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Crazy Van Driver On German Highway 1'29"

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進路を塞いでいるドイツのパトカーの動きが凄い!

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[ 2010/02/01 21:06 ] その他の動画集 | TB(0) | CM(0)

Crazy Chinese Bus Driver Plows Through Many Cars On Highway 1'30"

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バスが次々と前走車にぶつかっていく様子を3つの視点で

[ 2010/02/02 21:22 ] その他の動画集 | TB(0) | CM(0)

Crazy Truckers on European Highway 1'52"

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トラックが次々と高速道路を逆走!お~いどこにいくんだ~?

[ 2010/02/03 21:39 ] その他の動画集 | TB(0) | CM(0)

人とぶつからない車? 0'50"

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人と正面衝突しない車?

いったいどんな車だぁ~!

[ 2010/02/04 00:01 ] その他の動画集 | TB(0) | CM(0)

Mercedes-Benz S600(W100 1965年型) vs Rolls Royce Silver Shadow(1965年型) Old Car Challenge partⅠ 8'13"

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1965年型のMercedes-Benz S600とRolls Royce Silver Shadowの対決。
スラロームから最高速までありとあらゆるテストで競い合う

[ 2010/02/05 01:59 ] TOP GEAR | TB(0) | CM(0)

Suzuki Carry L40 1970 0'30"

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キャリイ (CARRY) は、スズキが製造、販売するトラック型の軽自動車(軽トラック)。
10代目まではワンボックス(キャリイバン)もラインナップされていたが、併売時期を経て10代目キャリイ=3代目エブリイ中盤以降はエブリイに完全移行している。

ネーミングはその名の通り、「運ぶ」の英語名からとって「CARRY」としている。

この車は、1971年~2009年までの39年連続で、日本国内で販売されているトラック(軽・小型・普通)の車名別年間販売台数第1位である。さらに、2010年1月で累計販売台数400万台を達成した。

シャーシ構造が全く異なる(トラックがFR、1BOXがMRと駆動方式から違う)51系(10代目キャリイ/3代目エブリイ)を除いて、バンタイプのスズキ・エブリイと2002年までは共通の構造を多く有していた。スズキからマツダにOEM供給を行っているマツダ・スクラムのトラックタイプは、この車両を元に一部外装パーツの変更を行ったものである。またエブリイも1981年まではキャリイを名乗り、1991年~1993年の間は上級車種以外の車種についてはキャリイバンの車名で販売されていた。

軽自動車の新規格に適合させるため1999年以降のキャリイはロングホイールベース、セミキャブタイプの仕様だったが、2005年11月におよそ7年ぶりにショートホイールベース、フルキャブタイプの仕様(キャリイFCシリーズ、ボディサイズはもちろん新規格で農耕用に特化した)が復活、追加された。ただし、OEM版のマツダ・スクラムトラックにはこの仕様は設定されていない。

なお、欧米や東南アジア、インド、オーストラリア等では排気量を拡大したモデルが生産、販売され、また大宇国民車(現:韓国GM)からは9代目(エブリイにおける2代目)が「ラボ(LABO)」(エブリイは「ダマス(DAMAS)」)と言う名称で登場。いずれも現在も生産されているが、ダマスはフェイスリフトを受けている。

4代目 L40(1969-1972年)
1969年、フルモデルチェンジ。ジョルジェット・ジウジアーロがデザインを手がけた。しかしバンはリアビューに傾斜があったため、あまり扱いやすくはなかった。この弱点は5代目で幾分改善される。

[ 2010/02/05 02:53 ] SUZUKI | TB(0) | CM(0)

Initial D First Stage ACT 24 「赤城の白い彗星!」 25’00”

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Initial D First Stage 24
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Initial D First Stage ACT 24 「赤城の白い彗星!」

『頭文字D』(イニシャル・ディー / 英語表記: Initial D) は、しげの秀一による日本の漫画作品、またそれを原作にしたテレビアニメと映画を指す。通称「イニD」。『週刊ヤングマガジン』(講談社)にて、1995年30号から2013年35号まで連載。コミックス累計発行部数は47巻の時点で約4800万部。

北関東の名立たる峠道を舞台に、主人公・藤原拓海が父親の愛車、AE86型(ハチロク)スプリンタートレノを駆り、誰の目にも圧倒的に速いと思える車を相手に対等な勝負を繰り広げ、“公道最速”を目指す。

峠において自動車を高速で走行させることを目的とする走り屋の若者たちを描いた作品である。作品に登場する秋名山(あきなさん)は架空の地名であり、実在しない。そのモデルは群馬県にある上毛三山の一つ、榛名山(はるなさん)。その他の地名は実名。

作品の舞台となる年代は、第一話の冒頭に199X年と表記されているが、ランサーエボリューションVIIやZ33型フェアレディZなど、2001年以降に発売された車も登場しており、現実とは時間軸が異なる。

この作品の愛読者には土屋圭市、織戸学、谷口信輝、今村陽一といったレーシングドライバーがおり、特に土屋はアニメ版の監修やハチロクのエンジン音・スキール音の収録を務め、作品に深く関わっている。また、2009年に刊行された増刊本『頭文字D THE MESSAGE』では前述の土屋、谷口のほか片山右京、新井敏弘、山野哲也、飯田章、石浦宏明、服部尚貴、中嶋悟らも本作の読者としてコメントを寄せている。アニメの出演者で、藤原拓海を演じる三木眞一郎と高橋啓介を演じる関智一なども影響を受け、三木は主人公の愛車である「ハチロク」を購入。また、中里毅を演じた檜山修之も「この作品をもっと早く知っていたらスカイラインGT-R(R32)に乗っていたかもしれない」とコメントしている。

作品中に登場する技術「溝落とし」や、「インベタのさらにイン」などを実際に真似ようとする読者や視聴者が現れるため、アニメと、連載雑誌の冒頭には読者・視聴者に対して「道路交通法を守り、安全運転を心がけてください」と警告するメッセージが表示される。

タイトル「D」の意味は、「ドリフト(drift)のD」であると作者が発言しているが、プロジェクトDの「D」に関しては、作中では高橋涼介が複数の意味を持つ言葉であるように語っており、その詳細は語られてはいなかったが、最終話で「DREAM(夢)」であることが判明した。

[ 2010/02/06 21:36 ] Initial D First Stage | TB(0) | CM(0)

Batman Begins Tumbler Scene HD 4'46"

トップページMOVIEカテゴリーBatman Begins Tumbler Scene HD
Batman Begins_ Tumbler Scene HD.jpg

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バッドマン ビギンズ カーチェイスシーン

[ 2010/02/07 03:54 ] MOVIE | TB(0) | CM(0)

Saab Suite the original from 1988 TV Commercial 8'40"

トップページSAABカテゴリーSaab Suite the original from 1988 TV Commercial Saab Suite the original from 1988 TV Commercial.jpg


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サーブ・オートモービル (Saab Automobile AB ) はかつて存在したスウェーデンの自動車メーカー。航空機・軍需品メーカーSAABの自動車部門として1947年に設立され、1990年にアメリカのゼネラルモーターズの出資を受けてSAABから分離され単独の会社となり、2000年から同社の完全子会社となった。

2009年2月20日、経営悪化のために会社更生手続きに入り、2010年にサーブ・スパイカー・オートモービルズとして、スパイカー・カーズの傘下企業となった。一般には「サーブ」として知られる。

1940年代、スウェーデンの航空・軍需品会社であったSAAB社は自動車の開発に着手した。第二次世界大戦の終戦翌年の1946年、2サイクルエンジンを搭載した前輪駆動車「92001」を完成する。水滴形のボディ、強固なモノコック構造等には航空機メーカーの特色が現れているとされる。ボディ設計時には、当時としては珍しい風洞実験が行われ、CD値 0.32を実現していた。また、雪上走行を考慮して、車体下面にカバーが施されていた。

その量産仕様「92」は1950年に販売が始まった。これ以後、「92」の発展モデル「93(3気筒エンジン搭載)」や「96(後にドイツフォードのV4エンジン搭載)」で国際ラリーでも活躍する一方、スポーツモデル「ソネット」シリーズも生み出した。これら一連の「92」発展モデルの製造は1980年まで続けられた。

1967年にはその後のサーブスタイルの源泉とも言うべき、中型の「99」が登場。1977年に量産市販車で世界初のターボエンジンを搭載した「99ターボ」を発売した。

直後の1978年には主力モデルを改良型の「900」へと移し、ターボモデルも引き継がれた。1984年には「99」の後継となる「90」が登場した。「90」のボディーは「99」の前半部と「900」の後半部を繋いだもので、ベーシックカーとしての役割を持たされていた。 なお「900」はその個性的なスタイリングと、パワフルなターボエンジンの組み合わせがアメリカや日本などで高い人気を呼び、さらに1980年代に入り追加されたコンバーチブルモデルも人気を博した。

1984年にはイタリアのフィアットグループとの合弁事業『ティーポ4・プロジェクト』で、フィアット・クロマ(Fiat Croma)、ランチア・テーマ、アルファロメオ・164との姉妹車となる「9000」が登場、大衆車メーカーから高級車メーカーへと転身を図った。 また、スウェーデン国内では、自社の販売網で初代ランチア・デルタ(「Saab 600」の車名で。このモデルの空調機能の開発にも協力していた)やランチア・Y10を販売し、フィアットグループとの連携姿勢を保っていた。

1990年、乗用車部門がゼネラルモーターズ(GM)との折半出資会社「サーブ・オートモビル」に移管され、2000年にはGMの完全子会社となった。この間、GM傘下のオペルのプラットフォームを利用した新型900(1993年。後の初代「9-3」)や「9-5」(1997年)などが登場した。 しかし2000年代半ばになると、親会社であるGMの経営不振により新車の開発、発売は停滞し、その結果最大手市場であるアメリカやヨーロッパのみならず、各国で市場シェアと販売台数ともに低落傾向が続いた。

2009年、親会社であるGMが経営破綻、不採算部門であったサーブ・オートモービルズも公的管理下(日本の会社更生法やアメリカの連邦倒産法第11章の適用に相当)におかれた。GMはスウェーデンのスーパーカーメーカーのケーニグセグへサーブ・オートモビルを売却することで基本合意していたが、ケーニグセグは買収資金を確保することができず白紙撤回された。GMはその後もオランダの高級車メーカーのスパイカー・カーズと売却交渉を行っていたがこれもこの時点で一度決裂した。

2009年12月に、GMと中華人民共和国の北京汽車との間で『9-3』と旧型『9-5』の知的財産権とパワートレイン技術、旧型『9-5』の生産設備一式を売却することが基本合意された。2010年2月に、オランダのスパイカー・カーズへのサーブ・オートモービルの売却が完了し、サーブ・スパイカー・オートモービルズとして再出発することになった。旧型 9-5の製造ラインを北京汽車に譲渡出来次第、新型9-5の生産をスウェーデン・トロールハッタン工場で開始する予定である。



車種一覧
現行モデル
9-3(ナイン・スリー; 9-3)
セダン(日本では「スポーツセダン」として販売)
カブリオレ
ワゴン -SportCombi (同、「スポーツエステート」)

9-5(ナイン・ファイブ; 9-5)
セダン
ワゴン -エステート(第1世代のみ)。なお2010年より新型(第二世代)が販売される予定だが、正式な販売開始日は決まっていない。

生産終了モデル
92 (92)
1949年末に生産開始された最初の市販モデル。横置き2ストロークエンジン、前輪駆動、空力設計の車体を持つ、個性的なクーペ。

93 (93)
92の発展型。2ストローク3気筒エンジン搭載

95 (95)
93・96のワゴン型

96 (96)
93の発展型で92系列の最終発展型。途中、2ストローク3気筒エンジンをフォード製V型4気筒エンジンに換装。
プラスチック製バンパーを装備するなどの変更を受けつつ、1980年まで生産された。

ソネット (Sonett)
96をベースとした前輪駆動の2座席スポーツカー。主にアメリカ市場に向けて作られた。

99 (99)
92以来の水滴型ボディに次ぐ第二世代目のサーブとして1968年に発売。ボディサイズは大型化され、4ドアも登場、エンジンも2リッターまで大型化され、後にはターボモデルも加わった。その基本設計はClassic 900に引き継がれた。

900 (900)
二世代に渡り生産され、それぞれClassic 900とNew 900と呼ばれる。Classic 900には2 ~ 5ドアとカブリオレのバリエーションがあった。
New 900はオペルのオペル・ベクトラのシャーシをベースとしていた。このパッケージは、そのまま初代9-3に引き継がれた。

9000 (9000)
フィアットとを始めとする欧州の自動車メーカー4社の共同により開発(ティーポ4プロジェクト)されたフラッグシップ・セダンである。

ボディ形状は、4ドアセダン(CD,Griffin)と5ドアハッチバック(CS、タラデガ、Aero)であった。後継モデルは9-5。 ティーポ4プロジェクトでプラットフォームが共通する他車種には 「アルファロメオ・164」「ランチア・テーマ」「フィアット・クロマ」が有る。

9-2X(ナイン・ツー・エックス; 9-2X)
スバル・インプレッサがベースのハッチバック。日本では未発売。

9-7X(ナイン・セブン; 9-7X)
シボレー・トレイルブレイザーがベースのSUV。日本では未発売。

(2010年10月現在)


日本ではシトロエン、プジョーとともに西武自動車販売(セゾングループ)により長く輸入されていた。1992年から1996年までは、当時ポルシェの日本総代理店でもあったミツワ自動車の子会社「ミツワインターナショナル(通称サーブミツワ)」が輸入権を持っていた。その後、一時的に日本ゼネラルモーターズ(現GMアジア・パシフィック・ジャパン GMAPJ)が「SAAB JAPAN」として輸入したが、1997年にはヤナセに変更になった。

2002年、再びGMAPJがサーブの輸入者となり、全国のヤナセ、及びGMAPJによる独自ディーラー(キャデラック・シボレー・ハマー併売店)の販売網で販売している。



航空・軍需品会社であったSAAB社は1968年、トラック・バスメーカーであったスカニア-VABIS社(Scania-VABIS)と合併、製品には「サーブ・スカニア(SAAB-SCANIA)」という名称が用いられた。1995年、トラック・バス部門はSAAB社から分離し、スカニア(Scania AB)という別会社となった。スカニアは後にボルボによる買収計画を経て、現在はフォルクスワーゲングループ傘下の企業となっている。


[ 2010/02/08 04:47 ] SAAB | TB(0) | CM(0)

Mitsubishi Triton L200 2010 3'19"

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トライトン(Triton)は、三菱自動車工業が製造・販売するピックアップトラックである。世界戦略車として位置付けられており、タイで生産が行われて、ほぼ全世界(北米などを除く)に輸出される。

フォルテを起源とする三菱製ピックアップトラックであり、タイでストラーダの後継として2005年8月に登場した。ちなみにトライトンの名称は以前からオセアニア向けに使用されていたものである。欧州では引き続きL200の名称で販売されている。エンジンは2500と3200コモンレール式ディーゼルターボが設定されている。シフトは5速MTと4速AT。 また、欧州ではシングルキャブの商用モデルも販売されている。 日本では2006年9月21日より、タイから輸入の形で販売され、V型6気筒・SOHC24バルブのガソリンエンジン6G74を搭載する4速AT車が輸入されている。日本国内では法律の都合上タイ仕様にはないサイドアンダーミラーが装備され、商用車登録となる。 2010年現在、日本で正規販売されているピックアップトラックはトライトンとフォード・エクスプローラースポーツトラックしかなく、特にトライトンは日本の自動車メーカー製で唯一、新車で購入できるピックアップトラックである。

スリーダイヤに因んだ「3つの」を意味するトライ(tri)と、1トンピックアップに因んだトン(ton)を合わせた造語。日本仕様の最大積載量は400kg。

[ 2010/02/09 13:46 ] MITSUBISHI | TB(0) | CM(0)

Subaru WRX STI sedan Nurburgring record lap with Tommi Mäkin 8'22"

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インプレッサ(IMPREZA)は、スバルブランドを展開する富士重工業が生産・販売する乗用車、ラリーカーである。1992年に発売を開始!

レガシィの下位モデルという位置付けで登場し、世界市場=特にヨーロッパにおけるCセグメント市場を狙ったスバルの世界戦略車としての役割も担っている。後述するが、日本車としては1代1代のモデルサイクルが長いことでも知られるが、3代目から4代目へのフルモデルチェンジは4年6ヶ月の異例の短スパンで行われた。

3代目GE・GH・GR・GV型(2007年-2011年)
ノーマルモデル
商品コンセプトを「新快適スタイル」とし、4ドアセダンと先代までに存在したスポーツワゴンに代わって登場した5ドアハッチバックの2モデルとなった。ただし、日本では5ドアハッチバックの販売が先行し、4ドアセダンは約1年遅れて市場に投入された(2008年10月8日)。なお、いずれのモデルも全幅が1,700mmを超えるので3ナンバーとなる。シャシーは、BL/BP型レガシィのプラットホームを基にした「SI-シャシー(Subaru Intelligent Chassis)」を新たに採用し、リアサスペンションの形式が従来のストラット式から新開発のダブルウィッシュボーン式へと変更された。ドアも従来の枠なしドアから、枠付ドアに変更された。

エンジンについては、1.5Lモデル「15S」はEL15型DOHC16バルブ、2.0Lモデル「20S」はNA仕様がEJ20型SOHC16バルブであり、ツインスクロールターボ仕様「S-GT」がEJ20型DOHC16バルブである。これに伴い、既存の1.5LのEJ15型SOHC16バルブエンジンは廃止された。この3代目から、日本国内向け2.0Lターボ車のグレード名は「WRX」から「S-GT」となったが、日本国外モデルのターボ車(全て2.5L)は先代同様「WRX」のグレード名を使用する。

2007年11月20日、新型インプレッサはアメリカの保険団体の衝突安全テストで最高評価を獲得し、2008年4月21日国土交通省などが、安全性能の評価が最も高い車に与える2007年度の「自動車アセスメントグランプリ」に選ばれるなど、安全性の高い車種として評価されている。

発売当初から発表はあったものの、しばらくセダン投入の動きは見られず、富士重工は「日本市場の様子を見てセダンの販売を検討していく」としていたが、同年11月29日、日本国内でもセダンを投入すると報じられた[34]。 当初は2008年初頭の発表が噂されたが、報道から約9か月後の同年10月8日に「インプレッサアネシス」の名で発売が開始された。

アネシスの特徴として「ツーリング・コンフォート」をコンセプトとし、ゴルフバッグを4つ積載できるトランクルームを備えるとともに、光輝タイプのヘッドライトや専用フロントグリルにより、ハッチバックとは異なるフロントマスクとなっていることが挙げられる。また、インテリアに関しては上級モデルにパールスエードと本革を組み合わせて上質感を演出している点も、ハッチバックと異なる点である[31]。エンジンは1.5LNAのEL15型DOHC16バルブと2L自然吸気のEJ20型SOHC16バルブの2種で、ターボ搭載のS-GTや先代のWRX系は設定されない[35]。また、アネシス登場を機にハッチバックにも一部改良が実施され、新デザインのフロントグリル、LEDサイドターンランプ付きドアミラー(2Lのみ)、ブラックトリムと後席中央3点式シートベルト&ヘッドレストを装備するなど、機能性と質感の向上を図った。

XV
2010年6月、インプレッサの一部改良と同時に登場した、クロスオーバーモデル(別項を参照)。 2012年9月、スバル・XVと名乗ってフルモデルチェンジ。

WRX STI
2007年10月24日に発売された[37]。先代までのセダンボディから、ショートオーバーハングの5ドアハッチバックボディとなった。型式はCBA-GRBである。 エクステリアには大きく張り出しエッジを効かせた前後フェンダーを採用し、独自の存在感を出した。これにより、WRX STIとして初めて標準インプレッサシリーズとは別の専用ボディとなり、前述の通り車両型式も専用となった。 インテリアでは、新たにレカロ社製フロントバケットタイプシートをメーカー装着オプションで設定した[37]。本革巻3本スポークステアリング、3連式のレッドルミネセントメーターや、テレスコピックステアリングも採用された[37]。 走行面では、SI-DRIVEやマルチモードDCCD、マルチモードVDCなどのメカニズムが新たに採用された[37]。先代に続きツインスクロールターボを採用した新開発のEJ20エンジンは280仏馬力の自動車馬力規制を超え最大出力308仏馬力となり、同時に低・中回転域のトルクも向上したほか、可変バルブタイミング機構・AVCSが吸気、排気の双方に設けられ[38]、走行性能を高めながらも、「平成17年排出ガス基準50%低減」を達成した。

2010年7月1日より4ドアも販売され、同時に5ドアがフロントなどをマイナーチェンジされた。グレードはともに2.0Lターボに6MTの組み合わせの「WRX STI(型式 GRB/GVB)」と2.5Lターボに5ATの組み合わせの「WRX STI A-Line(型式 GRF/GVF)」の2種で、後者にはサンルーフやタン色本皮革シートが選べる「プレミアムパッケージ」を用意。また、この年次改良から、カタログ掲載および店頭等での表示車名が「スバル インプレッサ WRX STI」から「スバル WRX STI」に省略変更された(正式車名は「スバル インプレッサ WRX STI」のままである)。なお、標準モデルがフルモデルチェンジした2011年11月30日以降も、本モデルは継続生産している。

※注)スバルHP・全車種一覧では「インプレッサシリーズ」と「WRX STI」がそれぞれ別枠に分類されているが、2010年7月1日の改良時[40]やその後の広報発表資料[41]の記事中にて引き続き「インプレッサ WRX STI」と表記されている(過去に、レガシィアウトバックがレガシィシリーズであるにもかかわらず単に「アウトバック」と称されていた件(後年「レガシィアウトバック」と表記されるようになった)、「インプレッサリトナ」が単に「リトナ」と称された件、カローラレビンが単に「レビン」と通称で呼ばれていた件などと同じであると考えられる)。

年表
2007年4月 ニューヨーク国際オートショーで発表(ワールドプレミア)。

2007年6月4日 フルモデルチェンジ。国内の目標月間販売台数はシリーズ全体で2,500台と発表されている。グローバルの目標年間販売台数は12万台で45%を米国、25%を日本、20%を欧州、10%をその他の地域で売るとしている。

2007年10月24日 追加モデル「WRX STI」発売。

11月14日 特別仕様車「BEAMS EDITION」発表・発売。

セレクトショップのBEAMSとコラボレートしたモデル。ボディカラーにBEAMSのイメージカラーであるオレンジが設定されているほか、専用の本革シートを装備していた。

2008年5月15日 特別仕様車「15S コンフォートセレクション」発売。消臭ルーフトリムなどの快適装備が標準装備となっていた。また、ボディカラーでは、「15S」に初めてWRブルー・マイカとスパークシルバー・メタリックが設定された。

2008年10月8日 シリーズ一部改良、同時に4ドアセダン「アネシス」を追加。グレード名の変更(S-GT→2.0GTなど)、新グレードの追加、2.0L NAモデルへのFF車の設定。5ドア車はボディカラーに「ダークアメジスト・ギャラクシィ」を新たに追加したほか、ボディカラー「ニューポートブルー・パール」、「トパーズゴールド・メタリック」を廃止。

2008年10月23日 特別仕様車「STI 20th ANNIVERSARY」発売開始。WRX STIをベースに、“曲がる楽しさ”にこだわり「匠のハンドリング」をテーマとし、S402でも採用されたフレキシブル・タワーバーの搭載など、シャシーを中心にSTIによるチューニングが施された。300台の限定受注生産で、車両本体価格は412万6,500円(税込み)。

2009年2月24日 「WRX STI」の一部改良とともに、追加モデル「WRX STI A-Line」発売開始、B型となる。一部改良では、ヒルスタートアシストのキャンセル機能の追加、インフォメーションディスプレイでの瞬間燃費の表示、運転席パワーシート化(メーカー装着オプションのレカロシートを除く)、ボディカラーの変更などが行われた。「WRX STI A-Line」はWRX STI史上初となる2ペダル仕様として派生したモデルである。専用2.5Lシングルスクロールターボエンジンが搭載され、パドルシフトおよびシフトダウン・ブリッピング・コントロール付5速ATが架装された。また、トランスミッションの変更に伴い、4WD方式はVTD-4WDとなった。その一方で、等長等爆エキゾーストマニホールドは採用されず、ブレンボ社製ベンチレーテッドディスクブレーキはオプション装備とされた。

2009年7月23日 特別仕様車「STI spec C」発売開始。WRX STIをベースに、ボールベアリングターボや専用ECUの採用により、レスポンスと加速性能を向上させたほか、GDB型以来となるインタークーラーウォータースプレイを採用。シャシー剛性の向上を図ったほか、アルミ製フロントフード、軽量ガラス、小型バッテリーなどの採用により軽量化。販売計画は2009年12月27日受注分までの限定900台。「18インチタイヤ仕様車」と「17インチタイヤ仕様車」を設定。但し17インチタイヤ仕様車は台数、受注期間のいずれも限定はないが、エアコンが後からも装着できない競技用途を想定したものである。

2009年9月2日 一部改良。5ドアモデルはフロントグリルデザインを変更し、コンソールボックスの上蓋部をソフトパット化。サスペンションやリアショックアブソーバー、ステアリングシステムの特性変更を行い、操縦安定性や乗り心地、操作性などを向上させた。AWD車には「SYMMETRICAL AWD」のエンブレムをリアに装着した。新設された「i-S」系グレードには、ホワイトルミネセントメーターやシート表皮のメイン部にアルカンターラを採用。また、2.0GTと共通デザインのバンパー、サイドシルスポイラーやアルミホイール(1.5L車は16インチ、2.0L車は17インチ)などを装備し、スポーティさを高めた。また、全車で新ボディカラー「ブリティッシュレーシンググリーン・パール」を追加し、5ドア車のボディカラー、「ダークアメジスト・ギャラクシィ」と4ドア車のボディカラー「ミッドナイトブルー・パール」を廃止。

2010年1月7日 特別仕様車「WRX STI A-Line type S」を発売。「WRX STI A-Line」をベースにアルカンターラと本革を組み合わせた専用シートを採用するとともにRECARO製専用フロントシートをオプション設定。さらに、内装の一部に赤ステッチを施し、アルミホイールをガンメタリック塗装の軽量タイプを採用した。同日に最高出力235kw(320仏馬力)、最大トルク431N・m(44kg・m)のハイパフォーマンスを持つ専用ターボエンジンを搭載したほか、「WRX STI Spec C」で採用された装備や仕様を生かし内外装の加飾を控え、走りに磨きをかけて設計したコンプリートカー「R205」を発売。こちらは400台の限定販売である。

2010年6月24日 一部改良、同時にクロスオーバーモデル「インプレッサXV」が追加。ボディカラーにオプションカラーの「カメリアレッド・パール」を追加し、「ブリティッシュレーシンググリーン・パール」、「ライトニングレッド」を廃止。メーカーオプションにはフルセグ地上デジタルチューナーを内蔵し、「SUBARU G-BOOK mX」に対応したオーディオ一体型HDDナビゲーションシステムを追加した。

2010年7月1日 「WRX STI」をマイナーチェンジ、同時に4ドアモデルを追加。新ボディカラー「プラズマブルー・シリカ」が設定され、5ドア車のボディカラー「ライトニングレッド」を廃止した。外装では前バンパーおよびラジエターグリルが変更され、冷却効率の向上を目指した。また、ショックアブソーバー、コイルスプリングの特性がグレード毎に見直された。4ドアのMT車には大型のトランクスポイラーが装着される。「A-Line」のプレミアムパッケージは、ブラックハイラスター塗装のBBS製アルミホイールや、タンカラーの革内装となる。 2010年12月21日 - 特別仕様車「1.5i-S Limited」・「2.0i-S Limited」を発売[51]。「1.5i-S」・「2.0i-S」をベースに、ガンメタリック塗装アルミホイール、LEDハイマウントストップランプ内蔵の大型ルーフスポイラー、専用メッシュタイプフロントグリル、専用ブラックインテリア等を装備し、派生スポーツモデルの「WRX STI」をイメージさせる外観・内装としたほか、スポーティチューニングサスペンションを行い、走行性能を強化しつつ、価格を抑えた仕様である。なお、「1.5i-S Limited」にはHIDロービームランプやキーレスアクセス&プッシュスタートなど7つの装備をプラスした「プレミアムパッケージ」も設定された。合わせて、「WRX STI」シリーズには、モータースポーツなどでの使用を前提に、エンジンやシャシーの強化、車両の軽量化などを行ったことでパフォーマンス向上を図った5ドアタイプ「WRX STI spec C」を追加し、スバルテクニカインターナショナルからは4ドアタイプをベースにシャシーを中心としたSTI独自の仕様に加え、カーボンルーフ(富士重工業と東レで共同開発された炭素繊維複合材を使用)やアルミ製エンジンフード、こだわりの内外装を備えたコンプリートカー「WRX STI tS」・「WRX STI A-Line tS」を発表した(2011年1月25日販売開始、同年3月14日受注分までの400台限定販売)。

2011年10月 - XVが生産終了。

2011年11月24日 - 特別仕様車「WRX STI A-Line type S」・「WRX STI S206」を発売[52][53]。前者は「WRX STI A-Line」をベースに、新デザインを採用したハイラスター塗装の18インチアルミホイール、アルカンターラと本革のバケットタイプフロントシート、助手席8ウェイパワーシート、本革製のリアシートセンターアームレスト、アルカンターラ製のフロアコンソールリッドとドアアームレストを装備、さらに、4ドアタイプには大型リアスポイラーも装備された。また、オプションとして、レバー式運転席シートリフター付きRECARO製バケットタイプフロントシートを設定した(本オプションを装備した場合、助手席8ウェイパワーシートは非装備となる)。後者は4ドアタイプをベースに、スバルテクニカインターナショナルが運動性能を向上させ、専用内外装を備えたコンプリートカーで、具体的にはボディやエンジンにチューニングを行うとともに、専用大型フロントアンダースポイラー、専用フロントフェンダーアウトレットグリル、STI製トランクスポイラー、専用高級革巻ステアリングホイール、専用RECARO製バケットタイプシート、専用シートベルトなどを装備している。なお、2012年5月7日受注分までの300台限定販売であるが、このうち、同年6月のニュルブルクリンク24時間レースでのSP3Tクラス優勝を記念し、カーボンルーフや専用ドライカーボン製リアスポイラーなどを追加した「NBR CHALLENGE PACKAGE」については、発売当日に販売予定台数(最大100台)に達してしまったため、設定されていた受注期限を待たずに当日のうちに販売終了、また「WRX STI S206」についても12月7日で予定生産分の300台すべてが完売となった。

2012年7月3日 - 「WRX STI」を一部改良。標準グレードと「A-Line」に採用の18インチアルミホイールのデザインを変更したことで1本あたり220gの軽量化。さらに、「A-Line」ではメーカーオプションのプレミアムパッケージを6MT車でも設定できるようにし、4ドアモデルはトランクガーニッシュをボディ同色に変更した。5ドアモデルのみの設定だった「spec C」を4ドアモデルにも拡大設定(4ドアモデルではリア周りの軽量化のため、リアワイパーやリアフォグランプが非装備となり、17インチ仕様車では大型リアスポイラーも非装備となる)し、17インチ仕様車にはフルオートエアコンをメーカーオプションに追加し、リヤ中央席にヘッドレストと3点式シートベルトを追加した。2011年11月に発売した特別仕様車「A-Line type S」は装備内容を見直してスポーティーテイストをさらに高め、「A-Line S Package」としてカタロググレードに昇格した。

2011バージョンのインプレッサ、Nurburgringでのインプレッション!7'55"をたたき出す!!


[ 2010/02/10 11:51 ] SUBARU | TB(0) | CM(0)

Subaru WRX STI sedan Nurburgring Challenge 2010 - digest movie 3'52"

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インプレッサ(IMPREZA)は、スバルブランドを展開する富士重工業が生産・販売する乗用車、ラリーカーである。1992年に発売を開始!

レガシィの下位モデルという位置付けで登場し、世界市場=特にヨーロッパにおけるCセグメント市場を狙ったスバルの世界戦略車としての役割も担っている。後述するが、日本車としては1代1代のモデルサイクルが長いことでも知られるが、3代目から4代目へのフルモデルチェンジは4年6ヶ月の異例の短スパンで行われた。

3代目GE・GH・GR・GV型(2007年-2011年)
ノーマルモデル
商品コンセプトを「新快適スタイル」とし、4ドアセダンと先代までに存在したスポーツワゴンに代わって登場した5ドアハッチバックの2モデルとなった。ただし、日本では5ドアハッチバックの販売が先行し、4ドアセダンは約1年遅れて市場に投入された(2008年10月8日)。なお、いずれのモデルも全幅が1,700mmを超えるので3ナンバーとなる。シャシーは、BL/BP型レガシィのプラットホームを基にした「SI-シャシー(Subaru Intelligent Chassis)」を新たに採用し、リアサスペンションの形式が従来のストラット式から新開発のダブルウィッシュボーン式へと変更された。ドアも従来の枠なしドアから、枠付ドアに変更された。

エンジンについては、1.5Lモデル「15S」はEL15型DOHC16バルブ、2.0Lモデル「20S」はNA仕様がEJ20型SOHC16バルブであり、ツインスクロールターボ仕様「S-GT」がEJ20型DOHC16バルブである。これに伴い、既存の1.5LのEJ15型SOHC16バルブエンジンは廃止された。この3代目から、日本国内向け2.0Lターボ車のグレード名は「WRX」から「S-GT」となったが、日本国外モデルのターボ車(全て2.5L)は先代同様「WRX」のグレード名を使用する。

2007年11月20日、新型インプレッサはアメリカの保険団体の衝突安全テストで最高評価を獲得し、2008年4月21日国土交通省などが、安全性能の評価が最も高い車に与える2007年度の「自動車アセスメントグランプリ」に選ばれるなど、安全性の高い車種として評価されている。

発売当初から発表はあったものの、しばらくセダン投入の動きは見られず、富士重工は「日本市場の様子を見てセダンの販売を検討していく」としていたが、同年11月29日、日本国内でもセダンを投入すると報じられた[34]。 当初は2008年初頭の発表が噂されたが、報道から約9か月後の同年10月8日に「インプレッサアネシス」の名で発売が開始された。

アネシスの特徴として「ツーリング・コンフォート」をコンセプトとし、ゴルフバッグを4つ積載できるトランクルームを備えるとともに、光輝タイプのヘッドライトや専用フロントグリルにより、ハッチバックとは異なるフロントマスクとなっていることが挙げられる。また、インテリアに関しては上級モデルにパールスエードと本革を組み合わせて上質感を演出している点も、ハッチバックと異なる点である[31]。エンジンは1.5LNAのEL15型DOHC16バルブと2L自然吸気のEJ20型SOHC16バルブの2種で、ターボ搭載のS-GTや先代のWRX系は設定されない[35]。また、アネシス登場を機にハッチバックにも一部改良が実施され、新デザインのフロントグリル、LEDサイドターンランプ付きドアミラー(2Lのみ)、ブラックトリムと後席中央3点式シートベルト&ヘッドレストを装備するなど、機能性と質感の向上を図った。

XV
2010年6月、インプレッサの一部改良と同時に登場した、クロスオーバーモデル(別項を参照)。 2012年9月、スバル・XVと名乗ってフルモデルチェンジ。

WRX STI
2007年10月24日に発売された[37]。先代までのセダンボディから、ショートオーバーハングの5ドアハッチバックボディとなった。型式はCBA-GRBである。 エクステリアには大きく張り出しエッジを効かせた前後フェンダーを採用し、独自の存在感を出した。これにより、WRX STIとして初めて標準インプレッサシリーズとは別の専用ボディとなり、前述の通り車両型式も専用となった。 インテリアでは、新たにレカロ社製フロントバケットタイプシートをメーカー装着オプションで設定した[37]。本革巻3本スポークステアリング、3連式のレッドルミネセントメーターや、テレスコピックステアリングも採用された[37]。 走行面では、SI-DRIVEやマルチモードDCCD、マルチモードVDCなどのメカニズムが新たに採用された[37]。先代に続きツインスクロールターボを採用した新開発のEJ20エンジンは280仏馬力の自動車馬力規制を超え最大出力308仏馬力となり、同時に低・中回転域のトルクも向上したほか、可変バルブタイミング機構・AVCSが吸気、排気の双方に設けられ[38]、走行性能を高めながらも、「平成17年排出ガス基準50%低減」を達成した。

2010年7月1日より4ドアも販売され、同時に5ドアがフロントなどをマイナーチェンジされた。グレードはともに2.0Lターボに6MTの組み合わせの「WRX STI(型式 GRB/GVB)」と2.5Lターボに5ATの組み合わせの「WRX STI A-Line(型式 GRF/GVF)」の2種で、後者にはサンルーフやタン色本皮革シートが選べる「プレミアムパッケージ」を用意。また、この年次改良から、カタログ掲載および店頭等での表示車名が「スバル インプレッサ WRX STI」から「スバル WRX STI」に省略変更された(正式車名は「スバル インプレッサ WRX STI」のままである)。なお、標準モデルがフルモデルチェンジした2011年11月30日以降も、本モデルは継続生産している。

※注)スバルHP・全車種一覧では「インプレッサシリーズ」と「WRX STI」がそれぞれ別枠に分類されているが、2010年7月1日の改良時[40]やその後の広報発表資料[41]の記事中にて引き続き「インプレッサ WRX STI」と表記されている(過去に、レガシィアウトバックがレガシィシリーズであるにもかかわらず単に「アウトバック」と称されていた件(後年「レガシィアウトバック」と表記されるようになった)、「インプレッサリトナ」が単に「リトナ」と称された件、カローラレビンが単に「レビン」と通称で呼ばれていた件などと同じであると考えられる)。

年表
2007年4月 ニューヨーク国際オートショーで発表(ワールドプレミア)。

2007年6月4日 フルモデルチェンジ。国内の目標月間販売台数はシリーズ全体で2,500台と発表されている。グローバルの目標年間販売台数は12万台で45%を米国、25%を日本、20%を欧州、10%をその他の地域で売るとしている。

2007年10月24日 追加モデル「WRX STI」発売。

11月14日 特別仕様車「BEAMS EDITION」発表・発売。

セレクトショップのBEAMSとコラボレートしたモデル。ボディカラーにBEAMSのイメージカラーであるオレンジが設定されているほか、専用の本革シートを装備していた。

2008年5月15日 特別仕様車「15S コンフォートセレクション」発売。消臭ルーフトリムなどの快適装備が標準装備となっていた。また、ボディカラーでは、「15S」に初めてWRブルー・マイカとスパークシルバー・メタリックが設定された。

2008年10月8日 シリーズ一部改良、同時に4ドアセダン「アネシス」を追加。グレード名の変更(S-GT→2.0GTなど)、新グレードの追加、2.0L NAモデルへのFF車の設定。5ドア車はボディカラーに「ダークアメジスト・ギャラクシィ」を新たに追加したほか、ボディカラー「ニューポートブルー・パール」、「トパーズゴールド・メタリック」を廃止。

2008年10月23日 特別仕様車「STI 20th ANNIVERSARY」発売開始。WRX STIをベースに、“曲がる楽しさ”にこだわり「匠のハンドリング」をテーマとし、S402でも採用されたフレキシブル・タワーバーの搭載など、シャシーを中心にSTIによるチューニングが施された。300台の限定受注生産で、車両本体価格は412万6,500円(税込み)。

2009年2月24日 「WRX STI」の一部改良とともに、追加モデル「WRX STI A-Line」発売開始、B型となる。一部改良では、ヒルスタートアシストのキャンセル機能の追加、インフォメーションディスプレイでの瞬間燃費の表示、運転席パワーシート化(メーカー装着オプションのレカロシートを除く)、ボディカラーの変更などが行われた。「WRX STI A-Line」はWRX STI史上初となる2ペダル仕様として派生したモデルである。専用2.5Lシングルスクロールターボエンジンが搭載され、パドルシフトおよびシフトダウン・ブリッピング・コントロール付5速ATが架装された。また、トランスミッションの変更に伴い、4WD方式はVTD-4WDとなった。その一方で、等長等爆エキゾーストマニホールドは採用されず、ブレンボ社製ベンチレーテッドディスクブレーキはオプション装備とされた。

2009年7月23日 特別仕様車「STI spec C」発売開始。WRX STIをベースに、ボールベアリングターボや専用ECUの採用により、レスポンスと加速性能を向上させたほか、GDB型以来となるインタークーラーウォータースプレイを採用。シャシー剛性の向上を図ったほか、アルミ製フロントフード、軽量ガラス、小型バッテリーなどの採用により軽量化。販売計画は2009年12月27日受注分までの限定900台。「18インチタイヤ仕様車」と「17インチタイヤ仕様車」を設定。但し17インチタイヤ仕様車は台数、受注期間のいずれも限定はないが、エアコンが後からも装着できない競技用途を想定したものである。

2009年9月2日 一部改良。5ドアモデルはフロントグリルデザインを変更し、コンソールボックスの上蓋部をソフトパット化。サスペンションやリアショックアブソーバー、ステアリングシステムの特性変更を行い、操縦安定性や乗り心地、操作性などを向上させた。AWD車には「SYMMETRICAL AWD」のエンブレムをリアに装着した。新設された「i-S」系グレードには、ホワイトルミネセントメーターやシート表皮のメイン部にアルカンターラを採用。また、2.0GTと共通デザインのバンパー、サイドシルスポイラーやアルミホイール(1.5L車は16インチ、2.0L車は17インチ)などを装備し、スポーティさを高めた。また、全車で新ボディカラー「ブリティッシュレーシンググリーン・パール」を追加し、5ドア車のボディカラー、「ダークアメジスト・ギャラクシィ」と4ドア車のボディカラー「ミッドナイトブルー・パール」を廃止。

2010年1月7日 特別仕様車「WRX STI A-Line type S」を発売。「WRX STI A-Line」をベースにアルカンターラと本革を組み合わせた専用シートを採用するとともにRECARO製専用フロントシートをオプション設定。さらに、内装の一部に赤ステッチを施し、アルミホイールをガンメタリック塗装の軽量タイプを採用した。同日に最高出力235kw(320仏馬力)、最大トルク431N・m(44kg・m)のハイパフォーマンスを持つ専用ターボエンジンを搭載したほか、「WRX STI Spec C」で採用された装備や仕様を生かし内外装の加飾を控え、走りに磨きをかけて設計したコンプリートカー「R205」を発売。こちらは400台の限定販売である。

2010年6月24日 一部改良、同時にクロスオーバーモデル「インプレッサXV」が追加。ボディカラーにオプションカラーの「カメリアレッド・パール」を追加し、「ブリティッシュレーシンググリーン・パール」、「ライトニングレッド」を廃止。メーカーオプションにはフルセグ地上デジタルチューナーを内蔵し、「SUBARU G-BOOK mX」に対応したオーディオ一体型HDDナビゲーションシステムを追加した。

2010年7月1日 「WRX STI」をマイナーチェンジ、同時に4ドアモデルを追加。新ボディカラー「プラズマブルー・シリカ」が設定され、5ドア車のボディカラー「ライトニングレッド」を廃止した。外装では前バンパーおよびラジエターグリルが変更され、冷却効率の向上を目指した。また、ショックアブソーバー、コイルスプリングの特性がグレード毎に見直された。4ドアのMT車には大型のトランクスポイラーが装着される。「A-Line」のプレミアムパッケージは、ブラックハイラスター塗装のBBS製アルミホイールや、タンカラーの革内装となる。 2010年12月21日 - 特別仕様車「1.5i-S Limited」・「2.0i-S Limited」を発売[51]。「1.5i-S」・「2.0i-S」をベースに、ガンメタリック塗装アルミホイール、LEDハイマウントストップランプ内蔵の大型ルーフスポイラー、専用メッシュタイプフロントグリル、専用ブラックインテリア等を装備し、派生スポーツモデルの「WRX STI」をイメージさせる外観・内装としたほか、スポーティチューニングサスペンションを行い、走行性能を強化しつつ、価格を抑えた仕様である。なお、「1.5i-S Limited」にはHIDロービームランプやキーレスアクセス&プッシュスタートなど7つの装備をプラスした「プレミアムパッケージ」も設定された。合わせて、「WRX STI」シリーズには、モータースポーツなどでの使用を前提に、エンジンやシャシーの強化、車両の軽量化などを行ったことでパフォーマンス向上を図った5ドアタイプ「WRX STI spec C」を追加し、スバルテクニカインターナショナルからは4ドアタイプをベースにシャシーを中心としたSTI独自の仕様に加え、カーボンルーフ(富士重工業と東レで共同開発された炭素繊維複合材を使用)やアルミ製エンジンフード、こだわりの内外装を備えたコンプリートカー「WRX STI tS」・「WRX STI A-Line tS」を発表した(2011年1月25日販売開始、同年3月14日受注分までの400台限定販売)。

2011年10月 - XVが生産終了。

2011年11月24日 - 特別仕様車「WRX STI A-Line type S」・「WRX STI S206」を発売[52][53]。前者は「WRX STI A-Line」をベースに、新デザインを採用したハイラスター塗装の18インチアルミホイール、アルカンターラと本革のバケットタイプフロントシート、助手席8ウェイパワーシート、本革製のリアシートセンターアームレスト、アルカンターラ製のフロアコンソールリッドとドアアームレストを装備、さらに、4ドアタイプには大型リアスポイラーも装備された。また、オプションとして、レバー式運転席シートリフター付きRECARO製バケットタイプフロントシートを設定した(本オプションを装備した場合、助手席8ウェイパワーシートは非装備となる)。後者は4ドアタイプをベースに、スバルテクニカインターナショナルが運動性能を向上させ、専用内外装を備えたコンプリートカーで、具体的にはボディやエンジンにチューニングを行うとともに、専用大型フロントアンダースポイラー、専用フロントフェンダーアウトレットグリル、STI製トランクスポイラー、専用高級革巻ステアリングホイール、専用RECARO製バケットタイプシート、専用シートベルトなどを装備している。なお、2012年5月7日受注分までの300台限定販売であるが、このうち、同年6月のニュルブルクリンク24時間レースでのSP3Tクラス優勝を記念し、カーボンルーフや専用ドライカーボン製リアスポイラーなどを追加した「NBR CHALLENGE PACKAGE」については、発売当日に販売予定台数(最大100台)に達してしまったため、設定されていた受注期限を待たずに当日のうちに販売終了、また「WRX STI S206」についても12月7日で予定生産分の300台すべてが完売となった。

2012年7月3日 - 「WRX STI」を一部改良。標準グレードと「A-Line」に採用の18インチアルミホイールのデザインを変更したことで1本あたり220gの軽量化。さらに、「A-Line」ではメーカーオプションのプレミアムパッケージを6MT車でも設定できるようにし、4ドアモデルはトランクガーニッシュをボディ同色に変更した。5ドアモデルのみの設定だった「spec C」を4ドアモデルにも拡大設定(4ドアモデルではリア周りの軽量化のため、リアワイパーやリアフォグランプが非装備となり、17インチ仕様車では大型リアスポイラーも非装備となる)し、17インチ仕様車にはフルオートエアコンをメーカーオプションに追加し、リヤ中央席にヘッドレストと3点式シートベルトを追加した。2011年11月に発売した特別仕様車「A-Line type S」は装備内容を見直してスポーティーテイストをさらに高め、「A-Line S Package」としてカタロググレードに昇格した。

新型インプレッサ、ニュルブルクリンクを攻める!
この恐ろしいほど怖い、楽しいサーキットをどう攻めるか?


[ 2010/02/11 12:51 ] SUBARU | TB(0) | CM(0)

Juke 2'37"

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ジューク (JUKE) は、日産自動車が製造・発売する小型クロスオーバーSUV型乗用車である。

2009年3月に開催されたサロン・アンテルナショナル・ド・ロト(ジュネーブショー)で発表されたコンセプトカー、カザーナのデザインをベースに開発され、2010年2月にフランスで発表された。 2010年6月9日に日本国内で1.5L FF車の販売が開始され、以降、同年9月に英国で、10月にその他欧州市場で、秋に北米市場で発売される予定となっている[1]。製造は、日本仕様車および北米仕様車、そして欧州仕様の四輪駆動車については追浜工場で行われ、欧州仕様のFF車については英国日産自動車製造サンダーランド工場で行われる予定となっている。

プラットフォームには、Bプラットフォームが採用された。サスペンションはベースとなったキューブ同様フロントにカヤバ工業製ストラット式サスペンションを、リアにトーションビーム式サスペンションを採用するが、リアサスペンションに関しては剛性を高めるためC25型セレナと共通のものが採用されている。また、燃料タンクは他のBプラットフォーム採用車種よりも容量の多い52Lを確保している。 エンジンは、日本仕様車には当初、量産車としては世界初のデュアルインジェクターを採用した改良型直4 1.5L NAのHR15DE型エンジンのみで発売を開始したが、2010年11月2日に新開発の直4 1.6L 直噴ターボエンジンのMR16DDT型エンジンを搭載した「16GT」とその4WD版である「16GT FOUR」が追加された。 尚、欧州仕様車には直4 1.6L NAのHR16DE型エンジンとMR16DDT型エンジン、および直4 1.5L K9K型ディーゼルエンジンの3機種が用意され、北米仕様車にはMR16DDT型エンジンのみが用意される。4WD車はMR16DDT型エンジン搭載車のみに用意され、四輪駆動システムには新開発のトルクベクトル付ALL MODE 4x4-iが採用される。また、日本仕様車および欧州仕様車については全エンジン搭載車にそれぞれFFモデルが設定される。 また、HR15DE型およびHR16DE型エンジン搭載車には、日産製のモデルとしては初めてジヤトコ製の副変速機付CVTが採用され、欧州仕様車には全車にMTが、MR16DDT型エンジン搭載車にCVTが用意される。 なお、日本仕様車についてはHR15DEエンジン搭載車は「平成17年基準排出ガス75%低減レベル(☆☆☆☆)」と「平成22年度燃費基準+15%」を同時に達成しており、リアには「XTRONIC CVT」エンブレムが装着されている。MR16DDTエンジン搭載車も「平成17年基準排出ガス50%低減レベル(☆☆☆)」と「平成22年度燃費基準+10%(16GT FOURは+5%)」を達成しており、リアには直噴ターボであることを示す「DIG TURBO」エンブレムが装着されている。

クーペとSUVを融合させたようなエクステリアデザインが特徴。デザインは内外装ともに日産デザインヨーロッパ (Nissan Design Europe: NDE) と日産グローバルデザイン本部 (Nissan Global Design Center: NGDC) の共作で[7]、同社のスカイラインクロスオーバーを髣髴とさせる強い傾斜が特徴である。個性的なフロントマスクを印象付けるヘッドランプはラリーカーの大型フォグランプをイメージしたもので、テールランプの形状にはZ34型フェアレディZなどと同様にブーメラン型がとられている。また、リアのドアノブをボディではなくCピラー上にレイアウトすることで2ドアクーペ風に見せ、スポーティさを強調している。 インテリアはNDEの案をベースに神奈川県厚木市のNGDCが量産性や生産コストを加味して開発した。センターコンソールはバイクのタンクをイメージしてデザインされ、随所を赤もしくは黒で仕上げることでスポーティさと使い勝手を両立させた。さらに上級車種のコンソールにはエアコン操作スイッチを兼ねた多目的ディスプレイ「インテリジェントコントロールディスプレイ」を導入している。

英語で「(アメリカンフットボールなどにおいてディフェンスを)軽快にかわす」という意味であり、機敏さや前向きさという意味が込められている。

[ 2010/02/12 18:34 ] NISSAN | TB(0) | CM(0)

Land Cruiser FJ/BJ型 0'26"

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トヨタ・ランドクルーザー (Land Cruiser) とは、トヨタ自動車が製造する四輪駆動の自動車。 世界で最も知名度の高いSUVのひとつである。

日本のクロスカントリー型四輪駆動車の先駆けとなる車両である。通称は「ランクル」。その耐久性は世界中で高い評価を受けており、「紛争あるところにランクルあり」と言われるほどである。 NHKをはじめ各放送局の取材車や中継車としても利用されている。なお、同タイプの日本メーカー製車両としては三菱ジープや、日産・パトロール(現・サファリ)がある。
「ランドクルーザー」という車名は、1954年6月より使用されており、2009年7月現在、一つの車名で継続生産されている日本製の自動車としてはもっとも長い歴史をもつ(55年。クラウン、トヨエースよりも古い)。
4ドアで大柄の車体を持つ「ステーションワゴン」、業務用途の「ヘビー系(ヘビーデューティー)」、そして、70系の派生車種であった「ライト系(ライトデューティー)」と呼ばれるランドクルーザーII から発展した「ランドクルーザープラド」の車格も仕様もまったく異なる三系列のシリーズが並行して生産、販売されている。
現在のステーションワゴンは、レクサス LX570の姉妹車でもあるV型8気筒エンジンを搭載したランドクルーザー200であり、欧州など、仕向け地によっては車名がランドクルーザー V8 となる(100系の欧州名はアマゾン = Amazon )。

ランドクルーザーの源流はワークホースとしてのヘビー系にあり、現行モデルの70系では、日本製クロスカントリーカーとしては初となるV型8気筒のディーゼルエンジンを採用しており、長大な車体を持つ78と79を中心に世界各国に向けて輸出が続けられている。日本国内では貨物登録(1、4ナンバー)となっていたこともあり、NOx規制法およびPM規制条例の影響により、2004年7月に販売を終了している。
ランドクルーザープラドは、タコマ / ハイラックスサーフとシャーシやエンジン、ドライブトレインの多くを共有するモデルで、2ドアのショートと4ドアのロングのバリエーションを持ち、V6ガソリンエンジンと直4のガソリン、ディーゼルエンジンを積む。ランクルワゴンの伝統に則り、乗用車なみの装備を持つワゴンと業務用途の簡素なバンをラインナップしている。欧州やアフリカでの名称には「プラド」は使われず、ランドクルーザーのみである。北米地域では、レクサスブランドにおいてGX470として販売されている。
100系のランドクルーザーシグナスは、日本国外のレクサスブランドでLX470として販売されていたものを日本国内販売したものであったが、国内へのレクサスブランド導入に伴い、200系では廃止された。しかし、日本国内のレクサスブランドにおけるLXの投入は実施されていない。

戦時中、トヨタによって少数が生産された日本陸軍四式小型貨物車こと「AK10型」四輪駆動車は、フィリピンで鹵獲された通称「バンタム・ジープ」をコピーして設計された。その際、軍部から識別のため「外観はジープに似せない事」とする旨の指示があった。機能がそのまま外観に表れるジープでは、それは容易なことではなかったが、生産型は資材の窮乏も伴い、簡易外装に一つ目ライトのいわゆる「戦時型」となり、結果的にまったく別物の外観となった。
「AK10型」はフロントにリーディング・アームのサスペンションを持ち、AE型乗用車のC型エンジン(初代 4気筒 2585cc)と3速T / M、2速T / Fを組み合わせていることからも判るとおり、BJ型以降のランクルと直接のつながりは無い。
また、トヨタは、KYC型トラックとそれをベースとした水陸両用トラックの陸軍「スキ」(1943年から198台生産)でも4輪駆動(総輪駆動)車を手がけた経験があり、AK10型とは異なり、トラックであるこれらの構成はBJ型に通ずるものがある。

BJ・FJ型(1951年-1955年)
警察予備隊(現・陸上自衛隊)への納入を狙い、トヨタ・ジープBJ型として開発され、1951年に試作車が完成した。
シャーシは小型トラックSB型の梯子形フレームを改良して四輪駆動とし、エンジンは当時の6tトラック用に用いられていた6気筒OHV・3,400ccの初代B型ガソリンエンジンを採用、トランスミッションもトラック用を流用した。粘り強く、出力に余裕のあるエンジン特性とギアリングが低いことから、トランスファーは1速で済ませている(副変速機は備えていない)。「B型」エンジンを搭載した「Jeep」型車ということで型式は「BJ型」となった。 当時のトヨタには、ウイリス・ジープに匹敵する性能の4気筒エンジンがなかったため、大きな6気筒を搭載したが、重量、燃費以外の性能では、当時のウイリス・ジープを凌ぐ性能を得た。
警察予備隊の試験には日産・4W60型も参加したが入札の結果、三菱がライセンス生産するウイリス・ジープが採用され、他の2車は敗れた。トヨタとしては当初の目的は果たせなかったがその後、国家地方警察(国警:こっけい)のパトロールカーとして採用された。
基本型の「BJT型」(ツーリング)、無線連絡車の「BJR型」(ラジオ)、消防用シャーシの「BJJ型」(略号Jの意味は不明)の3タイプがカタログモデルとされ、その他の「変り型」は特装扱いとした。

BJ・FJ型年表
1951年 8月1日、試作車完成。富士山6合目までの登山試験にも成功、路外でも優秀な成績を収めたが、警察予備隊の入札では実績のあるウィリス・ジープのライセンス生産車である三菱・ジープに敗れた。
1953年、本格生産開始。シャーシ組み立てはトヨタ本社工場、車体および最終組み立ては荒川鈑金工業。 1954年、高負荷運転となる消防ポンプ車用に、より強力なF型エンジンを追加。これはB型同様大型トラック用のエンジンで、以後ランクルとは切っても切れない関係となるが、この時期はまだ消防用シャーシ「FJJ型」専用であった。
同年6月、「ジープ」という名称が米国ウィリス・オーバーランド社(当時)の商標権に抵触するため、ランドクルーザーと改名された。英国ローバー社の有名な四輪駆動車ランドローバーに対抗し、ROVER(海賊、海賊船)を駆逐するという意気込みを込め、「巡洋艦」を用いての命名であった。

20系(1955年-1960年)
1955年8月、ランドクルーザーは初めてのモデルチェンジを受け、20系となった。
ホイールベースはショート(#J25、21等)とやや長いミドルの(#J28、24等)の二種類でスタート、後にロング(FJ35V)が追加される。
ショート 2285mm
ミドル 2430mm
ロング 2650mm
エンジンは従来のB型(初代)とF型ガソリンエンジンで、ほとんどの車種に両方のエンジンが設定された。
B型(初代) 水冷 直列6気筒 OHV ガソリンエンジン 3386cc
F型 水冷 直列6気筒 OHV ガソリンエンジン 3870cc 120~135ps/3200rpm 28.0~30.0kgm/2000rpm
トランスミッションは4速マニュアル、トランスファーはセンタースルーの2速で、どちらもフロアシフトとされた。
ボディーのバリエーションはソフトトップ、ハードトップと、ピックアップ、バン、消防用シャーシとされ、後にロングの4ドアステーションワゴンが加わった。
これら以外の変り型については特装とされた。
ソフトトップ・ショート/ミドル
ハードトップ・ショート/ミドル
ピックアップ・ミドル
バン・ミドル
消防用シャーシ・ミドル
ステーションワゴン・ロング
国家警察用のパトロールカーをはじめ、ラインナップの約半数が2輪駆動であることも20系の特徴であった。
この20系より各国に見本車を送り、本格的に輸出を開始した。
特に北米では、市場に適合せず、評判の優れなかったクラウンに代わり、米国トヨタの経営を支えた。
モデル末期の1959年、輸出の好調を受けランクル初の本格ステーションワゴンが追加されることになった。
ホイールベースはさらに延長され2650mmとなり、4ドアボディを与えられ、エンジンはF型とされた。
形式は、20番台はすでに全て使い切られていたため、30番台でロングホールベースを表すFJ35Vとされた。
40系へのモデルチェンジまで一年を切ったこの時期に投入されたFJ35Vは、実質的には40系のFJ45V(初代)の前倒し生産といえるもので、日本国外の旺盛な需要の前に、逼迫した当時の状況が現れている。

40系(1960年-1984年)
でに20系が30番台の数字を使っていたため、型式は40とされた。 1984年11月に70系にフルモデルチェンジされるまで24年にわたり販売され続け、超ロングセラーモデルとなった。北米においても、1960年代前半まではトヨタの最量販車種であった。
そのため、世界各国で業務用として今なお現役のものも多く、また、趣味の世界でも、「ヨンマル」、「フォーティー」などの愛称で親しまれ、多くの愛好家に大切にされている。
当初のコンセプトは、20系に対する北米市場の要求から、 T / Mを4速からワイドレシオの3速に シフトレバーをフロアからコラムへ(北米以外は従来の4速フロアと3速フロアも選べた) T / Fを1速から2速へ(リアもセンタースルーからオフセットへ変更された) T / Fレバーをフロアからインパネへ ファイナル(アクスルデフ)のギアリングを高く(5.555から3.300または3.700へ) エンジン特性を高回転寄りに サスペンションスプリングをソフトライドに ソフトトップの着脱を容易に ラジエターグリルをフォード・トラック風のオーバル形になど主に高速走行を重視した快適性の向上と乗用車の雰囲気を盛り込むことが設計の主眼とされた。

ホイールベース
ホイールベースはショートの40とやや長いミドルの43、ロングの初代45でスタート、後にフレームを300mm延長した45(B)が追加され、その後、延長形に一本化され、45(2代目)に変更された。
ショート 2285mm
ミドル 2430mm
ロング初代 2650mm
ロング(B) 2950mm
ロング2代目 2950mn ロング(B)を名称変更

ボディーバリエーション
ソフトトップ・ショート/ミドル/ロング(2代目)
ハードトップ・ショート/ミドル/ロング(2代目)
ピックアップ・ロング(初代)/ロング(B)/ロング(2代目)
ステーションワゴン・ロング(初代)
消防用シャーシ・ロング(初代)
キャブシャーシ・ロング(初代)/ロング(B)/ロング(2代目)

マニュアルトランスミッション
コラムシフト
3速 J30型 1960年1月 ~ 1972年9月

フロアシフト
3速 J30型 1960年1月 ~ 1975年1月
4速 H41 / 41F型 ~ 1984年10月
4速 H42F型 1972年10月 ~ 1984年10月(北米向け)
5速 H55F型 1982年10月 ~ 1984年10月(日本国内向け LX グレードのみ)

コラムシフト
3速 J30型 1960年1月 ~ 1972年9月
フロアシフト
3速 J30型 1960年1月 ~ 1975年1月
4速 H41 / 41F型 ~ 1984年10月
4速 H42F型 1972年10月 ~ 1984年10月(北米向け)
5速 H55F型 1982年10月 ~ 1984年10月(日本国内向け LX グレードのみ)

第1期
1960年1月生産開始。輸出が優先された結果、国内のハードトップモデル(バン FJ40V)は遅れて登場する。
遅れて45(B)シリーズ登場。荷台の狭さが指摘されていたピックアップトラックとキャブシャーシ用にホイールベースを2950mmとした、45(B)と呼ばれるスーパーロングが追加される。ピックアップの型式はFJ45PからFJ45P(B)に切り替わる。

第2期
1967年7月55型の生産開始に伴い、4ドアステーションワゴンのFJ45Vは生産終了。同時にロングのホイールベースを2950mmへ統一、45(B)は、再び単に45と呼ばれることになる。同じ型式で長さと形態が異なるモデルが混在するため、趣味上の分類としては1967年以前の45を初代、それ以降を2代目としている。
45(初代) W/B 2650mm
45(B) W/B 2950mm
45(2代目) W/B 2950mm
ショートのハードトップとバックドアを設計変更。屋根を鋼板プレスからFRPのモールド品に変更。クォーターウインドウ、バックドアウインドウを拡大、リアコーナーウインドウを新設、後方視界の改善を図った。

1973年、日本国外向けのロングホイールベースモデル(2950mm 2代目45シリーズ)に直6 3.6L 3576c OHV 90HPのH型ディーゼルエンジン搭載のHJ45を追加。ランクル史上初のディーゼルエンジンとなる。

1974年、B型(2代目)ディーゼルエンジンが投入され、長い40の歴史上でのターニングポイントとなる。 ショートとミドルモデルにU10系ダイナ用として好評を博していた4気筒・3000ccのB型(2代目)と呼ばれるディーゼルエンジンが搭載された。4気筒エンジンはランドクルーザーとしては初めてとなる。

BJ40 と BJ43 と呼ばれるこのモデルは、ファイナルギア・レシオをFJ40 / 43の3.700から4.111にたった1割下げた以外(実際、ピニオンギアの歯数が一山少ないだけ)はT / Mも含め、FJ40 / 43の4速車と同じであったが、ディーゼルエンジンの特性から、その走行性能はF型との馬力差(125PSと85PS)を感じさせない遜色の無いものであり、4気筒のためエンジンの搭載位置が後退してフロントミッドシップレイアウトとなったことで車両の重量バランスやハンドリングが改善される効果も生んだ。

日本では小型登録(4ナンバー)できることもあって好評をもって迎えられたが、その優れた経済性と卓越した性能はもとより備わっていた高い耐久性と相まって世界的なヒットとなり、販売台数は飛躍的に増えることとなった。 2種類のディーゼルエンジンの追加により、全てのボディータイプでディーゼルエンジンが選べるようになる。 もともとはオイルショックが招いた流れではあったが、これ以降、ディーゼルエンジンはランクルの主流となって行く。

1975年1月
ワイパーのピボットをウインドシールドフレームの上部から下部に変更、ワイパーモーターカバーが車外に露出した。
ハードトップのドアを組み立て式サッシからフルプレスに変更。
それまで固定式であったリア・クォーターウインドウを引き違い式と後端フリップアウト式の2種類へ変更。換気性能が大幅に向上し、後席の快適性が改善された。

1976年8月アウターリアビューミラー(バックミラー)の位置がカウルサイドからドアに変更となり、国内ボンネット型車では初のドアミラーとなり、乗用車(1980年)より一足早い登場となった。その後、乗用車からの乗り換えユーザーが急増し、車両感覚がつかみづらいとの声が多かったことと、幌モデルでドアを取り外した場合、ミラーも一緒に無くなってしまうことから1980年7月、国内モデルのみフェンダーミラーへ変更された。
ここまでをビンテージモデルとすることが多い。

第3期
1979年2月
ボディーを大幅に設計変更。大型プレス材を多用し、パネル枚数の削減と組み立て行程の短縮を図った。また、鋼板のゲージも下げられた(薄くなった)。
20系以来、室内に置かれていた燃料タンクを室外(床下)配置に変更し、油臭の解消と懸案だった安全性と容量不足が改善された(65Lから95Lに拡大)。
法改正に合わせヘッドランプの間隔が広げられ、ラジエターグリルもオーバルから短形になる。
日本国内のみ排ガス対策のため、ディーゼルエンジンをB型から3200ccの2B型に変更、型式もBJ41とBJ44となる。
数字のうえではパワーアップであったが、進角特性の変更でマイルドな味付けとなり、燃費も若干悪化することになる。

フロントベンチレーテッドディスクブレーキとリアLSDがオプション設定される。 室内のトリムカラーが黒からグレーに変更される。

同年9月?、ディーゼル化以降、増加の一途をたどる日本国内の一般ユーザーへの対策として、ファブリック内装の導入が検討され、そのリサーチのため初めての限定車が発表される。ボディーカラーはダークブルー、シートトリムはダークブルーとグレーの細い斜めストライプであった。

同年12月、バンパーなどのメッキ装飾や、トラック丸出しのリング式ながら白く塗られたホイールで差別化された外観と、室内には紅白のコントラストが鮮やかなファブリックシートを持ったLパッケージが登場。ランクル史上初めてのグレード設定となる。

Lパッケージのドアトリムやフロアマットは明るい黄土色で、紅白シートと相まって非常に華やかな内装となり、もはや業務用の雰囲気は感じられなくなった。この変更は功を奏し、これ以降乗用車からの乗り換えユーザーが一段と増えることになる。

第4期
1980年7月
60系のデビューに合わせ、エンジン、T / M、T / F、ブレーキなどの主要部品が60系と共通化され、パーキングブレーキも専用のセンタードラム式からフットブレーキと共用の後2輪ドラム式へと変更となる。
ロングホイールベースのディーゼルエンジンをH型から6気筒・4000ccの2H型と4気筒・3400ccの3B型へ変更、60系と共通化され、それぞれHJ47、BJ45となる。HJ47は主にオーストラリア(略号 ARL)に向けてBJ45はそれ以外の地域向(欧州 = EUR、ジェネラルカントリー = GEN)けに広く輸出された。B / 2B型も合わせて改良され、それ以前のエンジンとの互換性が少なくなる。

マニュアル・フリーハブが日本国内向けにも装備され、それを車幅内に収めるため、樹脂製スペーサーによりフロントフェンダーの取り付け幅が広げられる。日本国内向けのみフェンダーミラーとなる。
1981年5月限定車の第2段として「ザ・マイティー」が登場(国内)、通称は「マイティーBJ」、「マイティー ブラック」。ブラックのボディーにゴールドの子持ちラインを持ったえんじのストライプとえんじとグレーの室内トリムの組み合わせであった。

1981年8月インパネのデザインを変更。センタークラスタータイプとなるが、シンプルでクリーンな印象は無くなり、評判は芳しくなかった。また、日本国内でもラジアルタイヤが選べるようになり、回転突起物対策としてリヤフェンダーにエクステンションが追加され全幅が増す。

パワーステアリングとタコメーター、専用の室内トリムを持った「LX」が追加される。 1982年2月最後の限定車となる「ザ・マイティーII」が登場(国内)。「マイティーBJ」と同様のカラー、トリムであったが、パワーステアリングとタコメーターを装備し、「LX」同様の装備となる。

1982年日本国内は排ガス対策でエンジンが2B型から3400ccの3B型へ変更され、同時に噴射ポンプがボッシュA型(列型)からボッシュVE型(分配型)へ変更となる。ショートとミドルの日本国外向けも含めた3B型エンジン搭載車の型式はBJ42とBJ46(B型搭載の日本国外向けBJ40 / 43と3B型搭載の日本国外向けロングのBJ45は変更なし)。 1984年10月70系へモデルチェンジ。国内での生産を終了。

55、56型(1967年4月-1980年7月)
乗用車ムードあふれるユニークなボディースタイル、4輪駆動車という特異な車であるにもかかわらず、乗用車を上回る安全性。高出力エンジンと理想的な車両重量配分と抜群の高速性能、と当時の解説書にはある。
北米市場を強く意識したモデルでランドクルーザーシリーズとしては初めて、工業デザイナー(社内)によるスタイリングを採用している。
北米でムース(へら鹿)とあだ名されることとなったフロントまわりや大きくへこんだスライド式(電動、または手動の下降式)のリアウインドウなどそれまでの常識にとらわれない独特のスタイルとなった。
しかし現場経験の無い若手が担当したことから、パネル割りに不慣れな部分が多く、生産開始後もライン上でハンマーによる修正が必要となり、品質が安定するまでには多くの月日を要する結果となった。
北米の保安安基準に適合させるため、インストゥルメントパネルは発泡ウレタンのパッドで覆われ、ステアリングホイール中央にも大型パッドが設けられた(その後40系と共通の小ぶりのものに変更)。
パワートレインは40系と全く同じで、125馬力のF型ガソリンエンジンと、オフセット式の2速トランスファーに、コラムシフトの3速M / Tが標準の組み合わせで、オプションでフロアシフトの3速と4速M / Tが選べた。ファイナルレシオ(デフの減速比)は3.700が標準とされた。3速M / Tは1速とリバースがノンシンクロであった。
その後、1969年にエンジン出力が130馬力に向上した。
1967年7月FJ45V(初代・4ドア)の後継車として登場。バックドアはスライディングウインドウ(パワーまたはマニュアルの下降式)を持つテールゲート(下開き)とスイングアウトドア(観音開き)の二種類が設定された。
45(初代)で好評だった消防車用シャーシ(国内向け)も55ベースに代わった。
1972年4月ステアリングギアをウオーム&ローラーからリサーキュレーテッドボール(ボールナット)に変更。
1973年2月バックアップランプを大型化し、輝度も上げられた(安全対策)。
1973年9月エンジンを無鉛仕様に変更(環境対策)。
1975年1月排ガス対策に適合させるため、全モデルが4200cc、135psの2F型ガソリンエンジンに変更となり、3速M/Tが廃止された。エンジンの変更で、型式認定の都合上、国内のみ形式がFJ56Vとなった。
1977年5月フロントドアガラスとサッシの前側の角の形状をR付きに変更(安全対策)。
1977年9月アウターリアビューミラー(バックミラー)が可倒式に、リアコンビネーションランプ(テールランプ)が縦長の大きなものになり、位置も低くされた(安全対策)。すでに60系の設計が始まっていたため、それに似た形状となった。
1979年4月ロッカーアーム、プッシュロッドを軽量化、ロッカーアームカバーを鋼板プレスからアルミダイキャストに変更。
この改良は次期モデルの60系に2F型を引き続き搭載するにあたり、騒音対策の一つとして行われたもの。エンジン音が乗用車風になったため、旧来からのファンを嘆かせることになった。
北米以外の仕向け地についても、トヨタは55型にディーゼルエンジンを最後まで与えなかった。その点にこのモデルのポジショニングが良く表れている。
より実用的なモデルが必要な仕向け地には、H型ディーゼルエンジン搭載のHJ45(1967年~1980年 二代目FJ45と同じ、ホイールベース2950mmで2ドアのモデル)の各タイプが用意され、それを補っていた。
当初の予定どおり、生産台数のほとんどが北米をはじめとする日本国外へ輸出された。
国内では業務用として多くの納入実績を誇ったが、高価であったこと、小型車枠を超えていたこと、ディーゼルエンジンが無かったことがネックであったと言われ、個人向けの販売は振るわなかった。
まぼろしの50「系」
50「系」の開発計画は当初、ショートホイールベースの2ドアハードトップとロングホイールベースの4ドアステーション・ワゴンの二本立てであり、その時点では名実ともに50「系」であった。
2ドアモデルは1/10クレイモデルによるスタイリング検討まで行われており、このモデルが生産されていれば、FJ50型を名乗るはずであった。しかし、北米での販売が好調であったFJ40とのバッティングの可能性、販売価格、荒川車体の生産能力などを考慮した結果、2ドアモデルの計画は中止されることになった。
現在50番台の55、56型が50「系」ではなく、「型」と呼ばれる理由はここにある。
ちなみに50「系」はブラジル・トヨタが生産する、ランドクルーザーのノックダウンから発展した「バンデランテ(Toyota Bandeirante)OJ、BJ50系(1954年~2001年11月)が名乗っている。
この区別はランクルに詳しい者以外にとっては非常に分かりづらいため、一般的には55、56「型」をまとめて50「系」、OJ、BJ50系は「バンデランテ」と車名で呼ばれることが多い。

[ 2010/02/13 19:31 ] TOYOTA | TB(0) | CM(0)

Saab 93b Advertisement Sweden 1958b 0'57"

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サーブ・93はスウェーデンの自動車メーカー・サーブが1956年から1960年まで製造した乗用車である。サーブ・92の改良型として、2サイクルエンジン、前輪駆動方式、シクステン・セゾンによる空力的な車体デザインを継承しつつ、各部に改良が加えられた。

2サイクルエンジンはDKW出身の技術者によって開発された新しい直列3気筒となり、搭載方法も縦置きに改められ、デフが車体中心線上となった。排気量は748ccと92よりやや小さくなったが、最高回転数が上がったため、最高出力は33馬力に強化された。スロットル(アクセルペダル)全閉時のエンジン焼きつきを防ぐフリーホイール機構(ワンウェイクラッチ)も引き続き採用されているが、室内にノブが設けられ、走行中でも無効・有効の切り替えが可能となった。

ラジエーターの位置は相変わらずバルクヘッド側で、冷却水の循環も対流式のままであった。これらは寒冷な気候の北欧では非常に都合が良かったが、輸出先の気温が高い地域では、特に低速時のオーバーヒートが問題となった。

デザイン的には縦型の大きなラジエーターグリルと、拡大されたリアウインドウが特徴となっている。サキソマット自動クラッチ、キャンバストップも選択可能であった。

海外への輸出も93の代になって本格化し、アメリカ合衆国にも多数が輸出された。ただし当時の日本は外国車輸入が厳しく制限された時期に当たり、サーブの輸入は途絶えていた。

1957年型からは前席2点式シートベルトがオプションで装備可能となった。同年9月には改良型の「93B」が登場し、フロントウインドシールドが二分割式から一枚ガラスに変更された。1959年後半には再び改良を受けた「93F」となり、ドアが「GT750」と同じ前ヒンジに改められた。また、同年にはワゴンの95も追加されている。

1960年には後継モデルの96が登場するが、93も継続生産され生産を終了した。累計生産台数は52,731台。

モータースポーツでの活躍
軽量、高い車体剛性、優れたロードホールディング性や空力特性を生かし、小排気量ながらモータースポーツでも大きな成功を収めた。

名手エリック・カールソンの操縦により、 1957年のフィンランドラリー・1959年のスウェディッシュ・ラリーに優勝するなど、93は特に北欧圏のラリーで活躍し、サーブという新しいメーカーの名を高めた。

また、1957年の ミッレミリア750ccクラス優勝、1959年のル・マン24時間レースでのクラス2位・総合12位入賞など、耐久レースでも好成績を残している。


[ 2010/02/15 19:32 ] SAAB | TB(0) | CM(0)

Saab 95 TV ad Sweden 1959a 0'59"

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サーブ・95はスウェーデンの自動車メーカー・サーブが1959年から1978年まで製造した乗用車で、サーブ・93・96のワゴンモデル(3ドア7人乗り)である。

縦置きの前輪駆動で、長い下り坂での焼きつきを防ぐフリーホイール機構を持つ点は93と同様であったが、95で最初に用いられたエンジンは、水冷、2サイクル、直列3気筒、排気量841ccであった。当時の93は750ccであったが、95ではワゴン化による車両総重量(乗車定員と積載重量)増加を考慮し、排気量が拡大された。95の後を追う形で1963年以降の96も850ccとなった。

1967年以降は96と同様、フォード・タウヌス12M/15M用の4サイクルV型4気筒エンジンに変更され、1498cc、55馬力となった。同時にヘッドランプが丸型から角型となった。

1976年モデルでは後ろ向きのサードシート(ジャンプシート)が廃止され、一般的な5人乗りとなり、1978年、96より二年早く生産中止となった。累計生産台数は110,527台であった。

ノルウェー・デンマーク向けにはパネルバンが作られた他、ピックアップトラックに改造された例も見られる。


[ 2010/02/16 19:46 ] SAAB | TB(0) | CM(0)

Yokohama G.T.Special Soft Line Ad 1979 0'30"

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Yokohama G.T.Special Soft LineのCMはあの山田康雄が声優として登場している

横浜ゴム株式会社(よこはまゴム、英文社名 : The Yokohama Rubber Co., Ltd.)は、古河グループのタイヤ・ゴムメーカー。

ドイツのコンチネンタルタイヤの輸入元(一部は日本国内でOEM生産も手がける)でもあり、ヨコハマタイヤのブランド名で知られる。

自動車用タイヤ
* ADVAN(アドバン)シリーズ - レース指向のタイヤブランド。SUPER GTや世界ツーリングカー選手権(ワンメイク)に出場している車両にタイヤを提供している。往年のキャッチコピーは”Get A Step Ahead”だった。現在の主力商品はADVAN NEOVA。

* AVS - Advanced Vehicle Systemの略で、ADVANよりプレミアム志向のスポーツブランド。現在タイヤは輸出用のみ存在するが、同ブランドのアルミホイールはカスタムカー愛好者などの間で人気が高い。尚、AVS Sportの後継はADVAN Sportになっている。
* GRANDPRIX(グランプリ) - ADVANとASPECの中間に位置するスポーティーカー向けのタイヤブランドであった。1990年代には「M3」「M5」「M7」「M7R」が発売され大好評を得たが、後にDNAシリーズに統合されて「DNA GP(GRANDPRIX)」となり、現在は「DNA S-drive」で発売されている。なお、輸出用タイヤには「C-drive」「A-drive」というブランドもある。

* ASPEC(アスペック) - コンフォート志向のタイヤブランド。かつてはポール・フレールやニキ・ラウダらが、サーキットで走行テストするCMが話題になった。寺尾聰や稲垣潤一、果てはもんたよしのりの CMソングも大ヒットした。商品としては「ASPEC dB(デシベル)」及び同社初のミニバン専用タイヤの「ASPEC MV」が最後となっており、DNAシリーズの一つである「DNA dB」を経て現在はADVANブランドのひとつとなる「ADVAN dB」となっている。ミニバン専用タイヤもその後DNAシリーズに組み込まれ「DNA map-RV」→「DNA map」となっている。ただし、自動車メーカー向けにOEM供給している(新車に最初から取り付けてある)タイヤにはASPECのブランドは残っている。
* DNA(ディーエヌエー)シリーズ - 「Driving NVH Assessment」の略である。CMに巨大な風力発電施設を始めとした雄大な地球の風景を採用、MONKEY MAJIK(2007年)、MEGARYU(2006年)が歌うCMソングも話題になっており、かつてはDef TechがこのCMのおかげで大ヒットした。DNAブランドは基本的に国内専用。DNAシリーズには省燃費を詠ったエントリーモデルの「DNA ECOS」(エコス)、オレンジオイルを配合し地球環境に配慮した「DNA EARTH-1」(アース・ワン。なお2011年に登場した「BluEarth-1」は後述の「BluEarth」シリーズであり、DNAシリーズではない)、左右非対称パターンのワゴン・ミニバン用の「DNA map(小型車)」(マップ)および「DNA GRAND map(中・大型車)」(グランド・マップ)、前述の「DNA dB」および「DNA S-drive」(エス・ドライブ)がある。

* BluEarth(ブルーアース) - 2010年7月発売。「DNA ECOS」の実質的な後継ブランドであり「DNA EARTH-1」の普及版にあたる。ただし英文の綴りは「Blue Earth」ではないので注意。

* AVID(エイビッド)- ASPECの下位に位置する同社のエントリーブランドであった。現在は先述の「DNA ECOS」や「BluEarth」がかつてにAVIDシリーズに近いポジションを担っている。

* PARADA(パラダ) - トレッドパターンに特徴のあるファッション性重視のブランド。一時は輸出向け専用になっていたが近年になって国内向けが復活(SUV用)。

* GEOLANDAR(ジオランダー・シリーズ) - SUV(スポーツ用多目的車)用タイヤブランド。

* アイスガード - スタッドレスタイヤ。ガーデックスの後継スタッドレス用タイヤブランドでCMキャラクターに織田裕二を起用している。輸出用には「W-drive」というのもある。

* デリバリースター - 小型トラック用のタイヤブランド。

* JOB(ジョブ) - 同上。

* プロフォース - 大型トラック用のタイヤブランド。

オートバイ用タイヤ(現在は撤退)
* プロファイヤー - 二輪車用バイアスハイグリップタイヤの草分け的存在。スクーター用から大排気量車用までラインナップ

* ゲッター 二輪車用ラジアルハイグリップタイヤブランド。国内レース界ではチームゲッターとして活躍。

その他
* PRGR(プロギア)-ゴルフ用品ブランド。

* ハマタイト - 建築用防水資材

主要事業所
* 茨城工場 - 茨城県小美玉市
* 平塚製造所、平塚東工場、ハマタイト工場 - 神奈川県平塚市
* 長野工場 - 長野県下伊那郡高森町
* 三島工場 - 静岡県三島市
* 新城工場、新城南工場 - 愛知県新城市
* 三重工場 - 三重県伊勢市
* 尾道工場 - 広島県尾道市

※1995年までは上尾工場(埼玉県上尾市)が存在したが、現在は「上尾物流センター」として機能している。

沿革
* 1917年10月 - ?濱電線製造(現在の古河電工)とアメリカ合衆国のBFグッドリッチの合弁で、横浜市に?濱護謨製造株式會社として設立。
* 1950年4月 - 東証と大証の第一部に上場。
* 1961年10月 - 名証の第一部に上場。
* 1963年10月 - 商号を横浜ゴム株式会社に変更。
* 1969年11月 - アメリカにヨコハマタイヤコーポレーションを設立。
* 1970年7月7日 - ハマゴムエイコム株式会社を設立。
* 1973年7月 - アメリカのエイロクイップ社と合同で横浜エイロクイップを設立。
* 1983年11月 - 株式会社スポーツコンプレックスを設立。
* 1986年4月 - 株式会社ユアーズを設立。
* 1988年11月 - 東洋ゴム工業とアメリカのゼネラルタイヤ社と合弁でGTYタイヤカンパニーをアメリカに設立。
* 1989年10月 - アメリカのモホークラバーカンパニーを買収。
* 1992年7月 - モホークラバーカンパニーをヨコハマタイヤコーポレーションと合併。
* 1996年5月 - 株式会社アライズを設立。
* 1996年6月 - フィリピンに川鉄商事株式会社と合弁でヨコハマタイヤ・フィリピンINC.を設立。
* 1996年7月 - タイ王国にヨコハマラバー(タイランド)CO.,LTDを設立。
* 1997年11月 - ベトナムに三菱商事やサザン・ラバー・インダストリー・カンパニーと合弁でヨコハマタイヤ・ベトナム・カンパニーを設立。
* 2002年4月 - ドイツのコンチネンタル社と合弁でヨコハマコンチネンタルタイヤ株式会社を設立。
* 2004年1月 - タイにティー・サイアム・コマーシャル・カンパニーと合弁でヨコハマタイヤ・マニファクチュアリング(タイ)CO.,LTDを設立。
* 2004年10月 - 子会社の横浜ハイデックス株式会社を吸収合併。
* 2005年11月 - 上海に横浜橡胶(中国)有限公司を設立。
* 2006年1月 - 中国に横浜橡胶(中国)有限公司と山東躍馬胶帯有限公司の合弁で山東横浜橡胶工業有限公司を設立。
* 2006年4月 - 横浜橡胶(中国)有限公司の出資により、中国に蘇州横浜輪胎有限公司を設立。
* 2007年1月 - インドにヨコハマ・インディアを設立。
* 2009年3月 - 航空機用タイヤの生産・販売から撤退することを発表。
* 2009年7月 - 各地域ごとのタイヤ販売会社を統合し、「ヨコハマタイヤジャパン」を設立。
* 2010年10月-各地域の工業用ゴム製品販売会社(横浜ゴムMBX)を統合し「横浜ゴムMBジャパン」を設立。

国内グループ企業
* タイヤガーデン
* グランドスラム
* タイヤタウン

海外グループ企業
* YOKOHAMA TIRE CORPORATION(アメリカ)
* YOKOHAMA TIRE (CANADA) INC(カナダ)
* YOKOHAMA TYRE AUSTRALIA PTY., LTD.(オーストラリア)(A.C.N.001-361 459)
* YOKOHAMA EUROPE GmbH(ドイツ)
* YOKOHAMA TIRE PHILIPPINES, INC.(フィリピン)
* YOKOHAMA TYRE VIETNAM INC.(ベトナム)
* HANGZHOU YOKOHAMA TIRE CO., LTD(中国)
* YOKOHAMA TIRE MANUFACTURING(THAILAND) CO.,LTD.(タイ)
* YOKOHAMA RUBBER(THAILAND) CO., LTD(タイ)

関連項目
* マカオグランプリ

* Sound Cruising with YOKOHAMA TIRE / Driving Navigator by ADVAN - TOKYO FMのラジオ番組

* ジャンクSPORTS(~2010年3月) →爆笑レッドカーペット(2010年4月~)- テレビ番組でのスポンサー番組 フジテレビ。これ以外にも日本テレビ系のサプライズ→SUPER SUPRISE→1900の水曜(1900は「脱出ゲームDERO!」分)、テレビ朝日系の報道ステーション→水曜21時枠刑事ドラマのスポンサー番組が2010年4月現在ある。

* 藤倉肇 - 現北海道夕張市長。関連会社の「十勝ヨコハマタイヤ」「北海道ヨコハマタイヤ販売」の元社長

* ニュルブルクリンク - 2008年から5年間の予定でコーナー名の命名権(2箇所)を獲得

* ヨコハマタイヤゴルフトーナメント PRGRレディスカップ - 2008年から横浜ゴムの主催で開催される女子プロゴルフトーナメント

* スマイレッジ - かつてトレードマークとなっていたタイヤホイールに笑顔がはめ込まれていた図案。もともとはスマイレッジ(Smileage) というBFグッドリッチ社の登録商標だったものである。

* 旧横浜ゴム平塚製造所記念館

* 少年アシベ

* スピード・レーサー - 契約を結んでおり、主役のマッハ号にADVANタイヤが装着されているほか各所にヨコハマのロゴが登場する。

* 古河グループ

[ 2010/02/17 20:26 ] YOKOHAMA | TB(0) | CM(0)

Yokohama Advan commercial 1981 0'32"

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横浜ゴム株式会社(よこはまゴム、英文社名 : The Yokohama Rubber Co., Ltd.)は、古河グループのタイヤ・ゴムメーカー。

ドイツのコンチネンタルタイヤの輸入元(一部は日本国内でOEM生産も手がける)でもあり、ヨコハマタイヤのブランド名で知られる。

自動車用タイヤ
* ADVAN(アドバン)シリーズ - レース指向のタイヤブランド。SUPER GTや世界ツーリングカー選手権(ワンメイク)に出場している車両にタイヤを提供している。往年のキャッチコピーは”Get A Step Ahead”だった。現在の主力商品はADVAN NEOVA。

* AVS - Advanced Vehicle Systemの略で、ADVANよりプレミアム志向のスポーツブランド。現在タイヤは輸出用のみ存在するが、同ブランドのアルミホイールはカスタムカー愛好者などの間で人気が高い。尚、AVS Sportの後継はADVAN Sportになっている。
* GRANDPRIX(グランプリ) - ADVANとASPECの中間に位置するスポーティーカー向けのタイヤブランドであった。1990年代には「M3」「M5」「M7」「M7R」が発売され大好評を得たが、後にDNAシリーズに統合されて「DNA GP(GRANDPRIX)」となり、現在は「DNA S-drive」で発売されている。なお、輸出用タイヤには「C-drive」「A-drive」というブランドもある。

* ASPEC(アスペック) - コンフォート志向のタイヤブランド。かつてはポール・フレールやニキ・ラウダらが、サーキットで走行テストするCMが話題になった。寺尾聰や稲垣潤一、果てはもんたよしのりの CMソングも大ヒットした。商品としては「ASPEC dB(デシベル)」及び同社初のミニバン専用タイヤの「ASPEC MV」が最後となっており、DNAシリーズの一つである「DNA dB」を経て現在はADVANブランドのひとつとなる「ADVAN dB」となっている。ミニバン専用タイヤもその後DNAシリーズに組み込まれ「DNA map-RV」→「DNA map」となっている。ただし、自動車メーカー向けにOEM供給している(新車に最初から取り付けてある)タイヤにはASPECのブランドは残っている。
* DNA(ディーエヌエー)シリーズ - 「Driving NVH Assessment」の略である。CMに巨大な風力発電施設を始めとした雄大な地球の風景を採用、MONKEY MAJIK(2007年)、MEGARYU(2006年)が歌うCMソングも話題になっており、かつてはDef TechがこのCMのおかげで大ヒットした。DNAブランドは基本的に国内専用。DNAシリーズには省燃費を詠ったエントリーモデルの「DNA ECOS」(エコス)、オレンジオイルを配合し地球環境に配慮した「DNA EARTH-1」(アース・ワン。なお2011年に登場した「BluEarth-1」は後述の「BluEarth」シリーズであり、DNAシリーズではない)、左右非対称パターンのワゴン・ミニバン用の「DNA map(小型車)」(マップ)および「DNA GRAND map(中・大型車)」(グランド・マップ)、前述の「DNA dB」および「DNA S-drive」(エス・ドライブ)がある。

* BluEarth(ブルーアース) - 2010年7月発売。「DNA ECOS」の実質的な後継ブランドであり「DNA EARTH-1」の普及版にあたる。ただし英文の綴りは「Blue Earth」ではないので注意。

* AVID(エイビッド)- ASPECの下位に位置する同社のエントリーブランドであった。現在は先述の「DNA ECOS」や「BluEarth」がかつてにAVIDシリーズに近いポジションを担っている。

* PARADA(パラダ) - トレッドパターンに特徴のあるファッション性重視のブランド。一時は輸出向け専用になっていたが近年になって国内向けが復活(SUV用)。

* GEOLANDAR(ジオランダー・シリーズ) - SUV(スポーツ用多目的車)用タイヤブランド。

* アイスガード - スタッドレスタイヤ。ガーデックスの後継スタッドレス用タイヤブランドでCMキャラクターに織田裕二を起用している。輸出用には「W-drive」というのもある。

* デリバリースター - 小型トラック用のタイヤブランド。

* JOB(ジョブ) - 同上。

* プロフォース - 大型トラック用のタイヤブランド。

オートバイ用タイヤ(現在は撤退)
* プロファイヤー - 二輪車用バイアスハイグリップタイヤの草分け的存在。スクーター用から大排気量車用までラインナップ

* ゲッター 二輪車用ラジアルハイグリップタイヤブランド。国内レース界ではチームゲッターとして活躍。

その他
* PRGR(プロギア)-ゴルフ用品ブランド。

* ハマタイト - 建築用防水資材

主要事業所
* 茨城工場 - 茨城県小美玉市
* 平塚製造所、平塚東工場、ハマタイト工場 - 神奈川県平塚市
* 長野工場 - 長野県下伊那郡高森町
* 三島工場 - 静岡県三島市
* 新城工場、新城南工場 - 愛知県新城市
* 三重工場 - 三重県伊勢市
* 尾道工場 - 広島県尾道市

※1995年までは上尾工場(埼玉県上尾市)が存在したが、現在は「上尾物流センター」として機能している。

沿革
* 1917年10月 - ?濱電線製造(現在の古河電工)とアメリカ合衆国のBFグッドリッチの合弁で、横浜市に?濱護謨製造株式會社として設立。
* 1950年4月 - 東証と大証の第一部に上場。
* 1961年10月 - 名証の第一部に上場。
* 1963年10月 - 商号を横浜ゴム株式会社に変更。
* 1969年11月 - アメリカにヨコハマタイヤコーポレーションを設立。
* 1970年7月7日 - ハマゴムエイコム株式会社を設立。
* 1973年7月 - アメリカのエイロクイップ社と合同で横浜エイロクイップを設立。
* 1983年11月 - 株式会社スポーツコンプレックスを設立。
* 1986年4月 - 株式会社ユアーズを設立。
* 1988年11月 - 東洋ゴム工業とアメリカのゼネラルタイヤ社と合弁でGTYタイヤカンパニーをアメリカに設立。
* 1989年10月 - アメリカのモホークラバーカンパニーを買収。
* 1992年7月 - モホークラバーカンパニーをヨコハマタイヤコーポレーションと合併。
* 1996年5月 - 株式会社アライズを設立。
* 1996年6月 - フィリピンに川鉄商事株式会社と合弁でヨコハマタイヤ・フィリピンINC.を設立。
* 1996年7月 - タイ王国にヨコハマラバー(タイランド)CO.,LTDを設立。
* 1997年11月 - ベトナムに三菱商事やサザン・ラバー・インダストリー・カンパニーと合弁でヨコハマタイヤ・ベトナム・カンパニーを設立。
* 2002年4月 - ドイツのコンチネンタル社と合弁でヨコハマコンチネンタルタイヤ株式会社を設立。
* 2004年1月 - タイにティー・サイアム・コマーシャル・カンパニーと合弁でヨコハマタイヤ・マニファクチュアリング(タイ)CO.,LTDを設立。
* 2004年10月 - 子会社の横浜ハイデックス株式会社を吸収合併。
* 2005年11月 - 上海に横浜橡胶(中国)有限公司を設立。
* 2006年1月 - 中国に横浜橡胶(中国)有限公司と山東躍馬胶帯有限公司の合弁で山東横浜橡胶工業有限公司を設立。
* 2006年4月 - 横浜橡胶(中国)有限公司の出資により、中国に蘇州横浜輪胎有限公司を設立。
* 2007年1月 - インドにヨコハマ・インディアを設立。
* 2009年3月 - 航空機用タイヤの生産・販売から撤退することを発表。
* 2009年7月 - 各地域ごとのタイヤ販売会社を統合し、「ヨコハマタイヤジャパン」を設立。
* 2010年10月-各地域の工業用ゴム製品販売会社(横浜ゴムMBX)を統合し「横浜ゴムMBジャパン」を設立。

国内グループ企業
* タイヤガーデン
* グランドスラム
* タイヤタウン

海外グループ企業
* YOKOHAMA TIRE CORPORATION(アメリカ)
* YOKOHAMA TIRE (CANADA) INC(カナダ)
* YOKOHAMA TYRE AUSTRALIA PTY., LTD.(オーストラリア)(A.C.N.001-361 459)
* YOKOHAMA EUROPE GmbH(ドイツ)
* YOKOHAMA TIRE PHILIPPINES, INC.(フィリピン)
* YOKOHAMA TYRE VIETNAM INC.(ベトナム)
* HANGZHOU YOKOHAMA TIRE CO., LTD(中国)
* YOKOHAMA TIRE MANUFACTURING(THAILAND) CO.,LTD.(タイ)
* YOKOHAMA RUBBER(THAILAND) CO., LTD(タイ)

関連項目
* マカオグランプリ

* Sound Cruising with YOKOHAMA TIRE / Driving Navigator by ADVAN - TOKYO FMのラジオ番組

* ジャンクSPORTS(~2010年3月) →爆笑レッドカーペット(2010年4月~)- テレビ番組でのスポンサー番組 フジテレビ。これ以外にも日本テレビ系のサプライズ→SUPER SUPRISE→1900の水曜(1900は「脱出ゲームDERO!」分)、テレビ朝日系の報道ステーション→水曜21時枠刑事ドラマのスポンサー番組が2010年4月現在ある。

* 藤倉肇 - 現北海道夕張市長。関連会社の「十勝ヨコハマタイヤ」「北海道ヨコハマタイヤ販売」の元社長

* ニュルブルクリンク - 2008年から5年間の予定でコーナー名の命名権(2箇所)を獲得

* ヨコハマタイヤゴルフトーナメント PRGRレディスカップ - 2008年から横浜ゴムの主催で開催される女子プロゴルフトーナメント

* スマイレッジ - かつてトレードマークとなっていたタイヤホイールに笑顔がはめ込まれていた図案。もともとはスマイレッジ(Smileage) というBFグッドリッチ社の登録商標だったものである。

* 旧横浜ゴム平塚製造所記念館

* 少年アシベ

* スピード・レーサー - 契約を結んでおり、主役のマッハ号にADVANタイヤが装着されているほか各所にヨコハマのロゴが登場する。

* 古河グループ

[ 2010/02/18 20:41 ] YOKOHAMA | TB(0) | CM(0)

FJ Cruiser - TV ad 0'31"

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FJクルーザー(FJ Cruiser, エフジェイクルーザー)はトヨタ自動車が製造、販売するSUVである。日野自動車株式会社羽村工場で生産される。

もともとは北米地区専用車種として開発されたが、個性的な外観を持つことから日本にも根強いファンがおり、一定の需要が見込めることから2010年12月4日より日本国内でも正規販売されている。日本国内での正規販売はトヨタ店が担当する。日本市場には右ハンドル仕様の5速AT・4WD車が投入される。2011年4月11日からはオーストラリアでも販売される。

丸型ヘッドライト、TOYOTAのロゴ、白色の屋根などに見られるように、FJ40型ランドクルーザーを彷彿とさせる外観が特徴である。

当初の企画目的は、日野・羽村工場のハイラックスサーフの部品を使い、収益性の高い新型車を開発することであった。もしも、2000年にロッド・ミレンが製作した、100とFJ45Vのランドクルーザー同士を組み合わせた「レトロクルーザー」が話題にならなければ、FJクルーザーの誕生はなく、あるいはまったく異なるSUVの登場となっていた可能性もある。

特に低められたフロントウィンドシールドと、大胆に立てられたAピラーによって古風な雰囲気を高めている。これらは空力面では大きな欠点となるが、外装上の重要点とされ、安易な変更は考慮されなかった。そのため、検討や実験に多くの時間をさくことになったが、その甲斐もあり、空力面でも満足できる仕上がりとなっている。 北米の最近の流れである「ヘリテイジもの」としてくくられることもあるが、全体的にはモダンな外装となっており、単に御先祖の姿をなぞっただけに留まってはいない。

シャーシはランドクルーザープラドと共通の構成のラダーフレームを採用しており本格的SUVといえる。ホイールベースは2,690mmに短縮されているが、サスペンションやドライブトレインはタコマ、4ランナー(ハイラックスサーフ)、プラドと共通のものとなっている。トランスファーは6速MT車がフルタイム4WD、5速AT車がパートタイム4WDとなっており、5速AT車のみ2WDも選ぶことができる。サスペンションやドライブトレーンはランドクルーザープラドも同様であるが、プラドには2WDの設定はなく、各部も補強されている。

エンジンにはタコマ、4ランナー、プラドと共通のV型6気筒 4.0Lの1GR-FE型が搭載されるが、燃料や使用速度域、エンジン音の好みの違いから、同エンジンが搭載される他モデルとは給排気系とECUが異なっている。トランスミッションは6速MTと5速ATとが設定されており、どちらもフロアシフトとなっている。日本仕様においては平成17年排出ガス基準50%低減の低ガス排出車の認定を受けている。

ドアは両側ともピラーレスの観音開きで、前席のシートベルトも後ろのドアに組み込まれており、後ろのドアのみを開けることはできない構造になっている。同時に、柔らかい荷室の床を含め、室内は防水となっている。 また、エアコンスイッチやドアノブ、シフトレバーなど手に触れる部分はグローブを装着したままでも操作しやすいように大型化されているのが特徴である。

なお、国内仕様は日本での法規に従いサイドアンダーミラーが装着され、後部方向指示器(ウィンカー)や後部ナンバープレートの取り付け位置をバンパー部分に変更。同時にリアフォグランプも追加されている。オーディオは全車レス仕様。

[ 2010/02/19 19:47 ] TOYOTA | TB(0) | CM(0)

BRIDGESTONE CM 0'35"

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株式会社ブリヂストン(英語名: BRIDGESTONE CORPORATION) は、世界最大のゴム・タイヤメーカー。本社は東京都中央区京橋。

2005年フランスのミシュラン社を抜き世界シェアトップとなる。連結従業員数はおよそ12万6千人(2006年現在)。生産拠点数は25カ国165拠点(2006年現在)。連結売上高はおよそ3兆円(2006年現在)。売上高のおよそ2割はタイヤ以外の多角化事業での売上。スポーツ用品事業と自転車事業はグループ子会社。

社名は、創業者の石橋正二郎にちなみ英語の「ブリッジ」(橋)と「ストーン」(石)を合成したもの。姓を直訳して、「ストーンブリッジ」では語呂が悪いので、逆さにして「ブリヂストン」になったという。ブリヂストンを略して「BS」と称される事が多い(1967~84年当時のマークにBSが使われた)。

沿革
  • 1930年、日本足袋株式会社(現・アサヒコーポレーション)タイヤ部の手により、純国産タイヤの第1号が生まれる。
  • 1931年3月1日、日本足袋株式会社タイヤ部から独立する形で、福岡県久留米市に「ブリッヂストンタイヤ株式会社」設立。
  • 1934年、久留米工場完成。本格的に量産開始。
  • 1937年、本社を東京に移転。
  • 1942年、戦争激化に伴い、英語表記の社名を「日本タイヤ株式会社」に改称。
  • 1951年、社名を「ブリヂストンタイヤ株式会社」に再び改称。
  • 1962年、日本初のトラック用スチールラジアルタイヤ開発。
  • 1964年、日本初の乗用車用ラジアルタイヤ開発。
  • 1965年、マレーシアに、戦後初の海外工場を設立。
  • 1967年、アメリカに、販売会社「ブリヂストン・アメリカ」を設立。
  • 1968年、デミング賞受賞。
  • 1970年、第1回「ブリヂストンゴルフトーナメント」(現「ブリヂストンオープン」)開催。
  • 1981年、提供番組「ベストヒットUSA」(テレビ朝日)放送開始。
  • 1982年、日本初のスタッドレスタイヤ発売。
  • 1983年、アメリカのファイアストン社のナッシュビル工場を買収。
  • 1984年、社名を「株式会社ブリヂストン」に改称。(現在のコーポレート・シンボル導入)
  • 1988年、アメリカのファイアストン社を正式に買収、子会社化。
  • 1989年、アメリカの子会社を再編、「ブリヂストン/ファイアストン・インク」設立。
  • 1990年、ヨーロッパ統括会社として、「ブリヂストン/ファイアストン・ヨーロッパ エス エー」を設立。
  • 1993年、スポーツ関連用品事業を、ブリヂストンスポーツに統合。
  • 1994年、ヨーロッパにおける事業を、「ブリヂストン/ファイアストン・ヨーロッパ エス エー」に統合
  • 1997年、F1に参戦。
  • 2001年、「ブリヂストン/ファイアストン・インク」が持株会社制を導入。(「ブリヂストン/ファイアストン アメリカス ホールディング・インク」)
  • 2002年、創業者の石橋正二郎が日本自動車殿堂入り。
  • 2003年、アメリカの統括子会社の社名を「ブリヂストン アメリカス ホールディング・インク」に、同様にヨーロッパの統括子会社の社名を「ブリヂストン ヨーロッパ エヌヴイ エスエー」に変更。
  • 2004年、中国にタイヤ事業を統括する普利司通(中国)投資有限公司を設立。
  • 2005年、日本市場向けとしては24年ぶりとなる新ブランド「Playz(プレイズ)」を発売。
  • 2006年、ブリヂストン アメリカス ホールディング・インク、再生タイヤ大手バンダグ社(Bandag Inc.)を買収。石橋正二郎が米国自動車殿堂入り。戦略的事業ユニット(SBU)、グローバル経営プラットフォーム(GMP)、グローバル本社(GHO)からなる組織改革を実施。
タイヤ部門
乗用車用/トラック・バス用/建設・産業・農業車両用/航空機用/二輪自動車用のタイヤ・チューブほか。

化工品部門
自動車関連部品、ウレタンフォーム及びその関連用品、事務機器用精密部品、工業用資材関連用品、建築・配管関連用品、土木・海洋関連用品ほか。

主なブランド(タイヤ)
  • POTENZA(ポテンザ)シリーズ - スポーツドライブ派向けのブランド。F1などでの展開が有名。モータースポーツに於いては古くから多くの支持を得ている。
  • REGNO(レグノ)シリーズ - 乗り心地・静粛性優先派向けのブランド。その乗り心地と操縦安定性、高い静粛性には定評がある。
  • Playzシリーズ(プレイズ) - 運転者や同乗者のストレス軽減を主目的に開発された新しいブランド。軽自動車から大型セダン、ミニバン、スポーツカーまで、幅広い車種に対応する。
  • Bシリーズ(BスタイルEX、BスタイルRVなど) - ウェット時の性能と転がり抵抗の低減、コストパフォーマンスを狙って開発されたブランド。
  • SNEAKERシリーズ(スニーカー) - 主に軽自動車やリッターカー、小型乗用車向けのブランド。
  • DUELERシリーズ(デューラー) - 4×4 (SUV) 車用タイヤのブランド。
  • JEEP SERVICE(ジープサービス) - オフロードに於ける走破性能に特化されたバイアスタイヤ。現行では主に不整地を走行するトラック用として位置づけられているが、不整地走行を趣味とするクロスカントリー車のユーザーから根強い支持を集め続けているロングセラーブランド。
  • BLIZZAKシリーズ(ブリザック) - 冬用スタッドレスタイヤのブランド。雪国での装着率は非常に高い。
  • BATTLAX(バトラックス) - オートバイ用のタイヤのブランド。
  • ECOPIA(エコピア) - トラック・バス用の省燃費タイヤのブランド。
  • GREATEC(グレイテック) - トラック・バス用の超偏平タイヤのブランド。後輪の2本(複輪)のタイヤを1本(単輪)化できる。
特記事項
  • 社名は、正式には「シ」に濁点ではなく「チ」に濁点のブリヂストンである。
  • 売上高の所在地別内訳は、日本国内は3割程でしかなく、6割が米欧州である。
  • 2006年現在、世界シェアベースで競合のミシュラン(仏)とグッドイヤー(米)を抜き、世界第1位である。(出展=タイヤビジネス誌)又、売上高ベースでも世界第1位である。(出展=フォーチュン誌)
  • 2007年10月に、2008年からの5年間で設備投資費を1兆3千億円まで増額し、インドや東欧等での生産能力を上げる事を発表したが、これにより2012年の連結売上高は4兆円の大台に達する見込みとなった。
  • 子会社ブリヂストンサイクルで自転車事業を展開するが、現在は自転車用タイヤの自社生産は行っていない。
  • 1950年代にはブリヂストンサイクルでオートバイを製造したこともあったが、撤退した。
  • 日本足袋から独立した経緯がある為、その後身にあたるアサヒコーポレーションからブリヂストンブランドの靴を発売している。
  • シンボルマークとして、現在はアルファベットのBをかたどったマークが使われている。このマークはタイヤや自転車といった製品に表示されている他に、モータースポーツの分野でもブランドロゴとして使われている。
  • 旧ロゴ時代に『2キロに1店、ブリヂストンのサービスショップ』というCMをやっていた。
  • 2006年のドイツGPにおいてF1通算100勝を達成。
  • 2007年からは、F1でのミシュラン撤退でブリヂストンのワンメイクとなる(契約上は2008年度~2011年度)。トヨタ、ウィリアムズは2006年にミシュランからブリヂストンに変更。
  • F1で使用されるソフトタイヤの白いラインは、白の特製マジックインキによるスタッフの手書きである。
  • 国内で市販されているタイヤは、基本的にブリヂストン本体から、各都道府県にある販売子会社がタイヤを買い、市場に供給している。尚、他のタイヤメーカーも同様の販売ルート体制である。
  • 本社ビルには現在ブリヂストン美術館が入っているが、かつては旧住友銀行も間借りしていた。

[ 2010/02/20 20:26 ] BRIDGESTONE | TB(0) | CM(0)

Ferrari FXX Evoluzione 3'30

トップページFERRARIカテゴリーFerrari FXX Evoluzione Ferrari FXX Evoluzione - Bologna Motor Show 2009 live from p.jpg
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フェラーリ・FXX(エフエックスエックス)とは、イタリアのフェラーリがフェラーリ・エンツォをベースに開発したサーキット走行専用車のこと。公道では走行することが出来ない。

2005年、フェラーリ・エンツォをベースとして、フェラーリの持つ技術を結集させた、サーキット専用モデル(公道での走行は不可)を発表。今までマラネッロで製作された車の中では最も高度なGT。

ボディパネルはカーボン製で、車体重量は1155kg。空力特性が改善されていて、ダウンフォースはエンツォを40%も上回る。さらに、可動式のスポイラーを搭載し、サーキットにあわせて調節が可能。シートやペダルもドライバーに合わせてオーダーメイドされる。助手席を装備することも可能。 構造上運転席からは後方が見えないため、ルーフにカメラがついている。

搭載されるエンジンは6262ccのV12エンジンを搭載。800PS/8500rpmという高出力を生み出す。さらに、F1の技術をもとに開発されたトランスミッションは、約80msecでギアチェンジを行うことが出来る。

ブリヂストン製の専用の19インチ・スリックタイヤと、ブレンボ製の専用の大径セラミックコンポジット・ディスクブレーキを搭載。ブレーキ冷却とパッドのシステムは専用に開発されたものである。ちなみに「FXX」と言う名前は、エンツォ・フェラーリの開発コードの「FX」にはかり知れない可能性とスピードを著わす「X」を付け足したもの。

通常の状態では、エンジン出力を抑制するコントロールがなされている。セーフティーコントロールを解除すると、相当のオーバーステア特性となり、フォーミュラ経験のある職業レーサーでも 乗りこなすのが困難とされている。

十分高いポテンシャルを秘めているFXXだが、このFXXは革新的な技術協力プログラムの一環でもある。それは、アマチュアながら高い運転技術を持つ顧客が、自らテストドライバーとなり、FXXを運転することでニューモデル開発の一翼を担い、また車両のデータ取りに活躍するというものである。

顧客(テストドライバー)がサーキットを走る場合には、フェラーリ社からFXXプログラムを担当するメカニックを含む特別チームが派遣される。 FXXには高性能テレメトリー・システムが搭載され、39種類もの運動特性のデータを、ピットで常時監視する。これらの情報はフェラーリの技術者が分析し、顧客とともに検討される。

このプログラムは、高性能モデル開発計画の基本的な枠組み作りの一環で、初の顧客テストドライバーを起用した開発プログラムとなる。 各種走行データは新型車の開発などに活用される。

なお、FXXを購入したオーナーはプロドライバーによる運転講習を受けられ、また、FXXをマラネロに預けておけば、レース時にフェラーリが各サーキットへ輸送をしてくれる。他にも各種メンテナンスを受けられるなどの特典もつく。

顧客をサポートするのは、ヨーロッパ圏内ではフェラーリ本社のコルセ・クリエンティと呼ばれる顧客レース部門である。なお、それ以外の国では各国の現地法人が管理する

マシンと、これらアフターケアをつけた基本パッケージは総額150万ユーロ(約2億円)。FXXは2005年12月に限定29台で、フェラーリにより選出されたオーナーに対してのみ販売された。また、ブラックのボディカラーに、両方のドアの横に「30」と書かれた30台目のFXXが、ミハエル・シューマッハにプレゼントされた。

FXXプログラムは2009年をもって終了し、今後は599XXプログラムに継承される。

エヴォルツィオーネ
FXXに新たなトラクション・コントロール、カーボンブレーキ等を組み合わせ、860bhpまで引き上げるパッケージである。同時に、FXXプログラムを2年間延長する。

[ 2010/02/21 19:18 ] FERRARI | TB(0) | CM(0)

FT-86 Concept DigInfo 2'10"

トップページTOYOTAカテゴリーFT-86 Concept DigInfo 小型FRスポーツコンセプト - トヨタ FT-86 Concept _ DigInfo.jpg

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トヨタ・FT-86とは、2009年に行われた第41回東京モーターショーにトヨタ自動車が出展した小型スポーツのコンセプトカーである。なお、のちに発表されたFT-86 IIについても記述する。

「クルマ本来の運転する楽しさ、所有する歓びを提案する小型FRスポーツのコンセプトモデル」のスローガンを掲げ、富士重工業(スバル)と共同で開発を進めている。

独立したトランクを有する3ボックス・ノッチバックスタイルでサッシュレスドアを採用しており、ED2(Toyota Europe Design Development)がデザインを担当。そのエクステリアデザインの特徴は、2007年の第40回東京モーターショーに出展されたトヨタのコンセプトカーであるFT-HSを彷彿とさせるものが与えられ、従来のライトウェイトスポーツカーと大きく異なる、張り出しや重量感のあるものとなっている。

前面はヘッドランプが細く鋭く切れ上がり、その下部にある縦筋の窪みはエンジンルームへのエアインテークになっている。フロントバンパーと一体化させたフロントグリルは、大きく六角形に開口させて奥まったところに設置し、Aピラーと共にブラックアウトさせている。Aピラーについては、重視される衝突安全性能を達成するため、市販車の多数に倣って太くなっているが、それと引き替えに大きくなってしまう死角領域の対策として、分割してガラスをはめ込むことで外観を損ねることなく死角領域の低減を図っている。

背面は、スポイラー状に形成されたトランクリッドとカーボン製のディフューザーが空気の流れを意識した立体感ある形状に仕立てられており、ディフューザーに埋め込まれたマフラーエンドが左右1本ずつのぞかせている。 パッケージングの特徴は、全長に対して長くとられたホイールベースである。前後のオーバーハングは極限にまで切り詰められているため、他の2L級クーペより短い全長ながら2+2シート・4人定員の居住空間を確保している。

富士重工業製の水平対向4気筒・NAの2Lエンジンを縦置きに搭載して後輪を駆動するFR方式とし、これに3ペダル式の6速MTが組み合わされる。スバル「レガシィ」や「インプレッサ」が採用する駆動方式の主流である4WDのフロント駆動部分を取り除けばFRになるが、FT-86 Conceptではそうした安易な方法はとっておらず、FR専用にトランスミッションを新開発した上にエンジン搭載位置も見直して、エンジン重心を前車軸よりも後方に搭載するフロントミッドシップ方式にして、運動性能に大きく影響する前後の重量配分にもこだわっている。

ブレーキシステムは、トヨタの系列会社であるアイシンのグループ企業、アドヴィックスが開発した前4ポッド・後2ポッドの強力なものが搭載されている。また、ブレーキシステムの拡大に合わせ、225/40R19サイズのタイヤが装着される。

水平対向エンジンは、自然吸気4気筒という以外の詳細スペックは未公表であるが、21世紀のスポーツカーにふさわしい環境性能と高出力を満たしながら、経済性を考慮してレギュラーガソリン仕様を達成するために、トヨタとスバルが持つ最新技術を投入する計画。なお、富士重工業は開発中の新型水平対向ガソリンエンジンを2010年より順次投入するとしているため、市販化の際には、新開発のエンジンが搭載される可能性もある。なお、燃料供給方式は筒内直接噴射とポート噴射を併用するトヨタのD4-Sを採用することが公表されている

トヨタは2011年末の市販化を目指して開発を続行するとしている。2010年6月18日に北米での市販車名は『FR-S』が有力だと報道されていた[13]が、2011年4月20日のニューヨークオートショーにおいて『FR-S concept』の公開に伴い、サイオンブランドから販売されることが発表された。

メインターゲットは、かつて「ハチロク」に乗っていた、あるいは憧れていた40~50代の男性で、想定販売価格は「誰もが現実的に買える価格を実現したい」としたうえで、「そのころの大卒初任給と、今の初任給の比率くらいの値段で出したい」とし、240万~250万円程度と見込まれている

2010年に発表されたコンバージョン車ブランド「Gスポーツ(通称;G's)」のモデルとして東京オートサロンにて公開されたのが「FT-86 Gスポーツコンセプト」である。 専用のエアロパーツやレカロ製バケットシート、専用開発のターボエンジンなどを搭載し、走る楽しみをブラッシュアップしている。

[ 2010/02/22 19:59 ] TOYOTA | TB(0) | CM(0)

Prince Gloria Super 6 1'00"

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初代BLSI型グロリアは初代ALSI型スカイラインの派生モデルとしてスタート。4代目230型からはセドリックと姉妹車となり、2つを併せて「セド・グロ」と呼ばれた。セドリックと共に、同クラスのクラウン(トヨタ)とは、自家用車をはじめタクシー、ハイヤー、パトカー、教習車などの法人需要でも長年のライバルであった。

2代目 S40型系(1962年 - 1967年)
ワイドアンドローのプロポーションを持つフラットデッキスタイルを特徴とする。ショルダーをぐるりと一周するモールから「ハチマキグロリア」と呼ばれる。先代同様のトレー型フレーム、およびド・ディオンアクスルをリアに採用。当初は直列4気筒1900ccエンジンのみ。試作車のデザインがシボレー・コルヴェアにそっくりであったため、デザインを修正したというエピソードが残っている。同社のセドリック・スペシャルやクラウン・エイト、センチュリー(いずれもトヨタ)と共に国内の貴賓用として主に用いられ、プリンス・ロイヤルが登場するまでは宮内庁に多数納入されていて、各皇族達にも愛用されていた。

1962年9月 - S40型にモデルチェンジ。
1962年10月 - 第9回全日本自動車ショーに2500ccエンジンを搭載するモデルを参考出品。
1963年6月 - 直列6気筒 SOHCの「G7型」(1988cc、105PS)を搭載した「グロリア・スーパー6(S41D-1型)」を追加。日本製量産乗用車として初のSOHCエンジン搭載車。以後トヨタ・日産なども追随。
同じエンジンを搭載した「6エステート」と呼ばれるステーションワゴン(5ナンバー)、および「6ワゴン」と呼ばれる商用バン(4ナンバー)も存在した。
1964年5月 - グランドグロリア(S44P型)発売。パワーウインドウなどを装備し、2484ccエンジンを搭載し、3ナンバーモデルが復活した。
1966年8月 - プリンスと日産の合併に伴いニッサン・プリンス・グロリアとなる。

モータースポーツ
1964年5月 - 第2回日本グランプリT-IVクラスにGR7A型エンジンを搭載したグロリアスーパー6が出場。競合するトヨタ・クラウンなどを退けて圧勝を飾った。

[ 2010/02/23 21:14 ] NISSAN | TB(0) | CM(0)

Prince Skyline1500DX 1963 1'02

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1957年に富士精密工業(のちのプリンス自動車)の主力車種として生産を開始。1966年にプリンスが日産自動車と合併した後も車名が引き継がれ、長期に渡って生産されてきた。

車名は「山並みと青空を区切る稜線」に由来する。2007年3月21日、名付け親の桜井眞一郎がこの名を思いついた場所である群馬県草津町の山小屋「芳ヶ平ヒュッテ」に、生産50周年を記念して「スカイライン命名の地」のプレートが設置される。

GT系は愛称として「スカG」(すかジー)と呼ばれることもある。

長野県岡谷市の鳥居平やまびこ公園内には、自動車博物館としては異例の単一車種の博物館「プリンス&スカイラインミュウジアム」がある。

C10型からR32型までは、型式ごとにCMキャッチコピーなどから採られた愛称(通称)を持つ。

2代目 S5型(1963年-1968年)
1963年11月27日
S50D-I型発売。1900cc以上の上級市場はグロリアに譲り、1500ccクラスの量販車市場を拡充するために、G1型直列4気筒OHV1484ccエンジンを搭載する、小型ファミリーセダンとして開発・投入された。
モノコック構造を採用したボディのバリエーションは4ドアセダンとステーションワゴン(W50A-I型)の2種類。当初、バンはスカイウェイ(V51A-I型)としてラインナップしていたが、後のマイナーチェンジでスカイラインバンとなった。メンテナンスフリー化を積極的に進め、4万kmまたは2年間保障の封印エンジン[1]や、1年間3万km無給油シャシーなどを採用。

1963年10月
第10回全日本自動車ショーに、S50型をベースとした2ドアクーペ「スカイライン1900スプリント」を参考出品。

1964年4月
スタンダードグレード(S50S-I)型追加。

1964年5月
第2回日本グランプリGTクラス出場のため、より強力なグロリアスーパー6用のG7型直列6気筒OHC1988ccエンジンを、ボディのフロント部を200mm延長して搭載したスカイラインGT(S54A-I型)を開発。ホモロゲーション用に100台を生産し販売した。

1965年2月
レースモデルと同等にウェーバー製のキャブを3連装し、125psを出力したスカイライン2000GT(S54B-II型)発売。 1500DXに、フロアシフト追加。

1965年4月
米国統治下だった、沖縄でも(S50E)型の輸出開始。

1965年5月
1500DXに、スペースフロー(AT)が追加。

1965年9月
シングルキャブ仕様(105ps)の2000GT-A(S54A-II型)が追加。2月に発売されていた2000GTは「2000GT-B」となった。このとき、GT-Aは青のGTエンブレム(通称;青バッヂ)、GT-Bは赤のGTエンブレム(赤バッヂ)を装着した。

1966年7月 
デラックスとスタンダードの中間グレード的存在の「デラックス・ファイン」という車種が追加された。このモデルは、スタンダードをベースにしたボディに、グリルは、デラックスの物を使用し、ボンネットには、「P」と書かれたエンブレムではなく「PRNICE」と書かれたエンブレムを使用した。
ちなみにラジオ、ヒーターは標準装備で、販売期間が同年10月までの3か月だったので、生産台数が少ない。

1966年8月
プリンス自動車が日産自動車と合併したため、車名をニッサン・プリンス・スカイラインに変更。

1966年10月
マイナーチェンジ。グリルが横桟のデザインになる。

1967年8月
G1型に替わり、G15型直列4気筒OHC1483ccエンジン(88ps)を搭載するS57D型が登場。6万km無給油シャシーとなった。

[ 2010/02/25 22:19 ] NISSAN | TB(0) | CM(0)

Publica Staret CM 1975 0'32"

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初代はファストバックボディの2ドアと4ドアであったが、2代目以降は3ドアと5ドアのハッチバックボディを持つ。2代目と3代目には商用車登録のバンも存在したが、ピックアップトラックは作られず、パブリカピックアップが1988年(昭和63年)まで継続生産される。

前輪駆動化した3代目からターボチャージャー付きエンジン搭載車も登場し、「韋駄天」「かっ跳び」など走りのコンパクトとしての異名を持つ。

2代目以降の設計と組み立てには、豊田自動織機も参加している。

初代 P4#/5#型(1973年 - 1978年)
1973年(昭和48年)4月に2代目パブリカのスポーティーな上級シリーズとして、パブリカ・スターレットの名でデビュー(1000cc:KP45 / 1200cc:KP47)。初代セリカで好評であった「フルチョイスシステム」に倣い、やや簡略化した「フリーチョイスシステム」を採用していた。

スタイルは2ドアのファストバッククーペで、直線的なエクステリアデザインは曲面主体の当時の国産車にあっては新鮮なものだった。同年10月、4ドアモデル(1000cc:KP40 / 1200cc:KP42。スタイルはファストバックセダン)が追加され、トヨタ・スターレットとしてパブリカシリーズから独立する。

搭載エンジンは、パブリカと共通の2K型1000ccと3K型1200ccの2種で、1200ccにはさらにシングルキャブ(68馬力)とツインキャブ(74馬力)の2種が用意されていた。

1976年(昭和51年)2月にはマイナーチェンジと同時に昭和51年排出ガス規制を乗り切るため、改善の困難な1000ccとツインキャブ仕様を廃止、1200cc・64馬力のシングルキャブ仕様のみに整理、型式もB-KP51系となった。同年9月にはATが追加(パブリカ共)された。

またモータースポーツでは、レースをはじめ、ラリー、ジムカーナ、ダートトライアルなどに広く用いられ、中でも富士スピードウェイでのマイナーツーリングレースでは日産・サニー(B110型)、ホンダ・シビック(SB1型)との熾烈なバトルが繰り広げられた。

[ 2010/02/26 01:35 ] TOYOTA | TB(0) | CM(0)

Celica TA22 CM 1'00"

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セリカ (Celica) は、トヨタ自動車が1970年から2006年まで製造・販売していたハードトップおよびクーペ型の乗用車。日本初のスペシャリティ・カーとして初代モデルは70年代に一世を風靡した。歴代モデルには斬新なデザインが採用され、北米や欧州にも輸出された。日本国内の取り扱い販売店はトヨタカローラ店。

初代 A20/30型(1970年-1977年)
1970年12月に登場。前年の東京モーターショーに出品されたコンセプトカー・EX-1をベースとしている。登場時のボディタイプは独立したトランクルームを持つ2ドアハードトップクーペのみ。キャッチフレーズは「未来の国からやってきたセリカ」。同時に誕生したカリーナと車台を共用した。アメリカで大成功したフォード・マスタングに倣って、好みのエンジン、変速機、内装を自由に選べる“フルチョイス”と呼ばれるシステムを採用。ただし、ヤマハ製の2T-G型DOHCエンジンを積んだ最上級モデルの1600GTは“フルチョイス”の対象外だった。

1972年8月のマイナーチェンジではリアコンビランプの方向指示器を独立させたうえにアンバーに変更したツーピースタイプとなる。燃料タンクの位置がトランク床下から後席背後に変更となり、給油口の位置もリアガーニッシュパネル裏(左右尾灯間)からリアピラーに変更された。モータースポーツ用ベース車として 1600GTV (VはVICTORY = 勝利)を追加。

1973年4月にはテールゲートを備えた3ドアリフトバック ( LB ) が登場している。LBの燃料タンク位置は、初期のクーペと同じトランク床下であるため給油口はリアガーニッシュパネル裏にある。従来からのクーペには2,000cc (18R型) エンジン搭載車を追加。LBでは1,600ccOHV / 1,600ccDOHC / 2,000ccSOHC / 2,000ccDOHC の計4機種のエンジンが設定された。

1974年1月のクーペマイナーチェンジでノーズのデザインがフードの長いそれまでのLBの物に統一される。クーペに2000GT追加。1600GTのホイールキャップが廃止された。 

1975年には昭和50年排出ガス規制への対策に伴い、シリーズ全体のマイナーチェンジを実施。この時、主として排ガス対策機器を納めるため、ボディサイズは全長 25mm、全幅 10mm、ホイールベース 70mm、フロントトレッド 50mm と、それぞれ拡大され、室内でも従来のイメージを残しつつ、ダッシュボードが大きく変更された。また、LB の一部グレードには、衝撃吸収バンパーが設定されている。その一方で 1400OHVモデル や 1600 DOHC モデルは廃止された。

1976年には2,000ccDOHC搭載モデルが昭和51年度排出ガス規制適合車となる。

モデル末期の1977年には特別仕様車として、「ブラックセリカ」が登場した。なお、最終型の時点で型式が A30 型に統一されている。

WRC(グループ2)には最高出力を135psまで上げたTA22型で参戦(1972-1973年)、RACラリー9位。1976年からはRA20型をベースにした車両に変更。エンジンは独シュニッツァーが製作、18R-Gを1,968ccにボアアップ、最高出力200ps。1978年まで活躍した。

[ 2010/02/28 02:26 ] TOYOTA | TB(0) | CM(0)
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