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MR2 1989 Ad 0'30"

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2代目 W20系(1989年-1999年)
1989年10月、初のモデルチェンジを行い、W20系(E-SW20型)となる。W10系のMR2はカローラベースであるのに対し、W20系はセリカベースに進化した。これに伴い、エンジンも2000ccターボチャージャーを装備した3S-GTE型と、スポーツツインカムである3S-GE型が搭載される。しかし大幅に増加した車重やエンジンパワーに対し、14インチタイヤ(サイズはフロント195/60R14リヤ205/60R14)というあまりに非力な足回りとブレーキ、前輪接地圧不足から来るハンドリングレスポンスの悪さ、オプションですらLSDが設定されない等々、その外見とは裏腹におよそスポーツカーと呼べるような代物ではなかった。W10系から比較すると価格も高額化し手ごろ感も減少。発表当初は徳大寺有恒など様々な自動車ライターから、上記各要素に起因するピーキーな挙動特性と低い限界を指摘され、間違いだらけの車選びの本などから「危険なクルマ」「買ってはいけないクルマ」などと酷評を受けた。

1991年に一度目のマイナーチェンジが行われた際には、足回りを中心に大幅な見直しが行われた。主な変更点としては、大径化と低扁平化によるタイヤ性能の向上(タイヤサイズはフロント195/55R15リヤ225/50R15)、ホイール及びステアリングのデザイン変更、ブレーキの大径化、フロントサスペンションのストローク量増加、スタビライザーの大径化、各アーム類の補強等が挙げられ、上位グレードとされるGT系へはLSD標準装備、ビルシュタイン製ショックアブソーバー、2速へのトリプルコーンシンクロの採用等も追加された。これらの改良を受け、走りに関しては初期型とは別物と言えるものとなる。また、この2型からは、GTグレードから一部装備を省いた「GT-S」がラインアップに加わっている。

1993年11 月、W20系は再度のマイナーチェンジを受ける。先行してモデルチェンジを受けたセリカ同様、従来装着されていたカルマン式エアフロメーターはDジェトロ方式へと変更され、燃料ポンプの大型化、インタークーラーの変更、オイルエレメント取付位置の変更と、それに伴う容量増加等、エンジンを中心とした動力系の強化に主眼が置かれる。これらによりターボモデルは最高出力が225psから245psとなった。[2]自然吸気は165ps から180psへと変更された(最終型のみ200psへと再改良)。概観では、リアスポイラーやリアコンビネーションランプのデザインが一新され、2型以前のモデルとの明確な差別化が図られているが、実用性の悪さも災いして販売台数の低下に伴い、このマイナーチェンジを機に注文生産車となった。

以降もマイナーチェンジを繰り返し(最終的にマイナーチェンジは4回、通称「5型」まで至る)、より優れたスポーツABSやトラクションコントロールシステム等への変更や、最終期はR33型スカイラインGT-R風の可変型リヤウイング装着となったことも相まって5ナンバースポーツモデルとしては現在でも通用する高性能を誇っていたが、スポーツモデル自体の人気低下のあおりを受け、1999年10月にライト層にターゲットを絞った後継モデルMR-Sへとその座を譲ることになる。そのMR-Sも2007年7月をもって生産終了となった。

バリエーションとしてはW10系と同じくTバールーフも設定されていたが、トヨタの特殊車両部門が制作したオープンモデルMRスパイダーや、ターボモデルであるGT系の2期型から純正採用されていたビルシュタイン製の足回りを自然吸気エンジン搭載モデルに組み込んだものも限定ながら販売されていた。なお、ATは自然吸気エンジン搭載モデルのみに設定されており、ターボモデルは5MTのみだった。

グレード構成
GT
GT-S(2期型から)
G-Ltd
G
GT、GT-Sは3S-GTE型エンジン、G-Ltd、Gは3S-GE型エンジンをそれぞれ搭載。

注釈
1. ただしターマックは勿論、雪上やダートトライアル等の競技においても一定以上の成績を残しており、許容範囲か否かは議論が分かれると言える。
2. このモデル以降採用された3S-GTEエンジンのシリンダーブロックはとても頑丈で、最高出力600psに達するような改造車両でもそのまま使用されていた。

車名の由来
「Midship Runabout 2seater」ミッドシップ・ランアバウト(ラナバウト)・2シーター(ツーシーター)の頭文字から創作された造語。エムアールツーと読む。

初代の登場以降、MR-2などと常に誤った解釈をする人間が後を絶たない事でも知られる。正しくはMR2であり、ハイフンは入らない。ただし、後年販売の後継車のMR-Sには車名にハイフンが含まれ、幅広い層から混同および誤認を招く原因となっている。

型式の一覧
AW10 3A-Uエンジン搭載車(国内仕様・右ハンドル)
AW11 4A-G系エンジン搭載車(共通仕様・左右ハンドル)
SW20 3S-G系エンジン搭載車(国内仕様・右ハンドル)
SW20 3S-GEエンジン搭載車(2.0L自然吸気エンジン搭載・輸出仕様・左右ハンドル)
SW21 5S-FEエンジン搭載車(2.2L自然吸気エンジン搭載・北米輸出仕様・左ハンドル)
SW22 3S-GTEエンジン搭載車(2.0Lターボエンジン搭載・北米輸出仕様・左ハンドル)

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[ 2008/05/01 06:47 ] TOYOTA | TB(0) | CM(0)

MR2 CM 1984 0'30"

トップページTOYOTAカテゴリーMR2 CM 1984 Toyota_MR2_commercial 1984.jpg

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初代 W10系(1984年-1989年)
1983年の東京モーターショーで発表されたSV-3の市販車で、日本車初のミッドシップエンジン車である。ショーモデルであるSV-3からリアスポイラーの形状変更、デジタルメーター、Tバールーフの非装備など若干の仕様を変更して1984年6月に販売が開始された(タカラのチョロQはSV-3当時の意匠が再現されている)。製造はセントラル自動車。1984年度の日本カーオブザイヤー受賞車である。

安価で量産性を高めるため、足回りとエンジン、ミッションは既存の前輪駆動車(E80系カローラ)を流用し生産された。同様な成り立ちのイタリア・フィアット社のX1/9(こちらのベースモデルはFIAT社初の前輪駆動モデルである128〈X1/1〉)やアメリカ・ゼネラルモーターズ社のポンティアック・フィエロを参考にして作られたという逸話もある。運転席及び助手席の後ろにエンジンがあるということから『かちかち山』と呼んでいた人もいた。

また、開発時期が英国ロータス社と技術提携していた時期であり、一部ではロータス社が設計した車両をトヨタが生産性を考慮して再設計したもの、と噂された(当時のロータス社でのコードネームはM90/X100とのこと)。

確かに当時、ロータス社が4A-GE型エンジンを搭載した車両を発表する予定はあったが、実際計画されていたのはロータス・エラン後継車種でフロントエンジン・リアドライブであったとされる。

1986年にはマイナーチェンジを行い、スーパーチャージャーやTバールーフの装備車が設定された。

当然といえばそれまでだが、AW型は全車パワーステアリングの設定がない。据え切りこそ重いと感じるが(そもそも据え切りを行うか、というのは別問題)、走り出してしまえばノンパワステである事は感じさせず、路面状態を忠実にドライバーに伝えてくる。ただし、高速度領域ではそのフロント周りの軽さから恐怖を感じることもある。

またWRCのグループSの車両として3S-GTEを積み(初期は横置きだが後期では縦置き)4WD化された車両も計画されていたが、参戦前にグループS自体が無くなってしまったため、参戦することは無かった。

MR-Sの登場と前後して、再度注目を集めることとなったが、元々の台数の少なさ故に人気が爆発ということはなく、中古車価格は一定の相場で推移している。トヨタからの部品供給も(加工や流用などで対応できる部品を除いて)現時点では問題なく行われている。

グレード構成
S
G
G-Ltd
Sは3A-U型1500ccエンジン、G、G-Ltdは4A-GE型1600ccエンジンをそれぞれ搭載。Sのみ型式名がAW10、GとG-LtdはAW11。GおよびG-Ltdには、Tバールーフ装着車及びスーパーチャージャー装着車(4A-GZE型1600ccエンジン搭載)を設定。

マイナーチェンジによる差異
前期
標準車のバンパー・スポイラーがブラックアウトされている。
車重は1トン以下であり、自動車重量税が安い。

後期
フロントスタビライザー径の拡大。
リアサスペンションの容量が拡大され、乗り味が洗練される。
G系のブレーキディスク径の拡大(キャリパーは前後期とも共通)。
オーディオが2DIN対応となり、灰皿の場所やドアトリムなど、内装の意匠が変更される。
S/Gグレードのサイドステップを除くエアロ類がカラード化。
テールランプ内の反射板が円から四角になる。
右サイドエアインテークの形状変更。
リアサスペンション小変更(容量アップ)。
ドア内装デザイン変更。
側面衝突安全基準の問題でサイドドアインパクトビームが内蔵され、Sグレード以外は車重が1トン超となる。

発売された特別仕様車
1985年1月~ ホワイトランナー
ボディ色 スーパーホワイトII
デカールによるシルバーの二本ライン
バンパー、リップスポイラー、ドアミラー、マッドガードをボディーと同色化
シートを黒と赤のツートンカラーへ変更
パワーウインドウ及び電磁ドアロック、フロントブロンズガラスを装備。
1986年1月~ ブラックリミテッド
ブラックメタリックの専用ボディ色
フロントとリアスポイラー、マッドガードボディーと同色化
専用のプロテクションモール
ライトグレーの専用シート表皮
専用のステアリング、シフトノブ
1988年1月~ スーパーエディション
ホワイトとベージュメタリックのツートンの専用ボディ色
ドアノブをボディ同色に
カラードリヤマッドガード
カラードアルミホイール
フロントブロンズティンテッドガラス
一部が本革のシート、本革巻きシフトノブとパーキングレバー
MOMOの本革巻ステアリングを装備
1989年1月~ スーパーエディションII
ブラキッシュブルーマイカの専用ボディ色
カラードリヤマッドガード
レカロシート
MOMO製の本革巻ステアリング
本革巻シフトノブ、本革巻パーキングレバー
専用ドアトリム、フィン付きフロントワイパーを装備
注釈
1. ただしターマックは勿論、雪上やダートトライアル等の競技においても一定以上の成績を残しており、許容範囲か否かは議論が分かれると言える。
2. このモデル以降採用された3S-GTEエンジンのシリンダーブロックはとても頑丈で、最高出力600psに達するような改造車両でもそのまま使用されていた。

車名の由来
「Midship Runabout 2seater」ミッドシップ・ランアバウト(ラナバウト)・2シーター(ツーシーター)の頭文字から創作された造語。エムアールツーと読む。

初代の登場以降、MR-2などと常に誤った解釈をする人間が後を絶たない事でも知られる。正しくはMR2であり、ハイフンは入らない。ただし、後年販売の後継車のMR-Sには車名にハイフンが含まれ、幅広い層から混同および誤認を招く原因となっている。

型式の一覧
AW10 3A-Uエンジン搭載車(国内仕様・右ハンドル)
AW11 4A-G系エンジン搭載車(共通仕様・左右ハンドル)
SW20 3S-G系エンジン搭載車(国内仕様・右ハンドル)
SW20 3S-GEエンジン搭載車(2.0L自然吸気エンジン搭載・輸出仕様・左右ハンドル)
SW21 5S-FEエンジン搭載車(2.2L自然吸気エンジン搭載・北米輸出仕様・左ハンドル)
SW22 3S-GTEエンジン搭載車(2.0Lターボエンジン搭載・北米輸出仕様・左ハンドル)

[ 2008/05/02 07:26 ] TOYOTA | TB(0) | CM(0)

Honda CR-X 1983 CM 0'30"

トップページHONDAカテゴリーHonda CR-X 1983 CM japanese_ad___Honda_CR-X_1983.jpg
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初代モデルは、同社の小型車シビックの姉妹車であるバラードの派生車種として、シビックのフルモデルチェンジに先立って市場に投入された。これには、デザイン面でのチャレンジが多い3代目シビック(ワンダーシビック)のパイロットモデル、もしくは「露払い」としての役目もあったと推測される。

発売にあたり同社は、「FFライトウエイトスポーツ」という新ジャンルであると説明。これ以降この言葉は、同クラスの車種を分類する場合に一般的に使用されることになる。

販売チャネルは、プレリュードやインテグラなどを扱う「ベルノ店」で、CR-Xがスポーティな車種として設定されたのは、このチャネルの性格付けと考えることもできる。

初代と2代目には後部座席が装備されていたが、大人が2人座ることは不可能であった。このため、ホンダは非常用の「ワンマイルシート」(1マイル用のシート)と呼んでいた。開発陣の間では、技術研究所から成増駅までの距離(1.5 km 弱)にたとえ「成増シート(シートになります)」と呼ばれていた[要出典]。北米向けには後席は無く、床下に浅い小物入れが装備されている。

また、この2代にわたるモデルの特徴として「アウタースライドサンルーフ」があげられる。これは、短い屋根ゆえに室内にスライド型サンルーフを格納できないため、ボディの外に電動スライドさせるというものである。

初代(1983-1987年 AE/AF/AS型)
1983年7月1日に発売。この時の正式名称は「BALLADE SPORTS CR-X」である。CMでは「デュエット・クルーザー」とのキャッチコピーが使われていた。尚、海外では「CIVIC CRX」("-"は付かない)の名前で売られていた。グレードは、1,300ccの「1.3」と1,500ccの「1.5i」。

リアにハッチを持ち、テールエンドを断ち切った形状のファストバッククーペボディーは「コーダトロンカ(coda tronca)」と呼ばれ、全長を伸ばすこと無く空気抵抗を低減できる特性を持っている。車体の軽量化にも積極的で、ABS樹脂とポリカーボネートをベースとした複合材料「H・P・ALLOY」(エイチ・ピー・アロイ)をフロントフェンダーとドア外装板に採用し、車両重量760kg (「1.3」MT仕様)/ 800Kg (「1.5i」MT仕様)を達成した。

エンジンは、EW型 CVCC SOHC 12Valve 1,500cc PGM-FI仕様と、EV型 CVCC SOHC 12Valve 1,300cc キャブレター仕様とが用意され(海外にはシビック同様1,500ccのキャブレター仕様もあった。)、「1.5i」MT仕様ではファイナルギア比4.4というローギアードを採用し、軽量化とあいまって抜群の加速性能を実現した。さらに、超ショートホイールベース2,200mmを特徴としたクイックなハンドリングをも実現していた。

「1.5i」では、アウタースライドサンルーフ、ドライブコンピュータ+デジタルメータ、ルーフベンチレータなどが選択できた。

北米仕様には、その軽量の車両重量を生かした超低燃費仕様「CIVIC CRX HF(CVCC SOHC 8Valve 1,300cc 5MT)」が存在しており、City mode:50MPG(24.8km/L)/Highway mode:56MPG(27.8km/L)の燃費性能を実現し低燃費No.1を獲得している。

1984年11月1日に、当時では珍しい、バルブ駆動にスイングアームを採用したDOHC 16valve 1,600ccのZC型を搭載する「Si」が追加された。

ウレタン製のリアスポイラーが標準装備となり、ボンネットにはS800以来の「パワーバルジ」が付けられ、よりスポーティなイメージを高めることになる。

エンジンの高出力化に伴い、駆動系はFF特有のトルクステアを防ぐため、等長ドライブシャフトが新たに採用されたが、ブレーキ構成は軽量な車重とショートホイールベースのため1.5iと同様の前輪:ベンチレーテッド・ディスク、後輪:リーディングトレーリングを踏襲(フロントブレーキパッドはセミメタルに変更された)。

1985年9月にマイナーチェンジを実施し、ヘッドライトがセミ・リトラクタブル・ヘッドライトから、輸出仕様の「CIVIC CRX」と同じ、固定式の異形タイプに変更された。「Si」では、前後のバンパーが大型化され、ツートーンカラーが廃止された。よって、このモデルではヘッドライトやパンパーの形状で前期型と後期型を区別できる。

ホンダ車のアフターパーツも生産している「無限」が、ブリスター形状の前後フェンダー、フロントマスク、リアスポイラーなどを「無限 CR-X PRO」の名称でリリースし、これらを装備した車両が鈴鹿サーキットのマーシャルカーとして用いられた。

新世代への期待
2006年11月に開催されたロサンゼルスオートショーで「Honda REMIX Concept」、2007年2月に開催されたジュネーヴモーターショーで「Honda Small Hybrid Sports Concept」、同年10月に開催された東京モーターショー2007では「CR-Z」という名のコンセプトカーが出典された。ホンダ社長の福井威夫は、12月19日の2007年年末社長会見において、CR-Zをベースにしたライトウェイトスポーツを市販すると発表した。

車名の由来
「CR-X」は「カー・ルネサンス」また「シティ・ラナバウト(「クルージング」の意味であるとも言われている)」を表す「CR」と未知数を表す「X」とを合成させたものである。尚、輸出向けはCRXとハイフンが入らないが、日本で販売時 既に「CRX」が商標登録されていたため「CR-X」となった。(「NSX」は逆に市販前は「NS-X」と表記されていた。)

[ 2008/05/03 19:10 ] HONDA | TB(0) | CM(0)

Acura RSX 0'30

トップページACURAカテゴリーAcura RSX Acura_RSX.jpg
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アキュラ RSXの情報がない為、日本で発売されているアキュラ RSXと同車種のインテグラの情報を一緒に掲載させて頂きました。

アキュラ(ACURA、Acura) は、本田技研工業が北米を中心に展開している高級車部門・ブランドである。

概要
ホンダは、1959年に販売会社であるアメリカンホンダを設立して以来、シビックやアコードなどの成功により、北米でのシェアを徐々に拡大してきた。そこで、より富裕層へのアプローチを進めるべく1986年にアメリカ、カナダ、香港において展開を開始したのが、アキュラである。開業当初のラインナップは、レジェンド(Legend)とインテグラ(Integra)であった。1990年には、フェラーリやポルシェと競合し得るスポーツカー、NSXが発売された。

日本の自動車会社が高級車ブランドを創設した最初の事例であり、その成功の後にはトヨタ自動車のレクサス(Lexus)や、日産自動車のインフィニティ(Infiniti)などが追従した。2004年11月30日にメキシコ、2006年9月27日に中国本土でも開業した。

名称は「Accuracy(正確さ)」を連想させる造語であり、アルファベット順に並べた場合に、他のどのブランドよりも先頭にくることが考慮された結果だとも言われる。エンブレムはカリパス(ノギス)を象ったものに手を加えて「Aマーク」と見えるようにしたものである。 当初は、「アキュラ・レジェンド」、「アキュラ・ビガー」など、同型車がホンダブランドで発売される際と同一の名称が使用されていたが、現在では全車がアルファベット2文字、ないし3文字の名称に変更・統一されている。「レジェンド」「インテグラ」など、当時アメリカの消費者にも広く浸透していた名称の変更には賛否両論があった。

前輪駆動車や直列4気筒エンジン搭載のモデルなどをラインナップする(V型8気筒エンジンを持たない)など、北米で展開する高級車ブランドとしてはやや異例であるが、ホンダの持つ好評(品質・信頼性、安全、スポーティさなど)に、適度な高級感・上質感が加味した商品構成で好調な販売を維持している。北米におけるブランドイメージは、フォルクスワーゲンの高級車部門であるアウディと同等であるとされる。

2006年、アメリカ合衆国における販売台数は201,223台であった。そのうち約13万台は北米現地生産車であり、レクサスやインフィニティと比較して日本製の割合が低い。

日本国内での販売計画
2008年秋からの日本国内展開が予定されていたが、2年程度延期した2010年以降の開業とすることがホンダ社長の年央会見(2007年7月18日)で発表された。当初の計画は、スポーティーモデルを中心に4―5車種を投入し約100店舗を開設するというものであった。既存の販売会社には高級車系列としてのアキュラ店の開設が促されていたが、日本国内新車販売の長期低迷を受けての計画変更がなされたという。

有害物質の排出量をガソリン車並みに抑えた低公害型ディーゼルエンジン搭載車や、高級スポーツカーNSXの後継車種などが取り扱い予定車種として明らかにされている

現行車種2008年5月現在
アメリカ合衆国
RL(最上級セダン、日本では「ホンダ・レジェンド」の名称で販売)
TL(ミドルサイズセダン)
TSX(スモールセダン、日本と欧州で販売される「ホンダ・アコード」をベースとする)
MDX(最上級SUV)
RDX(ミドルサイズSUV)

カナダ
RL
TL
TSX
CSX(コンパクトセダン、カナダ専売、日本名:ホンダ・シビック)
MDX
RDX

メキシコ合衆国
RL
TL
MDX
RDX

中華人民共和国
RL
TL
MDX

中華人民共和国 香港
RL

廃止車種
ビガー(1995年TLへ移行)
レジェンド(1996年RLへ移行)
SLX(いすゞ・ビッグホーンOEM車両、日本名:ホンダ・ホライゾン、1999年廃止)
インテグラ(2002年RSXへ移行)
CL(Honda Accord Coupe姉妹車、2003年廃止)
EL(Honda Civic Sedan姉妹車、日本名:ホンダ・ドマーニ、カナダ専売、2005年CSXへ移行)
NSX(2005年廃止)
RSX(日本名:ホンダ・インテグラ、2007年廃止)

ホンダ・インテグラ (INTEGRA)は、本田技研工業が生産・販売していた乗用車である。通称:「インテ」。小型のFFクーペ及びハードトップで、ホンダの代表的スポーツカーとしてジムカーナやサーキットなどの場において親しまれた。

4代目(2001-2006年 DC5型)
# 2001年7月2日デビューの4代目インテグラはEU/EP型シビックと車台を共有し、このモデルと同時期に絶版となったプレリュードと統合された形になった。そのため、ボディタイプは4ドアハードトップが廃止され、3ドアクーペのみになった。エンジンはK20A型 2,000cc DOHC i-VTECである。全幅1,725mmまで拡大されたため、3ナンバーとなった。グレードは標準グレードである「is」とハイパフォーマンスモデルである「タイプR」を設定。エンジン馬力は「is」は160PS、「タイプR」は220PSである。また、トランスミッションは「is」が5速マニュアルまたは5速オートマチック、「タイプR」が6速マニュアルを使用する。アメリカではアキュラ・RSXの名で販売されている。

2004年9月16日のマイナーチェンジ時には、「is」に変わり「タイプS」が設定されたほか、通称涙目のライトの廃止や、ボディーカラーの追加変更、盗難対策としてイモビライザーが標準装備された。 2006年4月、クーペ型乗用車市場低迷の影響を受け、国内での生産中止を発表。

現在でも中古車の人気車種として、特にタイプRは新車価格とさほど変わらない価格で取引されている。しかし、そのことが災いして、2007年にホンダお膝元である埼玉県、栃木県を中心に「タイプR」ばかりを狙った連続盗難事件があったことが判明。盗まれた車は約100台。中古販売業者に売りさばかれていたが、強盗団(20代の男性7人)は2008年2月に逮捕された。また3代目タイプR(DC2)とあわせ、4代目DC5も発売当初から盗難件数が多い事から、自動車保険の車両料率クラスはNSX、GT-R、フェラーリなどの高級スポーツカーと同じ最も高額な9クラスである。

integraは「統合する、完全なものにする」を表すIntegrate(インテグレート)から作られた造語である。この車名は1982年7月発売の二輪車・ホンダ・CBX400Fインテグラで初めて採用され、その後、CB750F、CBX550F、VT250F、MBX80、VF400Fとフルフェアリング標準装備各車に採用されていた。

モータースポーツへの取り組み
従来、モータースポーツ活動は、「アキュラ・スパイスSE90CL」(NSXのエンジンを搭載し、1991年より2年間IMSAシリーズのキャメル GTP Light クラスに参戦。ドライバーズ,マニュファクチャラーズの両タイトルを2年連続で獲得)等での参戦があった程度で積極的に行われていなかったが、2007年よりアメリカン・ル・マン・シリーズ(ALMS)のP2クラスにおいて、エンジン(V8 3,400cc NA)や車両(COURAGE LC75ベースのAcura ARX-01a)の開発及び供給を行なっている。なおオペレーションは、現在ホンダブランドでインディ・レーシング・リーグ(IRL)へのエンジン供給を行っているホンダ・パフォーマンス・ディベロップメント(HPD)が担当する。

[ 2008/05/04 19:32 ] ACURA | TB(0) | CM(0)

Honda Integra TYPE R 0'32"

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ホンダ・インテグラタイプR(インテグラタイプあーる、 INTEGRA TYPE-R )は、本田技研工業の乗用車でインテグラのスポーツバージョン。 NSXタイプRに続くタイプRシリーズ第2弾。略称は「インテR」。

2代目(2001-2006年 DC5型)
2001年7月2日フルモデルチェンジ。絶版となったプレリュードと統合された形になった為、4ドアハードトップは廃止され(2007年のシビックタイプRで再登場)、3ナンバーサイズのクーペのみで登場。標準グレードと同時にタイプRも設定された。これが最初で最後のフルモデルチェンジである。

当車種専用にハイチューンされたK20Aエンジンを搭載することにより、2000ccで220psと初代を上回るエンジン性能と、ホンダ車初のブレンボ社製ブレーキの採用などで装備面を強化したものの、安全装備の標準搭載や衝突安全性を考慮したボディで総重量が100kg以上の重量増となったり、クーペでは贅沢なほどの室内空間・トランクスペースの確保で全高が高くなったことから、タイプR特有の荒々しさがスポイルされたという不満の声もあった。ただ実際は初代同様世界最速のFFとの言われ、初代とは違った力を持った車種として世界中から高い評価を得た。

またハイスペックエンジン を搭載しながらも、国土交通省が定めた低排出ガス車認定制度平成12年排出基準の「優-低排出ガス(星2つ)」をクリアし、実燃費も1リッター当たり8kmから11km(カタログスペックは12km/1L)と、地球環境強くを意識したホンダらしいスポーツカーとしての一面も持ち合わせた。

2002年より、ホンダ主催のワンメイクレースが初代シビック・タイプRから当車種に変更され2007年まで続いた。2008年からは3台目シビック・タイプRに変更。

2004年9月16日マイナーチェンジ。大きな変更としては発売当初から賛否両論のあったライトを通称涙目型からシャープな形にした。さらに不満の多かったサスペンションを変更するなどし増販を狙ったが起爆剤にはならなかった。また世界中で盗難が相次ぎ、盗難されやすい車種としてのイメージが付いてしまったことからイモビライザーが標準装備された。(標準グレードではタイプSを追加投入)

2006年4月、クーペ型乗用車不振と若者の自動車離れの影響を受け国内の生産終了を発表した。(なお、当初は最後の300台を生産し同年6月に生産を終了するはずだったが、それを惜しむ声が大量に寄せられた為、150台増産で1ヶ月延長の同年7月に生産を終了した)

[ 2008/05/05 20:14 ] HONDA | TB(0) | CM(0)

Holden VE Ute "Evolution"Commercial 1'02"

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ホールデン(Holden)は、オーストラリアの自動車メーカー。
沿革
オーストラリア唯一の自国独自ブランドの自動車メーカーで、J.A.ホールデンが1856年にアデレードで馬具製造の会社として設立したのが起源である。

1925年にクローズドタイプの自動車をはじめて製造、その後1931年にGeneral Motors Australia系列のメーカーとなった。以後はGMグループの一員として、シボレーのノックダウン生産から、1940年代後半以降はシボレーの影響を受けつつもオーストラリアの国情に合った中型車をオリジナル開発して生産した。アメリカ車の平均より若干小柄だがヨーロッパ車よりも大きい独特のボディサイズ設定は、アメリカ同様に広大な未開地を抱えるオーストラリアならではの設定である。

1970年代以降は、自社開発の大型セダンとその派生車種のほか、欧州・日本のGM系メーカー(オペル、いすゞ、スズキなど)の一部車種をライセンス生産もしくは輸入している。1980年代後半から1990年代前半はトヨタとも提携し、カローラとカムリのOEM供給を受け自社のブランドで販売していた。

近年ではオーストラリア国外への展開にも積極的で、クーペのモナーロを「ポンティアック・GTO」「ヴォクスホール・モナーロ」という名称でアメリカのGMとイギリスのヴォクスホールにOEM供給していた。また、2005年からステーツマンの韓国および中国への輸出を開始し、それぞれデーウ・ステーツマン、ビュイック・ロワイヨム (ROYAUM) の名称で販売されている。そして2007年からはコモドアをポンティアック・G8の名前で北米市場へ輸出することが決まっているほか、ステーツマンの韓国仕様車および中国仕様車をモデルチェンジし、それぞれデーウ・L4X、ビュイック・パークアベニューの名称で販売を行う予定である。

現在のロゴマークは1994年から使われているもので、エジプトライオンをモチーフとしたものになっている。

2005年にはサーブ・オーストラリア社を統合した。

日本におけるホールデンの知名度は低いが、マツダへ大型セダンのプレミアを供給し、13B型ロータリーエンジンを搭載した最高級車ロードペーサーとして1975年から1979年まで販売、また1973年からいすゞへステーツマン・デ・ビルをOEM供給していたことがある。

2004年から、愛知県を中心に展開する輸入車販売会社「オートプレステージ」がSS UTE/HSV MALOO R8を中心に、少量ではあるが輸入して販売している。

現行車種
バリーナ(シボレー・アヴェオの豪州仕様車)
ティグラ(オペル・ティグラの豪州仕様車)
ヴィヴァ(シボレー・オプトラの豪州仕様車)
アストラ
エピカ(シボレー・エピカの豪州仕様車)
ザフィーラ(オペル・ザフィーラの豪州仕様車)
キャブティバ/キャブティバ・マックス(シボレー・キャプティバおよびオペル・アンタラの豪州仕様車)
ジャッカルー(いすゞ・ビッグホーンの豪州仕様車)
コモドア(自社開発の大型セダン)
カレー(コモドアの上級版)
ベルリーナ(カレーと同じくコモドアの上級版)
ステーツマン(コモドア系がベースの高級セダン)
カプリス(コモドア系がベースの高級セダン)
アドヴェントラ(コモドア系がベースのクロスオーバーSUV)
ユート(コモドア系がベースのピックアップトラック)
モナーロ(コモドア系がベースの2ドアクーペ)
クルーマン(ユートのダブルキャブ仕様)
コンボ (オペル・コルサの高さと長さを大幅に拡大させたバン)

過去の車種
クルーズ(シボレー・クルーズを日本から輸入)
ジェミニ(初代いすゞジェミニのライセンス生産車)
カミーラ(オペル・アスコナがベース)
ノバ(トヨタ・カローラのOEM)
アポロ(トヨタ・カムリのOEM)
ベクトラ(オペル・ベクトラの豪州仕様車)
カリブラ(オペル・カリブラの豪州仕様車)
プレミア(70年代のアメリカGMのセダンのプラットフォームを使用した自社開発車。マツダ・ロードペーサーはプレミアに13B型ロータリーエンジンを搭載して日本国内で1975年から1979年まで販売した)
キングスウッド(プレミアの廉価版)
ステーツマン・デ・ビル(プレミアの高級版。いすゞ自動車が1970年代前半から中頃にかけて日本国内で販売した)
サンドマン(プレミアのバン型商用車)

[ 2008/05/06 20:44 ] HOLDEN | TB(0) | CM(0)

Holden Epica Crystal 0'52"

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HOLDEN EPIKA
2代目(V250型、2006年 - )
2005年12月に韓国仕様車が大宇・トスカ (Daewoo Tosca) の名称で発表され、翌2006年1月から発売を開始した。なお、この車名は公式には"Tomorrow Standard Car"の略であるとされるが、ジャコモ・プッチーニのオペラ「トスカ」という説もある。その後、シボレーブランド版が同年3月のジュネーヴ・モーターショーで発表された(今回から欧州向けもエピカのネーミングを使用)。また、豪州でもホールデン・ベクトラ(オペル・ベクトラの豪州仕様車)に代わってホールデン・エピカとして販売される。なお、V250型はスズキへのOEM供給は行われず、スズキ・ヴェローナは2006年モデルを最後に打ち切りとなった。

基本設計は先代のものを踏襲しており、横置きFFで直列6気筒エンジン(2000ccと2500cc)を搭載する。2006年3月には韓国国内向けとしてLPGガスインジェクション方式のLPG車も追加された。なお、ディーゼルエンジンも遅れて追加される予定である。

沿革
オーストラリア唯一の自国独自ブランドの自動車メーカーで、J.A.ホールデンが1856年にアデレードで馬具製造の会社として設立したのが起源である。

1925年にクローズドタイプの自動車をはじめて製造、その後1931年にGeneral Motors Australia系列のメーカーとなった。以後はGMグループの一員として、シボレーのノックダウン生産から、1940年代後半以降はシボレーの影響を受けつつもオーストラリアの国情に合った中型車をオリジナル開発して生産した。アメリカ車の平均より若干小柄だがヨーロッパ車よりも大きい独特のボディサイズ設定は、アメリカ同様に広大な未開地を抱えるオーストラリアならではの設定である。

1970年代以降は、自社開発の大型セダンとその派生車種のほか、欧州・日本のGM系メーカー(オペル、いすゞ、スズキなど)の一部車種をライセンス生産もしくは輸入している。1980年代後半から1990年代前半はトヨタとも提携し、カローラとカムリのOEM供給を受け自社のブランドで販売していた。

近年ではオーストラリア国外への展開にも積極的で、クーペのモナーロを「ポンティアック・GTO」「ヴォクスホール・モナーロ」という名称でアメリカのGMとイギリスのヴォクスホールにOEM供給していた。また、2005年からステーツマンの韓国および中国への輸出を開始し、それぞれデーウ・ステーツマン、ビュイック・ロワイヨム (ROYAUM) の名称で販売されている。そして2007年からはコモドアをポンティアック・G8の名前で北米市場へ輸出することが決まっているほか、ステーツマンの韓国仕様車および中国仕様車をモデルチェンジし、それぞれデーウ・L4X、ビュイック・パークアベニューの名称で販売を行う予定である。

現在のロゴマークは1994年から使われているもので、エジプトライオンをモチーフとしたものになっている。

2005年にはサーブ・オーストラリア社を統合した。

日本におけるホールデンの知名度は低いが、マツダへ大型セダンのプレミアを供給し、13B型ロータリーエンジンを搭載した最高級車ロードペーサーとして1975年から1979年まで販売、また1973年からいすゞへステーツマン・デ・ビルをOEM供給していたことがある。

2004年から、愛知県を中心に展開する輸入車販売会社「オートプレステージ」がSS UTE/HSV MALOO R8を中心に、少量ではあるが輸入して販売している。

現行車種
バリーナ(シボレー・アヴェオの豪州仕様車)
ティグラ(オペル・ティグラの豪州仕様車)
ヴィヴァ(シボレー・オプトラの豪州仕様車)
アストラ
エピカ(シボレー・エピカの豪州仕様車)
ザフィーラ(オペル・ザフィーラの豪州仕様車)
キャブティバ/キャブティバ・マックス(シボレー・キャプティバおよびオペル・アンタラの豪州仕様車)
ジャッカルー(いすゞ・ビッグホーンの豪州仕様車)
コモドア(自社開発の大型セダン)
カレー(コモドアの上級版)
ベルリーナ(カレーと同じくコモドアの上級版)
ステーツマン(コモドア系がベースの高級セダン)
カプリス(コモドア系がベースの高級セダン)
アドヴェントラ(コモドア系がベースのクロスオーバーSUV)
ユート(コモドア系がベースのピックアップトラック)
モナーロ(コモドア系がベースの2ドアクーペ)
クルーマン(ユートのダブルキャブ仕様)
コンボ (オペル・コルサの高さと長さを大幅に拡大させたバン)

過去の車種
クルーズ(シボレー・クルーズを日本から輸入)
ジェミニ(初代いすゞジェミニのライセンス生産車)
カミーラ(オペル・アスコナがベース)
ノバ(トヨタ・カローラのOEM)
アポロ(トヨタ・カムリのOEM)
ベクトラ(オペル・ベクトラの豪州仕様車)
カリブラ(オペル・カリブラの豪州仕様車)
プレミア(70年代のアメリカGMのセダンのプラットフォームを使用した自社開発車。マツダ・ロードペーサーはプレミアに13B型ロータリーエンジンを搭載して日本国内で1975年から1979年まで販売した)
キングスウッド(プレミアの廉価版)
ステーツマン・デ・ビル(プレミアの高級版。いすゞ自動車が1970年代前半から中頃にかけて日本国内で販売した)
サンドマン(プレミアのバン型商用車)

[ 2008/05/07 21:56 ] HOLDEN | TB(0) | CM(0)

Holden Caprice Action 0'47"

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ホールデン(Holden)は、オーストラリアの自動車メーカー。
沿革
オーストラリア唯一の自国独自ブランドの自動車メーカーで、J.A.ホールデンが1856年にアデレードで馬具製造の会社として設立したのが起源である。

1925年にクローズドタイプの自動車をはじめて製造、その後1931年にGeneral Motors Australia系列のメーカーとなった。以後はGMグループの一員として、シボレーのノックダウン生産から、1940年代後半以降はシボレーの影響を受けつつもオーストラリアの国情に合った中型車をオリジナル開発して生産した。アメリカ車の平均より若干小柄だがヨーロッパ車よりも大きい独特のボディサイズ設定は、アメリカ同様に広大な未開地を抱えるオーストラリアならではの設定である。

1970年代以降は、自社開発の大型セダンとその派生車種のほか、欧州・日本のGM系メーカー(オペル、いすゞ、スズキなど)の一部車種をライセンス生産もしくは輸入している。1980年代後半から1990年代前半はトヨタとも提携し、カローラとカムリのOEM供給を受け自社のブランドで販売していた。

近年ではオーストラリア国外への展開にも積極的で、クーペのモナーロを「ポンティアック・GTO」「ヴォクスホール・モナーロ」という名称でアメリカのGMとイギリスのヴォクスホールにOEM供給していた。また、2005年からステーツマンの韓国および中国への輸出を開始し、それぞれデーウ・ステーツマン、ビュイック・ロワイヨム (ROYAUM) の名称で販売されている。そして2007年からはコモドアをポンティアック・G8の名前で北米市場へ輸出することが決まっているほか、ステーツマンの韓国仕様車および中国仕様車をモデルチェンジし、それぞれデーウ・L4X、ビュイック・パークアベニューの名称で販売を行う予定である。

現在のロゴマークは1994年から使われているもので、エジプトライオンをモチーフとしたものになっている。

2005年にはサーブ・オーストラリア社を統合した。

日本におけるホールデンの知名度は低いが、マツダへ大型セダンのプレミアを供給し、13B型ロータリーエンジンを搭載した最高級車ロードペーサーとして1975年から1979年まで販売、また1973年からいすゞへステーツマン・デ・ビルをOEM供給していたことがある。

2004年から、愛知県を中心に展開する輸入車販売会社「オートプレステージ」がSS UTE/HSV MALOO R8を中心に、少量ではあるが輸入して販売している。

現行車種
バリーナ(シボレー・アヴェオの豪州仕様車)
ティグラ(オペル・ティグラの豪州仕様車)
ヴィヴァ(シボレー・オプトラの豪州仕様車)
アストラ
エピカ(シボレー・エピカの豪州仕様車)
ザフィーラ(オペル・ザフィーラの豪州仕様車)
キャブティバ/キャブティバ・マックス(シボレー・キャプティバおよびオペル・アンタラの豪州仕様車)
ジャッカルー(いすゞ・ビッグホーンの豪州仕様車)
コモドア(自社開発の大型セダン)
カレー(コモドアの上級版)
ベルリーナ(カレーと同じくコモドアの上級版)
ステーツマン(コモドア系がベースの高級セダン)

カプリス(コモドア系がベースの高級セダン)
アドヴェントラ(コモドア系がベースのクロスオーバーSUV)
ユート(コモドア系がベースのピックアップトラック)
モナーロ(コモドア系がベースの2ドアクーペ)
クルーマン(ユートのダブルキャブ仕様)
コンボ (オペル・コルサの高さと長さを大幅に拡大させたバン)

過去の車種
クルーズ(シボレー・クルーズを日本から輸入)
ジェミニ(初代いすゞジェミニのライセンス生産車)
カミーラ(オペル・アスコナがベース)
ノバ(トヨタ・カローラのOEM)
アポロ(トヨタ・カムリのOEM)
ベクトラ(オペル・ベクトラの豪州仕様車)
カリブラ(オペル・カリブラの豪州仕様車)
プレミア(70年代のアメリカGMのセダンのプラットフォームを使用した自社開発車。マツダ・ロードペーサーはプレミアに13B型ロータリーエンジンを搭載して日本国内で1975年から1979年まで販売した)
キングスウッド(プレミアの廉価版)
ステーツマン・デ・ビル(プレミアの高級版。いすゞ自動車が1970年代前半から中頃にかけて日本国内で販売した)
サンドマン(プレミアのバン型商用車)

[ 2008/05/08 22:12 ] HOLDEN | TB(0) | CM(0)

Hyundai Avante Car Stunt 9'54"

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Hyundai Avante(ヒュンダイ アバンテ)によるカースタント映像です。結構凄いかも・・・

2代目(J2型、1995年-2000年)
1995年3月登場。この代から韓国ではアバンテ(Avante)に車名が変更された。 同年9月にステーションワゴン「アバンテ・ツーリング(AVANTE TOURING)」も発売されたが、韓国国内ではステーションワゴンが売れないため後継となるXD型では設定されなかった。

1998年5月にマイナーチェンジ、前期モデルと区別するために「オールニューアバンテ(All New AVANTE)」と呼ばれるようになる。同時にアバンテツーリングもマイナーチェンジし「オールニューアバンテツーリング(All New AVANTE TOURING)」と呼ばれるようになった。 また、オールニューアバンテには韓国国内初となるリーンバーンエンジンを搭載したモデルが設定された(ちなみに、ニューアクセントにも同時期にリーンバーンエンジンが搭載された)。

[ 2008/05/09 23:27 ] HYUNDAI | TB(0) | CM(0)

BMW Films E39 M5 Star Madonna Guy Ritchie 9'04"

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概要
5シリーズは5人乗りのセダンもしくはステーションワゴンで、メルセデス・ベンツ Eクラスやアウディ・A6などがライバルである。日本ではサイズさえ違えども、トヨタ・セルシオや日産・シーマ、ホンダ・レジェンドなどの国産高級車と価格帯が近いため競合している。メルセデス・ベンツ Eクラスと並び、欧州ではセグメントEの大きさに分類される乗用車の代表的なモデルである。一方、米国道路安全保険協会(IIHS)によって実施された2006年度調査において、後方からの追突時の安全性が「POOR」(危険) という評価がなされた。このため、この車の購買層にとって、安全と信頼性、そしてコストについて、困難な命題を提示したことになる。

4代目(1996年-2003年)E39
4代目5シリーズ。エクステリア・デザインは、BMWのデザイナーである永島譲二。先代よりボディーサイズを拡大したが、空気抵抗係数(Cd値)は0.29-0.30である。アルミ製サスペンションを採用し軽快なハンドリングを実現すると共に、ASC+Tと呼ばれるトラクションコントロールを直列6気筒モデルに装着した。V型8気筒モデルにはASC+Tを発展させたDSCと呼ばれる横滑り防止機構を装備。

パッシブセーフティーの面でも充実しており、初期モデルではエアバッグがフロント左右、サイド・エアバッグの4エアバッグであったが最終的にはITSヘッド・エアバッグを含む10エアバッグにもなった。 電子制御デバイスの導入にも積極的で、自動防眩機能を内蔵したルームミラーやレインセンサー付きのワイパーなどが装備される。但し、電子部品を多用、導入した初期型のE39は、電子部品の故障が頻発しており、中にはエンジンコンピュータやASC+Tコンピュータなどメインとなる部品の故障も多い。

1997年には直列6気筒モデルにステーションワゴンのツーリングが追加される 1998年には直列6気筒モデルのトランスミッションがマニュアルモード付きのステップトロニックと変更を受けると共に、可変バルブ機構のVANOSが吸排気 の両方に作動するダブルVANOSに進化。 1999年にはM社がデザインしたエアロパーツやホイール、内装を持つスポーティーなMスポーツが追加される。

2000年にフェイスリフトを行い、1996年から2000年までのモデルが前期、2000年以降が後期となる。前期と後期の外見上の一番大きな識別点はイカリングと呼ばれるエンジェルライトを装備している。後期型では直列6気筒(M52)エンジンを一新して、パワーアップを図りつつ排ガスもクリーンになった。2.8リッターが廃止になり528iがカタログ落ちし530iが加わる。M52エンジンから進化したM54エンジンは当時世界最高水準のパフォーマンスであった。

マークXはこのE39型を目標に開発を進められた。

日本に正規輸入されたモデルは以下のようになっている。
525i (1996年-2000年)
直列6気筒DOHCエンジン、2493cc、170馬力

前期型525iは先代525i(E34)と比べて出力が192馬力→170馬力とダウンしていたため、欧州では523iとして販売されていたが、日本では525iを名乗っていた。
528i (1996年-2000年)
直列6気筒DOHCエンジン、2793cc、193馬力

540i (1996年-2003年)
V型8気筒DOHCエンジン、4398cc、286馬力

528iツーリング (1997年-2000年)
直列6気筒DOHCエンジン、2793cc、193馬力

後期型
525i (2000年-2003年)
直列6気筒DOHCエンジン、2493cc、192馬力

530i (2000年-2003年)
直列6気筒DOHCエンジン、2979cc、231馬力

540i (1996年-2003年)
V型8気筒DOHCエンジン、4398cc、286馬力

525iツーリング (2000年-2003年)
直列6気筒DOHCエンジン、2493cc、192馬力

530iツーリング (2000年-2003年)
直列6気筒DOHCエンジン、2979cc、231馬力

M5(E39)3代目
E39型M5は先代まで使用していた直列6気筒エンジンを採用せず、新開発のV型8気筒DOHCエンジンを搭載して馬力は400馬力の大台に乗った。トランスミッションは6速マニュアルのみであった。外装は専用エアロパーツ、専用18インチアルミホイールで仕立てられ、内装はレザーであった。最高速度はリミッターで250km/hに制限されるものの、解除することで295km/h以上の速度を出すことが出来た。

[ 2008/05/10 00:01 ] BMW | TB(0) | CM(0)

Corona CM 1982 0'29"

トップページTOYOTAカテゴリーCorona CM 1982 Toyota_Corona_commercial__1982.jpg

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カローラと共にトヨタ自動車を代表する基幹車種として、また、小型タクシー用として主に地方都市のタクシー事業者に長い間多数が販売され、小型タクシーの代表車種として親しまれた。コロナの最大のライバル車はブルーバードであり、コロナとブルーバードが繰り広げた熾烈な販売競争は「BC戦争」と呼ばれた。現在は後継車両として、プレミオが販売されている。

6代目 T130系(1978年-1982年)
1978年9月登場。この代より車名が「トヨタ・コロナ」となる。
4ドアセダンと2ドアハードトップを設定。2ドアセダンは消滅。デザインは5代目のイメージを継承する。角形4灯式ヘッドライト(バンとセダンのタクシー仕様は丸型4灯)を採用。新設計のウレタンバンパー設定。

エンジンは1600(88馬力)、1800(95/105馬力)、2000(105馬力、DOHC車は135馬力)で全車昭和53年排出ガス規制に適合。

フロントサスペンションはストラット式コイルスプリング、リヤサスペンションはトレーリングリンク車軸式コイルスプリングに変更(但しセダンのLPGタクシー仕様とバンはリーフスプリング)。

ブレーキは全車に前輪ディスクブレーキ(セダンのタクシー仕様を除く)を装備、1800SLツーリング・2000SL・2000GTには後輪ディスクブレーキ、9インチ大型ブレーキブースターを装備。オーバードライブ付4速ATを2000CXに設定。

1978年10月、RT56系以来10年ぶりの5ドアセダンである「LB(リフトバック)」を追加。
1979年8月、1800SLにAT車追加/トランク右側の「TOYOTA」エンブレム大型化。
1980年8月、マイナーチェンジでスラントノーズ化。ハードトップとリフトバックのヘッドライトは異形2灯式に変更。セダン1800GLに3速コラムAT&分割式ベンチシート車を追加。1800cc全車(E-TT131型)にパワーステアリングを標準装備。1800CXサルーンを追加(セダン/ハードトップ/リフトバック)。その他60項目に及ぶマイナーチェンジを実施。セダンの3速マニュアルコラムシフト車はLPGタクシー仕様のみになる。LPGタクシー仕様の2000STD・DX(5R-U型)に3速フロアAT車追加。

1981年3月、25周年記念車としてセダンDXをベースに装備を充実させた「エクストラサルーン」を発売。同時に2000GTに新仕様車を追加。

脚注
社内で試作車のあらゆる面を手で触れて、危険な突起物がないかを確認するテストの結果でもあった。
シリコン・ゴムを封入したショックアブソーバーをバンパーステーとして使用したもので、8km/h(5mile/h)以下の速度なら衝突しても、衝撃を吸収し、車体の損傷を防ぐ。
この代からプラットフォームをカリーナ/セリカと共有化
セリカがベースとなったため、セダンベースの従来車より車高が低くなった。同時にインストもセリカと共通の部品を使っている。プアマンズ・ソアラと称される程、スタイル面で好評を得ていた。
[ 2008/05/11 19:44 ] TOYOTA | TB(0) | CM(0)

Corolla CM 1983 0'30"

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基本となるセダンに加え、多くの派生車を擁し、1969年から2001年までの33年間、連続して車名別国内販売台数第1位を維持した日本を代表する車種。2005年には、累計生産台数3000万台を達成し、2008年現在、世界140ヶ国以上の国で販売。

その名前は同社の大型高級セダン「クラウン」の「王冠」、中型セダン「コロナ」の「太陽の冠」に対して、「花冠」を意味するラテン語に由来している。

4代目 E70系(1979年-1983年、バン1979年-1987年、ワゴン1982年-1987年)
1979年3月、4代目にモデルチェンジ。角ばったデザインとなり、後輪駆動車でありながら優れた居住性と経済性を両立。ヘッドライトが丸型から異型に、バンパーの主流がスチール製から衝撃吸収式のウレタンバンパーに移行する過渡期のモデルでもある。

エンジンはカローラ初のSOHCエンジンとなる1500cc、3A-U型搭載。全車にフロントディスクブレーキを採用。

ステアリングギアボックスの形式は、デビュー当初は1300cc車がラック&ピニオンで、他はリサーキュレーテッドボールであったが、1981年のマイナーチェンジで1500cc車にもラック&ピニオンが採用。

1982年5月にワゴンを追加。エンジンは当初、1300ccの4K-U型のみの展開で、グレードは1300DXと1300GLの2種、トランスミッションは4速MTのみ。のちに1800ccディーゼルを追加。リアサスペンションはE70系バンと共通のリーフリジッド。

1979年8月には、1600シリーズの代替として1800cc、13T-U型エンジン搭載の1800シリーズ(TE73)が登場するが、販売不振のため前期型で廃止。

1981年8月にマイナーチェンジ。1300/1500のエンジンを改良。フェイスリフトを行う。

1982年2月には、日本の小型大衆車クラス初のディーゼルエンジン搭載車を追加。カローラ初の4速ATも採用されている。

4ドアセダン・3ドアリフトバック・2ドアハードトップモデルに、「レビン」と同じ2T-GEU搭載の「GT」を設定。特にセダン1600GTはラリーフィールドで用いられた。

バン/ワゴンはE80系登場後も継続生産され、1983年にセミハイルーフ化およびフェイスリフトを実施、1985年8月にもフェイスリフトを行い、1987年8月まで販売された。

モータースポーツでの活動
古くはE20系よりラリーに出場。
1984年10月登場のカローラFX(ハッチバックモデル)は国内グループAレースで活躍。
シビックと死闘を繰り広げる。
カローラWRCが世界ラリー選手権で活動した。
1997年のフィンランド・ラリーでデビュー。WRC活動最後の1999年にマニュファクチュアラーズチャンピオンを獲得した。
ダイハツでの生産
パブリカ、スターレットがメインでカローラは意外に少なく、1975年11月から1977年12月までH-KE26V、1984年9月から1987年7月までE70V系、E70G系、1987年6月から1991年9月はE90V系、E90G系、1991年6月から2002年6月までE100V系、E100G系がダイハツで委託生産された。また、カローラベースでシャルマンとして同社より発売されていた。初代シャルマンはE20系セダン/同E20系バンがベースとなっており2代目シャルマンはE70系セダンがベースとなっている。

脚注
道路運送車両の保安基準改正により、1973年12月1日以降に製作された自動車は後方の方向指示器に燈色が義務化された。
当時は第一次オイルショックや排気ガス問題を背景に、国内の自動車メーカーに対しても、当時の運輸省・通商産業省から新型車の開発、及び発売自粛を求められていた時期で、新聞広告を減らし、キャッチフレーズに「新型」と明記せず「さんまる」とするなど、新型車としてのキャンペーンは自粛されていた。
カローラセダンとしては初の1600ccのDOHCエンジンを搭載。
後期型では「SEリミテッドG」。
ただし、水はけのよいルーフ部や目の触れにくいアンダーフロア部等は除く。
吸気側・3バルブ、排気側・2バルブ。
ワゴンはE110系カリブロッソと同仕様。
34年間販売されたスプリンターは、カローラに統合する形でモデル廃止となった。
New Century Value。
セダンのアシスタパッケージと海外仕様にはトヨタのCIエンブレムがフロントグリルに付けられている。海外仕様は、1990年代から同社のCIエンブレムが採用。
セダンの1.8ラグゼールのみメーカーオプション。2004年4月以降の後期型ではトラクション・コントロール機構が廃止された。
日本国内向けのカローラランクスに相当。
日本国内向けのカローラフィールダーに相当。ドイツでの車名はカローラコンビ。後年のWRCのベース車になる。足回りのセッティングが高速寄り。
このネーミングは「品質」「価値」を意味するギリシア語の「AXIA(アクシア)」に由来する。
今回からすべてローラーロッカーアーム式に統一された。
[ 2008/05/12 20:20 ] TOYOTA | TB(0) | CM(0)

Celica 1987 Ad 0'30"

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セリカ (Celica) は、トヨタ自動車が生産していたクーペ型スポーツカーである。トヨタカローラ店にて販売されていた。

4代目 ST160/AT160系(1985年-1989年)
1985年8月、4代目にモデルチェンジし前輪駆動への大変革となった。FFコロナ/カリーナのフロアパンをベースにしているため、型式も「T」となり、セリカにはコロナクーペとカリーナEDという姉妹車も生まれた。スタイリングは、トヨタでは流面形と呼ぶラインを採用し、その後のトヨタ車にも影響を与えた。

1986年にはトヨタ初のベベルギア式フルタイム4WDである排気量2000ccのGT-FOUR(ST165型)が満を持して登場した。

1987年8月のマイナーチェンジでは2000cc・16バルブ(3S-FE)車が追加。1600ccDOHC(4A-GE)車は廃止。同時にGT-FOURの4WDシステムがビスカスカップリング式に変更された。

1987年10月にはトランクルームを持つ専用ボディーのコンバーチブル(ST162C型)が日本でも正式にラインナップに加わり、3S-FEエンジンを搭載して発売された。コンバーチブルは米国のASC(アメリカン・サンルーフ・コーポレーション=現アメリカン・スペシャリティ・カーズ)によってオープン化改造を行っており、太平洋を往復する生産ラインが後のモデルのコンバーチブルでも継承されることになった。

1988年5月には1800cc車もDOHC化(4S-Fi)されこれでセリカ全車がDOHC化される。

WRCでは、グループBが廃止された後、1987年にトヨタチームヨーロッパ(TTE)はスープラ(前期型・7M-GTEUを搭載し最高出力410ps)にて参戦、しかし成績は芳しくなかった。TTEはグループAで勝つために、5000台の販売規定をクリアした1988年から、ST165型をベースとし、X-TRAC製6速ミッションを搭載したGT-FOURを投入した。そして1990年に、カルロス・サインツの手によって、日本車初のドライバーズタイトルを獲得することとなった。

4A-GE型エンジンを搭載した廉価版も用意されていた。

車名の由来
「天上の、空の、神々しい」という意味のスペイン語のcelicaより。

[ 2008/05/13 20:42 ] TOYOTA | TB(0) | CM(0)

Camry Celica 4door 1980 Ad 0'15"

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元々は中型大衆車として登場し、トヨタカローラ店においてはカローラの上位車種という位置づけであった。

現在ではマークXと同格車種として扱われているが、車幅はマークXはおろかクラウンより大きく、最小回転半径が5.5mとなる。BMW・5シリーズやメルセデス・ベンツ Eクラスと同格寸法で、より大きな室内空間を意識した設計となっており、FFセダンのなかで最も売れているトヨタグループの世界戦略車である。

カムリのG-ディグニスエディションはマークX最上級グレードの300Gクラスとなり、機敏なドライブフィールを重視するマークXか後席居住性を重視したカムリにするかで販売チャネルと客層を分けている。

2006年1月のフルモデルチェンジでウィンダムと統合された現在では、カローラ店専売車では最上級車種である。

日本国内では販売台数が少なく、道路で見かける機会は少ないが、世界市場での人気は絶大で、特に北米市場では、連続してクラストップの販売実績を誇り、人気は極めて高い。また、オセアニア・東南アジア地区での人気も高い。全世界で累計1000万台以上を販売しているトヨタのベストセラーカーであり、同社の屋台骨を支える世界戦略車でもある。

国際的にメジャーな車にも関わらず国内販売はやや不振な理由に、ネーミングイメージと運転時の取り回し、道路事情・車庫スペース等の事情が影響しているが、トヨタグループではゆったりした直進安定性と居住性を鑑みロングクルージングを意識した大型FFセダンをイメージコンセプトとして開発された車である。 欧米市場でカローラクラスと言われたのは先代モデルまでとなっており、価格帯も上昇した。

ネーミングを変えた後継車種の案もでたが、国際戦略車としてのネームバリューを国内に根付かせたいという思惑とカムリという従来のイメージギャップの打破を目指し、車名を継続した。

初代 A40/50系(1980年-1982年)
1980年1月セリカのセダン版として登場。正式には「セリカ・カムリ (CELICA CAMRY) 」と名乗り、セリカの名前を頂いてはいたが、実質的には2代目カリーナの姉妹車であった。販売はカローラ店。加えて80年3月にクレスタ発売と同時にビスタ店がオープンすると、クレスタの下級車種としてビスタ店でも併売された。

当時トヨタは、2代目カムリ/初代ビスタたるV10型をカローラ店/ビスタ店で発売するべく開発中であったが、当時のカローラ店取扱のセダンはカローラが最高クラスであり、それ以上はカローラ店の顧客には馴染みが無かった。その為、できるだけコストを掛けずに市場を開拓するために急遽、この初代カムリが市場投入されたものと思われる。

歴代カムリの中では最初で最後のFRモデルでもあり、生産期間が2年強と超短命モデルでもある。 型式・グレード
1800 - 「TA46」・1800LT、1800XT、1800XTスーパーエディション
1980年8月 - 1800SX・2000SE・2000GTを追加。この3車種にはカリーナのセダンとの違いに4輪独立懸架(フロントはマクファーソン・ストラット式コイルスプリング、リアはセミトレーリングアーム式コイルスプリング)、4輪ディスクブレーキを装備。

レース出場
2007年からカムリをベースにしたマシンで、現在アメリカで最も人気のある自動車レース・NASCARの最高峰クラスであるネクステルカップ(現・スプリントカップ)とブッシュシリーズ(現・ネイションワイドシリーズ)に参戦した。また、2007年はトヨタ北米進出50周年でもあった。 2008年からは有力チームであるジョー・ギブス・レーシング所属の人気NASCARレーサーであり、年間王者の経験もあるトニー・スチュアートも乗ることになっているため、活動が期待される。

2008年3月9日、スプリントカップシリーズ第4戦が米ジョージア州のアトランタ・モーター・スピードウェイで行われ、スチュアートのチームメイトであるカイル・ブッシュ(米国)が外国車メーカーとしては1954年のジャガー以来、日本車メーカーとしては史上初となる優勝をもたらした。

また、レース活動ではないが中東地区ではドリフト仕様のベース車として、XV30系、XV40系を中心に日本でいうところのAE86レビン/トレノ同様人気がある

[ 2008/05/14 21:05 ] TOYOTA | TB(0) | CM(0)

Celica 1994 CM 0'31"

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セリカ (Celica) は、トヨタ自動車が生産していたクーペ型スポーツカーである。トヨタカローラ店にて販売されていた。

セリカはトヨタのスポーツクーペである。先進的なデザインを積極的に採用していることはスポーツクーペの主要な特徴の一つである。そのため、比較的デザインがおとなしいといわれるトヨタ車のなかで、セリカはそのどのモデルもデザインが先進的で斬新なものが採用されていた。

6代目 ST200系(1993年-1999年)
1993年10 月に発表された6代目のセリカは、より一層高められたスポーツ性を特徴とした。全モデル3ナンバーサイズとなったシャシーは新しい設計で剛性が向上。重量は逆に20kg程度軽量化(ST205,ST185前期型比)されている。まずはNAモデルが先行発売され、ラインナップはハイメカツインカム3S-FE (140ps)搭載のSS-Iと、スポーティツインカム3S-GE(MT:180ps/AT:170ps)搭載のSS-IIの2グレードが発売された。また、SS-IIにはセリカとしては初採用のスーパーストラットサスペンション装着モデルも用意された。スーパーストラットモデルのMT車にはビスカスLSDが搭載され、オプションでスポーツABSも選択可能とし、更なるスポーツドライビングを実現した。1994年2月には、新しいWRCホモロゲーションモデルのGT-FOUR(ST205型)が登場。駆動方式は先代同様フルタイム4WDだがスーパーストラットサスペンションを装着しブレーキも対向4ポット、対向2ポットのアルミキャリパー4輪ベンチレーテッドディスクとなり制動力を高めた。またWRC仕様車という、国内限定2100台販売の限定車が用意された。このGT-FOURは、TTEのオベ・アンダーソン監督の意見を取り入れて造られていた。

1994年の1000湖ラリーから参戦予定だったST205型だが、直前になっても車両の開発状況が思わしくなかった。特にスーパーストラットサスによるハンドリングチューンは難航し、結局オーストラリアでのデビューとなる。しかし、重い車体と決まらないハンドリングにチームとドライバーは悩まされ続け、WRCの勝利は1995年のツールドコルスのみ。しかも、ライバルの脱落による棚ぼたの勝利だった。これらの状況に加え、1995年に行われたレギュレーション変更によるターボリストリクター規制の厳格化が、1995年カタルニアでのリストリクター違反につながった。これが基でWRCへの1年間の出場禁止処分がFIAによって下された。

1994年9月には日本市場向け量産型としては3代目となるコンバーチブル(ST202C型)を発売。ASCが引き続き手掛けた電動幌開閉装置は先代までの油圧式からオール電動モーターに変更され、3分割のレールが外側に広がりながら重なり合う「アウターフォールド機構」の採用で省スペース化を実現。後部座席幅が260mm広がり、大人男性2人でも窮屈にならない程度に改善された。また、リアウインドウに初めてガラス(電熱線入り)を採用。幌を閉じた状態はクーペタイプに見劣りしないスマートなシルエットとなった。ST202CはST183Cなどと同様に北米仕様のセリカクーペをベースとしているため、ST200系セリカクーペのフロントマスクを日本独自のデザインにして販売していたカレンとは、トランクパネルやテールランプなどリア周辺の部品が共通している。

GT-FOURとコンバーチブルは次期モデルのZZT230系では市販に至らず、ST200系が最終モデルである。

HKSの手によってチューンされたST202型は日本産FF車として、初めて0→400m加速で10秒を切るタイムを叩きだした。

[ 2008/05/15 21:29 ] TOYOTA | TB(0) | CM(0)

Celica 1993 CM 0'32"

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セリカはトヨタのスポーツクーペである。先進的なデザインを積極的に採用していることはスポーツクーペの主要な特徴の一つである。そのため、比較的デザインがおとなしいといわれるトヨタ車のなかで、セリカはそのどのモデルもデザインが先進的で斬新なものが採用されていた。

5代目 ST180系(1989年-1993年)
1989年9月、フルタイム4WDを擁するセリカは5代目にモデルチェンジ。プラットフォームは先代をベースとしていながら、サスペンションのリファインが行なわれて剛性が上げられている。*1990年8月には、先代同様に輸出仕様車のみの設定のクーペボディをASCによって改造されたコンバーチブル(ST183C型)を追加した。エンジンを3S-GEにグレードアップしたほか、デュアルモード4WSの標準装備、本革シートの豪華版TYPE-Gを新たに設定。ダークブルーマイカメタリックのボディーに青い幌のLIMITED300も国内300台限定販売された。GT-FOURには前後ブリスタータイプのオーバーフェンダーによりワイドボディ化されたGT-FOUR A(アドバンス)(ST185H型)が登場した。

1991年8 月には、コンビランプや細部の意匠および、サイド・ドア・ビームなどの安全性や、トランスミッションのシンクロ強化などの変更を含むマイナーチェンジを実施。また、これによりGT-FOURは全車ワイドボディ(3ナンバー・ST185H型)となり、A(アドバンス)はラインナップより消滅した。そして同年 9月には、ST18#系の最大のニュースとも言える、WRC用のホモロゲーションモデルであるGT-Four RC が発表された。RCとはラリー・コンペティションの略である。生産台数はグループA規定の5000台で、日本国内にはそのうち1800台が販売された。輸出モデルはカルロス・サインツ・リミテッドエディションと呼ばれる。

空冷式インタークーラーとツインエントリー・セラミックタービンを搭載したST185型は1989年に登場していたが、WRCへ参戦したのは1992年からである。ベース車両は水冷式インタークーラーとメタルタービンを搭載し、ワイドボディ化とブレーキサイズ拡大によりタイヤ選択と制動力を高めたST185H型(GT-Four RC)。1993年には、宿敵ランチア・デルタ・インテグラーレを倒し、トヨタは初めてWRCのメイクスとドライバーズのダブルタイトルを掌中に収めた。

[ 2008/05/16 21:45 ] TOYOTA | TB(0) | CM(0)

Celica CM 0'42"

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セリカはトヨタのスポーツクーペである。先進的なデザインを積極的に採用していることはスポーツクーペの主要な特徴の一つである。そのため、比較的デザインがおとなしいといわれるトヨタ車のなかで、セリカはそのどのモデルもデザインが先進的で斬新なものが採用されていた。

7代目 ZZT230系(1999年-2006年)
1999年10月にフルモデルチェンジ。トヨタアメリカのデザインチーム「CALTY」がデザインを手がけた、つり目が特徴。新設計のZZ系エンジンは先代から200ccスケールダウンした1800ccとなるも、トップグレードSS-IIが搭載する2ZZ-GE型エンジンは連続可変バルブタイミング・リフト機構(VVTL-i)を備え、190馬力を出力する。エントリーグレードのSS-Iは実用エンジンの1ZZ-FEを搭載しているが、専用チューンにより同型エンジンを積む車種の中で最も高い145psを出力する。なお、環境性能はSS-I・SS-IIともに☆1つの「平成12年基準排出ガス25%低減レベル」となっている。

GT-FOURのグレードが廃止され、カローラレビン/スプリンタートレノとの統合が図られたこともあって、ライトウェイトクーペへとコンセプト変更している。その結果、同グレードの先代から60~90kgの軽量化を果たしている。特に、SS-IのMT車に至っては車両重量1090kgと、SS-IIのMT車よりも30kg軽く、単純にローグレード車と言い切れない軽量というメリットがある。カローラレビンが廃止された関係で値段も下がったと思われがちだが、SS-IIではそれほど値が下がらず同グレードのSS-IIスーパーストラットはZZT系の方が幾分か高くなっている(消費税抜き)。SS-Iでは、SS-IIと比べて内装・外装が適度に省略/簡略化する事で、何とか低価格を実現した。SS-IIとの差分は、1ZZ-FE(145ps)エンジン、リアはディスクでなくドラムブレーキ、電動格納が省略されたドアミラー、マニュアルエアコン・本皮でなくウレタンステアリングとウレタンシフトノブ・リアスポイラー無し、マフラーカッター無し。これにより、SS-Iは発売当初で標準価格は168万円[7]を実現した。

ボディは前輪駆動専用設計(4WD「GT-FOUR」の設定はなし)となっており、ロングホイールベース、ショートオーバーハングとなり高速走行時の安定性向上が図られている。また、運動性を高めるため、前輪駆動専用設計であるにもかかわらずベースプラットフォームにビスタの4WD仕様を採用することでリア・サスペンション形式がバイザッハ・アクスル式ダブルウィッシュボーンとなっている。

近未来的で独特なヘッドライトはスポコンブームも手伝ってフェイスリフトの材料として人気を博した。

2006年4月、折からのスペシャルティカー市場の不振の影響を受け、生産終了した。これと同時に、1970年から35年以上に渡って続いてきたセリカの車名も消滅する事になった。

[ 2008/05/17 22:15 ] TOYOTA | TB(0) | CM(0)

Celica XX 1983 0'30"

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セリカはトヨタのスポーツクーペである。先進的なデザインを積極的に採用していることはスポーツクーペの主要な特徴の一つである。そのため、比較的デザインがおとなしいといわれるトヨタ車のなかで、セリカはそのどのモデルもデザインが先進的で斬新なものが採用されていた。

3代目 TA60 / SA60 / RA60系(1981年-1985年)
1981年7月にモデルチェンジした3代目は、より一層スペシャルティカーの要素を強めて登場した。キャッチコピーは「世界、新CELICA」。ソアラが誕生したことにより、こちらはXXシリーズ(GA60/MA60系)も含めて、より若い世代へターゲットをシフトしている。直線的なラインで鋭いウェッジシェイプを描く4気筒系ボディ(ショートノーズ)は先代同様にリフトバック(LB)とクーペの2種類。エンジンは1600ccDOHC(2T-GEU)、 1800cc(1S-Uと3T-EU)、2000ccDOHC(18R-GEU)の計4種類となる。登場当初は4気筒系ボディ全車に日本車初となるポップアップ式ヘッドランプが採用されていたが1983年のマイナーチェンジでリトラクタブル式ヘッドランプに変更となる。

1982年10月にはWRC・グループBホモロゲーション用のGT-TSが200台販売された。これと同時に2000ccDOHCに代わって1800ccツインカムターボ(3T-GTEU)が追加。

1982年まではRA63型(最高出力240ps)にて参戦していたWRCは、1983年からは日本初のツインカムターボエンジンである3T-GTEUを拡大した4T-GTEUをさらに2090ccまでボアアップし、怒涛の370psを搾り出すTA64型にてWRCに参戦。1984年から1986年まで、モンスターマシンが顔を揃える Group B 時代のサファリラリーで3連覇を飾った。

1983年8月のマイナーチェンジではドアミラーの標準装備。GT系に60扁平タイヤを採用。1600ccDOHCのエンジンが2T-GEUから4A-GEUに変更された。

なお、このモデルは2代目セリカXXとほぼ同時期に発売されたため、セリカXXの人気の影に隠れる形となってしまった。そのため、セリカとしてはマイナーなモデルとなっている。TA61型をベースにしたコンバーチブルが北米市場向けに生産されており、1985年に250台限定で日本でも販売されている。

[ 2008/05/18 22:42 ] TOYOTA | TB(0) | CM(0)

Celica Twin Cam Turbo RallyVersion CM 1983 0'29"

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セリカはトヨタのスポーツクーペである。先進的なデザインを積極的に採用していることはスポーツクーペの主要な特徴の一つである。そのため、比較的デザインがおとなしいといわれるトヨタ車のなかで、セリカはそのどのモデルもデザインが先進的で斬新なものが採用されていた。

3代目 TA60 / SA60 / RA60系(1981年-1985年)
1981年7月にモデルチェンジした3代目は、より一層スペシャルティカーの要素を強めて登場した。キャッチコピーは「世界、新CELICA」。ソアラが誕生したことにより、こちらはXXシリーズ(GA60/MA60系)も含めて、より若い世代へターゲットをシフトしている。直線的なラインで鋭いウェッジシェイプを描く4気筒系ボディ(ショートノーズ)は先代同様にリフトバック(LB)とクーペの2種類。エンジンは1600ccDOHC(2T-GEU)、 1800cc(1S-Uと3T-EU)、2000ccDOHC(18R-GEU)の計4種類となる。登場当初は4気筒系ボディ全車に日本車初となるポップアップ式ヘッドランプが採用されていたが1983年のマイナーチェンジでリトラクタブル式ヘッドランプに変更となる。

1982年10月にはWRC・グループBホモロゲーション用のGT-TSが200台販売された。これと同時に2000ccDOHCに代わって1800ccツインカムターボ(3T-GTEU)が追加。

1982年まではRA63型(最高出力240ps)にて参戦していたWRCは、1983年からは日本初のツインカムターボエンジンである3T-GTEUを拡大した4T-GTEUをさらに2090ccまでボアアップし、怒涛の370psを搾り出すTA64型にてWRCに参戦。1984年から1986年まで、モンスターマシンが顔を揃える Group B 時代のサファリラリーで3連覇を飾った。

1983年8月のマイナーチェンジではドアミラーの標準装備。GT系に60扁平タイヤを採用。1600ccDOHCのエンジンが2T-GEUから4A-GEUに変更された。

なお、このモデルは2代目セリカXXとほぼ同時期に発売されたため、セリカXXの人気の影に隠れる形となってしまった。そのため、セリカとしてはマイナーなモデルとなっている。TA61型をベースにしたコンバーチブルが北米市場向けに生産されており、1985年に250台限定で日本でも販売されている。

[ 2008/05/19 22:48 ] TOYOTA | TB(0) | CM(0)

Starlet Japanese Ove Andersson ad 2'42"

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2代目(KP6#系、1978年-1984年)
1978年2月のモデルチェンジでハッチバックボディに転換。駆動方式は後輪駆動のままだった。エンジンは先代モデルの3Kの排気量アップ版4K型、72馬力へ変更された(当時のカタログには砂漠を片輪走行するシーンがある。現在のトヨタF1チームの監督オベ・アンダーソンが運転していた)。なお、ハッチバックボディのほかにパブリカバンの後継として、ボディ後部を延長した5ドアバン(KP61/62V)も存在した。尚、バンタイプは当初はパブリカと同じ1200ccの3K型が搭載されたが、1982年1月には1300ccの4K型に改めれている。営業車グレードのDX-Aに、自動でアイドリングストップする「エコランシステム」があった。1980年5月から中期型、中期型の途中の1981年8月には吸気系統の変更でレーザーエンジンに変更され、AT車も従来の2速型から3速型に変更された。 1982年8月から後期型へとマイナーチェンジするが、中期型はヘッドライトが前期型の丸型2灯から角型2灯になり、同時に女性仕様の「リセ」が追加される。更に後期型は車幅灯がヘッドライトの側面に付くようになり、ハッチバックの開閉面積が拡大されたと同時にインパネのデザインが大幅に変更され,1983年4月以降はドアミラー仕様車も追加される。前期型と後期型では同じKP6# 系でも印象が大きく異なっていた。また、後期型では電子燃料噴射方式(EFI) 仕様の「Si」「SE-EFI」「XL-EFI」が追加された。ただ、走りについては吹け上がりなどでキャブレター式である「S」の方が実力は高く、また S以外はエンジンスペックが全く同じであったので、競技用として使うには廉価グレードであったDXやスタンダードが好まれた。余計な装備が無く軽量であり、改造にも向いていたからである。ヘラジカ風のエンブレムを冠した最後のモデルである。

後輪駆動であるため、ドリ車として用いられることがあり、D1グランプリでも使用された。

また、1980年にはパリ=ダカールラリーに参戦、時間外ながらも完走を果たしている。

姉妹車
トヨタ自動車には、スターレットと類似形状・同型系エンジン搭載の車種(カローラII、コルサ、ターセル3ドアハッチバックなど。共に型式はL)が複数存在したが、スターレットは単独の車種型式"P"を持つため、姉妹車は無い。型式表記の仕方はトヨタの通例どおりで、"EP##"、"KP##"である。最初のアルファベットはエンジン型式、後のアルファベットの"P"は車種「スターレット」を意味する。"P"は初代モデルであるパブリカスターレット、およびその先代パブリカから来ている。

車名の由来
英語で「小さな星」の意味の名詞、starletから。

[ 2008/05/20 23:40 ] TOYOTA | TB(0) | CM(0)

Chaser 1980 CM 0'30"

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ボディやエンジンは上記の2車と基本的に共通している。ノーマルグレード名はX60系から「アバンテ(Avante)」で、スポーツグレードはX70系~X80系までは「GT」、90系からは「ツアラー(TOURER)」である。生産は1977年から2001年(X30/40系~X100系)。のちにクレスタと統合してヴェロッサとなった。

2代目(X60系)1980年 - 1984年
1980年10月登場。ビスタ店向けに開発されたクレスタも加わりマークII3兄弟と呼ばれるようになった。

2ドアハードトップは消滅し、4ドアセダンと4ドアハードトップのみとなる。この代から最高級グレードとして、ハーダーサスペンション・ミシュランタイヤなどが奢られた「アバンテ」を設定するなど、先代からスポーティー路線を昇華させた。デザイン面でマークIIとの大きな差別化が初めて図られているが、フロント・リアのデザインが違う以外はマークIIと全く同一であった。

前期型のキャッチコピーは「いま、高級車もフットワークだ。」「洗練のスポーティーサルーン」。CM曲にはビートルズ「プリーズ・プリーズ・ミー」を弦楽演奏にアレンジしたものが使われた。ちなみにこの曲は後に同社オーリスのCMでも、また別の曲調にアレンジしたものが使われた。

TVドラマ「太陽にほえろ!」の劇中車では前期型の「セダン・SGツーリング」のワインレッドが使用された。1981年2月~10月の期間。

1982年8月 マイナーチェンジ。マークII/クレスタと共にツインカム24車を設定する。このマイナーチェンジから2年間、CMキャラクターに俳優の夏木陽介を起用し、カタログにも登場した。

車名の由来
英語で「追跡者・狩人」という意味。グリルエンブレムに弓矢の絵が入っている。 対抗車種であった日産・スカイラインを「追いかける」という意味も含まれているという説もあるが、定かではない。

[ 2008/05/21 20:04 ] TOYOTA | TB(0) | CM(0)

Cresta 1980 0'30"

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トヨタ・クレスタ (CRESTA) は、トヨタ自動車で生産されていた高級中型乗用車であり、マークIIとチェイサーの姉妹車である。生産期間は1980年から2001年(GX50型~JZX100型)。同時にチェイサーと統合されヴェロッサとなった。

概要
初代は姉妹車と同じ4ドアビラードハートトップとして登場し、ボディやエンジンは上記の2車と共通している。2代目以降は、マークIIとチェイサーがビラードハートトップだったのに対し、セダンとして発売されていた。(3代目の80系以降プレスドアを採用)

また、X100系では他の姉妹車には5速MTが設定されているのに対し、クレスタは全車ATのみの設定である。グレード名はラグジュアリーグレードが「スーパールーセント (Super Lucent) 」、「エクシード (Exceed) 」、スポーティーグレードは50・60系が「スーパーツーリング (Super Touring) 」、70・80系は「GT」、90系は「ツアラー (TOURER) 」、最終モデルの100系は「ルラーン (Roulant) 」と何度も変更された。後継車種であるヴェロッサも現在は生産終了している。

GX70系からGX80(JZX80)系は、ハイソカーブームでマークIIと共に女性からも人気だったが、クレスタは初代ソアラと共に暴走族に好まれた。

取扱店はビスタ店だったが、沖縄県にはビスタ店がなかったため沖縄トヨタにて取り扱っていた。

初代(X50・X60系 1980年-1984年)
* 1980年4月に登場。同時に新設されたトヨタビスタ店の最上級車種であった。角目4灯ヘッドライトやスクエア・カットのテールライトを持ち、当時としてはスタイリッシュな4ドアピラードハードトップとして登場した。マークII/チェイサーの実質的な姉妹車ではあったが、クレスタはドアパネルを共用するのみで、他の姉妹車よりも高級なイメージを持っていた。半年後の同年10月にマークII/チェイサーも初代クレスタに追従するフルモデルチェンジを受け、マークII3兄弟が誕生することになる。

エンジンは従来のM系に代わる新開発の2000cc直列6気筒1G-EU型(SOHC12バルブ)を初めて搭載した。グレード名は、6気筒エンジン搭載最上位グレードは後年までクレスタを代表するグレード名となった「スーパールーセント (Super Lucent) 」、6気筒エンジン搭載スポーティーグレードが「スーパーツーリング (Super Touring) 」、6気筒エンジン搭載普及グレードが「スーパーデラックス (Super Deluxe) 」、4気筒エンジン搭載上位グレードが「スーパーカスタム (Super Custom) 」、4気筒エンジン搭載普及グレードが「カスタム (Custom) 」であった(4気筒エンジンは全て1800ccの13T-U型OHV)。

上級グレードに設定されたイメージカラーのツートンカラーが絶大な人気を得て若い世代の高級車指向を一気に推し進める結果となった。

1981年10月、2000ccSOHCターボ(M-TEU型)搭載車を発売。マニュアルトランスミッションとの相性が悪かったために、オートマチックのみの設定であった。

1982年8月、マイナーチェンジ。角目4灯のヘッドライトはフォグランプ内蔵の異型2灯に変更。これに伴い2000cc・1G-GEU型エンジン(160ps ツインカム24)搭載車を追加。同時に1800ccの4気筒エンジンがこれまでの13T-U型から小型・軽量設計の1S-U型SOHCエンジンに差し替えとなる。同時にAT車には足踏み式パーキングブレーキを採用(初代前期と4・5代目のスポーツグレードはAT車でもセンターレバー式パーキングブレーキ)

1983年2月、1G-GEU型エンジン搭載車に電子制御オートマチック (ECT) を設定。
1983年8月、2200cc4気筒L型SOHCディーゼルエンジン搭載車追加。

車名の由来
スペイン語で「西洋の紋章の頂に輝く飾り」と言う意味からつけられている。
[ 2008/05/22 20:53 ] TOYOTA | TB(0) | CM(0)

WILD RUNNER X2 3'14"

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WILD RUNNER X2
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『アウトバーン・コップ』(独:Die Autobahnpolizei)は、ドイツRTLとアクション・コンセプト社が製作するポリスアクションドラマ。

本国ではAlarm für Cobra 11(アラーム・フォー・コブラ11)が正式名称で、1996年3月から放送されている長寿番組。

ちなみにドイツ国内他、海外では本作のビデオゲーム(PC、PS2、Xbox360、携帯アプリなど)も数作リリースされている。

日本では発売元で作品タイトルが異なる。

ヨーロッパ大陸の東西を結ぶ超高速ネットワーク道路“アウトバーン”を舞台に、覆面パトカー「コブラ11号」を駆る私服刑事コンビら高速警察隊の大活躍を描いたドイツのテレビシリーズ。番組原題は「コブラ11へ緊急呼出!」の意。

基本、一話完結あるが、例外もある。(第3シーズンの還らざる海など)
1エピソードで、必ず劇用車のカースタントのシーンがある。スタントの内容も半端ではなく、多重衝突・ジャンプ・爆発はお決まりで、100台近くが玉突き事故を起こすシーンやたまにすさまじく宙を舞うシーン(ダイハード4.0の有名なヘリにパトカーを激突させるシーンに匹敵、もしくはそれ以上)もある。 ちなみに以前から度々使用はされてきたが、最近特に使用回数が増えてきた破壊方法で圧力を使った装置がある(横転時、車体に穴が開いていて煙が出でいる物はその装置によるもの)。

破壊される車も、メーカー・車種・年式等、様々である。高級車・新型車のスタントや破壊・爆破もあり、メルセデス・ベンツ、BMW、ジャガーなどはもちろんのこと、フェラーリやロールス・ロイス、ポルシェ、ヘリ、セスナ(本物かセットかは不明)などが破壊されたこともある。なお、破壊はされていないが、ランボルギーニやマイバッハも登場した。ちなみにフォード、オペル、フォルクスワーゲン、アウディ、サーブ、ボルボがよく破壊される。 また欧州車ばかりではなく、ジープ、クライスラー、キャデラック、ハマーと言った米国車はもちろんのことトヨタ、日産、ホンダ、マツダと言った日本車が(トヨタに至ってはアベンシスとカムリ、ランクル100がドイツのパトカー仕様として)登場したり、最近ではヒュンダイ、キアといった韓国車も登場している。

現在はBMW F30 323i(グレイシャーシルバー)とメルセデス・ベンツ E550クーペC207型(テノライトグレー)が覆面パトカーとして使用されており、フルモデルチェンジすると、新型が登場する。どちらも主にトップラインモデルが採用される。 爆破等のスタントシーンでは、主要車種、悪役使用車、エキストラカー共に先代モデルを現行風に改造された物に摩り替わる等、日本の西部警察に似た様な演出があったが、最近では主役の覆面パトカーを中心に、摩り替わらずそのまま破壊されるケースが多い。

激しい多重事故が発生するシーンでも、死者が出たという設定はあまりない(例えば空高く舞い上がり地上に激突したメルセデス・ベンツ SLKのドライバーが生還するなど)。ただし死者が出た場合は、爆死したり、追突した車に上半身を潰されるなど悲惨な死に方をする場合がある。その場合、現場で棺に入れられた遺体がベンツの霊柩車に乗せられるシーンがよく見られる。 ちなみに第1シーズンから第15シーズンまでは普通のパトカーの色が緑だったが、第16シーズンからは青色になった。

オープニングテーマは第11シーズンから一新されている。またそれまでクライマックスのカーチェイスで流れていた曲も変更されている。またタイトルロゴが第18シーズンからリニューアルされた。

[ 2008/05/23 21:16 ] MOVIE | TB(0) | CM(0)

WILD RUNNER X3 8'02"

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Wild Runner X3
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『アウトバーン・コップ』(独:Die Autobahnpolizei)は、ドイツRTLとアクション・コンセプト社が製作するポリスアクションドラマ。

本国ではAlarm für Cobra 11(アラーム・フォー・コブラ11)が正式名称で、1996年3月から放送されている長寿番組。

ちなみにドイツ国内他、海外では本作のビデオゲーム(PC、PS2、Xbox360、携帯アプリなど)も数作リリースされている。

日本では発売元で作品タイトルが異なる。

基本、一話完結あるが、例外もある。(第3シーズンの還らざる海など)
1エピソードで、必ず劇用車のカースタントのシーンがある。スタントの内容も半端ではなく、多重衝突・ジャンプ・爆発はお決まりで、100台近くが玉突き事故を起こすシーンやたまにすさまじく宙を舞うシーン(ダイハード4.0の有名なヘリにパトカーを激突させるシーンに匹敵、もしくはそれ以上)もある。 ちなみに以前から度々使用はされてきたが、最近特に使用回数が増えてきた破壊方法で圧力を使った装置がある(横転時、車体に穴が開いていて煙が出でいる物はその装置によるもの)。

破壊される車も、メーカー・車種・年式等、様々である。高級車・新型車のスタントや破壊・爆破もあり、メルセデス・ベンツ、BMW、ジャガーなどはもちろんのこと、フェラーリやロールス・ロイス、ポルシェ、ヘリ、セスナ(本物かセットかは不明)などが破壊されたこともある。なお、破壊はされていないが、ランボルギーニやマイバッハも登場した。ちなみにフォード、オペル、フォルクスワーゲン、アウディ、サーブ、ボルボがよく破壊される。 また欧州車ばかりではなく、ジープ、クライスラー、キャデラック、ハマーと言った米国車はもちろんのことトヨタ、日産、ホンダ、マツダと言った日本車が(トヨタに至ってはアベンシスとカムリ、ランクル100がドイツのパトカー仕様として)登場したり、最近ではヒュンダイ、キアといった韓国車も登場している。

現在はBMW F30 323i(グレイシャーシルバー)とメルセデス・ベンツ E550クーペC207型(テノライトグレー)が覆面パトカーとして使用されており、フルモデルチェンジすると、新型が登場する。どちらも主にトップラインモデルが採用される。 爆破等のスタントシーンでは、主要車種、悪役使用車、エキストラカー共に先代モデルを現行風に改造された物に摩り替わる等、日本の西部警察に似た様な演出があったが、最近では主役の覆面パトカーを中心に、摩り替わらずそのまま破壊されるケースが多い。

激しい多重事故が発生するシーンでも、死者が出たという設定はあまりない(例えば空高く舞い上がり地上に激突したメルセデス・ベンツ SLKのドライバーが生還するなど)。ただし死者が出た場合は、爆死したり、追突した車に上半身を潰されるなど悲惨な死に方をする場合がある。その場合、現場で棺に入れられた遺体がベンツの霊柩車に乗せられるシーンがよく見られる。 ちなみに第1シーズンから第15シーズンまでは普通のパトカーの色が緑だったが、第16シーズンからは青色になった。

オープニングテーマは第11シーズンから一新されている。またそれまでクライマックスのカーチェイスで流れていた曲も変更されている。またタイトルロゴが第18シーズンからリニューアルされた。

[ 2008/05/24 21:26 ] MOVIE | TB(0) | CM(0)

Nissan GT-R R35 VS Porsche 911 TURBO 22'32"

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NISSAN_GT-R_R35_VS_PORSCHE_911_TURBO_997_3_of_3
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筑波サーキットで行われたこの勝負、どちらが早いか!

[ 2008/05/25 21:31 ] OPTION/HOTVERSION | TB(0) | CM(0)

Unforeseen Carrace カーレース 予想外な事故集 0'58"

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予想外な事故動画を集めて見ました。

[ 2008/05/26 21:52 ] その他の動画集 | TB(0) | CM(0)

Crash - Canadian GP (June 13 1982) 2'37"

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1982年カナダグランプリは、1982年F1世界選手権の第8戦として、1982年6月13日にサーキット・ジル・ヴィルヌーヴで開催された。
第5戦ベルギーGP予選で事故死したジル・ヴィルヌーヴの業績を称えるためサーキット名が「サーキット・イル・ノートルダム」から「サーキット・ジル・ヴィルヌーヴ」に変更された。
BMWターボエンジンを搭載したブラバムをドライブするネルソン・ピケが優勝、BMWエンジンにF1初優勝をもたらした。

<スタート直後の事故>
決勝スタート前のフォーメーションラップ終了後、後方の集団がグリッドに付くのに手間取りレッドシグナルの点灯が遅れた。この影響で、レッドシグナルが点灯した瞬間にポールポジションのディディエ・ピローニ(フェラーリ)がエンジンストールを起こした。
スタート後、グリッド上に止まったピローニを後続車が避けていったが、予選21番手からスタートしたラウル・ボーセル(マーチ)がピローニと接触、さらにその後方からリカルド・パレッティ(オゼッラ)が160km/hのスピードでフェラーリの後部に正面から衝突した。この衝撃でパレッティのマシンはフロント部がめり込む形で大破した。
レースは中断されピローニやコースマーシャルらが救助活動を開始したが、パレッティは潰れたシャシーに挟まれた状態にあったため救助は難航。さらに大破したマシンから流れ出したガソリンが引火しその消火に追われたこともあり、パレッティが救助されるまで30分が経過していた。
その後ヘリコプターで病院に搬送されたが、内臓破裂(ステアリングが胸部を圧迫したことによる胸郭破裂とも)により2時間後に死亡した。この事故を受け、オゼッラは再スタートに出走せず決勝レースから撤退した。

[ 2008/05/27 22:08 ] その他の動画集 | TB(0) | CM(0)

Russia Car Crash Tunnel 1'23"

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ロシアのトンネル内の事故集を集めた動画です。トンネル内での監視カメラによる事故動画。かなり乱暴な運転が記録されているようです。

[ 2008/05/28 22:36 ] その他の動画集 | TB(0) | CM(0)

Car Crash 爆笑編 1'29"

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まさに他人事。結構楽しいクラッシュ編を集めた動画です。

[ 2008/05/29 22:55 ] その他の動画集 | TB(0) | CM(0)

Rally Car Crash Compilation 3'58"

トップページその他の動画集カテゴリーRally Car Crash Compilation Rally Car Crash Compilation.jpg
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主にラリーカーでのクラッシュ映像を集めた動画です。運転席からの事故瞬間の映像などの動画が多数あります。

[ 2008/05/30 23:10 ] その他の動画集 | TB(0) | CM(0)
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