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ダウンロードしたファイルはFLVプレイヤーでのみ再生が可能です。
FLVプレイヤーは「FLVPLAYERをダウンロードする」をクリックして頂ければダウンロード可能です。
FLVプレイヤーはWINDOWS XPで動作確認がとれております。WINDOWS 98以前のOSやそれ以外のOSでは動作の確認はとれておりません。

(Linux ubuntu Ver710では動画自体をダウンロードすれば自動でコーデックを検索、ダウンロードを行い動画を見ることができます。)

各動画やFLVPLAYERは無料でダウンロード可能です。またインストールも無料のソフトを使用していますので無料でお使い頂くことが可能です。ただし、インストール後の不具合に関しましては自己責任でお願い致します。(とはいっても今までそのようなことはありませんでしたが・・・)

インストール方法
ダウンロードをしたFLVPLAYERをダウンロードしてダブルクリックをすると「flvpex02」といいうファイルが出てきます。それも迷わずダブルクリック。

そうすると「flvpex.exe」というファイルが出てきます。それをダブルクリックし「すべて展開」を選択、クリックを行います。

展開ウィザードを完了させて展開を完了させたら、また「flvpex.exe」という赤い箱型のアイコンが出てくるまでひたすらダブルクリックをする。

「flvpex.exe」という赤い箱型のアイコンが出てきたらそれをダブルクリックするとプレイヤーが表示されますので、そこに各ダウンロードをしたファイルをドラッグさせてやれば見ることができます。

数日前にはaviファイルとしてコーデックをインストールすればWINDOWS上で動画の閲覧が可能でしたが、ファイルが壊れてしまい動画が見れないという現象が起きてしまい、FLVプレイヤーでのみ動画を再生できるように設定を変更させて頂きました。御了承願います。


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[ 2007/07/01 11:14 ] はじめに・・・ | TB(0) | CM(4)

Nissan Skyline RS-TURBO CM 史上最強のスカイライン(DR30) 0'30" 

トップページNISSANカテゴリーNissan Skyline RS-TURBO CM 史上最強のスカイライン(DR30)
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NISSAN スカイライン
通称:ニューマンスカイライン、鉄仮面(後期型RSの通称)
キャッチコピー:New 愛のスカイライン・ニューマン スカイライン・史上最強のスカイライン

1981年8月 R30型発売。アメリカの俳優ポール・ニューマンが広告キャラクターであったため、「ニューマン・スカイライン」と呼ばれた。グレード体系はC210型同様の直列6気筒エンジンを搭載する「GTシリーズ」と直列4気筒エンジンを搭載する「TIシリーズ」の2系列だが、ホイールベースは1種類となった。ボディバリエーションは、4ドアセダン・2ドアハードトップ・5ドアハッチバック・後に追加されるライトバン(エステート)の4種。

ハッチバックはスカイライン史上初である。現在は常識となっているテンパータイヤは、このR30型ハッチバックが日本初採用であり、スペアタイヤに空気圧減圧警告灯なども装備されていた。搭載エンジンは、Z18S型(エステート・TI)、Z18E型/Z20S型/Z20E型(TI)、L20E型/L20ET型/LD28 型(GT)の7機種。

1981年10月 直列4気筒4バルブDOHC FJ20E型エンジン(150ps/6000rpm、18.5kgm/4800rpm)を搭載する「2000RS(DR30型)」を追加。GT-Rの再来と期待されたが、FJ20E型が直列4気筒であるがためにGT-Rを名乗らなかったともいわれている。同時にZ18S型を搭載する「エステート」が追加。

1982年10月 一部変更。「TIシリーズ」の1800cc Z18型エンジンを直列4気筒OHC CA18型/CA18E型エンジンへ変更(FJR30型)。「TI Lエクストラ」および「GT Xエクストラ」を追加し、「2000RS」に60%扁平タイヤを装着。

1983年2月 FJ20E型にターボチャージャーを追加した、FJ20ET型(190ps/6400rpm)を搭載した「2000ターボRS(DR30JFT型)」を追加。歴代スカイラインのどれよりも高出力であったことから「史上最強のスカイライン」というキャッチコピーが用いられる。また、日産は、このモデルにてハコスカ以来となるワークスとしてレースに復帰。

刑事ドラマ西部警察の劇用車として、2ドアハードトップが旧モデルに引続き使われていた。最初に2000RS=1台(マシンRS、ターボ車追加後RS-3に名称変更)が登場し、後に2000ターボRS=2台(RS-1.RS-2)が追加された。

1983年8月 マイナーチェンジにより後期型へ。前後の意匠変更、大型バンパーの採用等を行う。RSの後期型は薄型ヘッドランプ、ラジエーターグリルレスのデザインにより「鉄仮面」と呼ばれた。パワーランバーサポート・パワーステアリング・パワーウインド・カセットコンポを装備した豪華仕様「2000ターボRS-X(DR30XFT型)」を追加。

1983年10月日本初のAT専用グレードであるNAの豪華仕様「2000RS-X(DR30XFE型)」、および15インチアルミホイール、ブロンズガラス、専用ステッカーを装備する「2000ターボGT-E・S ポール・ニューマン・バージョン(HR30JFT型)」を追加。

1983年11月 日産50周年記念限定車「50アニバーサリー バージョン」を設定。これは2ドアハードトップ2000ターボRS-Xをベースに、メッキドアミラー、専用エムブレム、「ハイタッチモケット」と呼ばれる専用の内装(後にオプション設定)を備え、白のほかにガンメタ/赤茶ツートンの専用ボディカラーも用意された。

1984年1月 「2000ターボGT-E・Xパサージュ(HR30GAE型)」を追加。

1984年2月 インタークーラー搭載モデルである「2000ターボインタークーラーRS/RS-X(DR30JFS/DR30XFS)」を追加。このモデルは「ターボC」と呼ばれる、RS -XターボCでは、前述のハイタッチモケット仕様の内装が選択可能となった。インタークーラー付きFJ20ET型エンジンはグロス表示ながら 205ps/6400rpm、25.0kgm/4400rpmを発生させ、いまだに根強いファンを持つ。

1984年8月エンジンの点火系を変更した「プラズマスパークシリーズ」を発売。最強のエンジンでイージードライブが可能になった「2000ターボインタークーラーRS -X A/T(DR30XAS型)」、および「2000ターボGT-E・II(HR30HFT型)」を追加。

1985年8月 モデルチェンジによりR31型に移行されるが、5ドアハッチバックはこのモデル限りで廃止となる。エステート(バン)は1990年2月まで継続生産されるが、こちらもこのモデルを最後に廃止された(後継車はアベニールカーゴ(1990年5月〜1999年6月)、現在はADエキスパートが販売されている。


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[ 2007/07/02 14:25 ] NISSAN | TB(0) | CM(0)

Nissan Sentra/Stanza/Maxima CM 0'30" 

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  • SENTRA(セントラ)・・・日本名、サニー
  • STANZA(スタンザ)・・・日本名、そのまんまのSTANZA
  • MAXIMA(マクシマ)・・・日本名、ブルーバードMAXIMA


NISSAN SENTRA
2代目(B12型)角ばったデザインが特徴であるB12型セントラは、サニーにはない2ドアセダンが設定されていた。
大きく伸ばされた前後バンパーが外観上の特徴で、日本でも人気が高かったモデルである。

NISSAN STANZA
1986年6 月 - 3代目登場。またサブネームの「FX」が取れ正式車名が「スタンザ」に戻った。ボディはハッチバックがなくなり4ドアセダンのみとなり、U11型ブルーバードと基本設計が共通化された。同じ共通設計の兄弟車である3代目オースターとの相違点はフロントノーズの造形が逆スラント形状、リアデッキの造形が非スポイラー形状となっており、トランクリッドの開口部がバンパーレベルからでなく、アッパーレベルからになっている。エンジンは、1600ccSOHC(CA16S・「1.6スプレモ」)と1800ccがあり、後者にはSOHC(CA18i・「1.8スプレモ」)、SOHCターボ(CA18ET・「1.8スプレモ・ターボ」)、DOHC16バルブターボ(CA18DET・「1.8スプレモ・ツインカムターボ」)が設定された。SOHCエンジン全車にツインプラグを採用する。キャッチコピーは「クラッシー・スタンザ」。

1987年2月 - 10周年記念特別仕様車「エクストラサルーン」を発売。

1988年1 月 - マイナーチェンジ。同時期にマイナーチェンジを実施したT12型オースターと同じ形状の前後バンパーを用いる。そのためか全長はマイナーチェンジ後の T12型オースターと同じ数値となっている。CA18ET型エンジンが廃止された代わりにノンターボDOHC16バルブのCA18DE型エンジンが加わる。グレード名は「1.8スプレモ・ツインカム」。キャッチコピーは「URBAN DRY(アーバン・ドライ)」。

1990年、オースターと統合して後継車のプリメーラが誕生した。

NISSAN MAXIMA
1984年10月 U11型ブルーバード・マキシマとして日米同時発売。U11型ブルーバード・マキシマは、U11型ブルーバードのフロントノーズ部分を90mm延長し、セドリックなどのFR車に搭載のVG20ET型・V型6気筒エンジン、専用グリル、大型パンパーなどが与えられていた。

1986年1月 マイナーチェンジでフロントノーズがややスラント化されるのと同時にテールランプのデザイン変更/VG20Eエンジン(自然吸気)車を追加。

1987年5月、車名をそれまでのブルーバード・マキシマから、マキシマとして独立(トランクのエンブレムはNISSAN MAXIMAへ)。形式はU11型のままである。

1987年10月 4気筒エンジンのブルーバード(セダンと4ドアハードトップ)がフルモデルチェンジされたがバン/ワゴン(90年のアベニール登場まで)、6気筒マキシマ(88年まで)はU11型で引き続き生産


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[ 2007/07/03 14:37 ] NISSAN | TB(0) | CM(0)

NISSAN 4×4s CM 1'00" 

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Nissan Patrol → Nissan Safari(日本名)3代目(Y61型)
1997年10月 - Y61型にモデルチェンジ。ねらいは中東砂漠の高速ツアラー。搭載エンジンはTB45E、TD42T、RD28ETi(2ドアハードトップ)。消防車仕様は廃止された。

1999年9月 - マイナーチェンジ。内外装の意匠変更、仕様装備の向上のほか、2ドアハードトップ車に、直列4気筒DOHC直噴ターボ付ディーゼル ZD30DDTi型を搭載。オーテックジャパンの手によるキャンピングカー、「フィールドベース」も変更。

2000年3月 - ZD30DDTi型搭載欧州向けパトロールを第70回ジュネーブモーターショーに出品。

2002年8月 - 日本向けの販売を休止。

2002年11月 - マイナーチェンジを施し日本向けの販売を再開。内外装の意匠変更、装備の向上のほか、新開発の直列6気筒DOHC TB48DEエンジンに5速マニュアルモード付オートマチックトランスミッションを組み合わせる。グレードは4ドアワゴングランロードリミテッドのみとなる。ただし、海外向けはディーゼルエンジンやMTも継続設定される。

2003年6月 - FIAクロスカントリーラリー・ワールドカップ第4戦 ORPIモロッコラリーにスポット参戦。T1クラス3位。

2004年1月 - テレフォニカ・ダカール2004に参戦し、総合22位、T1(市販車無改造)クラス優勝。

2004年8月 - マイナーチェンジ。内外装を大幅変更する。

2004年9月 - 第12回「4x4 24時間atエッソンヌ」T1クラスに参戦。総合47位、クラス17位完走。

2005年2月 - パキスタンへ輸出開始。現地名は「パトロール」。

2007年6月 - 日本国内での販売を終了。

X-Trail 初代(T30型、2000年-2007年)
日本仕様は2000ccガソリン車(QR20DEエンジン搭載の自然吸気と、SR20VETエンジン搭載のターボ)だけだが、ヨーロッパではディーゼル車も設定されている。また、アジア、オーストラリア、中近東では2500ccガソリン車(QR25DEエンジン搭載)が設定されている。

4WDシステムは「オールモード4X4」。

2000年 9月 - パリサロンにコンセプトカー「X-TRAIL」を出展。

200年 10月 - T30型発表。エンジンルームに横置きされるエンジンは、直列4気筒DOHCのQR20DE型およびSR20VET型の2機種。センターメーター、樹脂製フロントフェンダーなどを装備。

11月 - 発売開始。オーテックジャパンによる、専用バンパー、丸型ヘッドランプなどを装備する特別仕様車「style-AX」を発売。

2001年 2月 - SR20VET型搭載車「GT」発売。

10月 - 「St」、「Xt」、およびオーテックジャパンによる、専用バンパー・内装仕様を装備する特別仕様車「ライダー」を追加。

2002年1月 - 第24回トタール・アラス・マドリード・ダカール・ラリーにR50型テラノをベースにVQ35DEを搭載して、VQ35DE搭載D22型ピックアップ、VQ35DE搭載R50型テラノとともに参戦。

6月 - 第7回北京国際モーターショーに出品。

10月 - 「Stt」、「Xtt」、およびオーテックジャパンによる専用バンパー・内装仕様を装備する特別仕様車「アクシス」を追加。

12月 - 高圧水素式燃料電池車「エクストレイル FCV」の国土交通大臣認定を取得。日本国内公道走行試験を開始。

2003年 6月 - マイナーチェンジ。内外装の一部変更、ポップアップステアリング等の仕様・装備の向上の他、グレードの見直しを実施。

9月 - 第60回フランクフルトモーターショーに「X-TRAIL FCV」を出展。

10月 - 第37回東京モーターショーに「X-TRAIL FCV」を出展。

12月 - 11月に「X-TRAIL FCV」03年モデルの国土交通大臣認定を取得したのを受け、限定リース販売を開始。02年モデルに対し、最高速度および航続距離が向上している。2004年にコスモ石油、神奈川県、および横浜市へ納入された。

2004年 1月 - インドニューデリーにて開催された第7回「Auto Expo」に出展。

5月「St」と「Xt」を追加。

8月インドにて発売。

9月パリサロンに「X-TRAIL FCV」03年モデルを出展。

11月 - AMVシャムロックラリー(モロッコ)T2クラスに参戦。総合優勝および総合4位(T2ガソリン車クラス2位)。

12月 - 「St」と「Xt」を廃止し、「Stt」と「Xtt」を追加。

「GT」を一部改良。インテリジェントキーを採用。

2005年
2月 - パキスタンへ輸出開始。

4月 - 「オート上海 2005」に「X-TRAIL FCV」を出展。

12月 - 一部改良を実施。SttとXttに、2リットルのペットボトルが3本収納できる「シートバックXポケット」を新たに設定、「ハイパールーフレール」を標準装備した。また、2006年1月から改定される灯火器技術基準に適合させるために、全グレードにヘッドランプレベライザー、ハイマウントストップランプを標準装備。同時に特別仕様車「スクラッチガードコートエディション」を追加。世界で初めて、塗装表面の擦りキズ痕が復元するクリヤー塗装「スクラッチガードコート」を採用。

2006年
11月 - 一部改良。「Stt」と「Xtt」を廃止。「Sドライビングギア」を追加。特別仕様車として「Xエクストリームレザー」を追加。ボディ色に「アイアングレー」を追加し全7色になった。

2007年
2月19日 - 神奈川都市交通にエクストレイルFCVのハイヤーを納入。日本で初めての燃料電池車のハイヤーとなった。

Nissan Pathfinder 3代目 R51型 (2004年-)
日産・パスファインダー(PATHFINDER)は、日産自動車が生産・販売している海外向け4輪駆動車である。初代WD22型および2代目R50型はそれぞれ「テラノ」の北米、中東向け仕様車であったが、2002年8月に日本向けテラノが生産終了したため、海外専用車種として独立している。

2003年9月 第60回フランクフルトモーターショーにコンセプトカー「Dunehawk(デューンホーク)」を出展。

2004年1月 北米国際オートショーにR51型パスファインダーを出展。3列シートを採用し、7人乗りとなる。生産拠点はテネシー州スマーナ工場。

2004年9月 パリサロンに欧州仕様R51型を出展。新型2.5リッターディーゼルエンジンを搭載する。

同月 北米向けR51型の生産開始。搭載するエンジンはV型6気筒DOHC4.0リッター VQ40DE型。

2005年3月 欧州にて販売開始。欧州向けの生産はスペインにて行われる。

2007年2月 シカゴオートショーに2008年モデルを出展。新たにタイタン/アルマーダと同じV型8気筒DOHC5.6リッター VK56DE型エンジン搭載車種が追加されたほか、内装の意匠を一新して質感の向上を図っている。また、外観も小変更されている。

NISSAN NAVARA
オセアニア・欧州向けは「NAVARA」である。国内では「NAVARA」を湘南日産車体で組み立ていた。現在は、現地生産されている。

ダットサントラックは、日産が生産していたピックアップトラックで現在での国内生産は終了している。 D22〜海外では「FRONTIER」のネーミングで販売されている。「FRONTIER」は国内・海外とも生産されており、北米(日産ノースアメリカINC)・ブラジル・タイ(サイアム日産モーターリミテッド)・スペイン(日産モトールイベリカS.A.)・中国(河南省の鄭州日産汽車公司)の日産工場で生産されている。

NISSAN MURANO 初代 Z50型(2002年 - 2008年)
日本市場においてはトヨタ・ハリアーを意識し、本格的クロカン車のサファリと、小型SUVのエクストレイルの中間に設定されたモデル。

北米市場では近年人気の高い高級ラグジュアリーSUVと位置づけられている。 元々は日本での販売予定はなかったとされるが、アメリカ合衆国での高い評価を受け、2004年9月より国内販売が開始された。 北米、日本のみならず、世界各地域においても販売されており、全ての地域において名称は「ムラーノ」に統一されている。

製造は福岡県京都郡苅田町の日産自動車九州工場で製造されている。

かつてのテラノの後継車種であるという見方もあるが、クロスカントリー色の濃いテラノの直接的な後継は、欧州・北米で多く展開されているパスファインダーやエクステラである。

ティアナなどと同じ、『ニッサン・FF-Lプラットフォーム』を使用する。

エンジンはVQ35DE型V6 3500ccまたはQR25DE型直4 2500cc(2500ccは日本・シンガポール仕様のみ)。

トランスミッションは6速マニュアルモード付きCVT(3500cc)または4速AT(2500cc)になる。駆動方式はFFと3500ccのみ4WDがある。

ムラーノは灰皿とシガーライターが標準装備されておらずディーラーオプションとなっている(マーチなどと同様)。

2002年3月 - 第102回ニューヨーク国際オートショーに出品。

2002年11月 - 北米で販売開始。

2003年2月 - カナダ・トラック・オブ・ザ・イヤーを受賞。

2003年10月 - 第37回東京モーターショーに北米仕様(左ハンドル)を参考出品。

2004年9月2日 - 日本で発売。レッドステージ店で販売する。同月、パリサロンに欧州仕様を出展。

2004年10月29日 - ブルーステージ店での取り扱いを開始。

2005年1月 - 九州工場車両生産累計台数1000万台を記念した期間限定車「カベルネ」を設定。北米向けモデルにのみ採用しているカベルネ色の本革シートをはじめ、装備をした。生産計画台数100台、2005年3月までの期間限定販売。

2005年2月 - ヨーロッパで販売開始。

2005年6月 - 期間限定車「アルテ・カベルネ」を設定。生産計画台数100台、2005年9月までの期間限定販売。

2005年12月27日 - 一部改良。

2007年5月 - 特別仕様車「スタイリッシュシルバーレザー アンコール」を発売。2006年5月に発表した「スタイリッシュシルバーレザー」の復刻版。

2007年9月 - 期間限定車「アルテ・ビアネロッソ」を設定。生産計画台数100台、2008年3月までの期間限定販売。

2007年12月 - 特別仕様車「モードブラウンレザー アンコール」を発売。2006年12月に発表した「モードブラウンレザー」の復刻版。


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[ 2007/07/04 14:58 ] NISSAN | TB(0) | CM(0)

Nissan Safari CM 1'00"  

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NISSAN SAFARI
1997年10月3代目、Y61型にモデルチェンジ。ねらいは中東砂漠の高速ツアラー。搭載エンジンはTB45E、TD42T、RD28ETi(2ドアハードトップ)。消防車仕様は廃止された。

1999年9月 - マイナーチェンジ。内外装の意匠変更、仕様装備の向上のほか、2ドアハードトップ車に、直列4気筒DOHC直噴ターボ付ディーゼル ZD30DDTi型を搭載。オーテックジャパンの手によるキャンピングカー、「フィールドベース」も変更。

2000年3月 - ZD30DDTi型搭載欧州向けパトロールを第70回ジュネーブモーターショーに出品。
2002年8月 - 日本向けの販売を休止。
2002年11月 - マイナーチェンジを施し日本向けの販売を再開。内外装の意匠変更、装備の向上のほか、新開発の直列6気筒DOHC TB48DEエンジンに5速マニュアルモード付オートマチックトランスミッションを組み合わせる。グレードは4ドアワゴングランロードリミテッドのみとなる。ただし、海外向けはディーゼルエンジンやMTも継続設定される。

2003年6月 - FIAクロスカントリーラリー・ワールドカップ第4戦 ORPIモロッコラリーにスポット参戦。T1クラス3位。
2004年1月 - テレフォニカ・ダカール2004に参戦し、総合22位、T1(市販車無改造)クラス優勝。

2004年8月 - マイナーチェンジ。内外装を大幅変更する。
# 2004年9月 - 第12回「4x4 24時間atエッソンヌ」T1クラスに参戦。総合47位、クラス17位完走。
2005年2月 - パキスタンへ輸出開始。現地名は「パトロール」。
2007年6月 - 日本国内での販売を終了。


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[ 2007/07/05 15:04 ] NISSAN | TB(0) | CM(0)

Nissan Rogue Concept Car 0'50" 

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NISSAN ROGUE CONCEPT CAR
コンセプトカーだけあって情報が乏しいです。わかり次第書き込みしていきますんで・・・情報お持ちの方コメントがトラックバックよろしくお願い致します。


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[ 2007/07/06 15:10 ] NISSAN | TB(0) | CM(0)

Isuzu Gemini CM 6'15" 

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いすゞ ジェミニ
2代目は1985年5月、発売された。型式名は1985年に登場した1500ccガソリン車がJT150型、1988年に登場した1600ccDOHCガソリン車がJT190型。そして1500ccディーゼルと1500ccディーゼルターボ車はJT600型。

GMの世界戦略車構想の「Rカー」として、「クオリティ・コンパクト」というコンセプトで、いすゞが単独開発した(Rカーは1984年11月よりGM向けに供給を開始)。駆動方式は前輪駆動を採用。当初は初代(PF60型)の「ZZ」が併売されていた関係で、「FFジェミニ」と称していた。ボディサイズは小型車クラスから大衆車クラスへとサイズダウンされた。

117クーペ以来17年ぶりのいすゞオリジナル設計の乗用車で、モデルチェンジにあたり、アスカとの競合を避け、なおかつ米国市場をも意識して初代より一回り小型のクラス(現在のBセグメント)をターゲットとし、居住性と取り回しの良さを得るためにFF化、パワーステアリングやサーボブレーキなど特に操縦性を重視した設計とされた。このコンセプト内容は、かつて次期ベレット構想時にも検討されていた。

ボディデザインは有名デザイナーのジウジアーロが手がけた。ボディタイプは4ドアセダンと、先代の2ドアクーペに代わって3ドアハッチバックが設定された。

1987年2月に1回目のマイナーチェンジ。特に大きな変更を受けたのはフロントマスクで、サイドマーカーをサイドに回りこませた、通称「つり目」といわれるフォグランプ一体の異型ヘッドライトを採用、同時にグリル形状も変更された。室内も見直しが行われ、インパネやクラスタースイッチの形状変更などが行なわれた。

また、これと同時に先代ジェミニ(PF60型)の製造が終了。差別化の為に付いていた「FF」と言う冠が取れ、「ジェミニ」になった。

1986年には専用の電子制御式ターボ付き1500ccガソリンエンジン「4XC1-T型」を搭載し、足回りを旧・西ドイツのイルムシャー社がチューニングした「イルムシャー」仕様が登場。 2代目ジェミニJT190に搭載の4XE1エンジン 2代目ジェミニJT190に搭載の4XE1エンジン

1988年 には、1600ccの4バルブDOHCエンジン「4XE1型)を搭載し、足回りを英国のロータス社がチューニングしてBBSホイールをオプション設定(ZZ-SEのみ標準装備)した「ZZハンドリング・バイ・ロータス」仕様が追加された。のちに同じエンジンを搭載した1600cc「イルムシャー」も追加される。

「イルムシャー」は高い走行性能を有するヨーロピアン・スポーツ車として、「ZZハンドリング・バイ・ロータス」は高性能ながらも落ち着いた操縦性を有するラグジュアリ・アダルトスポーツ車としての性格付けがなされていた。また、いずれも前席にレカロ社製のセミバケットシートを標準装備していた。

そして1989年2月に2回目のマイナーチェンジ。サイドマーカーの位置がフェンダー部分に変更され、セダンのみ後ろ周りのデザイン変更が行われ、ナンバープレートの位置が、トランクリッド部分からバンパー中央部分に移動されている。

2代目はトヨタ・カローラや日産・サニーなど、強力な競合車種が存在する大衆車クラスに変更された関係で、当初は販売面が憂慮された。しかし、「街の遊撃手」というキャッチコピーそのままに、ジェミニがパリの街並みを踊るように駆け抜けていくテレビCMが評判を呼び、カラーバリエーションも豊富で、一時は月間販売台数でカローラを抜くほどの販売台数を記録した。

2代目の総生産台数は 748,216台(いすゞHPより)。

グレード展開は当初「C/C」を基本グレードとして、実用仕様の4ドア「T/T」と3ドア「D/D」の実質2種類だった。その後、スポーツモデルの「イルムシャー」、「ZZハンドリング・バイ・ロータス」が追加。また、1988年には「C/C」の上級モデルの「G/G」が追加された。

他にも「パティオ」、屋根がキャンバストップになった「C/Cユーロルーフ」、レカロシート装備のターボディーゼル「S/S」、特殊架装のピックアップモデルである「ドゥエドゥ」、ガソリン・ディーゼル共にNAVi5モデルなどが設定されていた。

機構
駆動方式は前輪駆動を採用している。
搭載されたエンジンは1500ccSOHCの4XC1型および同ターボ付の4XC1-T型、1600ccDOHCの4XE1型、1500ccディーゼルの4EC1型および同ターボ付の4EC1-T型。

組み合わされるトランスミッションは当初、5速MTと3速ATでスタートしたが、1986年にコンピューター制御の5速オートマチックであるドライビングロボットこと「NAVi5」を搭載したモデル車が登場した。

サスペンションは四輪独立操架で、前輪にマクファーソンストラットコイル式、後輪にコンパウンドクランクコイルを採用。また、スポーツモデルの「イルムシャー」仕様にはメーカーオプション扱いでビスカス式LSDの装備も可能だった。

ステアリングはラック・アンド・ピニオン式。パワーステアリング仕様も選べた。また、ブレーキには全車サーボが標準装備されたのも特徴の一つである。

初期型
  • 1985年5月 フルモデルチェンジで2代目が登場。1500ccガソリン車(JT150型)のセダンとハッチバックが登場。先代ジェミニ(PF型)の一部モデルが継続販売であった為に「FFジェミニ」と言う名称で販売が開始された。
  • 1985年11月 1500ccディーゼルターボ車、1500ccディーゼル車(共にJT600型)のセダンとハッチバックが登場。
  • 1985年12月 セダン及びハッチバックの「C/C」が、日本産業デザイン振興会主催の1985年度グッドデザイン賞商品に選出された。
  • 1986年1月 特別仕様車「ホワイト・ジェミニ」を限定発売。
  • 1986年2月 特別仕様車「ブラック・ジェミニ」を限定発売。
  • 1986年3月 特別仕様車「ブライトスプリング・ジェミニ」を限定発売。
  • 1986年4月 一部改良で同時に1500ガソリン車のセダン及びハッチバックに、コンピューター制御の5速オートマチック「NAVI-5」搭載モデルが追加。
  • 1986年5月 1500ガソリン車に、インタークーラー付きターボエンジンを搭載したのセダン及びハッチバックの「イルムシャー」(JT150型)を追加。
  • 1986年7月 「C/C」ベースの特別仕様車「サマー・ジェミニ」を限定販売。
  • 1986年9月 特別仕様車「ホワイト・ジェミニ」を限定発売。
  • 1986年12月 「C/C」ベースの特別仕様車「ウインター・ジェミニ」を限定販売。
中期型
  • 1987年2月 マイナーチェンジ。ヘッドライトの形状が変更され、同時にグリル形状やテールレンズも変更。室内もインパネやクラスタースイッチの形状が変更された。
  • 1987年3月 いすゞ自動車創立50周年特別記念車として特別仕様の「C/C」を限定発売。
  • 1987年4月 セダンの1500ccガソリン/ディーゼル車に「パティオ」を追加。通販会社ディノスと提携した専用モデルの「ディノス」を限定発売。グレード名は「E/E」(セダン「T/T」とほぼ同仕様)。
  • 1987年5月 1500ccガソリン車のセダン及びハッチバックに「ユーロルーフ」モデルを追加。1500ccガソリンターボ車に特別仕様車として「イルムシャーRS」を台数限定発売。
  • 1987年6月 1500ccガソリンターボ車のセダン及びハッチバックに、競技用ベース車両で時計、オーディオ、ホイールキャップ等の装備が省略された「イルムシャーR」を追加設定。同月、いすゞ自動車創立50周年特別記念車の第2弾として特別仕様の「C/C」と「イルムシャー」を限定発売。
  • 1987年7月 1500ccディーゼルターボ車のセダン及びハッチバックに「NAVI-5」搭載モデルが追加。
  • 1987年8月 「C/C」ベースの特別仕様車「サマー・ジェミニ」を限定発売。
  • 1987年9月 1500ccガソリンターボ車に特別仕様車として「イルムシャーRS」を200台の台数限定発売。
  • 1987年11月 特別仕様車「ハイクオリティ・ジェミニ」を限定発売。
  • 1988年2月 「NAVI-5」を一部改良。
  • 1988年3月 1600ccのDOHCガソリンエンジン搭載車「ZZハンドリング・バイ・ロータス」(JT190型)を追加。1500ccガソリン車のセダンに「C/C」の上級グレードとして「G/G」を追加。
  • 1988年4月 「C/Cユーロルーフ」ベースでバンパーやサイドプロテクターなどがシルバー(ベース車は素材色)に塗り分けられた2トーンカラーの特別仕様車「C/C-SE・スプリングキュート」を限定発売。
  • 1988年5月 前年に限定発売した「ディノス」が、通販会社「ディノス」でのカタログ販売専用モデルとして追加。
  • 1988年6月 1600ccガソリン車に「イルムシャー」と受注生産の「イルムシャーR」を追加。特別仕様車「クールサマー・ジェミニ」を限定発売。
  • 1988年9月 特別仕様車「オータムエレガント・ジェミニ」を限定発売。
最終型
  • 1989年2月 マイナーチェンジ。外観の変更を行う。特別仕様車「スプリングフィット・ジェミニ」を限定発売。
  • 1989年6月 1500ccガソリン車のセダンに「G/Gリミテッド」を追加。
  • 1989年7月 1600ccガソリン車のセダンに「ZZ-SEハンドリング・バイ・ロータス」を追加。
  • 1989年9月 特別仕様車「オータムフィット・ジェミニ」を限定発売。
  • 1989年11月 特別仕様車「ウインターフィット・ジェミニ」を限定発売。「イルムシャーRS」を台数限定発売。
  • 1990年1月 C/Cベースの特別仕様車「ウインター・ジェミニ」を限定発売。
  • 1990年3月 販売終了。3代目にバトンタッチ。
3代目(JT151・191・641)
3代目は1990年3月登場。ボディサイズは2代目よりも拡大され、競合車種のトヨタ・カローラや日産・サニーなどとほぼ同じになっていた。

形式名は、1500ccガソリン車がJT151F型、1600ccDOHCガソリン車がJT191F型、1600ccDOHCガソリンインタークーラー付きターボ4WD車がJT191S型、1700ccディーゼルターボ車がJT641F型、同4WD車がJT641S型。

これらにホットモデルとして「イルムシャー」仕様および「ZZハンドリング・バイ・ロータス」仕様がラインナップされている点は先代と変わらない。その中でもハイパワーエンジン+フルタイム4WDを搭載したJT191S型は「イルムシャーR」を名乗る最上位ホットモデルである。

デビュー当初4ドアセダンのみの設定だったが、1990年9月にクーペが、翌1991年3月に3ドアハッチバックが追加されている。

セダンは北米市場で「いすゞ・スタイラス」の名称で販売された。

また、派生車種として、米GM社のGEOブランド向けに、フロントフェイスが異なる2ドアクーペ「ジオ・ストーム(日本ではヤナセで販売されていたPAネロと同デザイン)が販売されていた。ジェミニクーペ、ハッチバックはこの「ジオ・ストーム」をフェイスリフトしたモデルとなっている。またストームはその後、2代目ピアッツァのベースになっている。

3代目は技術的に特徴が多く、販売当時ジェミニシリーズが活躍していたラリーフィールドを意識した設計が施されている。「カプセルシェイプ」と銘打った一体型ボディ構造を持ち、強度重視で厚い鉄板を使用したため、当時の1600ccクラス車としては車重は重い部類に入る。

足回りではリアサスペンションに、ストラット式をベースにトーコントロール機構を持たせた4WSの一種である「ニシボリック・サスペンション」が採用されたことが挙げられる。しかし、自動車評論家を招待して満を持して行なわれた試乗会では、サスペンションを誇張するチューニングをした試乗車を用いたため、「腰砕け」や「後席に座ると酔う」などの酷評が相次いだ[要出典]。とは言うものの、レースシーンでの評価は高く、特に日本の国内ラリーシーンにおいては"FF車ベースなのにFR車的なドリフトが出来る"と好評であった。現に1991年、 1992年の全日本ラリー選手権では連続でクラス優勝に輝いている。

デザインは中村史郎を中心にいすゞ社内でまとめられたものであるが、GMの意向が強く影響した点は否めず、欧州車の味わいが売りであったいすゞ車では異例の、アメリカンなデザインとなった。しかし、リアプレスドアがCピラーを兼ねるなど、他に例を見ない斬新なデザイン処理も見られる。

1500ccガソリン車の動力性能は著しく向上したが、肥大化した車体や、グリルレスのフロントフェイス、前が見づらい運転ポジションなど、従来からのいすゞユーザーから不評を買い、ディーラーからも「先代の客に代替で試乗させると売れない」などの声があった。さらに、販売面で重視したはずの米国市場でも販売が振るわず、結果的にこの不振が、いすゞの乗用車事業撤退の決定要因になったとも言われている。

1993年7月限りで生産終了。3代目の総生産台数は 406,625台(いすゞHPより)。

駆動方式は前輪駆動だが、イルムシャーR仕様と一部のターボディーゼル車については4WDを採用している。

エンジンは1500ccSOHCの4XC1型、1600ccDOHCの4XE1型、同インタークーラーターボ付、1700ccディーゼル4EE1型、同インタークーラーターボ付の5種類が搭載された。

組み合わされるトランスミッションは5速MTと電子制御式4速AT。

サスペンションは四輪独立操架で、前輪がマクファーソンストラットコイル、後輪には4WSの一種であるニシボリック・サスペンションを装備する。

ステアリングはパワーステアリング付ラック・アンド・ピニオン式。ブレーキにサーボが標準装備されている点は先代と同様だが、本車は前後輪ともディスクブレーキとなっている。

そのほか、ガソリン車の排気系パイプ類にステンレス材を採用したり、「C/C-X」以上のグレードにヒーター付きドアミラーを標準装備するなどコストを掛けたつくりとなっている。シートは先代のJT0型を踏襲した「ファニチャーシート」と呼ばれるヨーロピアンテイストのデザインだが、クッション硬度を上げたり、前後部別のハイトアジャスターを装備するなどより人間工学に配慮したものとなっていた(「C/C」シリーズのみ)。スポーツ系グレードの前席には先代同様、レカロ社製のセミバケットシートを標準装備していた。

前期型
  • 1990年3月 フルモデルチェンジで3代目が登場。当初はセダンの1500ccガソリン車(JT151F型)、1600ccガソリン車(JT191F型)、1700ccディーゼル車(JT641F型)がラインナップされた。グレード名は1500ccガソリン車と1700ccディーゼル車が「C/C」、「C/C-L」、「C/C-X」「ZZ」。1600ccガソリン車が「ZZハンドリング・バイ・ロータス」。
  • 1990年5月 1600ccガソリン車に「イルムシャー」が追加。
  • 1990年9月 2ドアクーペの1600ccガソリン車(JT191F型)が追加登場。グレードは「OZ」、「OZ-G」。
  • 1991年3月 3ドアハッチバックの1500ccガソリン車(JT151F型)、1600ccガソリン車(JT191F型)が追加登場。グレードは「OZ」、「OZ-G」。1600ccガソリン車のクーペにフルタイム4WD(JT191S型)の「イルムシャーR」と1700ccディーゼル車のセダンに「T/T」が追加。
  • 1991年5月 1600ccガソリン車のハッチバックにフルタイム4WD(JT191S型)の「イルムシャーR」が追加。
  • 1991年6月 特別仕様車「ジョイフルサマー・ジェミニ」を限定発売。特別仕様車「イルムシャーRS」(車体色はミスティックブルーマイカのみ)を100台限定で発売。
  • 1991年9月 特別仕様車「ジョイフルオータム・ジェミニ」を限定発売。
  • 1991年10月 セダンの1700ccディーゼルターボ車にフルタイム4WD(JT641S型)を追加。
  • 1992年1月 初売りの特別仕様車として「初売り仕様車」(一部地域では「初売り・ジェミニ」や「お年玉・ジェミニ」等の名称)を限定発売。
  • 1992年2月 特別仕様車「エンジョイスプリング・ジェミニ」を限定発売。特別仕様車「イルムシャーDSP」(車体色はトーチレッドとエボニーブラック)を135台限定で発売。
中期型
  • 1992年3月 マイナーチェンジ。
  • 1992年6月 特別仕様車「エンジョイサマー・ジェミニ」を限定発売。特別仕様車「イルムシャー・タイプコンペティション」(車体色はトーチレッドのみ)を50台限定で発売。
  • 1992年9月 特別仕様車「ジョイフルオータム・ジェミニ」を限定発売。
後期型
  • 1992年11月 マイナーチェンジ。フロントグリルの追加とテールレンズのデザインを変更。
  • 1993年4月 量販グレード以外は全て注文生産へ。
  • 1993年7月 いすゞ自動車が乗用車生産からの撤退を表明し生産打ち切りが決定。この報道により、在庫車もほとんどが即完売状態に。後継モデルはホンダからのOEM車となった。よって、この3代目が、最後のオリジナルジェミニとなったわけである。
車名の由来は、英語でふたご座を表し、いすゞとGMの協力で誕生したことから、両者のパートナーシップをふたご座に例えて命名。 ちなみに「Tカー」の中、アジア・オセアニア地域におけるオペル・カデットをベースにした車種は、Geminiの名称でいすゞの他に、韓国・セハン自動車(当時、現在のGM大宇)、豪・ホールデンでも販売された。

CM編
2代目は「ジェミニダンシングシリーズ」。パリの町並みの中を、「花のワルツ」などをはじめとするクラシック音楽の名曲の旋律に合わせて、2台のジェミニがまるでワルツを舞うかのようにジャンプや旋回を繰り返したり、何台ものジェミニがぴったりと寄り添って一糸乱れぬ動きを繰り広げる、アクロバティック(ジムカーナ)なCM。当時はCGや合成等の映像技術がまだ発展途上だったこともあり、カースタントによる実写で行われた。CM業界で今もって語り草の伝説的なCMのひとつでもある。

キャッチコピーは、「街の遊撃手。」(句点が付かない場合もある)。コピーライターは、佐藤康明。1987年から。

カースタント監修は、レミー・ジュリアン(en:Rémy Julienne)。

  • 第1弾:1985年(昭和60年)5月 - 12月頃…誕生・セーヌ川編 - 曲名不明
  • 第2弾:1985年(昭和60年)5月以降 - 12月頃…パッシング編 - 曲名不明(第1弾と同曲)
  • 第3弾:1985年(昭和60年)5月以降 - 12月頃…ターボD登場編 - 不明
  • 第4弾:1986年(昭和61年)1月 - 3月頃・12月頃…ワルツ編 - 「花のワルツ」 チャイコフスキー
  • 第5弾:1986年(昭和61年)4月 - 6月頃…雨編 - 「雨に唄えば」 TACO
  • 第6弾:1986年(昭和61年)7月 - 9月頃…ターン編 - 「メリー・ウィドウ」 レハール
  • (第7弾の30秒バージョンから10〜20秒前後付近の映像を使い、上記BGMを流した同時ターンバージョンと2台併走している途中で突然1台が360度スピンターンする単独ターンバージョンの2種類ある。)
  • 第7弾:1986年(昭和61年)9月 - 11月頃…ジャンプ編 - 「コッペリア」 レオ・ドリーブ
  • 第8弾:1987年(昭和62年)1月頃…片輪走行(V字型)編 - 「軍隊行進曲」 シューベルト
  • 第9弾:1987年(昭和62年)2月 - 5月頃…ポワント編 - 「ラデツキー行進曲」 ヨハン・シュトラウス1世
  • 第10弾:1987年(昭和62年)6月 - 8月頃…タンゴ編 - 「ブルー・タンゴ」 ルロイ・アンダーソン
  • 第11弾:1987年(昭和62年)9月 - 12月頃…クロスジャンプ編 - 「トルコ行進曲」 ベートーヴェン
  • 第12弾:1988年(昭和63年)1月 - 5月頃…メトロ編 - 「おおシャンゼリゼ」 ダニエル・ビダル
  • 第13弾:1988年(昭和63年)6月 - 8月頃…ロンド編 - 「女学生のワルツ」 ワルトトイフェル
  • 第14弾:1988年(昭和63年)9月 - 12月頃…ファシネーション編 - 「魅惑のワルツ」 マルケッティ
  • 第15弾:1989年(平成元年)1月 - 5月頃…遊園地編 - 「回転木馬」 グランツベルグ
  • 第16弾:1989年(平成元年)5月 - 9月頃…ホップステップジャンプ編 - 「ボルサリーノのテーマ」 クロード・ボラン
  • 第17弾:1989年(平成元年)9月 - 1990年(平成2年)2月頃…片輪走行編 - 「仔象の行進」 ヘンリー・マンシーニ
3代目のテレビCMは男女の恋愛をテーマにしたものとなった。赤のセダンが彼女、緑又は青のセダンが彼氏と設定されていた。フランス語による会話がアフレコされて、日本語字幕も付いていた。

キャッチコピーは、「才なクルマ。」

  • 1990年(平成2年)3月 - 5月頃… 男と女(誕生・出逢い)編 - 「男と女」 フランシス・レイ
  • 1990年(平成2年)5月末 - 8月頃… 男と女(デート・見とれる)編 - 「幸せを売る男」 J.P.カルヴェット
  • 1990年(平成2年)9月頃 - 不明…クーペ登場編 - 「『ピーターガン』のテーマ」 ヘンリー・マンシーニ
  • 1990年(平成2年)9月 - 1991年(平成3年)3月頃…浮気心編 - 「ベイビーフェイス」 ブライアン・ハイランド
  • 1990年(平成2年)11月 - 1991年(平成3年)1月頃…男と女(映画館へデート)編 - 「パリのめぐり逢い」 フランシス・レイ
  • 1991年(平成3年)2月 - 12月頃…ハッチバック登場編 - 「私のシェリー」 リアーヌ・フォリー

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[ 2007/07/07 15:24 ] ISUZU | TB(0) | CM(0)

GOODYEAR CM タイヤ交換は危険? 2'15" 

トップページGOODYEARカテゴリータイヤ交換は危険?
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GOODYEAR
グッドイヤー・タイヤ・アンド・ラバー・カンパニー(Goodyear Tire and Rubber Company,NYSE:GT)は、アメリカ合衆国のゴム、タイヤメーカー。
同社はフランク・セイバーリングによって1898年に設立された。日・ブリヂストン、仏・ミシュランと並び、世界で最大のタイヤ会社3社の1つであり、世界最大のゴム会社の1つでもある。本社はオハイオ州アクロンに位置する。同社は加硫ゴムの発明者チャールズ・グッドイヤーにちなんでその名が命名されたが、グッドイヤーと同社の直接の関係は無い。

グッドイヤーは同社のロゴを書き込んだ飛行船により世界の至る所で知られている。飛行船は長年同社の航空子会社、グッドイヤー・エアクラフト・カンパニー(第二次世界大戦後にグッドイヤー・エアロスペース・コーポレーションと改名される。)によって整備が行われた。子会社は1987年にジェームズ・ゴールドスミス卿のグリーンメール攻撃(買収した株の高値買い取り要求)による敵対的買収の結果、ローラル・コーポレーションに売却された。

セイバーリングは義理の兄弟から借りた3,500ドルを頭金にして最初のプラントを購入した。グッドイヤー社は1898年8月29日に100,000ドルの資本金で設立された。当初は13人の工員で自転車と馬車のタイヤ、蹄鉄のゴム詰め物、ポーカーチップの製造を行った。

翼の付いた足のロゴマークは1901年にセイバーリングが発案した。初めて登場したのはサタデー・イブニング・ポスト誌の広告であり、セイバーリングは自宅の階段の手すり柱にあったローマ神話のメルクリウス像からロゴを考案した。同年セイバーリングはヘンリー・フォードが自動車レースに参加するに当たり、レース用のタイヤを提示した。

1917年に自社のタイヤの性能証明を行うためオハイオ州アクロンからマサチューセッツ州ボストン市に向けてウィングフット・エクスプレス(the Wingfoot Express)を走らせた。それは24日かけて走破に成功した。1926年にグッドイヤーは世界最大のゴム会社となる。

1986年にジェームズ・ゴールドスミス卿と投資グループが敵対的買収を仕掛け、発行株式の11%を買収したが、翌年には買収攻勢を回避し、グッドイヤーは買収防衛のため子会社の売却と共に工場を閉鎖し大規模なリストラを行った。同年カリフォルニア州からテキサス州に及ぶ「オール・アメリカン」石油パイプラインの完成を発表する。また、子会社のケリー・スプリングフィールド社がメリーランド州に新しい本部の構築を発表した。

グッドイヤーの日本法人、日本グッドイヤー株式会社は1952年に100%出資の子会社として設立された。同社は1999年9月1日に住友ゴム工業株式会社の資本下に入った。そのため国内生産品は住友ゴム工業にて開発から生産まで行われている。

同社はモータースポーツに「イーグル」EAGLE ブランドで製品供給を行っている。F1 には1963年から参戦し、一時は独占供給を行っていた。1998年に撤退するまで通算368勝をあげており、これはタイヤメーカーとしてF1で最多勝記録であり、現在参戦している2位のブリヂストン、ミシュラン(ともに100勝)に対してすら3倍以上の差をつける圧倒的な記録となっている(2006年7月末現在)。ちなみに1965年にグッドイヤーにとっての1勝目を記録したのは日本のホンダであり、1998年の第14戦イタリアグランプリでグッドイヤーにとって最後の1勝を記録したのはフェラーリのミハエル・シューマッハであった。


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[ 2007/07/08 15:42 ] GOODYEAR | TB(0) | CM(0)

Lexus LS600 CM 0'30" 

トップページLEXUSカテゴリーLexus LS600 CM
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LEXUS LS600
レクサス・LS(エルエス)はトヨタ自動車が展開している高級車ブランドレクサスのフラグシップモデルである。従来、日本国内ではトヨタブランドでセルシオとして販売されてきたが、4代目にあたる現行モデルからは、国外同様にLSとして販売されるようになった。なお、車名のLSはLuxury Sedanの頭文字に由来する。

1989年、アメリカでのレクサスブランド導入と同時に販売を開始。以来、世界各国で展開されるようになった同ブランドのフラッグシップモデルである。

それまでは日本車が世界の高級車市場に参入する余地はないとされていた。だが、販売開始後は多くの支持を集め、特に北米で大ヒットし、またたく間に世界に十分通用する高級車として認知されたのであった。その静粛性の高さはメルセデス・ベンツ、BMWなど欧州を代表する自動車メーカーを震撼させた。それ以降、静粛性は高級車にとって非常に重要な要素のひとつとなる。初代LSのエンジンはその当時、世界で最高、最良のV型8気筒といわれた。

日本国内に初代から3代目までのレクサスLSが存在する場合、それらは輸入業者により並行輸入(アメリカ等からの逆輸入)されたものか、あるいは国内仕様のセルシオのエンブレムをレクサスに交換したものである。

初代 「LS400」(1989年-1994年)UCF10
1989年販売開始。同年秋にはセルシオとしてトヨタブランドで日本国内販売されるようになった。それまでトヨタの北米市場では、最高級車としてクレシダが存在していたが、それとは全くの別クラスとなるモデルとして位置づけられた。

  • LS400:4.0L V型8気筒DOHCエンジン 1UZ-FE (260ps/36.0kgm)、4速AT、駆動方式はFR


  • 2代目 「LS400」(1994年-2000年)UCF20
    1994年にモデルチェンジ。
  • LS400:4.0L V型8気筒DOHCエンジン 1UZ-FE(265ps/37.0kgm)、4速AT、駆動方式はFR。
  • 1997年マイナーチェンジ。エンジンにVVT-iが搭載され、5速AT、ディスチャージヘッドランプが採用される。
  • LS400:4.0L V型8気筒DOHCエンジン 1UZ-FE(280ps/41.0kgm)、5速AT、駆動方式はFR。


  • 3代目 「LS430」(2000年-2006年)UCF30
    2000年にモデルチェンジ。
  • LS430:4.3L V型8気筒DOHCエンジン 3UZ-FE(280ps/43.8kgm)、5速AT、駆動方式はFR。
  • 2003年マイナーチェンジ。6速ATやプロジェクター式ヘッドランプ(AFS)が採用される。
  • LS430:4.3L V型8気筒DOHCエンジン 3UZ-FE(280ps/43.8kgm)、6速AT、駆動方式はFR。


  • 4代目 「LS460/LS600h/LS600hL」(2006年-)LS460(USF40)
    2005年10月、東京モーターショーでコンセプトモデルLF-Sh出展。
    2006年1月、デトロイトモーターショーでプロトタイプ発表。
    2006年4月、日本国内で右ハンドル仕様発表。
    2006年9月19日、日本国内でも「LS460」が発売開始となる。セルシオの後継車にあたり、同車のトヨタブランド時代から数えると通算4代目となる。量産乗用車では世界初となるシーケンシャルシフト付き8速AT(8 Super ECT)が搭載されている。ボディサイズは、5030(標準)、5190(ロング)×1875×1465、ホイールベースは2970(標準)、3090(ロング)となり、センチュリーを凌ぐ。日本国内での価格は770万円-965万円。

    日本では、グレードとして"LS460"(標準)、19インチホイール、制動力を高めたブレーキローター、専用チューニングエアサスペンションなどを装備した"version S"、アームレストスイッチや後席パワーシートなど後席の装備を充実させた"version U"があり、各グレードにアルカンターラルーフ、セミアニリン本革シートを装備た"Ipackage"が設定される。なお、"version U"にはステレオカメラフュージョン方式のプリクラッシュセーフティシステムがメーカーオプションで設定されている。これはステレオカメラで前方を監視し、障害物を見つけたらブレーキをかけるというものである。また、ステアリングコラムにもカメラが付いており、運転者がわき見して障害物に接近している場合は音で警告する。

  • LS460:4.6L V型8気筒DOHCエンジン 1UR-FSE(385ps/51.0kgm)、8速AT、駆動方式はFR。
  • LS460L:LS460のロングホイールベース版。日本では発売されていない。

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    [ 2007/07/09 20:38 ] LEXUS | TB(0) | CM(0)

    Toyota Sera CM 0'30" 

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    TOYOTA SERA
    1987年に開催された第27回東京モーターショーに出展された「AXV-供廚了堡硫愁皀妊襪任△襦F閏劼両型車スターレットをベースにしているが、その特徴は上半分ほぼ全てがガラスで占められていること(グラスキャノピー)と、それを実現するために採用されたガルウイングドアである。ガルウイングドアといえばメルセデス・ベンツ 300SLやランボルギーニ・カウンタックに代表される超高級スポーツカーの専売特許であったが、一般レベルで日本で初めて採用したのがこのセラである。走行性能を求めるのではなく、あくまで雰囲気だけを楽しむという斬新な自動車であった。

    ガルウイングと言っても車両によって、採用する理由が様々であり、セラの場合は安価な小型量産車で設計販売を企画し、トヨタの企業イメージのアピールが主な理由である。この構造を可能にする為に用いられた生産技術はハイレベルなものであったが、ルーフ部分をガラスエリアとしたガルウイングの構造上の弱点を出してしまっている。つまり、上半分がほぼ全てガラスであるがゆえに温室のようになってしまい、室内温度が非常に高くなるのである。この為、マイナーチェンジでグラスキャノピーに改良および冷房能力の強化が加えられた。

    デザインが特異などの理由により、セールス的に成功したとはいえない。バブル景気という時代背景があり、外見が特徴的なセラは迷車ではあったが、歴史に残る一台ともいえる。

    ボディサイズの割に重く重量税がかさむのも失敗の一因とと言われたが、実際には車両重量が1000kgを超えるモデルは存在せず、自動車重量税等級はベースモデルと変わらない。ガルウイングドアの構造上、乗降時には周辺のスペースが相当必要な感じも受けるが、高さは車体外寸上の屋根を越えてしまうが、ミニバン程の高さもなく、横への振り出しは43cmと小さい。ただし室内からの開閉には一般的なドアのようにノブを引いて横へ押しても開閉しにくく、やや斜め上へ押し上げて開ける必要がある。

    全長 3860mm、全幅 1650mm、全高 1265mmのコンパクトな外寸に車両重量は890kgに対して、エンジンは1.5Lの水冷直列4気筒DOHC16バルブEFI-S(5E-FHE型)で最高出力110PS、最大トルク13.5kgmで、DOHCと言ってもスポーツツインカムではなく、L40系ターセル/コルサ/カローラII/サイノスの各最上級グレード用を搭載された、ほぼコンベンショナルなハイメカツインカム1本のみであった。もっとも車体構造上ハイパワーエンジンを搭載し加速は良くなっても、ボディ剛性の弱さが強調されるだけになるので、バリエーションを増やさなかった様子。

    登場まもなくの間はオーダーから納車まで数ヶ月を要したが、これはオーダーが殺到したというよりも、特殊な製法や部品の調達などにより月に千台程度しか製造できなかったため。

    ごく少数ではあるが、メーカーオプションでフェンダーミラーを選択しツノが生えて、さらに独特の雰囲気を出してしまった車両も確認されている。

    E型エンジンを搭載していることもあり、スターレット用のターボエンジンに載せ換えるパターンも見られた。


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    [ 2007/07/10 20:49 ] TOYOTA | TB(0) | CM(0)

    Toyota Rav4 (1) CM 1'00" 

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    TOYOTA RAV4
    名前の由来
    Recreational Active Vehicle 4Wheel Drive を略したもの。 またRAV4LのLはLiberty、RAV4JのJはJoyfulを表す。

    モノコック構造の乗用車をベースにしたオフロード車「クロスオーバーSUV」の先駆となった車種である。RAV4の成功を受け他社もCR-V(本田技研工業)、エクストレイル(日産)、フォレスター(スバル)などのクロスオーバーSUVを製造するなどSUV市場に大きな影響を与えた。尚、RAV4の登場に先んじて日本市場ではエスクードが販売されていたが、エスクードはデザインやサイズ等はRAV4等のクロスオーバーSUVと酷似しているものの、本質的には堅牢なラダーフレーム構造を持つクロスカントリー車であるという点で異なる。

    初代RAV4は本国の日本で言う「5ナンバーサイズ」に収まるコンパクトなサイズのSUVであったが、モデルチェンジのたびにボディサイズを拡大、 2代目で3ナンバーサイズとなった。そして3代目は日本国外での販売を重視した事もあり全幅が「5ナンバーサイズ」を大きく超える1815mmになるまでに至った。これによりRAV4は日本ではコンパクトとは言えないサイズとなったが、軽自動車ベースのキャミのフルモデルチェンジを目前に控えており、新型(ラッシュで登場)をひとまわり大きくするため、それに伴う競合を避けるためであろう。主要市場の欧米においては他車種よりもコンパクトなサイズとなっている。生産はトヨタ自動車田原工場とグループ会社の豊田自動織機である。

    その後RAV4はSUVのカローラと呼べるまでに世界中で販売台数を延ばしており、欧州全域・北米・南米・オセアニア・中国・東南アジア・南アフリカなど世界200ヶ国以上で使用される世界戦略車である。

    初代のRAV4は、1993年の東京モーターショーにほぼ市販車の形の参考出品車が披露された後、1994年5月に発売。

    セリカなどのコンポーネンツを流用しながらも、開発を、ランドクルーザーをはじめとする本格オフロードカーを手がける第三開発センターが担当したことから、フロアパネルは独自のものとされ、リアサスペンションも、鍛造リンクを用いた仮想球面支持の専用品となるなど、オン・オフ両面の性能追求のため、惜しみなく技術が投入されることとなった。

    パワートレーンは、直列4気筒 2.0Lガソリンエンジンとトランスミッションを横置きに搭載し、ドライブトレーンは、ベベルギア式のセンターデフを持つ、本格的なフルタイム4WDである。

    当初はコンパクトな3ドアシティユースRVとして登場し、他メーカーに競合車がほとんどなかったことや、CMキャラクターの木村拓哉の影響もあり、好評を博す。 1995年4月には、ホイールベースを延長し、居住性と利便性を向上させた5ドアモデル「RAV4 V(ラヴフォーファイブ)」が追加された。

    しかし、1995年10月にホンダから同クラスではあるものの、センターデフを省略したスタンバイ4WDとするなど、徹底したコストダウンで低価格戦略を採るCR-Vがリリースされ、3ナンバーボディとコラム式ATなどを武器にシェアを伸ばしたため、以後苦戦する。CR-Vに対抗するために、スポーツエンジンである3S-GEを搭載した3ナンバーボディのスポーツモデル、Type Gも追加された。

    シティユースを目的とした車ではあるものの、余裕のある最低地上高や優秀な4WD性能、及びボディ下部が破損しにくい樹脂プロテクターで覆われている事などから、プライベートでは足回りのチューニングを施しオフロードでも力を発揮させるケースもあった。ボルトオンターボも少数ではあるが販売されている。また、セリカGT-FOURに搭載された3S-GTEをスワップしてターボ化も可能である(ワンオフする部分もあり)。

    RAV4をベースとした電気自動車のRAV4EVも後にフリート発売された。

    2代目RAV4は、2000年5月に登場。海外戦略を重視した為に同年のジュネーブモーターショーで海外先行デビューした。カローラ系のコンポーネンツを使用するがフロアパネルは先代同様に専用設計となっている。エンジンは2WD用に1ZZ-FE(1.8L)と4WD用に1AZ-FSE(2.0L直噴)が設定されている。グレードは下からX、X-G、エアロスポーツ、ワイドスポーツの4つでそれぞれに4ATと5MTが組み合わされていたが、2003年8月のマイナーチェンジ時にエアロスポーツ及び、各MT仕様が廃止された。

    当モデルは先代の弱点であった室内空間の貧弱さを克服する方策としてボディサイズを拡大し全モデルで3ナンバーボディサイズとなった(それでも他社製の同クラスSUVに比べると小型であった)。また先代モデルが3ドアモデルメインの開発であったことに対し、当モデルではより居住空間に優れた5ドアモデルメインの開発が行われた。内外装の質向上も著しく、よりシティユースを志向したモデルであると言える。しかし走行性能や室内ユーティリティを強化した2代目 CR-Vや、レジャーユーティリティとスポーツ性能を両立させたエクストレイル等のライバルに再び苦戦を強いられ、さらには日本国内でのSUVブームの沈静化もあり最終的に良好なセールスを記録するには至らなかった。反面、欧米では非常に人気が高く輸出仕様には本革シートを装備したモデルやターボエンジンを搭載したモデルも存在している。CMキャラクターは女優の木村佳乃。

    余談だが、当モデルは2004年-2005年にかけて主に関東方面で組織的な車両盗難被害が頻発した経緯がある。 他社の同クラスSUVを差し置いてRAV4だけが狙われた理由は不明だが、上位車種が軒並み盗難防止装置を強化し盗みにくくなったこともその遠因であろう。

    2005年11月14日3代目RAV4が発売。同年のフランクフルトモーターショーで海外先行デビューした。トヨタの「MCプラットフォーム」を進化させた「新MCプラットフォーム」を初めて採用した市販車。エンジンは1種類で2AZ-FE(2.4L)のみ。グレードは下からX、G、スポーツの3つ。全モデルでCVTのみの設定となる。4WD性能はこれまでのビスカスカップリング式フルタイム4WDではなく、電子制御式4WDに変更された。

    当モデルは先代モデルに比べてさらにボディサイズが拡大され海外市場をより強く意識した内容となっている。また初代から設定されていた3ドアモデルが廃止され5ドアモデルのみの設定となるが、日本国内では2007年8月から派生車種ヴァンガードとして発売された海外向け(欧州以外)モデルは荷室などを延長したロングボディであり、ドア枚数こそ変わらないもののこれまで通りロングとショートの2種類のボディタイプを持つSUVであると言える。 尚、ロングタイプでは3列シートも選択可能で、エンジンは2.4L 直4の他に3.5L V6(北米、豪州等のみ)エンジンも用意されている。

    欧州向けは日本と同じサイズのショートボディであり、4WDモデルしか設定されていない。また他の地域ではみられない、1AZ-FE(2.0L)および 2AD-FTV(2.2Lディーゼル,135ps)、2AD-FHV(2.2Lディーゼル,180ps)エンジンを搭載したモデルもある。なお、ディーゼルエンジンと組み合わされるトランスミッションは6MTのみとなっている。

    日本ではフロントエンブレムに従来のトヨタマークではなく"N"をかたどったエンブレムを採用。これはネッツ店で専売となった車種に順次採用されている。尚、ネッツ店専売モデルになったことで販売店区別であったサブネームの「J」と「L」が消滅しRAV4に車名統合された。これらの取扱車種の統廃合によってRAV4と同じくカローラ店とネッツ店で併売されていたクルーガーはカローラ店の専売モデルとなったが、2007年6月RAV4ロングボディ日本仕様(ヴァンガード)を後継に発売中止となった。

    製作工場は 田原工場 及び 豊田自動織機 長草工場である。 2006年5月より、元宝塚の紺野まひるがテレビCMに出演。CMソングはKOTOの「LOVE FOR YOU」。
    2007年9月6日に特別仕様車X Limited を発売。

    2代目まではRAV4Lはトヨタカローラ店系、RAV4Jはネッツトヨタ店(旧トヨタオート店)系にて取扱っていたが、3代目はネッツ専売となった。


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    [ 2007/07/11 20:55 ] TOYOTA | TB(0) | CM(0)

    Toyota Rav4 (2) CM 0'40" 

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    TOYOTA RAV4
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    Recreational Active Vehicle 4Wheel Drive を略したもの。 またRAV4LのLはLiberty、RAV4JのJはJoyfulを表す。

    モノコック構造の乗用車をベースにしたオフロード車「クロスオーバーSUV」の先駆となった車種である。RAV4の成功を受け他社もCR-V(本田技研工業)、エクストレイル(日産)、フォレスター(スバル)などのクロスオーバーSUVを製造するなどSUV市場に大きな影響を与えた。尚、RAV4の登場に先んじて日本市場ではエスクードが販売されていたが、エスクードはデザインやサイズ等はRAV4等のクロスオーバーSUVと酷似しているものの、本質的には堅牢なラダーフレーム構造を持つクロスカントリー車であるという点で異なる。

    初代RAV4は本国の日本で言う「5ナンバーサイズ」に収まるコンパクトなサイズのSUVであったが、モデルチェンジのたびにボディサイズを拡大、 2代目で3ナンバーサイズとなった。そして3代目は日本国外での販売を重視した事もあり全幅が「5ナンバーサイズ」を大きく超える1815mmになるまでに至った。これによりRAV4は日本ではコンパクトとは言えないサイズとなったが、軽自動車ベースのキャミのフルモデルチェンジを目前に控えており、新型(ラッシュで登場)をひとまわり大きくするため、それに伴う競合を避けるためであろう。主要市場の欧米においては他車種よりもコンパクトなサイズとなっている。生産はトヨタ自動車田原工場とグループ会社の豊田自動織機である。

    その後RAV4はSUVのカローラと呼べるまでに世界中で販売台数を延ばしており、欧州全域・北米・南米・オセアニア・中国・東南アジア・南アフリカなど世界200ヶ国以上で使用される世界戦略車である。

    初代のRAV4は、1993年の東京モーターショーにほぼ市販車の形の参考出品車が披露された後、1994年5月に発売。

    セリカなどのコンポーネンツを流用しながらも、開発を、ランドクルーザーをはじめとする本格オフロードカーを手がける第三開発センターが担当したことから、フロアパネルは独自のものとされ、リアサスペンションも、鍛造リンクを用いた仮想球面支持の専用品となるなど、オン・オフ両面の性能追求のため、惜しみなく技術が投入されることとなった。

    パワートレーンは、直列4気筒 2.0Lガソリンエンジンとトランスミッションを横置きに搭載し、ドライブトレーンは、ベベルギア式のセンターデフを持つ、本格的なフルタイム4WDである。

    当初はコンパクトな3ドアシティユースRVとして登場し、他メーカーに競合車がほとんどなかったことや、CMキャラクターの木村拓哉の影響もあり、好評を博す。 1995年4月には、ホイールベースを延長し、居住性と利便性を向上させた5ドアモデル「RAV4 V(ラヴフォーファイブ)」が追加された。

    しかし、1995年10月にホンダから同クラスではあるものの、センターデフを省略したスタンバイ4WDとするなど、徹底したコストダウンで低価格戦略を採るCR-Vがリリースされ、3ナンバーボディとコラム式ATなどを武器にシェアを伸ばしたため、以後苦戦する。CR-Vに対抗するために、スポーツエンジンである3S-GEを搭載した3ナンバーボディのスポーツモデル、Type Gも追加された。

    シティユースを目的とした車ではあるものの、余裕のある最低地上高や優秀な4WD性能、及びボディ下部が破損しにくい樹脂プロテクターで覆われている事などから、プライベートでは足回りのチューニングを施しオフロードでも力を発揮させるケースもあった。ボルトオンターボも少数ではあるが販売されている。また、セリカGT-FOURに搭載された3S-GTEをスワップしてターボ化も可能である(ワンオフする部分もあり)。

    RAV4をベースとした電気自動車のRAV4EVも後にフリート発売された。

    2代目RAV4は、2000年5月に登場。海外戦略を重視した為に同年のジュネーブモーターショーで海外先行デビューした。カローラ系のコンポーネンツを使用するがフロアパネルは先代同様に専用設計となっている。エンジンは2WD用に1ZZ-FE(1.8L)と4WD用に1AZ-FSE(2.0L直噴)が設定されている。グレードは下からX、X-G、エアロスポーツ、ワイドスポーツの4つでそれぞれに4ATと5MTが組み合わされていたが、2003年8月のマイナーチェンジ時にエアロスポーツ及び、各MT仕様が廃止された。

    当モデルは先代の弱点であった室内空間の貧弱さを克服する方策としてボディサイズを拡大し全モデルで3ナンバーボディサイズとなった(それでも他社製の同クラスSUVに比べると小型であった)。また先代モデルが3ドアモデルメインの開発であったことに対し、当モデルではより居住空間に優れた5ドアモデルメインの開発が行われた。内外装の質向上も著しく、よりシティユースを志向したモデルであると言える。しかし走行性能や室内ユーティリティを強化した2代目 CR-Vや、レジャーユーティリティとスポーツ性能を両立させたエクストレイル等のライバルに再び苦戦を強いられ、さらには日本国内でのSUVブームの沈静化もあり最終的に良好なセールスを記録するには至らなかった。反面、欧米では非常に人気が高く輸出仕様には本革シートを装備したモデルやターボエンジンを搭載したモデルも存在している。CMキャラクターは女優の木村佳乃。

    余談だが、当モデルは2004年-2005年にかけて主に関東方面で組織的な車両盗難被害が頻発した経緯がある。 他社の同クラスSUVを差し置いてRAV4だけが狙われた理由は不明だが、上位車種が軒並み盗難防止装置を強化し盗みにくくなったこともその遠因であろう。

    2005年11月14日3代目RAV4が発売。同年のフランクフルトモーターショーで海外先行デビューした。トヨタの「MCプラットフォーム」を進化させた「新MCプラットフォーム」を初めて採用した市販車。エンジンは1種類で2AZ-FE(2.4L)のみ。グレードは下からX、G、スポーツの3つ。全モデルでCVTのみの設定となる。4WD性能はこれまでのビスカスカップリング式フルタイム4WDではなく、電子制御式4WDに変更された。

    当モデルは先代モデルに比べてさらにボディサイズが拡大され海外市場をより強く意識した内容となっている。また初代から設定されていた3ドアモデルが廃止され5ドアモデルのみの設定となるが、日本国内では2007年8月から派生車種ヴァンガードとして発売された海外向け(欧州以外)モデルは荷室などを延長したロングボディであり、ドア枚数こそ変わらないもののこれまで通りロングとショートの2種類のボディタイプを持つSUVであると言える。 尚、ロングタイプでは3列シートも選択可能で、エンジンは2.4L 直4の他に3.5L V6(北米、豪州等のみ)エンジンも用意されている。

    欧州向けは日本と同じサイズのショートボディであり、4WDモデルしか設定されていない。また他の地域ではみられない、1AZ-FE(2.0L)および 2AD-FTV(2.2Lディーゼル,135ps)、2AD-FHV(2.2Lディーゼル,180ps)エンジンを搭載したモデルもある。なお、ディーゼルエンジンと組み合わされるトランスミッションは6MTのみとなっている。

    日本ではフロントエンブレムに従来のトヨタマークではなく"N"をかたどったエンブレムを採用。これはネッツ店で専売となった車種に順次採用されている。尚、ネッツ店専売モデルになったことで販売店区別であったサブネームの「J」と「L」が消滅しRAV4に車名統合された。これらの取扱車種の統廃合によってRAV4と同じくカローラ店とネッツ店で併売されていたクルーガーはカローラ店の専売モデルとなったが、2007年6月RAV4ロングボディ日本仕様(ヴァンガード)を後継に発売中止となった。

    製作工場は 田原工場 及び 豊田自動織機 長草工場である。 2006年5月より、元宝塚の紺野まひるがテレビCMに出演。CMソングはKOTOの「LOVE FOR YOU」。
    2007年9月6日に特別仕様車X Limited を発売。

    2代目まではRAV4Lはトヨタカローラ店系、RAV4Jはネッツトヨタ店(旧トヨタオート店)系にて取扱っていたが、3代目はネッツ専売となった。


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    [ 2007/07/12 21:01 ] TOYOTA | TB(0) | CM(0)

    Toyota Rav4 (3) CM 1'05" 

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    TOYOTA RAV4
    名前の由来
    Recreational Active Vehicle 4Wheel Drive を略したもの。 またRAV4LのLはLiberty、RAV4JのJはJoyfulを表す。

    モノコック構造の乗用車をベースにしたオフロード車「クロスオーバーSUV」の先駆となった車種である。RAV4の成功を受け他社もCR-V(本田技研工業)、エクストレイル(日産)、フォレスター(スバル)などのクロスオーバーSUVを製造するなどSUV市場に大きな影響を与えた。尚、RAV4の登場に先んじて日本市場ではエスクードが販売されていたが、エスクードはデザインやサイズ等はRAV4等のクロスオーバーSUVと酷似しているものの、本質的には堅牢なラダーフレーム構造を持つクロスカントリー車であるという点で異なる。

    初代RAV4は本国の日本で言う「5ナンバーサイズ」に収まるコンパクトなサイズのSUVであったが、モデルチェンジのたびにボディサイズを拡大、 2代目で3ナンバーサイズとなった。そして3代目は日本国外での販売を重視した事もあり全幅が「5ナンバーサイズ」を大きく超える1815mmになるまでに至った。これによりRAV4は日本ではコンパクトとは言えないサイズとなったが、軽自動車ベースのキャミのフルモデルチェンジを目前に控えており、新型(ラッシュで登場)をひとまわり大きくするため、それに伴う競合を避けるためであろう。主要市場の欧米においては他車種よりもコンパクトなサイズとなっている。生産はトヨタ自動車田原工場とグループ会社の豊田自動織機である。

    その後RAV4はSUVのカローラと呼べるまでに世界中で販売台数を延ばしており、欧州全域・北米・南米・オセアニア・中国・東南アジア・南アフリカなど世界200ヶ国以上で使用される世界戦略車である。

    初代のRAV4は、1993年の東京モーターショーにほぼ市販車の形の参考出品車が披露された後、1994年5月に発売。

    セリカなどのコンポーネンツを流用しながらも、開発を、ランドクルーザーをはじめとする本格オフロードカーを手がける第三開発センターが担当したことから、フロアパネルは独自のものとされ、リアサスペンションも、鍛造リンクを用いた仮想球面支持の専用品となるなど、オン・オフ両面の性能追求のため、惜しみなく技術が投入されることとなった。

    パワートレーンは、直列4気筒 2.0Lガソリンエンジンとトランスミッションを横置きに搭載し、ドライブトレーンは、ベベルギア式のセンターデフを持つ、本格的なフルタイム4WDである。

    当初はコンパクトな3ドアシティユースRVとして登場し、他メーカーに競合車がほとんどなかったことや、CMキャラクターの木村拓哉の影響もあり、好評を博す。 1995年4月には、ホイールベースを延長し、居住性と利便性を向上させた5ドアモデル「RAV4 V(ラヴフォーファイブ)」が追加された。

    しかし、1995年10月にホンダから同クラスではあるものの、センターデフを省略したスタンバイ4WDとするなど、徹底したコストダウンで低価格戦略を採るCR-Vがリリースされ、3ナンバーボディとコラム式ATなどを武器にシェアを伸ばしたため、以後苦戦する。CR-Vに対抗するために、スポーツエンジンである3S-GEを搭載した3ナンバーボディのスポーツモデル、Type Gも追加された。

    シティユースを目的とした車ではあるものの、余裕のある最低地上高や優秀な4WD性能、及びボディ下部が破損しにくい樹脂プロテクターで覆われている事などから、プライベートでは足回りのチューニングを施しオフロードでも力を発揮させるケースもあった。ボルトオンターボも少数ではあるが販売されている。また、セリカGT-FOURに搭載された3S-GTEをスワップしてターボ化も可能である(ワンオフする部分もあり)。

    RAV4をベースとした電気自動車のRAV4EVも後にフリート発売された。

    2代目RAV4は、2000年5月に登場。海外戦略を重視した為に同年のジュネーブモーターショーで海外先行デビューした。カローラ系のコンポーネンツを使用するがフロアパネルは先代同様に専用設計となっている。エンジンは2WD用に1ZZ-FE(1.8L)と4WD用に1AZ-FSE(2.0L直噴)が設定されている。グレードは下からX、X-G、エアロスポーツ、ワイドスポーツの4つでそれぞれに4ATと5MTが組み合わされていたが、2003年8月のマイナーチェンジ時にエアロスポーツ及び、各MT仕様が廃止された。

    当モデルは先代の弱点であった室内空間の貧弱さを克服する方策としてボディサイズを拡大し全モデルで3ナンバーボディサイズとなった(それでも他社製の同クラスSUVに比べると小型であった)。また先代モデルが3ドアモデルメインの開発であったことに対し、当モデルではより居住空間に優れた5ドアモデルメインの開発が行われた。内外装の質向上も著しく、よりシティユースを志向したモデルであると言える。しかし走行性能や室内ユーティリティを強化した2代目 CR-Vや、レジャーユーティリティとスポーツ性能を両立させたエクストレイル等のライバルに再び苦戦を強いられ、さらには日本国内でのSUVブームの沈静化もあり最終的に良好なセールスを記録するには至らなかった。反面、欧米では非常に人気が高く輸出仕様には本革シートを装備したモデルやターボエンジンを搭載したモデルも存在している。CMキャラクターは女優の木村佳乃。

    余談だが、当モデルは2004年-2005年にかけて主に関東方面で組織的な車両盗難被害が頻発した経緯がある。 他社の同クラスSUVを差し置いてRAV4だけが狙われた理由は不明だが、上位車種が軒並み盗難防止装置を強化し盗みにくくなったこともその遠因であろう。

    2005年11月14日3代目RAV4が発売。同年のフランクフルトモーターショーで海外先行デビューした。トヨタの「MCプラットフォーム」を進化させた「新MCプラットフォーム」を初めて採用した市販車。エンジンは1種類で2AZ-FE(2.4L)のみ。グレードは下からX、G、スポーツの3つ。全モデルでCVTのみの設定となる。4WD性能はこれまでのビスカスカップリング式フルタイム4WDではなく、電子制御式4WDに変更された。

    当モデルは先代モデルに比べてさらにボディサイズが拡大され海外市場をより強く意識した内容となっている。また初代から設定されていた3ドアモデルが廃止され5ドアモデルのみの設定となるが、日本国内では2007年8月から派生車種ヴァンガードとして発売された海外向け(欧州以外)モデルは荷室などを延長したロングボディであり、ドア枚数こそ変わらないもののこれまで通りロングとショートの2種類のボディタイプを持つSUVであると言える。 尚、ロングタイプでは3列シートも選択可能で、エンジンは2.4L 直4の他に3.5L V6(北米、豪州等のみ)エンジンも用意されている。

    欧州向けは日本と同じサイズのショートボディであり、4WDモデルしか設定されていない。また他の地域ではみられない、1AZ-FE(2.0L)および 2AD-FTV(2.2Lディーゼル,135ps)、2AD-FHV(2.2Lディーゼル,180ps)エンジンを搭載したモデルもある。なお、ディーゼルエンジンと組み合わされるトランスミッションは6MTのみとなっている。

    日本ではフロントエンブレムに従来のトヨタマークではなく"N"をかたどったエンブレムを採用。これはネッツ店で専売となった車種に順次採用されている。尚、ネッツ店専売モデルになったことで販売店区別であったサブネームの「J」と「L」が消滅しRAV4に車名統合された。これらの取扱車種の統廃合によってRAV4と同じくカローラ店とネッツ店で併売されていたクルーガーはカローラ店の専売モデルとなったが、2007年6月RAV4ロングボディ日本仕様(ヴァンガード)を後継に発売中止となった。

    製作工場は 田原工場 及び 豊田自動織機 長草工場である。 2006年5月より、元宝塚の紺野まひるがテレビCMに出演。CMソングはKOTOの「LOVE FOR YOU」。
    2007年9月6日に特別仕様車X Limited を発売。

    2代目まではRAV4Lはトヨタカローラ店系、RAV4Jはネッツトヨタ店(旧トヨタオート店)系にて取扱っていたが、3代目はネッツ専売となった。


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