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あぶない刑事 カーチェイスシーン 1'15"

トップページMOVIEカテゴリーあぶない刑事 カーチェイスシーン
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1980年代を代表する刑事ドラマ
1986年10月、最初のテレビシリーズである『あぶない刑事』が(毎週日曜夜9時)放送を開始する。当初は2クール(半年間)で終了の予定だったが、回を重ねるごとに注目を集め、さらに2クール(半年間)放送され、結果1987年9月までの1年間放送された。

その余勢を駆って、最初の劇場映画『あぶない刑事』が1988年の正月映画として製作・公開された。

1988年夏、劇場映画第2作『またまたあぶない刑事』が制作・公開された。同年秋からスタートのテレビ第2作目『もっとあぶない刑事』放送に先駆けるかたちでの公開であった。テレビ第2作目はかつて『太陽にほえろ!』が放送されていた枠(金曜夜8時)で2クール(半年間)放送、それに続く形で劇場映画第3作『もっともあぶない刑事』が制作・公開され、この作品をもって一旦は区切りを迎えた。

7年振りの復活、そして終幕?
しかしながら、続編を望む多くのファンの声に応え、7年後の1996年秋、当時の主なオリジナルキャストが再結集する形で劇場映画第4作『あぶない刑事リターンズ』が制作・公開された。あぶない刑事の成功を足掛かりに舘ひろし・柴田恭兵・浅野温子・仲村トオルの主要キャストはビッグネームの一流俳優に成長し、それぞれに別の刑事役が定着しており、再製作に際しては各俳優の承諾が必要な状態であったであろうから「正統派続編」というよりむしろ「復活お祭り騒ぎ」的な要素が強い作品であった。そのため各俳優の演技にお遊び要素が見られる他、ミサイルが港署を通過するなどストーリーも荒唐無稽な部分が強く見られた。またこれまでのシリーズでの最大の敵組織だった銀星会が「もっとも-」で壊滅した(あるいはそれに近い状態に衰退)ために新たな敵として当時カルト教団による犯罪が発生したこともあってカルト犯罪組織を据えたのも時代の流れだと考えられる。

「リターンズ」が一定の成功を収めたため、その2年後の1998年秋、前編が『TVスペシャル'98』放映、後編が劇場映画第5作『THE MOVIE』公開とテレビ・映画のメディアミックスによる作品『あぶない刑事フォーエヴァー』が制作された。「リターンズ」で見られたように劇場版は、タンカーが横浜に突っ込んでくるなどお遊び要素が強かったが、往年のファンには、TVシリーズのオープニングの焼き直しや、かつてTVシリーズや映画「またまた-」まで使われていたインストの曲を使用して、昔の雰囲気を強く残したテレビスペシャルの評価が高かった。しかし、同時期にフジテレビが制作した映画『踊る大捜査線 THE MOVIE』が世間の注目を集めてしまった。1980年代を代表する刑事ドラマの一つではあったが、1990年代を代表する刑事ドラマに話題を奪われる一方で『-THE MOVIE』のラストシーンで暗示するように、この作品をもってシリーズが終焉を迎えたかに思われた。

「リターンズ」「フォーエヴァー」は、タイトルの付け方が「またまた」「もっと」「もっとも」と続いた「『あぶない』を修飾する言葉を付ける」という方式から外れている。(それぞれの公開当時にハリウッドで製作/公開された「バットマン」シリーズのタイトルの付け方に酷似しているが関連性は特に見られない)

あぶない刑事フォーエヴァー THE MOVIEでのカーチェイスで使われた車
第2世代のファイヤーバードは、リア・ウィンドーのトップからほぼ直角的に落ち込むラインを持ち、より鋭角的なボディ・デザインを施されていた。この形状は、F-ボディを利用して最も長期に渡って製造されたファイヤーバードを代表するものである。この新世代のデザインは、リア・ウィンドーが大型化される1975年モデルまで、大きなCピラーを特徴としていた。

1970年モデルには、1969年から持ち越されたラム・エアーIII(335馬力、GTOの366馬力)とラム・エアーIV(345馬力、GTOの370馬力)の2種類のラム・エアー400エンジンが用意された。特徴的な傾斜したフロント・ノーズは、1977年(1979年にいくぶん修正される)に登場した。

1977年から1981年まで、カマロが2灯丸型ヘッドライトを保持し続ける間、ファイヤーバードは4灯角型ヘッドライトを導入した。第2世代で搭載が選択可能となる455エンジンは、恐らくマッスルカー世代で最後のハイパフォーマンス・エンジンである。455エンジンは、1971年に初登場した。1973年と1974年に、455(SD-455と呼ばれる)の特別版も供給された。SD-455はポンティアックの366ナスカー・エンジンからのコンポーネントを利用して、540馬力を発生するレース用のエンジンとして造られたが、同時に環境保護庁とGMの協議の結果、車両は300馬力を上回らないことを義務づけられた。結果としてPMDエンジニアは290馬力でSD-455を登場させた。しかし実際には 371馬力(またはグロスでおよそ440馬力)を発生していた。同エンジンが魅力的であったのは、500馬力以上の仕様に楽に戻すことが出来た事であった。SD-455は、これまでポンティアックが製造したピュア・スポーツカーエンジンの最終形で最強のエンジンであると考えられている。ポンティアックは 455cuiを数年間提供したが、排出ガスに対する規制が強化され終焉を迎える。455cui搭載車は7,100台に留まった1976年のトランザムは、「ビッグ・キューブ・バーズ」の終焉でもあった。1974年にはI6エンジンと、350cuiエンジン(V8、185馬力)、400cui エンジン(V8、175~225馬力)をラインナップした。SD-455が290馬力を生じる一方で455は215と250馬力を生じた。400、455 とSD-455エンジンは1974年の間にトランザムに供給された。しかし、400と455エンジンは1975年と1976年のモデルの唯一のオプションであった。

1976年、ポンティアックは同社の50周年を祝してトランザムの特別版をリリースした。金のアクセントで黒に塗られ、これは最初の記念パッケージであり、最初に生産されたブラックとゴールドの特別版であった。1977年、ポンティアックは180馬力の400cui(6.6L)とは対照的に、T/A6.6L400180馬力と評価される(オプションW72)を供給した。カリフォルニアとハイパフォーマンス車は、オールズ403エンジンを搭載した。1977年の、GMエンジンより僅かに高い圧縮比と日用的なトルクバンドを有したエンジンであった。1978年から始まって、GMエンジニアは、より小さな燃焼室で異なるシリンダーヘッドを通してポンティアック400で圧縮比を上げることによって、長年落ちていた馬力を向上させた。これは、1978~79モデル年の間に合計220の車で10%馬力を増加させた。400/403オプションは1979年まで搭載可能で400cuiのエンジンには、4速トランスミッションが装備された。また、1979年には、シルバー・ボディにシルバー・インテリアを持つ10周年モデルが発売され、同時にファイヤーバードのエンブレムがエンジン・フードに大きく描かれた。

1980年は、ファイヤーバードのエンジンが劇的に変化した年であった。301エンジン(オプションとして1979年に提供される)は、同年モデルの標準装備エンジンであった。オプションは、ターボ付き301エンジンとシボレー305スモール・ブロック・エンジン。第2世代最後の年となる1981年、ファイヤーバードは前年モデルと同じエンジンを搭載し電子制御の燃料供給システムを追加しただけの変更にとどまった。

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[ 2009/02/01 18:20 ] MOVIE | TB(0) | CM(0)

Holden Barina Matador 0'47"

トップページHOLDENカテゴリーHolden Barina quot Matador quot Holden_Barina__quot_Matador_quot.jpg
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ホールデン・バリーナ(Holden Barina)とはGM傘下のホールデンがオーストラリアとニュージーランドで発売しているハッチバック車である。自社開発ではなくすべて他社のOEMである。

初代(1985年~1994年)
スズキ・カルタス(現地名:スイフト)のバッジエンジニアリングとして登場した。

2代目 (1994年~2001年) 2代目はドイツのオペルからコルサBをスペインから輸入し、ホールデンのディーラー網で販売した。

3代目(2001年~2005年)
3代目も2代目同様、オペルからOEM供給を受けて販売した。ベースはコルサC。

4代目(2005年~)
韓国のGM大宇からOEM供給を受けている。ベースはデーウ・カロス。

[ 2009/02/02 18:37 ] HOLDEN | TB(0) | CM(0)

Pub Ope Corsa ECO 1996 0'20"

トップページOPELカテゴリーPub Ope Corsa ECO 1996 Pub__Opel_Corsa_ECO_-_1996.jpg
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コルサ (Corsa) は、GMグループの小型乗用車である。1982年発売。 オペル(ドイツなど)、ヴォクスホール(イギリス)などGMグループ各国のブランドで販売されている。 GMのサラゴサ工場(スペイン)をはじめ、ブラジル、メキシコ、南アフリカ、インドなどでも製造されている。

日本では『Corsa』(トヨタ・コルサ)が商標登録され販売されていたので、『Vita』(オペル・ヴィータ)として販売された。2008年現在では日本では販売されていない。

コルサ-C (日本名:ヴィータC)
* 欧州:2001年販売開始
* 日本:2001年~2003年モデルをGMが輸入販売、ヤナセでも併売。日本でのCMキャラクターにhitomiを起用。

[ 2009/02/03 18:58 ] OPEL | TB(0) | CM(0)

Opel Corsa A Werbung - Vauxhall Nova Labamba 0'41"

トップページOPELカテゴリーOpel Corsa A Werbung - Vauxhall Nova Labamba Opel_Corsa_A_Werbung_-_Vauxhall_Nova_Labamba.jpg
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コルサ (Corsa) は、GMグループの小型乗用車である。1982年発売。 オペル(ドイツなど)、ヴォクスホール(イギリス)などGMグループ各国のブランドで販売されている。 GMのサラゴサ工場(スペイン)をはじめ、ブラジル、メキシコ、南アフリカ、インドなどでも製造されている。

日本では『Corsa』(トヨタ・コルサ)が商標登録され販売されていたので、『Vita』(オペル・ヴィータ)として販売された。2008年現在では日本では販売されていない。

コルサ-A(日本名:オペル100i/130GT)
* 欧州:1982年発売開始。後期型のCMにはトムとジェリーのキャラを使用(ちなみに、場面に、天国と地獄や、勝利は我がにや、メリークリスマスの一部が登場。)。

* 日本:東邦モーターズが少量輸入

[ 2009/02/04 11:26 ] OPEL | TB(0) | CM(0)

Opel Calibra Werbung - Vauxhall launch ad - 1989 1'00"

トップページOPELカテゴリーOpel Calibra Werbung - Vauxhall launch ad - 1989 Opel_Calibra_Werbung_-_Vauxhall_launch_ad_-_1989.jpg
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オペル・カリブラ(Opel Calibra)とは、ドイツのオペルが開発した自動車のこと。

スペシャリティークーペという位置づけで、1989年に登場。日本では1994年から発売開始。

カリブラはベクトラをベースに開発された車両で、基本的なメカニズムはベクトラと同じ。ボディはCd値が0.26という、空力性能に優れた設計となっている。クーペにしては居住性も高く、6:4分割可倒式シートバックを採用しラゲッジスペースの容量を拡大。実用性も問題無い様に設計されている。

エンジンは2.0L直4のSOHC/DOHCと、FF/フルタイム4WDの駆動方式をそれぞれ選択できた。1991年のマイナーチェンジでは、2.0LDOHCエンジンをベースに独KKK社(Kühnle Kopp und Kausch)製ターボチャージャーによって204psを発生するエンジンと独ゲトラグ社(GETRAG)製6速MTを搭載し4WDで駆動する「ターボ」が、1994年には170psを発生するエコテックV6DOHCがそれぞれ追加された。日本導入モデルは、16V(DOHC+FF・4速AT)とターボの2つ。サスペンションはフロントがストラット、リアがセミトレーリングアーム式を採用。

日本導入モデルにはエアバッグ(1994年モデルは運転席のみ)とABSが標準装備され、オプションにはレザーシートとサンルーフを用意した。

1997年に生産終了。

モータースポーツ
DTM(ドイツツーリングカー選手権) カリブラをベースにしたツーリングカーで1994年より本格参戦。チーム運営はヨーストが担当した。マシンには自然吸気2.5LV6エンジン(500ps)を搭載。ドライバーには元F1ドライバーのK.ロズベルグやJ.J.レートなどを選んだ。95年以降のマシンにはF1のコンストラクター、ウィリアムズも開発に参加し、戦闘力もアップした。

1995年にはK.ルートヴィヒがドライブするマシンがシリーズ3位、翌年にはM.ロイターがドライブするマシンがシリーズタイトルを獲得した。

[ 2009/02/05 11:40 ] OPEL | TB(0) | CM(0)

Werbung Deutschland 1995 Ope Calibra Turbo 0'30"

トップページOPELカテゴリーWerbung Deutschland 1995 Ope Calibra Turbo Werbung_Deutschland__95_Opel_Calibra_Turbo.jpg
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オペル・カリブラ(Opel Calibra)とは、ドイツのオペルが開発した自動車のこと。

スペシャリティークーペという位置づけで、1989年に登場。日本では1994年から発売開始。

カリブラはベクトラをベースに開発された車両で、基本的なメカニズムはベクトラと同じ。ボディはCd値が0.26という、空力性能に優れた設計となっている。クーペにしては居住性も高く、6:4分割可倒式シートバックを採用しラゲッジスペースの容量を拡大。実用性も問題無い様に設計されている。

エンジンは2.0L直4のSOHC/DOHCと、FF/フルタイム4WDの駆動方式をそれぞれ選択できた。1991年のマイナーチェンジでは、2.0LDOHCエンジンをベースに独KKK社(Kühnle Kopp und Kausch)製ターボチャージャーによって204psを発生するエンジンと独ゲトラグ社(GETRAG)製6速MTを搭載し4WDで駆動する「ターボ」が、1994年には170psを発生するエコテックV6DOHCがそれぞれ追加された。日本導入モデルは、16V(DOHC+FF・4速AT)とターボの2つ。サスペンションはフロントがストラット、リアがセミトレーリングアーム式を採用。

日本導入モデルにはエアバッグ(1994年モデルは運転席のみ)とABSが標準装備され、オプションにはレザーシートとサンルーフを用意した。

1997年に生産終了。

モータースポーツ
DTM(ドイツツーリングカー選手権) カリブラをベースにしたツーリングカーで1994年より本格参戦。チーム運営はヨーストが担当した。マシンには自然吸気2.5LV6エンジン(500ps)を搭載。ドライバーには元F1ドライバーのK.ロズベルグやJ.J.レートなどを選んだ。95年以降のマシンにはF1のコンストラクター、ウィリアムズも開発に参加し、戦闘力もアップした。

1995年にはK.ルートヴィヒがドライブするマシンがシリーズ3位、翌年にはM.ロイターがドライブするマシンがシリーズタイトルを獲得した。

[ 2009/02/06 11:54 ] OPEL | TB(0) | CM(0)

Alte Werbung - Opel Vectra Caravan 0'30"

トップページOPELカテゴリーAlte Werbung - Opel Vectra Caravan Alte_Werbung_-_Opel_Vectra_Caravan.jpg
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ベクトラ(Vectra)はゼネラルモーターズ (GM) 傘下のオペル(イギリスではヴォクスホール)が販売する中型乗用車。欧州ではDセグメントに属し、オペルの最上級車に位置づけられる。

ベクトラは欧州以外のオペルブランドが展開されていない地域でも販売されているものの、ホールデン(オセアニア)向けをはじめとしてGM大宇製のシボレー・エピカへの置き換えが進んでいるため、現在では中南米のいくつかの国(メキシコ、チリなど)でシボレーのブランドで販売されているに留まる。なお、ブラジルとアルゼンチンではアストラHがベクトラの名称で販売されている。

Vectra-B
2代目モデルであるVectra-Bは1995年に登場。このモデルからステーションワゴンがボディラインナップに加わる。

直列4気筒もしくはV型6気筒ガソリンエンジンを搭載し、駆動方式はFFである。ディーゼルエンジンは引き続きいすゞ製が搭載された。

ヴォクスホールブランドとの呼称統一化を図っていたイギリスではこのモデルから「ヴォクスホール・ベクトラ」となる。

サターン・Lシリーズはベクトラのプラットフォームをもとに開発された。

日本へはセダンが1996年から、ワゴンが1997年から導入されたが、ハッチバックは導入されなかった。 グレードは両ボディ共に、直列4気筒のGLとCD、V型6気筒のCDXが用意された。 組み合わされるトランスミッションは、全車ニュートラルコントロール付き4速オートマチックである。

1998年モデルより全車にサイドエアバッグが標準装備された。またキーホルダー型のキーレスリモコンからリモコン一体型のエンジンキーに変更された。そして2000年モデルより、モール類のボディ同色化、グリルのクロームメッキ化、ドアミラーの大型化がなされた。2001年モデルより全エンジンの刷新が図られ、CDとCDXについては排気量が拡大している。

エンジンはモデル年式によって数種類存在する。

直列4気筒
* 1996年~1998年モデル:X18(1.8L)、X20(2.0L)
* 1999年~2000年モデル:X181(1.8L)、C20SEL(2.0L)
* 2001年モデル:Z18(1.8L)、Z22(2.2L)

V型6気筒
* 1996年~2000年モデル:X25(2.5L)
* 2001年モデル:Y26(2.6L)

[ 2009/02/07 16:25 ] OPEL | TB(0) | CM(0)

Opel Speedster Werbung 1'25"

トップページOPELカテゴリーOpel Speedster Werbung Opel_Speedster_Werbung.jpg
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オペル・スピードスター (Speedster) は、ドイツの自動車メーカーオペルが2001年から2005年まで販売していた自動車である。

オペルの自動車生産100周年を記念したモデルで、同社の量産車としては初の本格スポーツカーとなる2シーターのオープンカーである。ロータス・エリーゼの基本設計を元にロータスと共同開発され、製造もロータスの工場で行われる。エリーゼよりは100kgほど重いものの、870kgの車重は2座オープンカーとしても軽量である。

1999年のサロン・アンテルナショナル・ド・ロトでプロトタイプ(試作車)が出展され、2001年にはオペルの本拠地であるドイツ、生産工場のあるイギリスを皮切りに販売が開始された。イギリスでの名称はヴォクスホール・VX220だった。

前後ともダブルウィッシュボーン形式のサスペンションや、アルミ押し出し材をエポキシ樹脂接着剤を用いて組み立てる手法、FRP製の外装を持つことなどは、基本となったエリーゼと同様ある。しかしながら、エリーゼと共用するコンポーネンツは1割程度であると公表されており、外観デザインもエッジの利いたオペル独自のもので、いわゆるバッジエンジニアリングの類ではない。エアバッグ、ABS、オーディオなどが標準で備わる点も、サーキット志向のエリーゼとは異なる。

搭載されるエンジン2種は、いずれもECOTEC と呼ばれるGM製直列4気筒で、ミッドシップに横置きされ後輪を駆動する。自然吸気版はアストラやザフィーラなどに搭載されるものと同型である。ターボモデルはボディの軽量さとも相俟って、発進から100km/hまで4.9秒で加速することができる。この値は355馬力の3.8リッターエンジンを積むポルシェ・911カレラS(997型)と同等である。

生産台数限定ではなかったが、記念モデルということでダッシュボードにシリアルナンバーが刻印されたプレートが配される。

2002年のモンディアル・ド・ロトモビルでは、このスピードスターをベースにしたエコ・スピードスター なるコンセプトカーが出展された。1.3リッターのコモンレール式ディーゼルエンジンを搭載するエコ・スピードスターは元来軽量なスピードスターをさらに軽量化した上で空気抵抗の低いボディ形状を追究し、燃料1リッター当たり40kmの走行が可能で、それでいて最高速度は250km/hに達すると謳われた。

日本での販売
日本での正規輸入においては、右ハンドル仕様の自然吸気モデルのみが2003年に80台限定で受注生産、販売された(当初は100台の予定であった)。受注生産としたのは、外装やシート、ソフトトップ(幌)の色の組み合わせが82通りに上るため、購入者の意向に沿ったモデルを用意できるように、との配慮である。

同年7月には、日本での購入者すべてを無料で招待したイベント Driving Pleasure with Speedster in Ebisu Circuit が日本ゼネラルモーターズ主催で行われた。

GM大宇でのライセンス生産
GM大宇はスピードスター生産終了に伴う製造ラインの売却を受け、韓国でスビードスターのライセンス生産を開始した。 名称は継承し、仕様は基本的にオリジナルに準じる。 韓国では、かつて起亜がロータス・エランをキア・ビガートとして製造したのと同様の手法でライセンス生産している。

[ 2009/02/08 16:41 ] OPEL | TB(0) | CM(0)

Opel Speedster Diesel 2'06"

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オペル・スピードスター (Speedster) は、ドイツの自動車メーカーオペルが2001年から2005年まで販売していた自動車である。

オペルの自動車生産100周年を記念したモデルで、同社の量産車としては初の本格スポーツカーとなる2シーターのオープンカーである。ロータス・エリーゼの基本設計を元にロータスと共同開発され、製造もロータスの工場で行われる。エリーゼよりは100kgほど重いものの、870kgの車重は2座オープンカーとしても軽量である。

1999年のサロン・アンテルナショナル・ド・ロトでプロトタイプ(試作車)が出展され、2001年にはオペルの本拠地であるドイツ、生産工場のあるイギリスを皮切りに販売が開始された。イギリスでの名称はヴォクスホール・VX220だった。

前後ともダブルウィッシュボーン形式のサスペンションや、アルミ押し出し材をエポキシ樹脂接着剤を用いて組み立てる手法、FRP製の外装を持つことなどは、基本となったエリーゼと同様ある。しかしながら、エリーゼと共用するコンポーネンツは1割程度であると公表されており、外観デザインもエッジの利いたオペル独自のもので、いわゆるバッジエンジニアリングの類ではない。エアバッグ、ABS、オーディオなどが標準で備わる点も、サーキット志向のエリーゼとは異なる。

搭載されるエンジン2種は、いずれもECOTEC と呼ばれるGM製直列4気筒で、ミッドシップに横置きされ後輪を駆動する。自然吸気版はアストラやザフィーラなどに搭載されるものと同型である。ターボモデルはボディの軽量さとも相俟って、発進から100km/hまで4.9秒で加速することができる。この値は355馬力の3.8リッターエンジンを積むポルシェ・911カレラS(997型)と同等である。

生産台数限定ではなかったが、記念モデルということでダッシュボードにシリアルナンバーが刻印されたプレートが配される。

2002年のモンディアル・ド・ロトモビルでは、このスピードスターをベースにしたエコ・スピードスター なるコンセプトカーが出展された。1.3リッターのコモンレール式ディーゼルエンジンを搭載するエコ・スピードスターは元来軽量なスピードスターをさらに軽量化した上で空気抵抗の低いボディ形状を追究し、燃料1リッター当たり40kmの走行が可能で、それでいて最高速度は250km/hに達すると謳われた。

日本での販売
日本での正規輸入においては、右ハンドル仕様の自然吸気モデルのみが2003年に80台限定で受注生産、販売された(当初は100台の予定であった)。受注生産としたのは、外装やシート、ソフトトップ(幌)の色の組み合わせが82通りに上るため、購入者の意向に沿ったモデルを用意できるように、との配慮である。

同年7月には、日本での購入者すべてを無料で招待したイベント Driving Pleasure with Speedster in Ebisu Circuit が日本ゼネラルモーターズ主催で行われた。

GM大宇でのライセンス生産
GM大宇はスピードスター生産終了に伴う製造ラインの売却を受け、韓国でスビードスターのライセンス生産を開始した。 名称は継承し、仕様は基本的にオリジナルに準じる。 韓国では、かつて起亜がロータス・エランをキア・ビガートとして製造したのと同様の手法でライセンス生産している。

[ 2009/02/09 16:49 ] OPEL | TB(0) | CM(0)

Opel Omega REKLAMA KoDi 0'30"

トップページOPELカテゴリーOpel Omega REKLAMA KoDi Opel_Omega_REKLAMA_KoDi.jpg
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オメガ (OMEGA) はオペルが製造、販売するアッパーミドルクラスのセダン型、ステーションワゴン型(キャラバン)の自動車。前身はレコルトである。駆動方式はFR(後輪駆動)を採用し、フラグシップのセネターの次に位置づけられれていた。ライバルはBMW・5シリーズ、メルセデス・ベンツミディアムクラス、アウディ100あたりとなるが、厳密にはこれらの車よりも若干大きいサイズである。

イギリス国内ではヴォクスホールディヴィジョンで販売されていた。 また、オーストラリアのホールデン・コモドアともプラットフォームを共用していた。

OMEGA-A(1987-1994)
初代モデルであるOMEGA Aは、1987年に登場した。前年にデビューした2世代目のセネターをベースとしていた。空力特性に優れており、標準モデルでは空気抵抗係数(Cd値)0.28を達成。1987年の欧州カー・オブ・ザ・イヤーに輝いた。日本では1988年にオペルの総代理店であった東邦モーターズが輸入を開始したが、翌年(1989年)からはいすゞ自動車も独自に販売を始め、1993年よりヤナセネットワークへ移行した。この頃からオペルが本格的に日本市場を意識し始めたのであるが、特に初期モデルに見られるエアコンの不具合、巨大な固定式ドアミラーを見る限り、つめが甘かったのでは、という見方もある。更にエアロボディ故にエンジン熱がこもりやすく特に日本の夏に於いてはオーバーヒート傾向にあった。

日本に正規輸入されたモデルは以下の通りである。

* オメガCD
直列4気筒SOHCエンジン、1998cc、115馬力 (東邦モーターズ仕様)
直列4気筒SOHCエンジン、2409cc、125馬力 (いすゞ仕様)
直列6気筒SOHCエンジン、2593cc、150馬力 (ヤナセ仕様)
グレード名は全て同じであるが、エンジンは各インポーターともに別の物を採用していた。
1991年からマイナーチェンジ後のモデルに切り替わり、カラードバンパー、電動格納式ドアミラー、スモーク系のテールレンズなどが新たに装備された。

* オメガCDキャラバン
直列4気筒SOHCエンジン、1998cc、115馬力_
ワゴンボディを備えたモデル。2リッターエンジンとの組み合わせは東邦モーターズのみの取り扱いであった。

* オメガ3000
直列6気筒SOHCエンジン、2968cc、175馬力
いすゞディーラーのみで販売されていた。セネターCDと共通の直列6気筒エンジンを搭載。
エアロパーツを身に纏い、1989年当時オペルのイメージリーダー的存在であった。
室内もスポーティに仕上げられ、本革/ファブリックのスポーツシートはレカロ製であった。
また、このクラスの輸入車ながら右ハンドル車や5段マニュアルトランスミッションが選択できたのも特筆すべき点であろう。
こちらも1991年にマイナーチェンジ。電動格納式ドアミラーやスモーク色のテールレンズを採用した。

* オメガ3000 24V
直列6気筒DOHCエンジン、2968cc、200馬力
こちらはヤナセで取り扱っていたモデル。
3000ccのDOHCエンジンはDINで200馬力を発生する。

* オメガ ワゴン24V
直列6気筒DOHCエンジン、2968cc、200馬力
こちらもヤナセのみで取り扱っていたモデル。
オメガ3000 24Vのエンジンをワゴンボディに搭載するが、外装及び内装はラグジュアリー志向のCDモデルに準ずる。

スペシャルモデル
イルムシャーバージョンやロータスオメガ、などのスペシャルモデルも存在。 イルムシャーバージョンはいすゞディーラーでも販売されていた。ロータス・オメガはロータスが開発した3.6リッターの直列6気筒DOHCツインターボエンジン(377馬力)をオメガ3000のボディに積み込み、アルピナB10Bi-TurboやAMGメルセデス300E 6.0Hammer Versionなどの1990年代を代表するスーパースポーツセダンの1台として名高い。なお、英国仕様のロータス・カールトンが「グランツーリスモ4」に収録されている。

[ 2009/02/10 11:20 ] OPEL | TB(0) | CM(0)

Opel Vectra 2000 Commercial 0'30"

トップページOPELカテゴリーOpel Vectra 2000 Commercial Opel_Vectra_2000_Commercial.jpg
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ベクトラ(Vectra)はゼネラルモーターズ (GM) 傘下のオペル(イギリスではヴォクスホール)が販売する中型乗用車。欧州ではDセグメントに属し、オペルの最上級車に位置づけられる。

ベクトラは欧州以外のオペルブランドが展開されていない地域でも販売されているものの、ホールデン(オセアニア)向けをはじめとしてGM大宇製のシボレー・エピカへの置き換えが進んでいるため、現在では中南米のいくつかの国(メキシコ、チリなど)でシボレーのブランドで販売されているに留まる。なお、ブラジルとアルゼンチンではアストラHがベクトラの名称で販売されている。

Vectra-A
初代モデルであるVectra-Aは、1988年に登場した。アスコナの後釜として開発されボディタイプは4ドアセダンと5ドアハッチバックの2タイプがあった(日本へはセダンのみ輸入)。直列4気筒ガソリンエンジンを搭載(1.6リッターから2.0リッターターボまで存在)。1992年のマイナーチェンジ時にV型6気筒を追加している。 ヨーロッパで発売されているディーゼルエンジン搭載モデルは、いすゞ自動車製の1.7Lエンジン(NA及びターボ)が搭載されていた。

イギリスではヴォクスホール・キャバリエとして販売される。ニュージーランドではホールデンブランドで販売されていたものの、ホールデンの本国オーストラリアでは、同クラスにトヨタ・カムリのOEMモデル「アポロ (Holden Apollo)」を販売していたため、ベクトラは販売されなかった。

日本では1989年からオペルの総代理店である東邦モーターズといすゞ自動車が輸入。2リッターSOHCエンジン(C20NE型)搭載車を販売。「CD」およびABSやサンルーフを備えた豪華版の「CD Diamant(ディアマント)」がラインナップ。ともに左ハンドル仕様であった。ドイツ色を一面に出したテレビCMまで放映するもライバルのベンツ・190E、BMW・3シリーズ、アウディ・80と比べ圧倒的に販売で負けていた。1990年モデルより右ハンドル車が追加。本来右ハンドル車は英国ヴォクスホールの工場で製作されるが、日本仕様車はドイツ本国の工場で生産されてものを輸入していた。また、上級グレード「CDディマント」の名称を「CD-X」に変更(おそらく三菱・ディアマンテの登場による商標の関係だと思われる)。1991年モデルから上級オメガ、セネターと同様に電動格納式ドアミラーが採用され、駐車時の利便性が向上している。

1993年より取扱ディーラーがヤナセに移行し、同時にマイナーチェンジモデルを発売。CIマーク内蔵型のグリルやダーク化されたリアコンビネーションランプにエクステンションが付加される程度で構造的には大きな変更はない。ほぼ同等の装備ながらグレード名がCD/CD-XからGLS/CDに変更されている。1994年モデルから運転席エアバッグが装備され、1995年モデルでは助手席エアバッグも加えて標準となり、2.5リッターV6エンジン(ECOTEC-C25型)搭載車が追加されている。

派生車種としてクーペモデルのオペル・カリブラも発売された。

* GLS/CD系
o 直列4気筒SOHCエンジン、1,988cc、115ps/5,200rpm、17.3kgm/2,600rpm
* V6
o V型6気筒DOHCエンジン、2,497cc、170ps/6,000rpm、23.1kgm/4,200rpm

[ 2009/02/11 11:34 ] OPEL | TB(0) | CM(0)

Der Opel Omega Caravan - Commercial 0'40"

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オメガ (OMEGA) はオペルが製造、販売するアッパーミドルクラスのセダン型、ステーションワゴン型(キャラバン)の自動車。前身はレコルトである。駆動方式はFR(後輪駆動)を採用し、フラグシップのセネターの次に位置づけられれていた。ライバルはBMW・5シリーズ、メルセデス・ベンツミディアムクラス、アウディ100あたりとなるが、厳密にはこれらの車よりも若干大きいサイズである。

イギリス国内ではヴォクスホールディヴィジョンで販売されていた。 また、オーストラリアのホールデン・コモドアともプラットフォームを共用していた。

OMEGA-B(1994-2002)
2代目モデルであるOMEGA Bは1994年(日本での販売は1995年)に登場。より大胆なエアロルックを採用した。 セネターとの統合を兼ねてボディは大型化し、ボディ形状はセダン及びステーションワゴンがラインナップされた。 また、長らく続いた直列6気筒エンジンは新開発のV型6気筒エンジンに置き換えられた。 1996年、1997年、1998年と年ごとに改良され、1999年(日本仕様は2000年から)マイナーチェンジを決行。各部の意匠変更を行いオペルのフラッグシップとして相応しい貫禄を見せ、少々アグレッシブすぎたデザインは、保守層にも受け入れやすい物へ変わった。内装も曲線を多用したインストゥルメントパネルから直線基調のデザインのものに改められた。日本においてマイナー後は俗に2000Bと称される。本国ではシボレー・コルベットと同じV型8気筒5.7リッターエンジン搭載モデルも限定で発売されたこともあった。

日本に正規輸入されたモデルは以下の通りである。尚、全てのグレードでセダン/ワゴンのボディ形状が選択できた。米国では当時、GMのキャデラック部門がBMWやメルセデス、それに新規参入したレクサスに対抗するためカテラという名称でセダンが輸出されたが、販売は芳しくなかった。カテラは2001年モデルで販売を中止し、翌年にはアメリカ人好みのデザインに改めキャデラック・CTSとして生まれ変わった(CTSとは「カテラ・ツーリング・セダン」の略である)。

* オメガGL
直列4気筒DOHCエンジン、1998cc、136馬力
モデルライフ途中で投入され、マイナーチェンジによりカタログ落ちした希少なモデル。

* オメガCD
V型6気筒DOHCエンジン、2497cc、170馬力
オメガBで中核をなすモデル。最量販グレードであった。

* オメガMV6
V型6気筒DOHCエンジン、2962cc、210馬力
セネターと統合された為、事実上オペルブランドのフラッグシップとなる。

* オメガSPORT
V型6気筒DOHCエンジン、2596cc、180馬力
モデル末期に登場、CDをベースに排気量UP、Eg.マネージメント変更等によりカタログ値以上にパワフル。足回り、ブレーキ等も強化。

[ 2009/02/12 11:52 ] OPEL | TB(0) | CM(0)

Werbung Opel Astra Dream 1996 0'30"

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アストラ (Astra) は、現在ゼネラルモーターズ(通称GM)傘下の「オペル」ブランドと「ヴォクソール」ブランド、「サターン」ブランドのコンパクトカーである。「アストラ」とはラテン語で「星、新星」を意味する。

アストラ (Astra) は、現在ゼネラルモーターズ(通称GM)傘下の「オペル」ブランドと「ヴォクソール」ブランド、「サターン」ブランドのコンパクトカーである。「アストラ」とはラテン語で「星、新星」を意味する。

Astra-F
1991年にドイツ・リュッセルスハイム本社工場(サルーン、ワゴン)、ボーフム(ワゴン)、ベルギー・アントウェルペン(ハッチ)で製造が開始された。 1994年にイタリア・トリノのベルトーネの工場でカブリオレの製造が開始された。南アフリカのデルタモーターズがライセンス製造、これにより世界80個所で270万台を販売し、GMグループで最高の販売台数になるとともに、カローラに次いで世界第2位の販売台数を誇る車種となり、1997年には西ヨーロッパにおける販売台数で第1位を記録した。

競合であるフォルクスワーゲン・ゴルフにはワゴンモデルが存在しなかったため、1994年からの欧州、日本のワゴンブームにのり、ワゴン車でもドイツでは第1位を記録した。この影響により、その後、フォルクスワーゲンはゴルフにワゴンモデルを投入するに至っている。

Astra-Gが登場してからも、一部地域ではアストラ・クラシックとしてサルーンモデルを生産していた。

日本仕様
3または5ドアハッチバック、4ドアサルーン、5ドアワゴン、2ドアカブリオレのガソリンエンジンのモデルが輸入された。

1993年から1996年モデルまでは、全ボディともにC20NEと呼ばれる2.0LのSOHCエンジンに4ATを組み合わせたものが基本となった。

1997年モデルより全車エコテック (ECOTEC) と呼ばれるDOHCエンジンを搭載した(SPORTグレードのみ前年からの搭載)。ECOTEC搭載車はリヤエンブレムに"16V"とあるのが、外装からの判別ポイントになる。それまではスポーツモデルを除き、グレードによるエンジンの違いは無かったが、この年よりGL系は1.6L、CDX/ワゴンクラブ/カブリオは 1.8L、SPORT系は2.0Lとなった。1998年モデルは限定車のワゴンクラブスペシャルのみで、これを最後にAstra-Gにバトンタッチした。

なお外装が大きく変わったのは1995年モデルからである。フロントグリルや灯火類、サイドモール、エンブレムが全車変更され、ワゴン以外の車種にリヤガーニッシュ追加、ハッチバックはリヤスポイラーとリヤバンパー形状がそれぞれ変更された。

1994年モデルまでは、瞬間燃費などが表示されるマルチインフォメーションディスプレイ(MID)が装備(GL/ワゴンGLS/カブリオ除く)されたが1995年以降は時計やオーディオ情報のみ表示のトリプルインフォメーションディスプレイ(TID)に全車変更された。

運転席エアバッグは1994年モデルから、助手席エアバッグは1995年モデルより全車種に標準装備された。なおABSは初年度(1993年)より全車標準装備である。カブリオとコンフォートエディション(1997年の限定車)を除き、後席の窓は手動だった。

* ハッチバックGLには5MT(2.0Lワイドレシオ、1,6Lクロスレシオ)の設定あり。1994年モデルの5ドアのみ左/右ハンドルが選べたが、それ以外は右ハンドル。

* 3ドアGsi-16V(1993-1994)と5ドアSPORT(1995)には、C20XEと呼ばれるF3ベースのコスワース製(1994年以降はコスキャスト製)2.0LDOHCエンジンに5MT(クロスレシオ)が搭載された。なおGsi-16VとSPORTではギヤ比が変更されている。これらは左ハンドルのみの設定だった。

* SPORTグレードは、年式(モデルイヤー)によって全く違う内容になっている。
o 1994年(XD200) 5ドアハッチバックGLの4AT車をベースにした限定車。読み方はシュポルト。
o 1995年(XD200) C20XEエンジンに5MTを組み合わせたモデル。5ドアハッチバックのみ。
o 1996年以降(XD202/XD202W) X20エンジンに4ATを組み合わせたモデル。5ドアハッチバックとワゴン。

[ 2009/02/13 12:13 ] OPEL | TB(0) | CM(0)

Opel Astra H Werbung - Vauxhall Horizont 2007 0'30"

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アストラ (Astra) は、現在ゼネラルモーターズ(通称GM)傘下の「オペル」ブランドと「ヴォクソール」ブランド、「サターン」ブランドのコンパクトカーである。「アストラ」とはラテン語で「星、新星」を意味する。

アストラは、元々はイギリスのGM傘下のヴォクソールブランドの1車種に対して使われていた名称であり、ドイツのオペルでは、ヴォクソール・アストラと同じプラットフォームから作られたものを最初オペル・カデット(Kadett)という名称で販売していた。 1991年にGMのコーポレートアイディンティティ(CI)政策により、世界的に車名がアストラに統一された。そのとき、カデットF=アストラFとなり、その流れで現在でもアストラF、アストラG、アストラHと呼ばれている。

なおイギリスでは逆にカデットの流れとして、アストラF=アストラMk-II/III(シャーシが変更になる大規模なマイナーチェンジを区別する為1上げされた)、アストラG=アストラMk-IV、アストラH=アストラMk-Vと呼んでるユーザも見られる。

Astra-H
* 2003年 - フルモデルチェンジ発表。
* 2004年 - 販売開始。世界で40万台を売る。
* 2005年 - 世界で51万台が登録された。ADAC誌読者による「カーオブザイヤー2005」を獲得。
* 2006年 - 発売2年で100万台を達成した。
* 2008年 - この年からは北米でもサターンブランドで販売が開始された。

ASTRA-G同様に各国で販売され、ボディタイプは投入順にハッチバック、ワゴン、クーペ(GTC)、カブリオ(TwinTop)、セダン。1,7リッターのディーゼルエンジンはいすゞから供給されている。

日本仕様
ハッチバック、ワゴン
* CD:右ハンドル、Z18エンジン(2005年、2006年)
* SPORT:右ハンドル、Z18エンジン(2005年、2006年)
* TURBO:右ハンドル、Z20エンジン(2005年、2006年はハッチバックのみ)

パッケージモデル(純正アクセサリーを装着)
* OPCエアロ: SPORT又はTURBOにエアロを装着(2005年,2006年)
* CDスタイル: CDに16インチアルミ、カバー(ドアミラー、ドアハンドル)、ボディ同色モールを装着(2006年)
* SPORTナビ: SPORTにHDDナビ、ステップシールドを装着(2006年)

[ 2009/02/14 12:46 ] OPEL | TB(0) | CM(0)

Peugeot Commercial 0'46"

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オートモビル・プジョー(Automobiles Peugeot )は、フランスの自動車メーカーである。同じくフランスの自動車会社シトロエンとともに企業グループ「PSA・プジョーシトロエン」を構成している。

その他、50㏄~500㏄のモーターサイクルを欧州市場にて、製造販売している。また19世紀末より1980年代まで自転車を製造しており、プジョーの自転車は通算10回、ツール・ド・フランスの総合優勝者の使用機材となっている。

後ろ足で立ち上がるライオンを象った企業ロゴ(ベルフォールのライオン)を採用している。

アルマン・プジョーが創設し、甥のロベールの経営によって発展した。元来は冷間製鉄から始まり歯車や骨組の製造を生業とする会社であり(鯨の骨からポンパドール・スカートの骨を作ったりもしていた)、現在でもペッパーミル(胡椒挽き)等様々な製品を生産している。これらは日本にも輸入・販売されている。また1882年、自転車のLE FRANCAISの製造販売を開始し、同年の最初の大型自転車Grand Biなどの製品によって、自転車メーカーとしても知られる。

ロベールの時代、201から乗用車のみ"x0x" という真ん中にゼロを入れる三桁の数字を車名とする伝統が続いており、ポルシェが911(901→911)と名乗ることとなった理由ともなったが、2004年発表の1007はプジョーで初めて四桁の数字の車名となった。

1974年に経営不振だったシトロエンを吸収合併、持株会社「PSA・プジョーシトロエン」(当初は単にPSAと呼称=Peugeot Société Anonyme)を設立、さらに1979年にはクライスラー UK(旧ルーツ・グループ)及びシムカ)を傘下に収め、フランス最大の自動車メーカーとなった。自動車だけではなく、スクーターなどを中心に自動二輪車も別会社(プジョー・モトシクル)で生産している。PSAグループの自動車生産台数は、ホンダとほぼ同規模である。

世界で最初(1886年)にガソリン自動車を発明したのはベンツ社(現在のダイムラー)であるが、世界で最初(1891年)にオーダーメイドではなく、定型車種として自動車を4台「量産」したのはプジョーである。

日本には1950年代以来新東洋企業、西武自動車販売によって輸入されてきたが、輸入車=高級車・高性能車・個性派のいずれかであることを求められる日本市場では、シトロエンにも遠く及ばない販売実績に甘んじる極めてマイナーな存在であった。しかし1980年代半ば、オースチン・ローバー・ジャパンとスズキが輸入元となって発売した205GTIが従来のフランス車のイメージを覆す俊敏な高性能とキュートなスタイルで人気を博してから徐々に注目を集めるようになり、メーカーの日本法人プジョー・ジャポンが自ら輸入販売するようになった2000年以降は205の後継車206が大ヒットとなり、2003年には過去最高の1万5,330台の登録台数を記録するに至った。しかしその後は主力の206と307がモデル末期となった影響もあって減少に転じており、2006年の登録台数は1万0289台、2007年は8,284台となっている。(統計資料、日本自動車輸入組合)

自転車については、サイクルヨーロッパジャパン株式会社がプジョー社からのライセンスに基づいて、製造・輸入・販売を行っていたが、2004年末をもってライセンス契約が終了した。現在はプジョー・ジャポンの子会社、「プジョー東京」がプジョー製の自転車を輸入している。

なお、プジョーには国産プリンス自動車第一号車の設計の手本となったという逸話が残っている。第二次世界大戦直前、ブリヂストン創業者石橋正二郎は後援していた後に政治家となる弁護士楢橋渡が渡仏する際に、「一番評判の良い小型車を買ってきてくれ」と依頼した。楢橋が選んだのはプジョー・202であった。この202は戦中戦後にわたって石橋家の自家用車となったばかりでなく、そのエンジンは石橋がオーナーとなった富士精密工業が最初の4気筒1500ccガソリンエンジンを設計する際の手本となった。

プジョー車の特徴として、独特の設定がなされたサスペンションによる、「猫足」と呼ばれるしなやかなで路面に吸い付くような接地感のある足回りがあげられることが多い。一般的には走行安定性を得るためのサスペンションは硬くなりがちだが、プジョー車では柔らかい乗り心地と安定性を高次元でバランスしていた。良好な乗り心地にはフランス車に共通のソフトで腰のあるシートも大いに貢献していた。

また、1960年の404から406の時代までの40年余り、デザインコンサルタントに起用したイタリアのカロッツェリア・ピニンファリーナによる控え目かつ優美なスタイリングを特徴としていた。

しかし、最近のプジョー車では操縦性を重視した硬めの足回りを持つものが目立ち、フォルクスワーゲンなどのドイツ車をライバルとして強く意識する傾向が強い。デザイン的にも1998年登場の206以降は社内デザインとなり、「吊り目(猫目)」の顔立ちは残しつつ、よりアグレッシブで抑揚の強い、特徴的なスタイリングとなっている。こうしたプジョーの変化は旧来のファンにとってはフランス車らしさ、プジョーらしさの喪失として嘆かわしいものではあるが、良く言えば国際商品化と解釈することも出来、日本市場での近年の成功には不可欠な要素であったと言えよう。

車種一覧(主な現行モデル)
* 107 PSAとトヨタ自動車との共同開発車種で、チェコ共和国の合弁工場「TCPA」で生産される。
* 207 206の後継モデル。2006年デビュー
* 308 307の後継モデル。2007年デビュー
* 407 406の後継モデル。2004年デビュー。
* 607 一時期日本にも輸入されていた。(輸入期間:2001年10月-2005年6月)
* 1007 プジョー初の4桁モデル。2004年デビュー。左右スライドドアが特徴。
* 4007 三菱・アウトランダーのOEMモデル。
* 807
* Partner
* Expert
* Boxer

日本導入モデル
* 1007(2006年3月- )
* 207(2007年3月- )
* 308(2008年5月- )
* 407(2005年6月- )

過去のモデル
* 104 1972年登場 日本未導入。シトロエン・LN・タルボ・サンバの兄弟車。 * 106 1991年登場 日本には3ドアのスポーティモデルのみ輸入。シトロエン・サクソの兄弟車。 * 203 1948年登場 第二次世界大戦終了後初の新型車。1955年までは唯一の生産モデル。 * 204 1965年発表 プジョー初の前輪駆動車。 * 205 1983年に発表され、特に3ドアのGTIが世界的な大ヒットとなった。 * 206 1998年に発表され、日本市場に広く受け入れられたモデル。デザインは自社。 * 304 1969年発表。204のトランク部分を延長し、フロントデザインを504風に改めた上級モデル。日本未導入  * 305 1977年発表。204/304の後継車種。後期型のエンジン・フロアパンはシトロエン・BXベースとなる。日本未導入 * 306 1993年発表。309の後継車種。日本でも比較的量販された。
* 307 2001年発表。306の後継車種。エンジンやフロアパンはシトロエン・C4のベースとなる。
* 309 1985年発表。305の後継車種。番号が飛んでいるのは英国でタルボ(英国ではタルボット)のブランドで生産するために開発したモデルを、ブランド廃止のため急遽プジョーブランドに変更したため。他のプジョーとあまり似ていないデザインは英国の自社チームの手になるもの。
* 403 1955年登場。203の近代化版。テレビドラマ・刑事コロンボ主人公の愛車としても知られた。
* 404 1960年発表。耐久性の高さで知られ、サファリラリーで活躍 
* 405 1986年発表。305の上級移行版。400番台が久々に復活。MI16はDOHC16バルブエンジンを持ち、従来のフランス車らしからぬ高性能を発揮。
* 406 1995年発表。最後のピニンファリーナ・デザインのプジョー。映画「TAXI」で活躍。
* 504 1968年発表。1980年前後にディーゼル版の504Dが比較的多数輸入された。
* 505 1979年発表。504の後継車種。最後の後輪駆動プジョー。
* 604 1975年発表。ルノー・ボルボと共同開発のV6エンジン、第二次世界大戦後初の6気筒車。
* 605 1989年発表。405を拡大コピーしたようなスタイル。フロアパン、パワートレインはシトロエン・XMのベースとなる。

競技用車両
* 205T16(グループB)
* 205T16E2(グループB、ラリーレイド用プロトタイプ)
* 405T16(ラリーレイド用プロトタイプ)
* 905(グループC)
* 905 EVO(グループC)
* 905 EVO2(グループC)
* 306 キットカー(ラリーのF2クラス用車両)
* 106 キットカー(ラリーのF2クラス用車両)
* 206 WRC(WRC用のWRカー)
* 307 WRC(WRC用のWRカー)
* 206 S1600(ラリーのスーパー1600クラス用車両)
* 207 S2000(ラリーのスーパー2000クラス用車両)

軍用車両
P4(メルセデス・ベンツ GクラスのOEM製品)

モータースポーツ
プジョー社は古くから積極的にモータースポーツ活動に取り組んできた。1910年代にアメリカのインディ500に自前の車体で参戦し、数度の優勝を遂げた実績を誇った。

1980年代から1990年代初頭にかけて、プジョーはモータースポーツ部門であるプジョー・タルボ・スポール(現在はプジョー・スポール)を立ち上げ活躍していた。元・WRCのコ・ドライバーで、現在はフェラーリF1チーム監督として辣腕を振るうジャン・トッドを監督に擁し、世界ラリー選手権(WRC)、パリ・ダカール・ラリー、パイクスピーク、ル・マン24時間レースなどのスポーツカー世界選手権(SWC)などで活躍した。

ジャン・トッドがフェラーリに移籍後、F1にも挑戦(のちに撤退)。

1990年代後半からWRCに復帰し、チャンピオンシップを獲得するなど活躍した(ワークスは2005年に撤退)。

2007年現在、ディーゼルエンジン車でのル・マン24時間レース参戦を目指して活動中である。

ラリー
1980年代から1990年代初頭にかけて、プジョーはモータースポーツ部門であるプジョー・タルボ・スポールが中心となって活躍していた。当時のディレクターは、現在フェラーリF1チーム監督として辣腕を振るうジャン・トッドである。

WRCのトップが主にグループ5車両で争われていた1980年代初期、グループ会社のタルボ社のサンバ(プジョー・104ベースのFR駆動の小型ハッチバック)をグループ5規定のラリー仕様に仕立てた「タルボ・サンバ・ラリー」で参戦していた。

その後、プジョー・タルボ・スポールの手によって1984年のWRC、ツール・ド・コルスにて 205 T16(E1)がデビューし、初戦で2位を獲得。その後も強豪ひしめく群雄割拠のグループBの中でも、ランチア・ラリー037、アウディ・クワトロ、ランチア・デルタS4といった強敵に互角以上に打ち勝ち、数戦後には更に戦闘力を高めた改良型 205 T16 E2 を投入する磐石のシーズン運びを見せ、結果1985年と1986年の2年連続でドライバー(1985年:ティモ・サロネン、1986年:ユハ・カンクネン)とマニュファクチャラーズのダブルタイトルを獲得するに至った。

登場当時、覇を誇っていたフロントエンジン4WD車・アウディ・クワトロの牙城を崩し、ミドシップ4WD車のWRCにおける優位性を確立した。のちに、同様のコンセプト及び駆動系などのレイアウトを、各メーカー毎の解釈に基づき製作されたランチア・デルタS4、MG・メトロ6R4、フォード・RS200などが続々と発表、実戦投入され、レイアウトはそのままにショートホイールベース化され、更に過激な進化を遂げたアウディ・スポーツ・クワトロ等と共に、グループB最終年となる1986年までラリー・コンペティションの歴史に残るパワー戦争を繰り広げた。

1987年以降のグループB消滅後は、205 T16(E2ベース)はパリ・ダカール・ラリーに活躍の場を移し、後継の405 T16と合わせると四連覇するという快挙を達成(1987年~1990年)。そのあまりの強さに「砂漠のライオン」として競合メーカーに怖れられ、のちにパリ・ダカを制する三菱自動車工業の挑戦をことごとく跳ね返した。

205は、全日本ラリー選手権に当時のインポーターであったARJ(オースチン・ローバー・ジャパン)のサポートにより参戦した。ライバルの通称・ハチロクと呼ばれるAE86型レビン / トレノと名バトルを繰り広げたのは余り知られていない。なお、同選手権に左ハンドル車として初めてエントリーしたマシンである。

その後、1990年代前半はプジョー・タルボ・スポールが活動の主軸をグループCカーやF1に移したため、205・306・106のグループA車両でのラリー活動を比較的小規模で行っていた。

1990年代後半からは、WRCやフランス・ラリー選手権に新設されたF2クラス(2000cc以下の2ボックスFF車による競技クラス)に主に306 キットカーで参戦。ここで好成績をあげたことから、1999年からのターボ付き4WD車のWRカーでの参戦につながった。フランス・ラリー選手権では同じPSAグループのシトロエン・クサラ キットカーやルノー・クリオ MAXI / メガーヌ MAXI等と激戦を繰り広げた。ちなみに、1600ccエンジンの106 キットカーも数戦ではあるがWRCに参戦している。

1999年、206WRCを引っさげて再び参戦したWRCでは、驚異的なターマックラリーでの強さを発揮し、2000年・2001年・2002年とマニュファクチャラーズタイトル三連覇を果たし、往時の実力を示した。その後、販売戦略からマシンを307CCをベースとしたWRカー・307WRCにスイッチした。307WRCは時折早さを見せるものの、ボディの大型化により時としてカスタマー・スペック車の206WRCの後塵を浴びるほど不振を極め、2005年シーズンを最後にワークスとしてのWRC撤退を表明した。ちなみに、2005年度のワークスマシンを元としたカスタマー・スペック車が、 2006年プライベートチームからエントリーしていた。

現在は、307WRCのカスタマー・スペック車のメンテナンスと、207のS2000クラス参戦車両の開発を行っている。

耐久レース
1990年代前半にはグループCカーのプジョー・905(含905 EVO / 905 EVO2)でスポーツカー世界選手権(SWC)やル・マン24時間レースに出場した。

スポーツカー世界選手権(SWC)には1990年から参戦。1992年にチャンピオンを獲得している。ル・マン24時間レースにも、同じくグループCカテゴリの905でエントリー。1992年・1993年に連覇を果たしている。特に1993年のル・マンでは、マシンとして円熟した905が 1 - 2 - 3 フィニッシュを飾り表彰台を独占、翌年フェラーリへの移籍が決まっていたチームディレクター、ジャン・トッドの有終の美を華々しく飾った。1994年、スポーツカー世界選手権の消滅を受け、プロトタイプクラスで行われる耐久レースからは撤退した。

2007年より、近年耐久レース界で圧倒的な強さを誇るアウディ・R10に対抗すべく、ディーゼルエンジン搭載のプロトタイプレーシングカーである908HDi FAPにてル・マン24時間レースへ再参戦を開始。ドライバーにはジャック・ビルヌーブを始めとする元F1ドライバーを多数起用しており、優勝を目指す姿勢を鮮明に打ち出している。2008年も改良型を投入し、ドライバーを増強して参戦すると公式発表された。

F1
F1には、1994年にマクラーレンにエンジン供給を行う形で参入。以後1995年~1997年にはジョーダン、1998年~2000年にはプロストへエンジン供給を行ったが、結局一勝も挙げることなく、2000年を最後に撤退。その後F1エンジン開発部門はアジアテックに売却されたが、そのアジアテックも2002年シーズン終了と共に消滅した。プジョーにとってのF1レースへのエンジンメーカーとしての参戦は、苦く散々たるものであった。

自転車部門
プジョーは1882年発表の「Grand Bi」から1926年まで自転車を製造販売していた。自転車部門は1926年に別会社として独立し、モーターバイクの製造にも進出した他、スポーツ用の自転車の名門としても知られたが、1980年代にはその勢いは衰え、1987年にモーターバイク部門が分離。1980年代末にはプジョー・ブランドの自転車の商標権をサイクルユーロップ(Cycleurope)社に貸与した。

しかし1990年代に入って自転車市場が復活の兆しを見せた為、1990年代末にオートモビル・プジョーは自転車部門の復活を決定。現在はMTB、クロスバイク、ツーリング車、子供用自転車の4分野で自転車を販売している。

[ 2009/02/15 12:20 ] PEUGEOT | TB(0) | CM(0)

Peugeot 1007 1'32"

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プジョー・1007はフランスの自動車メーカープジョーが2004年から製造しているスーパーミニ(小型車)である。日本では2006年2月に発売された。なお全幅は本国仕様では1686mmであるが、日本では測定方法の違いにより1710mmと、5ナンバーサイズ規定の1700mmを超えたため、3ナンバー登録となる。

1007はプジョー・207、シトロエン・C3をベースにしており、プジョーにとって車名にゼロを二つ並べた初めての車種である。日本語では「イチマルマルナナ」、英語圏では「ten-oh-seven」、フランスでは「mille-sept」と呼ばれる。1007の特徴である独特な電動スライドドアは、通常のドアよりも狭い場所や坂になった場所では乗り降りし易い。また、特徴のひとつとしてユーザーが交換可能な内装、カメレオキット(31500円)がある。もう一つの革新的なシステムは「2-tronic」というセミオートマチックトランスミッションである。これは206と共通の1.4L、1.6Lガソリンエンジン、1.4Lディーゼルエンジンに組み合わせられる。日本の法規上ではオートマチック限定免許でも運転できる。クリープ現象はないため、坂道発進の時は注意が必要である。

尚、2008年11月現在、ひっそりとラインアップから消滅しており、現在のプジョーラインアップは、207、308、407となっている。

ガソリンエンジン
* 1.4L(1360cc):TU3、直列4気筒、75馬力/55kW、118Nm
* 1.6L(1587cc):TU5 16V、直4、110馬力/81kW、147Nm

ディーゼル エンジン
* 1.4L(1398cc):HDi、ディーゼル直4、70馬力/51kW、160Nm

[ 2009/02/16 13:46 ] PEUGEOT | TB(0) | CM(0)

Peugeot 107 - The CityBug Commercial 0'45"

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プジョー・107は2005年からフランスの自動車メーカープジョーによって生産されているハッチバックタイプのコンパクトカーである。

107はプジョー、シトロエンとトヨタの合弁会社であるトヨタ・プジョー・シトロエン・オートモービルによって開発された。シトロエン・C1とトヨタ・アイゴは姉妹車(同じ車のバッジエンジニアリング版)である。3車はチェコのコーリンにある合弁会社トヨタ・プジョー・シトロエン・オートモービルによって製造される。乗車定員は4名であり全長3.5m以下の3もしくは5ドアのハッチバックである。2005年夏よりヨーロッパで販売が始まった。107は2003年の終わりまで12年間製造された106の後継車である。

[ 2009/02/17 13:57 ] PEUGEOT | TB(0) | CM(0)

Peugeot 407 Commercial 0'30"

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プジョー・407とは、フランスの自動車メーカープジョーが製造・販売している自動車のことである。

2004年にミディアムクラスサルーン「406」の後継車として発表、発売開始。日本では2005年より発売開始。

スタイリングは、特徴的な大型のエアインテークグリルと切れ長のヘッドランプにより、獲物を狙うライオンをイメージしている。ボディサイズは406より拡大され、セダンが全長4676mm、全幅1811mm、全高1445mmとなっている。

ボディタイプはセダン、SW(ワゴン)、クーペがラインナップされている。

エンジンは1.8L・2.0L・2.2Lの直4、1.6L・2.0LのHDi直4ディーゼル、3.0LのV6、2.7LのHDiV6ディーゼルをラインナップしている。日本導入モデルは2.2L直4と、3.0LV6である。駆動方式はいずれもFF。

トランスミッションは、1.8Lと2.0L、1.6Lディーゼルに5速MT、2.2Lと2.0Lディーゼルに6速MTが、2.0と2.2L、2.0Lディーゼルに4速AT、3.0LV6にアイシン製6速ATがそれぞれ用意されている。ATはいずれもティプトロニック付。

サスペンションは、フロントがモータースポーツ仕込みのダブルウィッシュボーンで、リアが406にも搭載されたマルチリンクとなっている。

電動パワーステアリング、ABS、EBD、計9つのエアバッグなどの安全装備を搭載し、ユーロNCAPの衝突実験では満点の5つ星を獲得している。

2007年に、2.2Lエンジンの出力向上などの一部改良を行った。

プジョーの実質的な最上級車種(2009年1月現在)のため、全グレードにレザーシート(ヒーター付き)が設定される。ただし、カッセルレザー(ベージュ)は最上級グレードのエグゼクティブのみの設定。(他のグレードはブラック。) また、ステアリングもエグゼクティブは4本スポークなのに対し、他グレードは3本スポークで、その他メーターの色など多くの差別点が見受けられる。

このモデルは映画「TAXi 4」の劇中でも主人公の愛車として使われていて(それまでは406)、都内でも実際に個人タクシーとして使われている車両(セダン)がある。

[ 2009/02/18 14:16 ] PEUGEOT | TB(0) | CM(0)

Peugeot 207 Commercial 0'45"

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プジョー・207は、フランスの自動車メーカー・プジョーが製造・販売する小型車である。

2006年1月に発表された3ドアと5ドアのハッチバック型の小型乗用車であり、2007年には格納式のハードトップを備えた207CCクーペカブリオレも発売された。同じくPSA・プジョーシトロエンの傘下にある自動車メーカー・シトロエンの小型車C3とはプラットフォームや多くの構成部品を共用し、スロバキアにて生産されている。

206の後継車という位置付けであるが、人気のある206は多くの国での販売が継続されている。

207のエンジンは、6種類のガソリンエンジンと3種類のHDiディーゼルエンジンから選べるようになっている。1.4Lガソリンエンジンは、当初はSOHC 8バルブ 75PSとDOHC 16バルブ 90PSの2種類だったが、後に可変バルブ機構付きの95PS仕様が追加された。1.6Lガソリンエンジンも、当初は206から継続使用される110PSのエンジンのみだったが、後にBMWと共同開発された、バルブトロニック付きの120PS自然吸気エンジンと、150PSと175PSの直噴ツインスクロールターボエンジンが追加された。ディーゼルエンジンは1.4Lで70PSのものと、1.6Lで90PSと110PSのものがある。組み合わされるトランスミッションは、マニュアルトランスミッションが主体だが、エンジンによってはオートマチックトランスミッションや2トロニックと呼ばれるセミオートマチックトランスミッションも選べる。

全長は4,030mm、全幅は1,750mm、全高は1,472mmである。全幅の拡大に伴い、日本では3ナンバー登録となる。306と比較すると、全長はほぼ同じであり、全幅は65mm広く、206の後継車でありながら306に迫るかそれ以上のサイズである。また、全幅は307とほぼ同じである。

2006年のジュネーブ・モーターショーにプジョーは207をベースとしたスポーティーなコンセプトカー207RCupを出展した。このバージョンは280PSの2.0LガソリンエンジンでWRCで2000年、2001年、2002年にマニュファクチャラーズタイトルを獲得するという成功を収めた206WRCラリーカーの後継車である。

2007年6月にワゴンバージョンである207SWが発表された。

[ 2009/02/19 11:42 ] PEUGEOT | TB(0) | CM(0)

Peugeot 207 CC Commercial 0'40"

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プジョー・207は、フランスの自動車メーカー・プジョーが製造・販売する小型車である。

2006年1月に発表された3ドアと5ドアのハッチバック型の小型乗用車であり、2007年には格納式のハードトップを備えた207CCクーペカブリオレも発売された。同じくPSA・プジョーシトロエンの傘下にある自動車メーカー・シトロエンの小型車C3とはプラットフォームや多くの構成部品を共用し、スロバキアにて生産されている。

206の後継車という位置付けであるが、人気のある206は多くの国での販売が継続されている。

207のエンジンは、6種類のガソリンエンジンと3種類のHDiディーゼルエンジンから選べるようになっている。1.4Lガソリンエンジンは、当初はSOHC 8バルブ 75PSとDOHC 16バルブ 90PSの2種類だったが、後に可変バルブ機構付きの95PS仕様が追加された。1.6Lガソリンエンジンも、当初は206から継続使用される110PSのエンジンのみだったが、後にBMWと共同開発された、バルブトロニック付きの120PS自然吸気エンジンと、150PSと175PSの直噴ツインスクロールターボエンジンが追加された。ディーゼルエンジンは1.4Lで70PSのものと、1.6Lで90PSと110PSのものがある。組み合わされるトランスミッションは、マニュアルトランスミッションが主体だが、エンジンによってはオートマチックトランスミッションや2トロニックと呼ばれるセミオートマチックトランスミッションも選べる。

全長は4,030mm、全幅は1,750mm、全高は1,472mmである。全幅の拡大に伴い、日本では3ナンバー登録となる。306と比較すると、全長はほぼ同じであり、全幅は65mm広く、206の後継車でありながら306に迫るかそれ以上のサイズである。また、全幅は307とほぼ同じである。

2006年のジュネーブ・モーターショーにプジョーは207をベースとしたスポーティーなコンセプトカー207RCupを出展した。このバージョンは280PSの2.0LガソリンエンジンでWRCで2000年、2001年、2002年にマニュファクチャラーズタイトルを獲得するという成功を収めた206WRCラリーカーの後継車である。

2007年6月にワゴンバージョンである207SWが発表された。

[ 2009/02/20 11:49 ] PEUGEOT | TB(0) | CM(0)

Peugeot Indian Commercial Funny Must See 0'45"

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プジョー・206 (Peugeot 206) は、フランスの自動車会社 プジョーが製造・販売する小型のハッチバック乗用車である。

205の後継車種として、1998年9月のモンディアル・ド・ロトモビル(パリサロン)で発表された。日本では1999年5月に発売され、そのデザイン、とくに「吊り目(猫目)」の顔立ちが人気を集め、プジョーの知名度の上昇に貢献した。2000年、同車のヒットによりプジョー・ジャポンの年間販売台数は1万台を超えた。また、WRC(世界ラリー選手権)で2000年以降3年連続優勝をおさめるなどモータースポーツでも活躍した。

右ハンドル仕様はイギリス・コベントリー近くのライトン(Ryton)工場でも生産されていたが、2007年半ばの工場完全閉鎖につき、 東欧に移管された。

2006年には大型化した後継車である207が発売されたが、廉価版を中心として当面のあいだ生産・販売が続けられる予定となっている。また、2006年5月からマレーシアのナザ社が「206 Bestari」としてライセンス生産されている。

206CC
206のカブリオレであり電動式のハードトップとしたもので、日本での価格設定は300万円以下からとなっていた。開発には自動車車体メーカーユーリエ (Heuliez)が全面協力した。

CC は、Coupé Cabriolet (クーペカブリオレ) の略であるが、「Coup de Coeur」(=ハートに一目惚れ)という隠れた意味も持つ。この発売を機に各メーカーから電動式ハードトップを搭載したオープンカーが続々と発表される。仕様上では4人乗りだが、後部シートは「非常用」に備え付けられたものであり、狭く、大人が乗ることはできない。

206SW
ワゴン・ボディの206である。SWとは、Sport Wagon(スポーツワゴン)の略ともStation Wagon(ステーションワゴン)の略とも、ユーザーに様々なイメージを持ってもらうことを狙って付けられた名称である。サイドのリアドアが専用設計で、ドアノブがビラーに内蔵されている。ブラジル市場向けにESCAPEというSUVテイストモデルが存在する。

206RC
WRCのイメージを踏襲したスポーティモデルで17インチのアルミホイールを履き、エアロパーツを標準装備している。

日本では左ハンドルのMT仕様が販売されている。206RCの導入に伴い、206S16の販売は中止された。

206Cielo
Cielo(シエロ)=空という意味の通り、206ハッチバック車をベースに天井に大型サンルーフを装備したグレードで、2005年にラインアップに加わった。206Cieloの導入に当たり、206シリーズ中最も売れ筋グレードであった1.6L, 5ドアモデルの206XT-Premiumの販売が打ち切りとなっている。

206+
フェイスリフトにより、207フェイスを手に入れたモデル。ヨーロッパでのみ発売予定。

その他
206と206CC、206SW には S16 モデルというスポーツ仕様のモデルがある。排気量が2,000ccクラスになっており、MT仕様限定となっている。また、206 と 206CC にはプジョーがメインスポンサーをつとめるテニスの全仏オープンにちなんだローランギャロス(RG)というモデルが用意されており、206SWにはクイックシルバーとコラボレーションしたモデルもある。 各モデルの中、1,400ccエンジンを積んだベーシックモデルが最もプジョーの足回りを堪能できるとされており、事実、ヨーロッパでは1,100ccや1,400ccエンジンのマニュアルタイプの流通量が多い。

日本未投入モデル
ディーゼルエンジン搭載モデルは主にヨーロッパで、ノッチバックの4ドアセダンはアジアの一部地域 (中華人民共和国、イランなど) で生産もしくは販売される。

[ 2009/02/21 13:30 ] PEUGEOT | TB(0) | CM(0)

Cool Peugeot 407SW Commercial 0'46"

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プジョー・407とは、フランスの自動車メーカープジョーが製造・販売している自動車のことである。

2004年にミディアムクラスサルーン「406」の後継車として発表、発売開始。日本では2005年より発売開始。

スタイリングは、特徴的な大型のエアインテークグリルと切れ長のヘッドランプにより、獲物を狙うライオンをイメージしている。ボディサイズは406より拡大され、セダンが全長4676mm、全幅1811mm、全高1445mmとなっている。

ボディタイプはセダン、SW(ワゴン)、クーペがラインナップされている。

エンジンは1.8L・2.0L・2.2Lの直4、1.6L・2.0LのHDi直4ディーゼル、3.0LのV6、2.7LのHDiV6ディーゼルをラインナップしている。日本導入モデルは2.2L直4と、3.0LV6である。駆動方式はいずれもFF。

トランスミッションは、1.8Lと2.0L、1.6Lディーゼルに5速MT、2.2Lと2.0Lディーゼルに6速MTが、2.0と2.2L、2.0Lディーゼルに4速AT、3.0LV6にアイシン製6速ATがそれぞれ用意されている。ATはいずれもティプトロニック付。

サスペンションは、フロントがモータースポーツ仕込みのダブルウィッシュボーンで、リアが406にも搭載されたマルチリンクとなっている。

電動パワーステアリング、ABS、EBD、計9つのエアバッグなどの安全装備を搭載し、ユーロNCAPの衝突実験では満点の5つ星を獲得している。

2007年に、2.2Lエンジンの出力向上などの一部改良を行った。

プジョーの実質的な最上級車種(2009年1月現在)のため、全グレードにレザーシート(ヒーター付き)が設定される。ただし、カッセルレザー(ベージュ)は最上級グレードのエグゼクティブのみの設定。(他のグレードはブラック。) また、ステアリングもエグゼクティブは4本スポークなのに対し、他グレードは3本スポークで、その他メーターの色など多くの差別点が見受けられる。

このモデルは映画「TAXi 4」の劇中でも主人公の愛車として使われていて(それまでは406)、都内でも実際に個人タクシーとして使われている車両(セダン)がある。

[ 2009/02/22 12:37 ] PEUGEOT | TB(0) | CM(0)

Peugeot 205 Ad 80s 0'38"

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プジョー・205 (Peugeot 205) は持株会社による企業グループPSA・プジョーシトロエンをシトロエン社などと共に形成するプジョー社が、1983年~1998年にかけて製造し、販売された小型のハッチバック型自動車である。

スタイリングはプジョー社内のデザイン部門であるスタイル・プジョーとピニンファリーナの合作によるものである。ピニンファリーナ側のデザイナーは、フェラーリ・365GTB4 デイトナや、308シリーズを手がけたレオナルド・フィオラヴァンティである。

のちに追加されたカブリオレ型のデザイン及び、車体組み立てやトップの製作はピニンファリーナが担当した。

テレビドラマや雑誌などにも数多く登場し、それまでの日本では、クルマ好き以外には殆ど無名であったプジョー・ブランドを、一般に浸透させる事に成功した記念碑的モデルと言える。

のちに姉妹車として3ボックスの309がデビューしており、こちらも日本に導入された。

1983年に104の後継車種として欧州でデビューした。

* 日本投入は当時、505などを輸入していた西武自動車販売がシトロエンの輸入に力を入れていたため消極的で(1985年のプジョーの年間登録台数はわずか59台だった)、1986年5月に当時のオースチン・ローバージャパン (ARJ) がMiniとオースティン・モンテゴ (Austin Montego) の中を埋める車種として輸入を開始した。

1988年にはスズキを通して、一部のスズキカルタス店でも販売を開始。 ちなみに都内のプジョーの主要ディーラーであった「日商岩井自動車販売」(現:プジョー東京)も当初はスズキから供給を受けていた。

1994年2月に後継車種の306が登場すると、同時にバリエーションも整理された。

1995年末頃に国内販売が終了。海外では1998年まで生産された。なお、モデルナンバーとしても後継と言える206は1998年に発表され、日本には1999年5月に導入されている。

205GTI
1986年の日本導入と同時に販売開始されたイメージリーダーとも言えるホットハッチ。当初は1,600cc(105PS/115PSが存在)の左ハンドル・5速MTモデルのみであったが、1988年にストロークアップにより排気量が拡大された1,900cc(100PS)モデルが導入されると同時に、右ハンドルモデルが追加された。1989年には4速ATモデルも追加。5速MTモデルは120PSとなり、4輪ディスクブレーキ、15インチホイールを装備した。のちに4速ATモデルも120PSとなった。1991年よりパワー・ステアリングが搭載されるなど装備の一層の充実がはかられた。

205CTI(カブリオレ)
1987年日本導入開始、当初は1,600cc(115PS)の左ハンドル・5速MTモデルのみだったが、後にGTI同様1,900cc(100PS)に排気量を拡大、右ハンドル化されたモデルが登場。1989年後半からは4速ATのみの設定となった。のちにソフトトップの開閉が電動化され、1,900ccエンジンはGTIと同じ120PSとなった。ピニンファリーナ製の美しいカブリオレは女性にも人気を博した。

205ターボ16(日本未導入)
1984年発売。1,800ccのターボチャージャー付きエンジンをミッドシップに搭載し、四輪駆動化されたWRCグループBカテゴリー参戦の為のスペシャルモデル。ホモロゲーション取得の為に販売されたロードバージョンは200馬力であったが、競技用のワークスカーは350馬力(205T16E1)~450馬力(205T16E2)を発生したと言われている。ロードバージョンのserie200の総生産台数は200台であった。競技用ワークスカーは参戦当時E1・E2合わせて20数台が製作されたとされているが、日本には並行輸入されたロードカーのみが10数台存在するものと思われる。

* ロードカーは基本色がガンメタリック。オプションカラーとしてパールホワイトが設定されていた。

* ほとんどの外板パーツが専用品に変更されている。大きく張り出した前後のブリスターフェンダーが特徴的で、ボンネットにはラジエータの熱気抜きのダクト、リアフェンダーには空冷式インタークーラーとエンジン冷却用に外気を導入するためのダクトが設けられている。

* リアカウルはヒンジ式で大きく開くことができるので、エンジン内部への整備性に寄与しているが、軽量なアクリルウインドウを使用するワークスカーと違い、ロードカーのカウルは大きなリアガラスがはめ込まれているため、非常に重い。

* カウルを開けると目に入ってくるのが大きな三角形のパネルであるが、これは内部に電動ファンが設置されており、ターボチャージャー及びエグゾースト系の熱を強制的にリアから逃がす仕組みになっている。

* 独KKK社(Kühnle Kopp und Kausch)製ターボチャージャーはおよそ3,000rpm前後から機能し、過給圧は0.7barである。

日本投入車種
* 205SRD - ディーゼルエンジン搭載モデル。日本でも導入初期にごく少数が輸入された。

* 205オートマチック - 205シリーズ初のATモデル。日本ではCTIと同時期に導入。燃料噴射方式はキャブレター(ソレックス社製) 。

* 205XS - 1,400ccエンジンを搭載した廉価版。1987年より投入。ウェーバー社製キャブレターを搭載。

* 205ラコステ - ラコステ社とのタイアップモデル。

* 205ブロンシュ - ル・マン24時間レース優勝記念の限定車。ボディカラーはその名の通り白。

* 205Si - 後期の廉価モデルで1,600ccまたは,1900ccのエンジンを搭載。

日本未投入車種
* 205ラリー - ラリー競技参加のためのベースモデル。1,300ccエンジンにウェーバー社キャブレターを組み合わせ、装備の簡略化などにより、790kgという非常に軽い車両重量を実現していた(GTI本国仕様は1,600ccモデルで850kg、1,900ccモデルで880kg)日本には数台が並行輸入された。この「ラリー」モデルは、後継車である106等に引き継がれている。

* 205ローラン・ギャロス - プジョーが1984年からスポンサードしている全仏オープンテニス「ローラン・ギャロス大会」を記念して設定された限定車。現行車種では同モデルが日本国内にも導入されている。

モータースポーツでの活躍
1980年代から1990年代初頭にかけて、プジョーはモータースポーツ部門であるプジョー・タルボ・スポールが中心となって活躍していた。当時のディレクターは、現在フェラーリF1チーム監督として辣腕を振るうジャン・トッドである。このプジョー・タルボ・スポールの手によって1984年のWRCツール・ド・コルスにて205T16(E1)はデビューし、初戦で2位を獲得。その後も強豪ひしめく群雄割拠のグループBの中でも、ランチア・ラリー037、アウディ・クワトロ、ランチア・デルタS4といった強敵に互角以上に打ち勝ち、数戦後には更に戦闘力を高めた改良型205T16E2を投入する磐石のシーズン運びを見せ、結果1985年と1986年の2年連続でドライバー(1985年ティモ・サロネン、1986年ユハ・カンクネン)とマニュファクチャラーズのダブルタイトルを獲得するに至った。

登場当時、覇を誇っていたフロントエンジン4WD車・アウディ・クワトロの牙城を崩し、ミドシップ4WD車のWRCにおける優位性を確立した。のちに、同様のコンセプト及び駆動系などのレイアウトを、各メーカー毎の解釈に基づき製作されたランチア・デルタS4、MG・メトロ6R4、フォード・RS200などが続々と発表・実戦投入され、レイアウトはそのままにショートホイールベース化され更に過激な進化を遂げたアウディ・スポーツ・クワトロ等と共に、グループB最終年となる1986年までラリー・コンペティションの歴史に残るパワー戦争を繰り広げた。

1987年以降のグループB消滅後は、205T16GR(E2ベース)はパリ・ダカール・ラリーに活躍の場を移し、後継の405T16GRと合わせると四連覇するという快挙を達成(1987年~1990年)。そのあまりの強さに「砂漠のライオン」として競合メーカーに怖れられ、のちにパリ・ダカを制する三菱自動車の挑戦をことごとく跳ね返した。

205は、全日本ラリー選手権に当時のインポーターであったARJのサポートにより参戦した。ライバルの通称・ハチロクと呼ばれるAE86型レビン/トレノと名バトルを繰り広げたのは余り知られていない。なお、同選手権に左ハンドル車として初めてエントリーしたマシンである。

[ 2009/02/23 16:12 ] PEUGEOT | TB(0) | CM(0)

Peugeot 205 GTI Clip 0'45"

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プジョー・205 (Peugeot 205) は持株会社による企業グループPSA・プジョーシトロエンをシトロエン社などと共に形成するプジョー社が、1983年~1998年にかけて製造し、販売された小型のハッチバック型自動車である。

スタイリングはプジョー社内のデザイン部門であるスタイル・プジョーとピニンファリーナの合作によるものである。ピニンファリーナ側のデザイナーは、フェラーリ・365GTB4 デイトナや、308シリーズを手がけたレオナルド・フィオラヴァンティである。

のちに追加されたカブリオレ型のデザイン及び、車体組み立てやトップの製作はピニンファリーナが担当した。

テレビドラマや雑誌などにも数多く登場し、それまでの日本では、クルマ好き以外には殆ど無名であったプジョー・ブランドを、一般に浸透させる事に成功した記念碑的モデルと言える。

のちに姉妹車として3ボックスの309がデビューしており、こちらも日本に導入された。

1983年に104の後継車種として欧州でデビューした。

* 日本投入は当時、505などを輸入していた西武自動車販売がシトロエンの輸入に力を入れていたため消極的で(1985年のプジョーの年間登録台数はわずか59台だった)、1986年5月に当時のオースチン・ローバージャパン (ARJ) がMiniとオースティン・モンテゴ (Austin Montego) の中を埋める車種として輸入を開始した。

1988年にはスズキを通して、一部のスズキカルタス店でも販売を開始。 ちなみに都内のプジョーの主要ディーラーであった「日商岩井自動車販売」(現:プジョー東京)も当初はスズキから供給を受けていた。

1994年2月に後継車種の306が登場すると、同時にバリエーションも整理された。

1995年末頃に国内販売が終了。海外では1998年まで生産された。なお、モデルナンバーとしても後継と言える206は1998年に発表され、日本には1999年5月に導入されている。

205GTI
1986年の日本導入と同時に販売開始されたイメージリーダーとも言えるホットハッチ。当初は1,600cc(105PS/115PSが存在)の左ハンドル・5速MTモデルのみであったが、1988年にストロークアップにより排気量が拡大された1,900cc(100PS)モデルが導入されると同時に、右ハンドルモデルが追加された。1989年には4速ATモデルも追加。5速MTモデルは120PSとなり、4輪ディスクブレーキ、15インチホイールを装備した。のちに4速ATモデルも120PSとなった。1991年よりパワー・ステアリングが搭載されるなど装備の一層の充実がはかられた。

205CTI(カブリオレ)
1987年日本導入開始、当初は1,600cc(115PS)の左ハンドル・5速MTモデルのみだったが、後にGTI同様1,900cc(100PS)に排気量を拡大、右ハンドル化されたモデルが登場。1989年後半からは4速ATのみの設定となった。のちにソフトトップの開閉が電動化され、1,900ccエンジンはGTIと同じ120PSとなった。ピニンファリーナ製の美しいカブリオレは女性にも人気を博した。

205ターボ16(日本未導入)
1984年発売。1,800ccのターボチャージャー付きエンジンをミッドシップに搭載し、四輪駆動化されたWRCグループBカテゴリー参戦の為のスペシャルモデル。ホモロゲーション取得の為に販売されたロードバージョンは200馬力であったが、競技用のワークスカーは350馬力(205T16E1)~450馬力(205T16E2)を発生したと言われている。ロードバージョンのserie200の総生産台数は200台であった。競技用ワークスカーは参戦当時E1・E2合わせて20数台が製作されたとされているが、日本には並行輸入されたロードカーのみが10数台存在するものと思われる。

* ロードカーは基本色がガンメタリック。オプションカラーとしてパールホワイトが設定されていた。

* ほとんどの外板パーツが専用品に変更されている。大きく張り出した前後のブリスターフェンダーが特徴的で、ボンネットにはラジエータの熱気抜きのダクト、リアフェンダーには空冷式インタークーラーとエンジン冷却用に外気を導入するためのダクトが設けられている。

* リアカウルはヒンジ式で大きく開くことができるので、エンジン内部への整備性に寄与しているが、軽量なアクリルウインドウを使用するワークスカーと違い、ロードカーのカウルは大きなリアガラスがはめ込まれているため、非常に重い。

* カウルを開けると目に入ってくるのが大きな三角形のパネルであるが、これは内部に電動ファンが設置されており、ターボチャージャー及びエグゾースト系の熱を強制的にリアから逃がす仕組みになっている。

* 独KKK社(Kühnle Kopp und Kausch)製ターボチャージャーはおよそ3,000rpm前後から機能し、過給圧は0.7barである。

日本投入車種
* 205SRD - ディーゼルエンジン搭載モデル。日本でも導入初期にごく少数が輸入された。

* 205オートマチック - 205シリーズ初のATモデル。日本ではCTIと同時期に導入。燃料噴射方式はキャブレター(ソレックス社製) 。

* 205XS - 1,400ccエンジンを搭載した廉価版。1987年より投入。ウェーバー社製キャブレターを搭載。

* 205ラコステ - ラコステ社とのタイアップモデル。

* 205ブロンシュ - ル・マン24時間レース優勝記念の限定車。ボディカラーはその名の通り白。

* 205Si - 後期の廉価モデルで1,600ccまたは,1900ccのエンジンを搭載。

日本未投入車種
* 205ラリー - ラリー競技参加のためのベースモデル。1,300ccエンジンにウェーバー社キャブレターを組み合わせ、装備の簡略化などにより、790kgという非常に軽い車両重量を実現していた(GTI本国仕様は1,600ccモデルで850kg、1,900ccモデルで880kg)日本には数台が並行輸入された。この「ラリー」モデルは、後継車である106等に引き継がれている。

* 205ローラン・ギャロス - プジョーが1984年からスポンサードしている全仏オープンテニス「ローラン・ギャロス大会」を記念して設定された限定車。現行車種では同モデルが日本国内にも導入されている。

モータースポーツでの活躍
1980年代から1990年代初頭にかけて、プジョーはモータースポーツ部門であるプジョー・タルボ・スポールが中心となって活躍していた。当時のディレクターは、現在フェラーリF1チーム監督として辣腕を振るうジャン・トッドである。このプジョー・タルボ・スポールの手によって1984年のWRCツール・ド・コルスにて205T16(E1)はデビューし、初戦で2位を獲得。その後も強豪ひしめく群雄割拠のグループBの中でも、ランチア・ラリー037、アウディ・クワトロ、ランチア・デルタS4といった強敵に互角以上に打ち勝ち、数戦後には更に戦闘力を高めた改良型205T16E2を投入する磐石のシーズン運びを見せ、結果1985年と1986年の2年連続でドライバー(1985年ティモ・サロネン、1986年ユハ・カンクネン)とマニュファクチャラーズのダブルタイトルを獲得するに至った。

登場当時、覇を誇っていたフロントエンジン4WD車・アウディ・クワトロの牙城を崩し、ミドシップ4WD車のWRCにおける優位性を確立した。のちに、同様のコンセプト及び駆動系などのレイアウトを、各メーカー毎の解釈に基づき製作されたランチア・デルタS4、MG・メトロ6R4、フォード・RS200などが続々と発表・実戦投入され、レイアウトはそのままにショートホイールベース化され更に過激な進化を遂げたアウディ・スポーツ・クワトロ等と共に、グループB最終年となる1986年までラリー・コンペティションの歴史に残るパワー戦争を繰り広げた。

1987年以降のグループB消滅後は、205T16GR(E2ベース)はパリ・ダカール・ラリーに活躍の場を移し、後継の405T16GRと合わせると四連覇するという快挙を達成(1987年~1990年)。そのあまりの強さに「砂漠のライオン」として競合メーカーに怖れられ、のちにパリ・ダカを制する三菱自動車の挑戦をことごとく跳ね返した。

205は、全日本ラリー選手権に当時のインポーターであったARJのサポートにより参戦した。ライバルの通称・ハチロクと呼ばれるAE86型レビン/トレノと名バトルを繰り広げたのは余り知られていない。なお、同選手権に左ハンドル車として初めてエントリーしたマシンである。

[ 2009/02/24 16:25 ] PEUGEOT | TB(0) | CM(0)

Peugeot 505 6 cyl turbo advert US 0'30"

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プジョー505(Peugeot 505)は、フランスの自動車会社、オートモビル・プジョーがかつて製造した中型乗用車。

1979年、それまでの主力中型車、504の後継車として登場。デザインはプジョーと親しい関係にあったイタリアのピニンファリーナが担当し、吊り目のヘッドライトに特徴付けられた端正で優美なもので、4ドアセダンと5ドアワゴンのボディが存在した。フランスなどではワゴンモデルを改造した救急車も存在した。

メカニズムでは、サスペンションに前輪にマクファーソン・ストラット、後輪にセミトレーリングアームの4輪独立懸架を採用、エンジンは排気量1800cc(OHV)と2000cc(OHCでルノー、ボルボとの共同開発のPRVエンジン。この505では燃料噴射を搭載)の直列4気筒ガソリンエンジン、2300ccのディーゼルエンジンが当初搭載された。駆動方式はFR(前エンジン、後輪駆動)である。後に2200cc仕様(2000ccから代替)やそのターボ仕様、ターボディーゼル仕様、さらに1986年のマイナーチェンジで最上級モデルの604から引き継いだV型6気筒2700ccと、様々なエンジンが搭載された。生産中止となったのは実質的な後継車、605の登場直後、1991年。しかしアルゼンチン等ではその後もしばらく生産が続行された。また、中国南部、広東省広州市での合弁企業「広州標致 (プジョー)汽車」でも生産された(後に経営難で事業をホンダに譲渡し、アコードやオデッセイなどを生産)。

日本では西武自動車販売がセダンのみを正規輸入し、初期には2000ccのTI/STI(右ハンドル)が、マイナーチェンジ後には2200ccのGTIと2700ccのV6(左ハンドル)が販売されているが、日本でのバブル景気以前の車種ということもあり、絶対数はきわめて少ない。なお、全幅が1700mmを超えていたため3ナンバー登録だった。

[ 2009/02/25 16:43 ] PEUGEOT | TB(0) | CM(0)

Peugeot 106 GTi Advert 0'46"

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プジョー・106 (Peugeot 106) は、フランスの自動車会社であるプジョーが製作した一番ベーシックラインの自動車である。シトロエン・サクソとの姉妹車にあたる。

フランス本国では1991年に登場、ヨーロッパ市場では、3ドア、5ドア、エンジンも1,000cc、1,100cc、1,300cc、1,400cc、1,500ccディーゼル、更に1,400ccのインジェクション搭載車、XSiが当初用意された(後にXSiは1,600ccに移行した)。そして1996年のフロントマスクの変更等に伴って導入された1,600ccのDOHC16バルブを用意するという非常に充実したラインナップになっている。なお、その1,600ccDOHCのモデル、106S16のSはフランス語で弁・バルブを意味する「Soupape」(スパップ)のSをとったグレード名である。高められたボディ剛性もあいまってプジョーのラインナップの中でもスポーツ性の高いモデルとして人気を博した。

この106は、ヨーロッパでは数限りないほどの特別仕様車が企画された。その中でも日本でも並行輸入された有名なモデルに付いて記述する。

* ラリー(Rallye)-基本的に競技参加用のモデルだったが、走行快適性もそれほど犠牲にされていなかった。しかし身上は、軽量化されたボディを利した軽快な運動性能で、ホットハッチファン垂涎の1台となった。初期型は1,300ccだったが、マイナーチェンジに合わせて1,600ccとなり、さらにはS16と同形式のDOHCエンジンも搭載された。基本的にエアコン等の快適装備は装着されていないが、オプションで装着可能であり、特に後期型のラリー16Vは、並行輸入を行っていた有名ショップが装着して輸入していたのもあり、エアコン装着車が多い。依然として軽量ではあるが、エンジンも共通でありS16との違いが薄い感はある。

* グリフ(Griffe)-『グリフ』とはライオン(プジョーのシンボル)が縄張りを示すために印した爪痕を意味し、プジョーの威厳を表した高級指向のモデル。イメージにふさわしい淡い色調の本革張りのインテリアや、ボディカラーも銀、栗色等シックなものを用意し、1,600ccエンジンを搭載していた。3ドア、5ドア共に存在したが、マイナーチェンジ前の限定仕様だったため、日本には数えるほどしか輸入されなかった。

日本では1995年に106XSi(1,600cc)が限定車の形で販売され、1996年にマイナーチェンジされた後は、もっともスポーツ性の高い3ドアの1,600ccDOHCのモデル、106S16のみが輸入されている。プジョーは日本向けには右ハンドルが原則だが、イギリス向け右ハンドル仕様車はエアコンが装着できなかったため、日本仕様は左ハンドルでの輸入となった。このあたりが正規輸入車が少なかった一因である。日本仕様S16には1998年に「日本におけるフランス年」を記念したモデルである『セリー・スペシャル1998』(250台限定)、2002年の最終輸入仕様『リミテッド』等の特別仕様車が存在した。『セリー・スペシャル1998』には、インディゴブルー、ビアンカホワイト、チェリーレッドのフランス国旗をイメージしたボディカラーが用意された。このうちインディゴブルーは正規輸入車にも存在したが、ビアンカホワイトは他にRallyeとリミテッドにしか存在せず、チェリーレッドにいたっては正規輸入車はもちろん、他の特別仕様車にも存在しなかったカラーで、日本においては大変希少である。

[ 2009/02/26 10:39 ] PEUGEOT | TB(0) | CM(0)

Peugeot 405 Advert 0'57"

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プジョー・405 (Peugeot 405) は、フランスの自動車会社であるプジョーが1987年から1997年まで生産した小型乗用車である。前身は305であるが、1960年デビューの404以来、17年ぶりの400番台の新型車となった。1988年のヨーロッパ・カー・オブ・ザ・イヤーを受賞している。

プジョー・305の上級移行版であったが、車体寸法はむしろ505(全長4,580mm x 全幅1,720mm x 全高1,450mm x ホイールベース2,740mm)に近く、日本市場では3ナンバー登録となった。デザインはプジョーの伝統通りピニンファリーナの手によるもので、大ヒットとなったホットハッチ205にも、同じくピニンファリーナの作品であるアルファロメオ・164にも近似した滑らかなボディラインを持つ。1988年には5ドアワゴンのブレークが追加投入された。

当初のエンジンは1,400/1,600/1,900ccの直列4気筒 SOHCガソリンエンジンが中心であったが、WRCに参戦した205ターボ16の経験を取り入れた1,900cc DOHC 16バルブエンジンもスポーティグレードの「MI16」に搭載された。1910年代にプジョーは世界で最も早くDOHCエンジンをレーシングマシンに搭載したが、MI16は第二次世界大戦後初めてのDOHCエンジン搭載車となった。サスペンションは205と同じマクファーソンストラット/トレーリングアームの組み合わせであった。

1988年に1,900ccディーゼルと1,800ccディーゼルターボが加わり、欧州市場ではむしろこちらが主力となった。1991年にはフルタイム4WDも設定された。1993年にはマイナーチェンジが行われ、ボディ剛性の大幅向上が図られる一方、トランクリッドの見切り線が下げられ、ダッシュボードも一新された。ガソリンエンジンは1,600/1,900ccから1,800/2,000ccに変更され、MI16のDOHCエンジンも2,000ccとなった。更にMI16のDOHC エンジンにターボを装着し、4WDのドライブトレーンを組み合わせた「T16」も追加された。

1995年に後継車の406が登場した後、1997年にヨーロッパでの生産は終了したが、イランでは2000年代半ば過ぎまで生産された。

アメリカ・カナダにも1991年頃まで輸出されていたが、この405を最後にプジョーは北米市場から撤退した。

日本仕様
205GTIがヒットし、ようやくプジョー車の知名度が上がりつつあった当時の日本市場において、405は戦略車種として大いに期待された。しかし日本仕様の完成は遅れ、発売は本国のデビューから2年後の1989年9月となった。当時の販売元はオースチン・ローバー・ジャパンとスズキであった。

当初のモデルはSRI(SOHC 1,904cc・120PS/6,000rpm)、豪華版のSRI-EX (アルミホイールやサンルーフを装備)、スポーツ版のMI16(DOHC 1,904cc・160PS/6,500rpm)及びそのレザー内装仕様であった。

その後1990年10月にSRI-EXブレークと中間車種のSRI-SX、レザー内装を持つノーマル系トップモデル・グリフが登場した。マイナーチェンジによる2リッター化を経て最後まで輸入されたのはSRI-EXのセダンとワゴン、MI16・グリフであった。

プジョー=ホットハッチという日本市場でのイメージ、1,900-2,000ccにも関わらず3ナンバーというボディサイズ(兄弟車シトロエン・BXは5ナンバー)、BXより高い価格設定、初期トラブルの多さなどから販売は好調とは言い難かった。

[ 2009/02/27 11:06 ] PEUGEOT | TB(0) | CM(0)

Reclama Peugeot 406 - Upside down 0'49"

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プジョー・406(Peugeot 406)はフランスの自動車メーカープジョーが製造販売していたミドルクラスの乗用車。セダン、ブレーク(ステーションワゴン)、クーペが存在する。

1995年9月のフランクフルトモーターショーで発表されたセダンで、日本には1996年10月から導入された。405の後継モデルである。PSA・プジョーシトロエングループの一員であるシトロエンのエグザンティアとプラットフォームを共有する。また、映画「TAXi」シリーズでの活躍も有名である。

セダン
ミドルサイズのセダンとして、本国と比較し1年遅れで日本国内でも販売された。理由として、ドイツZF社製電子4AT制御仕様(4HP20)がようやく完成し、本国でも遅れて販売が始まり、AT需要が主な日本でも、同時期に販売開始された。セダンのデザインはプジョーの社内案をベースとしたデザインを採用している。日本仕様は全車右ハンドルのATのみ。後に406スポーツと称する2.2Lエンジンを搭載した左ハンドルMT車が発売されている。本革シートは最上級のSVレザーパッケージに付く。他に国内向けグレードとしてSV、STがあり、エンジンも本国では多数(6種類、ダーボディーゼル等もあり)選択できるが、国内向けは当初1本のみ。2.0L 直列4気筒DOHC16V(132ps/18.7kgm)をFF横置き搭載のみで、最高速度203Km/hでプレミアムガソリン仕様(タンク容量70L)となる。サスペンションはフロントはストラット、リアはマルチリンクで、プジョー特有のしなやかで滑らかなストロークの、ミドルクラスとして良いサスが特徴。

サイズは全長4555mm、全幅1770mm、全高1420mm、ホイルベース2700mm、車両重量は1390kg。

ブレーク
ミドルサイズのステーションワゴンとして、セダン販売からさらに遅れ日本国内では1997年中旬頃販売された。エンジンもセダン同様に燃料供給装置はマルチインジェクションの2.0L 直列4気筒DOHC16Vで、FF横置き搭載する。グレードは1種類のみでスタートし、後にマイナーチェンジで3.0L V型6気筒DOHC24Vが搭載、追加された。ブレーキも同様にサーボアシスト付で、前輪はベンチレーテッドディスク、後輪はディスクとなる。後部座席を格納する事で積載容量を526Lから1741Lまで拡大可能。本国ではオプションで3列シートを装着可能。

サイズは全長4725mm、全幅1760mm、全高1450mm、ホイルベース2700mm、車両重量は1453kg。

クーペ
上級ミドルサイズのFFパーソナルクーペとして、日本には1998年1月から導入された。デザイン的に似てはいるものの、外装でセダンと同じ部品は無く全て専用設計となっている。内装はダッシュボード、センターコンソールはセダンとほぼ同様だが、メーターパネル、ドア内張り、前後シート、リア内張り、天井内張りはクーペ専用部品で、ダッシュボードの化粧板にはピニンファリーナのエンブレムがある。前席シートはレカロとプジョーの共同開発によるもので、前期型のD8CPVではパンチングレザーが用いられていた。乗車定員は4名である。日本向けの仕様は、エンジンは 1997年11月にセダン・ブレークに追加されたものと共通の3.0L V6DOHC24V(190ps/26.7Kgm)で、組み合わされたのはZF製4HP20・4速AT(最終仕様まで一貫して使用された)で、この組み合わせのモデルのみがラインナップされていた(本国では2.0Lの設定もあり)。また日本仕様では2002年モデルまで前輪ディスクブレーキのキャリパーは本国ではオプションとなっているブレンボの対向2ピストンキャリパーが標準装備されていた。最高速度は235km/hで0→100km/h加速は7.9秒。ハンドルは左右から選択可能だが、国内向けは1グレードのみで、本革シート標準装備。イタリアのカロッツェリアであるピニンファリーナがデザインのみならず製造工程まで一貫して手がけている。そのデザインの優美さは、歴代フェラーリを手がけた名門ピニンファリーナによることから、世界的に美しいフォーマル・クーペと評されることもあった。2000年にエンジンのチューニングが見直された。2003年にはマイナーチェンジが行われ、フロントのデザインが一新された。

サイズ全長4615mm、全幅1810mm、全高1365mm、ホイルベース2700mm、車両重量は1520Kg。

* 1996年10月からプジョー・ジャポンで正規ディーラー車の販売開始。
* 1997年11月から3.0L V6DOHC24Vエンジンがセダン、ブレークに導入。
* 1998年1月からクーペ導入。
* 1999年マイナーチェンジ。セダンとブレークのZF製4ATがプジョーとルノーの共同開発品(AL4)に変更し約20kgの軽量化。サイドエアバックが全車標準装備。セダンは2.0Lの1グレードのみに統合。
* 2000年にクーペのエンジンの細かな仕様変更。
* 2003年にはクーペのマイナーチェンジ。フロントのデザインが一新。
* 2005年に販売終了。

[ 2009/02/28 13:19 ] PEUGEOT | TB(0) | CM(0)
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