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Honda Odessey (Lagreat) 0'33"

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ホンダ・ラグレイト(LAGREAT)は、本田技研工業の上級ミニバン。北米仕様のオデッセイを日本で販売した際の名称である。

ラグレイト/2代目オデッセイ 北米仕様(1999-2005年 RL1型)
このモデルは、ホンダ・カナダで北米地区向けに生産され、現地ではオデッセイの名前で市販されているものを、クリエイティブ・ムーバーのフラッグシップとして[1]日本に輸入・販売されたもの。

ホンダ・オデッセイ(初代) は北米向けにも輸出されたが、アメリカでは「サイズが小さい」「エンジンが非力」という評価を受け、日本程のヒットにはならなかった[1]。そのため、二代目オデッセイからは北米向けモデルを現地生産とし、日本で発売されているオデッセイより一回り大型なボディと大排気量エンジンを与えられた。ミニバンとしてはアメリカ国内ではミドルサイズではあるが、日本国内では大柄の部類に入る。このため、アメリカでは初代とは異なり大成功を収めたが、逆に日本では、全長5mを超える大きさが災いし、売れ行きは低迷した。エンジンはJ35A 3,500cc V型6気筒 SOHC VTECを搭載し、駆動形式はFFのみであった。

* 1999年6月3日に日本で発売された。形式はGH-RL1。
* 2001年11月21日にマイナーチェンジが行われ、トランスミッションが4速ATから5速ATに、エンジン出力も205PSから240PSへ、前照灯のHID化、リアブレーキがディスクブレーキへ改良された。その他グリルやアルミホイールのデザイン変更、後席モニター追加(エクスクルーシヴのみ)、カラーラインナップ等、変更点は多岐にわたる。なお形式はLA-RL1に変更。このマイナーチェンジ以降、生産がカナダ工場から当時新しく操業が開始された米国アラバマ州リンカーンのホンダ・マニュファクチュアリング・オブ・アラバマに移行された。

* 2003年4月10日にマイナーチェンジが行われ、イモビライザーが追加された。
* 2004年4月16日に、日本での販売が終了した。
* 2004年5月13日に、事実上の後継モデルであるエリシオンが登場した。

車名の由来
LAGREAT 「LA」は驚きや強調を意味し、「GREAT」は一流のもの、すばらしさを意味する。
ODYSSEYとは、「長い冒険旅行」という意味の英語で、ギリシャ神話のオデュッセイアを語源とする。
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[ 2009/09/01 14:40 ] HONDA | TB(0) | CM(0)

Honda Odyssey 0'30"

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オデッセイ (ODYSSEY) は、本田技研工業が製造しているミニバン型の乗用車である。

1994年に初代モデルが発売され、現行型は4代目。ホンダのクリエイティブ・ムーバー(生活創造車)の第1弾として発売された初代から、現在までヒットを続けており、ホンダの基幹車種のひとつに位置付けられている。

アコードのプラットフォームを用いて開発。経営が下降していたホンダを景気回復させるほどの大ヒットとなり、トヨタ・エスティマと共にミニバンブームの火付け役となった。北米では、いすゞ自動車にオアシスとしてOEM供給していた。

乗用車ベースのミニバンとして、セダン同等の運動性能を持ち、なおかつセダンよりも広い室内空間を売りにしている。また、床が低いため、乗降性が他の車種に比べて楽である。後席ドアは、他のミニバンで一般的なスライドドアではなく、一般的なセダン型乗用車と同様の前ヒンジドアを採用している。

初代から採用されている、3列目シートの床下収納機構が特徴。3代目では、電動格納式(一部グレードに標準装備またはオプション設定)となっていた。

2代目(1999-2003年 RA6/7/8/9型)
1999年12月3日、フルモデルチェンジ。初代の大ヒットにより、デザインやコンセプトなどはキープコンセプトであったが、先代よりスポーティー志向の走りとなった。

エンジンは、先代後期型と同様のF23A型 2.3L 直4 SOHC VTECとJ30A型 3.0L V6 SOHC VTECだが、V6は200PSから210PSとなる。トランスミッションは直4は4速AT、V6は5速AT。シフトレバーは、コラム式からインパネに移動した。同じコンポーネンツを持つアヴァンシアと異なり、Sマチック付きのゲート式である。それぞれ6-7人乗り。

中国やオーストラリアなどでも発売された。この型は、アメリカでは発売されず、代わりとしてより大型な現地生産車(日本名「ラグレイト」)が、オデッセイとして発売された。中国仕様のみリアバンパーの運転席(左)側にリアフォグランプを装備している。

2000年8月31日、「L」と「M」の中間に「MQ」が追加。「L」と同様の同色ロアスカートやMDプレーヤーを装備。

2001年11月21日、スポーティーモデルの「Absolute(アブソルート)」を追加。サスペンションのセッティングなどを一部変更し、走りの仕様へと仕上げた。後期型は、メーターが自発光式メーターに変更(「S」を除く)となった。

搭載エンジン
標準グレード
ホンダ・F23A型
* エンジン種類:水冷直列4気筒横置き
* 弁機構:SOHCベルト駆動 吸気2 排気2 VTEC
* 最高出力:110kW(150PS)/ 5,800rpm
* 最大トルク:206N·m(21.0kg·m)/ 4,800rpm
* 総排気量:2,253cc
* 内径×行程:86.0mm × 97.0mm
* 圧縮比:9.5
* 燃料供給装置形式:電子制御燃料噴射式(ホンダPGM-FI)
* 使用燃料種類:無鉛レギュラーガソリン
* 燃料タンク容量:65L

プレステージ
ホンダ・J30A型
* エンジン種類:水冷V型6気筒横置き
* 弁機構:SOHCベルト駆動 吸気2 排気2 VTEC
* 最高出力:154kW(210PS)/5,800rpm
* 最大トルク:270N·m(27.5kg·m)/5,000rpm
* 総排気量:2,997cc
* 内径×行程:86.0mm × 86.0mm
* 圧縮比:10.0
* 燃料供給装置形式:電子制御燃料噴射式(ホンダPGM-FI)
* 使用燃料種類:無鉛レギュラーガソリン
* 燃料タンク容量:2代目F23A型を参照

[ 2009/09/02 15:05 ] HONDA | TB(0) | CM(0)

Honda Odyssey Part 1 1995 0'30"

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1995 HONDA ODYSSEY ad 1.jpg
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オデッセイ (ODYSSEY) は、本田技研工業が製造しているミニバン型の乗用車である。

1994年に初代モデルが発売され、現行型は4代目。ホンダのクリエイティブ・ムーバー(生活創造車)の第1弾として発売された初代から、現在までヒットを続けており、ホンダの基幹車種のひとつに位置付けられている。

アコードのプラットフォームを用いて開発。経営が下降していたホンダを景気回復させるほどの大ヒットとなり、トヨタ・エスティマと共にミニバンブームの火付け役となった。北米では、いすゞ自動車にオアシスとしてOEM供給していた。

乗用車ベースのミニバンとして、セダン同等の運動性能を持ち、なおかつセダンよりも広い室内空間を売りにしている。また、床が低いため、乗降性が他の車種に比べて楽である。後席ドアは、他のミニバンで一般的なスライドドアではなく、一般的なセダン型乗用車と同様の前ヒンジドアを採用している。

初代から採用されている、3列目シートの床下収納機構が特徴。3代目では、電動格納式(一部グレードに標準装備またはオプション設定)となっていた。

初代(1994-1999年 RA1/2/3/4/5型)
1994年10月20日登場

当初は、月販目標台数は4,000台程度と抑え目であったが、予想外に大ヒットし、後に生産ラインも増強された。当時のミニバンにはない独特な乗用車的プロポーションが特徴であった。シフトレバーは、コラムシフトを採用し、前席から後席へのウォークスルーを可能にしていた。

エンジンは、F22B型 2.2L 直4 SOHC。ただし、アコードに設定されていたVTEC仕様は後のマイナーチェンジの際に採用。トランスミッションは「プロスマテック(TYPE II)」と呼ばれる4速ATを搭載。増加した車重に対して、ファイナルレシオを低くしたため、エンジンの常用回転数は若干高めである。

ホンダの同排気量クラスの車の中では珍しく、タコメーターが標準装備されなかった為、発売開始から半年で純正オプションとし(標準装備の時計と入替え装着・ダッシュボード上置きの液晶表示ユニットタイプ・回転計はバーグラフ式・時計、内外気温表示機能付き)を装備。

ヨーロッパでは「シャトル」という名前で販売した。

それまで、オーバー2Lの3ナンバー普通自動車クラスの販売台数では、長年の首位を維持していたクラウンを抜き去り、1995年には、125,590台の販売台数を記録した。

1994年、「日本カー・オブ・ザ・イヤー特別賞」受賞。1995年、「RJCカー・オブ・ザ・イヤー」受賞。

1996年1月、一部変更。シフトレバーの改善・セカンド/サードシート上をガラストップとした「サンシャインルーフ」をオプション設定。最上級モデル「エクスクルーシブ」を追加。

1996年9月2日、一部変更。「L」のアルミホイールをメッシュタイプへ変更。「S」と「L」の間に「M」を追加。両席エアバッグとABSを、全車に標準装備。また、コラムシフトの操作感改良・ハザードスイッチの助手席側から運転席側への移設等の小改良。カーナビはVICS対応型に改良。停車時に、2名が就寝できるポップアップルーフを装着した「フィールドデッキ」仕様を設定。

1997年8月22日に、マイナーチェンジで、フロントグリルのフェイスリフトが行われる。エンジンを、F23A型 2.3L 直4 SOHC VTECに変更と同時に「Sキット」と呼ばれるエアロバーツと専用15インチアルミホイールをセットで、メーカーオプション設定。

1997年10月2日に、J30A型 3.0L V6 SOHC VTECを搭載した「Prestige(プレステージ)」発売。前期型の廉価グレード「B」が、MCでグレード整理により消滅(ただし、3代目の後期型で復活するが、位置付けとしては、実質的に前期型の「S」に相当)。MC後は、下位グレードから「S」、「M」、「L」になる。後年は、お買い得価格のモデルとして「M」をベースにしたカーナビ装備の「ナビスピリット」・木目調パネル等装備の「ファインスピリット」・エアロパーツ装備の「エアロスピリット」、「S」をベースにした「スマートスピリット」をそれぞれ追加。ガラスプリント式ラジオアンテナ・タコメーターが全車標準装備され、、ドアミラーも黒色からボディ同色となる。

日の丸自動車グループの日の丸リムジンではワゴンタクシーとして採用された(現在、初代と3代目が混在)。

搭載エンジン
標準グレード
ホンダ・F22B型
* エンジン種類:水冷直列4気筒横置き
* 弁機構:SOHCベルト駆動 吸気2 排気2
* 最高出力:107kW(145PS)/ 5,600rpm
* 最大トルク:196N·m(20.0kg·m)/ 4,600rpm
* 総排気量:2,156cc
* 内径×行程:85.0mm × 95.0mm
* 圧縮比:8.8
* 燃料供給装置形式:電子制御燃料噴射式(ホンダPGM-FI)
* 使用燃料種類:無鉛レギュラーガソリン
* 燃料タンク容量(FF):65L
* 燃料タンク容量(4WD):60L

ホンダ・F23A型
* エンジン種類:水冷直列4気筒横置き
* 弁機構:SOHCベルト駆動 吸気2 排気2 VTEC
* 最高出力:110kW(150PS)/ 5,600rpm
* 最大トルク:204N·m(20.8kg·m)/ 4,700rpm
* 総排気量:2,253cc
* 内径×行程:86.0mm × 97.0mm
* 圧縮比:9.3
* 燃料供給装置形式:電子制御燃料噴射式(ホンダPGM-FI)
* 使用燃料種類:無鉛レギュラーガソリン
* 燃料タンク容量:初代F22B型を参照

プレステージ
ホンダ・J30A型
* エンジン種類:水冷V型6気筒横置き
* 弁機構:SOHCベルト駆動 吸気2 排気2 VTEC
* 最高出力:147kW(200PS)/5,500rpm
* 最大トルク:265N·m(27.0kg·m)/4,700rpm
* 総排気量:2,997cc
* 内径×行程:86.0mm × 86.0mm
* 圧縮比:9.4
* 燃料供給装置形式:電子制御燃料噴射式(ホンダPGM-FI)
* 使用燃料種類:無鉛レギュラーガソリン
* 燃料タンク容量:初代F23A型を参照

車名の由来
「長い冒険旅行」という意味の英語で、ギリシャ神話のオデュッセイアを語源とする。

[ 2009/09/03 13:01 ] HONDA | TB(0) | CM(0)

Ford Thunderbird Commercial T-Bird TBird 1960 1'48"

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フォード・サンダーバード(Ford Thunderbird)は、アメリカのフォード・モーター・カンパニーで製造された高級志向のスペシャリティー・カーである。

2代目(1958-1960、スクエア・バーズ)
第1世代のサンダーバードが成功に終わり、市場拡大に向けて、2シーターの販売に限界があること、ファミリー層に受け入れられなかったことなどを挙げて、更なるマーケット・リサーチが実施された。その結果、1958年モデルを含む第2世代は4シーターでデザインされ、新型サンダーバードは他車との共用可能なシャシーを基本に設計された。その意図は、車内スペースを最大限に取り、それに関連して外装部分をコンパクトにすることであった。また、そのスタイリングには、この世代のニックネームが示すとおり、独自のテーマが設定された。また、当時の他のアメリカ車に比べて9インチも低く、そのためにトランスミッションを収めるスペースを設けるため、前後のシートを分離するほどの最大長のセンター・コンソールが設けられた。

エンジンはフォードの新型であるFEシリーズの352立方インチ(5.8L)エンジンが採用された。サスペンションは前後ともコイル・スプリング式であったが、リアはオプション設定でエア・スプリングに変更可能であった。このサンダーバードは発売年にモーター・トレンド誌のカー・オブ・ザ・イヤーに輝いた。ファンにとっても、2シーターのサンダーバードは歓迎されず、この新たな新機軸は成功を収めた結果、第1世代の倍、3万8千台近くを販売した。1959年モデルに、フォードはフロント、リア、サイドに渡る装飾に変化を加えた。また、当初は革製の内装も選択可能としていた。また、リア・サスペンションはコイル・スプリング式を廃して、ホッチキス・ドライブと呼ばれる板バネ式に変更された。少数ではあったが新エンジンの430立方インチ(7.0L)のMELシリーズが使用されたモデルも存在する。販売は更に倍加し、約1万代のコンバーチブルを含め、6万7千台以上が販売された。その宣伝が主に女性にターゲットを絞って行われた結果であった。

[ 2009/09/04 00:02 ] FORD | TB(0) | CM(0)

Honda CR-V RD1.2 CM 0'30"

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ホンダ・CR-V(シーアール-ブイ)は、本田技研工業で生産されているSUV型乗用車である。

初代・2代目はシビックのプラットフォームを基に開発されたが、3代目からは北米専用車種アキュラ・RDXと共通の専用新プラットホームを使用し18インチタイヤの装着を前提にした最適設計を行った結果、アコードと並ぶ動力性能を手にしたと言われる。いわゆる乗用車ベースのエンジン横置きSUVである。尚、全モデルで共通して全幅が1,700mm以上あるため3ナンバーボディとなる。

駆動方式は基本的に4WDであるが、一部FFもある。

初代(1995-2001年 RD1/2型)
1995年10月9日にオデッセイに続くクリエイティブ・ムーバーシリーズの第2弾として登場した。SUVにも関わらずコラムシフト(AT車)となっており、ウォークスルーも可能であるなど居住性を重視したモデルであった。さらに、従来のSUVとは違ったスタイリッシュなエクステリアデザインやその居住性、また都会的な雰囲気が評価され好セールスを記録した。

乗用車としては非常に珍しいステッキ式パーキングブレーキを採用しているが、MT車はフロアシフトのためウォークスルーできるのはAT車のみである。

エンジンはB20B型 DOHC 2,000cc(130PS)のみを搭載しており、動力性能は十分であったが、FFベースのスタンバイ4WDであるリアルタイム4WD(デュアルポンプ式)を採用していた為、後輪への駆動力伝達がリニアではなく、オフロードでの走行性能は酷評を受けた。しかし、CR-Vを始めとしたクロスオーバーSUVは基本的にシティユースが多く、また余程のオフロードでないかぎり日常生活圏での走破性は駆動方式よりむしろロードクリアランス(最低地上高)が重視されるため、実際のところ同クラス他社SUVに劣ることなく、オールラウンドに使用された。

1997年10月のマイナーチェンジで、ABS/エアバッグの標準設定、AT制御の改良、デュアルポンプの改良、MT車の設定(145PS)等が行なわれた。当初は日本国内専用車として開発され、左ハンドル車は生産する予定がなかったが、北米ディーラーの要望で後に世界各国に輸出され好評を得た。AT車は「スマートスケープ」、MT車は「アクティブスケープ」と呼ばれるようになった。

1998年12月のマイナーチェンジで、従来モデルでは背面に背負っていたスペアタイヤを床下に吊り下げたボディを纏った新グレード「フルマーク」を新設した。またそれにあわせて従来のモデルを「パフォーマ」とネーミングした。動力面ではMT車/AT車共に150PSに改良、VSA(ビークルスタビリティアシスト)装着車を設定、衝突安全性能の向上策を実施。また、FF車も設定した。

車名の由来
「CR-V」の名前は、Comfortable Runabout Vehicle(コンフォータブル・ランアバウト・ビークル) の略に端を発している。

[ 2009/09/05 08:03 ] HONDA | TB(0) | CM(0)

Honda CR-V ad RD4.5.7 0'15"

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ホンダ・CR-V(シーアール-ブイ)は、本田技研工業で生産されているSUV型乗用車である。

初代・2代目はシビックのプラットフォームを基に開発されたが、3代目からは北米専用車種アキュラ・RDXと共通の専用新プラットホームを使用し18インチタイヤの装着を前提にした最適設計を行った結果、アコードと並ぶ動力性能を手にしたと言われる。いわゆる乗用車ベースのエンジン横置きSUVである。尚、全モデルで共通して全幅が1,700mm以上あるため3ナンバーボディとなる。

駆動方式は基本的に4WDであるが、一部FFもある。

2代目(2001-2006年 RD4/5/7型)
2001年9月18日にフルモデルチェンジを受け登場。

エンジンはK20A型 DOHC i-VTEC 2,000cc(158PS)が搭載され、初代で酷評を受けた4WDシステムも大幅に進化しミドルクラスSUVとして十分な性能となった。トランスミッションは4速ATと5速MT。

室内居住空間を重視したのは初代モデルと同様である。またエクステリアデザインもキープコンセプトながら、さらに都会向けにリファインされたものの樹脂パーツも多用するなどワイルドさも兼ね備えた秀逸なデザインとなっている。インテリアでは、初代の特徴であった広く開放的な室内はそのままに、インパネと一体型の個性的なサイドブレーキやメーター横に伸びたシフトレバー、大型のドアポケット、ペットボトル飲料の保冷・保温が出来る「インパネ・マルチボックス」などSUVのワイルドさとミニバンの使い勝手が融合した特徴的なインテリアであった。タイヤは北米からの要請でランニングコストを抑える目的で他のSUVよりも小さめのものになっている。

しかし、セールス面では国内ではSUVブームの沈静や従来のプリモ・ベルノ店併売からベルノ店の専売になった事もあり、初代モデル程の好数字は記録できなかった。反面、北米・欧州・アジアでの評価が非常に高く、アコード/シビックに続くホンダ全世界3番目の販売台数を誇り、全世界的には大ヒットした成功作といえる。この辺りはライバル車のトヨタ・RAV4と同じであると言える。

2004年9月22日に行われたマイナーチェンジでは既存のK20A型を廃止し、当初から北米仕様には設定されていたアコードやオデッセイやエレメントに搭載されているK24A型 DOHC i-VTEC 2,400cc(160PS)が全車に採用され、トランスミッションもすべて5速ATとなった。これにより車格も国内の同クラスSUVよりも確実に格上になったと言える。なお、欧州仕様ではAT比率が低いためMT車は継続販売され、N22A型 2,200cc i-CTDi 直噴ディーゼルターボエンジンが追加された。

英国スウィンドン工場で生産されているCR-Vは北米に輸出され、現地の会社でないにも関わらず対米輸出台数が1位の車となるなど、爆発的な人気を誇った。上海モーターショーでは、デザインの酷似した中国製自動車が出展され、物議を醸した。

車名の由来
「CR-V」の名前は、Comfortable Runabout Vehicle(コンフォータブル・ランアバウト・ビークル) の略に端を発している。

[ 2009/09/06 08:26 ] HONDA | TB(0) | CM(0)

Honda CR-V CM RE3.4 0'30"

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ホンダ・CR-V(シーアール-ブイ)は、本田技研工業で生産されているSUV型乗用車である。

初代・2代目はシビックのプラットフォームを基に開発されたが、3代目からは北米専用車種アキュラ・RDXと共通の専用新プラットホームを使用し18インチタイヤの装着を前提にした最適設計を行った結果、アコードと並ぶ動力性能を手にしたと言われる。いわゆる乗用車ベースのエンジン横置きSUVである。尚、全モデルで共通して全幅が1,700mm以上あるため3ナンバーボディとなる。

駆動方式は基本的に4WDであるが、一部FFもある。

3代目(2006年- RE3/4型)
日本では2006年10月12日発表、13日に発売。(北米は2006年9月・欧州は2007年1月発売)従来の角ばった箱型ボディから一転、欧州車高級SUVの雰囲気のようなプレミアム感を演出した全体的に丸みを帯びたアール・デコ調のグラマラスなボディを纏うこととなった。今回から北米にて販売されているアキュラ・RDXと共通の専用プラットフォームとし、ボディサイズはさらに拡大され、全幅は1,820mmとなった。この事で車格も1ランクアップし、2,400ccエンジンを搭載しているがシビッククラスだった2代目から、アコードクラスのプレミアムSUVに格上げされ、トヨタ・ハリアーや日産・ムラーノなどといったプレミアムSUVがライバルになる車格と装備を誇り、今までライバルとされたトヨタ・RAV4よりボディサイズ・装備・質感・価格帯は大幅に上回った。当初のコンパクトSUVからミディアムSUVサイズとなったが、これはSUVブームが沈静した日本市場よりも販売台数が多い北米・欧州・アジア市場の大型化及びプレミアムSUVへの要請を意識した為である。これまでの初代・2代目の車格ポジションは2007年2月発売されたクロスロードが事実上の受け皿になった。

エクステリアデザインは、フロントマスクは同社のステップワゴンなどと共通のデザインモチーフが採用され、サイドウインドウの扇形のラインは初代ストリームを彷彿とさせるクーペ的フォルムとなっている。また、初代・2代目と背面に背負っていたスペアタイヤを全タイプ床下収納となりテールゲートも横開き式から跳ね上げ式に改められた。また、見た目の高級感を重要視する日本市場の上位グレードには、バンパー下部及びボディサイドシルのプロテクター部分をメタリックグレーの塗装を施してさらなる高級感を演出し、4WD廉価グレード「X」及び北米・欧州・アジア他仕様では「バンパーはバンパーらしく」との声から、同部分が黒色の原着となる。

インテリアもワイルドで機能性重視の初代・2代目から、プレミアム重視のインテリアとなり全体的にシンプルなデザインであるが上質な雰囲気を醸し出している。初代・2代目に設定されていた折りたたみ式センターテーブルが廃され、代わりに大型センターコンソールが装着された事で前後ウォークスルーが不可能になった。さらに、左右独立エアコンやステアリングテレスコピック機能、イモビライザーなどを全グレードに標準装備、運転席・助手席パワーシートと運転席にはシュクラ製の電動ランバーサポートを一部標準装備するなど、高級セダン車並の装備が特徴で、4WD廉価グレード「X」を除きヒーター付き本革シート(黒またはベージュ)もオプションで選択可能である。

動力面では、エンジンが2代目モデル(後期型)のK24A型のままの据え置きだが、170PSにチューンアップされ、ドライブ・バイ・ワイヤを採用した。4WDシステムも、デュアルポンプのクラッチ容量UPとワンウェイカムユニットの追加により、伝達駆動力とレスポンスUPを計り、全体的な底上げが施された一方、エアロダイナミクスを良化するためボディ底部にアンダーカバーを配するなど新しい取り組みもある。走りの性能は、基本ベースとなっているアコードを模範とし、特に日本・欧州市場からの要請であった「SUVにしてはタイヤが小さい」の声に応える為、18インチタイヤが標準装着できるシャシーとなって全体的な動力性能が大幅に向上した。

安全装備は、全グレードにVSAを標準装備した他、18インチタイヤや最上位グレード「ZXi」(4WD)「ZLi」(FF)にはAFS・CMBS・IHCC・サイドカーテンエアバッグシステム・オートワイパー・オートライト・スマートキーなどを標準装備し、ホンダの上級セダン車種以上に充実した内容となった。

2007年9月20日に初のマイナーチェンジが行なわれ、新グレード「ZX」(4WD)「ZL」(FF)が登場した。同時に「ZXi」(4WD)「ZLi」(FF)に、木目調パネルを採用し、新色のロイヤルブルー・パールが追加された。絶色カラーは、ボレゴベージュ・メタリックとブラックアメジスト・パール。

2008年2月21日に特別仕様車「ZX」(4WD)「ZL」(FF)を発売。アルカンターラインテリア・木目調パネル・HDD NAVIを標準装備。ボディカラーは4色のみ設定、プレミアムホワイトパール・ウィスラーシルバーメタリック・ナイトホークブラックパール・ポリッシュドメタルメタリック(専用色)

2008年8月28日にマイナーチェンジが行われた。新グレード「ZX〈アルカンターラスタイル〉、ZX〈レザースタイル〉、ZL〈アルカンターラスタイル〉、ZL〈レザースタイル〉が登場した。ボディーカラーは、ポリッシュドメタルメタリックとクリスタルブラック・パールが設定された。シルバーに至っては,アラバスターシルバーメタリックを採用した。

* 日本仕様はプリズムアンダーミラーが左側ドアミラーと一体化され、ドアミラーウインカーも標準化された。プリズムアンダーミラーは、デザイン上で最大の障害となる左前面の補助ミラーを廃止する為のアイデアである。
* 日本仕様の上級グレードはドアグリップと下部グリルのスリット部分がメッキ塗装を施している。(他の地域向けはドアグリップがボディ同色か黒色・スリット部分がグレードによってメッキ塗装されているか黒色になっている。)
* 欧州仕様にはR20A型 i-VTEC エンジンやN22A型の設定もあり、多様なエンジンを搭載している他、エアウェイブなどに採用されている、スカイルーフ仕様が上級グレードで設定されている。 * 日本・北米他の仕様ではサイドブレーキが足踏み式で、欧州仕様はMTが設定されている為、ハンドレバータイプとなる。
* 北米市場向けに、米国オハイオ州・イーストリバティ(East Liberty)工場での生産も開始した。

車名の由来
「CR-V」の名前は、Comfortable Runabout Vehicle(コンフォータブル・ランアバウト・ビークル) の略に端を発している。

[ 2009/09/07 08:43 ] HONDA | TB(0) | CM(0)

Honda HR-V GH1.2.3.4 ad 0'30"

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HR-V(エイチアールブイ)は本田技研工業が製造・販売していたSUV。CR-Vを1回り小さくしたスタイルである。

GA3型ロゴのシャーシを基本に、スリムなボディをSUVらしく車高を上げるという独特な成り立ちをしている。 「J・ムーバー」の第2弾として、かつてないハイライダースタイルに、使いやすさと走り、安全、環境など全ての要素を兼ね備えた、既存のカテゴリーでは収まらない革命的なクルマであるといえる。そのためホンダは、このクルマのカテゴリーをSUVではなく、「ジェットフィール・ハイライダー」としていた。車名は「Hi-rider Revolutionary Vehicle」の頭文字をとってネーミングされた。日本での販売は振るわなかったが、欧州ではベストセラーになったといわれている。本格的なオフロード車ではないが、オリジナルのデザインの塗装を施され、各地の森林管理署の官用車に使用されている。取扱販売店はベルノ店。

初代(1998-2006年 GH1/2/3/4型)
* 1998年9月22日 - 3ドアが発売を開始。バリエーションは、「J」(SOHC FF)、「J4」(SOHC 4WD)及び「JS4」(SOHC VTEC 4WD)の3種で、トランスミッションは5速MT(「J」、「J4」)とマルチマチックS(「J」、「J4」、「JS4」)

* 1999年7月30日 - 5ドアを追加し、3ドアを一部改良。内装色や素材の変更及び電波式キーレスエントリー、ボディ同色電動格納式リモコンドアミラー及びマイクロアンテナなどを標準装備。

* 2003年10月21日 - 装備の充実を図る小変更を実施。3ドアと5ドア「J4」のMT仕様を廃止。
* 2005年5月 - コスミックグレー・パールを廃色。
* 2006年2月 - モデル廃止・販売を終了。

[ 2009/09/08 08:57 ] HONDA | TB(0) | CM(0)

Honda Insight ZE1 0'15"

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honda insight ZE1.jpg
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ホンダ・インサイト (INSIGHT) は本田技研工業が生産・販売しているハイブリッド自動車。2006年7月で一度生産・販売を終了していたが、2009年2月にコンセプトを変更の上、新型ハイブリッド戦略車として約2年7ヶ月ぶりに復活した。

車名は英語で「洞察力・見抜く力」を意味する「insight」に由来する。

初代(1999-2006年 ZE1型)
1997年の東京モーターショーで発表されたコンセプトカー「J-VX」を市販車にアレンジし登場した「インサイト」は、世界最高水準の低燃費を目指し、かつてのCR-X(特に2代目)を彷彿とさせるコンパクトなハッチバッククーペ型の2人乗りで、特徴的な外観であるリアホイールスカートを採用するなど、徹底した空気抵抗低減のためのデザインが施され、Cd値は0.25を誇っていた。

車体は、NSXの技術をさらに進化させたアルミフレームで、フロントフェンダー等には初代CR-Xと同様に樹脂材が採用されている。

搭載される原動機は、ECA型 995cc 直列3気筒 SOHC VTECエンジンとアシスト用薄型DCブラシレスモーターとで、ホンダはこのシステムにIMAという名前をつけている。走行時には必ずエンジンが動作しているという点が、トヨタのプリウスと異なる広義の「パラレル型」ハイブリッドシステムである。

トランスミッションは、5速MTとCVTが用意される。

* 1999年9月6日 - 発表。燃費は当時の量産ガソリン車として世界最高の35km/L(10・15モード)だった[5]。税制の面でも優遇される。

* 1999年11月1日 - 国内販売開始。

* 2003年11月20日 - 初のマイナーチェンジ。キーレス・エントリーシステムやイモビライザーなど装備面での充実をはかる。

* 2004年10月14日 - 2度目のマイナーチェンジが行われ、燃費が36km/L(10・15モード/MT車)になる。

* 2006年7月 - 生産中止。販売台数は世界全体で約17,000台で、うち日本国内は約2,300台であった。その後、2代目インサイトが発売される2009年までの間、日本で販売されるホンダのハイブリッドカーは、シビックハイブリッドのみとなっていた。

2000年のインターナショナル・エンジン・オブ・イヤー(en:International Engine of the Year)を受賞した。また、その後、2006年に生産中止になるまで1リッター未満のクラス(sub-1 liter)を7年連続で受賞し続けた。

生産
初代モデルはかつて、NSX専用の生産工場として建設されたホンダ栃木製作所高根沢工場で、既存のNSX、S2000とともに生産されていた。2004年4月にホンダの完成車一貫生産構想に基づき全3車種とも高根沢工場での生産を中止し、ホンダ鈴鹿製作所の少量車種専用ライン、TDラインへ生産を移管された。その後、2006年7月に生産を終了した。

2代目は鈴鹿製作所で生産される。

[ 2009/09/09 09:23 ] HONDA | TB(0) | CM(0)

Subaru Leone 1984 0'30"

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レオーネ (LEONE) はスバルブランドを展開する富士重工業で生産されていた自動車である。セダンとステーションワゴンの他、多くのボディバリエーションを持ち、レガシィやインプレッサが登場する前の基幹車種だった。

3代目(1984年-1994年)
OEM生産車以外では最後のレオーネとなった3代目(オールニューレオーネ)は1984年7月16日に、まず4ドアセダンとして発売され、10月25日に3ヵ月遅れでツーリングワゴン/エステートバンが追加された。

ボディサイズは一回り大型化されて平面と直線を基調としたものになり、フラッシュサーフェス化されて「Cd値=0.35」という良好な空力特性が大きくアピールされた。

伝統の水平対向4気筒「EA型」エンジンは、1800ccのみ「EA81型」のバルブ作動方式をスバル・1000以来のギア駆動のカムシャフトによるOHVからタイミングベルト駆動のカムシャフトによるOHCに改めた「EA82型」に進化し、わずかながらも高回転化が可能となって高出力化(ターボの場合、グロス135馬力、ネット120馬力)された。

最上級グレードのGTにはエアサスペンションが採用され、車高調整機能の「ハイトコントロール」もついていた。

1985年11月にはドアミラーを、フロントサイドガラス前方に追加されたガセットに固定するタイプに変更し、下級グレードのホイールハーフキャップの意匠を変え、GT・GRにサンルーフ装着車を設定する小変更を行い、新たに「3ドアクーペ」シリーズを発売した。

デビュー当初のマニュアルトランスミッション車の4WDシステムは依然パートタイム方式で、アウディ・クワトロ以来のフルタイム化の流れに取り残されていたが、国内初のマニュアルトランスミッションのフルタイム4WD乗用車のマツダ・ファミリア4WD(1.6Lターボ)に僅かに遅れて、1986年4月発売の「3ドアクーペRX-II」(1.8Lターボ)から、傘歯車(ベベルギヤ)とバキューム・サーボ式のデフロック付きのセンターデフの採用によってセンターデフ付きフルタイム4WD化され、10月にはセダン/ワゴンにも採用が拡大された。このとき、セダン/ワゴンのフロントグリルとテールランプの意匠変更が行われた。翌1987年10月には、電子制御式4速AT「E-4AT」採用とあわせ、それまでのMP-T4WDから専用のコントロールユニットによるパルス制御によって前後トルク配分を予測制御する「ACT-4[8]」(電子制御MP-T)と呼ばれる、高度な制御方式を持つフルタイム4WDへ発展させ、ようやくフルタイム化の時流に追い着いた。

1989年2月、レガシィの発売により、販売車種がセダン1600のマイア/マイアⅡとエステートバン1600LCのみに縮小された。1992年10月、インプレッサの発売によりセダンが販売終了したが、バンは1994年3月まで継続生産された。警察の捜査用覆面パトカーとしても多数導入されていた。

車名の由来
「レオーネ (LEONE) 」とはイタリア語で雄ライオンの意味で転じて「勇者」を表す


[ 2009/09/10 16:12 ] SUBARU | TB(0) | CM(0)

Subaru Impreza GC/GF 0'30"

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インプレッサ(IMPREZA)は、スバルブランドを展開する富士重工業が生産・販売する乗用車である。1992年に発売を開始した。

レガシィの下位モデルという位置付けで登場し、世界市場=特にヨーロッパにおけるCセグメント市場を狙ったスバルの世界戦略車としての役割も担っている。 後述するが、日本車としては1代1代のモデルサイクルが長いことでも知られる。

初代GC・GF型(1992年-2000年)
パッケージングはCセグメントと5ドアハッチバックそのものだが、スバルは5ドア版にステーションワゴンとしての使い勝手を追求した上で、新たに「スポーツワゴン」という概念を打ち出した。

また、年次改良や特別仕様車の積極的な投入により、日本車としては異例の8年という非常に長期に渡るモデルサイクルを通じて高い商品力を維持した。

レガシィRSに代わりWRC(世界ラリー選手権)参戦車両として最高性能が与えられたモデルには「WRX」の名が冠された。エンジンもレガシィRSに搭載されていたEJ20型・DOHCターボ(240ps)が搭載された。

ボディ・デザインはスバル内部によるものである。「フローイングライン」と名付けられたなめらかなシルエットなど、ほぼすべての角が丸められた柔らかなイメージを特徴としている。

シャシーは、初代レガシィをベースに開発され、全長で200mm、ホイールベースで60mm狭められ、全高を10mm嵩上げしている。ホワイトボディで175kgと、初代レガシィの200kgに対し25kgの軽量化、車両重量では80kgの軽量化を実現している。

エンジンは、全グレードに水平対向4気筒「EJ」型を採用している。初代レガシィRS(BC5)から引き継いだ「EJ20G」、「EJ20」のシリンダライナーの変更によりボアを4.1mm縮小した「EJ18」、「EJ18E」のストロークを9.2mm縮めた「EJ16E」、さらに「EJ16E」のシリンダライナーの変更によりボアを2.9mm縮小した「EJ15E」の4種類が存在する。

トランスミッションは、NA車用として5速マニュアルトランスミッションとE-4ATが用意され、ターボ車用は、5速マニュアルトランスミッションがノーマルレシオとクロスレシオ、それにE-4AT・VTD-AWDトランスミッションが用意された。しかし、このマニュアルトランスミッションはファンの間で「ガラスのミッション」と呼ばれ、チューニングを進めた場合壊れやすいことで悪名が高かった(レオーネのときと基本構造が変わらないミッションを搭載していたため)、だが実際は400馬力程度までならストリート及びサーキット走行においても特に問題はない。ただ、ゼロヨン競技等、急激にトルクがかかるような使い方をすれば強度不足を露呈することになる。

WRX type RA STi、WRX type R STiには、「DCCD(ドライバーズコントロールセンターデフ)」が機械式リアLSDとの組み合わせで用意された。DCCDとはシフトレバー脇に設置されたダイヤルで前後輪のトルク配分を任意調節出来る機構である。作動原理は、電磁式クラッチを応用したものである。 合わせて、リヤデフがR180にサイズアップされ、機械式LSDが組み込まれる。またリヤドライブシャフトも太いもの、サイドブレーキのドラム径が大きいものが採用されている。

サスペンションは、フロントがL型ロアアーム式ストラット、リアが2本のラテラルリンクとトレーリングリンクを組み合わせたストラット式で、初代レガシィと共通である。セダンWRXのMT車にはバネ下重量軽減のため、アルミ合金製鍛造フロントロアアームを新たに採用している。

ブレーキは、ベンチレーテッドディスクブレーキが前輪に全車標準装備されており、WRXでは後輪にも奢られている。また、D年改以降のSTiバージョンにはフロントに対向4ポットキャリパーと16インチ対応ディスクロータ、E年改以降のWRX type RA STi、WRX type R STiにはさらにリヤ対向2ポットキャリパーと15インチ対応ディスクロータが採用された。

年表
* 1992年10月22日:インプレッサ・シリーズ(セダン、スポーツワゴン、セダンWRX)を発表、11月2日から発売。

* 1993年9月:一部改良でBタイプとなる。要望の多かったワゴンWRXを追加。同時にMTのみであったセダンWRXにもATを追加(220馬力)。翌1994年1月、STI製コンプリートカー「WRX STi」発売。環境対策としてエアコンガスの新冷媒の採用。

* 1993年8月:WRCデビュー。

* 1994年10月:一部改良でCタイプとなる。セダンWRX系が260馬力に出力アップ。同時にAT廃止。1.8LのHX edition Sに、このWRX用のフロントバンパーが標準となった。また、WRX系のアルミホイールが16インチになったのに併せ、タイヤも205/55R15から 205/50R16にサイズアップされた。「WRX RA STi」の追加。

* 1995年1月 輸出向け2ドアクーペを「リトナ」名で国内発売。1.5L FF/1.6L 4WDの2種類。

* 1995年10月 ガードバーやスペアタイヤキャリアを備え車高を上げることでクロカン車の雰囲気を持たせた「グラベルEX」を設定。この試みは、後の「フォレスター」への試金石ともなった。また、正式カタログモデルとして「STiバージョン2」が登場。同時にWRCをイメージさせる青いボディカラー[6]の「STiバージョン2 555」をセダン555台、ワゴン100台で限定発売。

* 1996年1月:前年のWRCにおけるドライバー・メイクス両タイトル獲得を記念した限定モデル「V-Limited」を発売。販売台数は「WRX」ベースが1,000台、「WRX RA STiバージョン2」ベースが555台。

* 1996年9月:中期型へのマイナーチェンジでDタイプとなる。フロント廻りを中心としたエクステリアの変更がおこなわれ、リア・コンビネーションランプのターンシグナル部分をクリアーに改める。またアルミホイールも新デザインとなっている。セダンWRX系のエンジンは高回転高出力化の図られた EJ20Kに変更され280馬力に到達、またEJ15、EJ18も改良を受けた。EJ20Eを搭載した「HX20S」の追加(特別仕様車からカタログモデルに格上げ)。EJ16は廃止。FFのみであった1.5リッターに4WD車の追加。住友製フロント対向キャリパーを採用したSTiバージョン3の登場。販売不評の国内向け2ドアクーペは廃止(同じ車体でピュアスポーツクーペWRXとして復活)。

* 1997年9月:一部改良でEタイプとなる。前面衝突安全性への対応のため、運転席エアバッグの標準装備化、助手席エアバッグのオプション設定を起因とする内装の大幅な変更(フォレスターと共用化)。STiバージョン4の登場。「WRX RA STi」「WRX R STi」でリヤブレーキにも対向キャリパーが採用される。

* 1997年10月:東京モーターショーにクラシカルな風貌の「カサブランカ」を参考出品。

* 1997年11月:台湾・大慶汽車工業股份有限公司で左ハンドルモデルの現地生産を開始。1.6L、1.8L、2.0Lターボモデルを生産。

* 1998年3月:22B-STI Version発売。
o 当時WRCで3連覇を成し遂げたインプレッサWRC97を、ロードカーとして再現したモデル。クーペボディをベースに、鋼板プレスの専用ボディパネル(前後フェンダーパネル)および専用バンパー(前後)を用いたハンドメイドにより1770mmまで全幅が拡げられたほか、エクステリア・パーツがWR カーの意匠に統一されていた。エンジンは、22B専用の水平対向4気筒「EJ22改」2212ccエンジンを搭載。400台限定で価格は500万円だったが、瞬く間に完売した。
o 余談であるが、スポンサーロゴの「555」を16進数に変換すると「22B」になる事から、グレード名の由来のひとつではないかと言われている。

* 1998年9月:後期型へのマイナーチェンジでFタイプとなる。WRX系のフロント形状を変更。全車ヘッドライトがマルチリフレクター・タイプに改められた。セダン・クーペSTiには大型トランクスポイラーが標準装備。F・Gタイプでは、全車フェイズ2と呼ばれる新設計のシリンダーブロック、シリンダーヘッドを採用。エアフローセンサーをはじめとした補機類も一新。2.0L DOHC・NAのスポーティグレード「SRX」が新登場。その他のエンジンも改良を受けた。WRX系にカヤバ製倒立式ストラットの採用。STiバージョン 5の登場。

* 1998年12月:5,000台の限定車として「カサブランカ」を発表。

* 1999年9月:一部改良でGタイプとなる。STi系の大型トランクスポイラーの断面形状の変更、WRX STiとSTiタイプRにフロントアンダースポイラーを追加。ワゴンWRX STiとWRX系のアルミホイールが6スポークデザインのものへ変更。「WRX type RA STi」、「WRX type RA」にはオプションで砲弾型ドアミラーが設定された。MT車にクラッチスタートシステムの採用。STiバージョン6の登場。「カサブランカ」がカタログモデルとなる。

* 2000年4月:STIによるコンプリートカー「S201 STi Version」発売。
o STIによりチューニングされたEJ20エンジンは、最高出力300馬力を誇った。また、サスペンションやエクステリアも、STIの技術が注ぎ込まれていた。300台限定で、価格は390万円だった。

ラリー
インプレッサは初代から一貫してモータースポーツ、特にラリー競技と切り離せない関係にあり、世界ラリー選手権(WRC)ではシトロエンやプジョーと互角の闘いを繰り広げ、国内イベントでも常にチャンピオン争いに絡む活躍を見せてきた。2リッタークラスのラリー競技用車両としては、日本はもちろん世界的にも三菱自動車工業のランサー・エボリューションと並び称せられ、特に近年のグループNクラスはほぼこの2車種が独占する状況にあるなど、スバルの世界的なブランド・イメージの構築に大きく貢献している。

WRCでは、これまでマニュファクチュアラーズチャンピオン3回(1995年、1996年、1997年)、ドライバーズチャンピオン3回(1995年、2001年、2003年)を獲得している。また、競技本番用としてだけでなく、ラリーステージの下見(レッキ)を行う際の車としてスバルチーム以外にも使用されることがある(大抵のWRC参戦メーカーは自社の市販車に四輪駆動車を持たないことが多いため)。

2008年12月16日、スバルは世界的不景気の影響を理由にWRC参戦の終了を発表し、これに伴ってワークスインプレッサのWRC参戦が無くなった。

初代4ドア・グループA (1993年~1996年)
ホモロゲーション名は「インプレッサ555」。 WRC(世界ラリー選手権)には、1993年シーズン終盤の第9戦「1000湖ラリー」からレガシィに代わって投入され、アリ・バタネンのドライブにより初参戦にして2位という鮮烈なデビューを飾った。1994年には、1990年、92年のWRCドライバーチャンピオン、C.サインツのチーム加入を得てその繊細なセッティング能力によって戦闘力が一気に向上、第6戦「アクロポリス・ラリー」で初優勝を果たし、マクレーの手による2勝と併せてマニュファクチャラーズポイントでも2位を獲得した。1995年には8戦中5勝を挙げて、スバルは本格参戦から6年目にして、マニュファクチャラーズ及びドライバーズ(C.マクレー)のダブルタイトルに輝いた。続く1996年も、ドライバーズタイトルこそ三菱のトミ・マキネンに奪われるものの、マニュファクチャラーズタイトルを2年連続で獲得。グループA最強のラリーマシンとして認知され、欧州におけるスバルのブランディング向上とインプレッサの販売および日本におけるラリー人気の拡大に大きく貢献した。

初代2ドア・ワールドラリーカー (1997年~2000年)
グループA規定が緩和されたワールドラリーカーの導入にあたってスバルは2ドアのリトナをベース車に選択。97年にもドライバーのポイントの積み重ねでマニュファクチャラーズタイトルを獲得。日本メーカーでは唯一の3年連続のマニュファクチャラーズタイトルを達成した。だがこれ以降、マニュファクチャラーズタイトルからは遠のいてしまう。2000年には、2代目インプレッサへの移行を見越した大々的な改修が施された。

ラリーアメリカ
世界ラリー選手権(WRC)以外のラリー競技では、ラリーアメリカで“Subaru Rally Team USA”が活躍中である、中でもケン・ブロックとトラビス・パストラーナは人気の選手である。

サーキット
全日本ツーリングカー選手権(JTCC) にも1996年と1997年にSYMSレーシングからスポーツワゴンで出場している。レギュレーション上、駆動方式の変更が認められていた為、FRとし、同一メーカー製造のエンジンであれば換装可能であったので、EJ18をボアアップし、EJ20の4カムシリンダーヘッドとドッキングさせた自然吸気 DOHCエンジンが搭載された。

D1グランプリにチームオレンジのマシンとして初代、2代目(涙目、涙目改鷹目GDB)が使用されていた。スバルの水平対向4WDは縦置きであり、センターデフの小加工でFRにできる為、比較的早く4WD改FR仕様が製作された。無論、後輪に全出力が集中する為、駆動強化は必須となる。

車名の由来
インプレッサの名称、IMPREZA とは、「紋章」「金言」などの意を持つ英語“IMPRESA”からの造語である。

ハイパワーモデルの呼称であるWRXとはWRCの「WR」とレオーネのスポーツグレードで採用されていた呼称「RX」を掛け合わせた造語である。


[ 2009/09/11 16:55 ] SUBARU | TB(0) | CM(0)

Subaru ImprezaⅡ 0'30"

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インプレッサ(IMPREZA)は、スバルブランドを展開する富士重工業が生産・販売する乗用車である。1992年に発売を開始した。

レガシィの下位モデルという位置付けで登場し、世界市場=特にヨーロッパにおけるCセグメント市場を狙ったスバルの世界戦略車としての役割も担っている。 後述するが、日本車としては1代1代のモデルサイクルが長いことでも知られる。

2代目GD・GG型(2000年-2007年)
ボディデザインは初代を引き継いでセダンとスポーツワゴンが用意されたが、スポーツワゴンが5ナンバー枠に収まるのに対し、セダンはスポーツ走行での安定性を考慮しブリスターフェンダーを備えた3ナンバーサイズとなった。また、スバルブランドがイメージ模索に迷走するあおりを受けてそのライフスパンの中で大きく3度に及ぶ大幅なフェイスリフトを受けた。スポーツワゴンは一時期、サーブ・9-2Xとして北米市場にOEM供給された。

2代目開発当時、各メーカーで盛んに叫ばれていたいわゆる「衝突安全ボディー」の設計に注力され、「新環状力骨構造 」の採用、また前面衝突時の衝撃を効果的に吸収するサブフレームが前端に追加された。「STI」では剛性の確保が根本的に見直され、サイドシルの断面積拡大、ストラットボックス、クロスメンバー部の補強などが行われた。

2.0L ターボ、2.0L NAには、新たに可変バルブタイミング機構(AVCS)を吸気側に新たに採用した。

2.0Lターボ車に新たにTGV(タンブル・ジェネレーション・バルブ)が採用され、燃焼効率の向上、触媒の二重化による始動直後の排出ガスレベルの低減を実現し、STIを除く全車が平成12年度基準排出ガス25%低減レベル適合(G-LEV)した。また、2.0Lターボ、2.0L NAが「良低排出ガス車(☆)」、1.5Lが「優低排出ガス車(☆☆)」に適合し、「グリーン税制」対象車となっている。

AWDモデルでは5MTにVCU(ビスカスカップリング)方式センターデフを、E-4ATに「MP-T」を用いたアクティブトルクスプリットAWDを採用している。AWDターボ用には、5MTとして従来のTY75型(VCU方式センターデフ)を引き継いでいる。E-4ATとしてレガシィと共通の、遊星歯車式センターデフ+「MP-T」によるVTD-AWDトランスミッションが搭載された。STIには、今回は全くの新開発のスバル内製「TY85」型6速マニュアルトランスミッションが搭載された。先代ではガラスのミッションと酷評されたが、この代から搭載されたミッションは強度が見直された。

全国の警察の機動捜査隊に後期型WRXが覆面パトカーとして導入されている。

年表
* 2000年8月23日、WRX(4ドアセダン)とスポーツワゴンが登場。WRXは2.0L・AWDのみ。ワゴンに1.5LFFを設定。2.0Lターボ、NA車が「良低排出ガス車(☆)」、1.5Lが「優低排出ガス車(☆☆)」適合。

* 2000年10月、「WRX STi」、「スポーツワゴン STi」登場。新たに吸気側にAVCSを装着。

* 2001年11月、「WRX STi type RA specC」を追加。

* 2001年12月 WRCドライバーズ・タイトルを獲得。

* 2002年6月、「WRX STi type RA spec C」をベースにした、ストリートにおけるオンロード性能の向上を徹底追求したSTI製コンプリートカー「S202 STi Version」を発売。
o チタンマフラー、専用ECUの採用により320psの最高出力を実現。パワーウインドウなどの快適装備が特別設定されていた。

* 2002年11 月、中期型にマイナーチェンジ。Cタイプとなる。評判の芳しくなかったエクステリアを大幅変更(いわゆる丸目⇒涙目)。あわせてエンジン・シャシーにも大幅に変更が加えられた。特にエギゾーストマニホールドが等長化されたことが大きな変化であり、スバルの水平対向エンジン搭載車特有の「ズドドド」という音が小さくなった。

ワゴンAWDターボ車に「WRX」の名称が復活。ワゴンSTiは廃止となった。

* 2003年9月、一部改良でD型へ。セダンに、新たに5ナンバーボディのSOHC 1500ccモデルが追加された。

* 2004年6 月、一部改良でEタイプへ。STiはさらにパフォーマンスアップ。あわせて行われたフロントハブの強化、ホイールPCDを従来の100mmから 114.3mmに拡大。1.5Lを4ドアセダンにも新たに設定。スポーツワゴンと同じく5ナンバーサイズボディが採用されている。

* 2005年1月、WRX STiをベースに「グローバルピュアスポーツセダン」をコンセプトにしたSTI製コンプリートカー、「S203」を発売。
o S203よりベースモデルがspec CからSTiとなった。専用の減衰力4段可変式ストラット、ピロボール式リヤサスペンションリンク、ドライカーボン製フロントアンダースカート、専用リヤウイング、BBS製18インチ鍛造アルミホイール、STI・レカロ共同開発の専用ドライカーボン製リクライニング機構付フロントバケットシートなどを装備していた。

* 2005年6 月、後期型にマイナーチェンジ。Fタイプとなる。このモデルより、ブランド名グレード名ともSTI(すべて大文字)に統一。再びエクステリアの変更が行われ、「スプレッドウイングズグリル」と呼ばれる飛行機をモチーフにしたフロントグリルデザインを採用する(いわゆる涙目⇒鷹目)。*2006年1月、STI製コンプリートカー「S204」発売。
o 基本的なメカニズムはS203と共通。STIとヤマハ発動機が共同開発した、車体への入力を減衰するパフォーマンスダンパーが新たに採用されたのがトピックだった。600台限定で、価格は480万9,000円だった。

* 2006年6月、一部改良でGタイプへ。1.5Lモデルに、新たにDOHC・ロングストローク設計のEL15型エンジンが登場した。

* 2006年11月、「純粋に速く、安全に、本気で攻められるインプレッサ」をコンセプトとした特別仕様車「WRX STI spec C type RA-R」を発売。
o ブレンボ製6ポットキャリパー(フロント)や235/40R18タイヤなどを採用して、ショートコース・サーキットでの走行性能を向上していた。

モータースポーツ
ラリー
インプレッサは初代から一貫してモータースポーツ、特にラリー競技と切り離せない関係にあり、世界ラリー選手権(WRC)ではシトロエンやプジョーと互角の闘いを繰り広げ、国内イベントでも常にチャンピオン争いに絡む活躍を見せてきた。2リッタークラスのラリー競技用車両としては、日本はもちろん世界的にも三菱自動車工業のランサー・エボリューションと並び称せられ、特に近年のグループNクラスはほぼこの2車種が独占する状況にあるなど、スバルの世界的なブランド・イメージの構築に大きく貢献している。

WRCでは、これまでマニュファクチュアラーズチャンピオン3回(1995年、1996年、1997年)、ドライバーズチャンピオン3回(1995年、2001年、2003年)を獲得している。また、競技本番用としてだけでなく、ラリーステージの下見(レッキ)を行う際の車としてスバルチーム以外にも使用されることがある(大抵のWRC参戦メーカーは自社の市販車に四輪駆動車を持たないことが多いため)。

2008年12月16日、スバルは世界的不景気の影響を理由にWRC参戦の終了を発表し、これに伴ってワークスインプレッサのWRC参戦が無くなった。

初代4ドア・グループA (1993年~1996年)
ホモロゲーション名は「インプレッサ555」[17]。 WRC(世界ラリー選手権)には、1993年シーズン終盤の第9戦「1000湖ラリー」からレガシィに代わって投入され、アリ・バタネンのドライブにより初参戦にして2位という鮮烈なデビューを飾った。1994年には、1990年、92年のWRCドライバーチャンピオン、C.サインツのチーム加入を得てその繊細なセッティング能力によって戦闘力が一気に向上、第6戦「アクロポリス・ラリー」で初優勝を果たし、マクレーの手による2勝と併せてマニュファクチャラーズポイントでも2位を獲得した。1995年には8戦中5勝を挙げて、スバルは本格参戦から6年目にして、マニュファクチャラーズ及びドライバーズ(C.マクレー)のダブルタイトルに輝いた。続く1996年も、ドライバーズタイトルこそ三菱のトミ・マキネンに奪われるものの、マニュファクチャラーズタイトルを2年連続で獲得。グループA最強のラリーマシンとして認知され、欧州におけるスバルのブランディング向上とインプレッサの販売および日本におけるラリー人気の拡大に大きく貢献した。

初代2ドア・ワールドラリーカー (1997年~2000年)
グループA規定が緩和されたワールドラリーカーの導入にあたってスバルは2ドアのリトナをベース車に選択。97年にもドライバーのポイントの積み重ねでマニュファクチャラーズタイトルを獲得。日本メーカーでは唯一の3年連続のマニュファクチャラーズタイトルを達成した。だがこれ以降、マニュファクチャラーズタイトルからは遠のいてしまう。2000年には、2代目インプレッサへの移行を見越した大々的な改修が施された。

2代目4ドア・ワールドラリーカー (2001年~2008年)
2001年にはリチャード・バーンズが、2003年にはペター・ソルベルグが、それぞれWRCドライバーズ・タイトルを獲得。2004年初開催となったラリージャパンではペター・ソルベルグが勝利し、記念すべき初代王者に輝いた。さらに、2005年にはプロダクションカーWRC(PCWRC)で新井敏弘がシーズン・チャンピオンを獲得した。しかし、ライバルチームの戦闘力向上に追いつかなくなった2006年、2007年に、スバルは屈辱的な年間未勝利に終わった。

3代目5ドア・ワールドラリーカー (2008年)
フルモデルチェンジに伴い、リアオーバーハングが短くホイールベースが長いハッチバックボディになったため、ようやくシトロエン・フォードなどのライバルと同等のボディ・次元で戦えるようになった。

しかし、タバコスポンサーの撤退に伴い、資金が豊富なシトロエンやフォードに比べテストが不足し、プロドライブにおける度重なるトップエンジニアの更迭・引き抜き・解雇等に端を発する開発現場の混乱も手伝い、マシンの開発や熟成に時間がかかっているといった問題が、新型へスイッチされてもなお、改善されなかった。また、WRカーレギュレーションはエンジンの搭載位置および搭載角度は規定内で変更可能であり、横置き直列4気筒エンジンならマシン中央部に寄せて倒す等、重心位置を大幅に改善する設計が可能だが、水平対向エンジンを縦置きにレイアウトしているインプレッサにはほとんど改造の余地が無く、グループAでは絶大だったロードカーとしての素性の良さを生かせないWRカー規定自体がインプレッサに不利だった。

2008年12月16日に、同年をもってWRCから撤退することが正式に発表され、長きにわたって維持されてきたインプレッサによるワークス・エントリーの歴史に終止符が打たれた。同一車名による14年間連続ワークス・フルエントリーは、WRC史上最長記録となっている。

ラリーアメリカ
世界ラリー選手権(WRC)以外のラリー競技では、ラリーアメリカで“Subaru Rally Team USA”が活躍中である、中でもケン・ブロックとトラビス・パストラーナは人気の選手である。

サーキット
インプレッサはラリー以外の分野でも活躍している。SUPER GT(旧:JGTC)には4ドア車が特認車両として出場している。4WD禁止というレギュレーションの為、以前は後輪駆動化されていたが4WDが解禁となった2006年途中からAWD(4WD)仕様が参加している。また、インプレッサの活躍で2008年より4ドアが公認となり、同年第4戦 マレーシアで、インプレッサは4ドア、そして4WD車として初優勝を飾った。但し2009年は参戦していない。

スーパー耐久では2002年・2005年にST2クラス(旧クラス2)のシリーズチャンピオンを獲得している。

全日本ツーリングカー選手権(JTCC) にも1996年と1997年にSYMSレーシングからスポーツワゴンで出場している。レギュレーション上、駆動方式の変更が認められていた為、FRとし、同一メーカー製造のエンジンであれば換装可能であったので、EJ18をボアアップし、EJ20の4カムシリンダーヘッドとドッキングさせた自然吸気 DOHCエンジンが搭載された。

D1グランプリにチームオレンジのマシンとして初代、2代目(涙目、涙目改鷹目GDB)が使用されていた。スバルの水平対向4WDは縦置きであり、センターデフの小加工でFRにできる為、比較的早く4WD改FR仕様が製作された。無論、後輪に全出力が集中する為、駆動強化は必須となる。

車名の由来
インプレッサの名称、IMPREZA とは、「紋章」「金言」などの意を持つ英語“IMPRESA”からの造語である。

ハイパワーモデルの呼称であるWRXとはWRCの「WR」とレオーネのスポーツグレードで採用されていた呼称「RX」を掛け合わせた造語である。

ちなみに3代目セダンのサブネームであるアネシス(ANESIS)とはギリシャ語で「安心」「リラクゼーション」を意味する。


[ 2009/09/12 19:07 ] SUBARU | TB(0) | CM(0)

Subaru ImprezaⅡ GD・GG 0'30"

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インプレッサ(IMPREZA)は、スバルブランドを展開する富士重工業が生産・販売する乗用車である。1992年に発売を開始した。

レガシィの下位モデルという位置付けで登場し、世界市場=特にヨーロッパにおけるCセグメント市場を狙ったスバルの世界戦略車としての役割も担っている。 後述するが、日本車としては1代1代のモデルサイクルが長いことでも知られる。

2代目GD・GG型(2000年-2007年)
ボディデザインは初代を引き継いでセダンとスポーツワゴンが用意されたが、スポーツワゴンが5ナンバー枠に収まるのに対し、セダンはスポーツ走行での安定性を考慮しブリスターフェンダーを備えた3ナンバーサイズとなった。また、スバルブランドがイメージ模索に迷走するあおりを受けてそのライフスパンの中で大きく3度に及ぶ大幅なフェイスリフトを受けた。スポーツワゴンは一時期、サーブ・9-2Xとして北米市場にOEM供給された。

2代目開発当時、各メーカーで盛んに叫ばれていたいわゆる「衝突安全ボディー」の設計に注力され、「新環状力骨構造 」の採用、また前面衝突時の衝撃を効果的に吸収するサブフレームが前端に追加された。「STI」では剛性の確保が根本的に見直され、サイドシルの断面積拡大、ストラットボックス、クロスメンバー部の補強などが行われた。

2.0L ターボ、2.0L NAには、新たに可変バルブタイミング機構(AVCS)を吸気側に新たに採用した。

2.0Lターボ車に新たにTGV(タンブル・ジェネレーション・バルブ)が採用され、燃焼効率の向上、触媒の二重化[9]による始動直後の排出ガスレベルの低減を実現し、STIを除く全車が平成12年度基準排出ガス25%低減レベル適合(G-LEV)した。また、2.0Lターボ、2.0L NAが「良低排出ガス車(☆)」、1.5Lが「優低排出ガス車(☆☆)」に適合し、「グリーン税制」対象車となっている。

AWDモデルでは5MTにVCU(ビスカスカップリング)方式センターデフを、E-4ATに「MP-T」を用いたアクティブトルクスプリットAWDを採用している。AWDターボ用には、5MTとして従来のTY75型(VCU方式センターデフ)を引き継いでいる。E-4ATとしてレガシィと共通の、遊星歯車式センターデフ+「MP-T」によるVTD-AWDトランスミッションが搭載された。STIには、今回は全くの新開発のスバル内製「TY85」型6速マニュアルトランスミッションが搭載された。先代ではガラスのミッションと酷評されたが、この代から搭載されたミッションは強度が見直された。

全国の警察の機動捜査隊に後期型WRXが覆面パトカーとして導入されている。

年表
* 2000年8月23日、WRX(4ドアセダン)とスポーツワゴンが登場。WRXは2.0L・AWDのみ。ワゴンに1.5LFFを設定。2.0Lターボ、NA車が「良低排出ガス車(☆)」、1.5Lが「優低排出ガス車(☆☆)」適合。

* 2000年10月、「WRX STi」、「スポーツワゴン STi」登場。新たに吸気側にAVCSを装着。

* 2001年11月、「WRX STi type RA specC」を追加。

* 2001年12月 WRCドライバーズ・タイトルを獲得。

* 2002年6月、「WRX STi type RA spec C」をベースにした、ストリートにおけるオンロード性能の向上を徹底追求したSTI製コンプリートカー「S202 STi Version」を発売。
o チタンマフラー、専用ECUの採用により320psの最高出力を実現。パワーウインドウなどの快適装備が特別設定されていた。

* 2002年11 月、中期型にマイナーチェンジ。Cタイプとなる。評判の芳しくなかったエクステリアを大幅変更(いわゆる丸目⇒涙目)。あわせてエンジン・シャシーにも大幅に変更が加えられた。特にエギゾーストマニホールドが等長化されたことが大きな変化であり、スバルの水平対向エンジン搭載車特有の「ズドドド」という音が小さくなった。

ワゴンAWDターボ車に「WRX」の名称が復活。ワゴンSTiは廃止となった。

* 2003年9月、一部改良でD型へ。セダンに、新たに5ナンバーボディのSOHC 1500ccモデルが追加された。

* 2004年6 月、一部改良でEタイプへ。STiはさらにパフォーマンスアップ。あわせて行われたフロントハブの強化、ホイールPCDを従来の100mmから 114.3mmに拡大。1.5Lを4ドアセダンにも新たに設定。スポーツワゴンと同じく5ナンバーサイズボディが採用されている。

* 2005年1月、WRX STiをベースに「グローバルピュアスポーツセダン」をコンセプトにしたSTI製コンプリートカー、「S203」を発売。
o S203よりベースモデルがspec CからSTiとなった。専用の減衰力4段可変式ストラット、ピロボール式リヤサスペンションリンク、ドライカーボン製フロントアンダースカート、専用リヤウイング、BBS製18インチ鍛造アルミホイール、STI・レカロ共同開発の専用ドライカーボン製リクライニング機構付フロントバケットシートなどを装備していた。

* 2005年6 月、後期型にマイナーチェンジ。Fタイプとなる。このモデルより、ブランド名グレード名ともSTI(すべて大文字)に統一。再びエクステリアの変更が行われ、「スプレッドウイングズグリル」と呼ばれる飛行機をモチーフにしたフロントグリルデザインを採用する(いわゆる涙目⇒鷹目)。*2006年1月、STI製コンプリートカー「S204」発売。
o 基本的なメカニズムはS203と共通。STIとヤマハ発動機が共同開発した、車体への入力を減衰するパフォーマンスダンパーが新たに採用されたのがトピックだった。600台限定で、価格は480万9,000円だった。

* 2006年6月、一部改良でGタイプへ。1.5Lモデルに、新たにDOHC・ロングストローク設計のEL15型エンジンが登場した。

* 2006年11月、「純粋に速く、安全に、本気で攻められるインプレッサ」をコンセプトとした特別仕様車「WRX STI spec C type RA-R」を発売。
o ブレンボ製6ポットキャリパー(フロント)や235/40R18タイヤなどを採用して、ショートコース・サーキットでの走行性能を向上していた。

モータースポーツ
ラリー
インプレッサは初代から一貫してモータースポーツ、特にラリー競技と切り離せない関係にあり、世界ラリー選手権(WRC)ではシトロエンやプジョーと互角の闘いを繰り広げ、国内イベントでも常にチャンピオン争いに絡む活躍を見せてきた。2リッタークラスのラリー競技用車両としては、日本はもちろん世界的にも三菱自動車工業のランサー・エボリューションと並び称せられ、特に近年のグループNクラスはほぼこの2車種が独占する状況にあるなど、スバルの世界的なブランド・イメージの構築に大きく貢献している。

WRCでは、これまでマニュファクチュアラーズチャンピオン3回(1995年、1996年、1997年)、ドライバーズチャンピオン3回(1995年、2001年、2003年)を獲得している。また、競技本番用としてだけでなく、ラリーステージの下見(レッキ)を行う際の車としてスバルチーム以外にも使用されることがある(大抵のWRC参戦メーカーは自社の市販車に四輪駆動車を持たないことが多いため)。

2008年12月16日、スバルは世界的不景気の影響を理由にWRC参戦の終了を発表し、これに伴ってワークスインプレッサのWRC参戦が無くなった。

初代4ドア・グループA (1993年~1996年)
ホモロゲーション名は「インプレッサ555」[17]。 WRC(世界ラリー選手権)には、1993年シーズン終盤の第9戦「1000湖ラリー」からレガシィに代わって投入され、アリ・バタネンのドライブにより初参戦にして2位という鮮烈なデビューを飾った。1994年には、1990年、92年のWRCドライバーチャンピオン、C.サインツのチーム加入を得てその繊細なセッティング能力によって戦闘力が一気に向上、第6戦「アクロポリス・ラリー」で初優勝を果たし、マクレーの手による2勝と併せてマニュファクチャラーズポイントでも2位を獲得した。1995年には8戦中5勝を挙げて、スバルは本格参戦から6年目にして、マニュファクチャラーズ及びドライバーズ(C.マクレー)のダブルタイトルに輝いた。続く1996年も、ドライバーズタイトルこそ三菱のトミ・マキネンに奪われるものの、マニュファクチャラーズタイトルを2年連続で獲得。グループA最強のラリーマシンとして認知され、欧州におけるスバルのブランディング向上とインプレッサの販売および日本におけるラリー人気の拡大に大きく貢献した。

初代2ドア・ワールドラリーカー (1997年~2000年)
グループA規定が緩和されたワールドラリーカーの導入にあたってスバルは2ドアのリトナをベース車に選択。97年にもドライバーのポイントの積み重ねでマニュファクチャラーズタイトルを獲得。日本メーカーでは唯一の3年連続のマニュファクチャラーズタイトルを達成した。だがこれ以降、マニュファクチャラーズタイトルからは遠のいてしまう。2000年には、2代目インプレッサへの移行を見越した大々的な改修が施された。

2代目4ドア・ワールドラリーカー (2001年~2008年)
2001年にはリチャード・バーンズが、2003年にはペター・ソルベルグが、それぞれWRCドライバーズ・タイトルを獲得。2004年初開催となったラリージャパンではペター・ソルベルグが勝利し、記念すべき初代王者に輝いた。さらに、2005年にはプロダクションカーWRC(PCWRC)で新井敏弘がシーズン・チャンピオンを獲得した。しかし、ライバルチームの戦闘力向上に追いつかなくなった2006年、2007年に、スバルは屈辱的な年間未勝利に終わった。

3代目5ドア・ワールドラリーカー (2008年)
フルモデルチェンジに伴い、リアオーバーハングが短くホイールベースが長いハッチバックボディになったため、ようやくシトロエン・フォードなどのライバルと同等のボディ・次元で戦えるようになった。

しかし、タバコスポンサーの撤退に伴い、資金が豊富なシトロエンやフォードに比べテストが不足し、プロドライブにおける度重なるトップエンジニアの更迭・引き抜き・解雇等に端を発する開発現場の混乱も手伝い、マシンの開発や熟成に時間がかかっているといった問題が、新型へスイッチされてもなお、改善されなかった。また、WRカーレギュレーションはエンジンの搭載位置および搭載角度は規定内で変更可能であり、横置き直列4気筒エンジンならマシン中央部に寄せて倒す等、重心位置を大幅に改善する設計が可能だが、水平対向エンジンを縦置きにレイアウトしているインプレッサにはほとんど改造の余地が無く、グループAでは絶大だったロードカーとしての素性の良さを生かせないWRカー規定自体がインプレッサに不利だった。

2008年12月16日に、同年をもってWRCから撤退することが正式に発表され、長きにわたって維持されてきたインプレッサによるワークス・エントリーの歴史に終止符が打たれた。同一車名による14年間連続ワークス・フルエントリーは、WRC史上最長記録となっている。

ラリーアメリカ
世界ラリー選手権(WRC)以外のラリー競技では、ラリーアメリカで“Subaru Rally Team USA”が活躍中である、中でもケン・ブロックとトラビス・パストラーナは人気の選手である。

サーキット
インプレッサはラリー以外の分野でも活躍している。SUPER GT(旧:JGTC)には4ドア車が特認車両として出場している。4WD禁止というレギュレーションの為、以前は後輪駆動化されていたが4WDが解禁となった2006年途中からAWD(4WD)仕様が参加している。また、インプレッサの活躍で2008年より4ドアが公認となり、同年第4戦 マレーシアで、インプレッサは4ドア、そして4WD車として初優勝を飾った。但し2009年は参戦していない。

スーパー耐久では2002年・2005年にST2クラス(旧クラス2)のシリーズチャンピオンを獲得している。

全日本ツーリングカー選手権(JTCC) にも1996年と1997年にSYMSレーシングからスポーツワゴンで出場している。レギュレーション上、駆動方式の変更が認められていた為、FRとし、同一メーカー製造のエンジンであれば換装可能であったので、EJ18をボアアップし、EJ20の4カムシリンダーヘッドとドッキングさせた自然吸気 DOHCエンジンが搭載された。

D1グランプリにチームオレンジのマシンとして初代、2代目(涙目、涙目改鷹目GDB)が使用されていた。スバルの水平対向4WDは縦置きであり、センターデフの小加工でFRにできる為、比較的早く4WD改FR仕様が製作された。無論、後輪に全出力が集中する為、駆動強化は必須となる。

車名の由来
インプレッサの名称、IMPREZA とは、「紋章」「金言」などの意を持つ英語“IMPRESA”からの造語である。

ハイパワーモデルの呼称であるWRXとはWRCの「WR」とレオーネのスポーツグレードで採用されていた呼称「RX」を掛け合わせた造語である。

ちなみに3代目セダンのサブネームであるアネシス(ANESIS)とはギリシャ語で「安心」「リラクゼーション」を意味する。


[ 2009/09/13 19:41 ] SUBARU | TB(0) | CM(0)

Renault ClioⅢ 0'31"

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クリオ(Clio)は、フランスの自動車製造会社ルノー(Renault)の生産する小型乗用車である。 日本市場では「クリオ」の商標をホンダが所有(ディーラーの系列名として使用していた)するため、 ルーテシア(Lutécia)の名で販売されている。「ルーテシア」はパリの古名「ルテティア」に由来する。

3代目(2005年-)クリオIII
カー・オブ・ザ・イヤー受賞
クリオの3代目として、2005年9月にヨーロッパで発売が開始された。傘下に収めている日産自動車のコンパクトカーのマーチやノートとプラットフォームを共用する。

ボディサイズは多少大型化したものの、ユーロNCAPの5つ星を獲得するなど安全性が飛躍的に向上している。安全性とパッケージングが評価を受け、発売直後の2005年11月に、2006年度のヨーロッパ・カー・オブ・ザ・イヤーを受賞した。なお、2004年に一足先にデビューしたルノー・モデュスは、このクリオIIIがベースである。なお、新型であるクリオIIIが導入された後も、一部の国ではクリオIIが、「クリオ・キャンパス」の名前で並行販売されている。

クリオIが1991年度にヨーロッパ・カー・オブ・ザ・イヤーを受賞したほか、クリオIIIも2006年度にも受賞した。なお、同名車種が2回受賞したのは史上初である。(同じシリーズ車種という形では、同社のメガーヌ・セニックが1996年に、次いで2003年にメガーヌが受賞したケースがある)。

バリエーション
ボディタイプは3ドアと5ドアの2種類が用意される。エンジンは、1.2L、1.4L、1.6Lガソリンエンジンの他にオプションでLPガス・ガソリン切り替え式バイフューエル車、1.5Lディーゼルエンジンが用意される。また、本革シートや木目パネルを奢った往年の高級仕様「バカラ」を継承した「イニシアル(INITIALE)」仕様も用意されている。

* クリオ・ルノー・スポール
2006年春よりにヨーロッパで発売された3代目クリオ・ルノー・スポールは、197馬力の高性能エンジンの搭載にあわせ、トレッドを50 mmも拡幅し、ロードホールディングを向上、さらにブレンボ製ブレーキや18インチホイールを搭載する。

2005年10月から開催されていた東京モーターショーにコンセプトバージョンが展示されていた。日本市場への導入も期待されているが、未だ目処が立っていない状態である。

日本導入
カルロス・ゴーン会長が本国発売後半年以内に日本市場導入をする方針を明らかにしていたことに合わせ、2006年1月24日に日本でも発表され、3月20日から発売された。

ボディタイプは3ドアと5ドアの両方が用意される。エンジンは当初導入されるのは1.6Lガソリンの1種類のみで、これに5速マニュアル変速機および学習機能付きの電子制御"プロアクティブ" 4速オートマチック変速機の組み合わせが用意される。また、2007年12月10日には最上位グレードとなる「イニシアル・パリ」も追加された。

なお、価格は205万8千円から285万円(ユーロ高の影響により2008年4月1日に価格改訂)と、ボディサイズとエンジンが大きくなったことや、各種装備が充実されたことに伴い2代目より多少上がっている。

[ 2009/09/14 07:49 ] RENAULT | TB(0) | CM(0)

Renault 5 Anuncio 1979 0'57"

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ルノー 5 (Renault 5) は、フランスの自動車会社ルノーが製造したハッチバック型の小型乗用車。

第一世代
フランス語では「5」と書いてサンクと読む。日本でも「サンク」と呼ばれる事が多い。

1972年に発売され、その先進的なデザインと高い実用性から瞬く間にヨーロッパ中でベストセラーとなった小型前輪駆動 (FF) 車である。

ボディサイズは、全長3505mm×全幅1525mm×全高1400mm、ホイールベース右2405mm/左2435mm。

現在の前輪駆動車としては珍しくなった、エンジン縦置き配置のレイアウトを持っており、更に、車体前から、トランスミッション、デフ、エンジンというあまり例の無い配置となっている(エンジン位置とフロントタイヤ位置の関係は、フロントミッドシップと言える)

これは、ベースとなったルノー・4(キャトル)と同じであるが、それは、4(キャトル)が、その先代であるリアエンジンの4CVのエンジン/駆動系をそのままの配置で前に移した事に由来する。

この配置の為、室内側にエンジンの一部が食い込んでおり、エンジンの熱が室内に籠もり易く、特に日本の夏季には不快であった。

エンジンは4(キャトル)用に使用されていた800ccと1,000cc(フランス国内向け)のガソリンエンジンであった。後に1,300ccが追加され、アルピーヌ(後述)のベースエンジンとなった。

サスペンションは前輪部がダブルウィッシュボーン、後輪部がトレーリングアームであった。スプリングは前後輪とも、スペース効率と乗り心地に優れるトーションバー(ねじり棒ばね)を用いており、フロントは縦置き、リアは横置きとされた。軸重の軽いリアはばねを柔らかくする(ばね定数を下げる)必要から、車幅いっぱいの長さを確保しており、その取り付け方法は、室内スペースを侵食しないよう、左右のばねを前後に並べて配置してあり、それに伴い、左右のトレーリングアームの支点もそのぶんずれており、ホイールベースが左右で30 mm異なる特徴を持っている。これは4(キャトル)から受け継がれたアイディアで、5(サンク)ではこれに留まらず、既存ルノー各車の部品が多用されている。

デザインは現在の目から見ても魅力的な、前後に樹脂バンパー(世界初)を備えた3ドアのハッチバックである。スタイリングは、ルノー社内デザイナー、ミッシェル・ブエ (Michel Bouë) がほぼ独力で作業したものと言われている。しかし、彼は発表寸前にこの世を去った。

5(サンク)はフランス内外で数限りない限定仕様車が発売され、1979年に5ドア版を追加し、内装等が大きく変更されるなどして長年ベストセラーの座を保ったものの、1985年を持って本国フランスでの生産が終了し、後継モデルのシュペール5 (Super 5) に引き継がれた。その後もイランなどで生産が継続されていたが、まもなくダチア・ロガンに切り替わる予定である。

バリエーション
* ル・カー
o アメリカ合衆国ではル・カー (Le Car) の名でAMCから販売され、このモデルのイメージを追った仕様が、同名でフランスでも限定仕様として発売された。

* シエテ(7)
o スペインなどで4ドアバージョンのシエテ(スペイン語で「7」の意味)も生産された。スペインでの小型ファミリーカー需要の高さから生まれたモデルで、バンパーや内装が異なっていた。

* アルピーヌ
o ルノーが傘下に収めたチューナーでスポーツカーメーカーのアルピーヌ (Alpine) がプロデュースし、1976年に登場したスポーツバージョン。5アルピーヌは、1400cc、最大93馬力のエンジンと、より操縦性を高めたサスペンションを備えていた。外観にあしらわれたピンストライプが特徴。但し、イギリスでは、商標上の都合から「ゴルディーニ (Gordini)」と名乗っていた。そのターボ版が5アルピーヌ・ターボで、1979年登場、エンジンは最大110馬力を発生した。

* 5ターボ
o エンジンの位置を車体中心部に移し(ミッドシップ)、WRC(世界ラリー選手権)のグループ4 (Group 4) ホモロゲーションモデルとして製作された5ターボが開発され、それまでのルノー車中最高価格で少量販売された。後に、普及版の5ターボ2も登場。

日本における初代5
日本に輸入され始めたのは1976年。それまでの日英自動車に代わり、新たにルノーの代理店になったキャピタル企業がそれまで扱っていたミニの代わりに取り扱い始めた。当初は排ガス対策用の触媒を装備していたことから、北米仕様を販売していた(大型バンパー/丸形ヘッドライト装備)。ところがこの北米仕様は、肝心のその排ガス対策が原因で調子を崩すクルマが多く、また、さび止め処理も徹底しておらず、長く残る個体が少なかった。

輸入初期には、排ガス規制のために取り付けた触媒が高熱を発し、塗装にヒビが入る、ボンネットに触ると火傷するなどの問題が起きた。

その後、フランス本国仕様をベースとした日本仕様となり、外観も本国と変わらなくなり、徹底した改善により品質を安定させ、魅力を増した。

後に右ハンドルのオートマチック仕様やアルピーヌ仕様(後にターボ付きになる)、更に5ドアも輸入され、5ターボ2も少数輸入された。

[ 2009/09/15 08:17 ] RENAULT | TB(0) | CM(0)

Renault 4 - Anuncio 1985 0'35"

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ルノー・4はフランスの自動車メーカー、ルノーが1961年から製造した小型大衆車である。

4はフランス語で『カトル(Quatre)』。キャトルという呼び方も日本で浸透しているが、フランスでは主に、最もポピュラーな仕様「4L」から「カトレール(キャトレール)」と呼ばれる。

商業的に成功した世界初のハッチバック車とも考えられている。生産台数は1992年12月の生産終了までに約835万台で、フォルクスワーゲン・ビートル、フォード・モデルTに次ぐ、モデルチェンジ無しの量産車としては史上第3位の生産台数を記録している。

1950年代のフランスにおける人気車種であったシトロエン・2CVを徹底的に意識して設計、開発された。

当時ルノーでは最小モデルとして750cc級リアエンジン車の4CVを生産していたが、リアエンジンは室内空間が広くできるものの、車体前部のトランク容量は小さく、使い勝手がいいとは言えなかった。

4CVは1946年から長く生産され、時流に比べてやや旧式化していた。後継モデル開発にあたっては、フロントエンジン前輪駆動の2CVが当初『缶詰』等と嘲笑されつつも、着実にフランスの路上に繁殖している以上、それを凌駕する車にする事が必須だった。

このため前輪駆動方式を採用すると共に、機能性を優先し、小型の貨物バンを思わせる車体背面ドア付きの2ボックススタイルを採用した。乗用車ではあるが貨物車のような汎用性を備え、ラゲッジスペースに限りのあったシトロエン・2CVに差を付けたのである。

ルノーのベーシックモデルとして企画されたルノー4シリーズ(当初は排気量750cc。600ccの「ルノー・3」も当初存在した)は、経済的で実用性の高い小型車であったことから庶民に受け入れられ、ルノーの大衆車市場での足場を固めた。

このモデルの基本設計を基礎として、1968年にルノー・6、1972年に5(サンク)が登場し、それ以外にも、商用仕様の「4/F4、4/F6(フルゴネット)」や様々な特別仕様車、レジャー用の『ロデオ』シリーズ等を派生した。2CVのようなカルトファンこそ少なかったものの、商業的には大きな成功を収め、1992年まで生産され続けた。

特徴
車体
* 架装されるボディは、4ドアとテールゲートを組み合わせたものだが、この2ボックス型の貨物車風ボディ形式は、後のフォルクスワーゲン・ゴルフなど、多くのハッチバック車の先駆けとなった。ライバル車シトロエン・2CV同様、コストダウンの為、全てのガラスは平面ガラスを使用している。四枚あるドア窓は、ガラスを横にスライドさせる方式(いわゆる引き違い式)で、2CVの跳ね上げ式よりは使いやすかったが、注意しないと外れて室内に落ちる。

* 室内からのドアの開閉は、ちょうど手が入るサイズに開いている穴に、手を差し込んで操作する簡素な方式である。

* 換気はフロント窓下のフラップ式換気口を利用した簡易構造で、この点もシトロエン・2CVと同じである。古い時代の大衆車であり、元はクーラー搭載を考慮していない。

* 内装はドアにかろうじて布が貼ってあるものの、基本的に鉄板が剥きだしであった。

* 座席は布張りにスプリングを組み合わせた簡易な構造ながら良好な座り心地であった。

* フロントウインドシールドのウォッシャー液は床のペダルを踏むことにより、水鉄砲方式で拭きかけられる。慣れるとペダルを踏む強さを調節して好きな位置に吹くことができた。

* 他のラテン車同様キャンバストップ車が多く、純正のWサンルーフの他、後付けのキャンバストップ仕様も多く存在する。

サスペンション・ドライブトレーン
* サスペンションは前が縦置きトーションバーによるウィッシュボーン式、後ろは横置きトーションバーで支えられたフル・トレーリングアーム式だが、後部サスペンションのトーションバーは左右輪とも車体全幅近い長さを持つ、懐の深い設定である。

o 長いトーションバー2本はどうしてもずらして配置せざるを得ないが、上下並行では室内空間が侵害される事から、前後に平行に配置した。その結果、左右のホイールベースは50 mm のずれを生じた(前輪駆動車であるから、後輪にこの程度のわずかなずれがあっても大きな問題にはならない、というユニークな割り切りによる手法である)。この結果、荷室の床を平らに出来、サスペンションセッティングの自由度を高めて、優れた悪路走破性も確保できた。ただし、空車時のサスペンション・ストロークを大きく取っているため、空車状態では車体後部が大きく持ち上がった前のめりの格好となる。

エンジンの上を通るシフト&セレクトロッド

* エンジンは当初4CVのものをそのまま活用し、搭載位置もトランスミッションが先頭で、その直後にディファレンシャルとエンジンが縦置きされた。リアエンジン車用のドライブトレーンを、そのままの方向で車体前方にスライドさせたような体裁である。

o シフトレバーはトランスミッションから長い棒を介し、エンジンを乗り越え、車室前方隔壁を貫いて、運転席のダッシュボードに直接繋がっている構造で、シトロエンのトラクシオン・アバンや2CVと同じ手法である。変速操作もシトロエン・2CVと似た、ダッシュボードから生えたレバーを回したり、押し引きする方式で、前進4速、後進1速である。ちなみに1速と後進は同じギアを使用する。この形式は初期の5「サンク」も同様である。

[ 2009/09/16 08:40 ] RENAULT | TB(0) | CM(0)

Anuncio Authi Mini 0'30"

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Mini(ミニ)とは、イギリスのブリティッシュ・モーター・カンパニーが生んだ大衆車。自動車としての必要最小限を形にした設計は、登場当時、革命的とまでいわれた。

長く低迷したイギリスの自動車工業界の状況を反映し、生産、販売会社の名前は幾度も変わったが、 Mini 自体は2000年まで、40年以上に渡り、生産、販売が継続された。1990年頃には、日本の企業がMiniの製造、販売権を取得する計画(その場合,国内向けに軽自動車版も予定されていた)もあったが実現せず、1994年以降は、ドイツのBMWが、ランドローバーと同時にローバーを傘下とし、 Mini にまつわる権利も手中にした。

BMWは、新規に投入する、同社初となるFF車をニューMiniと位置づけ、それまでの資産(ヘリテイジ)を生かしたビジネスをすべく、傘下となった旧ローバーの技術者による車両開発を行った。2001年から、英国のオックスフォード工場(旧ローバー社カウリー工場)で生産開始され、車名を全て大文字のMINIに変更し、販売されている。

BMW・MINIが登場したことで、初代「Mini」は、「Classic Mini」、「BMC Mini」、「Rover Mini」とも呼ばれる。

第二世代のMINIについては、MINI (BMW)を参照していただき、当項目では1959年から2000年まで生産された、オリジナルの「Mini」について記述する。

なおイギリスは日本と同じ左側通行で、Miniも元来右ハンドル車であるが、日本に輸入されたMiniには左ハンドル車も多い。 これは排気ガス規制が日本に近い米国カリフォルニア州に合わせた対米輸出車を並行輸入していた為である。

オリジナルのMiniはイギリスBMC(British Motor Corporation)の技術者であるサー・アレック・イシゴニス(アレクサンダー・アーノルド・コンスタンチン・イシゴニス Alec Issigonis 1906-1988)の指揮するチームによって設計された。

開発は、1956年初頭から新コンセプトの小型車として着手されたものであったが、同年9月、スエズ動乱が中東で勃発し、石油価格が高騰したことが大きな転機となった。

石油難で大衆が3輪・4輪の粗末なバブルカー購入に走るのを憂いたBMCの経営責任者サー・レオナード・ロードは、対抗のため、開発陣に「極めて経済的な4人乗り小型車を早急に開発すること」を命じた。この際、条件として当時のBMCが生産していたエンジンを流用する(つまり、当時のBMCで小排気量クラス用エンジンだったAシリーズ4気筒エンジンを使用する)こと以外は、設計陣にあらゆる手段を用いることが許容されたのである。こうしてMiniは、現在の小型車の定番になっている横置きエンジン、前輪駆動、2ボックススタイル(ハッチバックではなく、独立したトランクを持っていた)という、1950年代後半としては画期的な成り立ちの自動車として設計されることになる。

Miniは全車種で一般的な水冷4気筒エンジンを採用していた。それまでの車のパッケージとは異なり、エンジンを横置きにして、トランスミッションをオートバイと同様に、エンジン下部のオイルパン内部に置き、エンジンオイルで共通潤滑する構造とした。これらの工夫によって前輪駆動が可能となった。コンパクトなパワートレイン設計によって、小さな車体にもかかわらず、必要十分な室内空間を確保することに成功している。

横置きエンジンによる前輪駆動自体は、2気筒の軽便な車両では第二次世界大戦以前から見られたが、サイズの大きな4気筒エンジンでは実用車として世界でほぼ最初であった。イシゴニスはこのレイアウトの着想を1946年頃から抱いていたというが、前輪駆動に適した「バーフィールド・ツェッパ等速ジョイント」が1950年代後半に実用化されたことが、当時イギリスでほとんど例の無かった前輪駆動を採用するブレイクスルーの決め手となった。

FF車のエンジンとトランスミッションの配置はメーカーごとにさまざまであったが、現在では、4輪駆動を主力商品とするメーカーであるアウディやスバルの上級モデルに縦置きエンジンのFFが見られるのみで、ほとんどのFF車は横置きエンジンとなっている。

横置きエンジン方式自体は時代に先んじた、エレガントな技術革新だったが、Miniと同じ二階建てパワートレインの「イシゴニス・レイアウト」を採用した車種は非常に少なく、イシゴニスの手になる、Miniの拡大版ともいえるBMCのADO14、16、17、ポストイシゴニスのADO27、67以外では、フランスのプジョー204・304やプリンス自動車時代に設計が始まった日産・チェリーと、ミッドシップのランボルギーニ・ミウラ程度しかなく、より広く普及して一般化したのは、イタリアで1960年代に開発され、トランスミッションをエンジンと並列に配置した、ジアコーサレイアウトであった。

全長3mほどに過ぎないコンパクトなボディは、設計者のイシゴニスが自らのスケッチでデザインするという異例の過程でスタイリングされた。だがコンセプトと内部構造を熟知した設計者自身のデザインは、機能に直結した合理性に富むもので完成度が高く、そのまま生産されることになった。組み立て時の手間を節約するために、ボディには風変わりな外板の継ぎ目が見られる。生産はバーミンガムのロングブリッジ工場で行われた。

MK I 1959年-1967年
Miniは最初 ADO15(ADO はAustin Drawing/Design Officeを表す)というプロジェクト名で呼ばれ、最初のモデルはオースチン・セブン(しばしばSE7ENと表記される)及びモーリス・ミニ・マイナーの名でイギリス国内向けに発売された。「セブン」とは、第二次世界大戦前、大成功を収めたオースチンの大衆車にあやかったもので、「マイナー」は、「ミニ」とかけた「洒落」であるという。1962年までには北米とフランスでもオースチン850、モーリス850の名前で発売された。

Miniのサスペンションスプリングには、一般的な金属ばねではなく、当時、ばねの先端素材として注目されていた、ゴムを使っている。ゴムメーカーであるダンロップの技術者、アレックス・モールトンの設計による、円錐状に成型されたゴムばねを用いたラバーコーンサスペンションである。このばねは強いプログレッシブレートを持ち、最小のストロークで最大のエネルギー吸収量を得る様に設計されている。この強いプログレッシブ・レートを持つばねや、フロントが高くリヤが路面上にあるという特異なロールセンター設定のサスペンション、量産車としては今日の基準でも驚異的に速いステアリングギアレシオや、回転慣性モーメントが小さく、ジャイロ効果の小さい10インチのタイヤなどによって、Miniのゴーカートのようなハンドリングが生まれた。

設計者イシゴニスの友人で、1959年と1960年のF1のコンストラクターズ・チャンピオンに輝いたクーパー・カー・カンパニーの経営者ジョン・クーパーは、当時英国内のサルーンカーレースにトライアンフで参加していたが、ライバルであるロータス車の次元の違うハンドリングに太刀打ち出来ずにいた。この時イシゴニスにMiniの試作車を見せられ、その驚異的なハンドリングに注目、何回かの実験とテスト走行の後、イシゴニスと共同で、機敏で経済的で、しかも安価な車を作ることを決意した。その成果として、1962年にADO50、「オースチン・ミニ・クーパー」と、「モーリス・ミニ・クーパー」が誕生した。

1964年にハイエンドモデルのサスペンションは、内部にオリフィスと空洞を持つゴムばねを、前後輪でパイプで連通し不凍液を満たしたハイドロラスティック(Hydro=水とErastic=ゴムの合成語)システムに変更された。この新しいサスペンションは柔らかな乗り心地で「魔法の絨毯」とも喩えられていたが、重量と生産コストが余計にかかり、またピッチングの制御が難しくセッティングの幅も狭いなど問題もあり、Mk III前期を最後に元のラバー・コーンサスペンションに戻された。

Miniは映画やミュージシャンなどを通じて、1960年代の大衆文化の中にその存在を焼き付けた。ビートルズのメンバーや、イギリス女王、エリザベス2世も Mini のオーナーだった。

ミニ・クーパーは1964年、1965年、1967年のモンテカルロ・ラリーで総合優勝している(なお、1966年に関しては、ゴール時の成績は優勝相当であったが、補助灯のレギュレーション違反ということで失格となっている。)。

1960年代の Mini の売り上げは全モデルで好調であったが、生産メーカーにはほとんど利益をもたらさなかった。競合他社との競争に勝つために、製造原価を割り込む価格で販売することを余儀なくされたためである。

クーパー / クーパーS
オリジナルのモーリス・ミニ・マイナーに搭載されていた848ccのエンジンは、997ccまで排気量が増やされ、馬力も34馬力から55馬力に高められた。このエンジンにはレース向けのチューニングが施され、当時小型車には馴染みのなかったSU ツイン・キャブレターとディスクブレーキが装備された。経営陣はこのモデルの生産を決め、1,000台を発注した。これは、経営陣が参加を目指していた、世界ラリー選手権 (WRC) の、当時のグループ2規定の生産義務台数をクリアするためであった。1964年、997ccのエンジンが、よりストロークの短い998ccのモデルに変更された。これ以降、1967年にクーパーモデルの生産が終了するまでに計12,274台の「クーパー」が販売された。1963年にはよりパワフルな「クーパーS」モデルが相前後して開発、生産された。

「クーパーS」は1071ccのエンジンと、より大型のディスクブレーキを特徴とし、1964年8月のモデルチェンジまでに計4,030台が生産、販売された。当初A型エンジンの排気量UPは1071ccが限界と見られていたが、ダウントン社のダニエル・リッチモンドがボア・ピッチをずらして1275ccまで拡大する手法を考案、イシゴニス、クーパー、リッチモンドの歴史的な3者会談により、量産型の1275クーパーSの計画がスタートした。量産に際して、サーキット・レースのクラス分けに合致した970ccと1275ccの2つのモデルを新たに追加、970ccモデルはあまり売れず、963台が生産された後1965年に生産終了となったが、1275ccの「クーパーS」は40,000台以上が生産され、1971年に生産終了となった。

MK II 1967年 - 1969年
1967年から1970年までの間、イシゴニスは実験モデルとして9Xと呼ばれる Mini の代替モデルを設計していた。この車は Mini よりも高出力であったが、当時 BMC とスタンダード・トライアンフ社の合併で設立されたブリティッシュ・レイランド社の「政治力」によって、結局、生産されることはなかった。しかしこのモデルは技術的にも先進的であったため、もし現実に生産されていれば、他社に対し、1980年代まで競争力を保てたかも知れない、と多くの人々が考えている。

1967年、ボディがMk IIと呼ばれるタイプに変更された。フロントグリルはデザインし直され、リアウインドウも左右に拡大された。ドア上の水切りが廃止され、雨樋も工数を減らしたものに変わった。リアコンビランプは、大きな角型のものへと変更された。

エンジンは、998ccと1275ccの二種類が用意された。998ccモデルは55.000台以上が販売され、1969年に生産終了となった。

1275ccモデルは1969年から1970年にかけて、わずかに改良を施したMk IIIボディを採用した後、1972年1月まで販売された。クーパー社は輸出モデル向けの改造キットの開発と販売に事業を切り替え、1975年まで販売を続けた。

コストと重量がネックとなり、ハイドロラスティックシステムは廃止された。

この頃、 Mini は1969年の映画 The Italian Job(『ミニミニ大作戦』)にも出演しており、その小ささや、走りの良さをクローズアップした小気味良いカーチェイスの演出は、2003年のリメイク版には見られない美点となっている。

1978年 - 1980年(通称MK 4)
初期の特徴でもあったセンターメーターは、この時期をもって廃止される。

1981年 - 1984年 (通称MK 5)
通常の Mini を「Mini H/L」に名称変更。クラブマンシリーズのダッシュボードとメーター周りが流用される。

10インチホイール+フロントドラムブレーキはこの時期までとなる。

1983年、日英自動車が正規輸入元となり、いわゆるディーラー車の販売を開始する。

1980年、オースチン・ミニ・メトロ(この車のエンブレムでは 'Mini' は全て小文字表記になっている)の発売が失敗に終わるとともに、Miniの生産終了が迫っているといううわさが再び持ち上がった。

1981年にはニュージーランドで、ジェフ・マーフィー監督の Goodbye Pork Pie というロードムービーにMiniが出演した。しかしこの頃には多くの国への輸出市場でMiniの人気は低下し始めていた。南アフリカやオーストラリア、ニュージーランドでの生産はこの頃までに全て中止となった。ニュージーランドでは組み立てラインを当時新たに人気が出ていたホンダ・シティの生産に切り替えた。

1980年代を通じて、英国の市場では数多くのMiniのスペシャル・エディションが発売され、これによってMiniは大衆市場向けの製品からファッショナブルなアイコンへと役割を変えていった。現在 Mini が BMW の所有となっており、それに対して BMC の残りの部門がローバー・グループとしてまとめて売却されたのは、Miniが持つこのイメージのためであるとも言える。

人気が高い Mini は、一方ではレトロスタイルのモチーフとしても捉えられており、日本の自動車メーカーによって、Mini を模倣した多くの車が生み出される元となっている。

1985年 - 1988年(通称MK 6)
エンジンがメトロと同じ、A+(エープラス)に変更される。

フロントディスクブレーキが採用され、それに伴い、ホイール径が12インチとなる。

1989年 - 1991年 (通称MK 7)
ブレーキマスターバックを標準装備。

1989年10月、誕生30周年を記念した「サーティー」(4MT 税別179万円)を発表。

1.0LモデルのMini1000生産終了。

1991年 - 1992年(通称MK 8)
メトロのエンジンを流用し、全車種1.3Lとなる。

1991年、待望の「クーパー」モデルが復活する。新しいクーパーは、1960年代のクーパーよりも性能的には若干劣るスペックで一時的に再発売された。この車種は非常に人気を博し、新しい Cooper マークを付けた Mini は、1991年終わりにはフル生産体勢に入った。

1990年10月に登場したERA社チューニングの「ERAターボ」は、大きく出張ったエアロパーツに太いタイヤが威圧感を放った限定車だった。

1991年6月、「ERAターボ」、「クーパー1.3」、カスタムや競技用ベースとしての需要を見込んだ、最廉価版の「スプライト」を日本導入(ERAターボ359万円、クーパー1.3 194万円、スプライト144万円 すべて4MT、税別)。次いで7月、キャンバストップ(4MT 税別175万円)を日本導入。

1992年 - 1996年(通称MK 9)
1992年、全車インジェクション化される。これはメインマーケットである日本市場の要望(クーラー装着が必須のため)からといわれている。ただし、インジェクター化と言ってもシングルポイントインジェクションであり、日本車で主流となっている各シリンダーの吸気ポートに噴射する方式ではない。同年6月、インジェクションモデルを日本導入。クーパー1.3iの4MTのみが62馬力、その他のグレードは 53馬力となった。

1994年にはイシゴニスの甥である ベルント・ピシェッツリーダー(当時のBMW社長)の下、BMW がローバーグループを統括することとなり、MiniブランドもBMWに買収される。

また、同時にBMWは、全く新しいMINIの開発を始める事を決め、膨大な開発予算を計上している。この頃からコストダウンが目立ち始め、特別仕様車の頻繁な発表が相次ぐようになる。

1996年6月、モンテカルロラリー出場車を彷彿とさせる4連フォグランプを装備し、Mk I当時のアーモンドグリーンのボディーカラーをまとった誕生35周年記念モデル、「35thアニバーサリー」(4MT 税別189万円)を日本導入。塗色は他にフレームレッドも用意。

1997年 - 2000年(通称MK 10)
各国の衝突安全基準に対応するため、MiniにSRSエアバッグと、サイドインパクトバーを初採用。この延命策により、Miniの生産打ち切りまで猶予のあることが予想された。

1997年、エンジンを改良。マルチポイントインジェクションエンジンが導入され、点火系が同時点火方式となる。

マルチポイントインジェクション仕様は発表されてから生産終了の2000年までの間、日本には導入されなかった。

1998年1月、13インチホイールと大型フェンダーを装備した「クーパー スポーツパック・リミテッド」(4MT 税別224.9万円)を日本導入。

4月、ポールスミスとのコラボレーションモデル、「ポールスミス」(4MT 税別200.9万円)を日本導入。車内、エンジンタペットカバー、プラグコード、工具入れ、トランク用クッションなどにアクセントカラーのライムグリーンを配した。

8月、1968年のBSCC(ブリティッシュ・サルーン・カー・チャンピョンシップ)のクラス優勝と、総合優勝の30周年記念モデルとして、「クーパーBSCCリミテッド」(4MT 税別229万円)を日本導入。 「クーパー スポーツパック・リミテッド」がベースとなる。

1999年6月、誕生40周年記念の「クーパー 40th アニバーサリー・リミテッド」を日本導入。

同年9月、再び「クーパー 40th アニバーサリー・リミテッド」を日本導入。

2000年当時、ローバーは依然として莫大な赤字を抱えており、BMW はMGローバーのほとんどの部門を整理することを決定した。

MG とローバーは新たに設立されたイギリスの合弁企業であるフェニックス社に売却され、ランドローバーはフォードに売却された。

BMW は ローバーグループにより開発継続中であったMINI、およびブランド名を自社に残し、現在では完全に新しいMINIを生産販売している。

オリジナルの Mini は、少なくともヨーロッパでは、主な競合車種であるフォルクスワーゲン・ビートルやシトロエン・2CV、そして跡継ぎのメトロなどの大衆車達より、長く生き抜いた。最後の Mini は2000年10月に組み立てラインを離れた。この年までに合計で530万台の Mini が生産された。生産終了となる経緯については、各国における衝突安全性や排出ガスの基準見直しによるところが大きいと言われている。末期は生産数のかなりの割合が日本向けとなっていたが、もはや新基準にMiniは合致しなかったのである。

1999年12月、1900年代の カー・オブ・ザ・センチュリー を選ぶ投票がアメリカ・ラスベガスで行われ、 Mini は第2位となり、ヨーロッパ車で最高の得票を得た(Car Of The Century はフォードT型が受賞した)

生産終了後も日本国内のMiniへの人気は根強いものがあり、ミニ・ミニクーパー専門店が全国に数多くある。

バリエーションモデル
異なる市場に向けた様々な派生モデルが生まれた。

* 1961年、バッジエンジニアリングによるウーズレー・ホーネット(1930年代のスポーツカーの名前の復刻)とライレー・エルフ(ラグジュアリーカーの名門ブランド)を投入する。1952年以降のBMC時代、両ブランドは外観が同じで中身(仕様)で差別化されていたが、ADO15では仕様が同じで外観がわずかに異なっている。ホーネットがスポーティー、エルフがより上級な位置付けであったが、そのイメージは主に宣伝によって作られた。

両車とも、リアオーバーハングを延長して車体を3BOXとし、トランク容積を稼いでいる。小ぶりなテールフィンを持ち、リアコンビランプを収めている。フロントデザインも変更され、ミニマムサイズながら上級サルーンとして仕立てられた。プレーンなグリル枠で、縦枠上部に楕円形のウーズレーのイルミネーションエンブレム(行灯式)がついているのがホーネット、盾形のフロントグリルの上枠にひし形のライレーのブルーダイヤモンドエンブレムがついているのがエルフである。

o ウーズレー・ホーネット (Wolseley Hornet):1961-1969 生産台数:28,455台(ウーズレー)
o ライレー・エルフ (Riley Elf):1961-1969 生産台数:30,912台(ライレー)

* モーリス・ミニ・トラベラー / オースチン・ミニ・カントリーマン
1961年 - 1969年(英国のみ)
大衆車として標準的な2ドアのエステートで、上下開き、または観音開きのバックドアを装備している。高級モデルでは、荷室部分とバックドアに木製の飾りフレームがあしらわれている。

* バン / ピックアップ
業務用のライトバンとピックアップトラックモデルである。どちらもエステートモデル同様のロングホイールベースシャーシを使用している。バンのリアクォーターウインドウを省略することにより、イギリスでは税金が安くなることから、若者達にも人気が出た。バックドアは観音開きで、ルーフベンチレーターの設定もある。ピックアップはキャブと荷箱が分かれていないワンピースボディとなっている。

[ 2009/09/17 09:01 ] MINI | TB(0) | CM(0)

Renault 6 - Anuncio Lanzamiento 1969 0'50"

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ルノー・6 (Renault 6) は、1968年から1986年までルノーによって生産・販売されたコンパクトカーである。

ルノー・6はルノー・4をベースに4の上級版として開発され、1968年のパリモーターショーで発表された。ルノー・4と同一のエンジン、プラットフォームを利用していたが、ルノー・4よりも大型化された。デザインはルノー・4よりも現代的にされ、ルノー・16に類似していた。

1970年のモデルまでは、一回り小さなルノー・4の845ccエンジンを積んでいたため、パワー不足によりメディアに批判された。

その後、1970年のパリモーターショーでは、ルノー・8に用いられていた1.1Lクレオンエンジンを搭載したモデルが発表された。そのモデルには新型のトランスミッションや冷却システム、フロントディスクブレーキが採用された。さらに同年、スペイン市場においては自動車税課税非対象の956ccエンジンを搭載したモデルを発売した。

1974年にはヘッドライト形状を円から四角形に変更し、また新型のテールランプやブラックプラスチックグリル、新型バンパーを採用した。

フランスを含む欧州での生産は1980年に終了したが、スペインとアルゼンチンでは1986年まで生産された。また、コロンビアではルノー・9の生産が開始された1984年に生産が中止された。

[ 2009/09/18 09:26 ] RENAULT | TB(0) | CM(0)

Renault Laguna Ⅱ Crusher Commercial 2003 0'40"

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ルノー・ラグナ(Renault Laguna)は、フランスの自動車会社、ルノーが製造する中型自動車。

2代目モデル
ラグナは5ドアセダン/ワゴン共2000年に初代の曲線調から一転、硬質かつ優美な印象のスタイルに生まれ変わった。室内は質感を大幅に向上させ、イグニッションキーを使わず、専用のカードでエンジンを始動させるシステムが採用された。

また、安全性ではユーロNCAPで史上初めて5つ星評価を獲得し、現在のルノーが持つ「高い安全性」というイメージの牽引役となった。

2005年秋、本国では他のルノー車とイメージを合わせた印象のフロントマスクにフェイスリフトし、搭載エンジンでは、ディーゼルエンジンの人気の影で、1.6Lと1.8Lのガソリンエンジンが消滅した。

日本仕様
2.0Lエンジンがワゴンのみ、3.0Lエンジンがセダンとワゴンの両方に用意されていた。トランスミッションは2.0Lエンジン搭載車は4段オートマチック、3.0Lエンジン搭載車はアイシンAW製の5段オートマチックとなっている。いずれもハンドル位置は日本市場に対応した右側である。

日本市場における販売不振により後期型は導入されず、2006年に前期型在庫が全てなくなった時点で日本における販売を終了した。

[ 2009/09/19 10:00 ] RENAULT | TB(0) | CM(0)

Renault Megane CC 2002 0'30"

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ルノー・メガーヌ(Renault Megane)は、フランスの自動車製造会社、ルノー(Renault)の生産するCセグメントの小型乗用車である。

1995年にデビューしたルノーを代表する小型前輪駆動(FF)車で、現行型は2代目にあたる。2世代とも、同社のデザイン担当上級副社長であるパトリック・ル・ケモン(Patrick le Quement)がデザインの総責任者を務めた。2003年の2代目がヨーロッパ・カー・オブ・ザ・イヤーを受賞した。なお、これに先立つ1997年には派生車種であるセニックが同賞を受賞している。2008年にはフランスなどで3代目の販売が開始された。

2代目(2002年-)
2002年にデビュー(日本市場には2003年から導入)。ハッチバックモデルの(見る人によってはあたかもやかんを連想させるかのような)直立したリアウィンドウと、鋭角に突き出したリアゲートパネル、そして鋭く膨らみを持ったボディ側面と、車輪を車体の四隅に追い込んだプロポーションから成る独特のデザインが最大の特徴である。リアデザインはトヨタ・WiLL Viの影響を強く受けている。ボディーサイズは、全長4235mm×全幅1775mm×全高1450mm、ホイールベース2625mm。

このモデルも、3/5ドアハッチバック、4ドアセダン、5ドアワゴン、クーペカブリオレ(日本仕様では「グラスルーフ・カブリオレ」の名称を使用)と、豊富なバリエーション展開を行っている。このモデルも2003年度のヨーロッパ・カー・オブ・ザ・イヤーを受賞した。

ガソリンエンジンは4気筒の1.6L、2.0L、2.0Lターボ、そして2.0L DOHCターボが用意され、ディーゼルエンジンは、1.6L、2.0Lと2.0Lターボディーゼル、 LPガス・ガソリン切り替え式LPG自動車も用意されている。

ヨーロッパの自動車衝突安全性テスト「ユーロNCAP」において最高の5つ星の評価を得るなど、そのデザインだけでなく高い安全性と実用性、信頼性がヨーロッパで高い評価を受けており、ヨーロッパ市場における同クラスのベストセラーカーである。主なライバルはフォード・フォーカスやフォルクスワーゲン・ゴルフ、プジョー・307、オペル・アストラなど。

2005年末にマイナーチェンジが実施され、初代同様ヘッドランプ、フロントグリル、テールランプ等のデザインが変更された。

バリエーション
* メガーヌ・ルノー・スポール
ルノーのモータースポーツ部門であるルノー・スポールがチューンした、224馬力を発生する2.0L DOHCターボエンジンを搭載し、サスペンションや外観、内装をスポーツ走行に適したものにモディファイした高性能モデルである。日本仕様は全て6速のマニュアル・トランスミッション(MT)で、3ドア(左ハンドル)または5ドア(右ハンドル)のハッチバックが用意されている。

* メガーヌ・クーペ・カブリオレ
カブリオレスペシャリストのドイツのカルマン社(後輪直前のサイドシルに"KARMANN"ロゴの刻印がある)の手で、メガーヌの3ドアをベースにして、わずか22秒で自動に開閉するグラスルーフハードトップを持つカブリオレに架装したモデルで、いわゆるクーペカブリオレの一種。2ドア4人乗りのボディを持ち、ルーフクローズ時は490L(オープン時は190L)のトランクスペースを誇る。その上、グラスルーフのためルーフクローズ時も開放感を維持するなど、快適さと実用性を兼ね添えたモデルである。 日本仕様はメガーヌ・グラスルーフ・カブリオレと呼ばれ、全て右ハンドルで、4速のマニュアルモード付オートマチック・トランスミッションを装備する。なお、このクラスの車種としては初のグラスルーフカブリオレであり、カブリオレモデルとしては世界初のユーロNCAPの5つ星を獲得するなど、安全性も売りである。

* メガーヌ・ツーリングワゴン リアシート部分のホイールベースが延長された5ドアワゴンモデルで、投入する市場によって「ツーリングワゴン」、「グラントゥアラー」と呼び名が変わる。

* セニック/グラン・セニック
メガーヌのMPV仕様であり、同カテゴリーのフランス国内およびヨーロッパにおけるベストセラーモデルである。5人乗りの通常ボディのセニックと、ボディを延長して7人乗り(第3列目は、折りたたみ時にフラットな床面になる折りたたみシート)としたグラン・セニックの2タイプが用意されているが、日本にはグラン・セニックのみが2005年9月から導入された。

なお、日本仕様は全て2.0LDOHCエンジンを搭載している。右ハンドルで、4速のマニュアルモード付オートマチック・トランスミッションを装備する。また、全面グラスルーフサンルーフもオプションで用意される。

日本市場導入モデル
日本市場においては、3ドアハッチバック(ルノー・スポールのみ)、5ドアハッチバック、4ドアワゴン、クーペ・カブリオレ(グラスルーフ・カブリオレ)、グラン・セニックの5タイプのボディが用意されている。

ルノー・スポール以外のモデルでは、いずれも4気筒の1.6L、または 2.0Lのガソリンエンジンを搭載する。なお、変速機は5速および6速のマニュアル・トランスミッション(MT)と4速のマニュアルモードつきオートマチック(AT)が用意されている。いずれも右ハンドルのみが用意されている。

また、グラン・セニックには全面グラスルーフサンルーフが標準装備されているほか、5ドアハッチバック(ルノー・スポールを除く)と4ドアワゴンモデルに全面グラスルーフサンルーフがオプションで用意される。

日本市場未導入モデル
ヨーロッパやオセアニア、台湾、南アメリカ市場ではLPガス・ガソリン切り替え式LPG自動車、ディーゼルエンジン、ターボディーゼル搭載モデルも用意されているが、日本市場には導入されていない。

* メガーヌ・スポーツサルーン(Megane Saloon)
メガーヌの4ドアセダン仕様である。ヨーロッパの一部の地域、シンガポール、台湾、中華人民共和国、オセアニア、南アメリカなどに導入されている。

テレビCM
メガーヌ・ルノースポールのテレビCMには、2005年にルノーF1をドライブしてチャンピオンを獲得したフェルナンド・アロンソが出演しているが、日本では放映されていない。また、グラスルーフカブリオレの日本向けCMソングにジャズシンガー、小林桂の『East of the Sun』が起用されていた。

[ 2009/09/20 10:01 ] RENAULT | TB(0) | CM(0)

Kia Sorento Xm 0'30"

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キア・ソレント (Kia Sorento) は、韓国の起亜自動車が生産する中型SUVである。

2代目(XM型、2009年-)
2009年4月 ソウルモーターショーで発表後、発売。車名を「ソレントR」とした。先代のフレーム構造から一転、乗用車と同じモノコックボディを採用している。2.7L・LPG(162PS)、2.4L・ガソリン(175PS)、2.2L・ディーゼル(200PS)の3種のエンジン全てに6速ATを搭載するが、このうち4WDの設定があるのは2.2L・ディーゼルのみである。尚、2.2Lディーゼルは低公害車としての認証を受け、軽油自動車環境改善負担金が5年間免除の対象となっている(ソウル市基準で約70万ウォン)。

装備面に目を移すと、リヤコンビレンズにLEDを採用したりJBLと共同開発したオーディオシステム、スマートエントリー&プッシュスタートシステムを備えるなど先代以上に豪華となっている。

尚、欧州市場へは同年9月、北米市場へは2010年上半期ごろから導入される予定。

その他
キアは、マンチェスター・ユナイテッドで活躍する朴智星にソレントを提供したが、英デイリーエクスプレス紙の報道で、朴がソレントで練習場へ乗り付けると、ベンツや英国車を運転するチームメイトが嘲笑し、練習後にワイパーの損傷やパンクが発見されたと報じられた。同様の事件が再発したため、朴は練習の際にドイツ車を使用するようになったという。

[ 2009/09/21 11:46 ] KIA | TB(0) | CM(0)

Renault Scenic Comercial Colombia 0'40"

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ルノー・セニック (Renault Scénic) は、フランスの自動車製造会社、ルノー(Renault)の生産するMPV(ミニバン)である。

ルノーを代表する小型前輪駆動(FF)車メガーヌ のMPV仕様であり、同カテゴリーのフランス国内およびヨーロッパ市場におけるベストセラーモデルである。

1代目はメガーヌのバリエーションのひとつで、成功を収めていたルノー・エスパスの弟分的なモノスペースカーとしてデビューし、1997年にメガーヌと共にヨーロッパ・カー・オブ・ザ・イヤーに輝いている。フロアパネルが2重になっているのが特徴で、後席の足元には床下収納があった。また後席3席が独立して着脱やスライドができ、5席全て違う色にすることができるなど、パッケージングやシートの構造に革新的な思想が盛り込まれた。

日本における正式導入は1998年より。ヤナセ資本の”フランス・モーターズ”が導入した。1代目はメガーヌ・セニックと名乗り、当初はボディカラーにかかわらず、前後のバンパーがグレーに塗装されていた。 1999年以降ルノー セニックとなったが、ボディ各所にはMeganéのロゴが残っていた。そして、1代目のフェイズ1からフェイズ2への過渡期のモデル「カレード」が登場する。これは外観はフェイズ1と変わらず、バンパーがボディ同色となり、サイドエアバッグの追加や学習機能付プロアクティブ4速AT(DP0)に変更されたモデルである。

2000年にフェイズ2となる。フロントフェイスなど外観の変更のほか、エンジンのDOHC化などの仕様変更、フルタイム4WDのRX4(5速マニュアルのみ)も追加された。

この1代目セニックのオートマチックトランスミッションの多くはフェイズ1、フェイズ2にかかわらず、ATFの油温上昇によりトルクコンバーターから駆動力が伝わらなくなり、最悪動かなくなるものもある。この現象はインポーターも確認しているが、完全な対策部品が無く、2008年1月現在リコールにはなっていない。現行型は2代目にあたり、本国デビューは2003年である。

5人乗りのセニックと、3列目に折り畳みシートが装備された7人乗りのグラン・セニック (Grand Scénic) の2タイプが用意されている。日本市場にはグラン・セニックのみが2005年9月に導入された。ヨーロッパ市場における主なライバルはフォルクスワーゲン・ゴルフトゥーランやプジョー・307SW/ブレーク、シトロエン・クサラ・ピカソ、シトロエン・C4ピカソ、オペル・ザフィーラなど。

ヨーロッパの自動車衝突安全性テスト「ユーロNCAP」において最高の5つ星の評価を得ている。

バリエーション
日本で販売されているモデル
2005年9月に7人乗りのグラン・セニックのみが日本市場に導入された。右ハンドルで2.0ℓDOHCのガソリンエンジンを搭載する。変速機は4速オートマチック(AT)が用意されており、オプションで全面グラスルーフ・サンルーフ仕様を選ぶことが出来る。なお、5人乗りのセニックも一部の並行輸入業者が独自に輸入・販売している。

また、初代モデルも日本市場に導入されていたが(2駆モデルと4駆モデルの両方)、モデルチェンジを機にしばらく輸入が停止されていたため、久しぶりの日本市場への導入となった。

日本市場未導入モデル
他の一部のヨーロッパ市場やアジア・太平洋市場、アフリカ市場などには5人乗りのセニックや、LPガス・ガソリン切り替え式LPG自動車、ディーゼルエンジン搭載モデルも用意されているが、日本市場には導入されていない。

セニックGPL車
1990年後半から2000年初頭頃、フランスではLPG自動車ブームがおこる。年率500パーセントの伸びを示していた時もあり、フランスの自動車メーカー各社は全ラインナップにLPG車をラインで生産し用意していた。 欧州メーカーや日本車もフランス向けにはLPG仕様車を投入。他のルノー車と同様に、セニックにもLPガス・ガソリン切り替え式LPG自動車が用意されていた。 フランス表記ではLPGのことをGPLと呼ぶ  2009年現在では、オブションでLPG自動車に仕立てている。

[ 2009/09/22 00:23 ] RENAULT | TB(0) | CM(0)

Volkswagen Scirocco 2008 10'00"

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フォルクスワーゲン・シロッコ(Volkswagen Scirocco)はドイツの自動車メーカー・フォルクスワーゲンが1974年に発売した、3ドアハッチバックのスペシャルティカーである。1992年に一旦消滅し、コラードに世代交代したが、2008年より新型が再登場している。シロッコとは初夏にアフリカから地中海を越えてイタリアに吹く暑い南風(あるいは東南風)を言い、マセラティが車名に用いている「ギブリ」の別名である。パサート(貿易風)、ゴルフ(メキシコ湾流)同様、風をテーマとした命名である。

3代目(2008年-)
2006年のパリサロンで「フォルクスワーゲン・アイロック(Iroc)」というコンセプトカーが発表されて二年後の2008年になって、三代目シロッコは発売された。コラードが1995年に消滅以来13年ぶりのクーペモデル復活であった。全長4256mm・全幅1810mm・全高1404mmという幅広く短い、ロングルーフを特徴とする独特なそのスタイルからは先代との共通点は伺えないが、かつてのシロッコの精神的な継承者であるとされている。エンジンは最新のゴルフⅥと共通の、VW得意のツインチャージャー直列4気筒1400cc120-158馬力、2000cc197馬力、2000TDI140馬力が用意されている。

日本への輸出
初代・二代目は当時の輸入元・ヤナセの強力な販売力によって多数が輸入されたが、三代目もフォルクスワーゲン グループ ジャパンによって5月25日輸入開始となった。日本市場向けには1400ccツインチャージャーエンジン搭載の「TSI」(392万円)と2000ccターボの「2.0TSI」(447万円)の二種類が用意された。

[ 2009/09/23 07:03 ] VOLKSWAGEN | TB(0) | CM(0)

Alfa Romeo 147 0'47"

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147は、イタリアの自動車会社アルファ・ロメオで製造、販売するハッチバック型の乗用車である。

145/146の後継車種で、2000年のパリ・オートサロンでデビューを飾り、2001年のヨーロッパ・カー・オブ・ザ・イヤーを受賞している。2004年に大幅な改良が加えられた。

トランスミッションは、セレスピードと呼ばれるセミオートマチックトランスミッションを採用した。156で初めて採用されたセレスピードは、この間に細部の改良が進み、格段に故障が少なくなったばかりか、変速時のタイムラグも若干ながら改善された。またステアリングの表側に設置されていた変速ボタンは、ステアリングホイール裏側のコラムにパドルの形で移設された。

6エアバッグや高級オーディオ、各種の走行安全装置を搭載することから価格は200万円台後半~400万円台後半となり、コンパクトカーとしては非常に高価な部類になる。しかし、各社も追随して同様の車種を販売していることから、プレミアムコンパクトという乗用車の中のカテゴリーを築くことに貢献したと言える。

駆動方式は、全グレードFFである。

サスペンションは、フロントにダブルウィッシュボーン、リヤにマクファーソンストラットを採用し、前後ともにコイルばねである。

デザインはアルファ・ロメオ・デザインセンターのワルテル・デ・シルヴァ(現フォルクスワーゲングループ)、アンドレアス・ザパティナス(その後スバルに移籍)、ウォルフガング・エッガー(現アウディ)の共同作業による。2004年に行われたフェイスリフトはジョルジェット・ジウジアーロが担当した。

因みにASL・ガライヤのテールランプは前期型のものを使用している。

ボディサイズ
* 全長4170×全幅1730×全高1420、ホイールベース2545(単位はmm)
* フェイスリフト後は、全長4225×全幅1730×全高1450、ホイールベース2545(単位はmm)
* GTAは、全長4200×全幅1765×全高1460、ホイールベース2545(単位はmm)

グレード
* 1.6TSは1600ccの直列4気筒ツインスパークエンジンを搭載した、下位グレードである。2.0TSから一部の安全装置と、BOSE社製のサラウンドシステムを省略したものとなっている。トランスミッションはマニュアルのみ。グレード名の「TS」は、1シリンダーに2本のスパークプラグを配したツインスパークエンジンから来ている。2.0TSも同様。

* 2.0TSは2000ccの直列4気筒ツインスパークエンジンを搭載した、標準グレードである。VDC(横滑り防止機構)、MSR(エンジンブレーキ・トルクコントロール)、アンチロック・ブレーキ・システム等の安全装置とBOSE社製のサラウンドシステムを搭載している。トランスミッションはマニュアルと5速セレスピードの2つが選べる。ドア枚数は3枚/5枚。

* 2.0TIは2.0TSにディスチャージヘッドライトと17インチアロイホイール、革製の内装を装備したグレード。特別仕様であったが、継続して販売されている。TIは Turismo Internazionale の頭文字を取ったものである。

* GTAはボディサイズを横に拡大し、3200ccのV型6気筒エンジンをフロントに横置きに搭載した最上級グレード。アルファロメオ・GTと並び、アルファロメオ伝統のV6エンジン“6(セイ)”最後の搭載車となる。次期モデルからはGM社製ブロックにアルファロメオ製ヘッドを組み合わせる予定となっている。

フロントグリル脇にエアインテークを追加。専用バンバーはターンシグナルの位置を変更し、GTA専用の意匠となっている。車幅は他のグレードよりワイド化。全長約4.2mのコンパクトカーらしからぬ大排気量、高出力エンジンを搭載したことで、ドライバーの理性と運転技術を問う車となっている。トランスミッションはマニュアル(左ハンドルのみ)と6速セレスピード(右ハンドルのみ)の2つが選べる。3ドアのみ。内装にGTAのロゴマークを配置し、インストルメンタルパネルも濃い灰色を基調にデザインされており、他の147とは差別化が図られている。ホイールはスピードライン製17インチGTA専用アロイホイール。フロントブレーキキャリパーはブレンボ製(ブレーキローター径が年式により大型化されている)。147カップではチューンナップした2.0でもノーマルGTAにはかなわないというまさに現在のスーパーホットハッチ。ライバル車にフォルクスワーゲン・ゴルフR32、BMW130iM-Sport等がある。

日本での販売
日本へは2001年に上陸を果たし、「2002年度インポートカーオブザイヤー」や「2002-2003グッドデザイン賞」を受賞するなど、日本国内での評価は高い。

主に、フィアット&アルファロメオ・モータース・ジャパンにより輸入され、種類も1600ccのエンジンを積んだものから、3200ccのエンジンを積んだものまであり、ハンドル位置やドア枚数などを含めて輸入車としては異例の幅広さで用意されている。

[ 2009/09/24 07:58 ] ALFA ROMEO | TB(0) | CM(0)

Alfa Romeo 8C Competizione 1'42"

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アルファロメオ・8Cコンペティツィオーネ(8C Competizione)は、イタリアの自動車メーカーアルファ・ロメオが販売するクーペ型のスポーツカーである。

「8C」は1930-1940年代のレーシングカーのコード名、「コンペティツィオーネ」は1949年と1950年にミッレミリアで活躍した「6C 2500 コンペティツィオーネ」に由来している。

2003年のフランクフルトモーターショーでコンセプトモデルを発表。マセラティ・3200GTをベースに第二次世界大戦前のアルファ・ロメオを彷彿とさせるエクステリアデザインが与えられた。エンジンは3200GTと同じマセラティ製の3.2L V8 ツインターボエンジンをフロントに搭載していた。

2006年のモンディアル・ド・ロトモビルで量産型を発表。全世界500台の限定生産で、アルファ・ロメオにとっては久々の2シーターFRクーペである。

アルファデザインセンターによるデザインに大きな変更はなく、生産はイタリアはモンツァのマセラティの工場で行われる。

エンジンはコンセプトモデルから変更され、4.7L V8 自然吸気エンジン(450ps/7000rpm、470Nm/4750rpm)となった。最大トルクの80%を2500rpmで発生する一方、レブリミットは7500rpmと高回転型のエンジンに仕上がっている。

トランスミッションはフェラーリの「F1マチック」、マセラティの「カンビオコルサ」と同じ6速セミATの「Qセレクト」である。

2006年10月、日本で予約受付を開始。価格は2200万円。200人以上の応募があったため、早々に締め切られた。[2]結局日本への割り当て台数を増やし、イタリアに70台、アメリカ合衆国に99台、日本には70台が割り当てられた。

2007年4月、日本で初披露されたが、この時にはすでに完売しているという異例の事態となった。

クーペボディの他、オープンモデルも発売された。 フルカーボンボディモデルの他、少量だが数種類のボディ(FRP製)も試作され、市場に出回っている様だ。

[ 2009/09/25 08:46 ] ALFA ROMEO | TB(0) | CM(0)

Alfa Romeo 159 SW Spot Il Cuore ha sempre ragione 2006 1'00"

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アルファロメオ・159(アルファ159とも)は、イタリアの自動車メーカー・アルファ・ロメオが製造、販売する中型セダン。

ヒット作アルファ156の後継にあたり、2005年から生産が開始された。外観デザインはジョルジェット・ジウジアーロとアルファ・ロメオ・デザインセンターとの共同作業によるもので、フロントフェイスは、先立ってコンセプトカーが公開されたアルファロメオ・ブレラのイメージを色濃く反映している。

GMと共同開発されたプラットフォームが用いられ、これは上述のブレラも同様である。エンジンは1.9、2.2もしくは3.2リッターのガソリンエンジンと、1.9もしくは2.4リッターのディーゼルエンジンがラインナップされ、3.2リッターガソリンのみV型6気筒、それ以外は直列4気筒となる。

駆動方式はフロントエンジン・フロントドライブを基本とし、Q4と呼ばれる四輪駆動も用意される。アルファ156にも設定されていたスポーティグレードGTAは2006年に追加される予定であると発表されている。

カラビニエリのパトカーや在外公館(大使館)、官庁の専用車としても多く使用されている他、アルファ・ロメオがトリノオリンピックのオフィシャルスポンサーとして参画した際、数十台のアルファ159が組織委員会のオフィシャルカーとして提供された。

MT車、及び2.2L selespeed装着車には坂道発進をスムーズにする「ヒルホールドシステム」が搭載されている。

[ 2009/09/26 09:01 ] ALFA ROMEO | TB(0) | CM(0)

Alfa Romeo 166 Rusia Commercial 1'16"

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アルファ・ロメオ 166(Alfa Romeo 166)は1998年から製造されているイタリアの自動車メーカーアルファ・ロメオのフルサイズセダンである。

1999年のモンディアル・ド・ロトモビルで164の後継車として登場。156や159の上位に位置するフラッグシップモデルである。ピニンファリーナのデザインであった164に対し、デシルバのデザインによる特異的な面構えは賛否両論であった。

欧州には2.0L 直4 ツインスパークや2.0L V6 ターボ、3.2L V6のガソリンエンジンや2.4L 直5のディーゼルエンジンを搭載するモデルも存在していたが、日本に正規輸入されたのは3.0L V6および2.5L V6のガソリンエンジンのみ。

また、トランスミッションは欧州では6速/5速MT、アイシン精機製5速ATもラインナップされているが、日本にはZF製4速ATを搭載したモデルが導入されている。

2001年、日本への2.5L V6エンジンモデルの輸入を中止するとともに、3.0L V6エンジンを36101型に変更。

2004年、マイナーチェンジ。フェイスリフトを行い、ジョルジェット・ジウジアーロによってデザインされた大きな盾型のグリルを採用するなどフロント周りのデザインを変更した。

[ 2009/09/27 09:33 ] ALFA ROMEO | TB(0) | CM(0)

Alfa Romeo 156 SportsWagon Commercial Catherine Zeta Jones 0'45"

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Catherine Zeta Jones - Commercial Alfa Romeo 156 sportswagon
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156は、イタリアの自動車メーカーアルファ・ロメオが1997年から2005年にかけて製造、販売していた中型セダン。155の後継にあたり、スポーツワゴンもラインナップする。アルファ156とも呼ばれる。アルファ・ロメオ史上、最も成功したモデルとの呼び声も高い。

2005年には、後継車である159セダンの生産、販売が開始された。

セダン
1997年のフランクフルトモーターショーで生産型が発表され、日本では1998年5月に1度発売された。1998年度のグッドデザイン賞を受賞している。デザインはワルター・ダ・シルバが担当。

日本仕様車のエンジンは2リッター直列4気筒と、2.5リッターV型6気筒の2種類。トランスミッションは当初2リッターには5段MT、2.5リッターには6段MTが組み合わされ、後にそれぞれセレスピード(フェラーリのF1ギアシステムを元にしたセミオートマ)、2.5リッターには4段Qシステム(MTのようなシフトレバーを持つAT)が追加された。

2002年7月には、2リッターエンジンはそれまでのツインスパークから三菱自動車のGDIエンジンのパテントを獲得した直噴エンジンJTSに換えられ、さらに3.2リッターV6エンジン搭載のスポーティモデルGTAがラインナップに追加された(詳細は後述)。しかしツインスパークが姿を消した事によって「アルファらしいエンジンが無くなってしまった」と嘆くファンも存在している。

2003年9月に外観を変更し、ジョルジェット・ジウジアーロのデザインしたアルファロメオ・ブレラに似たフロントマスクが採用された。

2004年にはスポーティグレードTI(伊:Turismo Internahydezionaleの略)を設定。これは、2リッター、および2.5リッターモデルをベースに外観やホイール、サスペンションにスポーティな装備を施したものである。また同時に、2リッターモデルにMTが設定された。

スポーツワゴン
日本での発売は2000年9月。当初は156の名を持たず、単にアルファ・スポーツワゴンと名乗っていたが、2002年9月からアルファ156スポーツワゴンと改称。ワゴンとしての利便性よりもスタイルを重視したモデルで、トランク容量などは小さい。なお、日本向けにはMTの設定はない。

エンジン、サスペンション形式などはセダンと共通。ただし、荷物積載時の姿勢変化を抑えるため、セダンにはないセルフレベリング機構を採用している。

GTA
GTAはセダン、スポーツワゴンの両方に設定されたスポーティクレードである。 旧来のアルファ・ロメオにおけるGTAのAはイタリア語で軽量化を意味するAlleggeritaの頭文字で、1965年に登場したジュリア・スプリントGTAではベースモデルからおよそ200kgの軽量化を実現していた。

しかし、156GTAでは逆に全ラインナップ中で最も重くなっており(セダン<セレスピード>2リッターモデルの1300kgに対し、同GTAは1420kg)、あくまでもイメージ先行の命名である。そのためエンスーな自動車評論家の中には、似非GTAと称して否定的な態度を取る者もある。

とはいえ、183kW=250馬力を発生する3.2リッターV6エンジンは前輪駆動車としてはこれ以上望むべくもないスペックであり、専用設計のサスペンション、エアロパーツなどとも相俟って、一定の人気を博している。

日本では2002年からセダンは6速MT、ワゴンは6速セミAT(セレスピード)仕様のみが導入されていたが、2005年2月にセダンにもセレスピードが設定された。

[ 2009/09/28 12:12 ] ALFA ROMEO | TB(0) | CM(0)

Alfa Romeo GT Q2 0'30"

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アルファロメオ・GTは、イタリアの自動車メーカーアルファ・ロメオ社が製造、販売していたクーペ型の自動車である。

2003年のジュネーブ・モーターショーで発表。 2ドア+ハッチゲートを持つ車体はベルトーネ社のデザイン。 『アルファGT』と呼ばれることが多い(フィアット・オート・ジャパンの公式HPなどでも『アルファGT』と呼称されていた)。 主要部分を147と156の部品を流用して作られた。プラットフォームを含めた主要コンポーネンツは156の発展系だが、フロントサスペンションは147GTA、リアサスペンションは156スポーツワゴン用がベースとなっている。またフロントフェンダーは147GTAの物を、ドアやダッシュボード、シート等は147のデザインを採用している。特にダッシュボードは147と殆ど変わらないデザインだが、センターコンソールとメーターリングの色を 147GTA仕様にし、シフトノブ周辺のデザインもGT専用にアレンジする事で上手い具合に高級感を演出している。 クーペではあるが、独立したトランクではなくハッチバックを採用しており、またスペース効率に優れたリアサスペンションを採用している事もあり、荷室容量は156スポーツワゴンに匹敵するほど大きい。後部座席もあり、長距離の移動でなければ大人2人が普通に過ごせる空間はある(乗車定員は5人)。スポーツカーというよりは(その名の通り)グラントゥーリズモとしての性格が強い。

エンジン
日本仕様に設定されたエンジンは以下の2種類。いずれにもガソリンエンジンである。

* 2.0L 直列4気筒 DOHC JTS直噴エンジン
* 3.2L V型6気筒 DOHCエンジン(2008年8月をもってラインナップから消滅)

3.2LのV6エンジンは147GTAや156GTAに積まれる物とベースは同じだが、出力は若干デチューンされている。尚、欧州では1.8Lのガソリンエンジンや1.9Lのディーゼルエンジンも設定されている。

グレード構成
日本では2004年6月より導入開始。デビュー当初のライナップはエンジンや装備の違いにより3種類あり、2.0Lエンジンを積んだ「2.0JTSセレスピード」とその豪華装備版たる「2.0JTSセレスピード・エクスクルーシブ」、3.2Lエンジンを積んだ「3.2V6 24V」。変速機は直4モデルには5段セレスピード、V6モデルには6段MTが組み合わされる。なお、日本の純正仕様では、直4モデルは右ハンドル、V6モデルは左ハンドルのみの設定となっている。

2004年11月には「2.0JTSセレスピード」をベースに内外装に手を加えた「ディスティンクティブ」、及び「プログレッション」が限定車として追加された。

2006年4月には「2.0JTSセレスピード」をベースに内外装に手を加えた「スポルティーバ」、及び「コレッツィオーネ」が限定車として追加された。

2008年3月には「2.0JTSセレスピード」をベースに内外装に手を加えた「スポルティーバII」、及び「コレッツィオーネII」が受注生産の形で追加された。

2006年、ブレラの登場により日本市場からの撤退も噂されたが、幾度かの限定モデル追加等を経て2008年8月で販売は終了した。

[ 2009/09/29 13:16 ] ALFA ROMEO | TB(0) | CM(0)

AE86 VS R34GT-R 1'48"

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AE86_VS_R34GTR.jpg
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土屋86VSR34GT-R
久々の会話無し、マジ走りが見れそう。

※ 音がでかいです。再生する時には注意が必要です。

[ 2009/09/30 16:53 ] OPTION/HOTVERSION | TB(0) | CM(0)
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