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MarkⅡ TourerV (JZX90) 0'30"

トップページTOYOTAカテゴリーMarkⅡ TourerV (JZX90) 20071105171614.jpg

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マークII (MARK II)は、トヨタ自動車が生産していたアッパーミドルクラスセダンを担う乗用車。1996年発売の8代目(X100系)まではチェイサー/クレスタと共に姉妹車。

1968年の発売当初は「トヨペット・コロナマークII」と呼ばれ、コロナの第2世代という意味合いで、クラウンとコロナの間に位置づけられた。

日産自動車のローレル・スカイラインらが、マークII・チェイサー・クレスタのライバル車種として位置付けられていた。

しばしば、刑事ドラマに登場する。

上記のように、日産のローレル・セフィーロ・スカイライン等と同じ、アッパーミドルクラスの高級乗用セダンである。トヨタ内におけるクラスヒエラルキー的には、クラウンの1つ下に位置する。ちなみに姉妹車のクレスタ・チェイサーの2車種を合わせて「マークII3姉妹」とも言われる。日本を代表する高級車の1台である。

初代マークIIとなったクルマは、そもそもはコロナの次期モデルとして企画されていた。 1964年9月、コロナはモデルチェンジで3代目RT40(PT40)型へと移行する。車種体系の充実や、ファミリーカーとしての基本性能の高さが評判を呼び、トヨタ初のベストセラー車となっていた。

そのコロナ次期モデルの構想における勘案材料として、市場のモータリゼーション拡大による上級志向化というものがあった。また、クラウンとのギャップを埋めるモデルが必要だったことや、ユーザーの嗜好の多様化によるラインナップの充実が求められていたことが背景にある。 そこで、次期モデルは車の寸法、車格の拡大が重点に置かれた。当時のデザイン部門のリーダーであった森本眞佐男の『トヨタのデザインとともに』によれば、自工、自販首脳部による次期コロナのスタイル審査において、次期コロナと比較のために並べた現行コロナを前に『(当時の)神谷自販社長から『これは両方作ってくれ』という言葉がでた。青天の霹靂(へきれき)だった。(中略)デザイン部門では新しいモデルの仕上げと並行して、(現)コロナのフェイスリフトを急遽立案しなければならなくなった。』とある。これにより、コロナは従来タイプのマイナーチェンジに留め、当初次期コロナして開発されていたモデルを「コロナマークII」として世に出すことになった。

こうして1968年9月にコロナマークIIが発売され、従来のコロナはマイナーチェンジにとどまった。

「新型車カローラ登場によるカローラ―コロナ―クラウンラインアップ上のコロナの役割を変更する」という当初の開発意図は、ユーザーの要望を聞いている販売担当サイドの意見から最終的には「コロナとクラウンの間を埋める」という役割を担う新型車種となったのである。

販売戦略では「社長や部長のクラウンよりは下だけど、部下のカローラ、コロナよりは上の"課長さんのクルマ"」と位置づけされ、これが広告宣伝で使用されオーナーの自尊心をくすぐった。そもそも、コロナマークIIという車名自体も上級車志向のコロナオーナーを意識しておりトータルな販売戦略が伺える。

ここに「カローラ―コロナ―マークII―クラウン」のラインナップが揃い、コロナは日産・ブルーバードを抜き、カローラがファミリーカーとしての地位を初代にして固めるなどの背景もあり、トヨタは当時の日本の状況を的確に見据えた「グレードアップ戦略」を強化していく。

マークIIは好販売を維持し続け、30年以上に渡り製造・販売されるロングセラーカーとなった。

ハイソカーブームに沸いた1980年代半ばには、同社のソアラや、日産・シーマなど代表的な車種がシンボリックな存在だったが、実質的な販売台数では「白いマークII」がその中核であった。

1990年代からのRVとその後ひきつづくミニバンブームが起こり、単なるブームではないと思われ始めた世紀末以降もトヨタはセダンが自動車の中心であると謳い、マークIIをプロモーションしテコ入れしていたが、最終的には、セダンは後継車種のマークXにモデルチェンジ。車名をマークXへと切り替えることで新しい道を探り始めた。

マークXに移行した2004年11月以降、マークIIはマークIIブリットとしてステーションワゴンのみの販売となっていたが4年後の2007年6月をもって名実共に39年間の歴史に幕を下ろした。

コロナ マークIIという車名は上級車志向のコロナオーナーを意識し、ジャガーMk-IIなどの英国車のモデルチェンジやグレード変更によく使われる方法から採用された。[1]。トヨタの小型セダン”コロナ”(現在は既に廃止)をよりスポーティに高級化した車、という開発コンセプトにより、端的にその二次的車種という意味で”コロナマークII”と命名された。1984年(昭和59年)5代目(X70系)モデルチェンジ以降は動力・駆動機能とデザインにおいてより独自性が強められ、コロナシリーズとしての性格が弱まったことから”コロナ”の名称を外し”マークII”となった。当時、トヨタには車名の頭文字を「C」とすると成功する、とのゲンかつぎがあり、輸出仕様車の名前では"クレシーダ"(英:Cressida 英読み:クレシダ)として「C」を冠することになった。

「マークII」の名前についてはジャガー社など海外メーカより、既存の自社製品と名前が同じであるとクレームが付き、「マークX」まで数字が進むことはなかった。しかし同時期にイギリスに輸出されたローレルは「ローレル マークII」と名乗っていた。

マークII以外でコロナシリーズとして発表された車種には、”コロナEXiV”、”コロナプレミオ”があるが、コロナEXiVは既に廃止となり、コロナプレミオはマークIIと同様、2001年に”プレミオ”に改称された。

セダン、4ドアハードトップ、ステーションワゴン、バン。2ドアハードトップ、ピックアップが用意されていた時期もある。

マークIIはセダンの代表的車種。どちらもセダン系ではあるが、トヨタではドアにサッシュを持つものを「セダン」、ないものを「4ドアハードトップ」と称している。

エンジンはかつては直列6気筒2000cc(M-B, M-U, M-EU)、 2600cc(4M-U, 4M-EU)を主力とし、81系では3000cc(7M-GE)直列4気筒1800cc~2000cc(16R-U,18R-U,18R-GEU,21R-U,3T-U,13T-U,1S-U,4S-Fi,4S-FE)も存在したが、X100系からは直列6気筒2000㏄(1G-FE)、2500cc(1JZ-GE)、3000cc(2JZ-GE)のガソリンエンジンと2400ccのディーゼルターボ(2L-TE)のみとなった。2500ccには280psのターボ(1JZ-GTE)が搭載されたグレードもある。

グレードについてはX60系後期型から販売の中心となったラグジュアリー志向の「グランデ(grande)」を筆頭に、X80系からはより装備を充実させた最高峰グレードとして「グランデG(grande G)」が登場した。 スポーツグレードはX60系に「GT」、X70~80系までは「GTツインターボ」90系からはチェイサー/クレスタ(100系はルラーン)と共通の「ツアラー」だった。最終型110系はNAが「iR」「iR-S」ターボが「iR-V」となっている。 ディーゼルターボや直列4気筒エンジンを搭載した廉価グレードは「GRサルーン」(X80系まで)「グロワール」(X90系)の名称で販売されていたが、GRサルーンにはグランデとほぼ同等の装備内容としたものも設定された。

7代目(X90系 1992年10月-1996年9月)
日本国内専用車になり、車体の大型化で全車3ナンバーボディとなった。開発時期がバブル絶頂期だったので、2代続けてプラットフォームを一新するというかなりの開発費を投入したモデルであり、その結果クルマとしての基本性能は大幅に向上した。なお、この代からスポーツモデルがツアラー(Tourer)に改称された。 しかし、発売前に景気後退が進んでいたため、コストダウンが行われた。代表的な物に、TEMSの設定グレードの減少(3Lのみ)と、パワーウインドウの方式変更などである[5]。コスト削減のため車体の溶接方法も変更され鉄板が従来車よりも薄くなったため、車重が軽くなった。 4ドアセダンは従来型(80系)でX90系主要部品を移植する形で継続生産の上車種整理(自家用ガソリン車は2.0Lと1.8Lのみ、タクシー・教習車)、ワゴンは引き続きX70系を継続。

今までFR方式の駆動のみだった同車だが、この代の1993年10月より、四輪駆動(実用型四輪駆動)仕様の「グランデfour」「グランデG four」が追加される。従来のFR方式は雪道には弱いとされていたため、積雪・凍結路面の多い北海道・東北・北陸地方のユーザーからは好評だった。この四輪駆動方式の排気量は、2500のみでエンジンは1JZ-GEである。

特別仕様車「レガリア(REGALIA)」が設定された(X100系・X110系でも設定された)。

発売から15年以上経ったが、この世代のマークII(チェイサー・クレスタ)は現在でもマニアの間では「キューマル(90)」などの愛称で呼ばれ、人気も高い。 その理由として、デザイン面では、当時は国産車の多くが丸みを基調とした曲面デザインへと変化していく時期であり、この90系も例外ではなかった。曲線を基調とした中に流麗さを持ち合わせ、古さを感じさせないボディデザインは、90系の人気のひとつとなっている。

さらに、その改造のしやすさ(後に発売された100系マークIIの部品のほとんどが90系にそのまま使えるため(代表的な物として車高調)か、100系のパーツを移植する例も多い)が受け、VIPカーのベースとなったり、ツアラー系を中心に走り屋からの人気も高い。中古車市場ではかなりの廉価で発売されているためか(但しツアラーVの純正5速MTは高い)、入手も容易である。また、最近流行りの前期の後期仕様への改造は、歴代マークⅡチェイサークレスタの中では、このX90系が最も簡単にできる。(部品の交換のみで可能である。)

CMには故・アルフレッド・ヒッチコックがフィルム合成で登場。ナレーションには彼の吹き替えで有名な熊倉一雄が起用された。キャッチコピーは、前期が「名前以外は、すべて新しい。」「それは走る高級車。」、後期が「2年ぶりの新作。」「Mark, the Better MARKII!」。

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[ 2007/10/16 13:40 ] TOYOTA | TB(0) | CM(0)
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