナーチェンジで角形2灯のヘッドランプに変更されラジエターグリルも変更され雰囲気を一変した。CMソングにはしばたはつみの「マイ・ラグジュアリー・ナイト」が使われた。そのCMのモデルは宇佐美恵子を起用。この年は広島東洋カープがセントラル・リーグで初優勝を果たし、中国放送の日本シリーズ(相手は阪急ブレーブス)中継等で同車のCMが流れた。

コスモの登場により、各車のスポーツモデル開発に火がつき、様々な名車が生まれた。また、ドラマや映画では「探偵物語」や「太陽を盗んだ男」などで活躍し、派手なカースタントシーンもあった。

余談だが、第五代民主党代表である前原誠司の学生時代の愛車だったらしい(2007年4月26日付日本経済新聞夕刊「心の玉手箱」より)。

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[ 2007/10/09 13:57 ] MAZDA | TB(0) | CM(0)
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