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Initial D First Stage ACT 4 「交流戦突入!」 24’54”

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Initial D First Stage 4
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Initial D First Stage ACT 4 「「交流戦突入!」」

『頭文字D』(イニシャル・ディー / 英語表記: Initial D) は、しげの秀一による日本の漫画作品、またそれを原作にしたテレビアニメと映画を指す。通称「イニD」。『週刊ヤングマガジン』(講談社)にて、1995年30号から2013年35号まで連載。コミックス累計発行部数は47巻の時点で約4800万部。

北関東の名立たる峠道を舞台に、主人公・藤原拓海が父親の愛車、AE86型(ハチロク)スプリンタートレノを駆り、誰の目にも圧倒的に速いと思える車を相手に対等な勝負を繰り広げ、“公道最速”を目指す。

峠において自動車を高速で走行させることを目的とする走り屋の若者たちを描いた作品である。作品に登場する秋名山(あきなさん)は架空の地名であり、実在しない。そのモデルは群馬県にある上毛三山の一つ、榛名山(はるなさん)。その他の地名は実名。

作品の舞台となる年代は、第一話の冒頭に199X年と表記されているが、ランサーエボリューションVIIやZ33型フェアレディZなど、2001年以降に発売された車も登場しており、現実とは時間軸が異なる。

この作品の愛読者には土屋圭市、織戸学、谷口信輝、今村陽一といったレーシングドライバーがおり、特に土屋はアニメ版の監修やハチロクのエンジン音・スキール音の収録を務め、作品に深く関わっている。また、2009年に刊行された増刊本『頭文字D THE MESSAGE』では前述の土屋、谷口のほか片山右京、新井敏弘、山野哲也、飯田章、石浦宏明、服部尚貴、中嶋悟らも本作の読者としてコメントを寄せている。アニメの出演者で、藤原拓海を演じる三木眞一郎と高橋啓介を演じる関智一なども影響を受け、三木は主人公の愛車である「ハチロク」を購入。また、中里毅を演じた檜山修之も「この作品をもっと早く知っていたらスカイラインGT-R(R32)に乗っていたかもしれない」とコメントしている。

作品中に登場する技術「溝落とし」や、「インベタのさらにイン」などを実際に真似ようとする読者や視聴者が現れるため、アニメと、連載雑誌の冒頭には読者・視聴者に対して「道路交通法を守り、安全運転を心がけてください」と警告するメッセージが表示される。

タイトル「D」の意味は、「ドリフト(drift)のD」であると作者が発言しているが、プロジェクトDの「D」に関しては、作中では高橋涼介が複数の意味を持つ言葉であるように語っており、その詳細は語られてはいなかったが、最終話で「DREAM(夢)」であることが判明した。

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[ 2008/11/01 23:01 ] Initial D First Stage | TB(0) | CM(0)

Initial D First Stage ACT 5 「決着!ドッグファイト!」 24’54”

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Initial D First Stage ACT 5 「決着!ドッグファイト!」

『頭文字D』(イニシャル・ディー / 英語表記: Initial D) は、しげの秀一による日本の漫画作品、またそれを原作にしたテレビアニメと映画を指す。通称「イニD」。『週刊ヤングマガジン』(講談社)にて、1995年30号から2013年35号まで連載。コミックス累計発行部数は47巻の時点で約4800万部。

北関東の名立たる峠道を舞台に、主人公・藤原拓海が父親の愛車、AE86型(ハチロク)スプリンタートレノを駆り、誰の目にも圧倒的に速いと思える車を相手に対等な勝負を繰り広げ、“公道最速”を目指す。

峠において自動車を高速で走行させることを目的とする走り屋の若者たちを描いた作品である。作品に登場する秋名山(あきなさん)は架空の地名であり、実在しない。そのモデルは群馬県にある上毛三山の一つ、榛名山(はるなさん)。その他の地名は実名。

作品の舞台となる年代は、第一話の冒頭に199X年と表記されているが、ランサーエボリューションVIIやZ33型フェアレディZなど、2001年以降に発売された車も登場しており、現実とは時間軸が異なる。

この作品の愛読者には土屋圭市、織戸学、谷口信輝、今村陽一といったレーシングドライバーがおり、特に土屋はアニメ版の監修やハチロクのエンジン音・スキール音の収録を務め、作品に深く関わっている。また、2009年に刊行された増刊本『頭文字D THE MESSAGE』では前述の土屋、谷口のほか片山右京、新井敏弘、山野哲也、飯田章、石浦宏明、服部尚貴、中嶋悟らも本作の読者としてコメントを寄せている。アニメの出演者で、藤原拓海を演じる三木眞一郎と高橋啓介を演じる関智一なども影響を受け、三木は主人公の愛車である「ハチロク」を購入。また、中里毅を演じた檜山修之も「この作品をもっと早く知っていたらスカイラインGT-R(R32)に乗っていたかもしれない」とコメントしている。

作品中に登場する技術「溝落とし」や、「インベタのさらにイン」などを実際に真似ようとする読者や視聴者が現れるため、アニメと、連載雑誌の冒頭には読者・視聴者に対して「道路交通法を守り、安全運転を心がけてください」と警告するメッセージが表示される。

タイトル「D」の意味は、「ドリフト(drift)のD」であると作者が発言しているが、プロジェクトDの「D」に関しては、作中では高橋涼介が複数の意味を持つ言葉であるように語っており、その詳細は語られてはいなかったが、最終話で「DREAM(夢)」であることが判明した。

[ 2008/11/02 23:15 ] Initial D First Stage | TB(0) | CM(0)

Initial D First Stage ACT 6 「新たなる挑戦者」 24'54"

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Initial D First Stage 6
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Initial D First Stage ACT 6 「新たなる挑戦者」

『頭文字D』(イニシャル・ディー / 英語表記: Initial D) は、しげの秀一による日本の漫画作品、またそれを原作にしたテレビアニメと映画を指す。通称「イニD」。『週刊ヤングマガジン』(講談社)にて、1995年30号から2013年35号まで連載。コミックス累計発行部数は47巻の時点で約4800万部。

北関東の名立たる峠道を舞台に、主人公・藤原拓海が父親の愛車、AE86型(ハチロク)スプリンタートレノを駆り、誰の目にも圧倒的に速いと思える車を相手に対等な勝負を繰り広げ、“公道最速”を目指す。

峠において自動車を高速で走行させることを目的とする走り屋の若者たちを描いた作品である。作品に登場する秋名山(あきなさん)は架空の地名であり、実在しない。そのモデルは群馬県にある上毛三山の一つ、榛名山(はるなさん)。その他の地名は実名。

作品の舞台となる年代は、第一話の冒頭に199X年と表記されているが、ランサーエボリューションVIIやZ33型フェアレディZなど、2001年以降に発売された車も登場しており、現実とは時間軸が異なる。

この作品の愛読者には土屋圭市、織戸学、谷口信輝、今村陽一といったレーシングドライバーがおり、特に土屋はアニメ版の監修やハチロクのエンジン音・スキール音の収録を務め、作品に深く関わっている。また、2009年に刊行された増刊本『頭文字D THE MESSAGE』では前述の土屋、谷口のほか片山右京、新井敏弘、山野哲也、飯田章、石浦宏明、服部尚貴、中嶋悟らも本作の読者としてコメントを寄せている。アニメの出演者で、藤原拓海を演じる三木眞一郎と高橋啓介を演じる関智一なども影響を受け、三木は主人公の愛車である「ハチロク」を購入。また、中里毅を演じた檜山修之も「この作品をもっと早く知っていたらスカイラインGT-R(R32)に乗っていたかもしれない」とコメントしている。

作品中に登場する技術「溝落とし」や、「インベタのさらにイン」などを実際に真似ようとする読者や視聴者が現れるため、アニメと、連載雑誌の冒頭には読者・視聴者に対して「道路交通法を守り、安全運転を心がけてください」と警告するメッセージが表示される。

タイトル「D」の意味は、「ドリフト(drift)のD」であると作者が発言しているが、プロジェクトDの「D」に関しては、作中では高橋涼介が複数の意味を持つ言葉であるように語っており、その詳細は語られてはいなかったが、最終話で「DREAM(夢)」であることが判明した。

[ 2008/11/03 15:25 ] Initial D First Stage | TB(0) | CM(0)

Initial D First Stage ACT 7 「走り屋のプライド」 24’59”

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Initial D First Stage 7
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Initial D First Stage ACT 7 「走り屋のプライド」

『頭文字D』(イニシャル・ディー / 英語表記: Initial D) は、しげの秀一による日本の漫画作品、またそれを原作にしたテレビアニメと映画を指す。通称「イニD」。『週刊ヤングマガジン』(講談社)にて、1995年30号から2013年35号まで連載。コミックス累計発行部数は47巻の時点で約4800万部。

北関東の名立たる峠道を舞台に、主人公・藤原拓海が父親の愛車、AE86型(ハチロク)スプリンタートレノを駆り、誰の目にも圧倒的に速いと思える車を相手に対等な勝負を繰り広げ、“公道最速”を目指す。

峠において自動車を高速で走行させることを目的とする走り屋の若者たちを描いた作品である。作品に登場する秋名山(あきなさん)は架空の地名であり、実在しない。そのモデルは群馬県にある上毛三山の一つ、榛名山(はるなさん)。その他の地名は実名。

作品の舞台となる年代は、第一話の冒頭に199X年と表記されているが、ランサーエボリューションVIIやZ33型フェアレディZなど、2001年以降に発売された車も登場しており、現実とは時間軸が異なる。

この作品の愛読者には土屋圭市、織戸学、谷口信輝、今村陽一といったレーシングドライバーがおり、特に土屋はアニメ版の監修やハチロクのエンジン音・スキール音の収録を務め、作品に深く関わっている。また、2009年に刊行された増刊本『頭文字D THE MESSAGE』では前述の土屋、谷口のほか片山右京、新井敏弘、山野哲也、飯田章、石浦宏明、服部尚貴、中嶋悟らも本作の読者としてコメントを寄せている。アニメの出演者で、藤原拓海を演じる三木眞一郎と高橋啓介を演じる関智一なども影響を受け、三木は主人公の愛車である「ハチロク」を購入。また、中里毅を演じた檜山修之も「この作品をもっと早く知っていたらスカイラインGT-R(R32)に乗っていたかもしれない」とコメントしている。

作品中に登場する技術「溝落とし」や、「インベタのさらにイン」などを実際に真似ようとする読者や視聴者が現れるため、アニメと、連載雑誌の冒頭には読者・視聴者に対して「道路交通法を守り、安全運転を心がけてください」と警告するメッセージが表示される。

タイトル「D」の意味は、「ドリフト(drift)のD」であると作者が発言しているが、プロジェクトDの「D」に関しては、作中では高橋涼介が複数の意味を持つ言葉であるように語っており、その詳細は語られてはいなかったが、最終話で「DREAM(夢)」であることが判明した。

[ 2008/11/04 17:55 ] Initial D First Stage | TB(0) | CM(0)

Mazda Capella C2 4WS 1988 0'30"

トップページMAZDAカテゴリーMazda Capella C2 4WS 1988 MAZDA_CAPELLA_C2_4WS____1988
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カペラ (Capella) はかつてマツダで生産されていた乗用車である。30年以上の期間にわたり、ファミリアと共にマツダ乗用車の基幹車種として広く知られていた。

世代についてはマツダ公式サイトのHISTORY OF MAZDAを元にしている。書籍によっては記述が異なる場合もある。

海外では「Mazda 626」として販売され、「カペラ」という名のみ基本的に国内専用であった。

5代目(GD系 1987-1991年:GV系 1988年-1997年)
* 1987年5月登場。タクシー仕様は5代目が最終となった(後継はカスタムキャブに統合)。

o ボディタイプは4ドアセダンと5ドアハッチバックのカペラCG(City Gearの意)、2ドアクーペのカペラC2(Composite Coupeの意)。遅れてステーションワゴンとライトバンのカペラカーゴが追加された。

o 世界初の電子制御車速感応型4WSや量産エンジン初のプレッシャーウェーブスーパーチャージャーディーゼルを搭載するなど、カペラの生産史上、最も華やかなモデルとなった。

* 1987年7月、カペラCGにセンターデフ方式のフルタイム4WDを追加。

* 1988年2月、電子チューナーラジオ、オートアンテナなど装備を充実した特別仕様車1800㏄プロフィールシリーズを追加(セダン・SG-X、SG-Xi、CG・SG-R、SG-Ri)。

* 1988年、これをベースにしたハードトップ、ペルソナが登場。翌年には、ペルソナの姉妹車、ユーノス300が登場。

* 1988年2月、これまでカペラCGのみの採用であった4WSがセダン、C2にも設定拡大。

* 1988年3月、ステーションワゴンのカペラカーゴワゴンを追加。加えてLA系ベースのルーチェバンの後継として商用車(ライトバン)のカペラカーゴバンを販売。カペラカーゴワゴンは最後部に跳ね上げ式後ろ向きのシートを備え7人乗車が可能でもあった。カペラカーゴはローライダー系カスタムを好む層から一時期人気があった。

* 1989年6月、マイナーチェンジ。これまでCGのみであった4WDをセダンにも設定。2000ccDOHCエンジンはハイオク化され、MT車は 150ps、AT車は145psに向上した。1800ccにDOHCエンジンを追加。(1800ccEGI-SOHCはカーゴで、1800ccキャブレターSOHCはセダンで継続。)

* 1990年10月、カーゴに2000㏄4WD(5人乗り)を追加。

* 1991年10月にはクロノス、アンフィニMS-6、MX-6の登場でセダン、CG、C2は生産終了となった。しかし、クロノスではステーションワゴンはラインナップされず、カーゴの続投で、スバル・レガシィに端を発するステーションワゴンブームを乗り切らなければならなかった。

* 1992年8月、カーゴがマイナーチェンジ。DOHC車と4WDを追加。

* 1994年10月、マイナーチェンジ。セダン復活に伴い、ステーションワゴンの名称をカペラカーゴワゴンからカペラワゴンに改名し、フロント、リア、ルーフの造形が大幅に変更され(カーゴバンはルーフのみ変更[1])、テルスターとインパネを入れ替えるなどで内装を変更する。上位グレードをスポーツアクティビティー系4WD車のみでグリルガード付きののFX(FIELD CRUISERの意)と、タウンユース系で後ろ向きサードシートを備えるFF車のSX、下位グレードをSV(4WD / FF)に変更。フロントグリルが大型化され、4WD車はボディー同色、FF車はメッキ仕上げとなる。4WD車は、いわゆる「RVブーム」の影響から、いずれも最低地上高が上げられており、悪路走破性が増している。

* 1996年7月、ワゴンをマイナーチェンジ。リアスタイルが変更される。コンセプトカーBU-X(デミオ)を彷彿させる、バンパーとフロントグリルが一体化した4WD車のみのクルージング(FX-CRUISING、SX-CRUISING)を追加。FF車にSXと、SVの補間グレードSV-Fを追加。

* 1997年11月 GV系カペラワゴンをフルモデルチェンジ。カーゴバンは廃止。

[ 2008/11/05 10:36 ] MAZDA | TB(0) | CM(0)

「GT by Citroën」アンヴェイル 2'07"

トップページCITROEN CMカテゴリー「GT by Citroën」アンヴェイル GT_by_CITROEN.jpg
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GT by シトロエン '08とは、ポリフォニー・デジタルのグランツーリスモ5プロローグで登場する自動車である。 また、パリショーでのショーカーである。

グランツーリスモ5プロローグSpecIIIでのスペック

* エアロダイナミクス
o F:80
o R:145

* パフォーマンスポイント(タイヤF/R:R3)
o 943

* スプリングレート
o F:3
o R:3

* ダンパー
o F:2
o R:2

* トー角
o F:0.00
o R:0.00

* ネガティブキャンバー角
o F:1.5
o R:2.0

* 前後駆動力配分
o F:45
o R:55

グランツーリスモ5プロローグSpecIIIでの価格・カラー

* 価格
o Cr.100,000,000

* カラー
o 20色
+ ホワイト系2色
+ シルバー系2色
+ グレー系3色
+ ブラック系1色
+ ブルー系2色
+ ゴールド系3色
+ イエロー系1色
+ レッド系3色
+ グリーン系3色

加速 0~100km/h 3.6秒 1km走行(0km/h~) 20.4秒 最高速度 330km/h以上

[ 2008/11/06 16:21 ] CITROEN | TB(0) | CM(0)

The New Citroën C5 - Unmistakeably German 1'31"

トップページCITROEN CMカテゴリーThe New Citroën C5 - Unmistakeably German The_New_Citro_n_C5_-_Unmistakeably_German
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シトロエン・C5はフランスの自動車メーカーシトロエンが生産する中型ファミリーカーで、2001年にエグザンティアの後継車種として誕生した。

2代目(2007年-)
2代目のC5はヨーロッパでは2007年10月に発表され、4ドアノッチバック及びステーションワゴン(ツアラー)ボディが用意されている。パワートレーンには2700ccV6HDI ディーゼルエンジンが追加されている。セダンがGSA以来続いた5ドアハッチバックではなくなったこと、C4・C6と続いたセンターメーターが通常の位置に戻され、ハイドラクティブではない通常のコイルサスペンション版も用意されるなど、最近のシトロエンの中でも比較的保守的な設計となっている。

日本ではプジョー・シトロエンの両日本法人が統合されて2008年に発足したプジョー・シトロエン・ジャポンから、2008年10月1日より発売された。従来通り2リッター直4・143psの「2.0」(399.0万円・ツアラー419.0万円)と、3リッター V6・215psの「3.0エクスクルーシブ」(479.0万円・ツアラー499.0万円)の4モデルが設定され、日本仕様は全てハイドラクティブサスペンション付きとなっている。旧型より全長で+55mm、全幅+80mm、ホイールベースで+65mm大型化され、価格も旧型2.0LEと新型2.0との比較で35万円上昇している。

[ 2008/11/07 16:59 ] CITROEN | TB(0) | CM(0)

Citroën C4 TransFormer CM 0'32"

トップページCITROEN CMカテゴリーCitroën C4 TransFormer CM Citroen_c4_Transformer_cm
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シトロエン・C4 (Citroën C4)とは、フランスの自動車製造会社シトロエンが製造する中型ハッチバック自動車である。

シトロエン・クサラの後継車として2004年から発売され、フォルクスワーゲン・ゴルフ、ルノー・メガーヌ、プジョー・307などと同じくCセグメントに属す車。PSA・プジョーシトロエンに属するプジョーのプジョー・307とプラットフォームやエンジンなどを共有している。フロントグリルにはダブルシェブロン(歯車の名称)をデザインモチーフに使っている。(同社フラグシップカーのC6やC5も同じ)

「シトロエンらしく」他の車にはあまり見られない装備を用いている。

* センターパッドが回転しない「センターフィックスステアリング」を採用。一般的な自動車のステアリングホイールは、センターパッドとリム(外周)部分が一体になっており共に回転するが、C4では両者が分割され、センターパッドは固定されていて回転しない。その事により、センターパッド部分に配置されているクルーズコントロールやオーディオスイッチが操作しやすく、衝突時のエアバッグの適正な展開が可能。

* 上級グレード車に装備される「ディレクショナルヘッドライト」は、ステアリングに連動してヘッドライトの光軸を車が曲がる方向に向け、曲がる先の視界を確保するというもの。シトロエンのかつての上級車種DSやSMを想起させる装備ではある。

* 室内の芳香のため「フレグランスエアフレッシュナー」を標準で装備する。専用のフレグランスをセンターベンチレーターの横のに挿入すると芳香剤がほのかに香る。専用芳香剤には、「バンブー」「スイートラベンダー」「ロータス」など九種類がある。

* メーターはセンターメーターを採用しており、表示はデジタル。また、パネル自体が透けている。タコメーターもデジタル式だが、センターメーターとは分かれており、ステアリングコラムの上に設置されている。

* 本国仕様には良燃費のディーゼルエンジンが存在し、車線逸脱防止装置などの先進装備もオプションで用意されている。

スタイリング面では、先代のクサラや先々代のZXと比べればシトロエン「らしさ」を取り戻しており、また、上記のような他では見られない機能、装備を用いている部分もあるが、全体の構成としては、現代のこのクラスの乗用車としてはごくごく一般的な機構を用いており、かつてのシトロエン車に見られたような、独創的、あるいは、独善的とも言える特異さは大分影を潜めている。

サスペンションも、シトロエンの代名詞とも言えるハイドロニューマチックや、それから発展したシステムは用いられておらず、スプリングは一般的な金属ばねを用いている。

008年7月にはマイナーチェンジが発表され、実車は同年8月モスクワ・モーターショーで公開された。主な変更点は、フロント周辺デザイン刷新(このため全長が15mm延長)、メーターレイアウト変更(ステアリングホイール前の小メーター廃止)、ガソリンエンジンのプジョー・308と同じドイツ・BMW社との共同開発の新ユニットへの換装、ディーゼルエンジンの出力アップ等である。車種名称も見直され、ガソリン1600ccモデルがVTi120、同2000ccはTHP150、ディーゼルはHDi 92、HDi 110 FAP、HDi 140 FAPなどと呼ばれる。

サルーンは5ドアで、1.6Lと2.0Lのエンジンを積み、トランスミッションは4EATのみ。また、2.0Lにはディレクショナルキセノンヘッドライトや前後パークアシスタンス等を追加した上級グレード「エクスクルーシブ」が選べる。また、2008年5月には、従来限定モデルとして売られていた、1.6Lモデルにディレクショナルヘッドライトや前後パーキングアシスタンス等を追加した 1.6EXが正規バリエーションとして発売された。Cd値は0.29。

クーペは3ドアだがリアデザインがサルーンとはまったく異なる点が特記される。 1.6LVTRと2.0LVTSの種類があり、トランスミッションは1.6VTRに4EAT、2.0VTSに5MTが装備される。また、2.0LVTSはサルーン2.0の「RFJ」エンジンよりもチューナップされている、「RFK」エンジンが装着されている。Cd値は0.28。

なお、サルーン、クーペの2.0Lのみ、ASR(アンチスケーティングレギュレーション)とESPが標準装備される。(2008年5月に追加された1.6Lモデル、1.6EXにも標準装備)またパノラミックガラスルーフが全モデルにオプションで設定される。

当初は「レザーパッケージ」(シートヒーター付きレザーシートと革張のフロントセンターアームレスト、サルーンにはメモリー付パワーシート、 1.6Lには電動格納ミラーも含まれる)もオプション設定されていたが、2008年5月の1.6EX追加と共に設定廃止された。なお、遠くない将来、マイナーチェンジ版に切り替えられる見通しである。

2007年より、クサラの後継マシンとしてWRCにクーペVTSをベースにした「C4WRC」がデビューし、開幕戦のモンテカルロ・ラリーでいきなりのデビューウィンを飾った。

また、参戦を記念して「C4 by LOEB(ローブ)」が特別仕様車として販売された。(日本仕様は32台限定であった)

[ 2008/11/08 17:23 ] CITROEN | TB(0) | CM(0)

Audi R8 TV Commercial 1'00"

トップページAUDI CMカテゴリーAudi R8 TV Commercial Audi_R8_TV_Commercial
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アウディ・R8とは、ドイツの自動車メーカーアウディが製造・販売するクーペ型のスポーツカーである。

2003年のフランクフルトモーターショーで披露されたコンセプトカー「ルマンクワトロ」をベースにしたスポーツカー。随所にR8レースカーのテクノロジーが組み込まれている。

ボディにはASF(アウディ・スペース・フレーム)を採用し、ボディのみで210kgという驚異的な軽さを実現した。また、エンジンフレームの一部にマグネシウム製パーツを採用している(ASFとしては初めて)。ボディはほとんど手作業で作られ、さらにX線でミクロン単位まで溶接部をチェックするなど、細部にわたってこだわっている。

エンジンは、R8レースカーのテクノロジーが詰まった4.2LFSI直噴V8DOHCを搭載。最高出力420ps/7800rpmを発生する。また、オイル循環にはドライサンプ方式が採用され、エンジン搭載位置を下げることで低重心化に貢献している。

トランスミッションは6速Rトロニックを採用。これは、メカニカルギアボックスと電動油圧クラッチを組み合わせたもので、ATモードとMTモードが選択できる。

サスペンションは前後ともダブルウィッシュボーンで、標準搭載のガス封入式ショックアブソーバーと、アウディ マグネティック ライドをオプションで選択可能。

細部にまでこだわったこのR8は、ドイツ・ネッカーズルムのネッカーズルム工場で1日わずか20台ペースで生産される。本国ドイツやヨーロッパでは既に発売されているが、日本では2007年9月上旬に発売開始。価格は1670万円。日本では左ハンドル/4.2リットルV8FSI/6速Rトロニックの仕様となる。

ショックアブソーバーに磁性体を含んだフルードを封入しており、磁力でフルードをコントロールすることで素早く繊細なサスペンション制御を可能にし、ダンピング性能が異なる「スポーツ」と「ノーマル」の基本モードを用意して、日常の走行から本格的なスポーツドライビングまで幅広くサポートする。

[ 2008/11/09 17:43 ] AUDI | TB(0) | CM(0)

Audi R8 Super Bowl Commercial 1'00"

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アウディ・R8とは、ドイツの自動車メーカーアウディが製造・販売するクーペ型のスポーツカーである。

2003年のフランクフルトモーターショーで披露されたコンセプトカー「ルマンクワトロ」をベースにしたスポーツカー。随所にR8レースカーのテクノロジーが組み込まれている。

ボディにはASF(アウディ・スペース・フレーム)を採用し、ボディのみで210kgという驚異的な軽さを実現した。また、エンジンフレームの一部にマグネシウム製パーツを採用している(ASFとしては初めて)。ボディはほとんど手作業で作られ、さらにX線でミクロン単位まで溶接部をチェックするなど、細部にわたってこだわっている。

エンジンは、R8レースカーのテクノロジーが詰まった4.2LFSI直噴V8DOHCを搭載。最高出力420ps/7800rpmを発生する。また、オイル循環にはドライサンプ方式が採用され、エンジン搭載位置を下げることで低重心化に貢献している。

トランスミッションは6速Rトロニックを採用。これは、メカニカルギアボックスと電動油圧クラッチを組み合わせたもので、ATモードとMTモードが選択できる。

サスペンションは前後ともダブルウィッシュボーンで、標準搭載のガス封入式ショックアブソーバーと、アウディ マグネティック ライドをオプションで選択可能。

細部にまでこだわったこのR8は、ドイツ・ネッカーズルムのネッカーズルム工場で1日わずか20台ペースで生産される。本国ドイツやヨーロッパでは既に発売されているが、日本では2007年9月上旬に発売開始。価格は1670万円。日本では左ハンドル/4.2リットルV8FSI/6速Rトロニックの仕様となる。

ショックアブソーバーに磁性体を含んだフルードを封入しており、磁力でフルードをコントロールすることで素早く繊細なサスペンション制御を可能にし、ダンピング性能が異なる「スポーツ」と「ノーマル」の基本モードを用意して、日常の走行から本格的なスポーツドライビングまで幅広くサポートする。

[ 2008/11/10 17:54 ] AUDI | TB(0) | CM(1)

Bridgestone 2008 Super Bowl Ad 0'30"

トップページBRIDGESTONEカテゴリーBridgestone 2008 Super Bowl Ad Bridgestone_2008_Super_Bowl_Ad
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株式会社ブリヂストン(英語名: BRIDGESTONE CORPORATION) は、世界最大のゴム・タイヤメーカー。本社は東京都中央区京橋。

2005年フランスのミシュラン社を抜き世界シェアトップとなる。連結従業員数はおよそ12万6千人(2006年現在)。生産拠点数は25カ国165拠点(2006年現在)。連結売上高はおよそ3兆円(2006年現在)。売上高のおよそ2割はタイヤ以外の多角化事業での売上。スポーツ用品事業と自転車事業はグループ子会社。

社名は、創業者の石橋正二郎にちなみ英語の「ブリッジ」(橋)と「ストーン」(石)を合成したもの。姓を直訳して、「ストーンブリッジ」では語呂が悪いので、逆さにして「ブリヂストン」になったという。ブリヂストンを略して「BS」と称される事が多い(1967~84年当時のマークにBSが使われた)。

沿革
  • 1930年、日本足袋株式会社(現・アサヒコーポレーション)タイヤ部の手により、純国産タイヤの第1号が生まれる。
  • 1931年3月1日、日本足袋株式会社タイヤ部から独立する形で、福岡県久留米市に「ブリッヂストンタイヤ株式会社」設立。
  • 1934年、久留米工場完成。本格的に量産開始。
  • 1937年、本社を東京に移転。
  • 1942年、戦争激化に伴い、英語表記の社名を「日本タイヤ株式会社」に改称。
  • 1951年、社名を「ブリヂストンタイヤ株式会社」に再び改称。
  • 1962年、日本初のトラック用スチールラジアルタイヤ開発。
  • 1964年、日本初の乗用車用ラジアルタイヤ開発。
  • 1965年、マレーシアに、戦後初の海外工場を設立。
  • 1967年、アメリカに、販売会社「ブリヂストン・アメリカ」を設立。
  • 1968年、デミング賞受賞。
  • 1970年、第1回「ブリヂストンゴルフトーナメント」(現「ブリヂストンオープン」)開催。
  • 1981年、提供番組「ベストヒットUSA」(テレビ朝日)放送開始。
  • 1982年、日本初のスタッドレスタイヤ発売。
  • 1983年、アメリカのファイアストン社のナッシュビル工場を買収。
  • 1984年、社名を「株式会社ブリヂストン」に改称。(現在のコーポレート・シンボル導入)
  • 1988年、アメリカのファイアストン社を正式に買収、子会社化。
  • 1989年、アメリカの子会社を再編、「ブリヂストン/ファイアストン・インク」設立。
  • 1990年、ヨーロッパ統括会社として、「ブリヂストン/ファイアストン・ヨーロッパ エス エー」を設立。
  • 1993年、スポーツ関連用品事業を、ブリヂストンスポーツに統合。
  • 1994年、ヨーロッパにおける事業を、「ブリヂストン/ファイアストン・ヨーロッパ エス エー」に統合
  • 1997年、F1に参戦。
  • 2001年、「ブリヂストン/ファイアストン・インク」が持株会社制を導入。(「ブリヂストン/ファイアストン アメリカス ホールディング・インク」)
  • 2002年、創業者の石橋正二郎が日本自動車殿堂入り。
  • 2003年、アメリカの統括子会社の社名を「ブリヂストン アメリカス ホールディング・インク」に、同様にヨーロッパの統括子会社の社名を「ブリヂストン ヨーロッパ エヌヴイ エスエー」に変更。
  • 2004年、中国にタイヤ事業を統括する普利司通(中国)投資有限公司を設立。
  • 2005年、日本市場向けとしては24年ぶりとなる新ブランド「Playz(プレイズ)」を発売。
  • 2006年、ブリヂストン アメリカス ホールディング・インク、再生タイヤ大手バンダグ社(Bandag Inc.)を買収。石橋正二郎が米国自動車殿堂入り。戦略的事業ユニット(SBU)、グローバル経営プラットフォーム(GMP)、グローバル本社(GHO)からなる組織改革を実施。
タイヤ部門
乗用車用/トラック・バス用/建設・産業・農業車両用/航空機用/二輪自動車用のタイヤ・チューブほか。

化工品部門
自動車関連部品、ウレタンフォーム及びその関連用品、事務機器用精密部品、工業用資材関連用品、建築・配管関連用品、土木・海洋関連用品ほか。

主なブランド(タイヤ)
  • POTENZA(ポテンザ)シリーズ - スポーツドライブ派向けのブランド。F1などでの展開が有名。モータースポーツに於いては古くから多くの支持を得ている。
  • REGNO(レグノ)シリーズ - 乗り心地・静粛性優先派向けのブランド。その乗り心地と操縦安定性、高い静粛性には定評がある。
  • Playzシリーズ(プレイズ) - 運転者や同乗者のストレス軽減を主目的に開発された新しいブランド。軽自動車から大型セダン、ミニバン、スポーツカーまで、幅広い車種に対応する。
  • Bシリーズ(BスタイルEX、BスタイルRVなど) - ウェット時の性能と転がり抵抗の低減、コストパフォーマンスを狙って開発されたブランド。
  • SNEAKERシリーズ(スニーカー) - 主に軽自動車やリッターカー、小型乗用車向けのブランド。
  • DUELERシリーズ(デューラー) - 4×4 (SUV) 車用タイヤのブランド。
  • JEEP SERVICE(ジープサービス) - オフロードに於ける走破性能に特化されたバイアスタイヤ。現行では主に不整地を走行するトラック用として位置づけられているが、不整地走行を趣味とするクロスカントリー車のユーザーから根強い支持を集め続けているロングセラーブランド。
  • BLIZZAKシリーズ(ブリザック) - 冬用スタッドレスタイヤのブランド。雪国での装着率は非常に高い。
  • BATTLAX(バトラックス) - オートバイ用のタイヤのブランド。
  • ECOPIA(エコピア) - トラック・バス用の省燃費タイヤのブランド。
  • GREATEC(グレイテック) - トラック・バス用の超偏平タイヤのブランド。後輪の2本(複輪)のタイヤを1本(単輪)化できる。
特記事項
  • 社名は、正式には「シ」に濁点ではなく「チ」に濁点のブリヂストンである。
  • 売上高の所在地別内訳は、日本国内は3割程でしかなく、6割が米欧州である。
  • 2006年現在、世界シェアベースで競合のミシュラン(仏)とグッドイヤー(米)を抜き、世界第1位である。(出展=タイヤビジネス誌)又、売上高ベースでも世界第1位である。(出展=フォーチュン誌)
  • 2007年10月に、2008年からの5年間で設備投資費を1兆3千億円まで増額し、インドや東欧等での生産能力を上げる事を発表したが、これにより2012年の連結売上高は4兆円の大台に達する見込みとなった。
  • 子会社ブリヂストンサイクルで自転車事業を展開するが、現在は自転車用タイヤの自社生産は行っていない。
  • 1950年代にはブリヂストンサイクルでオートバイを製造したこともあったが、撤退した。
  • 日本足袋から独立した経緯がある為、その後身にあたるアサヒコーポレーションからブリヂストンブランドの靴を発売している。
  • シンボルマークとして、現在はアルファベットのBをかたどったマークが使われている。このマークはタイヤや自転車といった製品に表示されている他に、モータースポーツの分野でもブランドロゴとして使われている。
  • 旧ロゴ時代に『2キロに1店、ブリヂストンのサービスショップ』というCMをやっていた。
  • 2006年のドイツGPにおいてF1通算100勝を達成。
  • 2007年からは、F1でのミシュラン撤退でブリヂストンのワンメイクとなる(契約上は2008年度~2011年度)。トヨタ、ウィリアムズは2006年にミシュランからブリヂストンに変更。
  • F1で使用されるソフトタイヤの白いラインは、白の特製マジックインキによるスタッフの手書きである。
  • 国内で市販されているタイヤは、基本的にブリヂストン本体から、各都道府県にある販売子会社がタイヤを買い、市場に供給している。尚、他のタイヤメーカーも同様の販売ルート体制である。
  • 本社ビルには現在ブリヂストン美術館が入っているが、かつては旧住友銀行も間借りしていた。

[ 2008/11/11 07:45 ] BRIDGESTONE | TB(0) | CM(0)

Audi Commercial - 25years of Quattro 0'46"

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アウディ・クワトロ はドイツの自動車会社アウディが製造した自動車で、一般道走行用としてもラリーカーとしても特筆すべきものである。1966年のジェンセン・FF以来久々の四輪駆動のGT車である。

全輪駆動車として好成績を収めた初のラリー車と位置づけられている。全輪駆動のラリー車など構造が複雑で重量がかさむだけと性能を疑問視する批評を尻目に、クワトロは世界ラリー選手権(WRC)の緒戦であっさり優勝し、以後2年間破竹の連勝を続けた。1983年・1984年のドライバー部門と1984年のコンストラクター部門で年間タイトルを獲得した。

クワトロのボディーフレームと主要コンポーネントは、アウディ・80(B2モデル)系列のアウディ・クーペと共通である。

公式のモデル名は単純に『クワトロ(quattro)』だった。このクワトロという語はアウディAWD(四輪駆動)システム、またはAWD仕様の全アウディ車を表す。混乱を避けるためUr-Quattroという呼び方も一般化している。("Ur-" という接頭辞はドイツ語の 増大辞で、この場合は『オリジナル』と意味で使われる。第一世代のスポーツセダンS4とS6を"UrS4"や"UrS6"ともいう。)

アウディは1980年に初代クワトロを市場投入した。これはアウディの『クワトロ』システムとターボ過給エンジンの組み合わせとしては初のものだった。

エンジンは2,144ccのSOHC10バルブ直列5気筒で、出力203馬力(149kW)である。これは後に2,226cc 10バルブ直列5気筒、さらに2,226cc 20バルブDOHC直列5気筒出力223馬力(164kW)に仕様変更された。

一般道用市販車は1980年-1991年にかけて11,452台が製造された。内装は1983年・1985年・1988年に、外装は1983年と1985年にマイナーチェンジが施された。

北アメリカでのクワトロの販売は1983年モデル年に並行して製造された旧年モデル(ヨーロッパ仕様の1983年モデルのマイナーチェンジを省いたもの)ではじまり、1986年に終了した。アメリカでの販売累計は664台である。

アメリカ仕様の初代エンジンは2,144cc(コード"WX")で、ECU(電子制御ユニット)やターボチャージャーの過給圧など細かい仕様が変更され、出力は172馬力(127kW)に下がった。

アウディ・スポーツ・クワトロは1984年の世界ラリー選手権のグループB仕様に開発され、プロダクションカーとして少量が販売された。エンジンは2.1 L (2133 cc) 20v DOHCでアウディ・クワトロよりやや小さいが、これは出場規則により自然吸気3リットルエンジン相当にターボエンジンの排気量を換算した結果だった。しかし出力はおよそ305馬力(257kW)を搾り出した。車体は炭素繊維とケブラー繊維を構造材に使ったモノコック構造で、ホイールもフェンダーも幅が広く(urQuattro のオプションに8インチ幅ホイールがあるが、これは9インチ幅)、フロントガラスはアウディ80より傾斜が立ち上がっており(高い視認性を求めるアウディスポーツ・ラリーチームのドライバーが要求)、ホイールベースは320mm短い。戦績は1勝に留まった。

アウディ・スポーツクワトロS1 はアウディ・スポーツクワトロの後継として1985年に投入された。この車は直列5気筒 エンジンを装備し、排気量2,110cc、ミスファイアリング搭載、シフトノブにクラッチがあるセミATを装備し、出力600bhpを発揮した。

そして、スポーツ・クワトロ S1は1985年のWRCサンレモラリーで初優勝した。

しかし、当時のライバルマシン達がミッドシップ4WDを採用するのに対し、S1はフロントエンジンであったためフロントの荷重が多く、重量バランスやハンドリング面で劣っており、その後は目立った成績を残すことは出来なかった。

同時期、WRC仕様車をベースにヒルクライム仕様に改造されたクワトロS1が1985年ミシェル・ムートンのドライブでパイクスピーク・インターナショナル・ヒルクライムに参戦・優勝、当時の新記録も樹立した。

* アウディ・クワトロはこれを駆ったミシェル・ムートンがWRC史上初の女性優勝者となったことでも特筆される。
* クワトロ駆動システムはフォルクスワーゲンやシュコダにも使用されるが、名称のライセンスはアウディ限定である。

[ 2008/11/12 08:50 ] AUDI | TB(0) | CM(0)

Audi A3 Sportback Commercial 0'31"

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A3は、ドイツの自動車会社アウディが製造・販売する小型乗用車である。

製作には、アウディの親会社であるフォルクスワーゲンの小型乗用車・ゴルフなどと共通のプラットフォーム(フォルクスワーゲンA)を使用する。そこにアウディのガワ(ボディシェル)を被せ、プレミアム価格を上乗せしたアウディのエントリーモデルである。

2代目(2003年-)3ドアモデル
2003年に発売。基本的なメカニズム、シャーシやエンジンなどは先代同様、ゴルフV(2003年-)と共有。フロントグリルは、当時のアウディが採用していた「ダブルグリル」の形状であった。前後のフェンダーラインをつなぐ凹んだラインは、シングルフレームグリルの5ドアのスポーツバックに備えるのと、3ドアモデル自身もフェイスリストでシングルフレームグリルをはめ込めるようになっていた。ガソリンエンジンのひとつにはFSIと名づけられた2L直噴の直4DOHCがあり、6速ATの設定もある。最上級グレードとして3.2LのV6DOHCを積む3.2quattroが用意され、quattroとDSG)が組み合わされている。

途中で1.6L直4エンジンと6速ティプトロニックを組み合わせたAttractionが追加された。2005年8月、グリルが「シングルフレームグリル」に変更され、1.6LのAttractionと2.0 FSI Sportは消滅し、3.2 quattroに「S-lineパッケージ」オプションが用意されるなどとなった。日本で販売されるグレードは次の通り。

* 直4 1.6L FWD 6AT
o A3 Attraction

* 直4 2.0L FWD 6AT
o A3 2.0 FSI
o A3 2.0 FSI Sport

* V6 3.2L 4WD(quattro) DSG
o A3 3.2 quattro

5ドアモデル(スポーツバック)
ボディスタイルは当初3ドアハッチバックのみだったが、2004年に5ドアのスポーツバックを追加設定。3ドアモデルの全長を70mm拡大した5ドアハッチバックモデルである。ホイールベースは3ドアモデルと共通。全長の拡大は、ラゲッジスペースの拡大分である。名称が「スポーツバック」なのはこれまでのハッチバックでもワゴン(Avant)でもない新感覚のスポーツユーティリティカーだからだという。ラゲージスペースは370L(クワトロは302L)で、分割可倒式の後席を倒せば1120L(クワトロは1052L)の容積となる。

基本的なメカニズム、シャーシやエンジンなどは先代同様、ゴルフV(2003年-)と共有。グレードは3ドアモデル同様の直噴2L直4の2.0FSI+ティプトロニック付き6AT+FFと、 3.2LのV6+6速DSG+クワトロに加えて新開発の直噴ターボを積む2.0TFSI+6速DSG+FFが新設定された。当初、スポーツバックには3ドアモデルには存在する1.6LモデルのAttractionの設定は無かったが、2005年8月のラインナップ変更により、Attractionが追加されることとなった。それと同時に、全グレードに「オープンスカイルーフ」がオプションとして加わり、2.0FSIと3.2quattroには「S- lineパッケージ」オプションが用意された。

* 直4 2.0L FWD 6AT
o A3 Sportback 2.0 FSI

* 直4ターボ 2.0L FWD DSG
o A3 Sportback 2.0 TFSI

* V6 3.2L 4WD(quattro) DSG
o A3 Sportback 3.2 quattro

その他
アウディは、四輪駆動にしやすいからという理由でFWD車の車種でもエンジンを縦置きで積むという相場になっていたため、A3はアウディ初の横置きエンジンを搭載した車種と思われがちだが、1974年に登場した50という車種で横置きに搭載されている。ちなみにこの50は翌年にデビューするフォルクスワーゲン・ポロの姉妹車でゴルフより一回り小さい。また、この50は初代ポロ同様、日本には輸入されていない。尚、横置きエンジンでもquattroシステムは搭載可能。A3を横置きエンジンにした理由はゴルフと共有箇所が多いのと、縦置きにするとノーズが短いためにトランスミッションがあるスペースにまで食い込んでしまうからである。

[ 2008/11/13 09:09 ] AUDI | TB(0) | CM(0)

Audi A3 Sportback Commercial 1 0'46"

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A3は、ドイツの自動車会社アウディが製造・販売する小型乗用車である。

製作には、アウディの親会社であるフォルクスワーゲンの小型乗用車・ゴルフなどと共通のプラットフォーム(フォルクスワーゲンA)を使用する。そこにアウディのガワ(ボディシェル)を被せ、プレミアム価格を上乗せしたアウディのエントリーモデルである。

2代目(2003年-)3ドアモデル
2003年に発売。基本的なメカニズム、シャーシやエンジンなどは先代同様、ゴルフV(2003年-)と共有。フロントグリルは、当時のアウディが採用していた「ダブルグリル」の形状であった。前後のフェンダーラインをつなぐ凹んだラインは、シングルフレームグリルの5ドアのスポーツバックに備えるのと、3ドアモデル自身もフェイスリストでシングルフレームグリルをはめ込めるようになっていた。ガソリンエンジンのひとつにはFSIと名づけられた2L直噴の直4DOHCがあり、6速ATの設定もある。最上級グレードとして3.2LのV6DOHCを積む3.2quattroが用意され、quattroとDSG)が組み合わされている。

途中で1.6L直4エンジンと6速ティプトロニックを組み合わせたAttractionが追加された。2005年8月、グリルが「シングルフレームグリル」に変更され、1.6LのAttractionと2.0 FSI Sportは消滅し、3.2 quattroに「S-lineパッケージ」オプションが用意されるなどとなった。日本で販売されるグレードは次の通り。

* 直4 1.6L FWD 6AT
o A3 Attraction

* 直4 2.0L FWD 6AT
o A3 2.0 FSI
o A3 2.0 FSI Sport

* V6 3.2L 4WD(quattro) DSG
o A3 3.2 quattro

5ドアモデル(スポーツバック)
ボディスタイルは当初3ドアハッチバックのみだったが、2004年に5ドアのスポーツバックを追加設定。3ドアモデルの全長を70mm拡大した5ドアハッチバックモデルである。ホイールベースは3ドアモデルと共通。全長の拡大は、ラゲッジスペースの拡大分である。名称が「スポーツバック」なのはこれまでのハッチバックでもワゴン(Avant)でもない新感覚のスポーツユーティリティカーだからだという。ラゲージスペースは370L(クワトロは302L)で、分割可倒式の後席を倒せば1120L(クワトロは1052L)の容積となる。

基本的なメカニズム、シャーシやエンジンなどは先代同様、ゴルフV(2003年-)と共有。グレードは3ドアモデル同様の直噴2L直4の2.0FSI+ティプトロニック付き6AT+FFと、 3.2LのV6+6速DSG+クワトロに加えて新開発の直噴ターボを積む2.0TFSI+6速DSG+FFが新設定された。当初、スポーツバックには3ドアモデルには存在する1.6LモデルのAttractionの設定は無かったが、2005年8月のラインナップ変更により、Attractionが追加されることとなった。それと同時に、全グレードに「オープンスカイルーフ」がオプションとして加わり、2.0FSIと3.2quattroには「S- lineパッケージ」オプションが用意された。

* 直4 2.0L FWD 6AT
o A3 Sportback 2.0 FSI

* 直4ターボ 2.0L FWD DSG
o A3 Sportback 2.0 TFSI

* V6 3.2L 4WD(quattro) DSG
o A3 Sportback 3.2 quattro

その他
アウディは、四輪駆動にしやすいからという理由でFWD車の車種でもエンジンを縦置きで積むという相場になっていたため、A3はアウディ初の横置きエンジンを搭載した車種と思われがちだが、1974年に登場した50という車種で横置きに搭載されている。ちなみにこの50は翌年にデビューするフォルクスワーゲン・ポロの姉妹車でゴルフより一回り小さい。また、この50は初代ポロ同様、日本には輸入されていない。尚、横置きエンジンでもquattroシステムは搭載可能。A3を横置きエンジンにした理由はゴルフと共有箇所が多いのと、縦置きにするとノーズが短いためにトランスミッションがあるスペースにまで食い込んでしまうからである。

[ 2008/11/14 09:29 ] AUDI | TB(0) | CM(0)

Audi A4 quot Progress is Beautiful quot Commercial B8 1'00"

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アウディ・A4(Audi A4)はアウディが製造するミドルセダン(Dセグメント)型の自動車である。アウディ・80(北米ではアウディ4000と呼ばれた)、アウディ・90に代わって日本では1995年に導入された。

4代目 B8系 (2008年-)
アウディは2007年8月に新型A4セダンの写真と概要を公開し、2007年9月のフランクフルトモーターショーで新型A4を公開した。 遅れて2008年2月のジュネーブモータショーではワゴンのA4アバントが発表された。

従来モデルより前輪を前に配置することで前後重量配分を適正化するなど大幅な変更がされている。ホイールベースがB7比で160mmも延長された。またアルミニウムを多用することで軽量化も果たした。外見ではヘッドライト下部に白色LED式のポジショニングランプが設置されたことやドアノブがグリップタイプに変更された点が目立つ。

日本では2008年3月に1.8TFSIと3.2FSIquattroのセダン2種が発売(共に右ハンドル)。パワーステアリングは低速時の手軽さと高速時の安定性を両立した可変ギアレシオ式となり、従来A6以上のモデルにのみ装備されていたMMI(マルチメディアインターフェース)も地上デジタル放送対応フルセグチューナー内蔵となった。1.8TFSIはマルチトロニックと呼ばれるCVT(8段マニュアルモード付き)を採用し前輪を駆動する。3.2FSIquattroは6速ATの四輪駆動だが通常時のトルク配分を従来の前後比50:50からRSシリーズと同じ40:60に変更し、よりスポーティーな味付けになった。

オプションではガラスサンルーフやバング&オルフセンのオーディオシステム、アウディドライブセレクトと呼ばれるATやサスペンション、パワーステアリングの特性をスイッチで切り替える機能が用意されている。

[ 2008/11/15 08:21 ] AUDI | TB(0) | CM(0)

The R8 The Slowest Car Audi Ever Built 1'32"

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アウディ・R8とは、ドイツの自動車メーカーアウディが製造・販売するクーペ型のスポーツカーである。

2003年のフランクフルトモーターショーで披露されたコンセプトカー「ルマンクワトロ」をベースにしたスポーツカー。随所にR8レースカーのテクノロジーが組み込まれている。

ボディにはASF(アウディ・スペース・フレーム)を採用し、ボディのみで210kgという驚異的な軽さを実現した。また、エンジンフレームの一部にマグネシウム製パーツを採用している(ASFとしては初めて)。ボディはほとんど手作業で作られ、さらにX線でミクロン単位まで溶接部をチェックするなど、細部にわたってこだわっている。

エンジンは、R8レースカーのテクノロジーが詰まった4.2LFSI直噴V8DOHCを搭載。最高出力420ps/7800rpmを発生する。また、オイル循環にはドライサンプ方式が採用され、エンジン搭載位置を下げることで低重心化に貢献している。

トランスミッションは6速Rトロニックを採用。これは、メカニカルギアボックスと電動油圧クラッチを組み合わせたもので、ATモードとMTモードが選択できる。

サスペンションは前後ともダブルウィッシュボーンで、標準搭載のガス封入式ショックアブソーバーと、アウディ マグネティック ライドをオプションで選択可能。

細部にまでこだわったこのR8は、ドイツ・ネッカーズルムのネッカーズルム工場で1日わずか20台ペースで生産される。本国ドイツやヨーロッパでは既に発売されているが、日本では2007年9月上旬に発売開始。価格は1670万円。日本では左ハンドル/4.2リットルV8FSI/6速Rトロニックの仕様となる。

ショックアブソーバーに磁性体を含んだフルードを封入しており、磁力でフルードをコントロールすることで素早く繊細なサスペンション制御を可能にし、ダンピング性能が異なる「スポーツ」と「ノーマル」の基本モードを用意して、日常の走行から本格的なスポーツドライビングまで幅広くサポートする。

[ 2008/11/16 08:09 ] AUDI | TB(0) | CM(0)

Plymouth Commercial 1958 0'53"

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プリムス・フューリー(Plymouth Fury)は、1956年から1978年までクライスラー社のプリムス部門によって販売された自動車である。

History
高級な値段がついたショールームに客を呼ぶモデルとして発表されて、金によるオフホワイトのハードトップクーペが1956年、1957年と1958年にアルミニウム装飾を施したモデルが販売された。フューリー・コンバーチブルは、1960年に最初に供給された。1959年に、プリムムスはスポート・フューリーをそのトップモデルとして発表したが、フューリーはプリムス・ベルヴェデアよりも下位に置かれた。スポート・フューリー・シリーズが2ドアハードトップとコンバーチブルだけであった間、その際に、フューリーのラインナップはセダンとステーションワゴンと同様にハードトップ・クーペとセダンを含んだ。

フューリーはプリムスの低迷期である1960年代初期を通してのプリムスの生活に関わるモデルのままであった。そのとき、フルサイズのフューリーは変わったスタイルと中間のプラットホームを採用した。スポート・フューリーは、1959年末に製造が中止されたが、1962年中頃に再登場した。1962年~1969年のスポート・フューリーは、ハードトップ・クーペまたはコンバーチブルとして登場した。1965年から1974年まで、プリムスのセールスは、フューリーへの多くの人気を借りていた。プリムスが1965年に標準サイズの車を再発表したとき、フューリーは4つの整ったレベル、吹き替えられたフューリーI、フューリーII、フューリーIIIとスポート・フューリーが購入可能であった。そして、それはシボレーのシボレー・ビスケイン、シボレー・ベル・エアー、シボレー・インパラとインパラSSモデルに対抗した値をつけられた。

フューリーIは警察とタクシーの市場に出されたが、フューリーIIとフューリーIIIは生活に関わるラインナップであるため、基本的な、実質本位の標準サイズの車を望んでいる民間の顧客に販売された。多くのスポート・フューリー・モデル(フューリーIIIモデルと同様に)は、オプション(例えばオートマチックトランスミッション、パワーステアリング、ホワイトリボンタイヤ、ステレオラジオ、ビニルトップとエアコンなど)が多く設定された。1966年から1969年まで、フォードとシボレー・カプリスに応じて、フューリーの贅沢なバージョンは、プリマスVIPとして市場に出された。これらのモデルは、フューリーⅢとスポートのためにフューリーがモデルになる、VIPがオートマチックトランスミッションのようなアイテム、空気調節、パワーウインドーとともにオーダーされた。そして、オーダーされるオプションへの追加で、車輪カバー、ビニルトップ、ウォールナットダッシュボードとドアパネル装飾のある豪奢に装飾されている内部、カーペット、より多くの遮音、完全な車内照明、その他のような標準となった。1970年、VIPは製造が中止された。そして、スポート・フューリーには4ドアハードトップセダンが追加された。スポート・フューリーは、スポーティなイメージの若干の外見を保持するために、2台の新しいハードトップクーペ、S-23とGTを加えた。1970年-1971年のスポート・フューリーGTモデルは、エンジンで440立方インチ、6パック・キャブレターをオプションで装備することができた。それは3機の2バレルのキャブレターから成った。

1975年に、クライスラーはフューリーを以前プリムス・サテライトとして市場に出されたプリムスの再設計された中型モデルへ移行した。フューリー・ロード・ランナーは再設計されたクーペに提供されたが、次の年、プリムス・ヴォラーレへ移行した。そして標準サイズのプリムスは、それからプリムス・グラン・フューリーとして知られていた。グラン・フューリーは1977年以後製造が中止され、そして、小型のモデルは1978年以後製造が中止された。1980年-1981年において、主に大口セールスを目的とするクライスラー・ニューポートの双子であったことにおいて、新しいグラン・フューリーは購入できた。1982年の間、ダッジ・ディプロマットは、さらにもう一つのグラン・フューリーをつくるために復刻された。実際は、これは1977年以降利用できたカナダの市場プリムス・シェベルセダンであった。このバージョンは1989年モデルを通して手に入り、大口の販売車両として主に売られて、警察車両としての人気がある選択であった。

[ 2008/11/17 19:00 ] PLYMOUTH | TB(0) | CM(0)

Jeep Liberty "Pouring In" Commercial 2008 1'00"

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ジープ・チェロキー(Jeep Cherokee)はジープ(カイザー・ジープ)を買収した当時のアメリカン・モーターズ ( AMC ) がワゴニアのスポーティー版として1974年に発表した2ドアモデルに与えた名称。歴代モデルすべてが4輪駆動方式のSUVである。

その後AMCはクライスラーに買収され、クライスラーはダイムラー・ベンツと合併するなど変転が激しいため、生産年数の長いモデルでは、同じ型でもブランド名が異なる場合がある。Jeep信仰者の間でチェロキーといえば初代のSJを指し、日本では販売台数の多いXJを指すことが多い。

モデルチェンジによる分類は以下のとおり。
* ジープ・チェロキー (SJ) フルサイズSUV 1974~1983
* ジープ・チェロキー (XJ wiki US) / ジープ・チェロキー (XJ ウィキ日本) コンパクトSUV 1984~2001
* ジープ・グランドチェロキー (ZJ,WJ & WK) フルサイズSUV 1993~現在
* ジープ・チェロキー(リバティ) (KJ & KK) コンパクトSUV 2002~現在
リバティはアメリカ本国で本来の名称。ヨーロッパ、日本はチェロキーを継承。日本では日産・リバティ、オーストラリアではスバル・リバティ (レガシィの現地名)とかちあったため。また、2代目となるKKはダッジ・ナイトロとプラットフォームを共用する。

[ 2008/11/18 18:36 ] JEEP CHEROKEE | TB(0) | CM(1)

Mitsubishi Pajero 1982 0'30"

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三菱・パジェロ(PAJERO)は、三菱自動車工業が製造・販売するSUV型の普通自動車である。

名前の由来は南米に棲むヤマネコのパジェロ(またはパンパスキャット、コロコロ)から。

RVブームと呼ばれた1990年代の販売台数がとても多く、以前は4輪駆動車としての代名詞が「ジープ」であったことに加え、パジェロという呼称も世間で広く認知されるにいたった。

ダカール・ラリー(通称パリダカ、以下パリダカと表記)に毎年参戦し優勝などの好成績を残していることから世界中に知られている上に同車のファンが多く、また三菱自動車工業の国内におけるフラグシップモデルとして位置づけられている。ただしパリダカ出場は2008年が最後になる模様。

全車種が岐阜県加茂郡坂祝町にある三菱自動車の子会社のパジェロ製造で製造されている。ちなみに、人口が10,000人に満たない同町の税収の大半をパジェロ製造からのものが占めている。

また、初代の海外現地生産に関しては三菱自動車工業の提携先である韓国のヒュンダイ(現代自動車及び現代精工(現・ヒュンダイモービス))により『ギャロッパー』の名称でライセンス生産が行われた。さらには同じく韓国の雙龍自動車からも『ファミリー』として生産された。

初代(1982年-1991年)
1982年5月7日にクロスカントリーモデルとして発表・発売された。

4D55型・2300cc・ディーゼルターボ(グロス95馬力)、4D55型ディーゼル(グロス75馬力)、G63B型・2000cc・ガソリン(グロス110馬力)搭載の4ナンバー車(小型貨物車)のみの設定だった。ボディタイプはメタルトップ及びキャンバストップ。

1983年、 5ナンバーの乗用モデル(メタルトップワゴン)が追加。4D55型ディーゼルターボ及び、G63B型ガソリンターボ(グロス145馬力)が搭載された。またこの車で、今ではパジェロと一致して語られるパリダカの市販車無改造部門への挑戦および部門優勝が始まる。(翌年以降の改造車部門では4G63Tを縦積みした車両が使用され、プロトタイプの登場までは、ほぼ市販車両の強化版で参戦し、実績を上げる)

1984年、ホイールベースとボディの延長と共にハイルーフ化された4ドアが登場。5ナンバーのエステートワゴンと4ナンバーのエステートバンが用意される。エステートワゴンは3列シートの7人乗りで、1BOXワゴンのようにも使える多目的車となった。

1985年、エステートワゴン2300ディーゼルXLにAT車追加。

1986年、4ドアのミッドルーフが登場。ディーゼルエンジンが4D56型・2500ccへと変更。

1987年、V型6気筒の6G72型・3000cc・ガソリンエンジン(ネット150馬力)に3リンクコイルリジット搭載車が登場し、RVの乗用的高級化路線の先駆けになる。現在のパジェロにつながる高級グレード「エクシード」をミッドルーフ車に追加。

1988年、ディーゼルターボ車はインタークーラー装着で94PSにパワーアップ。

1989年、オーバーフェンダーとワイドタイヤを装着したワイドシリーズ設定。ガソリン車はすべてV6・3000に統一。キャンバストップ・V6 3000スーパースポーツは歴代で唯一の1ナンバー登録の普通貨物車である。GLグレードは装備のグレードアップでJXになる。

モータースポーツに関連した特別限定車は、1986年にロスマンズスペシャル(パジェロが優勝したファラオラリーのスポンサー)、1987年にキャメルトロフィー国内選考会で使われた車両のレプリカとなるキャメルスペシャルがあった。

韓国の現代自動車のグループ企業である現代精工(現・ヒュンダイモービス)で「ギャロッパー」としてライセンス生産されていた。その後ギャロッパーはモデルチェンジを受け、『ギャロッパー II 』となり、『ギャロッパーイノベーション』という、パジェロエボリューションを意識したモデルも登場した。 さらに、同じく韓国のメーカーでRVを主力商品とする雙龍自動車からも「コランド・ファミリー」(後にコランドの名が取れ、「ファミリー」に名称変更される)という名称で生産されていた。

また時代を反映してか、特装車も数多く存在し、給排気をルーフ上で行い、自動タイヤ空気圧調整やハブ類の機密性を極限まで高めたアドベンチャー仕様(ジャッキーチェンが保有)や、ポップアップルーフによるキャンパー、機械式ウィンチを前後に装着した電気保安用車両、変わったところでは、浮子をボディに装着し、ハブリダクションによりスクリューを回す災害時の水陸両用車両、機械式ウィンチで作動するプラウやタイヤの代わりに無限軌道を装着した除雪車なども存在した。

1990年、特別仕様車「スーパーロイヤルエクシード」発売。ワイドシリーズのディーゼル車とエステートバンにA/T車追加。

[ 2008/11/19 09:00 ] MITSUBISHI | TB(0) | CM(0)

Mitsubishi Mirage Ad 1979 0'30"

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ミラージュ(MIRAGE)は、三菱自動車工業が1978年3月から2002年8月まで製造・販売していた小型乗用車。欧州にはColtとして輸出された。

初代ミラージュ誕生と共にできたカープラザ店のみでの販売となっていた。

初代(1978年~1983年)
三菱初のFF車として発売される。ミラージュの発売に合わせカープラザ店が展開され、さらに知名度を上げるため、映画「未知との遭遇」とのタイアップや、日本テレビと組んでのミラージュカップの開催など、まさに鳴り物入りの登場となった。

スーパーシフト(マニアの間ではイーグルシフトとも呼ばれていたようである)と呼ばれる副変速機付きの4×2速マニュアルトランスミッションを持つことが特徴である。

サスペンションは、フロントにマクファーソンストラット、リアにはミラージュ独自のトレーリング式U字型サスペンションと呼ばれる、トーションビーム式サスペンションを採用した。

エンジンは、横置きの直列4気筒ガソリンエンジンのみで、排気量は1200 cc と1400 cc で、後に1600 cc が追加された。

* 1978年3月 2ドアハッチバック発売。
* 1978年9月 4ドアハッチバック発売。
* 1979年3月 1400にフルオートマチック車とミシュラン製タイヤを標準装備した1600cc 88馬力の1600GTを追加。
* 1980年2月 一部変更。
* 1980年7月 1600GTに脱着式ガラスサンルーフ装着車を追加。
* 1980年10月 マイナーチェンジ。フロントグリルのデザイン変更。
* 1982年2月 ヘッドライトが異型2灯式に変更されるマイナーチェンジでミラージュIIとなる。4ドアサルーン(セダン)とクラス初の1400ccにターボモデル発売。国産ホットハッチ戦争の幕開けとなった。1400ターボは三菱重工製のターボを搭載し105馬力までパワーアップをした。4ドアには1400ccに省燃費MDエンジン(可変排気量システム)搭載車もあった。同時期、姉妹車のランサーフィオーレ、トレディア、コルディアを発売。

* 1982年8月 4ドアサルーンと5ドアハッチバックにも1400ターボを追加。
* 1982年10月 超廉価グレード1200EXスペシャル(3ドア698,000円)をそれぞれ発売。
* 1982年12月 女性仕様車1200ミッシー(3ドア/4ドアセダン/5ドア)と1400スーパーエディション(4ドアセダンはMDエンジン搭載)をそれぞれ追加。
* 1983年2月 プラットフォームを共用するミニバン・シャリオを発売。

車名の由来
* ミラージュ - フランス語で神秘、ロマンチック。または、英語で蜃気楼の意味。初代モデルがダッソーのミラージュ戦闘機(ちなみにこちらもフランス語で幻影あるいは蜃気楼)をイメージして名づけられたという説もある。

* アスティ - 英語のASTIR(活気ある)からの造語。

ランサーとの関係
* 1982年、ミラージュのマイナーチェンジと共にランサーフィオーレが発売される。
* 1988年にランサーEXとフィオーレが統合された後もランサーとの姉妹車関係が続いた。

顔面スワップ
ランエボの顔を普通のランサーに移植する改造は有名だが、4代目・5代目ミラージュでもエボI~IV(4代目:エボI~III 5代目:エボIV)のフロントのみ顔面スワップが可能である。通称「ミラージュエボリューション」「ミラエボ」

外国での販売
* アメリカ合衆国ではクライスラーのイーグルブランドにてサミットとして、ダッジブランドとプリムスブランドにてコルトとして、クーペ(アスティ)と4ドアセダンがOEM供給されていた。
* カナダではイーグル・ビスタとしてOEM供給されていた。
* 欧州では日本と同じくハッチバック、クーペ、セダンが展開されていた。
* マレーシアでは細部を変えたものがプロトンブランドで現在も生産されている。

[ 2008/11/20 08:38 ] MITSUBISHI | TB(0) | CM(0)

Volkswagen (Nissan) Santana Ad 1985 0'30"

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サンタナ(Santana)はドイツ(当時西ドイツ)の自動車メーカー、フォルクスワーゲンが1980年代に生産したセダンである。

直列5気筒2000ccエンジン、直列4気筒1800ccエンジン、直列4気筒1600ccターボディーゼルがある。 マイナーチェンジ後には2000ccにDOHCが追加された。

2世代目のアウディ・80と同一のプラットフォームを使用し、縦置きエンジンの前輪駆動を採用している。

また、5ドアハッチバック及びワゴン(ヴァリアント)はパサートの名で販売されていた(日本には正規輸入されなかった)。

本国以外でも生産され、日本では1984年から神奈川県座間市にあった日産自動車座間工場でライセンス生産していた。200万円前後で買える手頃な外車としてバブル前夜の若者に人気があったが、エンジンやトランスミッションは輸入に頼っていたため、簡単に増産する事ができなかった。なお、次期モデルもノックダウン生産が行われる予定であったが、フォルクスワーゲンはトヨタとの提携を発表したため、日産でのライセンス生産はサンタナが最初で最後になった。しかしながら、1990年に登場する次期パサートは短期間であったものの日産での取扱販売がされていた。実際、サンタナのライセンス生産がなければ、プリメーラの企画開発及び発売はなかったといわれている。

中国の上海大衆汽車では、サンタナ(桑塔納)はセダンおよびワゴン(旅行車)が現在でも当時のスタイルのまま生産販売されている。それとは別に独自モデルとして1995年よりサンタナ2000(サブネーム:時代超人→自由沸点)、2004年よりサンタナ3000(サブネーム:超越者)が生産販売され、2008年1月6日、新たにサンタナビスタ(SANTANA VISTA)(サブネーム:志俊)が発表された。これらは主にタクシー、パトロールカーとして使われている(なお、車名の数字は「排気量」を表すものではなく、ともに直列4気筒1800ccまたは2000ccのエンジンを搭載している)。 かつて中国・上海でタクシーといえば車種はサンタナで、長年にわたって走り込まれたサンタナを街のほうぼうで見かけることができた。北京でもシャレードとともにサンタナがタクシーの代表的な車種であった。しかし、最近では北京オリンピックや上海万博を控え、また中国特有の地方保護主義の影響から、北京では北京に工場を持つヒュンダイ車などに、上海ではやはり上海に工場を持つサンタナ3000に置き換わりつつある。

日産サンタナ(M30型)
* 1984年2月 - M30型登場。日本の5ナンバー枠に収める為にモール類を薄型にして1690mmの車幅としているほか、ヘッドライト・ラジエターグリル形状もオリジナルとは若干異なっている。ラジエータグリルにはフォルクスワーゲンのエンブレムを配し、エンジンは直列5気筒OHC1994cc フォルクスワーゲンJ型、直列4気筒OHC1780cc フォルクスワーゲンJN型、および直列4気筒OHC1588ccディーゼルターボフォルクスワーゲンCY型の3機種をラインナップ。キャッチコピーは「ロマンティック街道から。」であった。その後アウディ車を発端とするオートマチックトランスミッションの誤作動・暴走事故が発覚し、販売に少なからぬ影響を与える。

* 1985年5月 - 「2000Xi5アウトバーン」追加。最上級グレードXi5をベースに高級ベロア地スポーツシート、ゴルフGTIと同じデザインのステアリングホイールや電動サンルーフを装備する。また、14インチホイールが与えられ、足回りも専用の物が奢られた。

* 1987年 - マイナーチェンジ。Xi5アウトバーンDOHCが登場。フロントマスクのデザインが変更され、フォグライト組み込みのヘッドランプが新採用されたほか、前後バンパーも大型の物に変更された。また、販売不振だったディーゼルターボが廃止され、ガソリンエンジン車もラインナップから2グレード廃止されている。

* 1990年 - 日産でのライセンス生産を終了。その後継車として3代目パサートを輸入し、サニー店系列とプリンス店系列で取り扱っていたが、後にトヨタとVWの提携により、日産での3代目パサートの販売が終了となる。

ラインナップ
* Xi5・アウトバーンDOHC 直列5気筒DOHC、1994cc、140馬力(1987年~)
* Xi5・アウトバーン 直列5気筒SOHC、1994cc、110馬力(1985年~)
* Xi5 直列5気筒SOHC、1994cc、110馬力
* Gi5 直列5気筒SOHC、1994cc、110馬力(1984年~1987年)
* Gi 直列4気筒SOHC、1780cc、100馬力(1984年~1987年)、91馬力(1987年~、ネット値)
* Li 直列4気筒SOHC、1780cc、100馬力(1984年~1987年)
* Gt 直列4気筒SOHCターボディーゼル、1588cc、72馬力(1984年~1987年)
* Lt 直列4気筒SOHCターボディーゼル、1588cc、72馬力(1984年~1987年)

o アウディ80・90系とプラットフォームを共用するが、価格差は歴然としており、装備は同等ながら西ドイツ製のアウディ車はプラス100~150万円のエクストラが掛かった。

[ 2008/11/21 08:13 ] VOLKSWAGEN | TB(0) | CM(0)

bB (Scion xB) Commercial #08 - music by Wiggle 0'30"

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bB(ビービー)とは、トヨタ自動車で生産されている小型トールワゴン型乗用車。初代はヴィッツ、2代目はパッソ/ダイハツ・ブーンをベースにしている。

初代 CP30型(2000年-2005年)
2000年2月、発売。カスタマイズされることを前提にしていたため、東京オートサロンで発表された。

対抗車種は同じコンパクトトールワゴンのホンダ・キャパや日産・キューブなどである。初代ヴィッツとプラットフォームを共有し、エンジンは1300ccと1500ccの2種類が設定された。スタイルはボックス型で、20歳代の男性をターゲットにした車種だが、車体前後の見切りのよさなどもあって中高年ドライバーにも人気があり、結果として年齢や性別を問わず幅広い層から支持を受けた

。 なお開発にあたっては試作車を製作せず、CGで作成されたバーチャルクレイモデルを用いた「フルデジタル設計」で製作されている。

2001年6月、ピックアップタイプのオープンデッキが登場。登録区分は4ナンバーではなく、5ナンバー(乗用車)である。車体の変更により、リアコンビランプの位置と寸法を変更する必要が生じ、N180系ハイラックスサーフのものが流用されている。

2003年1月に特別色のベールブルーマイカを採用した最終仕様「オーシャンズバージョン」を投入するが、それでもオープンデッキの販売は伸びず、2003年4月、bBのマイナーチェンジとともに製造終了となった。

2003年、北米でサイオンブランドの立ち上げとともに、xBの車名で販売される。若年層の「スティックシフト」(フロアシフト)人気から、日本国内にはない5速MT仕様も用意される。

2003年4月、マイナーチェンジ。前後バンパーがサイオン・xBと同等の物となり、アルミホイールとリアゲートのデザインが変更(ナンバープレートはxB同様ゲート内に移動)され、上級グレードにはディスチャージバルブ+マルチリフレクターヘッドランプが装備された。

[ 2008/11/22 07:20 ] TOYOTA | TB(0) | CM(0)

bB ad 0'30"

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bB(ビービー)とは、トヨタ自動車で生産されている小型トールワゴン型乗用車。初代はヴィッツ、2代目はパッソ/ダイハツ・ブーンをベースにしている。

2代目 NC20型(2005年-)
2005年の東京モーターショーでコンセプトモデルが発表され、2005年12月26日にフルモデルチェンジされた。

エクステリアデザインは、初代では「箱」を強調していたが、2代目はうねりのきいたさらに派手なデザインとなっている。フロントグリルにはネッツ店専売車種であることを表す楕円形に「N」をかたどったエンブレムが付けられている。リアコンビネーションランプの形状は、以前販売されていたWiLL VSにも似た形状となっている。

ベースはパッソ(ブーン)であるが、ホイールベースの延長によって居住性を高め、1.5 L エンジン(詳細は後述)も設定されるなど、車格が上がっている。

ダイハツブランドでは、「クー」の名称で2006年5月8日に発売された。外装はおとなしめなデザインとなり、装備も実用性を重視し、bBとの大幅な差別化を図っている。なお、2代目はベース車やクー同様ダイハツ工業で生産される。2008年4月10日にトヨタ自動車・ダイハツ工業・富士重工業の3社による業務提携強化を発表し、その一環として、OEMの、DEXを2008年11月13日に発表・発売された。

快適装備面では、特にオーディオ関連の装備を充実させており、最上級グレードではコンパクトカーとしては異例の9スピーカー(一部改良後は11スピーカー)やステレオミニプラグを備え、デジタルオーディオプレーヤーなどのポータブル機器を接続することも可能。駐停車時にフロントのシートを沈み込ませることにより、外からの視線を遮り、快適な姿勢で寛ぐことのできる「マッタリモード機能付フロントシート」を全グレードに設定している。(マイナーチェンジ後は「リラックスモード機能付フロントシート」に改称、設定を Aero・Gパッケージのみに変更)

エンジンは 1297 cc のダイハツ製K3-VE型と、新開発のダイハツ製 1495 cc の3SZ-VE型エンジンが設定されている。共に直列4気筒 DOHC16バルブ。

トランスミッションはすべて4速ATで、駆動方式は前輪駆動 ( 1.3 L、1.5 L ) および四輪駆動 ( 1.3 L のみ )。

北米市場向けのサイオン・xBは、海外向けカローラセダン / オーリス / ブレイドなどに使用されている新MCプラットフォームを流用したコンセプトモデル・サイオン・t2Bを元に全面改良され、日本市場向けのbBと袂を分かつことになる。なお、同車は国内市場でも2007年10月に「カローラルミオン」の名称で発売された。

当初は同じコンパクトトールワゴンであるファンカーゴと統合される予定であったが、結局はそれぞれフルモデルチェンジを果たした(ファンカーゴはラクティスに車名変更した)。

発売から1ヶ月間で月販目標台数5,000台の約2.5倍にあたる約12,500台を受注。初代に引き続き、若年層のみならず幅広い年齢層から好評を得た

。 2008年10月6日にマイナーチェンジ。シンプルなデザインとした標準スタイル(S、Z、Z・Lパッケージ)と前期型から、よりワイルドになったエアロスタイル(S、Zに設定のAeroパッケージ、Aero・Gパッケージ)と2つの異なる個性を持つデザインとなる。また、標準スタイルでありながらアルミホイールを装備し、キーフリーシステムなどの快適装備を加えた「Z・Lパッケージ」を新たに設定すると共に、グレード体系も大きく変更された。

車名の由来
black Boxの頭文字から命名された。なぜ小文字と大文字か、という疑問だが、それは実際車体が黒いわけではないためであることと、子供も大人も楽しむという意味があるためである。

備考
bBは当初からカスタマイズされることを想定していたため、多くのメーカーからbB用のエアロパーツがラインナップされ、様々な形にカスタマイズされている。最近では初代モデルをベースに、全長をストレッチしてリムジン仕様に改造されたモデルまで出現している。ちなみにリムジン仕様は、沖縄県の宿泊施設で宿泊客送迎用に使われている。 また、東京都町田市に拠点を置く東日本タクシーの様に初代モデルをタクシー車両として運用している。

[ 2008/11/24 07:51 ] TOYOTA | TB(0) | CM(0)

Mitsubishi Delica 4WD Ad 1982 0'30"

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デリカ(Delica)は、三菱自動車工業が生産・販売している自動車である。

デリカスターワゴン(DELICA STAR WAGON)とは三菱自動車工業が生産しているワンボックスカーである。

1979年から1999年まで日本国内でも販売されていたが、現在は輸出専用である。

デリカシリーズでは、それぞれ2代目と3代目の乗用登録モデルが該当する。

* 駆動タイプは4WDタイプとFRタイプが用意され、エンジンは自然吸気ガソリンとディーゼルターボが用意されていた。なお、ディーゼル車は85馬力という非力なものであった。

* 特に4WDタイプは悪路走破性の高さが魅力であり、今なおアウトドア愛好家の間で絶大な人気を誇るモデルである。

初代(1979年-1986年)
* 1979年6月:1975年に生産中止したデリカコーチの後継車種として販売開始。9人乗り標準ルーフのみでエンジンは1600ccサターンで86馬力。ワンボックスカー初の5MTを採用。

* 1980年5月 1800ccシリウス100馬力のスターワゴン1800を追加。全車ハイルーフ仕様で電動サンルーフも設定。

* 1981年9月 XLスーパーにセカンド対座シートを標準装備。またAT車も設定。

* 1982年10月:4WDを追加。このモデルはパジェロの足回りにデリカのボディを組み合わせたものでタイヤが大径のものが装着され最低地上高も高い。既存モデルはマイナーチェンジでライトが角目となり1800cc車はフロアシフト化で8人乗りへ、ロングボデーの4列シート10人乗りと2300ディーゼル車追加。

* 1983年11月 4WDは2000ccのG63Bに変更。セカンドシートを2人掛けのキャプテンシートとしたエクシードを4WD/2WDそれぞれに追加。

* 1984年2月 4WDに2300ターボディーゼルを追加。

名前の由来
* 「デリカ」の語源は、delivery(運ぶ・配達する)+car(車)の造語であり、 「スターワゴン」は「みんなに愛されるワゴン車でありたい」という意味合いを込めて名づけられた。

その他
* JB470など、改造メーカによるキャンピングカーも存在する。
* 三菱自動車と提携関係を結んでいた韓国の現代自動車でもライセンス生産され、ワゴン・バンは「グレース」、トラックは「ポーター」の名称で販売されていた。後にマイナーチェンジでデリカとはイメージの異なる外見となった。
* スターワゴンとスペースギアは、只でさえ横転しやすいワンボックスカーの最低地上高をさらに上げたにも拘らず、トレッドの拡大などの対策を採られていなかったことから横転しやすい車体構造となってしまった。

[ 2008/11/25 04:05 ] MITSUBISHI | TB(0) | CM(0)

Mitsubishi Delica Ad 1986 0'30"

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デリカスターワゴン(DELICA STAR WAGON)とは三菱自動車工業が生産しているワンボックスカーである。1979年から1999年まで日本国内でも販売されていたが、現在は輸出専用である。

デリカシリーズでは、それぞれ2代目と3代目の乗用登録モデルが該当する。

* 駆動タイプは4WDタイプとFRタイプが用意され、エンジンは自然吸気ガソリンとディーゼルターボが用意されていた。なお、ディーゼル車は85馬力という非力なものであった。

* 特に4WDタイプは悪路走破性の高さが魅力であり、今なおアウトドア愛好家の間で絶大な人気を誇るモデルである。

2代目(1986年-1999年)
# 1986年6月:フルモデルチェンジ。

# 1987年9月: 2WDエクシードのバンバーの大型化とアルミホイールを標準装備。

   # 1988年9月: 4WDのディーゼル車にAT車を追加。

# 1989年8月: 3ナンバーの税金が安くなったのを理由に2400ccガソリン車を追加。また4WDにもハイルーフ・クリスタルライトルーフも設定。

# 1990年9月: マイナーチェンジで異型プロジェクターヘッドライトに変更。4WDにエクセーヌの内装とカラオケ機能付き高機能オーディオを備えたスーパーエクシードを追加。

# 1991年8月: 4WD・2400にAT車追加。また安全対策とし、全グレードにドアサイドビームやハイマウントストップランプなどが装備される。

# 1992年8月:4WDのエクシードにアルミホイールを標準装備。テールゲートエンブレムがMMCからMITSUBISHIとなる。

# 1993年8月:2WDにスーパーエクシードを追加。エアコンの冷却ガスがR134aに変更になる。(それまではR12を使用していた。)4WDエクシードに寒冷地仕様とLSDが標準装備。GLXにストライプを装備。

# 1994年5月:デリカスペースギア発売。デリカスターワゴンはグレードが整理されるも販売は継続。

# 1999年11月:国内販売終了、海外向けには生産継続中

販売されたグレード
* Super Exceed(クリスタルライトルーフ)
* Exceed(エアロルーフ・ハイルーフ・クリスタルライトルーフ・サンルーフ)
* GLX(エアロルーフ・ハイルーフ・サンルーフ・2WDのみクリスタルライトルーフ)
* DX(エアロルーフ・ハイルーフ)
* ロングDX(ハイルーフ)
* ロングGL(ハイルーフ)
* XL(サルーン ハイルーフ・エアロルーフ)
* X(ハイルーフ)
* LINKS(ハイルーフ)
* シャモニー(台数限定GLXベース特別仕様車)(エアロルーフ・ハイルーフ)
* ジャスパー(台数限定GLXベース特別仕様車)(エアロルーフ・ハイルーフ)
* サマースペシャル(600台限定GLXベース特別仕様車)(エアロルーフ・ハイルーフ)
* アクティブフィールドエディション:サマーバージョン(GLX特別仕様車)(エアロルーフ・ハイルーフ)
* アクティブフィールドエディション:ウインターバージョン(GLXベース特別仕様車)(エアロルーフ・ハイルーフ)

名前の由来
* 「デリカ」の語源は、delivery(運ぶ・配達する)+car(車)の造語であり、「スターワゴン」は「みんなに愛されるワゴン車でありたい」という意味合いを込めて名づけられた。

[ 2008/11/26 04:29 ] MITSUBISHI | TB(0) | CM(0)

Mitsubishi MiniCab Ad 1984 0'30"

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ミニキャブ (Minicab) は三菱自動車工業の軽商用車。

トラックとバンがあり、550cc時代から登場したバンの豪華版はミニキャブブラボーの名がついていた。現在はブラボーは消滅している。

また、軽自動車の商標の中では5番目に古い6代41年の歴史がある。
ミニキャブのコンポーネンツを使った軽ワゴンは、ブラボー後継車として、タウンボックスの名で販売されている。

また、現行型はクリッパーとして日産自動車へOEM供給されている。タウンボックスは2007年6月14日より「クリッパーリオ」の名称でOEM供給。

4代目(1984年-1991年)
* 1984年6月 - フルモデルチェンジ。

* 1987年6月 - マイナーチェンジ。エンジンはこれまでのG23B型(バルカンII)2気筒から3G81型(サイクロン)3気筒に変更。同時にスーパーチャージャーを追加。スーパーチャージャー搭載グレードに限りタコメーターが標準装備。

* 1990年2月 - マイナーチェンジ。新規格化でエンジンを660ccに拡大(3G83型・サイクロン)。ただし、スーパーチャージャーは550cc・3G81型サイクロンエンジンのまま。

車名の由来
車は小さいが、広い荷台をもつキャブオーバーという意味で命名。

[ 2008/11/27 04:50 ] MITSUBISHI | TB(0) | CM(0)

Mazda Persona ad 1989 0'30"

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ペルソナ(Persona)は、マツダが生産・販売していたカペラベースの4ドアピラーレスハードトップの自動車であり、ライバル車種はトヨタ・カリーナEDであった。

「インテリアイズム」というキャッチフレーズの元、女優のイングリッド・バーグマンをイメージしてデザイン最優先で作られた。

一部から“助手席にいい女を乗せて走る為のクルマ”とまで評されている。

内装にとても力が入っており、初期のカタログではエクステリアの写真よりも先にインテリアの写真が掲載されていた。

主な特徴
* 灰皿・ライターがオプション設定となっており、禁煙車として当時話題になった。
* フロントグリルには仮面をモチーフとした七宝焼きのエンブレムが取り付けられた。
* インテリアデザイン重視のため、グローブボックスが無い。その代わりに助手席下に収納用引き出し型ボックスが設定されている。
* ラウンジのソファのようなリアシート。
* アームレストがリアシートから独立していて、持ち運び可能。
* 1988年度ベストカー インテリア・オブ・ザ・イヤー(BEST CAR INTERIOR OF THE YEAR)を受賞

エンジンは前期型が1800ccSOHC12バルブと2000ccのDOHC16バルブ、後期型は1800cc、2000cc共にDOHC。いずれもGDカペラベース。2000ccはトルク重視のエンジンにチューンされていた。

グレードは1800cc、2000cc共に、布シート仕様のタイプAと本皮シート仕様のタイプBの2グレードが設定されていた。

プラットフォームは、マツダ・MAプラットフォームが用いられた。

* 1988年11月 - 登場。
* 1989年11月 - 姉妹車としてよりスポーティーなユーノス300が発売された。こちらの方はペルソナにない灰皿とシガーライターが装備された。
* 1990年3月 - 1800cc車もDOHC化でパワーアップ/ボディカラーに新色追加/運転席パワーシートが標準装備
* 1992年3月 - 生産終了。MS-8が後継車として発売された。

[ 2008/11/28 05:22 ] MAZDA | TB(0) | CM(0)

Mazda Luce 1988 0'30"

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マツダ・ルーチェ (LUCE) は、マツダから製造・発売された乗用車。マツダのプレステージセダンとして発売。

3代目後期型と5代目は「メルセデス・ベンツに似ている」という意見も聞かれたため、「広島(産)ベンツ」と呼ばれた事もあった(5代目については実際、広報資料では当時のベンツ・ミディアムクラスとツーショットで「日本のベンツです。」と謳っていた)。

5代目 HC系(1986年-1995年)
* 1986年9月 フルモデルチェンジでクラウンクラスにサイズアップされる。兄弟車のコスモとは分離され、メルセデス・ベンツ風の再び独自のデザインを採用。マツダのフラッグシップに相応しく車体サイズが大きくなり、居住スペースでクラウン/セドリックに追従し、装備品は後席用もかなり充実がなされた。

* プラットフォームにマツダ・HCプラットフォームを採用。ボディタイプは従来通りプレスドアを持つ4ドアセダンとセンターピラーを持つ4ドアハードトップの2種類。

* エンジンは廉価版にFE型2000cc直4キャブ(ガソリン仕様82馬力とLPG仕様64馬力)、マツダ初のV6レシプロエンジンであり販売の主流となるJF型でV62000EGI・110馬力、V62000EGI-TURBO・145馬力、ロータリー愛好家向けの654cc×2ロータリーターボ・180馬力)。ルーチェ及びマツダのセダンのRE車では最後の設定車となった。

* V6車とロータリー車のリアサスペンションは、新開発のE型マルチリンク式が採用された。

* 4ドアセダンにはタクシー仕様も設定され、エンジンはFE型4気筒LPGを継承。自家用セダンとの違いとしてリヤサスは耐久性と荷重を考慮した5リンク式となる。また6人乗り仕様の計器盤はタコグラフ設置を考慮したタクシー専用でメーターパネルはBD型ファミリア後期の180km/hスケールのメーターを流用した。

* 韓国では起亜自動車でセダンのみポテンシャという名称で生産・販売していた。

* 1987年8月 ライバル車同様のオーバー2Lに対応するための2000ccJF型を排気量アップしたV6・3000SOHCのJE型追加。160馬力を発揮。アメリカ輸出用のマツダ・929と同じ大型バンパーを装着。

* 1988年9月 マイナーチェンジ。V6・3000はDOHC化され、200馬力にパワーアップ。

* 1990年2月 HTにV6・3000リミテッド・グランツーリスモが追加される。欧州仕様と同じスポーツサスペンションとメッシュタイプフロントグリルを持ち、鍛造アルミホイールを装備していた。

* 1991年5月 自家用向けモデル生産終了。ルーチェのフルモデルチェンジという形でセンティアが後継車となるが、そのセンティアも2000年3月に生産を打ち切った。

* ただしセダン(タクシー・教習車仕様)はマツダがタクシー車市場から撤退する1995年12月まで、カスタムキャブとともに生産が続けられた。

車名の由来
イタリア語で「光」「輝き」

[ 2008/11/29 05:50 ] MAZDA | TB(0) | CM(0)

Mitsubishi Minica Turbo Ad 1983 1'00"

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ミニカ (Minica) は三菱自動車工業の軽ボンネットバン。乗用モデルはかつて軽乗用車として最も歴史の長い車種であった。

初代は1962年に三菱自動車(当時は新三菱重工業、後の三菱重工業)初の軽乗用車として登場する。現行型は1998年に軽自動車規格改正を受けてフルモデルチェンジされた8代目にあたり、現在は商用車登録となるバンタイプのみとなっている。2007年6月までは乗用車登録となるセダンタイプも存在した。乗用モデルは軽乗用車で最も長命で8代45年を誇る車種であった。また、軽自動車全体では1960年初代発売のハイゼット、1961年初代発売のサンバーに次いで3番目の長寿車種となっている。

利便性に優れた軽トールワゴンタイプ全盛の時代においても、良い意味で昔ながらの運転のしやすいボディ形状により、主婦の買い物の足、お年寄り層の日常の足、果ては法人ユーザーの営業用の足として、根強い需要を誇っていた。しかし近年では、その需要はセミトールワゴン型のeKシリーズやミッドシップエンジンを用いたトールボーイハッチバックセダンのi(アイ)に移行して、販売は専らバンが中心となり、最終的には販売不振のため乗用モデルそのものが廃止された。

4代目 A105A・A106A・A107A/V(1977年-1984年)
1977年6月、フルモデルチェンジ。車名をミニカ・アミ55 (A105A) へと変更。全体の印象はミニカ5と変わらないが、新規格に対応し全幅は10cm拡大、全長は規格に余裕を残した3175mm(XL仕様)まで延長された。エンジンはミニカ5の2G22型をストロークアップした2G23型を搭載。最高出力は31馬力と、数値的な目新しさは無いがトルクUPに伴い、実用性能が格段に向上した。同時に、ミニカ5 バンも550CC化され、アミ55と同じ2G23型を搭載するミニカ55バン (A105V) へと車名変更されている。

1978年9月、53年排ガス規制に適合すべくG23B型へ換装(MCA-JET化、ジェットバルブが追加されたと同時に、二次空気供給装置及び酸化触媒の廃止、静粛性向上のためタイミングチェーン駆動からタイミングゴムベルト駆動に変更、ロッカーアームがアルミ製になるなど動弁系の軽量化も施される。名称「バルカンII」)。

1979年4月、一部変更でバンを含む全車のエンジンが54年の騒音規制が施される/ミニカ55バンは54年排ガス規制適合。

1980年8月、アミ55に脱着式ガラスサンルーフ仕様追加。

1981年2月、アミ55に超低価格の518000円で発売の「ユーティリカ」追加。

1981年9月、ミニカ・アミL (A107A) 、またミニカ55バンのビッグマイナーチェンジ版として、商用登録のミニカ・エコノ (A107V)が登場。今回のビッグマイナーチェンジは乗用と商用で車体を共通化。全長を規格一杯まで伸ばしてホイールベースを50mm延長。更に全高を30mm高めて居住性の向上を図った。エンジンは、アミLはアミ55のG23B型(最高出力は変わらないが、カムプロフィールの変更により、よりマイルドな味付けとなる)を、エコノは55バンの2G23型を各々踏襲。セミATをアミL/エコノ全車に設定。ちなみに商用登録を「エコノ」と名付けたのは、乗用車よりも経済的なミニカ、つまりエコノミーなミニカという位置付けとしたためである。

1981年12月、エコノ2シーターを追加。

1982年5月、エコノに女性向けの内外装を持った「マリエ」と新車価格498000円のSスペシャルを追加。

1982年12月、アミLにリモコンミラーとカセットステレオを追加したCXを追加。既存モデルはフロントグリルにMMCマークが付く。

1983年3月、軽自動車初となるターボエンジン搭載モデルを追加した。ターボチャージャーを搭載した546cc SOHC 2気筒(G23B型)エンジンの性能はグロス 39ps/5.5kgf-m。キャブレター式ターボであったため、加圧式キャブレターが装着されていた。全車全グレードとも、4輪ドラムブレーキ(前輪・2リーディングドラム/後輪・リーディング&トレーリングドラム)、4速MT/2速セミAT(ターボは4速MTのみ)、内蔵エアコンは無く外付けクーラーのみで、基本設計が古く装備としては旧式化していた。

車名の由来
英語のMini Car(小さな車)またはMiniature Carを略した造語。

[ 2008/11/29 06:17 ] MITSUBISHI | TB(0) | CM(0)

Mitsubishi Minica CM 1984 0'30"

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ミニカ (Minica) は三菱自動車工業の軽ボンネットバン。乗用モデルはかつて軽乗用車として最も歴史の長い車種であった。

初代は1962年に三菱自動車(当時は新三菱重工業、後の三菱重工業)初の軽乗用車として登場する。現行型は1998年に軽自動車規格改正を受けてフルモデルチェンジされた8代目にあたり、現在は商用車登録となるバンタイプのみとなっている。2007年6月までは乗用車登録となるセダンタイプも存在した。乗用モデルは軽乗用車で最も長命で8代45年を誇る車種であった。また、軽自動車全体では1960年初代発売のハイゼット、1961年初代発売のサンバーに次いで3番目の長寿車種となっている。

利便性に優れた軽トールワゴンタイプ全盛の時代においても、良い意味で昔ながらの運転のしやすいボディ形状により、主婦の買い物の足、お年寄り層の日常の足、果ては法人ユーザーの営業用の足として、根強い需要を誇っていた。しかし近年では、その需要はセミトールワゴン型のeKシリーズやミッドシップエンジンを用いたトールボーイハッチバックセダンのi(アイ)に移行して、販売は専らバンが中心となり、最終的には販売不振のため乗用モデルそのものが廃止された。

5代目 H11A/V・H12V・H14A/V・H15A/V(1984年-1989年)
1984年2月にフルモデルチェンジ。先代のウィークポイントであったFRゆえの居住性の悪さを改善すべくFF方式に変更。タイヤを出来るだけ四隅に追いやり、『ライバルはリッターカー』をキャッチフレーズとする広い室内空間をアピールポイントとしていた。初の5ドアとなったセダンは再び「ミニカ」に戻り、バンは「ミニカエコノ」を継承。エンジンは従来型のG23B型だが、タイミングチェーンからタイミングベルト駆動方式に変更され、名称も「バルカンⅡ」となっている。ターボ車には軽自動車初のインタークーラーが装着され、フロントディスクブレーキが標準で装備された。このグループからはエアコンがオプション設定されるようになる。

1985年8月、セダンに3ドアの復活。エコノにはミニカ史上初のパートタイム4WDが加わった。ターボ車および、ほぼ同期に開発された同社のミニキャブ同様12インチフロントディスクブレーキが標準で装備されておりホイールのPCDはFFモデルの100mmに対し114.3mmと異なっている。同時に3ドアターボに特別仕様車「ジャッカル」が限定700台で発売。また、5ドアセダン「XL」のフロントブレーキがディスク化され、タイヤサイズは12インチとなった。

1986年2月、3ドアターボ特別仕様車「ジャッカル」が再び700台限定で発売。エコノに特別仕様車「ライラ」(限定6000台)と「Gエクストラ」(限定1000台)を発売。

1986年4月、3ドアセダンに手動開閉式のキャンバストップ仕様車[6]を追加。同時にセダン・オープントップターボ特別仕様車「スカイジャック」を限定500台で発売。これは1985年の東京モーターショーに出品された「ミニカ・ランナバウト」を市販化。脱着可能な「カプセルルーフ」を装備。

1986年6月、エコノに特別仕様車「パセリ」[7]を限定6000台で発売。

1987年1月、大幅なマイナーチェンジが行われエンジンが従来の2気筒(G23B型・バルカンII)から新開発の3気筒(3G81型・サイクロン)に変更され静粛性や動力性能が向上した。これに伴いATはこれまでの2速から3速へ変更。5ドアセダンには4WDが設定される。

1987年4月、エコノターボにエアロ付きモデル「XR」追加。

1987年5月、5ドアセダンに「パセリ」追加。エコノに「ライラ」「ライラ4WD」追加。

1987年8月、エコノターボに特別仕様車「JACKAL」(ジャッカル)を1000台限定で発売。

1987年9月、エコノにビスカス式フルタイム4WDが追加。翌年1月にはパートタイム4WDが消滅。

1988年1月、エコノターボに、フルエアロ付きモデル「ZEO」(ゼオ)が発売された。ZEOはスズキのアルトワークス、ダイハツのミラターボ TR-XXの対抗馬として発売されたが、当時の馬力戦争において、他車が電子制御方式で64馬力に対しZEOは従来のターボ車と同じキャブレタ式ターボエンジンで50馬力であったため、販売台数は少なかった。同時にエコノに充実装備のお買い得な特別仕様車「Tico」(ティコ)[8]シリーズや5ドアセダン専用の最上級グレード「EXCEED」(エクシード)も発売。

1988年5月、エコノのティコGはカセットステレオ標準装備のティコGサウンドBOXに変更され、ティコシリーズの中間グレードのティコFを追加、5ドアセダンにもティコ(限定1500台)を発売。

1988年9月、エコノティコGに88年ソウルオリンピック記念車を限定発売。ティコMに地域限定特別仕様車ティコYu、ティコ・ピーター、エコノ4WD・Sにピーター4を発売。

車名の由来
英語のMini Car(小さな車)またはMiniature Carを略した造語。

[ 2008/11/30 06:46 ] MITSUBISHI | TB(0) | CM(0)
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