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Celica 1994 CM 0'31"

トップページTOYOTAカテゴリーCelica 1994 CM Toyota_Celica_-_1994_-_Commercial.jpg

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セリカ (Celica) は、トヨタ自動車が生産していたクーペ型スポーツカーである。トヨタカローラ店にて販売されていた。

セリカはトヨタのスポーツクーペである。先進的なデザインを積極的に採用していることはスポーツクーペの主要な特徴の一つである。そのため、比較的デザインがおとなしいといわれるトヨタ車のなかで、セリカはそのどのモデルもデザインが先進的で斬新なものが採用されていた。

6代目 ST200系(1993年-1999年)
1993年10 月に発表された6代目のセリカは、より一層高められたスポーツ性を特徴とした。全モデル3ナンバーサイズとなったシャシーは新しい設計で剛性が向上。重量は逆に20kg程度軽量化(ST205,ST185前期型比)されている。まずはNAモデルが先行発売され、ラインナップはハイメカツインカム3S-FE (140ps)搭載のSS-Iと、スポーティツインカム3S-GE(MT:180ps/AT:170ps)搭載のSS-IIの2グレードが発売された。また、SS-IIにはセリカとしては初採用のスーパーストラットサスペンション装着モデルも用意された。スーパーストラットモデルのMT車にはビスカスLSDが搭載され、オプションでスポーツABSも選択可能とし、更なるスポーツドライビングを実現した。1994年2月には、新しいWRCホモロゲーションモデルのGT-FOUR(ST205型)が登場。駆動方式は先代同様フルタイム4WDだがスーパーストラットサスペンションを装着しブレーキも対向4ポット、対向2ポットのアルミキャリパー4輪ベンチレーテッドディスクとなり制動力を高めた。またWRC仕様車という、国内限定2100台販売の限定車が用意された。このGT-FOURは、TTEのオベ・アンダーソン監督の意見を取り入れて造られていた。

1994年の1000湖ラリーから参戦予定だったST205型だが、直前になっても車両の開発状況が思わしくなかった。特にスーパーストラットサスによるハンドリングチューンは難航し、結局オーストラリアでのデビューとなる。しかし、重い車体と決まらないハンドリングにチームとドライバーは悩まされ続け、WRCの勝利は1995年のツールドコルスのみ。しかも、ライバルの脱落による棚ぼたの勝利だった。これらの状況に加え、1995年に行われたレギュレーション変更によるターボリストリクター規制の厳格化が、1995年カタルニアでのリストリクター違反につながった。これが基でWRCへの1年間の出場禁止処分がFIAによって下された。

1994年9月には日本市場向け量産型としては3代目となるコンバーチブル(ST202C型)を発売。ASCが引き続き手掛けた電動幌開閉装置は先代までの油圧式からオール電動モーターに変更され、3分割のレールが外側に広がりながら重なり合う「アウターフォールド機構」の採用で省スペース化を実現。後部座席幅が260mm広がり、大人男性2人でも窮屈にならない程度に改善された。また、リアウインドウに初めてガラス(電熱線入り)を採用。幌を閉じた状態はクーペタイプに見劣りしないスマートなシルエットとなった。ST202CはST183Cなどと同様に北米仕様のセリカクーペをベースとしているため、ST200系セリカクーペのフロントマスクを日本独自のデザインにして販売していたカレンとは、トランクパネルやテールランプなどリア周辺の部品が共通している。

GT-FOURとコンバーチブルは次期モデルのZZT230系では市販に至らず、ST200系が最終モデルである。

HKSの手によってチューンされたST202型は日本産FF車として、初めて0→400m加速で10秒を切るタイムを叩きだした。

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[ 2008/05/15 21:29 ] TOYOTA | TB(0) | CM(0)
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