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Sunny Super Hatchback Ad 1984 0'30"

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サニー (SUNNY) は、日産自動車が1966年から2004年まで製造・販売していた自動車。

本項ではペットネームがサニーのみの車種について記述する。サブネームを持つ派生車については#派生車の節から当該項目を参照のこと。

1960年代の日本におけるモータリゼーションの進展に対応して開発され、以後1980年代にかけて長く日産の最小排気量クラスを担う主力車種として、高度成長期のベストセラーカーとなった。1980年代に至るまで、日本の小型大衆車の中でもトヨタ・カローラと双璧をなす存在で、その最盛期には販売台数を熾烈に争ったことで知られる。

ボディタイプは2ドアセダンからスタートし、4ドアセダン、2ドアクーペ、3ドアクーペ、ピックアップトラック、2ドアライトバン、4ドアライトバン、ステーションワゴン(カリフォルニア)、3ドアハッチバックなどのバリエーションが存在し、ライバルのカローラ同様に実用性と経済性、信頼性に優れた大衆車として市場の定評を長い間保っていたが、1990年代以降、日産自動車の販売施策低迷と、セダン主力の車種構成が時流に合わなかったことで人気を落とし、2004年の車名廃止に至った。

1960年代初頭、日産自動車では1000cc-1200cc級の小型乗用車「ブルーバード」の初代モデル310系が大成功を収め、続く2代目モデルの410系はスタイリングが市場の不評を買ったものの、小型車市場での地歩を確実に固めつつあった。

しかし、410系ブルーバードが1200cc以上を主力とするモデルに移行したため、日産には、ブルーバードより若干小型で軽自動車との中間クラスに当たる700cc-1000cc級のベーシックカーが存在しない状態となった。当時最大のライバルであったトヨタ自動車工業は、700cc級の「パブリカ」をエントリーモデルとして市場に送り出し一定の成果を収めつつあり、その他の中堅メーカー各社も、700cc-1000cc級の小型車で市場参入を進めていた。

日産車内ではこれを危惧して、ブルーバードより小型のモデルを開発しようとする動きがあったが、当時の日産自動車トップであったワンマン社長・川又克二は、ブルーバードと同志討ちになりかねないエントリーモデルの開発には当初消極的で「お金のない方はブルーバードの中古をお買いになればよろしい」と評する始末であった。営業陣は商用車開発などの名目で川又を説き伏せ、ようやく小型ベーシックカーの開発にこぎ着けた。サニーが大成功したことで、川又も部下たちに対し「(サニーの開発を)やっておいて良かったな」と反省の弁を残している。

こうしてサニーは、1980年代後半に至るまで人気シリーズとして日産のメインストリーム的な車種となった。とはいえ、サニーの登場からおよそ7か月後に遅れて登場した競合車種(同クラス)のトヨタ・カローラには、走行性能面で互角あるいはそれ以上のポテンシャルを備えながら、ユーザーを惹き付けるデザインやアコモデーションなどのクオリティ(品質感)などで一歩譲るところがあり、販売面では常にカローラの後塵を拝し続けることになり、それ以後はカローラを永遠のライバルとして見なすようになる。しかし1990年代の中期以降、日産車全体のシェア低迷と歩調を揃えるかのように回を重ねる毎に販売実績が減少し、市場でもある意味で半ば忘れかけられた存在となって、最終的に当ブランドの消滅を迎えたのである。

5代目 B11型(1981年-1985年)
1981年10月にB11型にモデルチェンジ。時代の趨勢に合わせて駆動方式を前輪駆動に改め、エンジンも一新。SOHCへ移行、サニー初のタイミングゴムベルト駆動となる。

それまで日本国内で「ダットサン」ブランドで販売されていたサニーも、B11型へのフルモデルチェンジを機に、正式車名を「日産・サニー」へと切り替える。

ボディタイプは4ドアセダン、3ドアハッチバッククーペ、5ドアワゴン(カリフォルニア)。先代モデルまで存在した2ドアセダンは輸出仕様のセントラには継続して設定され、バンはB11型のコンポーネンツを流用したADバンとして独立している。

1982年9月には4ドアセダンと3ドアハッチバッククーペに大衆車クラスとしては初の試みとなる1,487ccターボチャージャー付 E15ET型搭載の「ターボルプリ」が追加された。鏡文字の「TURBO」が書かれたラジエーターグリルを特徴とする。

また、1982年10月には4ドアセダンおよびカリフォルニアにサニー初のディーゼルエンジン車が設定され、直列4気筒SOHC・1680ccのCD17型を採用した。最高出力はグロス値で61馬力を発生した。

1983年10月にはマイナーチェンジが行われ、それを機に3代目B210型より続いてきた6ライトウィンドウ&ファストバックスタイルの3ドアハッチバッククーペが廃止された。さらに世界的に主流のコンパクトな2BOXスタイルの3ドアハッチバック発売。

1983年秋の第25回東京モーターショーにはB11型サニーをベースとした「ニッサン NRV-II」が参考出品された。樹脂材料を活用した軽量化、E13型エンジンをベースにしたメタノールターボエンジンを搭載する等、数多くの技術を盛り込まれていた。

また、モデル末期となる1985年1月にはターボ車のターボチャージャーが油冷式から信頼性と耐久性に優れる水冷式に変更された。

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[ 2008/12/25 22:15 ] NISSAN | TB(0) | CM(0)
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