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Starlet P60  0’34”

トップページTOYOTAカテゴリーStarlet P60型 1981 TOYOTA STARLET
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パブリカのスポーティーな上級派生車として登場した初代はファストバックボディの2ドアと4ドアであり、1978年(昭和53年)まではスポーティーグレードを廃止した2代目パプリカも併売されていた。2代目以降は3ドアと5ドアのハッチバックボディを持つ。2代目と3代目には商用車登録のバンも存在したが、ピックアップトラックは作られず、パブリカピックアップが1988年(昭和63年)まで継続生産されていた。 前輪駆動化した3代目からターボチャージャー付きエンジン搭載車も登場し、「韋駄天」「かっ跳び」など走りのコンパクトとしての異名を持つ。

2代目以降の設計と組み立てには、豊田自動織機も参加している。

2代目 P6#型(1978年 - 1984年)
通称:「1300スターレット」。ハッチバックボディに転換。エンジンは先代モデルに用いられていた3K型の排気量をアップした4K型、72馬力へ変更された。

同時期のライバルはFFのものが多く、大衆車のFF化が進んでいた中でFRのままデビューした。また、同クラスで初めて全グレードにフロントディスクブレーキを標準装備したモデルである。他にも、衝撃吸収ステアリングやヘッドランプクリーナーといった装備も存在した。

リアアクスルは固定車軸ながら、先代のリーフリジッドから4リンク+コイルスプリングに変更されている。またロック トゥー ロック3回転のラックアンドピニオン式ステアリングギアボックスを採用。

発売時のグレード構成は、木目調インテリアやヘッドランプクリーナーなど最高級の装備を奢った「SE」、スポーツサスペンションなど走りを意識した装備の「S」、標準的な装備の量販グレード「XL」、ベースグレードの「DX」、廉価版の「スタンダード」となっており、スタンダード以外は3ドアと5ドアが選択できた。 前期型と後期型では同じP60系でも内外観の印象は大きく異なる。また、後期型では電子燃料噴射方式(EFI)仕様の「Si」「SE-EFI」「XL-EFI」が追加された。ただしその特性は、レスポンスや吹け上がりの面でキャブレター仕様に譲る。一方、競技用のベース車には廉価グレードであったDXやDX-A、スタンダードが好まれた。これらは安価な上、余計な装備がなく、軽量であり、改造に向いていたからである。カモシカ風のエンブレムを冠した最後のモデルである。

後輪駆動車のわりに中古車価格の値下がりが早く、アフターパーツが豊富に存在したことから、1980年代から1990年代にかけて競技用として普及し、サーキットレースやラリーで盛んに使用された。同時にチューニングカー愛好者にも普及し、当時は峠族や環状族に人気があった。また、彼らの間ではエンジンのボアアップや、1,600ccの4A-GE型に換装する改造が流行した。かつてはTS仕様のワンメイクレース「スターレットグランドカップ」が存在した他、少数ながら全日本ツーリングカー選手権に参戦した実績がある。近年では、2005年(平成17年)から岩井照宜がD1グランプリで使用している。

また、1981年(昭和56年)にはTeam ACPによりパリ=ダカールラリーに参戦、時間外ながらも完走を果たしている。

当時のカタログには砂漠を片輪走行するシーンがあった。

1978年(昭和53年)2月 - 2代目発表。時流に乗り、背の高い2ボックスボディー+ハッチバックスタイルとなる。その後モータースポーツでのTRDのサポートなどが奏功し、人気車となる。

10月 - パブリカバンの後継車として、リアオーバーハングを延長した5ドアバン(KP61 / 62V)が追加された。なお、バンのみリアサスペンションはリーフリジッドで、エンジンも当初はパブリカ時代と同じ1,200ccの3K型(3K-U、3K-HJ 1976年1月 - 1977年8月)が搭載されていたが、1982年(昭和57年)1月に1,300ccの4K-J型(KP61V)に変更されている。

1980年(昭和55年)5月 - マイナーチェンジ。俗に中期型と呼ばれるこの時期のモデルは、ヘッドランプが前期型の丸型2灯から角型2灯になり、同時に女性仕様の「リセ」が追加されている。バンのヘッドランプのみは角型のライトベゼルに丸型のランプが入っている。

1981年(昭和56年)8月 - 吸気系統の変更で、運輸省届出型式は4K-Uのまま、カタログ表記がLASRE 4K-II に変更され、AT車も従来の2速から3速に変更された。廉価グレードのDX-Aに、自動アイドリングストップ機能の「エコランシステム」が設定されていた。

1982年(昭和57年)1月 - バンのエンジンを 3K-HJ 型から 4K-J 型へ変更。

8月 - マイナーチェンジ。俗に後期型と呼ばれているが、車幅灯がヘッドランプの横に移動(コーナーマーカー化)し、ハッチバックの開口面積が拡大され、インパネのデザインが大幅に変更されている。

1983年(昭和58年)4月 - ドアミラー仕様車が追加、併売される。

車両型式と姉妹車
型式(かたしき)表記はトヨタの通例どおりで、"KP##"、"EP##"などである。最初のアルファベットはエンジン型式、後のアルファベットの"P"は車種「スターレット」を意味する。"P"は初代モデルであるパブリカスターレット、およびその先代のパブリカから引き継いだもの。

また、トヨタ自動車には、スターレットとサスペンションやパワートレイン(エンジン、トランスアクスル)を共用する、ターセル、コルサ、カローラII(ともに型式は"L"。これらのハッチバックが類似車。)が存在するが、スターレットは単独の型式"P"を持つため、姉妹車の扱いとはなっていない。両系列ともに第2開発センターの車種であるが、開発チームも分かれている。

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[ 2010/07/14 07:21 ] TOYOTA | TB(0) | CM(0)
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