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月別アーカイブ  [ 2008年08月 ] 

Mazda Capella Ad (3) 1983 0'30"

トップページMAZDAカテゴリーMazda Capella Ad (3) 1983 1983_MAZDA_CAPELLA_Ad_-_3
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カペラ (Capella) はかつてマツダで生産されていた乗用車である。30年以上の期間にわたり、ファミリアと共にマツダ乗用車の基幹車種として広く知られていた。

世代についてはマツダ公式サイトのHISTORY OF MAZDAを元にしている。書籍によっては記述が異なる場合もある。

海外では「Mazda 626」として販売され、「カペラ」という名のみ基本的に国内専用であった。

4代目(GC系 1982-1987年)
* 1982年9 月登場。駆動方式をFFに変更する。エンジンは新開発の1600、1800、2000EGIで「マグナム」の名称が与えられた。ボディは4ドアセダンと初代以来となる2ドアクーペ、後のマイナーチェンジで追加される5ドアハッチバックの3タイプ。また、この代からフォードブランドの姉妹車であるフォード・テルスターが登場。

* 1983年9月、セダンに2000㏄のディーゼル車が追加される。

* 1983年10月、グロス145psの2000EGIターボモデルを追加、ターボ車はヘッドライトが角型4灯となり、他のグレードと差別化された。

* 1985年5月、マイナーチェンジ。テルスターに採用されていた5ドアハッチバックが追加される。

* この4代目GC系は、'82-'83 日本カー・オブ・ザ・イヤーを受賞している。また、韓国の起亜自動車ではこれをベースにしたモデル、コンコード (en:Kia Concord) を87年~95年にかけて生産したことがある。

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[ 2008/08/01 16:55 ] MAZDA | TB(0) | CM(0)

Honda Civic 1979 0'15"

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シビック (CIVIC) は本田技研工業が生産する乗用車で、欧州の区分ではCセグメント、アメリカ合衆国の区分ではコンパクトカーである。

2代目 SL/SS/SR/ST/VC/WD型(1979-1983年)
* 1979年7月18日、通称「スーパーシビック」にモデルチェンジ。ボディは当初3ドアハッチバックのみであった。EJ型1300cc(68PS/10.0Kg-m)とEM型1500cc(80PS/12.3Kg-m、CXのみ85PS/12.3Kg-m)をラインナップ。

1972年に販売が開始され、今日に至るまで世界各国で販売される。駆動方式はエンジン横置きの前輪駆動(バリエーションとして四輪駆動もあった)で当初から変更されていないが、7代目の一部グレードからエンジンの搭載方向が左右逆になった。7代目までは小型乗用車の分類に属しており、5ドアハッチバックのEU型と4ドアセダンのES型は1,500cc SOHCのD15Bから1,700cc SOHCのD17A、4ドアセダンにはガソリン電気ハイブリッド仕様、さらに3ドアハッチバックのEP型 タイプRが2,000cc DOHC i-VTECのK20A と、かなり幅広い展開だったのに対し、8代目から3ナンバーサイズの中型車にボディサイズが拡大され、日本仕様に関しては、ボディ形状はセダン型のみで1,800cc SOHC i-VTEC R18Aエンジンのみに絞られ、後に2,000cc DOHC i-VTEC(旧タイプRのものとは別)が追加された。但し、日本以外の国ではハッチバックやクーペボディ仕様も展開されており、2,200cc N22A DOHC コモンレール ディーゼルエンジン搭載車もラインナップされている。現在販売されている乗用車のなかでは、トヨタ・カローラ及びトヨタ・センチュリーに次いで長く同一の名称で販売されている乗用車である。

 外観は先代から引き継ぐ台形プロポーションであるが、インパネ付近には過去に無い新たな試みがいくつか見られ、特に、初代プレリュードから引き継がれた、速度計と回転計を同軸に統合し、メーターの回転軸部分の上に各種警告灯を並べた「集中ターゲットメーター」は話題となった。 またメーターの他にも、メーターサイドにコンパクトにまとめられた、特徴的なダイヤル選局式AMラジオ(ロータリー・チャンネル式ラジオと呼ばれ、スーパーシビック専用形状となる)など、他の車には余り見られないような意匠が存在する。またこの型から、ダッシュボード吊り下げ式クーラーではなくビルトイン式エアコンがオプションで用意され、車体備え付けの空調パネルでコントロールできるようになった。他にも通常モデルより5PSハイチューン(85PS/12.3Kg-m)なエンジンを搭載したホットモデル「CX」も登場。オーバーライダー付きバンパーとオレンジ色の専用外装色も相まって人気となる。

* 1979年9月28日、3ドアモデルのリヤセクションを延長し5ドア化と荷室の拡大をした商用モデル「シビックバン」J-VC型を発売。1300cc(70PS/10.7Kg-m)のエンジンと4速手動変速機を搭載し、2つのグレードを用意。国内月販1000台を予定していた。

* 1980年1月22日には、「シビックバン」をベースとしたホンダ初のステーションワゴンとなる「シビックカントリー」E-WD型を追加。

 発売当初に用意されたボディカラーはソリッドの白、赤、黄色のみで、テールゲートに木目調ステッカーが張られ、バンモデルとの識別点の一つとなっている。ボディサイドの幅広い範囲を飾る木目調サイドパネルは、発売記念として1,500台は標準装備、以降はディーラーオプションで用意されていた。エンジンはEM型(CVCC)OHC-8バルブ1500ccで最高出力80ps、トランスミッションは手動5速/スターレンジ付ホンダマチック(Lレンジ付手動変速)が選べ、サスペンションメカニズムは、前/マクファーソンストラット、後/半楕円リーフリジッドとバンモデルそのもので、乗り心地等の改善の為、セッティングが変更されたのみである。 装備面では、背もたれの折りたたみと4段階のリクライニングが出来る専用リヤシート、運転席横のボタンを軽く押すだけでテールゲートのロックが解除できる電磁式テールゲートオープナー、有名な集中ターゲットメーターも装備される。 計画では国内月販1000台を予定していたが、発表当初はステーションワゴンの市場も成熟しておらず、装備内容もグレード展開も限られたものであり、販売も振るわなかった。

* 1980年6月10日には、1300ccモデルに72PSのCVCC-IIエンジンとホンダマチック車にO.D付を採用。チャイルドプルーフロック付リヤドア、ELR付3点式フロントシートベルトなど、安全装置を中心に装備が強化される。

* 1980年7月31日には、1500ccモデルも1300ccモデルと同様の変更を受ける。グレード「CX」はタイヤサイズ変更と運転席フットレスト装備。

* 1980年9月10日には、3ボックス・ノッチバックスタイルの4ドアセダンが追加。若干ではあるが、3ドアモデルより高級志向となる。

*  正確な時期は不明であるが、この後のマイナーチェンジで全モデル共フロントライトが丸から四角に変わり、リヤコンビネーションランプも変更。それに伴いフロント部を中心に若干のボディデザインの変更を行った。メタリックカラーの設定やサイドミラーのボディ同色化、サンルーフがオプションで注文できるようになるなど、内装/装備面でも変更が加えられ、賛否両論だった集中ターゲットメーターも、結局一般的なメーターに変えられている。

*  このモデルからワンメイクレース「シビックレース」が開催されるようになった。余談として、オーバーライダー付きのモデルは全長が4.0mを僅かに超え、フェリー料金に差を生ずる事になったり、初代より若干のサイズアップをしたが、輸出先のアメリカでは「狭い」という逆の評価をされてしまった(初代の後席は人が長時間乗る場所ではなく、多くは荷物置き場と割り切って使われていた)。販売は、エッジの効いたシャープなスタイルが流行となる中、どこか垢抜けないずんぐりした形が受け入れられず、少なくとも日本国内では振るわなかった。他車種の不振と相まって、1981年10月発表のシティがヒットする直前のホンダの足を、若干ながらでも引っ張る形となった。

車名の由来
Civic「住民の」などを意味する英語。

[ 2008/08/02 00:14 ] HONDA | TB(0) | CM(0)

Honda Civic Ad 1994 0'30"

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シビック (CIVIC) は本田技研工業が生産する乗用車で、欧州の区分ではCセグメント、アメリカ合衆国の区分ではコンパクトカーである。

2代目 SL/SS/SR/ST/VC/WD型(1979-1983年)
* 1979年7月18日、通称「スーパーシビック」にモデルチェンジ。ボディは当初3ドアハッチバックのみであった。EJ型1300cc(68PS/10.0Kg-m)とEM型1500cc(80PS/12.3Kg-m、CXのみ85PS/12.3Kg-m)をラインナップ。

1972年に販売が開始され、今日に至るまで世界各国で販売される。駆動方式はエンジン横置きの前輪駆動(バリエーションとして四輪駆動もあった)で当初から変更されていないが、7代目の一部グレードからエンジンの搭載方向が左右逆になった。7代目までは小型乗用車の分類に属しており、5ドアハッチバックのEU型と4ドアセダンのES型は1,500cc SOHCのD15Bから1,700cc SOHCのD17A、4ドアセダンにはガソリン電気ハイブリッド仕様、さらに3ドアハッチバックのEP型 タイプRが2,000cc DOHC i-VTECのK20A と、かなり幅広い展開だったのに対し、8代目から3ナンバーサイズの中型車にボディサイズが拡大され、日本仕様に関しては、ボディ形状はセダン型のみで1,800cc SOHC i-VTEC R18Aエンジンのみに絞られ、後に2,000cc DOHC i-VTEC(旧タイプRのものとは別)が追加された。但し、日本以外の国ではハッチバックやクーペボディ仕様も展開されており、2,200cc N22A DOHC コモンレール ディーゼルエンジン搭載車もラインナップされている。現在販売されている乗用車のなかでは、トヨタ・カローラ及びトヨタ・センチュリーに次いで長く同一の名称で販売されている乗用車である。

5代目 EG型(1991-1995年)
* 1991年9月10日、通称「スポーツシビック」にモデルチェンジ 型式名E-EG。初期のハッチバックはローバー・ミニの様に一部分のみ開くリヤゲートを採用。外見上のデザインは、ヒラメをモチーフにしたと伝えられる。B16A型エンジンは170PS(AT車は155PS)に強化された。また新開発のVTEC-Eエンジン(リーンバーンエンジン)を搭載した低燃費指向の「ETi」、SOHCで吸気のみ可変のVTECエンジンを搭載した「VTi」というグレードが登場。ちなみに「EL」, 「ML」,「MX」と「ETi」,「VTi」,「SiR」とでは内装形状が異なり、乗車定員も5人乗りと4人乗りである。セダンはこのモデルから「シビックフェリオ」となった。またこの5代目(EG型)にも先代(EF型)と同様に、4輪ダブルウィッシュボーンサスペンションが採用されたが、先代がサスペンションストロークが不足しており[1]、せっかく当時は最高級車にしか採用されていなかった方式を採用していたにもかかわらず、比較的高いスピードで大きな段差にあうと姿勢を乱していたのに対し、この5代目はストロークを大きくとることで、荒れた路面での乗り心地やうねりのある路面での追従性が大幅に向上しており、これまでのシビックの中で最も優れた乗り味とハンドリングを実現していた。当時提携していた英ローバーの技術者からアドバイスを受け、方向を変えたという話が雑誌に紹介された。

* シビックとして2度目の日本カー・オブ・ザ・イヤーを受賞している。

* 南アフリカでは、4ドアに1,800ccエンジンを搭載し、バラードとして発売されていた。なお、南アフリカではメルセデス・ベンツと同一の工場で生産されていた。

* 1992年にシビック20周年記念車としてZCエンジンを搭載した「Si」が限定発売された。

* ホンダ・オブ・アメリカ生産の「シビック・クーペ」が用意され、日本にも輸入されている。初期はトランスミッションは4ATしか選べなかったが、後になって5速手動変速車が導入された。

* この代は、盛んにスポーティイメージを強調し、人気を得たが、ハリウッド映画『ワイルドスピード』に登場したことも、若者の心を掴んだ一因となっている。

* CMキャラクターはフェリオのみにジョディ・フォスターを起用した。(途中から、3ドアにも起用。)そして、フェリオのCMキャッチコピーは居住性の良さと走りの良さを強調した「4人でするスポーツ」だった。

* CMソングはシビック(ハッチバック)が南佳孝の『スローなブギにしてくれ』、フェリオはファイン・ヤング・カニバルズ(Fine Young Cannibals)『シー・ドライヴズ・クレイジー』だった。

車名の由来
Civic「住民の」などを意味する英語。

[ 2008/08/03 23:30 ] HONDA | TB(0) | CM(0)

Honda Civic Ad 1984 0'30"

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シビック (CIVIC) は本田技研工業が生産する乗用車で、欧州の区分ではCセグメント、アメリカ合衆国の区分ではコンパクトカーである。

1972年に販売が開始され、今日に至るまで世界各国で販売される。駆動方式はエンジン横置きの前輪駆動(バリエーションとして四輪駆動もあった)で当初から変更されていないが、7代目の一部グレードからエンジンの搭載方向が左右逆になった。7代目までは小型乗用車の分類に属しており、5ドアハッチバックのEU型と4ドアセダンのES型は1,500cc SOHCのD15Bから1,700cc SOHCのD17A、4ドアセダンにはガソリン電気ハイブリッド仕様、さらに3ドアハッチバックのEP型 タイプRが2,000cc DOHC i-VTECのK20A と、かなり幅広い展開だったのに対し、8代目から3ナンバーサイズの中型車にボディサイズが拡大され、日本仕様に関しては、ボディ形状はセダン型のみで1,800cc SOHC i-VTEC R18Aエンジンのみに絞られ、後に2,000cc DOHC i-VTEC(旧タイプRのものとは別)が追加された。但し、日本以外の国ではハッチバックやクーペボディ仕様も展開されており、2,200cc N22A DOHC コモンレール ディーゼルエンジン搭載車もラインナップされている。現在販売されている乗用車のなかでは、トヨタ・カローラ及びトヨタ・センチュリーに次いで長く同一の名称で販売されている乗用車である。

3代目 AG/AH/AJ/AK/AT型(1983-1987年)
* 1983年9月22日、この車のボディーの特徴である「マン・マキシマム・メカ・ミニマム:MM」の設計哲学のもと、通称「ワンダーシビック」にモデルチェンジ。4ドアセダンと5ドアハッチバックシャトルは3ドアから1ヶ月遅れの10月20日から販売された。

* ホンダとして初めて日本カー・オブ・ザ・イヤーを受賞している。

* CMソングにルイ・アームストロングの名曲「What a Wonderful World」を起用した。

* 1,300cc仕様はヘッドライトの形状が違い、「23L」、「33U」、「53U」、「プロ」などはライトが引っ込んでいる。また、初期のアメリカ仕様は法規制により規格角形ライトであるため、これらと同じ顔つきをしている。ただし、後期型には異形ヘッドライトの「33L」があるため法則が若干崩れている。

* 1984年10月24日に追加されたZC型 1,600cc DOHCを載せた「Si」は、グループAなどのレースにおいても活躍し、走りのよさから若者や走行性を重視する層の支持を得た。また、ボンネットはS800以来のパワーバルジが付けられた。シビックのスポーティイメージの源流となったモデルといえよう。

* 1985年2月22日には、4ドアセダンにも「Si」が追加設定された。こちらにはパワーバルジは存在しない。

* シャトルは、その使い勝手の良さとデザインからアパレルメーカーをはじめとするファッション業界で大いに使用されることとなった。

TBSドラマ『金曜日の妻たちへII 男たちよ、元気かい?』の小山夫妻演じる小西博之と岡江久美子の愛車として登場。これは当時、ホンダが金曜ドラマのスポンサーだったためである。

車名の由来
Civic「住民の」などを意味する英語。

[ 2008/08/04 23:43 ] HONDA | TB(0) | CM(0)

Honda Civic 1987 0'30"

トップページHONDAカテゴリーHonda Civic 1987 Japanese_Commercial_-_Honda_Civic___87_.jpg
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シビック (CIVIC) は本田技研工業が生産する乗用車で、欧州の区分ではCセグメント、アメリカ合衆国の区分ではコンパクトカーである。

1972年に販売が開始され、今日に至るまで世界各国で販売される。駆動方式はエンジン横置きの前輪駆動(バリエーションとして四輪駆動もあった)で当初から変更されていないが、7代目の一部グレードからエンジンの搭載方向が左右逆になった。7代目までは小型乗用車の分類に属しており、5ドアハッチバックのEU型と4ドアセダンのES型は1,500cc SOHCのD15Bから1,700cc SOHCのD17A、4ドアセダンにはガソリン電気ハイブリッド仕様、さらに3ドアハッチバックのEP型 タイプRが2,000cc DOHC i-VTECのK20A と、かなり幅広い展開だったのに対し、8代目から3ナンバーサイズの中型車にボディサイズが拡大され、日本仕様に関しては、ボディ形状はセダン型のみで1,800cc SOHC i-VTEC R18Aエンジンのみに絞られ、後に2,000cc DOHC i-VTEC(旧タイプRのものとは別)が追加された。但し、日本以外の国ではハッチバックやクーペボディ仕様も展開されており、2,200cc N22A DOHC コモンレール ディーゼルエンジン搭載車もラインナップされている。現在販売されている乗用車のなかでは、トヨタ・カローラ及びトヨタ・センチュリーに次いで長く同一の名称で販売されている乗用車である。

車名の由来
Civic「住民の」などを意味する英語。

4代目 EF型(1987-1991年)
* 1987年9月9日、通称「グランドシビック」にモデルチェンジ。ボディラインナップは先代同様、3ドア・4ドア・5ドア(シャトル)の3種類。

 グレード名には法則があり、スポーツモデルでもあるSiとその豪華仕様であるSi-EXTRAを除いて、3ドアでは「2」、セダンには「3」、シャトルには「5」で始まって、後に排気量を表す「3.5.6」が続き、その後にインジェクション車には「i」、デュアルキャブ(ツインキャブ)車では「X」、シングルキャブ車では装備内容別に「L.U.R.M」のいずれかが付くようになっており、それらの表示がトランク部にデカールで表記され、サイドデカールと含めて各グレードの識別点となっている。

 また、3ドア車以外では「リアルタイム式」4WD(ビスカスカップリングを使ったスタンバイ式4WD)も用意され、こちらは「RT」で始まるグレード名が付く。

* このころから国内グループAレースでトヨタ・カローラレビン/スプリンタートレノとの戦いが激化し、市販モデルもパワー競争が激化した。3ドア最高グレードである「Si」に搭載されたZC型エンジンは130PS/14.7kg-m(ネット値)になり、4ドアセダン「36i」「RTi 4WD」、5ドアシャトル「56i」「RTi 4WD」にはSiと同じZC型のヘッドを16バルブSOHCに換装した専用エンジンを用意し、120PS/14.5kg-mを発生するようにした。その他のSOHCエンジンも全て4バルブ/センタープラグ配置となった。主力であるD15B型1,500ccエンジンにはインジェクション仕様が無かったものの、91馬力/12.1kg-mを発生するシングルキャブレター仕様の他に、100PS/12.8kg-mを発生するCVデュアルキャブレター仕様も設定され、当時の平均的なライバル車をしのぐ軽快な加速をした。また、この頃からトランスミッションの特性とのマッチングを図る事を目的として、手動変速車とAT車では、エンジン出力特性を変更(カムプロフィールを変更)してあり、それに従いAT車ではおおよそ5PS程度低い数値となっている。

*  トランスミッションはFF車が手動5速/ロックアップ付電子制御4速となり、ATは一気に進化をした。セダン4WD車には悪路での走破性を高める目的でスーパーローが付く手動5速か、ローホールド機能が付くロックアップ付電子制御2Way4速が用意された。シャトル4WD車には初期はスーパーロー付5速のみが採用され、後になって、セダン/シャトルとも4WD+ATが選べるようになった。

*  また、この代から、3代目アコードと同様の、アッパーアームをタイヤの上に配置した特徴的なダブルウィッシュボーン式サスペンションを、シャトルの商用モデルも含む全グレード、4輪に採用した。

*  その他装備面でも、前席のヘッドレストを外して後席とフラット化できるシートの採用、内装質感の大幅向上、パワーステアリング/パワーウィンドウ/カラーガラスの採用グレードの拡大、一部グレードにプッシュ式ヒーターモード切り換えスイッチやリヤヒーターダクト、、オプションながらオートエアコンを用意したり、ポケット/トレイ類の各種ユーティリティの多数採用など、充実した内容となっており、若々しい外観デザインと走行性能、クラストップの室内長を誇り、ガラス面積の大きな明るく広い室内と相まって、好評を博した。

* 1988年8月の改良では、AT車にシフトロックシステムを装着、車内用バックブザーが付いた。

* 1989年9月21日にマイナーチェンジ。若干ボディ剛性向上が図られている。外観はボンネット/テールランプ回りを中心に若干のフェイスリフトも行われ、内装はダッシュボードのメーター周りデザインを中心に変更になった。

* AT車には、メーターにシフトゲートインジケーターが付いた。

* セダンに1300cc追加。

* 4WDでオプションの4wA.L.B(現在のABS)との組み合わせを選んだ場合にだけ、駆動システムがビスカスカップリングで前後を繋いだだけのリアルタイム式から「イントラック」というより進んだシステムに変更になった。4WDで4wA.L.Bを選ばない場合は変速機の種類を問わずリアルタイム式4WDとなる。

* 3ドアにはインテグラ(DA型)に搭載されていたB16A型 1,600cc DOHC VTECエンジンが搭載された。当時1,600ccクラス最高の160PSを誇ったこのエンジンを搭載したグレード名は「SiR」となった。フロントバンパー及びヘッドライトの形状が変更され、ボンネット中央部と両フェンダー部の関係を従来の凹から凸としたため、「Si」のボンネットのパワーバルジは削除された。リアバンパー、リアパネルやリアコンビランプも若干変化している。

* 4ドアもフロントバンパー、ボンネット及びフェンダーの形状が変更され、ボーリューム感が増した。ヘッドライトは細目の4灯になった。リアパネルやリアコンビランプも若干変化している。ZC型エンジンの「Si」(FF) と「RT-Si」(4WD) が追加設定された。

* 北米仕様に関しては初期型に似た姿のままであったため、バンパー、ボンネット等日本仕様との外観の違いが大きくなった。

* セダン後期型では、警ら用のパトカーとして活躍した。

*  また、EF型シビックは生産時期が長く、5ドアシャトルは3ドア/4ドアがEG型にモデルチェンジした後も、小型商用バン「シビックプロ(PRO)」として、または乗用4WDモデル「シビックビーグル(Beagle)/ビーグルエックス(Beagle-X)」としてフロントにガードバー等を取り付けた状態で継続生産され、パートナー/オルティアを発売するまで正規のカタログモデルとしてラインナップされていた。また4ドアセダンをベースにボディ強化と吸音材の増強、各種装備の高級化とボディのリデザインをして、上級車種「コンチェルト」が生まれたが、このモデルは当時提携をしていた英ローバーにも主要コンポーネントが提供され、コンチェルトが生産完了した後もローバー400シリーズとして生産された。

[ 2008/08/05 23:56 ] HONDA | TB(0) | CM(0)

Daihatsu Copen 0'42"

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コペン (Copen) はダイハツが生産する二人乗り軽オープンカー。

軽市販車では世界初となる電動油圧ポンプによる開閉式ルーフのアクティブトップ(いわゆるクーペカブリオレ)と、脱着が可能な樹脂ルーフのディタッチャブルトップ(2007年9月廃止)がある。 47kW(64馬力)を発生する4気筒DOHCターボJB-DETエンジンを搭載。現在発売されているダイハツ車でこのエンジンを搭載している車種は唯一このコペンのみである。 変速機は4速ATと5速MT。 駆動方式はFFのみ。

可愛らしいルックスや軽自動車という理由から人気が高く、発売当初は注文が殺到した。また、コペンはスポーツカー要素よりも軽オープンカー要素を重視しており、一般の人にも気軽に乗ることができ、老若男女幅広い層から支持されている。そのスタイルを重視して造られているためか、最低地上高が従来のダイハツ車より低い(105mm)。購入する際には、駐車場や近所の踏切の形状(出入りの際の段差)などを検討した方が良い。

独特のルーフシステムは、ドイツのべバスト(Webasto)社とイタリアのピニンファリーナ社が共同で設立したOASys(Open Air System)社の手によるものである。

製造はダイハツ本社(池田)工場第2地区 「エキスパートセンター」が担当し、「D'sus」(ダイハツ社内の技能認定制度)2級以上を取得した熟練技能者による手作業の最終調整が施されている。

ショーモデル(1999年~2002年)
1999年の東京モーターショーに「KOPEN」として参考出展された。

2001年、モーターショーに市販化を目前として出展された。なお、市販車と違い、サイドにもCopenエンブレムがあり、エアディフレクターがスモークで「Copen」の刻印され、オープニングカバーも電動だった。

初代(2002年~)
2002年6月19日発売。標準仕様はアクティブトップ/ディタッチャブルトップ。型式はLA-L880K(149.8万円(税込157.29万円))。

* ミッションはスーパー5MT(5速MT)/スーパーアクティブシフト付電子制御式4AT(4速AT)から選択。

* 初期メーカーオプションは以下のとおり
o Gパック(プロジェクター式ディスチャージヘッドランプ、2DIN CD/MD・AM/FM付ステレオ+フロント2スピーカー(16cm)、イモビライザーシステム(盗難防止システム))

o スポーツパック(2007年廃止)(ショーワ製スペシャルチューンドサスペンション、リアパフォーマンスブレース、サイドデカール(Copen-S))

o レザーパック(本皮製スポーツシート(赤レザー・シートヒーター付)と専用ドアトリム、MOMO製本革ステアリングホイール(エアバッグ内蔵))

o 寒冷地仕様(2003年3月よりカタログ記載)(シートヒーター、大容量バッテリー、高濃度クーラント、エンジンアンダーカバー)

o オープニングカバー(脱着式)

o フロントスーパーLSD(MT車のみ)

* ディタッチャブルトップは、2002年9月発売となり、アクティブトップでメーカーオプションの「スポーツパック」とリヤスポイラーが標準装備され、ロールバーがメーカーオプション扱いとなっていた。

2003年7月23日特別仕様車「1st ANNIVERSARY EDITION(ファーストアニバーサリーエディション)」を発売(165.8万円(税込174.09万円))。

* アクティブトップに本皮製スポーツシート(タン・シートヒーター付)と専用ドアトリム、MOMO製ウッド&レザーステアリングホイール(エアバッグ内蔵)が装着されたもの。

* 同時に新たなオプション設定として、シートヒーター(全車)と、黄/黒および赤/黒の「カラーオーダーシート(ヒーター内蔵)」(アクティブトップ車)を追加。

* 2003年12月、ボディカラーとして、DC-ブラックマイカは廃止された。

* 2004年5月、排ガス規制の変更に対応し、型式がABA-L880Kに変更された。

2004年6月2日特別仕様車「2nd ANNIVERSARY EDITION(セカンドアニバーサリーエディション)」を発売(169.8万円(税込178.29万円))。

* アクティブトップにレカロシート(布張り・ヒーター付・赤/黒)、専用ドアトリム(赤)、MOMO製本革ステアリングホイール(エアバッグ内蔵・赤/黒)、プロジェクター式ディスチャージヘッドランプが装着されたもの。

* また、従来の「1st ANNIVERSARY EDITION」は「TAN LEATHER EDITION(タンレザーエディション)」と名称を変更して継続される。

* 同時にボディカラーとして、DC-スチールグレーメタリック、DC-シャンパンメタリックオパールを追加し、全9色とした。

アルティメットエディション
2006年6月14日特別仕様車「ULTIMATE EDITION(アルティメットエディション)」を発売(180万円(税込189万円))。

* アクティブトップをベースにアルカンターラレカロシート(オレンジ/黒、ヒーター付)、MOMO製本革ステアリングホイール(オレンジ)、専用ドアトリム(オレンジ)、ビルシュタイン製ショックアブソーバー、BBS製15インチアルミ鋳造ホイール、リヤパフォーマンスブレースを装備している。

* ULTIMATE(アルティメット)とは、英語で「究極の」や「最後の」という意味があるが、カタログでは“「究極」の名を持つCopen”と謳っている。

* 同時にオプション設定の黄/黒および赤/黒の「カラーオーダーシート(ヒーター内蔵)」(アクティブトップ車)は廃止。

* 「2nd ANNIVERSARY EDITION」は伴って廃止され、レカロシート(レッド・ブルー・グレー)はオプション設定のまま継続販売。

2007年9月10日特別仕様車「ULTIMATE EDITION II MEMORIAL(アルティメットエディション2メモリアル)」を発売(185万円(税込194.25万円))。

* ULTIMATE EDITIONの装備に加え、内外装を更に充実させたダイハツ100周年記念特別仕様車(伴ってULTIMATE EDITIONは廃止)。また、年内注文分(12月26日注文分)には、シリアルナンバーが刻印されたプレートが運転席側ドアトリムに装着される。

* ULTIMATE EDITIONの ビルシュタイン製ショックアブソーバー、BBS製15インチアルミ鋳造ホイール、リヤパフォーマンスブレース、専用レカロシート、専用MOMO製本革ステアリングホイール、専用ドアトリムはそのまま継続装備され、レカロシート、MOMO製ステアリング、ドアトリムのカラーが、オレンジとキャメルの2色から選択が可能になった。

* 他、内装としては、ホワイトメーター、シャインブラックセンタークラスター&レジスターベゼル、メッキインナードアハンドル、シリアルプレート(2007年内受注分限定)が追加。外装としては、ブラックメッキフロントグリル、クリアクリスタルリアコンビランプ、アルティメット専用サイドエンブレム、クリアハイマウントLEDストップランプ&クリアボディサイドターンランプが追加された(ビルシュタインのエンブレムは新ロゴのものに変更された)。

* 伴って、ボディカラーとしてDC-ダークレッドマイカが追加、DC-シャンパンメタリックオパールが廃止された。

* 同時に、ディタッチャブルトップが生産終了。他、オプションアクセサリーに細かな変更(ブラックメッキエンブレムセットやカラーレジスターパネルの追加、その他一部オプション廃止)が為された。

* なお、メーカーオプションの「スポーツパック」は2007年上半期に廃止されていた。

2008年1月特別仕様車「ULTIMATE EDITION II(アルティメットエディション2)」を「ULTIMATE EDITION II MEMORIAL」から名称変更し、継続発売(185万円(税込194.25万円))。

* 「ULTIMATE EDITION II MEMORIAL」からシリアルプレートを廃止されたのみである。

車名の由来
Compact Openから。 なお、ショーモデル時代の英語表記はKOPEN(K・OPEN=軽オープン)だった。同社の過去の名車「コンパーノ」の名称の復活も検討されていたが、ダイハツ・新宮会長が「昔の名前で出ていくのはだめだ。新しいのを用意しろ。たとえば軽(K)のオープンだからコペン(KOPEN)でどうだ」と言ったことから、コペン(KOPEN)となった。後に、輸出も睨み、日本独自の規格である軽自動車のKからコンパクトカーのCに変え、Copenに落ち着いた。

ボディカラー
2002年6月~
* ホワイト<056>
* DC-ブライトシルバーメタリック<S28>
* DC-シャイニングレッド<R40>
* DC-パールホワイトI<W16>(特別設定色(メーカーオプション))
* DC-ブラックマイカ<N05>(特別設定色(メーカーオプション))2003年12月廃止
* DC-ジョーンヌイエロー<Y07>(特別設定色(メーカーオプション))
* DC-ダークグリーンマイカ<6Q7>(特別設定色(メーカーオプション))
* DC-ダークブルーメタリック<B42>(特別設定色(メーカーオプション))

2004年6月~
* DC-スチールグレーメタリック<S30>(特別設定色(メーカーオプション))
* DC-シャンパンメタリックオパール<T17>(特別設定色(メーカーオプション))2007年9月廃止

2007年9月~
* DC-ダークレッドマイカ<R54>(特別設定色(メーカーオプション))
DCとはDouble Clear塗装の略で、ホワイト以外はクリア塗装を2回繰り返す5層コートを採用することによって、より深みのある艶やかな輝きを実現している。また、ボディ保護や耐性が上がるとはカタログでは一切記述されていないため、誤解してはならない。

輸出仕様
海外での評価も高かったことから、2003年9月より輸出を開始した。主に右ハンドル・左側通行のイギリス(中止)やオーストラリアへ輸出されている(た)が、660cc仕様は左ハンドル・右側通行のドイツにも右ハンドルのままで輸出されていた。参考リンク その後、2005年より欧州向けにNA1.3L・左ハンドル仕様が製作され、輸出が開始された。現在のところ、1.3L普通車仕様の日本への投入予定は無いという。 輸出仕様(右ハンドル・左ハンドルとも)1.3Lエンジンはブーンなどに使用されているものと(表記方法の違いによる出力差はあるものの)基本的には同一のK3-VEである。また、輸出仕様の変速機はMTしか用意されていないが、最終減速比が異なるだけで同一の変速機である。

仮に逆輸入しようとした場合、左ハンドルのヨーロッパ仕様(ドイツやイタリア仕様)の車体だけで約280万円、右ハンドルのニュージーランド仕様でも300万円程かかる。現地からの輸送費や排ガス検査費用、日本の法規への対応(左ハンドル車のヘッドライト等の部品交換)を含めると、非常に高額になってしまうが、大きさはそのままで「白ナンバー」+「左ハンドル」の組み合わせのコペンというだけでそそられる者は少なくないであろう。ちなみに、日本に一番近い左ハンドル車が輸出されている国は台湾である。

発売当初より短期販売を噂され、早期の生産中止が予想されていた。毎年、モデルチェンジや生産中止の噂はあるが、安定された売り上げによって、これまで継続販売されてきている。

ダイハツのCMの最初の「Innovation for Tomorrow」(2007年2月まで「ワンダフルスモール・ダイハツ!」)という部分で一瞬でロゴを横切っているのはこの車である。

2005年、東京モーターショーなどにコンセプトカーとしてボディを拡大し、1.5リットルエンジンを搭載した「コペンZZ」を出展した。それ以降、披露されていないため発売はされないようだ。

OFC-1第40回東京モーターショー
OFC-1

第40回東京モーターショー
2007年、コペンと同様の軽規格で、3気筒CVT、ルーフが3分割収納、液晶サンシェイド搭載の「OFC-1」が東京モーターショーにて出展される。新型コペンではないようだが、市販化が決定されるとなれば、事実上の後継車になるようだ。市販化の際には、液晶サンシェイドのコストが大きいため廃止され、コペンと同様にルーフは車体と同色になる可能性もある。

[ 2008/08/06 08:04 ] DAIHATSU | TB(0) | CM(0)

Daihatsu Charade 1988 0'30"

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シャレード (Charade) は、かつてダイハツ工業から発売された乗用車である。前輪駆動の「リッターカー」だった。

3代目(G100系、1987-1993年)
1987年1月、フルモデルチェンジが行われた。このモデルの開発にあたって、ダイハツは従来の地方に加え、都市部の若年層の取り込みを図るために、これまでのオーソドックスなスタイルから一転、ラテン風の洒落たスタイルのボディを採用した。その独特のスタイルは、これまでのコンパクトカーでは類をみない斬新なものであるとして高く評価された。その影響か否か、そのスタイルは海外にも波及し、この4年後に登場したルノー・クリオ(日本名:ルーテシア)のスタイルにも影響を与えたとされる。初期のキャッチコピーは「さ、ツーサム」だった。2シーター感覚で使うことを志向して、リアシートの居住性よりも荷室としての使いやすさの機能に重点が置かれていた。CMソングは久保田利伸の「GODDESS -新しい女神-」だった。後期はイメージキャラクターとしてミッキー・ロークや田原俊彦を起用した。

ボディは当初、3ドア、5ドアでスタート(先代に設定されていた商用モデルは廃止)。後にリアのオーバーハングを伸ばしトランクを設けた、4ドアのソシアルも追加される。当時、先代も含め、オーソドックスでありながらどちらかというとコンサバティブなスタイルが大半を占めていたリッタカークラスのなかで、ドラスティックにも都会的なラテン風に変貌したスタイルは一部賛否両論を誘ったものの、独特のフォーマルなムードを持つスタイルはとても魅力的なもので、それは後に登場した4ドアのソシアルにも引き継がれた。しかし、その反面、先代よりも大きく重く立派になったボディは、これまでのシャレードの美点をスポイルする結果につながり、特にその美点を支えていた3気筒エンジンでは大きなハンディとなったのは否めず、後に追加された1300ccモデルが登場してからは、かつてのようなリッターカーとしての色あいは薄れていった。また、この3代目より、ホイールのPCDがこれまでの110.0mmから全て100.0mmに変更されている。

搭載エンジンは、初代以来の伝統の1000cc3気筒CB型のSOHC6バルブ・シングルキャブレターとSOHC6バルブターボ(ただし燃料供給はキャブレターを用いていた)、DOHC12バルブインタークーラーターボ(もちろん、1リッターあたり100馬力以上に達していた)、NA及びターボディーゼルでスタートしたが、後に新開発のHC型1300cc4気筒SOHC16バルブEFIが追加される。また、同時期にフルタイム4WD車も追加された。小さくても広く実用的で、1000ccでもキビキビ走れる美点がかつてのシャレードの魅力であったものの、ボディが肥大化した(1000ccDOHCターボ車および1300cc車は除く)ため、その魅力は薄れていった。その予兆は不幸にもこの後の新しいモデルにも引き継がれることとなり、リッターカーの開拓者として、長くクラスをリードしてきたシャレードのブランド力は下降線の一途を辿っていくこととなる。

また、このモデルは北米にも輸出されていた。1000cc3気筒と1300cc4気筒の2種類、ボディーは3ドアと4ドアセダンの2種類で3ドアは1000ccとマニュアルのみの設定だった。1988年から1992年まで販売されていたが、もともと北米でのダイハツの知名度の低さとエアコンなどの快適装備も設定されていなかった為、販売台数は振るわず1992年に北米市場から撤退している。

ちなみに、モータースポーツにも積極的に参加しており、特筆するべき活躍として1993年のWRC(世界ラリー選手権)サファリ・ラリーでは、2000ccのターボ4WDカーのセリカ勢に続く総合5,6位の成績を残している。

* 1988年2月 1300cc及び4WDの追加。これに伴い1000ccガソリンSOHCターボは廃止。1000ccDOHCターボ車のグレード名をGTtiからGT- XXに変更、更にリヤシートの形状を変更して乗車定員を4人から5人へ変更(ツーサム・コンセプトの廃止)。

* 1989年2月 マイナーチェンジ。バンパー大型化(除くGT-XX)。

* 1989年4月 シャルマン以来の久々の4ドアセダンモデル。「シャレード・ソシアル」追加。エンジンは1300ccの電子制御シングルキャブ仕様。前輪駆動のみの設定。

* 1991年1月 マイナーチェンジ。1300ccは全車EFIに換装。ディーゼルの自然吸気エンジン搭載車は、ビジネスモデルのみの設定となった。

車両型式
* G100S CBエンジン搭載車
* G101S CLエンジン搭載車
* G102S HCエンジン搭載車、FF車
* G112S HCエンジン搭載車、4WD車

[ 2008/08/07 08:30 ] DAIHATSU | TB(0) | CM(1)

Daihatsu Charade Detomaso 1984 0'15"

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シャレード (Charade) は、かつてダイハツ工業から発売された乗用車である。前輪駆動の「リッターカー」だった。

2代目(G11系、1983-1987年)
1983年1月発売。初代の設計思想をそのまま生かし、モデルチェンジ。量産エンジンとしてはその当時、世界最小排気量を誇る乗用車用ディーゼルエンジン(渦流式燃焼室、水冷、直列3気筒、SOHCのCL型エンジン)を搭載したモデルや、猫科のターボのキャッチフレーズで発売されたターボモデル、また、ノーマルのターボエンジンながら、イタリアのデ・トマソが監修したシャレード・デ・トマソ・ターボ、果ては1000ccクラス唯一のディーゼルターボも用意された。

ディーゼル車の広告コピーは「凄いビートだぜ、Rock'nディーゼル」で、ディーゼルターボ車の広告コピーは「アンチなターボ」であった。

このシャレードの軽快な走りを支えた3気筒エンジンは、当時、ダイハツと提携関係で、デ・トマソ傘下にあった、イノチェンティ・ミニ(Innocenti Mini 90/120)のエンジンとしても供給された。後に660CCエンジンとの二本建てで供給される。

また、このモデルにのみ3ドアバンの設定があり、ガソリンとディーゼル、両方のエンジンが用意された。

926TURBO (G26)
1984年10月、「926 TURBO」という、まるでポルシェのレーシングカーを連想させるネーミングのシャレードが発表される。その正体は、グループBのホモロゲーションに合致させた「ラリー用」ベース車両であった。1000ccのガソリンターボでサファリラリーに挑戦するも、当時1.4倍であったターボ係数により、本来の排気量より2ランクも上の1300cc以上~1600cc以下クラスの扱いとなったことを受け、1300cc以下クラスの範囲内となるよう 993ccの排気量を926ccまで下げ、チューニングを見直し最低生産台数をクリアする200台が生産された。CE型と呼ばれるエンジンの出力は、工場出荷時で76ps/5500rpmであった。926とは、もちろん排気量を表しているが前述のポルシェのネーミングに引っ掛けた「洒落」でもあった。

DETOMASO 926R
DETOMASO 926Rは、デ・トマソの「洒落っ気」が生んだもうひとつの傑作で、926TURBOのパワートレインをDOHC12バルブ化し、シャレードのミッドに横置き搭載したコンセプトカーである。後輪駆動への変更と、ワイドトレッドとなった足回りは大型のブリスターフェンダーに包まれ、多くのエアインテークやイタリア尽くめの装備品とも相まって、ラテンの香りが強く漂うモデルであった。1985年の第26回東京モーターショーに、美しいイタリアの風景の中を実際に駆け抜ける映像と共に出品されるや、市販化とラリーでの活躍を望む声は一気に高まった。メディア向けの試乗会でも評判は上々であったにも拘らず、結局、周囲の期待に反し926Rが生産に移されることは無かった。

諸元・装備
* 全長:3850 × 全幅:1640 × 全高:1360mm
* ホイールベース:2320mm
* トレッド:前1380 / 後1410mm
* 乗車定員:2名
* エンジン:水冷 直列3気筒 DOHC 12バルブ ターボチャージャー付
* 排気量:926cc
* 最高出力:120ps グロス
* トランスミッション:5速MT
* タイヤ銘柄:PIRELLI P700
* タイヤサイズ:前205/50VR15 / 後225/50VR15
* ホイール:CAMPAGNOLO(マグネシウム合金 前6J×15 / 後7J×15)
* マフラー:ANSA デュアルエキゾースト
* ステアリングホイール:MOMO 本革巻き
* メーター:VEGLIA 独立丸型 メイン2眼 + サブ6眼
* フォグランプ:CARELLO
* ドアミラー:VITALONI
* ホーン:FIAMM エアホーン

歴史
* 1983年9月 ガソリンターボ追加。
* 1984年1月 デ・トマソ追加。
* 1984年9月 ディーゼルターボ追加。
* 1985年2月 マイナーチェンジ。
* 1986年1月 AT車を2→3速AT化でガソリンターボ車にもAT車追加。

  車両型式
* G11 CB型エンジン搭載車、乗用モデル
* G11V CB型エンジン搭載車、商用モデル
* G26 CE型エンジン搭載車(926ターボ)
* G30 CL型エンジン搭載車、乗用モデル
* G30V CL型エンジン搭載車、商用モデル

[ 2008/08/08 08:53 ] DAIHATSU | TB(0) | CM(0)

Daihatsu Charade Diesel Turbo 0'15"

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シャレード (Charade) は、かつてダイハツ工業から発売された乗用車である。前輪駆動の「リッターカー」だった。

2代目(G11系、1983-1987年)
1983年1月発売。初代の設計思想をそのまま生かし、モデルチェンジ。量産エンジンとしてはその当時、世界最小排気量を誇る乗用車用ディーゼルエンジン(渦流式燃焼室、水冷、直列3気筒、SOHCのCL型エンジン)を搭載したモデルや、猫科のターボのキャッチフレーズで発売されたターボモデル、また、ノーマルのターボエンジンながら、イタリアのデ・トマソが監修したシャレード・デ・トマソ・ターボ、果ては1000ccクラス唯一のディーゼルターボも用意された。

ディーゼル車の広告コピーは「凄いビートだぜ、Rock'nディーゼル」で、ディーゼルターボ車の広告コピーは「アンチなターボ」であった。

このシャレードの軽快な走りを支えた3気筒エンジンは、当時、ダイハツと提携関係で、デ・トマソ傘下にあった、イノチェンティ・ミニ(Innocenti Mini 90/120)のエンジンとしても供給された。後に660CCエンジンとの二本建てで供給される。

また、このモデルにのみ3ドアバンの設定があり、ガソリンとディーゼル、両方のエンジンが用意された。

926TURBO (G26)
1984年10月、「926 TURBO」という、まるでポルシェのレーシングカーを連想させるネーミングのシャレードが発表される。その正体は、グループBのホモロゲーションに合致させた「ラリー用」ベース車両であった。1000ccのガソリンターボでサファリラリーに挑戦するも、当時1.4倍であったターボ係数により、本来の排気量より2ランクも上の1300cc以上~1600cc以下クラスの扱いとなったことを受け、1300cc以下クラスの範囲内となるよう 993ccの排気量を926ccまで下げ、チューニングを見直し最低生産台数をクリアする200台が生産された。CE型と呼ばれるエンジンの出力は、工場出荷時で76ps/5500rpmであった。926とは、もちろん排気量を表しているが前述のポルシェのネーミングに引っ掛けた「洒落」でもあった。

DETOMASO 926R
DETOMASO 926Rは、デ・トマソの「洒落っ気」が生んだもうひとつの傑作で、926TURBOのパワートレインをDOHC12バルブ化し、シャレードのミッドに横置き搭載したコンセプトカーである。後輪駆動への変更と、ワイドトレッドとなった足回りは大型のブリスターフェンダーに包まれ、多くのエアインテークやイタリア尽くめの装備品とも相まって、ラテンの香りが強く漂うモデルであった。1985年の第26回東京モーターショーに、美しいイタリアの風景の中を実際に駆け抜ける映像と共に出品されるや、市販化とラリーでの活躍を望む声は一気に高まった。メディア向けの試乗会でも評判は上々であったにも拘らず、結局、周囲の期待に反し926Rが生産に移されることは無かった。

諸元・装備
* 全長:3850 × 全幅:1640 × 全高:1360mm
* ホイールベース:2320mm
* トレッド:前1380 / 後1410mm
* 乗車定員:2名
* エンジン:水冷 直列3気筒 DOHC 12バルブ ターボチャージャー付
* 排気量:926cc
* 最高出力:120ps グロス
* トランスミッション:5速MT
* タイヤ銘柄:PIRELLI P700
* タイヤサイズ:前205/50VR15 / 後225/50VR15
* ホイール:CAMPAGNOLO(マグネシウム合金 前6J×15 / 後7J×15)
* マフラー:ANSA デュアルエキゾースト
* ステアリングホイール:MOMO 本革巻き
* メーター:VEGLIA 独立丸型 メイン2眼 + サブ6眼
* フォグランプ:CARELLO
* ドアミラー:VITALONI
* ホーン:FIAMM エアホーン

歴史
* 1983年9月 ガソリンターボ追加。
* 1984年1月 デ・トマソ追加。
* 1984年9月 ディーゼルターボ追加。
* 1985年2月 マイナーチェンジ。
* 1986年1月 AT車を2→3速AT化でガソリンターボ車にもAT車追加。

  車両型式
* G11 CB型エンジン搭載車、乗用モデル
* G11V CB型エンジン搭載車、商用モデル
* G26 CE型エンジン搭載車(926ターボ)
* G30 CL型エンジン搭載車、乗用モデル
* G30V CL型エンジン搭載車、商用モデル

[ 2008/08/09 09:02 ] DAIHATSU | TB(0) | CM(0)

Daihatsu Charade Turbo Ad 1983 0'15"

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シャレード (Charade) は、かつてダイハツ工業から発売された乗用車である。前輪駆動の「リッターカー」だった。

2代目(G11系、1983-1987年)
1983年1月発売。初代の設計思想をそのまま生かし、モデルチェンジ。量産エンジンとしてはその当時、世界最小排気量を誇る乗用車用ディーゼルエンジン(渦流式燃焼室、水冷、直列3気筒、SOHCのCL型エンジン)を搭載したモデルや、猫科のターボのキャッチフレーズで発売されたターボモデル、また、ノーマルのターボエンジンながら、イタリアのデ・トマソが監修したシャレード・デ・トマソ・ターボ、果ては1000ccクラス唯一のディーゼルターボも用意された。

ディーゼル車の広告コピーは「凄いビートだぜ、Rock'nディーゼル」で、ディーゼルターボ車の広告コピーは「アンチなターボ」であった。

このシャレードの軽快な走りを支えた3気筒エンジンは、当時、ダイハツと提携関係で、デ・トマソ傘下にあった、イノチェンティ・ミニ(Innocenti Mini 90/120)のエンジンとしても供給された。後に660CCエンジンとの二本建てで供給される。

また、このモデルにのみ3ドアバンの設定があり、ガソリンとディーゼル、両方のエンジンが用意された。

926TURBO (G26)
1984年10月、「926 TURBO」という、まるでポルシェのレーシングカーを連想させるネーミングのシャレードが発表される。その正体は、グループBのホモロゲーションに合致させた「ラリー用」ベース車両であった。1000ccのガソリンターボでサファリラリーに挑戦するも、当時1.4倍であったターボ係数により、本来の排気量より2ランクも上の1300cc以上~1600cc以下クラスの扱いとなったことを受け、1300cc以下クラスの範囲内となるよう 993ccの排気量を926ccまで下げ、チューニングを見直し最低生産台数をクリアする200台が生産された。CE型と呼ばれるエンジンの出力は、工場出荷時で76ps/5500rpmであった。926とは、もちろん排気量を表しているが前述のポルシェのネーミングに引っ掛けた「洒落」でもあった。

DETOMASO 926R
DETOMASO 926Rは、デ・トマソの「洒落っ気」が生んだもうひとつの傑作で、926TURBOのパワートレインをDOHC12バルブ化し、シャレードのミッドに横置き搭載したコンセプトカーである。後輪駆動への変更と、ワイドトレッドとなった足回りは大型のブリスターフェンダーに包まれ、多くのエアインテークやイタリア尽くめの装備品とも相まって、ラテンの香りが強く漂うモデルであった。1985年の第26回東京モーターショーに、美しいイタリアの風景の中を実際に駆け抜ける映像と共に出品されるや、市販化とラリーでの活躍を望む声は一気に高まった。メディア向けの試乗会でも評判は上々であったにも拘らず、結局、周囲の期待に反し926Rが生産に移されることは無かった。

諸元・装備
* 全長:3850 × 全幅:1640 × 全高:1360mm
* ホイールベース:2320mm
* トレッド:前1380 / 後1410mm
* 乗車定員:2名
* エンジン:水冷 直列3気筒 DOHC 12バルブ ターボチャージャー付
* 排気量:926cc
* 最高出力:120ps グロス
* トランスミッション:5速MT
* タイヤ銘柄:PIRELLI P700
* タイヤサイズ:前205/50VR15 / 後225/50VR15
* ホイール:CAMPAGNOLO(マグネシウム合金 前6J×15 / 後7J×15)
* マフラー:ANSA デュアルエキゾースト
* ステアリングホイール:MOMO 本革巻き
* メーター:VEGLIA 独立丸型 メイン2眼 + サブ6眼
* フォグランプ:CARELLO
* ドアミラー:VITALONI
* ホーン:FIAMM エアホーン

歴史
* 1983年9月 ガソリンターボ追加。
* 1984年1月 デ・トマソ追加。
* 1984年9月 ディーゼルターボ追加。
* 1985年2月 マイナーチェンジ。
* 1986年1月 AT車を2→3速AT化でガソリンターボ車にもAT車追加。

  車両型式
* G11 CB型エンジン搭載車、乗用モデル
* G11V CB型エンジン搭載車、商用モデル
* G26 CE型エンジン搭載車(926ターボ)
* G30 CL型エンジン搭載車、乗用モデル
* G30V CL型エンジン搭載車、商用モデル

[ 2008/08/10 09:12 ] DAIHATSU | TB(0) | CM(0)

Daihatsu Max Cuore 0'15"

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マックスクオーレ(1977年-1980年)
1977年7月、「マックスクオーレ」(Max Cuore)を発売。

フェローマックスのビッグマイナーチェンジ版であり、車幅が広げられた。形式はセダンがC-L40・バンがH-L40Vである。2ドアセダン(STD/DX/カスタム)、4ドアセダン(DX/カスタム/ハイカスタム)、3ドアバン(STD/DX/スーパーDX)エンジンはAB型2気筒4サイクル。547cc、28馬力である。

1979年3月 セダンは53年排出ガス規制適合でE-L40。バンは54年排出ガス規制適合でJ-L40V。

1980年7月 生産終了。 後継車はセダンが「クオーレ」(Cuore)、バンが「ミラ・クオーレ」である。

[ 2008/08/11 18:54 ] DAIHATSU | TB(0) | CM(0)

Daihatsu Applause Ad CM 1990 0'30"

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アプローズはダイハツ工業の乗用車である。

1989年のジュネーヴショーにMS-X90の名で参考出品された後発売開始。従来、登録車クラスは親会社のトヨタ自動車と競合するため、カローラの車台を流用したシャルマンでまかなわれていたが、バブル景気の最中で自動車販売が好調な時期であったことから、トヨタより独自開発の許可を得ることに成功している。

ボディは一見、4ドアセダンに見えるが、トランクとリアゲートが持ち上がる5ドアハッチバックという凝った構造(スーパーリッド)である。なお、この『スーパーリッド』のアイデアは1985年にクライスラーが発表した小型車『シャドウ』やフィアットの『クロマ』などにも見られる。

ダイハツとしては、少ない車種で多くの顧客を取り込もうとした努力の賜であるが、発売直後にトラブルが続出した事が響き、この車の人気が急激に低下。努力は、あまり報われるものではなかった。ただし、ダイハツ唯一の登録車系セダンモデルであったことから幾度となくマイナーチェンジを繰り返しつつ生産が続けられるが2000年5月アルティスの登場に伴いシャレードと共に国内での発売が中止された。

ちなみに、ベルギーでは、現地の輸入業者の手によって、ステーションワゴンに改造されたものもある。

リコール騒動
本車は登場当初、燃料タンクの空気抜きに技術的問題を抱えており、ガソリンスタンドで給油するためタンクの蓋を開けると圧力差からガソリンが噴出、これに着火してしまう事故がたびたび発生した。これにより派手な広告戦略を控えざるを得ず、新車効果を得ることができなかった。事態を重く見た自動車工業会は第28回東京モーターショー(1989年開催)への出品自粛を要請した。

性能
* エンジンはHD型1589cc直列4気筒SOHCエンジン。
o EFI仕様と電子制御キャブレター仕様があり、最高出力は前者が120馬力、後者は97馬力。
o 1997年9月のマイナーチェンジ時にデスビレス化などの改良を受ける。(最高出力は変わらず)
* 駆動方式はFFとビスカスLSD付センターデフ方式フルタイム4WDの2タイプ。
* トランスミッションは5速MTと4速ATの2タイプ。ただし4WDはAT未設定。

1989年7月
新発売。型式はFFがA101S、4WDがA111S。
1990年10月
一部改良。車名を「アプローズθ(シータ)」に変更。エンジンは全車EFI化。
1992年7月
マイナーチェンジ。フロントマスク及び前後バンパー変更。車名を元の「アプローズ」に戻す。
1994年4月
一部改良。安全装備充実化。4WDが廃止され、FFのみに。
1997年9月
5年2ヶ月ぶりのマイナーチェンジ。フロント及びリヤの外観、インテリアを変更しイメージを一新。全車ATのみの設定に。
2000年5月
生産中止。実質的後継車はアルティスである。

車名の由来
アプローズは喝采を意味する。

[ 2008/08/12 19:17 ] DAIHATSU | TB(0) | CM(0)

Extreme_Limit_Skyline VS PoliceZ 1'26"

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頭文字D並みの動画を見つけました。きちんと挙動や音も見事!ってな感じですが車がチョロQ的な感じで「アニメ」という感があります。オチがあったのでちょっとした合間に見るにはいいのかもしれません。

[ 2008/08/13 12:49 ] その他の動画集 | TB(0) | CM(0)

2階建バスの切り返しをする超絶技巧ムービー 3'24"

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普通車が2台分が通れる道路を2階建てバスが切り返していくシーンです。CG無しの実際にフランスのテレビで放映された映像です。後輪タイヤが外れるシーンはヒヤッとします。

[ 2008/08/14 13:22 ] その他の動画集 | TB(0) | CM(0)

Infiniti Q45 Presidential Commercial in San Fransisco 0'46"

トップページINFINITIカテゴリーInfiniti Q45 Presidential Commercial in San Fransisco 0'46" Infiniti_Q45_Presidential_Commercial_in_San_Fransisco.jpg
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インフィニティ (INFINITI) は日産自動車がアメリカ合衆国・カナダ・韓国・中華民国(台湾)・中東地域で展開する高級車ブランド。

日産ブランドに比べ、高級ブランドとして付加価値の高い商品性はもちろんのこと、スポーティさを強調している点が特徴である。その証拠に、2007年現在ラインナップされている車種全ての駆動方式がFRもしくはFRベースの4WDとなっている。ただし、2005年まではIシリーズ(日本名:日産・セフィーロがベース)のようにFFベースのクルマも存在していた。

また、デザイン上の特徴として「オーセンティック」な面を強調し、日産ブランドと比べてラグジュアリーでスポーティ、かつクラシカルな要素も持ち合わせたスタイリングを目指している。具体的には、フロントグリルのダブルアーチ、L字型のヘッドランプとテールランプの形状、さらに、新型Gシリーズでは、日本刀からモチーフを取り入れたグリル内の4本横線などが挙げられる。しかし、それらインフィニティブランドの特徴的デザインの多くは、日産ブランドの車種でも取り入れられており、現時点では明確な特徴とはなっていない様子である。

インフィニティ・ブランド確立や日本市場導入のために独自の開発がさらに必要になるとの判断から、2006年春に行われた日産内部の組織改正でインフィニティ専門の担当部署が多く新設されており、今後はより高価格・高付加価値型車両に特化した商品開発が進むことが予想されている。

1989年にアメリカ市場向けの高級ブランドとして設立された。設立当初は流通システムの不備などから、トヨタ自動車のレクサスや、本田技研工業のアキュラほどの人気は勝ち得ず、1990年代後半には販売台数が非常に低迷した。

しかし、ルノーと提携後のカルロス・ゴーン体制下では、高価格・高付加価値型車両中心のブランドとしてテコ入れする方針が打ち出され、販売網整備と車両のデザイン等を核とした抜本的な見直しが図られた。

その後、比較的手頃な価格でリリースされたV35型インフィニティ・G35(日本名:日産・スカイライン)が大ヒットしたこともあり、現在ではアメリカでも高級車ブランドの一つとして認知されるだけのシェアを得ることができるようになった。

ちなみに、なぜ表記が"INFINITY"でなく"INFINITI"なのか、という点については、「英語ではなく、イタリア語であるから」とアナウンスされている。

車種一覧
* セダン
o Q (FR)
+ Q45は、2006年北米での販売を終了。現在韓国で販売。
o M (FR/4WD)
o G (FR/4WD)

* クーペ
o Gクーペ (FR)

* SUV
o QX (FR/4WD) (日本未発売モデル)
o FX (FR/4WD) (日本未発売モデル)
o EX (FR/4WD) (日本未発売モデル)

車種名について
車種名の末尾に2桁の数字を付け、Q45→4500cc、QX56→5600ccの様におおよそのエンジン排気量を表す。車種名をつけるにあたって、規則性や、意味が特にあるわけではないが、セダン系の場合、Qを頂点にM→J→I→Gとアルファベットの順序が早いほうが下級で、遅い方が上級のようである。同じくSUV系でもQXを頂点にFX→EXという順序でグレードわけされているようだ。ちなみに、Qシリーズに限っては、英語のCue=きっかけという意味があると言われている。

2代目 FY33型 (1997-2001年)
1997年 海外向けインフィニティQ45のモデルチェンジが実施され、FY33型シーマの姉妹車となる。この年、台湾で発売。

[ 2008/08/16 14:57 ] INFINITI | TB(0) | CM(0)

Accident - The faster you go the bigger the mess 1'00"

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2画面を比較してみてください。速度超過のCMです。

[ 2008/08/17 16:04 ] 交通事故撲滅CM集 | TB(0) | CM(0)

Remember fasten the seat belt campaign 1'01"

トップページ交通事故撲滅カテゴリーRemember fasten the seat belt campaign Remember_fasten_the_seat_belt___campaign_.jpg
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キャンペーン用の動画なのか・・・でも片輪のままで静止するのはスゴイ!!

[ 2008/08/18 22:28 ] 交通事故撲滅CM集 | TB(0) | CM(0)

Speeding Hurts 0'50"

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交差点内の車同士の衝突事故を逆転再生したものです。

[ 2008/08/19 23:01 ] 交通事故撲滅CM集 | TB(0) | CM(0)

SADD Invincible Commercial 0'30"  

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一見モデル風な人が登場していますが、実は・・・

[ 2008/08/20 23:11 ] 交通事故撲滅CM集 | TB(0) | CM(0)

LTNZ-Indicator New Zealand 0'45"

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これはよくあるケースのCMです。

[ 2008/08/21 23:30 ] 交通事故撲滅CM集 | TB(0) | CM(0)

LTSA - Unknown (New Zealand) 1'15"

トップページ交通事故撲滅カテゴリーLTSA - Unknown (New Zealand) LTSA_-_Unknown__New_Zealand
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若気のいたりではすまないかもしれません。

[ 2008/08/22 11:16 ] 交通事故撲滅CM集 | TB(0) | CM(0)

LTNZ - Tracks are for Trains (not cars!) 0'45"

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踏み切り事故のイメージ映像です。

[ 2008/08/23 11:29 ] 交通事故撲滅CM集 | TB(0) | CM(0)

Dont Run The Risk 0'43"

トップページ交通事故撲滅カテゴリーDont Run The Risk Dont_Run_The_Risk
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この携帯電話の意味はなんでしょうか?

[ 2008/08/24 11:41 ] 交通事故撲滅CM集 | TB(0) | CM(0)

Think Road Safety Advert 0'30"

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車の金額は?ガソリンの金額は?CDの金額は?それじゃ・・・

[ 2008/08/25 11:54 ] 交通事故撲滅CM集 | TB(0) | CM(0)

Think! - Crash 0'41"

トップページ交通事故撲滅カテゴリーThink! - Crash Think__-_Crash
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速度を落としましょう。慣れてきた頃が危ない!というCMです。

[ 2008/08/26 12:08 ] 交通事故撲滅CM集 | TB(0) | CM(0)

THINK!-_Julie 0'31"

トップページ交通事故撲滅カテゴリーTHINK!-_Julie THINK__-_Julie
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シートベルト着用のCMですが、こんな事故のケースもあるんですね。

[ 2008/08/27 12:19 ] 交通事故撲滅CM集 | TB(0) | CM(0)

Celsior F10 CM 0'28"

トップページTOYOTAカテゴリーCelsior F10 CM Celsior_UCF10_CM

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トヨタ・セルシオ(CELSIOR)は、トヨタ自動車が製造・販売していた大型の最高級セダンである。

日本ではトヨタブランドのセルシオとして販売された一方、北米などではトヨタの高級車専門販売チャネル、レクサスブランドのフラグシップカーとして初代からレクサス・LSの名称で販売された。

2005年からトヨタは日本でもレクサスブランドを展開を開始し、2006年9月にはセルシオの後継車種となる新型LSを発売。取扱店もレクサス店に移行することとなった。それ以前の取扱店はトヨタ店とトヨペット店であった。

1989年、米国にて立ち上げられたトヨタの高級車専門販売チャネル「LEXUS(レクサス)」に「ES250」(日本名;カムリ・プロミネント)とともに、そして同チャネルのフラッグシップとして「LS400」は発売された。それまではメルセデス・ベンツやBMWといった世界に名立たる高級車ブランドの間に、安い車のイメージの強かった日本のメーカーが割って入る余地は無いと目されていた。しかし、トヨタは米国市場を中心に1980年代初頭から徹底したマーケティングを行った結果、新規参入するには日本特有の「もてなしの心」が重要であると判断。仮想敵である上記ドイツ車群や他メーカーにはない圧倒的な静粛性と快適性、そして日本車特有の繊細さを前面に出すことで、登場するや否や米国人の心を捉え引く手数多の人気となり、レクサスブランドの礎を築くきっかけとなった。この車の出現はクルマ業界全体を震撼させたことはもちろん、メルセデス・ベンツ・BMWなど同クラスの高級セダンの車作りの概念をも変えてしまったと言われるほどだった。同時期に日産が北米市場にて高級車チャネル「INFINITI(インフィニティ)」を設立するも、たしかにコストを掛けた高級車であるが遥かに先行するベンツやBMWの後追い感が否めない車種ばかりで半ば失速状態での運営スタートとなったのとは対照的である。また、トヨタ=レクサスの成功により、後にフォルクスワーゲンなどの大衆車メーカーが高級車市場へ参入するきっかけともなった。

そして同年10月、日本国内でも「セルシオ(CELSIOR)」の名で販売を開始。本来ならトヨタ伝統の車種クラウンがあるために日米における趣向性の差異を考慮して日本導入は見送られるはずだったが、既存の国産セダン車のイメージを覆した日産のシーマが爆発的なヒットを記録したことを受け、日本車の枠に留まるクラウンクラスでは満足出来なくなった顧客層の要望に応えるためにクラウンとセンチュリーの間に位置する新しい車種として発表された。そのデビュー時、新聞では2面広告が打たれ、セルシオを擁して「新しいトヨタ」を大々的に宣伝した(それにあわせるようにセルシオの登場を機に現在のトヨタCIマークの使用を開始)。ショーファードリブン(オーナー自身は運転しない)が前提のセンチュリーを除くと当時の日本車の中では最高級車に位置付けられていた。

法人需要も多かったが、VIPカーと呼ばれるドレスアップ改造車を好む者の間でもベース車として人気を博している。そのため中古市場で人気が高い車種である。

UZ形式のエンジンを搭載し、車両形式名がXFであり、トヨタの型式ではZ+X=Cとなることから、UCFから始まるものとなる。

型式はUCF10/11・20/21・30/31が存在し、'0'で終わるものはコイルサスペンション装備、'1'で終わるものはエアサスペンション装備の車両である。

初代(10系:1989年-1994年)
1989年10月9日登場。キャッチコピ―は「この車から、クルマが変わります。」「トヨタ50年の歴史を超えた創造と挑戦の車、セルシオ。」「最高という名のセルシオ。」

エンジンはV8・4000cc(1UZ-FE)を使用している。装備の違いでA・B・Cのグレードが存在した。

サスペンションは、前後ダブルウィッシュボーン式となる。AとB仕様はコイルサスペンションを装備した。B仕様には、路面状況によりダンパーの減衰力が通常走行時の「ハード」の設定から瞬時に「ソフト」に切り替わる電子制御サスペンション「ピエゾTEMS」が装備された。C仕様には、乗り心地がさらにスムーズになる電子制御エアサスペンションを装備した。この仕様には後席の居住性を重視した「Fパッケージ」が存在し、センチュリーのようなショーファードリブンとしての使用を視野に入れたものである。最廉価のA仕様はオーナードライバー向けの仕様としたが、売れ筋はC仕様であった。これは中古市場でもかわらない。このA・B・Cという基本グレード構成はセルシオのアイディンティティとして3代目まで受け継がれた。

なお、車体そのものや車体に貼られるエンブレムにこのパッケージの違いは出ておらず、そこがクラウンなど既存の国産車との趣向の差である。

1992年8月にはマイナーチェンジが行われ、16インチホイールとブレーキローターの採用(従来は15インチ)、助手席エアバッグやGPS対応のエレクトロマルチビジョン(当時は珍しく音声ガイド付でオプション価格も90万円した)の設定など実用的な装備の充実だけにとどまり、外観の大きな変化はインチアップに伴うアルミホイールの意匠変更とリアエンブレムのTOYOTAの文字が省かれたくらいである。

CELSIOR ラテン語で「至上、最高」の意味を表す「CELSUS(セルサス)」をもとに名づけられた造成語。

初代から静粛性・快適性と共に衝突安全性も世界随一の性能を誇る。開発段階でクラッシュ・テストだけのために当時世界最高峰の安全神話を持つメルセデス・ベンツを十何台も購入した逸話があるほど。歌手の小田和正が高速道路で車両が大破する事故を起こしたが、セルシオであったため一命を取り留めることが出来たといわれている。また、身体が資本のプロスポーツ選手の愛車としても好まれている。高級輸入車を愛車とすることが多いプロ野球選手の間でもセルシオは別格の人気があった。特に左利きの投手には好評で、国産であるから必然的に右ハンドル車であるセルシオの場合、運転席に座ると左腕がドア側ではなく、室内中央に位置するするため、もし万が一のことがあっても安全の上に安全であるから。車に無頓着な井川慶は阪神タイガース時代、そのことを理由に購入したと言われている。また、古田敦也は社会人野球時代にトヨタ自動車に所属していたことからその縁で愛車としている。

[ 2008/08/28 12:50 ] TOYOTA | TB(0) | CM(0)

Celsior F20 CM 1'00"

トップページTOYOTAカテゴリーCelsior F20 CM Celsior UCF21 CM

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トヨタ・セルシオ(CELSIOR)は、トヨタ自動車が製造・販売していた大型の最高級セダンである。

日本ではトヨタブランドのセルシオとして販売された一方、北米などではトヨタの高級車専門販売チャネル、レクサスブランドのフラグシップカーとして初代からレクサス・LSの名称で販売された。

2005年からトヨタは日本でもレクサスブランドを展開を開始し、2006年9月にはセルシオの後継車種となる新型LSを発売。取扱店もレクサス店に移行することとなった。それ以前の取扱店はトヨタ店とトヨペット店であった。

1989年、米国にて立ち上げられたトヨタの高級車専門販売チャネル「LEXUS(レクサス)」に「ES250」(日本名;カムリ・プロミネント)とともに、そして同チャネルのフラッグシップとして「LS400」は発売された。それまではメルセデス・ベンツやBMWといった世界に名立たる高級車ブランドの間に、安い車のイメージの強かった日本のメーカーが割って入る余地は無いと目されていた。しかし、トヨタは米国市場を中心に1980年代初頭から徹底したマーケティングを行った結果、新規参入するには日本特有の「もてなしの心」が重要であると判断。仮想敵である上記ドイツ車群や他メーカーにはない圧倒的な静粛性と快適性、そして日本車特有の繊細さを前面に出すことで、登場するや否や米国人の心を捉え引く手数多の人気となり、レクサスブランドの礎を築くきっかけとなった。この車の出現はクルマ業界全体を震撼させたことはもちろん、メルセデス・ベンツ・BMWなど同クラスの高級セダンの車作りの概念をも変えてしまったと言われるほどだった。同時期に日産が北米市場にて高級車チャネル「INFINITI(インフィニティ)」を設立するも、たしかにコストを掛けた高級車であるが遥かに先行するベンツやBMWの後追い感が否めない車種ばかりで半ば失速状態での運営スタートとなったのとは対照的である。また、トヨタ=レクサスの成功により、後にフォルクスワーゲンなどの大衆車メーカーが高級車市場へ参入するきっかけともなった。

そして同年10月、日本国内でも「セルシオ(CELSIOR)」の名で販売を開始。本来ならトヨタ伝統の車種クラウンがあるために日米における趣向性の差異を考慮して日本導入は見送られるはずだったが、既存の国産セダン車のイメージを覆した日産のシーマが爆発的なヒットを記録したことを受け、日本車の枠に留まるクラウンクラスでは満足出来なくなった顧客層の要望に応えるためにクラウンとセンチュリーの間に位置する新しい車種として発表された。そのデビュー時、新聞では2面広告が打たれ、セルシオを擁して「新しいトヨタ」を大々的に宣伝した(それにあわせるようにセルシオの登場を機に現在のトヨタCIマークの使用を開始)。ショーファードリブン(オーナー自身は運転しない)が前提のセンチュリーを除くと当時の日本車の中では最高級車に位置付けられていた。

法人需要も多かったが、VIPカーと呼ばれるドレスアップ改造車を好む者の間でもベース車として人気を博している。そのため中古市場で人気が高い車種である。

UZ形式のエンジンを搭載し、車両形式名がXFであり、トヨタの型式ではZ+X=Cとなることから、UCFから始まるものとなる。

型式はUCF10/11・20/21・30/31が存在し、'0'で終わるものはコイルサスペンション装備、'1'で終わるものはエアサスペンション装備の車両である。

2代目(20系:1994年-2000年)
1994年10月に登場。キャッチコピーは「変化を求めず、深化をめざす」。

バブル崩壊後の円高の加熱から、メインマーケットたる北米でセルシオ(LS)は価格上昇を余儀なくされ競争力を失いつつあった。そこで発表から5年でフルモデルチェンジに踏み切った。外観は初代のスタイリングを踏襲し、素人の目には新旧の違いはわかりにくいものであったが、車体の基本的骨格であるプラットフォームの改良を行い、オーバーハングを切り詰めた結果、最小回転半径を縮小し、またホイールベースを延長し後席居住性も改善された。初代で不満の多かったブレーキ性能も、フロントにアルミ製対向4ポッドキャリパーを装備するなど、内容の変更は大きいものであった。エンジンは引き続き、V8・4000ccの1UZ-FE型を使用、パーツの見直し等による5psの出力向上と最大110kgの大幅な車両軽量化を達成し、動力性能を向上させた。販売グレードもA・B・C仕様のパッケージが受け継がれた。しかしながら、助手席肩口のパワーシートスイッチや、マイコンプリセットドライビングシステムの設定がなくなるなど、バブル崩壊の影響を少なからず感じさせるモデルでもある。

1996年8月の小変更では助手席肩口のパワーシートスイッチやマイコンプリセットドライビングシステムが再設定された。安全性も向上し、衝突安全ボディー「GOA」を採用したほか、運転席・助手席のサイドエアバッグを標準装備した。また、A仕様とB仕様に欧州仕様のユーロチューンド・サスペンションを採用したeRバージョンが追加された。

1997年7月 マイナーチェンジを行う。キャッチコピーは「その世界的価値」。

内容はフルモデルチェンジに近いと言ってもよく、フロントグリルとヘッドライトを独立させたことで、全体的に従来型よりも精悍で堂々としたスタイリングとなる。ヘッドライトは従来のハロゲンヘッドランプに代わって、オートレベライザー付ディスチャージヘッドランプが設定された。エンジンもVVT-i(連続可変バルブタイミング機構)の採用によりMC前の265psから280psとなり、ATも4段から5段へと変更、動力性能と環境性能を同時に向上させた。特筆すべきは安全装備の充実で、6つのエアバッグはもとより、車体の横滑りを防止するVSC、緊急ブレーキのアシストをするブレーキアシスト、プリテンショナー&フォースリミッター付きシートベルトを全車に装備した。クラウンと共に助手席シートベルト非着用警告灯を初採用。 また、高速道路などでの使い勝手を向上したレーダークルーズコントロールがオプション設定、多発する盗難対策としてエンジンイモビライザーが標準装備された。

1999年4月 セルシオは発売10周年を迎え、初の特別仕様車として「10thアニバーサリー」が発売された。C仕様およびB仕様eRバージョンをベースに従来のトーニングカラーに加え、専用のモノトーンカラーが用意された。おそらく次期モデル(30系)へ採用するかどうかの判断材料的な意味合いも兼ねていたと思われる。その他にはBBS製アルミホイールや専用色の木目パネルが装備された。

CELSIOR ラテン語で「至上、最高」の意味を表す「CELSUS(セルサス)」をもとに名づけられた造成語。

初代から静粛性・快適性と共に衝突安全性も世界随一の性能を誇る。開発段階でクラッシュ・テストだけのために当時世界最高峰の安全神話を持つメルセデス・ベンツを十何台も購入した逸話があるほど。歌手の小田和正が高速道路で車両が大破する事故を起こしたが、セルシオであったため一命を取り留めることが出来たといわれている。また、身体が資本のプロスポーツ選手の愛車としても好まれている。高級輸入車を愛車とすることが多いプロ野球選手の間でもセルシオは別格の人気があった。特に左利きの投手には好評で、国産であるから必然的に右ハンドル車であるセルシオの場合、運転席に座ると左腕がドア側ではなく、室内中央に位置するするため、もし万が一のことがあっても安全の上に安全であるから。車に無頓着な井川慶は阪神タイガース時代、そのことを理由に購入したと言われている。また、古田敦也は社会人野球時代にトヨタ自動車に所属していたことからその縁で愛車としている。

[ 2008/08/29 13:14 ] TOYOTA | TB(0) | CM(0)

Celsior F30 CM 0'29"

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トヨタ・セルシオ(CELSIOR)は、トヨタ自動車が製造・販売していた大型の最高級セダンである。

日本ではトヨタブランドのセルシオとして販売された一方、北米などではトヨタの高級車専門販売チャネル、レクサスブランドのフラグシップカーとして初代からレクサス・LSの名称で販売された。

2005年からトヨタは日本でもレクサスブランドを展開を開始し、2006年9月にはセルシオの後継車種となる新型LSを発売。取扱店もレクサス店に移行することとなった。それ以前の取扱店はトヨタ店とトヨペット店であった。

1989年、米国にて立ち上げられたトヨタの高級車専門販売チャネル「LEXUS(レクサス)」に「ES250」(日本名;カムリ・プロミネント)とともに、そして同チャネルのフラッグシップとして「LS400」は発売された。それまではメルセデス・ベンツやBMWといった世界に名立たる高級車ブランドの間に、安い車のイメージの強かった日本のメーカーが割って入る余地は無いと目されていた。しかし、トヨタは米国市場を中心に1980年代初頭から徹底したマーケティングを行った結果、新規参入するには日本特有の「もてなしの心」が重要であると判断。仮想敵である上記ドイツ車群や他メーカーにはない圧倒的な静粛性と快適性、そして日本車特有の繊細さを前面に出すことで、登場するや否や米国人の心を捉え引く手数多の人気となり、レクサスブランドの礎を築くきっかけとなった。この車の出現はクルマ業界全体を震撼させたことはもちろん、メルセデス・ベンツ・BMWなど同クラスの高級セダンの車作りの概念をも変えてしまったと言われるほどだった。同時期に日産が北米市場にて高級車チャネル「INFINITI(インフィニティ)」を設立するも、たしかにコストを掛けた高級車であるが遥かに先行するベンツやBMWの後追い感が否めない車種ばかりで半ば失速状態での運営スタートとなったのとは対照的である。また、トヨタ=レクサスの成功により、後にフォルクスワーゲンなどの大衆車メーカーが高級車市場へ参入するきっかけともなった。

そして同年10月、日本国内でも「セルシオ(CELSIOR)」の名で販売を開始。本来ならトヨタ伝統の車種クラウンがあるために日米における趣向性の差異を考慮して日本導入は見送られるはずだったが、既存の国産セダン車のイメージを覆した日産のシーマが爆発的なヒットを記録したことを受け、日本車の枠に留まるクラウンクラスでは満足出来なくなった顧客層の要望に応えるためにクラウンとセンチュリーの間に位置する新しい車種として発表された。そのデビュー時、新聞では2面広告が打たれ、セルシオを擁して「新しいトヨタ」を大々的に宣伝した(それにあわせるようにセルシオの登場を機に現在のトヨタCIマークの使用を開始)。ショーファードリブン(オーナー自身は運転しない)が前提のセンチュリーを除くと当時の日本車の中では最高級車に位置付けられていた。

法人需要も多かったが、VIPカーと呼ばれるドレスアップ改造車を好む者の間でもベース車として人気を博している。そのため中古市場で人気が高い車種である。

UZ形式のエンジンを搭載し、車両形式名がXFであり、トヨタの型式ではZ+X=Cとなることから、UCFから始まるものとなる。

型式はUCF10/11・20/21・30/31が存在し、'0'で終わるものはコイルサスペンション装備、'1'で終わるものはエアサスペンション装備の車両である。

3代目(30系:2000年-2006年)
2000年8月に登場。キャッチコピーは「セルシオを超えるのは、セルシオだけ。」「頂点であること、あり続けること」。

エンジンはV8・4300ccの3UZ-FEに変更された。デザインも先代までとは大きく変わり曲面を多用した優雅な印象で構成されている。同時に、ドアは先代までのプレス式から一転、後部ドアに三角窓の付くサッシュ式となった。面白いことに、メルセデス・ベンツSクラスはこの頃登場したモデルからセルシオと逆にドアがサッシュ式からプレス式となっている。このモデルで電子制御が大幅に増加、全てのドアにイージークローザーが装備され、従来のワイヤレスドアロックの発展版であるスマートキーシステムが選択できるようになった。先代同様、グレード構成はA仕様・B仕様・C仕様の3仕様が展開されており、パッケージオプションとしてA仕様・B仕様には「eRバージョン」が、C仕様には「Fパッケージ」、「インテリアセレクション」、「Fパッケージインテリアセレクション」がそれぞれ設定された。 環境性能にも力を入れ、排気ガスは平成12年規制よりさらに75%低減、市販車では世界トップのCd値0.25を実現した。

2003年8月のマイナーチェンジでは前期を昇華させたかのようなリファインが行われた。パッと見はわかりにくいが、ヘッドライト、ボンネット、フェンダー、トランクリッドなどすべてが新デザインとなっている。同時に、リヤコンビネーションレンズにLEDを採用するなど新鮮味もプラスされた。それに伴い全長はついに5mを超えた。また、ATが5段から6段になり、10・15モード燃費が従来型の8.2km/Lから8.9km/Lへ向上した。尚、このマイナーチェンジを機にこれまでのグレード構成やパッケージオプションが見直され、中間グレードとして展開されていたB仕様やA仕様・B仕様に設定されていたパッケージオプション「eRバージョン」は廃止された。 しかし、一方でこれらの廃止されたグレードやパッケージオプションと入れ替わる形で新たに中間グレードeR仕様が追加されることとなり、マイナーチェンジ後のグレード構成は、A仕様・eR仕様・C仕様の3仕様、パッケージオプションとして引き続きC仕様には「Fパッケージ」、「インテリアセレクション」、「Fパッケージインテリアセレクション」が設定された。安全装備にはさらに磨きがかかり、ミリ波レーダーを使用したプリクラッシュ・セーフティシステムがオプションとして導入され、エレクトロマルチビジョン装着車には光ビーコンVICS とバックカメラも標準装備。またアルミホイールのインチアップも行われA/C仕様は17インチ55扁平タイヤ・eR仕様は18インチ45扁平タイヤにサイズアップ。

しかし、のちの2006年8月のトヨタの高級車ブランドレクサスのフラッグシップモデルレクサス・LSの投入を待たずして、同年5月、セルシオの17年間にもわたる歴史は終止符を打つこととなった。初代セルシオが誕生して以来、つねに日本の高級車の第一線として君臨し続けたセルシオの功績や偉業は凄まじく、他車への影響は未だ以て計り知れないものがある。それゆえ、モデル廃止される前の駆け込み需要も他に類を見ぬものであったし、今でもセルシオの名が消えたことを惜しむファンの声も多い。

なお、セルシオの販売終了に伴いトヨタブランドにおけるパーソナルカーとしてのフラッグシップはクラウンマジェスタが受け継ぐこととなった。

CELSIOR ラテン語で「至上、最高」の意味を表す「CELSUS(セルサス)」をもとに名づけられた造成語。

初代から静粛性・快適性と共に衝突安全性も世界随一の性能を誇る。開発段階でクラッシュ・テストだけのために当時世界最高峰の安全神話を持つメルセデス・ベンツを十何台も購入した逸話があるほど。歌手の小田和正が高速道路で車両が大破する事故を起こしたが、セルシオであったため一命を取り留めることが出来たといわれている。また、身体が資本のプロスポーツ選手の愛車としても好まれている。高級輸入車を愛車とすることが多いプロ野球選手の間でもセルシオは別格の人気があった。特に左利きの投手には好評で、国産であるから必然的に右ハンドル車であるセルシオの場合、運転席に座ると左腕がドア側ではなく、室内中央に位置するするため、もし万が一のことがあっても安全の上に安全であるから。車に無頓着な井川慶は阪神タイガース時代、そのことを理由に購入したと言われている。また、古田敦也は社会人野球時代にトヨタ自動車に所属していたことからその縁で愛車としている。

[ 2008/08/30 13:26 ] TOYOTA | TB(0) | CM(0)

Century 1'11"

トップページTOYOTAカテゴリーCentury Toyota_Century.jpg

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センチュリー (CENTURY) は、トヨタ自動車が主として日本国内で販売する同社の最高級乗用車である。(ただし厳密にはレクサスLS600hより低価格であるが、独自の性格から日本における最高級高級車として位置づけられている〈以下概要欄を参照〉)

生産はトヨタ自動車傘下の関東自動車工業が担当し、手作業に近い形態で限定生産されている。日本国内における販売店はトヨタ店(東京のみ東京トヨペットと併売)。

日本国内の官公庁、企業、富裕層などでの自家用使用でのショーファードリブン車(運転手が付きオーナーは後席に乗る車)として企画されており、後部座席の快適性に重きを置いた作りになっている。皇族・政府首脳や政治家の公用車(官公庁保有の公務用車両)、また大企業の幹部クラスの社用車(法人の自家用車)としての販売が大部分だが、富裕層の自家用車として用いられる場合もある。

現行モデルでは内外装には、トヨタ自動車の企業ロゴは使用されていない(以前は「TOYOTA」の文字ロゴがトランクリッドに入っていた)。代わりに、「鳳凰」及びセンチュリーのイニシャルを象ったマークがフロントやサイド、ホイール等に使用され、リヤは「CENTURY」とアルファベットでトランクリッドいっぱいに記載されている。「センチュリー(1世紀)」の名称は、初代モデルが発表された1967年が明治100年(同時に、創業者・豊田佐吉の生誕100年)であったことに因む。

主として自国内の特定クラスのみを対象とする車種としては、日本では他に日産・プレジデントがあり、日本以外ではイギリスのオースチンA135(1952年~1968年)、旧ソビエト連邦・ロシアのZISおよびZIL(1936年~)や中国の紅旗(1958年~)などが挙げられるが、いずれにしても国際輸出をほとんど考慮しない、極めてドメスティックな性格を備えた自動車になっており、センチュリーもその例に漏れない。

2005年、トヨタ自動車の高級車ブランド「レクサス」の販売が日本でも開始された。レクサス LS600h Lは、その価格(1330万円)こそセンチュリー(1113万円)を上まわる(2007年12月現在)が、センチュリーはその独自の位置づけにおいて、依然としてトヨタ自動車だけでなく日本におけるフラグシップセダンとしての地位を堅持している。

初代(1967年~1997年)VG2# 3# 4#
世界の豪華車に匹敵するプレステージサルーンを目標にして開発(トヨタ博物館による解説)され、1967年11月に発売された。以後細部の改良を受けながらも、1997年まで30年間に渡ってモデルチェンジなしで生産される希有な記録を作った。

1964年には、トヨタ自動車の最上級車であった「クラウン」の車体を拡大するとともに、V型8気筒(エンジン形式はV型)2600ccエンジンを搭載した「クラウンエイト」が開発されていたが、クラウンの構造拡大型に過ぎなかった「エイト」と異なり、センチュリーは全面的な新設計により開発された。

想定する市場としては「エイト」に続き、従来アメリカ製高級車によって占められていた日本国内のVIP向けショーファー・ドリブン用途への本格的参入を狙ったものである。

4ドアセダン一種のみのボディは、「伝統的な日本」を感じさせるテイストを持ち、重厚で保守的だがある意味極めて個性的なデザインである。登場当初は当時の日本車としては珍しい長矩形の異形ヘッドライトを備えていた。

当時の日本製乗用車としては高いレベルの居住性と静粛性を実現しており、また、1.7トンを超える重量にも関わらず、170km/hまでの到達が可能だった(当初のカタログデータ。以後エンジン排気量拡大などが為されたが、1970年代以降日本国内で自動車メーカーが生産車の最高速度を公表しなくなったため、以後の最高速度は不明である)。

V型8気筒の後輪駆動車で、エンジンは3V型OHV・3000ccエンジンから始まり、その後排出ガス対策等で3400cc(4V-U型、4V-EU型)、4000cc(5V-EU型)まで排気量拡大がなされた。

また、(当時の)トヨタ車としては異例に凝ったメカニズムを採用しており、それらは通常のコイルスプリングに換えてエアチャンバーを用いたフロントサスペンション(アーム配置はトレーリングアーム)や、ギアボックスをスカットル上部に置き、リンケージの大半をエンジン上部に配置したステアリング系(ナックルアームはストラットタワーの頂部に配置)に代表される。これらは、当時の日本車はもとより欧米車でもあまり例が無く、登場から40 年以上経た現在の眼で見ても極めてユニークで、興味深いものである。

しかし、複雑なメカニズムが実際の走行性能の向上にどれほどの役割を果たしたかはやや疑問な面もあり、メーカーとしても机上のスペックよりも現実の実用性能を重視するという考え方のもと、1982年の大規模なマイナーチェンジの際に、より一般的な方式に変えられたものも多い(前述のフロントサスペンションや、ステアリング系も一般的な方式に改められた)。その結果、実質的な実用性能は向上したものの、純技術的にはやや後退した感は否めない。

VG20型は、自動変速機装備が常識化していたアメリカ製大型車に対抗するため、当初からオートマチックトランスミッションが標準だったが、初期には手動変速機の4速フロアシフト車も設定されていた。イメージには不似合いであったことやオートマチック車の需要が高かったことから、マイナーチェンジ(VG21型へ移行時)には廃止されている。

* 1973年4月 マイナーチェンジでVG21型へ変更された。昭和48年排出ガス規制適合と同時に総排気量が3400ccの4V型へ変更。テールランプのデザイン変更と同時にウインカーのアンバー色追加。フロントディスクブレーキ追加。電磁式ドアロックの廃止。

* 1975年6月 昭和50年排出ガス規制適合。マニュアルトランスミッション車が廃止される。

* 1977年1月 昭和51年排出ガス規制適合で型式をC-VG30型へ変更。

* 1978年11月 昭和53年排出ガス規制適合で型式をE-VG35型へ変更。ホイールキャップのデザイン変更。

* 1982年 大規模なマイナーチェンジ。エンジンが3400ccの4V-EU型に代わり、4000ccの5V-EU型となり、前述の通り各部の特異な機構がより一般的な機構に改められた。また、発売以来、大幅な変更が無かった内外装が変更され、外装では、ヘッドライト、フロントグリル、テールライト、バンパーなどが変更された。この変更により、確かに新しい印象になりはしたが、(特に)フロントグリルやヘッドライト周りは少々安っぽい意匠になり、ボディデザインの一体感はやや損なわれた感がある。一方、内装では、オートエアコンの採用、ラジオの電子チューナー化、各種スイッチの日本語表記化などが行われた。

* 1985年8月 EタイプにTEMSが採用される。

* 1987年 一部改良。デジタルメーターの採用と内外装の変更。ATを3速から4速型の電子制御式に変更。フロアシフト車復活。

* 1990年9月 一部改良。ホイールベースを150mm延長したロングボディのLタイプ追加。(型式はVG45)

* 1992年12月 一部改良。フロントグリル、ホイールのデザイン変更。後席VIPシート、サイドドアビーム、LEDハイマウントストップランプ、運転席エアバッグを全車標準装備。

* 1994年12月 一部改良。エアコンカットシステムの採用。車載電話用アンテナをバックウインドウ内蔵タイプに変更。

このモデルは極めて長期に渡って生産されたことから、やはり長期生産されたプレジデントと並び、中古車市場では法人ワンオーナーで程度の良い車が比較的安価に流通している。

クラシカルなイメージが強い外観デザイン、アメリカ車並に大柄なボディサイズ、ベンコラ(ベンチシートにコラムシフトの組み合わせ)が受け、ローライダー、あるいはVIPカーのベース車として若者にも人気がある。特にベンコラ車はクラウン同様にやや高く取引されている。

2代目(1997年-) GZG5#
1997年、異例の長期生産が続いた初代から30年ぶりにモデルチェンジが行われ、2代目モデルに移行した。

最新のメカニズムを満載したハイテクノロジーの権化のような自動車でありながら、車体デザインは1967年以来の初代モデルのデザインをほとんど踏襲し、遠目には初代モデル末期型と区別を付けにくい外観となった。また、リムジンの設定がなくなった。

日本製市販乗用車としては史上初にして2007年までに唯一のV型12気筒DOHCエンジンを搭載した後輪駆動車である。4カムOHC(片バンクあたりDOHC機構)の5000cc・280psで、基本構造はトヨタ自動車で長い実績のある既存の直列6気筒エンジン(JZエンジン)をベースにしている。エンジンの形式名は、1GZ-FE型であり、片バンクの6気筒にトラブルが生じても、残りの6気筒が機能して走行できるようになっている。その他の走行機器の多くにバックアップのための2重系統化が施されている。

内装に使われている木目パネルには職人が一つ一つ丹念に手で作り上げたものが使われるなど、高度な素材・技術が使われている。また、ボディーカラー名には「神威」(かむい)、「摩周」(ましゅう)、「瑞雲」(ずいうん)、「鸞鳳」(らんぽう)、「精華」(せいか)と、おおよそ他の車種では使用されないような名前が使われている。車の性格からオーナードライバーが自ら運転するケースは多くないものの、ショーファードリブン時とオーナードリブン時とで走行性能を切り替える機能もある。

初代モデルは末期まで全車フェンダーミラーで、ドアミラーを選択することができなかったが、この代よりオプション設定でドアミラーを選択できるようになった。

* 1997年4月 フルモデルチェンジ。
* 2000年4月 一部改良。
* 2001年5月 一部改良。
* 2003年1月 官公庁での使用を見込んで圧縮天然ガス(CNG)仕様車を追加。しかし、四国のように都市ガスの天然ガス化が遅れている地域が少なくない上、ベースモデルよりも約300万円高いため、導入拡大にまでは至らず、2005年の一部改良時には消滅した。 CNG仕様車のエンジンは1GZ-FNEで、出力は258psとやや下がっている。また、識別のためフロントドア横に「CNG」の文字が入っている。

* 2005年1月 一部改良。ATが6速化され(フロアシフトはシーケンシャルシフトマチックとなる)、平成17年排出ガス75%低減でSU-LEVの認定と平成22年燃費基準を達成した。また、デュアルEMVが標準装備になった。この時後席ビデオデッキに代わり、DVDプレーヤーが標準になっている。

* 2006年1月 一部改良。

* 2007年10月 第40回東京モーターショーにセンチュリーの製造元である関東自動車工業が専用フロントグリル、内装にウールを使用するなど、より高級化を図った「プレミアムセンチュリー」を出品。

* 2008年1月 一部改良。ディスチャージヘッドランプ(ロービーム)と地上デジタルテレビチューナーを標準装備した。それに伴いフォグランプがバンパーに移動し、コーナリングランプが廃止された。

現行車の価格設定は最低でも1130万円からであるが、実際には製造・販売による利潤はなく、売れれば売れるほど赤字になると言われている。かつては1000万円を切る、車格・性能からすれば異常な水準の廉価で販売されていたが、2005年に値上げが図られた。

トヨタ自動車にとってセンチュリーは、日本のトップメーカーとしてのステータスを誇示する一つの象徴であり、またトヨタ製量産車の顧客となる官公庁や企業に対する営業アイテムとも言える存在である。

日本におけるセンチュリーの主なユーザーである皇族、保守的上流層、政治家や企業幹部は、「センチュリーに乗る事を積極的に誇示する」のではなく、この車特有な一種の匿名性と儀礼的性格を利用している傾向が強い。

皇族や、政府首脳をはじめとする政治家たちが、公務のためにセンチュリーを利用して移動する様子は、しばしばニュース映像でも伝えられ、一般国民にもこの「黒塗りの大型車」の存在はなじみ深いものとなっている。その結果、センチュリーの社会的イメージは、保守的上流層もしくは社会的高位の人々と分かちがたいものとなった。

しかも国産車であるため、ステータスは高いが、ロールス・ロイスやメルセデス・ベンツに代表される輸入車ほどに、強い特徴や存在感を誇示する存在とはならない。なおかつ、ほとんどが黒塗りもしくはそれに類する濃い暗色に画一化されていて、個々のセンチュリーを区別する手段は乏しい。センチュリーは皇族・上流層・政治家・企業幹部・高僧の多くに広く利用されていて、「乗客が高位の者である」ことは推し量れるが、またそれ故にかえって「誰の乗るセンチュリーなのか」は一見してわからない。多くの場合、それらのユーザーは必要以上に目立つことを好んでおらず、センチュリーは移動手段として都合の良い存在なのである。

このような独特のキャラクターは、初代「センチュリー」の30年に渡る生産期間に社会的にも完全に定着しており、モデルチェンジを行うとしても、キャラクターを急激に崩すのは好ましくなかった。故に2代目の開発にあたっても、初代の古典的デザインが踏襲される事になったのである。

輸出を重視したモデルではないが、アジアやヨーロッパ市場に少数の輸出実績がある。香港では、特別行政区行政長官の公用車が永くセンチュリーであった(2007年5月、レクサスLS600hLに代替された)。右側通行の国向けに、主に日本政府の在外公館向けとして左ハンドル仕様のセンチュリーも存在する(在仏、在中国日本大使館など)。

自動車エンジンのシステムを二重系統化した実例として、2代目センチュリーはよく知られている。コスト高よりも信頼性を高めることを優先した実装例でもある。

搭載されているV型12気筒エンジンは制御システムが二重化されており、いずれか片バンクの6気筒が故障しても、残りの片バンクを制御して走行を続行できる。

また、燃料ポンプも二系統を並列に装備しており、エンジンの始動ごとに双方交互に使用するシステムとして燃料ポンプのトータルでの長寿命化を図ると共に、万一の燃料ポンプ故障時のフォールトトレランスとして機能している(一方の燃料ポンプが故障した際でも、一度キーをオフにして再始動する事で、燃料ポンプが切り替わり走行が可能になる)。

日本国内での唯一の実装であることが、官公庁の選択時において他社(他車)と差別化する、大変大きな訴求ポイントともなっている。ここで訴求されているのは、贅沢さというより、システム二重化による信頼性の高さからくる確実な公務執行能力なのである。

[ 2008/08/31 13:52 ] TOYOTA | TB(0) | CM(0)
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