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Leopard Ad 1984 0'30"

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「日産・レパード」は、1980年、910型ブルーバードをベースにした上級2ドア/4ドアハードトップとして、スカイライン、ローレルに続く上級車ラインアップの一角を担うべく登場した。

1999年のモデル消滅までの19年間、終始コンセプトが定まらず二転三転した事が大きな特徴で、初代は前述の通りブルーバードベースの上級2ドア/4ドアハードトップ、2代目はスカイラインをベースにし、トヨタ・ソアラを強く意識した高級2ドアクーペのみ、そして3代目~4代目はセドリック/グロリアベースの高級4ドアセダンのみというコンセプトの変わり様であった。その迷走ぶりは、スーパーホワイトのボディカラーと共にマークII3兄弟やクラウンを大ヒットさせたトヨタに比べ、日産のマーケティング戦略が如何に遅れていたかを如実に物語っていた。

しかし、車両価格を高めに設定できたことと主流商品ではなかったことにより、新技術の先行投入が積極的に行われた結果、その後の日産車をはじめ、他のメーカーにも少なからず影響を与えたと見る向きもある

前述の迷走ぶりもあり、レパード自体は確固たるブランド力を構築出来なかったが、その後の同社のインフィニティQ、M、G(シーマ、フーガ、スカイライン)をはじめとした高級パーソナルカーにその経験は生かされている。

当時、荻窪にあった旧・プリンス自動車工業の開発拠点で開発された車種である。ベースとなったのは、910型ブルーバードを基に、北米向けに直列6気筒のL24Eを積んだ「G910型 マキシマ」であり、810型まで国内に設定されていた、ブルーバード「GT」や、「G6」シリーズの事実上の後継車種にあたる。

ボディタイプは4ドアハードトップと2ドアハードトップだった。これに加え、チェリー系販売会社向けの姉妹車として、「レパードTR-X」(トライエックス)も設定された。レパードの異型ヘッドランプに対し、TR-Xは、規格型の角型4灯ヘッドランプを採用する。

初代(F30型)は、さまざまな「世界初」や「業界初」(最近普及してきた燃費計やフェンダーミラーワイパーといった役に立つかどうか不明のものも含む)を携えて登場した。また、スタイリングには、910型ブルーバード、430型セドリック / グロリア同様、ピニンファリーナの手が入っており、リアウインドウに使われたベンドグラスや、C ピラーとリアフェンダーを面一としない手法(キャビン後端の幅を狭め、C ピラーの後ろを絞り、ボディー全長にわたるショルダーラインを際立たせる)は、国産他車に先駆けるものであった。ただ、車体幅が5ナンバーサイズであったため、現代の車と比較すると前後の絞りは少なく、ひょろ長い印象がある。このように未完成な部分もあるが、スタイリングの完成度に比べエンジンが旧態依然としたL型エンジンと凡庸であり、ライバルのトヨタ・ソアラが「GT」系グレードにDOHCエンジンを搭載していた(当初は2.8Lのみ、後に2Lも)のに比べ大きく見劣りしていた(レパード発売当時、日産にはまだ相応しい新型エンジンがなかったため)。1984年、ようやくフェアレディZ 300ZXと共通のV6エンジン(JISグロス最大出力230馬力)搭載の「300ターボグランドエディション」が追加されたが、すでにモデル末期に差し掛かっており、販売台数が好転することはなかった。

1984年10月、本家ブルーバードに6気筒エンジンを搭載したマキシマが加わった為、レパード4ドアはその存在意義を失ってしまった。また、ライバルのソアラが2ドアのみだった事もあり、次の2代目は2ドアのみでの再スタートとなった。

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[ 2007/12/28 23:48 ] NISSAN | TB(0) | CM(0)
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