スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

Celica CM 78/79 0'30"

トップページTOYOTAカテゴリーCelica CM 78/ 79 Japanese__78___79_Toyota_Celica_Commercial.jpg

blogram投票ボタンにほんブログ村 動画紹介ブログへ人気ブログランキングへ
1977年8月、2代目にフルモデルチェンジ。先代と同じくカリーナと共通のフロアパンに2ドアクーペ、あるいはリフトバック(LB)と呼ばれる、3ドアボディの組み合わせであるが、先代がいずれもセンターピラーのないハードトップだったのに対し、双方ともピラーを備えていた。

キャッチコピーは「友よ、答えは風の中にあった」。 1978年3月には、リフトバックにサンルーフ付き(日本車初)を加え、翌4月には米国市場における対フェアレディZを主眼にした上級モデルのスープラ/セリカXX(MA40系)が登場する。

1979年、マイナーチェンジ。フロントグリルが変更され、ヘッドライトが角型4灯になる。特にこのモデルは競合車種の日産・スカイラインとの競争が激しかったモデルでもあり、CMでは当時、自動車排出ガス規制の影響でSOHCエンジンを搭載せざるを得なくなったスカイラインが「GT」を名乗っていた事に対しての比較広告として「名ばかりのGT達は、道をあける。」のコピーにてDOHCの優位性をアピールすれば、そのスカイラインも1980年にターボモデルを設定すると、応酬比較広告として「今、スカイラインを追うものは誰か」のコピーにて対抗した事があった。 CMソングはローリング・ストーンズの「サティスファクション」(なお、この曲は後にヴォクシーのCMでも使われ、Sly&Robbie+All starsがカバーしている)。

1980年1月、4ドアセダンのセリカカムリが登場する。こちらはカリーナの姉妹車であった。

モデル末期の1980年8月にはGT系のリアサスペンションがこれまでの4リンクコイルリジッド式から、XX同様、セミトレーリングアーム式に変更されたが、日産車のそれと比較してトラクションの掛かりが悪く、スライド(ドリフト)コントロール性でもリジッドに劣っていたため、評価は芳しくなかった。

WRC(Group 4)には1978年の1000湖ラリーからRA40型(最高出力230ps)が参戦する。1981年にはアイボリーコーストラリーにて最高位の準優勝を飾る。なお、1979年のRACラリーからDOHC4バルブのエンジン使用が許可されたため、ベース車両はRA63型に移行する。

また、1977年のF1日本GPで、オフィシャルカーとして、LBモデルが使用されていた。

スポンサーサイト
[ 2007/12/22 21:26 ] TOYOTA | TB(0) | CM(0)
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
この記事のトラックバックURL

FC2カウンター
ブログ内検索
コミュニティ・ツール
ブロガー(ブログ)交流空間 エディタコミュニティ





上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。