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WILD RUNNER X2 3'14"

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WILD RUNNER X2
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『アウトバーン・コップ』(独:Die Autobahnpolizei)は、ドイツRTLとアクション・コンセプト社が製作するポリスアクションドラマ。

本国ではAlarm für Cobra 11(アラーム・フォー・コブラ11)が正式名称で、1996年3月から放送されている長寿番組。

ちなみにドイツ国内他、海外では本作のビデオゲーム(PC、PS2、Xbox360、携帯アプリなど)も数作リリースされている。

日本では発売元で作品タイトルが異なる。

ヨーロッパ大陸の東西を結ぶ超高速ネットワーク道路“アウトバーン”を舞台に、覆面パトカー「コブラ11号」を駆る私服刑事コンビら高速警察隊の大活躍を描いたドイツのテレビシリーズ。番組原題は「コブラ11へ緊急呼出!」の意。

基本、一話完結あるが、例外もある。(第3シーズンの還らざる海など)
1エピソードで、必ず劇用車のカースタントのシーンがある。スタントの内容も半端ではなく、多重衝突・ジャンプ・爆発はお決まりで、100台近くが玉突き事故を起こすシーンやたまにすさまじく宙を舞うシーン(ダイハード4.0の有名なヘリにパトカーを激突させるシーンに匹敵、もしくはそれ以上)もある。 ちなみに以前から度々使用はされてきたが、最近特に使用回数が増えてきた破壊方法で圧力を使った装置がある(横転時、車体に穴が開いていて煙が出でいる物はその装置によるもの)。

破壊される車も、メーカー・車種・年式等、様々である。高級車・新型車のスタントや破壊・爆破もあり、メルセデス・ベンツ、BMW、ジャガーなどはもちろんのこと、フェラーリやロールス・ロイス、ポルシェ、ヘリ、セスナ(本物かセットかは不明)などが破壊されたこともある。なお、破壊はされていないが、ランボルギーニやマイバッハも登場した。ちなみにフォード、オペル、フォルクスワーゲン、アウディ、サーブ、ボルボがよく破壊される。 また欧州車ばかりではなく、ジープ、クライスラー、キャデラック、ハマーと言った米国車はもちろんのことトヨタ、日産、ホンダ、マツダと言った日本車が(トヨタに至ってはアベンシスとカムリ、ランクル100がドイツのパトカー仕様として)登場したり、最近ではヒュンダイ、キアといった韓国車も登場している。

現在はBMW F30 323i(グレイシャーシルバー)とメルセデス・ベンツ E550クーペC207型(テノライトグレー)が覆面パトカーとして使用されており、フルモデルチェンジすると、新型が登場する。どちらも主にトップラインモデルが採用される。 爆破等のスタントシーンでは、主要車種、悪役使用車、エキストラカー共に先代モデルを現行風に改造された物に摩り替わる等、日本の西部警察に似た様な演出があったが、最近では主役の覆面パトカーを中心に、摩り替わらずそのまま破壊されるケースが多い。

激しい多重事故が発生するシーンでも、死者が出たという設定はあまりない(例えば空高く舞い上がり地上に激突したメルセデス・ベンツ SLKのドライバーが生還するなど)。ただし死者が出た場合は、爆死したり、追突した車に上半身を潰されるなど悲惨な死に方をする場合がある。その場合、現場で棺に入れられた遺体がベンツの霊柩車に乗せられるシーンがよく見られる。 ちなみに第1シーズンから第15シーズンまでは普通のパトカーの色が緑だったが、第16シーズンからは青色になった。

オープニングテーマは第11シーズンから一新されている。またそれまでクライマックスのカーチェイスで流れていた曲も変更されている。またタイトルロゴが第18シーズンからリニューアルされた。

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[ 2008/05/23 21:16 ] MOVIE | TB(0) | CM(0)

WILD RUNNER X3 8'02"

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Wild Runner X3
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『アウトバーン・コップ』(独:Die Autobahnpolizei)は、ドイツRTLとアクション・コンセプト社が製作するポリスアクションドラマ。

本国ではAlarm für Cobra 11(アラーム・フォー・コブラ11)が正式名称で、1996年3月から放送されている長寿番組。

ちなみにドイツ国内他、海外では本作のビデオゲーム(PC、PS2、Xbox360、携帯アプリなど)も数作リリースされている。

日本では発売元で作品タイトルが異なる。

基本、一話完結あるが、例外もある。(第3シーズンの還らざる海など)
1エピソードで、必ず劇用車のカースタントのシーンがある。スタントの内容も半端ではなく、多重衝突・ジャンプ・爆発はお決まりで、100台近くが玉突き事故を起こすシーンやたまにすさまじく宙を舞うシーン(ダイハード4.0の有名なヘリにパトカーを激突させるシーンに匹敵、もしくはそれ以上)もある。 ちなみに以前から度々使用はされてきたが、最近特に使用回数が増えてきた破壊方法で圧力を使った装置がある(横転時、車体に穴が開いていて煙が出でいる物はその装置によるもの)。

破壊される車も、メーカー・車種・年式等、様々である。高級車・新型車のスタントや破壊・爆破もあり、メルセデス・ベンツ、BMW、ジャガーなどはもちろんのこと、フェラーリやロールス・ロイス、ポルシェ、ヘリ、セスナ(本物かセットかは不明)などが破壊されたこともある。なお、破壊はされていないが、ランボルギーニやマイバッハも登場した。ちなみにフォード、オペル、フォルクスワーゲン、アウディ、サーブ、ボルボがよく破壊される。 また欧州車ばかりではなく、ジープ、クライスラー、キャデラック、ハマーと言った米国車はもちろんのことトヨタ、日産、ホンダ、マツダと言った日本車が(トヨタに至ってはアベンシスとカムリ、ランクル100がドイツのパトカー仕様として)登場したり、最近ではヒュンダイ、キアといった韓国車も登場している。

現在はBMW F30 323i(グレイシャーシルバー)とメルセデス・ベンツ E550クーペC207型(テノライトグレー)が覆面パトカーとして使用されており、フルモデルチェンジすると、新型が登場する。どちらも主にトップラインモデルが採用される。 爆破等のスタントシーンでは、主要車種、悪役使用車、エキストラカー共に先代モデルを現行風に改造された物に摩り替わる等、日本の西部警察に似た様な演出があったが、最近では主役の覆面パトカーを中心に、摩り替わらずそのまま破壊されるケースが多い。

激しい多重事故が発生するシーンでも、死者が出たという設定はあまりない(例えば空高く舞い上がり地上に激突したメルセデス・ベンツ SLKのドライバーが生還するなど)。ただし死者が出た場合は、爆死したり、追突した車に上半身を潰されるなど悲惨な死に方をする場合がある。その場合、現場で棺に入れられた遺体がベンツの霊柩車に乗せられるシーンがよく見られる。 ちなみに第1シーズンから第15シーズンまでは普通のパトカーの色が緑だったが、第16シーズンからは青色になった。

オープニングテーマは第11シーズンから一新されている。またそれまでクライマックスのカーチェイスで流れていた曲も変更されている。またタイトルロゴが第18シーズンからリニューアルされた。

[ 2008/05/24 21:26 ] MOVIE | TB(0) | CM(0)

Death Race (1) 13'54"

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『デス・レース』(原題: Death Race)は2008年のアメリカ映画。カルト的な人気を誇った『デス・レース2000年』のリメイクである。 オリジナル版同様、B級映画の帝王と称されるロジャー・コーマンがプロデューサーを務め、オリジナル版で主演"フランケンシュタイン"を務めたデヴィッド・キャラダインが、先代"フランケンシュタイン"の声でカメオ出演している。

2012年、経済的危機に陥り治安が悪化したアメリカ。民営化された刑務所では囚人に武装カーによる過激なレースを行わせ、それをネット中継するというデス・レースが人気を呼んでいた。レースで勝利したものには自由が与えられるが、負けた者は無惨な死が待っている。ある日、妻殺しの冤罪で投獄された元レーサーのジェンセンは前回のレースで戦死した人気レーサーである"フランケンシュタイン"としてデス・レースに参加することになる。

彼の前に立ちはだかるのは、先代"フランケンシュタイン"を殺害した黒人のマシンガン・ジョー、刑務所内の"白人同盟"のリーダーであるパチェンコ、中華系のインテリ犯罪者14K、全身に刺青を入れ刑務所長を崇拝するグリム、ジェンセンと同じ元レーサーで、飲酒運転による傷害致死で服役中のコルト、その他カーソン、リギンス、サイアドといった凶悪犯ばかりのレーサー達。助手席に乗るナビゲーターの美女ケースとともに、ジェンセンは凄惨なレースを生き残っていくうちに、そもそもの原因である妻殺しの真相にたどり着く。

登場車
本作で使用される車はリメイク元と違い、実在の車に防弾装甲や機関銃やミサイルランチャーなどを装備したデザインとなっている。

フォード・マスタングGT(先代"フランケンシュタイン"及び、ジェンセンの車)
ダッジ・ラム(マシンガン・ジョーの車)
ビュイック・リヴィエラ(パチェンコの車)
ポルシェ 911(14Kの車)
クライスラー・300C(ヘクター・グリムの車)
ジャガー・XJS(コルトの車)
ポンティアック・トランザム(カーソンの車) ビュイック・リヴィエラ・ボートテール(リギンスの車)
BMW・E32(サイアドの車)

[ 2008/10/09 13:01 ] MOVIE | TB(0) | CM(0)

Death Race (2) 10'24"

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『デス・レース』(原題: Death Race)は2008年のアメリカ映画。カルト的な人気を誇った『デス・レース2000年』のリメイクである。 オリジナル版同様、B級映画の帝王と称されるロジャー・コーマンがプロデューサーを務め、オリジナル版で主演"フランケンシュタイン"を務めたデヴィッド・キャラダインが、先代"フランケンシュタイン"の声でカメオ出演している。

2012年、経済的危機に陥り治安が悪化したアメリカ。民営化された刑務所では囚人に武装カーによる過激なレースを行わせ、それをネット中継するというデス・レースが人気を呼んでいた。レースで勝利したものには自由が与えられるが、負けた者は無惨な死が待っている。ある日、妻殺しの冤罪で投獄された元レーサーのジェンセンは前回のレースで戦死した人気レーサーである"フランケンシュタイン"としてデス・レースに参加することになる。

彼の前に立ちはだかるのは、先代"フランケンシュタイン"を殺害した黒人のマシンガン・ジョー、刑務所内の"白人同盟"のリーダーであるパチェンコ、中華系のインテリ犯罪者14K、全身に刺青を入れ刑務所長を崇拝するグリム、ジェンセンと同じ元レーサーで、飲酒運転による傷害致死で服役中のコルト、その他カーソン、リギンス、サイアドといった凶悪犯ばかりのレーサー達。助手席に乗るナビゲーターの美女ケースとともに、ジェンセンは凄惨なレースを生き残っていくうちに、そもそもの原因である妻殺しの真相にたどり着く。

登場車
本作で使用される車はリメイク元と違い、実在の車に防弾装甲や機関銃やミサイルランチャーなどを装備したデザインとなっている。

フォード・マスタングGT(先代"フランケンシュタイン"及び、ジェンセンの車)
ダッジ・ラム(マシンガン・ジョーの車)
ビュイック・リヴィエラ(パチェンコの車)
ポルシェ 911(14Kの車)
クライスラー・300C(ヘクター・グリムの車)
ジャガー・XJS(コルトの車)
ポンティアック・トランザム(カーソンの車) ビュイック・リヴィエラ・ボートテール(リギンスの車)
BMW・E32(サイアドの車)

[ 2008/10/28 22:38 ] MOVIE | TB(0) | CM(0)

Knight Rider 2008 3'42"

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Knight Rider 2008
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2008年2月17日夜にNBC系列で『Knight Rider』新作のパイロット版が特番として放映され、同年9月24日から翌年3月4日まで毎週水曜日20:00~21:00の時間帯で全17話(全22話予定だったが短縮された)の連続テレビシリーズ版が放映された。これまでの数ある続編作品としては元祖主人公であるマイケル・ナイト(デビッド・ハッセルホフ)が登場し、次世代となる新主人公で自身の息子であるマイク・トレーサー(ジャスティン・ブリューニング)にバトンを受け継がせるシーンもあり、最も正統な続編と見られる。前作でのナイト財団はあくまでも単独での捜査を常としていたが、今回の新生ナイト財団は「ナイトインダストリー」と呼ばれることが多く、中盤までFBIと密接な協力関係にある。

日本では2012年1月16日から7月2日まで、フジテレビの深夜枠『登龍門』で『ナイトライダー NEXT』の邦題で日本語吹替え版が全19話(本国では2時間番組だったパイロット版が「序章」前後編の2話に分割して放映されたため)放映された。

民間軍事会社「ブラックリバー社」の一味が、チャールズ・グレイマン博士のある研究成果を強奪するために自宅を急襲。博士はコンピュータと人工知能の権威であり、かつてナイト財団でナイト2000の開発に関わっていたほどの優秀な科学者だった。だが、博士は尋問のショックで心臓発作を起こして急死。それがきっかけとなり、研究室に眠っていた新たなるK.I.T.T.「ナイト3000」が覚醒。遺された娘のサラ・グレイマンを守るために飛び出していった。

一方でサラは、スタンフォード大学でナノテクノロジー工学の講師を務めていたが、ブラックリバー社の追手に捕まり窮地に陥る。しかしそこにK.I.T.T.が駆けつけてピンチを免れた。K.I.T.T.は博士が事前にプログラムしていた指示に従い、サラの幼馴染である元特殊部隊員・マイク・トレーサーの助力を得るためラスベガスに向かう。マイクと合流したサラとK.I.T.T.は、死んだかに見せかけて生きていたチャールズや、FBI捜査官のキャリー・リヴァイ、マイクの母であるジェニファーとも合流。途中でジェニファーが命を落とすという悲劇があったものの、マイクとサラはブラックリバー社の野望を挫くことに成功した。

後日、ジェニファーの葬儀の場でチャールズは、ブラックリバー社のような陰謀を企む組織や個人が多数存在していることを告げ、「狂った世界を変えよう」とマイクに協力を求めるが、母の死を引きずるマイクは一度は断る。しかし、実の父である先代のマイケル・ナイトとの対話を経て、世界を変えるために新生ナイト財団への参加を決意する。こうして、新たなる「ナイトライダー」が誕生した。

チャールズ、サラ、キャリーにアレックス・トーレス、ビリー・モーガン、ゾーイ・チェの3人を加えた新生ナイト財団こと「ナイトインダストリー」でK.I.T.T.と共に捜査活動に従事していたマイクだが、様々な事件に対処していく中で、マイクを知っているという人物にあちこちで遭遇する。その度に彼は自分に全く覚えのない事件の話や身の上話を聞かされて混乱し、捜査に支障をきたすまでになっていた。一計を案じたキャリーは、公衆の面前でマイクを麻酔銃で撃ち、彼の死を偽装。過去を捨てて新たな名前として「マイケル・ナイト」を名乗ることになったマイクだが、その影では「K.A.R.R.」というキーワードがチラついていた。

[ 2008/10/29 04:53 ] MOVIE | TB(0) | CM(0)

Cannonball RunⅡOpenning 4'54"

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cannonball run 2.JPG
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カウンタック(Countach)はイタリアの自動車メーカー、ランボルギーニ社が製造していた自動車である。

いわゆるスーパーカーに分類される自動車である。車名に用いられているCountachはピエモンテ州の方言で、クンタッシッという「驚き」を表す感動詞である。1971年に発表されたマルチェロ・ガンディーニによる近未来的なウェッジシェイプを体現したデザインは、文字通り世界中に驚きを与えた(当時はランチア・ストラトスのショーカーなど似たようなアプローチの車種がいくつか登場している)。販売車種では、特殊なエアインテーク機構やターボ無しで400馬力をも超えるV型 12気筒5000cc前後のモンスターエンジンを搭載していた。コンセプト、デザイン、システム全ての点において異彩を放ち、1970年代後半から 1980年代の日本におけるスーパーカーブームの火付け役となり、スーパーカーを代表する車種であった。現在でも高い人気を誇っている。

なお、日本で定着している「カウンタック」は日本国内でのみ通じる呼称であり、「クゥンタッチ(クンタッチ)」が原語にもっとも近いとされる発音である。

スーパーカーブーム時には「最高時速300km/h」という公称値が話題となり、これが人気の一端を担っていたが、実際には当時のLP400の最高速は300km/hまで届いてはいなかった(最終モデルである25thアニバーサリーでも295km/h)。また、低く設計されたデザインとは裏腹に、そのボディは空力的に問題が多い。例えば、V12エンジンを冷却するための巨大なエアスクープの問題が挙げられる。ここから導入された気流によって、後輪のトラクションが低下し、高速走行時の直進安定性が大幅に悪化してしまう。この対策として、LP400以降のモデルにはエアロパーツやリアウイング(オプション)が装備されるようになったが、このリアウイングによるリアのダウンフォースの強さのあまり高速走行時にはフロントの接地感が薄れるという欠点もあり、それを補う為のフロントウイングまでもが登場すると言う顛末であった。

開発の経緯
カウンタックは、ミウラを凌駕する次世代のミッドシップ・スーパースポーツカーとしてパオロ・スタンツァーニを中心に開発された。ミウラは横置きミッドシップのV型12気筒エンジンを導入して大成功を収めたが、極端に後寄りの重量配分に起因する高速走行時の不安定性、複雑なミッション系に起因するシフトフィールの悪さなど、横置きエンジン固有の欠点が課題として残された。

とはいえ巨大なV12エンジンを縦置きにすると、理想的な重量配分は得られるものの、ホイールベースが長くなるために旋回性能が低下してしまう。スタンツァーニはこの問題を解決すべく、革新的なアイデアを導入した。エンジンを縦置きとするものの、エンジンの前方にギアボックスを置くという、通常とは前後を反転した配置を採用したのである。エンジンから前方のギアボックスに駆動力が伝達され、更にそこから折り返されたシャフトはオイルサンプを貫通し、後輪のデファレンシャルギアに伝達される。これにより縦置きエンジンにも関わらず、ミウラよりさらに短い2450mmというホイールベースを確保した。また、コクピット下にギアボックスがあるため、ワイヤーを介さずギアボックスに直接シフトレバーを取り付けることが可能となり、良好なシフトフィールも実現した。車体はセミモノコック、サスペンションは、前後ともダブル・ウィッシュボーン式とした。これにマルチェロ・ガンディーニのデザインによるボディを組み合わせ、カウンタックLP500は誕生した。初登場は1971年のジュネーブショー。革新的なデザインは大反響を呼んだ。しかしながらエンジンの冷却効率が悪く、オーバーヒートが頻発するという問題が露呈したため、量産化には至らなかった。

LP500の改良は難航した。ランボルギーニ社が経営危機に陥ったこともあり、市販モデルのLP400が登場したのは3年後の1974年である。1971年発表の黄色いLP500はクラッシュテストの後に廃棄され現存しないものの、このモデルと市販のLP400の間に別のプロトタイプが存在し、緑色の1台はランボルギーニ博物館に展示されている。LPとはLongitudinale Posteriore(ミッドシップ縦置き)、「500」、「400」は10倍でそれぞれの排気量を示す。 LP400では、ヒート対策のためボディに多数のエアインテーク、アウトレットが設けられた。LP500のエンジンは5リッターであったが、より扱いやすい4Lに換装された。また、車体構造はテストドライブの際に剛性不足と判断されたため、セミモノコックからバードケージ(鳥かご)フレームにアルミボディを載せるデザインに変更された。これにより、剛性の向上と軽量化を同時に果たしている。マルチェロ・ガンディーニのオリジナルデザインに一番近い生産型であるLP400は、わずか150台しか生産されなかった。

LP400の改造車として有名なのがウォルターウルフ・カウンタック(初代)である。カナダの石油王でF1チームのオーナでもあったウォルター・ウルフは、購入したLP400の性能向上を図るため、エンジンをプロトタイプのLP500のものに換装し、最高出力447psを得た。さらに、タイヤを極太のピレリP7とし、これを収めるためにオーバーフェンダーを装着するとともに、リアウィングも装着した。

1978年には、ウォルターウルフ・カウンタックを基にした改良型のLP400Sが登場し、1982年には5リッターの市販車種であるLP500Sが登場した。1985年には、フェラーリ・テスタロッサに対抗すべく、5000クアトロバルボーレ(5000QV)が登場した。V12エンジンを4バルブ化、排気量を5200ccまで拡大し、最高出力455psをマークした。この値はテスタロッサより75ps上回るものであった。1988年にはランボルギーニ社創立25周年記念モデルである25thアニバーサリーを発売。リアバンパーの装着や細部の形状変更などの外観上の変更はなされたが、大幅な改良はされなかった。25thアニバーサリーは、カウンタックの各モデルの中で最大となる657台を生産した。本モデルがカウンタックの最終モデルとなり、1990年に生産を終了。後継車種のディアブロにフラッグシップモデルの座を譲り渡した。

最後にラインオフしたカウンタックは、当初デザイナーのガンディーニに寄贈される予定だったが、氏は「過去の(自分の)作品には興味がない」との理由でこれを辞退した。 シルバーのアニバーサリー、シャシーナンバーZA9C005AOKLA12085は現在ランボルギーニ・ミュージアムに展示されている。

Cannonboll RunⅡ (映画)
『キャノンボール2』(英題:The Cannonball Run II)は、1984年に公開された米ワーナー・ブラザーズと香港ゴールデン・ハーベストの合作によるカーアクション映画。

1981年に公開されたキャノンボールの続編である。3年が開いているものの、作品中の設定では前作の翌年という設定になっている。
米国映画業協会のMPAAレートではPG(パレンタルガイダンス:保護者の注意が必要)に設定、1984年にはゴールデンラズベリー賞に多数ノミネートされた。

アラブの王族・ファラフェル家は有史以来、その支配力の源は「スピード」だった。だが、前年にアメリカで開催されたキャノンボールに参加したシーク王子は優勝を逃す。 帰還したシーク王子に、父王は告げる。「再びアメリカに行き、キャノンボールに再挑戦して優勝しろ。それまで帰国することは許されない」。だが、キャノンボールは2年に1度の開催。シークがそのことを告げると、父王は言った。「自分で主催しろ」。シークはこの案に積極的に飛びついた。 シークは賞金100万ドルを掲げ、命知らずのキャノンポーラーたちに招待状を出す。そこにはやはり前年度の参加者、J.J.とビクター、フェンダーバームとブレイク、ジルとマーシーといった面子も含まれていた。また、胃潰瘍を煩っていたシークは、レース中に同行する医師として、やはり前年にJ.J.・ビクターチームと参加したドクター・ヘルシングを雇った。

一方、カネロニ一家は落ちぶれたアメリカマフィア。それというのも当代のドンドンが頼りにならない優柔不断の優男のため。隠居の父親は部下にドンドンのネジを巻かせようとする。ドンドンの元に駆けつけた部下は、手始めに資金元として、ドンドンが貸している借金を回収することにした。
その借金の主はフェンダーバーム。マフィア達に追い詰められた彼は、キャノンボールの主催者シークのことをしゃべってしまう。シークに目をつけたマフィア達は、シークを誘拐して身代金を要求することを考え、実行に移す。

こうして波乱含みの状況の中、賞金を目指してルール無用のレースが、今度は西海岸から東海岸へ向かうことになった。

[ 2008/12/15 14:52 ] MOVIE | TB(0) | CM(0)

Taxi Car Chase 5'14"

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TAXI_1.jpg
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『TAXi』(タクシー)は、リュック・ベッソン製作・脚本、ジェラール・ピレス監督による1998年のフランス映画。本作の大ヒットにより、続編が3本作られ、ハリウッドでもリメイクされた。

フランスのマルセイユを舞台にタクシー運転手と新米刑事が強盗団を相手に奮闘するカーアクション映画。

スピード狂のタクシードライバー・ダニエルと、ちょっとマヌケ(3作目では左右もわからなくなる)な刑事エミリアンのコンビが繰り広げる。ダニエルが乗るプジョー・406の改造車(イギリス国内ツーリングカー選手権=BTCC仕様の色替え)や、街を疾走する迫力のカー・アクションが見もの。なお、ドライバーはジャン・ラニョッティー。

疾走感はCGエフェクトで表現され、制作費を抑えるため同じシーンが数回使われている(特にカーチェイスと銃撃戦のシーン)。

ある日、運転免許試験に落ちた刑事エミリアンにスピード違反で逮捕されたタクシードライバー・ダニエルは、違反取り消しを交換条件にメルセデス・ベンツ Eクラス(W124)に乗るドイツの強盗団「メルセデス」の連続銀行強盗事件の捜査に協力させられる。

登場車種
* プジョー・406… ダニエルの愛車・商売道具として登場。普段は普通のタクシーと変わりないが車内のスイッチを押すとあっという間に改造車(レーシングカー)に変身し、時速 200キロ以上でマルセイユの街を突っ走る。エンジンは劇中では最上級モデルのV6 3リッターをチューンしてあることになっているが、実際はBTCC仕様のためエンジンは2リッターで300馬力程度を発生しているはずである。また署長の車としても登場している(こちらは強盗に銃撃された)。

* メルセデス・ベンツ 500E… 強盗「メルセデス」の愛車。逃走用なのでリアスポイラーなどといったかなりの改造がされている(ダニエルのタクシーには及ばなかった)。警察に捕まるのを防ぐためにトラックの中で、強盗時は赤色、普段は銀色で塗り替えていた(ダニエルたちとのカーチェイスでは銀色で走っていた)。ちなみに、銀色時はフロントウインカーがオレンジで、赤色時はクリアタイプである。

[ 2008/12/16 16:26 ] MOVIE | TB(0) | CM(0)

Taxi 特急乗車シーン 3'15”

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Taxi_1-1.jpg
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『TAXi』(タクシー)は、リュック・ベッソン製作・脚本、ジェラール・ピレス監督による1998年のフランス映画。本作の大ヒットにより、続編が3本作られ、ハリウッドでもリメイクされた。

フランスのマルセイユを舞台にタクシー運転手と新米刑事が強盗団を相手に奮闘するカーアクション映画。

スピード狂のタクシードライバー・ダニエルと、ちょっとマヌケ(3作目では左右もわからなくなる)な刑事エミリアンのコンビが繰り広げる。ダニエルが乗るプジョー・406の改造車(イギリス国内ツーリングカー選手権=BTCC仕様の色替え)や、街を疾走する迫力のカー・アクションが見もの。なお、ドライバーはジャン・ラニョッティー。

疾走感はCGエフェクトで表現され、制作費を抑えるため同じシーンが数回使われている(特にカーチェイスと銃撃戦のシーン)。

ある日、運転免許試験に落ちた刑事エミリアンにスピード違反で逮捕されたタクシードライバー・ダニエルは、違反取り消しを交換条件にメルセデス・ベンツ Eクラス(W124)に乗るドイツの強盗団「メルセデス」の連続銀行強盗事件の捜査に協力させられる。

登場車種
* プジョー・406… ダニエルの愛車・商売道具として登場。普段は普通のタクシーと変わりないが車内のスイッチを押すとあっという間に改造車(レーシングカー)に変身し、時速 200キロ以上でマルセイユの街を突っ走る。エンジンは劇中では最上級モデルのV6 3リッターをチューンしてあることになっているが、実際はBTCC仕様のためエンジンは2リッターで300馬力程度を発生しているはずである。また署長の車としても登場している(こちらは強盗に銃撃された)。

* メルセデス・ベンツ 500E… 強盗「メルセデス」の愛車。逃走用なのでリアスポイラーなどといったかなりの改造がされている(ダニエルのタクシーには及ばなかった)。警察に捕まるのを防ぐためにトラックの中で、強盗時は赤色、普段は銀色で塗り替えていた(ダニエルたちとのカーチェイスでは銀色で走っていた)。ちなみに、銀色時はフロントウインカーがオレンジで、赤色時はクリアタイプである。

[ 2008/12/17 17:49 ] MOVIE | TB(0) | CM(0)

Taxi 2 Rallycar VS Taxi 3'53"

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Taxi_2.jpg
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TAXi2(タクシー・ツー)はカーアクション・コメディーが中心のフランス映画TAXiシリーズの第二作である。リュック・ベッソンが製作・脚本を、ジェラール・クラヴジックが監督を担当し、2000年に公開された。

サミットのため訪仏した日本の防衛庁長官がマルセイユ警察のマフィア対策を視察しに訪れた。しかし滞在中、長官とエミリアンの恋人のペトラが、カタノ率いる三菱ランサーエボリューションVI(ランエボVI)に乗った日本のヤクザにまんまと誘拐されてしまう。首謀者である北日本の大親分ユキ・ツモトは、日本とフランスで調印される予定の条約に反対し、調印式妨害と日仏の国交断絶を画策。催眠術のプロを2人送り込み、長官をマインドコントロールし、大統領ジャック・シラクを含むフランス政府要人を殺害させようとしていた。エミリアンは、友人のスピード狂なタクシードライバー・ダニエル、長官のSPとして派遣された諜報部員ユリと共に、ダニエルの彼女リリーの父親でもあるフランス陸軍幹部のベルティノー将軍の協力を得て、拉致された二人の救出にパリへと向かう。

マルセイユからパリまで、今回もダニエルのドライビング・テクニックが炸裂する!

改造プジョー406の前作からの変更点
* 車自体が前期モデルから後期モデルへと変わっている(車両ナンバーは2001ZY13)。
* 最高時速300km/hオーバー(そのために高速道路走行シーンでスピード違反取締り中の白バイが風圧で吹っ飛ばされている。ちなみにこのシーンでのスピードは306km/h)
* 高速走行で目的地に到着した際、自動的にエチケット袋が飛び出る。
* ボタン一つで車両の両側から主翼が飛び出し、車内のコントロールレバーを操作して、ジャンプする。パラシュートも搭載。

ヤクザが乗る黒のランエボVI
* 劇用車は左ハンドル(劇中車は、欧州仕様車「カリスマGT」を使用していたが、日本名が「ランサー」なので)。

* 日本で調達して船で直接持ち込んだという設定のため、ナンバープレートは千葉ナンバーである。本来であれば国際ナンバーかつ3ナンバーとなるが、国内ナンバーかつ5ナンバーとなっている。

o 各車のナンバー
+ 1号車・・・「千葉52 つ 87-92」
+ 2号車・・・「千葉52 つ 87-94」
+ 3号車・・・「千葉52 つ 87-96」

* リーダーのカタノは、3号車に乗車していた。
* 最後に戦車に激突して壊れた3号車が、エボVIからエボIVになっていた(ちなみにエボIVは5ナンバーなので壊滅後だったらナンバープレートは間違いではなかったことになる)。
* 車両提供は、三菱自動車工業のドイツにおける販売会社MADGが行った。

この動画の場面は、オープニングシーンで妊婦さん夫婦を乗せたプジョータクシーがラリー会場に入り込みそのままレースに参加してしまった場面です。

[ 2008/12/18 18:12 ] MOVIE | TB(0) | CM(0)

Taxi_2 VIP 5'18"

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Taxi_2_1.jpg
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TAXi2(タクシー・ツー)はカーアクション・コメディーが中心のフランス映画TAXiシリーズの第二作である。リュック・ベッソンが製作・脚本を、ジェラール・クラヴジックが監督を担当し、2000年に公開された。

サミットのため訪仏した日本の防衛庁長官がマルセイユ警察のマフィア対策を視察しに訪れた。しかし滞在中、長官とエミリアンの恋人のペトラが、カタノ率いる三菱ランサーエボリューションVI(ランエボVI)に乗った日本のヤクザにまんまと誘拐されてしまう。首謀者である北日本の大親分ユキ・ツモトは、日本とフランスで調印される予定の条約に反対し、調印式妨害と日仏の国交断絶を画策。催眠術のプロを2人送り込み、長官をマインドコントロールし、大統領ジャック・シラクを含むフランス政府要人を殺害させようとしていた。エミリアンは、友人のスピード狂なタクシードライバー・ダニエル、長官のSPとして派遣された諜報部員ユリと共に、ダニエルの彼女リリーの父親でもあるフランス陸軍幹部のベルティノー将軍の協力を得て、拉致された二人の救出にパリへと向かう。

マルセイユからパリまで、今回もダニエルのドライビング・テクニックが炸裂する!

改造プジョー406の前作からの変更点
* 車自体が前期モデルから後期モデルへと変わっている(車両ナンバーは2001ZY13)。
* 最高時速300km/hオーバー(そのために高速道路走行シーンでスピード違反取締り中の白バイが風圧で吹っ飛ばされている。ちなみにこのシーンでのスピードは306km/h)
* 高速走行で目的地に到着した際、自動的にエチケット袋が飛び出る。
* ボタン一つで車両の両側から主翼が飛び出し、車内のコントロールレバーを操作して、ジャンプする。パラシュートも搭載。

ヤクザが乗る黒のランエボVI
* 劇用車は左ハンドル(劇中車は、欧州仕様車「カリスマGT」を使用していたが、日本名が「ランサー」なので)。

* 日本で調達して船で直接持ち込んだという設定のため、ナンバープレートは千葉ナンバーである。本来であれば国際ナンバーかつ3ナンバーとなるが、国内ナンバーかつ5ナンバーとなっている。

o 各車のナンバー
+ 1号車・・・「千葉52 つ 87-92」
+ 2号車・・・「千葉52 つ 87-94」
+ 3号車・・・「千葉52 つ 87-96」

* リーダーのカタノは、3号車に乗車していた。
* 最後に戦車に激突して壊れた3号車が、エボVIからエボIVになっていた(ちなみにエボIVは5ナンバーなので壊滅後だったらナンバープレートは間違いではなかったことになる)。
* 車両提供は、三菱自動車工業のドイツにおける販売会社MADGが行った。

ここでは、ダニエルの彼女リリーの父親、フランス陸軍幹部のベルティノー将軍の車が大破し、空港までダニエルが送り届けるシーン。

[ 2008/12/19 18:36 ] MOVIE | TB(0) | CM(0)

Taxi 2 Escaping 8'22"

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TAXi2(タクシー・ツー)はカーアクション・コメディーが中心のフランス映画TAXiシリーズの第二作である。リュック・ベッソンが製作・脚本を、ジェラール・クラヴジックが監督を担当し、2000年に公開された。

サミットのため訪仏した日本の防衛庁長官がマルセイユ警察のマフィア対策を視察しに訪れた。しかし滞在中、長官とエミリアンの恋人のペトラが、カタノ率いる三菱ランサーエボリューションVI(ランエボVI)に乗った日本のヤクザにまんまと誘拐されてしまう。首謀者である北日本の大親分ユキ・ツモトは、日本とフランスで調印される予定の条約に反対し、調印式妨害と日仏の国交断絶を画策。催眠術のプロを2人送り込み、長官をマインドコントロールし、大統領ジャック・シラクを含むフランス政府要人を殺害させようとしていた。エミリアンは、友人のスピード狂なタクシードライバー・ダニエル、長官のSPとして派遣された諜報部員ユリと共に、ダニエルの彼女リリーの父親でもあるフランス陸軍幹部のベルティノー将軍の協力を得て、拉致された二人の救出にパリへと向かう。

マルセイユからパリまで、今回もダニエルのドライビング・テクニックが炸裂する!

改造プジョー406の前作からの変更点
* 車自体が前期モデルから後期モデルへと変わっている(車両ナンバーは2001ZY13)。
* 最高時速300km/hオーバー(そのために高速道路走行シーンでスピード違反取締り中の白バイが風圧で吹っ飛ばされている。ちなみにこのシーンでのスピードは306km/h)
* 高速走行で目的地に到着した際、自動的にエチケット袋が飛び出る。
* ボタン一つで車両の両側から主翼が飛び出し、車内のコントロールレバーを操作して、ジャンプする。パラシュートも搭載。

ヤクザが乗る黒のランエボVI
* 劇用車は左ハンドル(劇中車は、欧州仕様車「カリスマGT」を使用していたが、日本名が「ランサー」なので)。

* 日本で調達して船で直接持ち込んだという設定のため、ナンバープレートは千葉ナンバーである。本来であれば国際ナンバーかつ3ナンバーとなるが、国内ナンバーかつ5ナンバーとなっている。

o 各車のナンバー
+ 1号車・・・「千葉52 つ 87-92」
+ 2号車・・・「千葉52 つ 87-94」
+ 3号車・・・「千葉52 つ 87-96」

* リーダーのカタノは、3号車に乗車していた。
* 最後に戦車に激突して壊れた3号車が、エボVIからエボIVになっていた(ちなみにエボIVは5ナンバーなので壊滅後だったらナンバープレートは間違いではなかったことになる)。
* 車両提供は、三菱自動車工業のドイツにおける販売会社MADGが行った。

[ 2008/12/20 19:01 ] MOVIE | TB(0) | CM(0)

Taxi 3 Opening 9'31"

トップページMOVIEカテゴリーTaxi 3 Opening
___taxi3___.jpg
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TAXi3(タクシー・スリー)はカーアクション・コメディーが中心のフランス映画『TAXi』の第三作である。リュック・ベッソンが製作・脚本を、ジェラール・クラヴジックが監督を担当し、2003年に公開された。

サンタクロース強盗団と呼ばれる強盗が暴れまわり、警察はそれを8ヶ月間逮捕できないままでいた。それもそのはず、ジベール署長(ベルナール・ファルシー)は相変わらずの間抜けぶり。忙しく強盗団を追い、妻ペトラ(エマ・シェーベルイ)の変化(妊娠)に気づかないエミリアン刑事(気づいたとき既に妊娠8ヶ月)(フレデリック・ディファンタール)と、恋人との関係が危機的状況なスピード狂のタクシードライバーのダニエル(サミー・ナセリ)は強盗団を捕まえることができるのか!

今回もダニエルのドライビング・テクニックが炸裂する。

高速機動隊としてランサー・エボリューションが登場しています。

改造プジョー406の変更点
* ダニエルの友人が経営する酒場の酒・パスティス(マルセイユではポピュラーな食前酒)により凄まじいほどの加速をし、国家憲兵隊の高速道路警備隊の秘密兵器として導入された三菱ランエボVIIをぶっちぎった。

o ちなみに警備隊が追跡を開始したときのスピードは298km/hで、明示的な数値としてはこれが本作中最高であるが、さらにその後警備隊をぶっちぎるシーンでは400km/hを超えていると考えられる。

* フランスの世界最速列車TGV(時速300キロ)を追い抜くシーンがある(俯瞰でマルセイユ市電に追いつくシーンが描かれ、次のカットでTGVに変わるという演出)。

* ボタンで複数のナンバープレートを表示させることができる(「2001 ZY 13」→「17 OM 13」→「Allez l'OM!」)。

o 「Allez l'OM」は「頑張れオランピック・ドゥ・マルセイユ」という意味で、DVD吹替え版では「行けマルセイユ」、字幕スーパーでは「サッカークラブの名前」、TV放映版では「頑張れ」と訳されている。ちなみに末尾の「13」は作品の舞台であるマルセイユが属するブーシュ=デュ=ローヌ県の県番号。

* キャタピラーを装備しており、雪山の急斜面も走行できる。

* 走行中にタイヤの履き替えができる。

さりげなくシルヴェスター・スタローンが冒頭で出演しているシーンです。

[ 2008/12/21 19:56 ] MOVIE | TB(0) | CM(0)

TAXI 4 4'24"

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TAXI_4.jpg
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『TAXi④』(タクシー・フォー、原題: Taxi 4)はカーアクション・コメディーが中心のフランス映画『TAXi』の第四作である。フランスでのオリジナル版ではタイトルのスペルを「T4Xi」と書く(日本公開版でもオープニングで「T4Xi」と表示される)。日本語吹き替え版は前作・TAXi3までは声優が担当していたが、本作品ではタレントが採用された。

タクシー・ドライバーのダニエルと、マルセイユ警察のエミリアンは相変わらずの日々を過ごしていた。ただ一つ変わったことは、前作ではまだお腹にいたそれぞれの子供が成長したこと。父親になった二人は以前よりも深い友情関係で結ばれていた。もちろん、エミリアンの間抜けぶりも変わることはなく・・・。

裁判10件にかけるためにコンゴに護送途中、軍の監視下でマルセイユ警察に厳重に梱包(?)されて送られきた武装強盗53件、殺人への関与122件のヨーロッパ史上最強の凶悪犯グループ一味のボスをみすみす逃がしてしまう。ジベール署長にクビを言い渡されたエミリアンは汚名返上を賭け、ダニエルの力を借りて犯人グループを追跡する。

舞台をマルセイユからモナコに移し、犯人グループが狙うはフランス警察でも手の出せないベルギー王立銀行の貸金庫室。秘密捜査で犯人グループにまんまと潜入、狙う貸金庫から重要書類(手帳)をゲットすることに成功したペトラに思わぬハプニング。さらに犯人の潜伏先への侵入を試みるも、やはり捕まるマヌケなエミリアン。凶悪犯グループ一味(マルセイユ警察?)に立ちはだかるのは意外なあの人だった・・・。ラストシーンのジベール署長の吹き替え無しでの意外な妙技にも注目。

改造タクシーの変更点
ベース車両のモデルチェンジに伴い、ダニエルのタクシーもプジョー・407にモデルチェンジした。モデルチェンジにあたっての製作サイドの熱意も大した物で、前作・TAXi3の406での4タイプにとどまった型数を大幅に上回り、12タイプ製作している程である。エクステリアの改造も大幅に変更、多数のエアインテークを設けたほか、本物のレース仕様のパーツを多数採用している。

* 最高速度は312.8km/h(本作中での明示的な最高速度)に達する。
* 停止した状態から自由自在に方向転換できる装置を装備している。
* ボンネットエアインテークを新規に装備している。
* ルーフベンチレーターを装備。
* ホイール周りは前後ともワイドフェンダー化。ホイールは変形スポークタイプ。サイズは8×18。
* タイヤはBFグッドリッチ製225/40。
* Cピラーにもエアインテークを装備。しかしこれは本来はミッドシップあるいはリアエンジンの冷却のためのもの。あくまでタクシーなのでエアコン用と考えられる。

* ナンバープレートは"2007DAB13"。"2007"は映画の公開年、"13"はマルセイユの所属県ブーシュ=デュ=ローヌ県の県番号。"DAB"は、マルセイユの名物料理・ブイヤベースの材料である魚のカレイの意味と考えられる。

o 前作TAXi3と異なり、ナンバープレートを偽装するシーンは出てこない(装備の有無は不明)。

吹き替え変更の波紋
これまで本シリーズの日本語吹き替えはシリーズを通して同じ声優が担当しており(DVD版、TV放映版共に)、劇場公開の際は字幕版での上映がされていた。しかし、本作では吹き替え版をメインとした上映が行われ、話題性重視で洋画吹き替え経験のないお笑い芸人やタレントを起用し、声質や演技力を無視した配役には旧来のファンから非難が集中した。

そして、「ザ・シンプソンズ MOVIE」の声優変更問題がネット上で起こった際、本作の変更も取り上げられたのだった。なお、DVD化の際には劇場版吹き替えに加え、これまでシリーズで吹き替えを担当してきた声優陣による吹き替えが同時収録されている。

# サミー・ナセリ・・・ダニエル(声:DVD版 石塚運昇 劇場吹き替え 中田敦彦(オリエンタルラジオ))
# フレデリック・ディーファンタル・・・エミリエン・クタン=ケルバレーク(声:DVD版 松本保典 劇場吹き替え 藤森慎吾(オリエンタルラジオ))
# エマ・シェーベルイ…ペトラ(声:DVD版 沢海陽子 劇場吹き替え 眞鍋かをり)
# ベルナール・ファルシー…ジベール警部(声:DVD版 水野龍司 劇場吹き替え 高田純次)

主演の主な日本語吹き替えは 日本語劇場版バージョンと、これまでのシリーズのDVDキャストバージョンの2種類が1枚のDVDに収録されている。

[ 2008/12/22 21:15 ] MOVIE | TB(0) | CM(0)

西部警察 大激走!スーパーマシン 1980.08.24. 21'51"

トップページMOVIEカテゴリー西部警察 大激走!スーパーマシン 1980.08.24
Super_Machine_skyline2000gt_3_1_1980_08_24
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マシンX(マシンエックス)とは、テレビドラマ・『西部警察』第45話から登場した初代大門軍団特殊車両で日産・スカイライン2000GTターボ(HGC211型、通称ジャパン)をベースとしている架空の車両。

車内のマイクロコンピューター、サーチライト、リモコン式スチルカメラ、フロントバンパーに設置されたレーダー・スピード感知器および特殊発信ペイント弾発射銃、更に遠隔操作式の自爆装置(起爆スイッチは木暮課長が管理していた)など52種類の特殊装置を搭載している特殊車両で、主に大門団長が運転する。出動の際は“エンジン音”-“暗闇に光り出すパトランプ”-“サイレン音”ガレージオープンの順で現れる。また、始動は“キースイッチ”(と初回登場時に桐生刑事が言っていたが、これは「キルスイッチ」(電源ON/OFFスイッチ)の言い間違い)-“マスターキー”-“イグニッション”の順にONにし、最後にスターターボタンでエンジン始動というレースカー同様の複雑な方法となっている。

なおマイクロコンピューターなどの機器を助手席スペースに設置しているため、設定では「一人乗り」となっている。

西部署管内で、銀行強盗を襲撃して現金を強奪し、マーキュリー・クーガーで逃走するという事件(犯人役は片岡五郎・椎谷建治・鳥巣哲生)が多発。大門軍団の黒パトでは、違法なチューンが施されしかもA級ライセンス保持者である犯人が運転するクーガーに追いつけず、谷刑事の指示により3台の黒パトで挟み撃ちしようとしたところ、車の運転に自信のある桐生刑事が独断行動に出て、黒パトでクーガーを無理に深追いしたため、民間人と接触しはねる不祥事が発生してしまう。このことがきっかけで、木暮課長は日産にマシンXの納車を前倒しさせる。かねてより、西部署には木暮から「捜査課に新人が来る。」という噂が流されており、二宮係長以下軍団刑事達は「大門が更迭されて代わりの人間が来る。」と思い込んでいた。そんな折、遂にマシンXが納車され、大門軍団は新しい仲間の加入に喜ぶ。

その日の夜、早速マシンXのサーチライトを駆使してクーガーを追跡し、搭載されているスチルカメラで撮影するも見失ってしまう。なかなか姿を現さないクーガーに、大門軍団は焦りを感じ始める。 最終手段として、大門は松田刑事と源田刑事によるおとり捜査を決行し、クーガーをおびき出すことに成功するものの、犯人によるマシンガンの銃撃で2人が乗った車は横転、松田が犯人に拉致されてしまう。マシンXでクーガーを追跡する桐生は、マシンXの特殊装置の1つである発信ペイント弾をクーガーに命中させ、レーダーによる追跡を開始するが、それでも何故か見失ってしまう。スチルカメラで撮影したクーガーの写真を見ていた大門と木暮は、全く違う場所で撮影された写真に同じクーガーと大型トラックが写っていることに気付き、クーガーは普段この大型トラックで搬送されており、更にトラックのコンテナはレーダー波を通さないアルミ製であると推測する。トラックのナンバーは既に二宮によって手配されていたが、一向に見つからない。そんな時、東名高速道路の川崎インターチェンジから、30分前に手配のトラックが通過したという連絡が入った。トラックの現在地は厚木付近であると推測した大門はヘリで出動し、木暮はマシンXに乗る桐生に東名高速に入るよう無線で指示を出す。

大門は、東名高速道路の厚木手前を走る桐生に、トラックが法定速度の時速80キロで走行していると仮定した時、マシンXが追いつくまでの時間を搭載してあるコンピュータで計算させる。すると、マシンXの最高速度である時速240キロで走ると、10分35秒後に追いつくという回答が出る。桐生はマシンXを時速240キロに加速させ、東名高速を走行している一般車を次々と追い抜いてトラックを追跡するが、予定時間になっても該当する大型トラックが見当たらない。大門は、桐生にすぐ近くの足柄サービスエリアを捜索するよう指示した。そして桐生は、サービスエリア内で遂に犯人達の大型トラックを発見する。大門の指示で大型トラックを監視していた桐生は、トラックのコンテナからクーガーが出てくるのを目撃する。東名高速を走り出したクーガーを追跡するマシンX。犯人達は警察がここまで追跡してくるとは思っておらず、全速で逃げ始める。大門は、桐生に御殿場インターチェンジからクーガーを一般道路に追い出すよう指示する。一般道路に出たマシンXは、追いついてきた大門の乗るヘリとの連携でクーガーを道路脇の山道に追い込み、遂に行き止まりまで追い詰める。クーガーから降りた犯人達は、松田を人質にとって抵抗する。大門と桐生は地形を利用して一時身を隠し、犯人を分散させる。不審に思って辺りを探し始めた犯人を仕留める大門と桐生。人質になっていた松田をクーガーから救出した大門は、クーガーに向けてショットガンを撃つ。クーガーは爆発炎上し、拳銃で抵抗していた最後の犯人も爆発に巻き込まれて死亡する。その直後、桐生の後を追ってきた谷、兼子、源田の黒パトがようやく到着し、炎上するクーガーを見て事件の解決を知るのであった。捜査課の課長室では、木暮と二宮が事件解決を喜びあう。安堵し背広の内ポケットからハンカチを取り出して汗をぬぐう二宮であったが、ハンカチと一緒に忍ばせていた退職願を木暮に見つかってしまう。木暮は退職願を手に取ると、細かく破って灰皿に捨ててしまう。西部署へ帰る大門軍団。桐生がマシンXのコンピュータにキーパッドでコードを打ち込むと、モニターには「イッケン ラクチャク(一件落着)」と表示される。

『パート1』の第69話『マシンX爆破命令』では、夜中の西部署にかかってきた電話に銃声と女性の悲鳴が入っており、当直の北条刑事はマシンXで現場の公園に急行する。北条刑事がエンジンをかけたまま女性を探していたため、マシンX強奪という陽動作戦に引っ掛かり、現金輸送車襲撃を狙っている犯人・藤倉(演:藤木孝)に乗り逃げされてしまう。この回で、自爆装置のスイッチが課長室の引き出しに隠されていることが判明し、マシンXが発見されないことを原因に、木暮課長が自爆装置のスイッチを押そうとした寸前、北条刑事から発見の連絡があり、自爆を免れる。その後、現金輸送車襲撃計画を企てようとしていた犯人に拉致されてしまった北条刑事とマシンXは、大門軍団の手で取り戻すことに成功する。

『パート2』の第14話まで活躍し、後継のスーパーZ・マシンRSが登場してからは、コンピュータの回線は全てオフにされた状態で警視庁特殊車両課のガレージに保管されていた。しかし、『パート3』の第47話『戦士よ さらば…』で、かつて飲酒運転の上ひき逃げを起こして逃走し、マシンXを運転する北条刑事に逮捕された事を逆恨みする自動車メーカーの元エリート技術者・尾崎浩一(演:林ゆたか)によって盗まれてしまう。次々とひき逃げ事件を起こして逃走するマシンXを追跡する大門軍団だったが、五代刑事がRS-3に搭載されたビデオカメラで撮影した映像を検証した結果、犯人がかつてメーカーで研究していた技術を用いて無線操縦車に改造されている事が判明する。更に、車内には時限爆弾が搭載され、誘拐した印刷工の娘を乗せて走り出してしまう。RS-2のシグナルコントロールで前方の信号を赤信号に変えてマシンXを停車させ、その間に人質を救出しようとするも失敗してしまうが、RS軍団の連携により無線誘導コードの解析に成功し、北条刑事がRS-2からマシンXの運転席に乗り移る。人質を無事救出するが、爆弾の爆発までの残り時間がわずかとなり、北条刑事は大門の指示で近くの空き地にマシンXを走らせる。時間ぎりぎりで北条刑事は脱出し、マシンXはついに爆発・炎上してしまう。炎上するマシンXに向かい敬礼する大門軍団。同じころ、捜査課では佐川が机に置かれたマシンXの写真の隣にブランデーの入ったグラスを置き、木暮と共に敬礼してマシンXを偲んでいた。

大門団長以外にも、桐生刑事・松田刑事・北条刑事が運転することも多く、大門不在時には主にこの3人が運転していた。登場当初は、成田空港から海外逃亡しようとした犯人を逮捕するために松田刑事が運転して、あまりの速さに驚くシーンがある。また『PART2』では、静岡県警から団員全員が出動するシーンで、大門団長がヘリコプターに搭乗したため、沖田刑事が一度だけマシンXを運転する貴重なシーンが残されている。

前述の『マシンX爆破命令』では、奪われたマシンXを無事取り戻した後、桐生・松田・源田の3人がマシンXの運転権を奪い合い、一度は源田刑事が運転席に座るものの、大門に「似合わないんだよ。交代、交代。」と言われてあえなく明け渡すというコメディタッチのシーンがある。この他にも、源田刑事はマシンXの運転をめぐって松田刑事とジャンケンをするも負けたりと、なかなか運転する機会を与えられなかったが、捜査課事務員・山野美子の歓迎会が行なわれた夜の当直時、および第114話『FBI・指名手配!』での犯人追跡時と、2回の運転が確認できる。

劇中設定上の台数は1台であるが、撮影用に製作された車両が複数ある。パート2以降のエンディング映像ではガゼールとサファリの後ろにマシンXらしきスカイラインが2台並んで走行しているのが確認できることを一例として、一説にはスタント用、撮影用など7台が制作されたといわれている。パート3における爆破シーンに使用されたのは、状態の悪い同型車をマシンX風に仕立てたダミーカーであったといわれ、実際の撮影用車輌については現存しているとする説と、経年による損傷が激しく処分されてしまったという説があり、真相は明らかでない。番組終了後の1984年(昭和59年)11月29日、広島県立体育館にて催行された『さよなら西部警察フェア』に出展されているので、少なくともこの時点で現存していたことは確かである。近年、レプリカが長野県岡谷市のプリンス&スカイラインミュウジアムに展示されたことがある。

マシンXのパトランプは助手席側の機械の上に設置されており、そのまま車内で点灯される。石原プロモーションのホームページに掲載されている写真や、この写真を元にデザインしたと思われるトミカなどでは屋根の上に設置されているが、この状態での使用は登場初期などごく限られる。パート1第45話では夜間の追跡を行う際に屋根の上に設置された。車内でパトランプが点灯していると非常に眩しく、運転に支障をきたすためと考えられる。もっとも、夜間に車内で点灯させていたこともある(パート1第69話やパート3第47話など)。マシンXの助手席には機械が設置されているため人が乗り込むことはできない。そのためパトランプの屋根への設置は運転手が行わなければならないが、走行中にそれを行うことは危険であるため、発車前に行うか一度停車しなければならない。そのような時間を節約するために車内で点灯させることが前提になっていると考えられる。また、車内点灯することで緊急走行中のシーンで運転する俳優の顔に赤色の光が当たり印象的な映像が演出できるという側面もある。

[ 2009/01/01 00:29 ] MOVIE | TB(0) | CM(0)

RONIN the car chase 9'58"

トップページMOVIEカテゴリーRONIN the car chase
RONIN the car chase part-1.jpg
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『RONIN』(原題:Ronin)は1998年に製作されたアメリカ映画。題名は日本語の「浪人」から取られている。

パリ。謎の女、ディアドラ(ナターシャ・マケルホーン)のもとに、サム(ロバート・デ・ニーロ)、ヴィンセント(ジャン・レノ)はじめ、いずれも国家や組織からフリーの立場である5人の男たちが集まった。依頼は、ある男から銀色のケースを奪うこと。準備段階の武器調達で未熟さをあらわにしたスペンス(ショーン・ビーン)はクビになり、残った4人はニースで襲撃の綿密な計画を練る。そして決行。ケースの奪取には成功するが、電子機器担当のグレゴール(ステラン・スカルスガルド)が突如として裏切り、銀色のケースを奪い去る。サムとビンセントはアルルのコロッセオで、ケースを別の勢力へ売り飛ばそうとしていたグレゴールを追いつめるが、すんでのところでディアドラとシーマス(ジョナサン・プライス)らIRAに拉致され、ドライバーのラリー(スキップ・サダス)も殺害される。雇い主に切り捨てられ、腹に銃弾を受けて治療を余儀なくされたサムはヴィンセントのセーフハウスで傷を癒すと、真相とケースを求めて再びパリに向かう。

劇中では激しいカーチェイスが数度に渡って展開されるが、フランケンハイマー監督が元アマチュア・レーシングドライバーだったこともあり、カーチェイスシーンの撮影も監督が担当し、時には監督自ら車に乗り込むこともあった。特撮による不自然な動きを嫌い、全てのカーチェイスシーンは実写によるもので、高速走行シーンの多くも実際に俳優らが乗車していた。クラッシュシーンなどはスタントマンによる運転だったが、ラリー役のスキップ・サダスに至っては、ほとんどが彼自身の運転によるもの。さらに信憑性を上げるために各車の実際の走行音を別に録音して、それぞれの車の映像と合わせている。

登場する車種も拘りを持って選ばれており、アウディ・S8、プジョー・605、プジョー・406、シトロエン・XM、メルセデス 450SEL 6.9、BMW M5 (E34)などで、また舞台の中心がフランスであるため、多くのフランス車が登場する。なおアウディS8は、イギリス・カーマガジンの「映画に登場するカッコイイ車トップ40」の第9位にランクインしている。

[ 2009/01/03 01:29 ] MOVIE | TB(0) | CM(0)

アラーム・フォー・コブラ11 スペシャル 2'58"

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PWAD1300
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世界50ヵ国以上で放映される人気カーアクションTVシリーズのスペシャル版。人身売買犯罪の捜査中に殺された相棒の仇を討つため捜査に燃える刑事・ゼミルは、殺害現場に居合わせた男・クリスが犯人だと思い込むが、彼は警察のスパイだった。
[ 2009/01/04 06:46 ] MOVIE | TB(0) | CM(0)

Car Chase (Scene From The Rock) 5'31"

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Car Chase (Scene From The Rock).jpg
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『ザ・ロック』(The Rock)は1996年のアメリカ映画。ジェリー・ブラッカイマー、マイケル・ベイのコンビによるアクション映画。

アメリカ海兵隊員の英雄が起こしたテロ事件との攻防を描いているが、テロリストの行動は、秘密作戦で戦死した部下がアメリカ政府に不当な扱いを受けたことに対して、遺族への補償と、死んだ戦友の魂に報いるという大義を掲げての戦いであり、私利私欲に走る犯人が敵というよくあるアクション映画とは異なる。

アメリカ海兵隊武装偵察部隊の伝説的英雄、フランシス・X・ハメル准将(エド・ハリス)は、政府に強い怒りを感じていた。かつて非合法作戦に従事していたハメルの部下たちは、敵に包囲された末に救援も得られずに見殺しにされ、その事実は公表されず、勲章も授与されなければ遺族への恩給や賠償金も支払われず、葬儀もされていない。そしてこうした問題に対する自らの訴えにも、下院議会や政府はまったく耳を傾けなかった。
ハメルは、ついに14人の部下と共に化学兵器VXガスの奪取という反乱行動にでる。そしてザ・ロックと呼ばれるかつての刑務所島、アルカトラズ島に観光客・ガイド計81人を人質にとって立てこもったうえ、遺族へ渡す補償金の原資として現金1億ドルを要求。これが受け入れられない場合は、VXガスを積んだロケットをサンフランシスコに撃ち込むとアメリカ国防総省を脅迫する。実行されればサンフランシスコは壊滅する。

劇中で舞台になったアルカトラズ島
FBI長官は特別捜査官で化学兵器のスペシャリスト、スタンリー・グッドスピード(ニコラス・ケイジ)に、アメリカ海軍特殊部隊SEALsへ同行して島に潜入し、毒ガスを処理するよう命じる。しかし、ザ・ロックに潜入するためには、アルカトラズ島から唯一脱獄できた男にして、現在は刑務所に監禁中の元イギリス情報局秘密情報部部員・兼SAS大尉、ジョン・パトリック・メイスン(ショーン・コネリー)の協力が必要だった。CIAに陥れられた過去を持つメイスンは当初協力を拒んで逃走をはかるが、グッドスピードはなんとかメイソンの信頼を勝ち取り、2人はSEALsと共にザ・ロックへと潜入する。

[ 2009/01/05 07:13 ] MOVIE | TB(0) | CM(0)

FAST AND FURIOUS MAX CAR CHASE 6'30"

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FAST AND FURIOUS MAX (2)
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監督は前作に引き続き『ワイルドスピードX3 TOKYO DRIFT』のジャスティン・リン。キャストは1作目『ワイルドスピード』の主要キャスト、ポール・ウォーカーとヴィン・ディーゼルが復帰し、1作目のコンビが復活。シリーズの時間軸は、1作目→2作目→4作目(本作)→5作目→3作目の順となっている。

ドミニクは南米でガソリン運搬車を強奪するグループのリーダーを務めていたが、警察の捜査の手は彼にジワジワと伸びてきていた。それを感じ取った彼は仲間に解散を促し、一緒にいればレティを危険な目に遭わせることに悩み、黙って彼女の元を去ってしまう。その後、ドミニクは妹のミアからの衝撃的な報せにより、ある男への復讐のために危険を承知で再びアメリカへ舞い戻るのだった。 一方、ブライアンはマイアミでの活躍によってFBI入りを果たし、職務を果たす日々を過ごしていた。彼はとある麻薬密輸組織の捜査をしていたが、ドミニクが国境を越えて戻って来た事を知る。ブライアンにはその理由がわかっていた。複雑な思いを胸に彼は捜査を続けるが、その先で計らずもドミニクと再会することになる。 追っている相手が同じだったのである。 以前の経緯と立場の違いから、二人は手を組むこと無く別々に相手を追い始めるのだった。

登場する車たち
NISSAN スカイラインGT-R BNR34(青。ブライアンがFBIの押収品より自らチューンして使用していたが途中で爆発させられている)
NISSAN スカイライン25GTターボ ER34(白。上記の車とともにブライアンが選んでいる。)
NISSAN GT-R R35(赤。上記の車とともにブライアンが選んでいるが劇中では使用されていない。)
スバル インプレッサWRX STI(銀。ブライアンがドミニクよりGT-Rの替わりに手に入れてもらう)
シボレー・カマロ(ドミニクがラストのカーチェイス中に乗り換える)
シボレーシェベル(ドミニクが使用、初めはレッドのボディーカラーだがレースに出る為にボディーカラーを塗り替える)
NISSAN シルビア S15
クライスラーダッジ・チャージャー(ドミニクが後半で使用。実は初代に登場したチャージャーと同一である事を思わせるシーンがある。)
クライスラー プリムスロードランナー(レティが使用)
ビュイック グランナショナル GNX 1987(ドミニクが冒頭で使用,こちらも本物のGNXではない)
フォード グラントリノ 1972(フェニックスが使用)
BMW M5 E39(黄色。中盤のレースシーンで登場するが途中でクラッシュ)
NISSAN シルビア S14(中盤のレースシーンで登場するが途中でクラッシュ)
HONDA NSX(ミアが使用)
ポルシェ ケイマン(ジゼルが使用)
Ford RS200(白。メインタイトル後のレースで登場)
MAZDA RX-7 FC3S(レティの葬式時に登場)
HONDA シビック EG6(上記のRX-7と一緒に駐車されていた)
ハマーH1(ブライアンとドミニクが組織より奪い逃走する際に使用)
Ford クラウンビクトリア(FBIの捜査車両ブライアンが職務中に使用する)
TOYOTA スプリンタートレノ AE86(カラーはシルバー・ブラックのツートンで上述のRS200とバトル)

備考
NISSAN スカイラインGT-R BNR34が登場する撮影には、RB25DET型を搭載する「25GT-t」をベースとして製作したレプリカ車両が使われた。これは実際のGT-Rはアメリカ国内においては8万ドルもする為である(DVDの特典映像より)。実際に劇中でフロントバンパーの違いで見分けることができる。(リアにはGT-Rエンブレムがついているが、フロントは25GT-tのままになっている)

俳優のドライブシーンの多くが、グリーンスクリーンでの合成撮影である。ハリウッドでは、俳優は各種の制約がある為に危険なシーンは全てスタントマンが行う。(DVDの特典映像より)

本作ではワイルドスピードのシリーズではあまり使われないSUBARUの車両が主に後半でよく使われている。

[ 2009/01/09 03:56 ] MOVIE | TB(0) | CM(0)

あぶない刑事 カーチェイスシーン 1'15"

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1980年代を代表する刑事ドラマ
1986年10月、最初のテレビシリーズである『あぶない刑事』が(毎週日曜夜9時)放送を開始する。当初は2クール(半年間)で終了の予定だったが、回を重ねるごとに注目を集め、さらに2クール(半年間)放送され、結果1987年9月までの1年間放送された。

その余勢を駆って、最初の劇場映画『あぶない刑事』が1988年の正月映画として製作・公開された。

1988年夏、劇場映画第2作『またまたあぶない刑事』が制作・公開された。同年秋からスタートのテレビ第2作目『もっとあぶない刑事』放送に先駆けるかたちでの公開であった。テレビ第2作目はかつて『太陽にほえろ!』が放送されていた枠(金曜夜8時)で2クール(半年間)放送、それに続く形で劇場映画第3作『もっともあぶない刑事』が制作・公開され、この作品をもって一旦は区切りを迎えた。

7年振りの復活、そして終幕?
しかしながら、続編を望む多くのファンの声に応え、7年後の1996年秋、当時の主なオリジナルキャストが再結集する形で劇場映画第4作『あぶない刑事リターンズ』が制作・公開された。あぶない刑事の成功を足掛かりに舘ひろし・柴田恭兵・浅野温子・仲村トオルの主要キャストはビッグネームの一流俳優に成長し、それぞれに別の刑事役が定着しており、再製作に際しては各俳優の承諾が必要な状態であったであろうから「正統派続編」というよりむしろ「復活お祭り騒ぎ」的な要素が強い作品であった。そのため各俳優の演技にお遊び要素が見られる他、ミサイルが港署を通過するなどストーリーも荒唐無稽な部分が強く見られた。またこれまでのシリーズでの最大の敵組織だった銀星会が「もっとも-」で壊滅した(あるいはそれに近い状態に衰退)ために新たな敵として当時カルト教団による犯罪が発生したこともあってカルト犯罪組織を据えたのも時代の流れだと考えられる。

「リターンズ」が一定の成功を収めたため、その2年後の1998年秋、前編が『TVスペシャル'98』放映、後編が劇場映画第5作『THE MOVIE』公開とテレビ・映画のメディアミックスによる作品『あぶない刑事フォーエヴァー』が制作された。「リターンズ」で見られたように劇場版は、タンカーが横浜に突っ込んでくるなどお遊び要素が強かったが、往年のファンには、TVシリーズのオープニングの焼き直しや、かつてTVシリーズや映画「またまた-」まで使われていたインストの曲を使用して、昔の雰囲気を強く残したテレビスペシャルの評価が高かった。しかし、同時期にフジテレビが制作した映画『踊る大捜査線 THE MOVIE』が世間の注目を集めてしまった。1980年代を代表する刑事ドラマの一つではあったが、1990年代を代表する刑事ドラマに話題を奪われる一方で『-THE MOVIE』のラストシーンで暗示するように、この作品をもってシリーズが終焉を迎えたかに思われた。

「リターンズ」「フォーエヴァー」は、タイトルの付け方が「またまた」「もっと」「もっとも」と続いた「『あぶない』を修飾する言葉を付ける」という方式から外れている。(それぞれの公開当時にハリウッドで製作/公開された「バットマン」シリーズのタイトルの付け方に酷似しているが関連性は特に見られない)

あぶない刑事フォーエヴァー THE MOVIEでのカーチェイスで使われた車
第2世代のファイヤーバードは、リア・ウィンドーのトップからほぼ直角的に落ち込むラインを持ち、より鋭角的なボディ・デザインを施されていた。この形状は、F-ボディを利用して最も長期に渡って製造されたファイヤーバードを代表するものである。この新世代のデザインは、リア・ウィンドーが大型化される1975年モデルまで、大きなCピラーを特徴としていた。

1970年モデルには、1969年から持ち越されたラム・エアーIII(335馬力、GTOの366馬力)とラム・エアーIV(345馬力、GTOの370馬力)の2種類のラム・エアー400エンジンが用意された。特徴的な傾斜したフロント・ノーズは、1977年(1979年にいくぶん修正される)に登場した。

1977年から1981年まで、カマロが2灯丸型ヘッドライトを保持し続ける間、ファイヤーバードは4灯角型ヘッドライトを導入した。第2世代で搭載が選択可能となる455エンジンは、恐らくマッスルカー世代で最後のハイパフォーマンス・エンジンである。455エンジンは、1971年に初登場した。1973年と1974年に、455(SD-455と呼ばれる)の特別版も供給された。SD-455はポンティアックの366ナスカー・エンジンからのコンポーネントを利用して、540馬力を発生するレース用のエンジンとして造られたが、同時に環境保護庁とGMの協議の結果、車両は300馬力を上回らないことを義務づけられた。結果としてPMDエンジニアは290馬力でSD-455を登場させた。しかし実際には 371馬力(またはグロスでおよそ440馬力)を発生していた。同エンジンが魅力的であったのは、500馬力以上の仕様に楽に戻すことが出来た事であった。SD-455は、これまでポンティアックが製造したピュア・スポーツカーエンジンの最終形で最強のエンジンであると考えられている。ポンティアックは 455cuiを数年間提供したが、排出ガスに対する規制が強化され終焉を迎える。455cui搭載車は7,100台に留まった1976年のトランザムは、「ビッグ・キューブ・バーズ」の終焉でもあった。1974年にはI6エンジンと、350cuiエンジン(V8、185馬力)、400cui エンジン(V8、175~225馬力)をラインナップした。SD-455が290馬力を生じる一方で455は215と250馬力を生じた。400、455 とSD-455エンジンは1974年の間にトランザムに供給された。しかし、400と455エンジンは1975年と1976年のモデルの唯一のオプションであった。

1976年、ポンティアックは同社の50周年を祝してトランザムの特別版をリリースした。金のアクセントで黒に塗られ、これは最初の記念パッケージであり、最初に生産されたブラックとゴールドの特別版であった。1977年、ポンティアックは180馬力の400cui(6.6L)とは対照的に、T/A6.6L400180馬力と評価される(オプションW72)を供給した。カリフォルニアとハイパフォーマンス車は、オールズ403エンジンを搭載した。1977年の、GMエンジンより僅かに高い圧縮比と日用的なトルクバンドを有したエンジンであった。1978年から始まって、GMエンジニアは、より小さな燃焼室で異なるシリンダーヘッドを通してポンティアック400で圧縮比を上げることによって、長年落ちていた馬力を向上させた。これは、1978~79モデル年の間に合計220の車で10%馬力を増加させた。400/403オプションは1979年まで搭載可能で400cuiのエンジンには、4速トランスミッションが装備された。また、1979年には、シルバー・ボディにシルバー・インテリアを持つ10周年モデルが発売され、同時にファイヤーバードのエンブレムがエンジン・フードに大きく描かれた。

1980年は、ファイヤーバードのエンジンが劇的に変化した年であった。301エンジン(オプションとして1979年に提供される)は、同年モデルの標準装備エンジンであった。オプションは、ターボ付き301エンジンとシボレー305スモール・ブロック・エンジン。第2世代最後の年となる1981年、ファイヤーバードは前年モデルと同じエンジンを搭載し電子制御の燃料供給システムを追加しただけの変更にとどまった。

[ 2009/02/01 18:20 ] MOVIE | TB(0) | CM(0)

007 Tommorow Never Dies Car Chase 3'50"

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装備はルーフ部に小型ミサイルランチャー・ボンネットエンブレム部にワイヤーカッター・パンク修復装置・まきびし・遠隔操作装置(特殊装備付き携帯電話)、ドアノブに低出力スタンガン、催涙ガス噴射装置、防弾ガラス、指紋照合キー付きグローブボックス(中は貴重品入れと予備のワルサーPPKが入っている)など。撮影に際し、複数の同型車が用意された。ホテル駐車場でのカーチェイスシーン(実際の撮影は郊外のスーパーマーケット駐車場)では、ドアミラーにCCDカメラが埋め込まれた車両や、設定ミスによるアルミホイール違いの車両(パンクしたタイヤが自動修復されるシーン)が確認できる。ラストは屋上から落下し、店舗に突入(劇中内でボンドはこの車をレンタカーチェーン、エイビスの店員に扮したQから受領しており、突入した店舗も同じくエイビス。「車を返却した」と言うユーモアとして描かれている)。他の作品でもボンドがセダンに乗っているシーンはあるが、秘密兵器を搭載したボンドカー唯一のセダン。後部座席の窓から乗り降りするというシーンを採用したいがために、E38が選ばれたという。この宣伝効果でBMW7シリーズの売り上げが伸びた。ちなみに実際の撮影には、エンブレムから飛び出るワイヤーカッターを格納するために、エンジン長の短いV8エンジン搭載車が採用された(→750ではない)。

BMW 7シリーズ(英語名: 7 Series、ドイツ語名: 7er)はドイツの自動車メーカー、BMWが生産・展開しているフルサイズラグジュアリーセダン。同ブランドのフラグシップモデルである。

5人乗り(例外的にL7は4人乗り)の大型セダンで、メルセデス・ベンツ Sクラスやジャガー XJをライバルとしてきた。 近年ではアウディ・A8やレクサス・LSなどの新興勢力の台頭により激戦区となっている。他のライバルの多くがショーファードリブン(オーナーは後席・専従の運転手がハンドルを握る)としての性格が強い中、このシリーズはオーナー自らがハンドルを握る車(オーナードリブン)としての性格を強く持たされているのが特徴。

車名の後のアルファベットは
i :フュエルインジェクション
A :オートマチックトランスミッション
L :ロングホイールベース
d :ディーゼル

3代目 E38(1994年-2001年)
3代目7シリーズ。 当時の3シリーズ(3代目/E36)に似せたヘッドライトを採用。空気抵抗係数(Cd値)は0.30である。エンジンは基本的に従来モデルの物を踏襲する。 1996年にトランスミッションが変更になり、全車マニュアルモード付きのステップトロニック搭載となる。 1998年にはフェイスリフトを行うと共に、V型8気筒モデルにエアロパーツやスポーティーな内装のMスポーツ仕様が追加される。

日本に正規輸入されたモデルは以下のようになっている。
* 740i (-1996年)
V型8気筒DOHCエンジン、3981cc、286馬力

* 750iL (1995年-2001年)
V型12気筒SOHCエンジン、5379cc、326馬力

* 735i (1996年-2001年)
V型8気筒DOHCエンジン、3497cc、235馬力

* 740i (1996年-2001年)
V型8気筒DOHCエンジン、4398cc、286馬力

* L7 (1997年-2001年)
V型12気筒SOHCエンジン、5379cc、326馬力
750iLよりホイールベースを250mm引き伸ばし、後席の居住性を上げたリムジン。後席に大型センターコンソールが付加され、乗車定員は4人。東アジア(日本など)および中東地域のみで販売されていた。

欧州ではV型8気筒DOHCのディーゼルモデル740dが発売された。

[ 2009/03/08 05:27 ] MOVIE | TB(0) | CM(0)

007 Die Another Day Car Chase Scene 8'11"

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光学迷彩装置・自動追尾散弾砲・マシンガン・ミサイル、エジェクション・シート、遠隔操作装置(キーホルダーに操作装置がある)、四輪に出し入れ式大型スパイク、熱センサーなど。ただし、撮影では秘密兵器部分のスペースのためV8を積んでいた。また氷上でのカーチェイスなので一部の撮影車両は4WDに改造した。

アストンマーチン・V12ヴァンキッシュは、イギリスの自動車メーカーアストンマーチンが製造するクーペタイプの高級車である。

V12ヴァンキッシュはDB9の上位に位置する、同社のフラッグシップスポーツカーである。また、2004年に発売された「V12ヴァンキッシュS」はアストンマーチン史上最速の車種である。

2002年公開の映画『007 ダイ・アナザー・デイ』のボンドカーに使用され、BMWとの契約が切れた後の最初のアストンマーチン車として登場した。

1954年に操業を始めたニューポートパグネル工場で生産されている最後の車種である。

2007年夏をめどに生産を終了し、後継車種はDBS V12となる予定。

2000年に発表、2001年のジュネーブショーに出品した後、「V12ヴァンキッシュ」が発売された。

2004年、パリサロンで高性能版「V12ヴァンキッシュS」を発表。内外装に変更が加えられ、エンジンの出力もアップした。

2007年、Vanquish S Ultimate Edition を発表。

2007年6月、生産終了。

* 現代アストンのアイデンティティのVHプラットフォームの基礎となる、カーボンファイバーとアルミの混成ボディフレームを持ち、外装パネルはすべて職人による叩き出しのアルミパネルによって構成される。しかし新世代のDB9やV8ヴァンテージと比べるとメーター類などに若干の古さを感じさせる(それでも最新のフェラーリと肩を並べられるレベルではあるが)。
* エクステリアはDB7と同じイアン・カラムによるもの。
* V型12気筒エンジンはフォードのデュラテックV6がベースで、ヨーロッパフォードの本社があるケルンのアストン専用工場で製造される。
* 日本での価格は2260万円(V12ヴァンキッシュ)、2614万円(V12ヴァンキッシュS)。右ハンドルと左ハンドルを選択可。
* トランスミッションは6速セミATであり、パドルシフトを装備する。
* 通常は2シーターだがオプションで後席を装着して2+2にすることもできる。

[ 2009/03/09 06:04 ] MOVIE | TB(0) | CM(0)

Aston Martin V8 Vantage - The Living Daylights 1987 7'40"

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ボンドカー
ティモシー・ダルトンがジェームズ・ボンドを演じる映画『007 リビング・デイライツ』にボンドカーとして使用された。オープンタイプの“ボランテ”と、クーペタイプの“サルーン”が登場。秘密兵器が搭載されるのはアストンマーチンV8サルーン。盗聴無線、レーザーカッター、防弾ガラス、ロケットランチャー、オートスパイクタイヤ、スキーアウトリガー、ロケットブースター、自爆装置など、多彩な秘密兵器が搭載された。

アストンマーチン・V8は、アストンマーチン・ラゴンダ社が1972年4月-1989年10月に製造したスポーツカーであり、Sr.1-Sr.5までのモデルが存在する。主任技師マレックがアストンマーチン社引退間際に全力をあげて設計したDBS(DBS V8)の発展型モデル。

前モデルの「DBS V8」と一目見て異なるのは、ヘッドライト部分を含めたノーズ部分のデザインである。

1971年にアストンマーチン社の経営権がデビッド・ブラウンからカンパニー・ディベロップメンツに変わった事からV型8気筒エンジンにはDBシリーズの名は冠せられていないが、基本設計は旧DBシリーズの直系にあたる。

英国スポーツカー伝統のシューティングブレーク(貴族が狩猟に使うためのワゴンタイプ)タイプも存在し、1977年からは高性能モデルの「V8ヴァンテージ」も生産された。

* エンジンは、その名の通り5340ccの水冷90°V型8気筒エンジンを搭載。V8エンジンにDOHCという当時としてはかなり贅沢な設計で、最高回転6250rpmという高回転型エンジンに仕上げられている。初期型はBOSCH製のフューェルインジェクション、後期型はダウンドラフトツインチョークウェーバーキャブレター4基で燃料をコントロール。当時のアストンマーチン・ラゴンダ社は、ロールスロイス社と同じくエンジン出力を公表しない主義を取っていたため、正式な馬力は不明。280bhp~340bhpと言われている。 0-400mを14.3秒で走りぬけ、1,800kgの巨体を最高258km/hまで引っ張るところからおおよその値は類推できる。仕向け地別の排出ガス対策の度合いや、注文主の好み、年式やモデルにより上下していると思われる。

* 高性能モデルV8ヴァンテージの最終型が搭載する580Xエンジンは430bhpを出すとも言われている。

* 当時最高級のパワーステアリングが搭載されており、変速機はクライスラー製トークフライト3速ATと、ZF製5速フルシンクロMTが同じ価格で用意されていた。現代車に比べればペダルはかなり重いが、ガーリング製4ポット・キャリパーとベンチレーテッドディスクをロッキードAP製のバキュームサーボでアシストしたブレーキは耐フェード性も高く、信頼性の高い制動力を持っていた。

* 子牛5頭分のコノリーレザーによる内装は贅沢で、パネルにはSMITH製の6つのメーターとLUCAS製のアンペアメーター(Sr.4からはボルトメーター)計7連がW型に配置されている。Sr.3までは結晶塗装のパネルにメッキリングのメーターが輝き、Sr.4からはメッキリングが廃止され、代わりに風合いのあるウッド製のパネルとなる。

* スーパーレジェッラ工法による、細い鋼管にアルミパネルを手作業で溶接したボディーは、22層もの塗装が施され、抜群のフィニッシュを見せる。大きなV8エンジンをフロント収めたロングノーズと、古いイタリア車風の洗練されたバックラインを持つが、均整のとれたプロポーションのボディは意外に大きく、そのボリュームは見る者を圧倒し、魅了する。

* 車名:AMV8 * 全長:4590mm
* 全幅:1830mm
* 全高:1330mm
* 最低地上高:120mm
* ホイールベース:2605mm
* トレッド:1500mm/1500mm
* エンジン:水冷90°V型8気筒DOHC
* 排気量:5340cc
* 変速機:クライスラー製トークフライト3段自動変速(トルクコンバーター)またはZF製フルシンクロ5段手動変速

V8サルーン 1972年~1989年 1984台
V8ヴァンテージ(ハイパワー) 1977年~1989年 361台
V8ヴォランテ(オープン) 1978年~1989年 849台
V8ヴァンテージ ヴォランテ 1987年~1990年 115台

[ 2009/03/10 06:21 ] MOVIE | TB(0) | CM(0)

James Bond 007 - The Spy Who Loved Me (1977) 5'03"

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007_James Bond 007 - The Spy Who Loved Me (1977)
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(通称:ウェットネリー)潜水艇に変形する。装備 自動車時・セメント散布装置:潜水艇時・地対空ミサイル・小型魚雷・水中煙幕・小型爆雷など。

ロータス・エスプリ (Lotus Esprit) は英国のロータスが生産していたスポーツカーである。ロータス・ヨーロッパの後継車として1975年に登場した。ジョルジェット・ジウジアーロのデザイン。ロータスがライトウェイトスポーツカー路線から、スーパーカー路線へ変更したモデルでもある。

1976年の初代モデル"S1"(シリーズ1)(後に"S2"が発表された為、初代はさかのぼって"S1"と呼称されるようになった)から、2004年の最終モデル"V8アニバーサリー"生産終了まで、28年間に渉り1万台以上が生産された。

ロータス・エスプリの原型は、ジウジアーロ率いるイタルデザインが1972年に発表したコンセプトモデルである。フロントウインドシールドにまで平面ガラスを用いたスタイリングは、まさにジウジアーロの真骨頂である。 1975年の10月にはプロトタイプがパリ・サロンに登場、翌1976年に、初代モデル"S1"が発売された。コンセプトモデルではアルミであったボディは、エラン以降のロータス車と同様にFRPボディに変更された。この変更に合わせて、スタイリングも同時期の同じイタルデザイン作品のマセラティ・ブーメランで発表されていたエッジを強調する細部モチーフを汲んで変更を受けている。 ロータスのFRP成型と言えば、トヨタともパテント契約したロータス特許の真空吸引成型法VARIが有名だが、エスプリのボディに同製法が採用されるのは1988年のニューシェイプ以降であり、この当時のエスプリのボディはハンドレイアップで成型されている。そのため樹脂硬化時のムラによるボディ面の歪が大きく、また個体重量差は100kg近くもあった。

鋼板を溶接したバックボーン・フレームにミッドに搭載されるエンジンは、シリンダーが45度傾倒したロータス自製の2リッター水冷直列4気筒DOHCエンジンである。 1978年にはマイナーチェンジを受けた"S2"が登場。主な変更点はカムの設計変更、リアサスのファインチューン、室内の遮音の見直し、リアクォーターのエアインテークの追加等である。

1980年、ターボモデル『ターボエスプリ』が当時のF1『チームロータス』のメインスポンサー『ESSEX』のカラーリングを纏い、100台限定モデル(量産モデルとは、リアバンパーに『LOTUS』のモールドがない、リアクォーターにエアインテークがない等細部で異なる)として登場した。後にカタログモデルとなる『ターボエスプリ』は、ターボユニット搭載に加えて、2.2リッターにボア・アップされ、大幅にパワーアップした。同時期にV8エンジン搭載モデルも開発されていたが、重量がかさんでしまうことから市販化は見送られた。 『ターボエスプリ』では、わずかに車高が上げられてバンパー高さ規制をクリアし、アメリカへも輸出販売することができるようになった。 翌1981年にはターボエスプリをベースにしたNA版"S3"を発表する。

1987年、それまでの鋳鉄製シリンダーライナーをニカシルコーティングを施したマーレ社製のアルミ製部品へ変更し、燃焼室内の冷却向上によりターボの圧縮を高めることに成功。"HC"(ハイコンプレッションの略)として売り出した。それまで鋳鉄ライナーとアルミブロックの熱膨張差を吸収するために設けられていた大きな冷間時クリアランスが解消し、始動直後のディーゼルエンジンのような振動騒音が抑えられた。

同年通称『ニューシェイプ』と呼ばれる新デザインのエスプリへ世代交代。従来のジウジアーロデザインに比べ、やや丸みを帯びたボディは、ロータス社のピーター・スティーブンスによるものであり、空力性能の大幅な向上が実現した。真空吸引成型VARIの採用によりスチールプレス製と遜色のない滑らかなボディが実現している。 トランスミッションは、従来のシトロエンSM用5段M/Tから、ルノー・アルピーヌGTA用5段M/Tに刷新された。エンジンには、大幅な変更は加えられていないが、ターボモデルは、ギャレットエアリサーチ製T3に水冷式のインタークーラー(チャージ・クーラーと呼ばれる)が組み合わせて搭載された。なお、"ニューシェイプ"以降、最終型以前まで、テールランプはトヨタのAE86レビン(前期型。同兄弟車『トレノ』のものとは異なる)のものを流用した。(最終型では丸型テールランプへ意匠変更)

1993年、従来の直列4気筒2.2リッターをベースとしながら、過給によって300psを叩き出すホモロゲーションモデル"スポーツ300"が登場。4気筒モデルは、ここに頂点を迎える。

1996年、4気筒とは別系統として、3.5リッターV型8気筒ツインターボエンジンを搭載した"V8"が登場。最高出力350psを発揮した。

その後、4気筒モデルは"S4"→"GT3"と、8気筒モデルは"GT350"→"アニバーサリー"と進化を遂げながら併売され、前述の通り2004年に生産終了となった。

映画007シリーズに登場し、ボンドカーとして活躍した。『007 私を愛したスパイ』に登場したエスプリは潜水艦に変型するなど、秘密兵器を搭載していた。『007 ユア・アイズ・オンリー』には白のターボ(冒頭で自爆)、スキーキャリアを備えたアンバーメタリックのターボが登場した。また、その後もイタリア系プロデューサ(とイタリア人監督)とドイツ製品を嫌う一派が、『プリティ・ウーマン』や『氷の微笑』と立て続けにエスプリをスクリーンに登場させた。

[ 2009/03/11 06:53 ] MOVIE | TB(0) | CM(0)

007 Goldeneye Tank Chase 5'43"

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Goldeneye_Tank_Chase
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『007 ゴールデンアイ』(ダブル オー セブン ゴールデンアイ、007 GoldenEye)は、1995年公開、マーティン・キャンベル監督のアメリカ合衆国・イギリス製作のアクション映画。

007シリーズ第17作。ジェームズ・ボンド役としてピアース・ブロスナンが演じた初の作品である。 当時、イアン・フレミングの007原作は短編『ナッソーの夜』(原題: Quantum of Solace, 2008年に『007 慰めの報酬』として映画化) だけが残っていたが、この映画では原作として使用されなかった。また、本作は007小説の後継者とされたガードナーが、前作に続き小説を執筆している。 007シリーズとしては初のドルビーデジタル作品でもある。 1990年代に入って冷戦が終結、またアルバート・R・ブロッコリらシリーズ当初からの製作者が去ったことにより、シリーズ2度目の大きな転換期となった作品である。ボンドが悪の組織と戦う構図は変わらないものの、シリーズの世界観を大きく変更した。やや時代から取り残され、下降線を辿りつつあったシリーズを復活させ、近代化した作品として現在でも評価が高いシリーズ中の傑作の一つ。 世界観だけでなく、アクションシーンの方向性やカット割もサンクトペテルブルク市内の戦車での市街戦など、過去シリーズと大きく変更された。ボンド役もピアース・ブロスナンへ交代しシリーズの人気は復活、以降3作のいずれもヒットを記録している。ブロスナンは、『リビング・デイライツ』の際にもボンド役をオファーされていたが、『探偵レミントン・スティール』の契約が残っており受けることができず、本作で出演を果たした。しかし、本作でのボンド役の第1候補はリーアム・ニーソンで、アクション映画に惹かれないという理由で断っていたことが後に明らかとなった。

ストーリー
ソ連崩壊前、ソ連の化学兵器工場に006ことアレックと共に侵入したボンドだったが、責任者のウルモフ大佐によりアレックが拘束されてしまう。ボンドはやむなく彼を見捨て秘密工場を爆破し、任務を達成した。

それから9年後。20世紀も終わりに近く、ソ連は既に崩壊していた。ボンドはモナコでロシアの犯罪組織「ヤヌス」のメンバーであるゼニアをマークしていたが、彼女と将軍になっていたウルモフは、対電磁波装甲を施したNATOの最新鋭戦闘ヘリコプター・タイガーを、デモンストレーションを行っていたフリゲート艦上から奪取・逃走する。

その後ゼニアとウルモフは、ロシアの秘密宇宙基地に現れ、ソ連時代の秘密兵器「ゴールデンアイ」を起動させ、兵士と職員を皆殺しにする。女性コンピューター技術士のナターリアは、奇跡的に生き残り脱出した。

ボンドは「ゴールデンアイ」とヤヌスの関係の手掛かりを求めてサンクトペテルブルクへ行き、そこで9年前殺されたはずのアレックと再会して、意外な真実を知る。

[ 2009/03/12 12:11 ] MOVIE | TB(0) | CM(0)

007 Tomorrow Never Dies - Motorbike Scene 6'10"

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ボンドのバイクアクションシーンにもBMWが使用され、当時発売されたばかりのBMW初のクルーザータイプであるR1200Cが登場している。

[ 2009/03/30 14:53 ] MOVIE | TB(0) | CM(0)

007 Your Eyes Only 5'48"

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シトロエン2CV (Citroën 2CV) は、フランスのシトロエン社が1948年に発表した、前輪駆動方式の乗用車である。きわめて独創的かつ合理的な設計の小型大衆車で、自動車の歴史に残る名車の一つと言われている。

「2CV」とは「2馬力」を意味し、フランスにおける自動車課税基準である「課税出力」のカテゴリーのうち「2CV」に相当することに由来するが、実際のエンジン出力が2馬力であったわけではない。後年の改良によるパワーアップで税制上3CV相当にまで上がったが、車名は2CVのままだった。フランス本国では「ドゥシヴォ」(「ドゥー・シュヴォー」、deux chevaux)と呼ばれる。

ユニークな着想を数多く盛り込んだ簡潔軽量な構造により、非力ではあったが、優れた走行性能と居住性、経済性を同時に成立させた。第二次世界大戦後のフランスにおけるモータリゼーションの主力を担い「国民車」として普及、さらにヨーロッパ各国で広く用いられた。

その無類にユーモラスなスタイルと相まって世界的に親しまれ、自動車という概念すら超越して、フランスという国とその文化を象徴するアイコンの一つにまでなった。

1948年から1990年までの42年間大きなモデルチェンジのないままに、387万2,583台の2CVが製造された(フランスでは1987年に生産終了、以降はポルトガルでの生産)ほか、並行して基本構造を踏襲した派生モデル数車種が合計124万6,306台製造された。単一モデルとしては、世界屈指のベストセラー車・ロングセラー車である。

開発以前
シトロエン社の自動車生産開始は第一次世界大戦後の1919年で、フランスでは後発メーカーであった。だが、アメリカのフォードに倣った大量生産システムの導入で中~小型の高品質な自動車を廉価に供給し、わずか数年間でフランス最大の自動車メーカーに急成長した。

この間、1921年に3人乗りの超小型乗用車「5CV」を開発したが、当時のベストセラー車となったにも関わらず、1926年に生産中止されてしまった。社主アンドレ・シトロエンがより大型のモデルに経営方針をシフトしたためである。この経営判断は競合メーカーのプジョーやルノーに小型車クラスの市場を奪われる結果となり、シトロエン社の経営基盤確立は遠のいた。

シトロエン社はヨーロッパでも早い時期から鋼鉄製ボディや油圧ブレーキを導入するなど先端技術の採用に熱心であった。

1933年には新たに斬新なニューモデルの開発に乗り出し、翌1934年、同社最初の前輪駆動モデル「7CV」(いわゆる「シトロエン・トラクシオン・アバン」の最初のモデル)を発表したが、同年、この前輪駆動車開発に伴う膨大な設備投資によってついに経営破綻する。これに伴いアンドレ・シトロエンは経営者の地位を退き、代わってフランス最大のタイヤメーカー、ミシュランが経営に参画することになった。

この際、ミシュラン社から派遣されてシトロエン副社長職に就任したのが、元建築技術者であったピエール・ブーランジェ(Pierre Jules Boulanger 1885-1950)であった。彼はミシュラン一族からシトロエン社長に就任したピエール・ミシュランと共にシトロエン社の経営立て直しに奔走し、1937年のピエール・ミシュランの事故死に伴って社長に就任、1950年の死去までその地位に在った。

開発のきっかけ
1935年夏、ピエール・ブーランジェは別荘でのバカンスのため、南フランスのクレルモン=フェランの郊外へ赴いた(クレルモン=フェランはミシュラン社の本社工場所在地である)。

彼はそこで、農民たちが手押し車や牛馬の引く荷車に輸送を頼っている実態に気付いた。当時のフランスの農村は近代化が遅れ、日常の移動手段は19世紀以前と何ら変わらない状態だったのである。

ブーランジェは、シトロエン社のラインナップに小型大衆車が欠落していることを認識していた。そこで、農民の交通手段に供しうる廉価な車を作れば、新たな市場を開拓でき、シトロエンが手薄だった小型車分野再進出のチャンスともなる、という着想を得た。

ブーランジェは周到な市場調査によって、この種の小型車に対するニーズの高さをつかみ、将来性を確信した。そして1936年、アンドレ・ルフェーヴル(André Lefèbvre 1894-1964)らシトロエン社技術陣に対し、農民向けの小型自動車開発を命令する。この自動車は「Toute Petite Voiture(超小型車)」を略した「TPV」の略称で呼ばれた。

TPV、のちの「2CV」開発責任者となったルフェーヴル技師は、元航空技術者であった。航空機開発技術を学んで第一次大戦中に航空機メーカーのヴォアザン社に入社、芸術家肌の社主ガブリエル・ヴォアザンに師事して軍用機の設計を行った。 戦後ヴォアザンが高級車メーカーに業種転換すると自動車設計に転じ、高性能車の開発に携わっている。

そしてのちヴォアザンの業績悪化に伴い退社、ルノーを経て1933年にシトロエン入りし、「シトロエン・トラクシオン・アバン」の開発を発案して短期間のうちに完成させていた。

彼は天才型の優秀な技術者であり、第二次世界大戦後には「2CV」に続いて未来的な設計の傑作乗用車「シトロエン・DS」の開発にも携わっている。

「こうもり傘に4つの車輪」
ブーランジェの提示した農民車のテーマは、「こうもり傘に4つの車輪を付ける」という、簡潔さの極致を示唆するものであった。価格はアッパーミドルクラスであるトラクシオン・アバンの1/3以下、かつ自動車を初めて所有する人々でも容易に運転できることが求められた。

しかし、自ら自動車を運転もするブーランジェによって具体的に示された条件は、技術陣をして「不可能だ!」とまで言わしめた難題だった。それは以下のようなものであった。

* 50kgのジャガイモ又は樽を載せて走れること
* 60km/hで走行できること
* ガソリン3リッターで100km以上走れること
* 荒れた農道を走破できるだけでなく、カゴ一杯の生卵を載せて荒れた農道を走行しても、1つの卵も割ることなく走れるほど快適で乗り心地がよいこと
* 価格はトラクション・アバンの1/3以下
* 車両重量300kg以下
* もし必要とあれば、(自動車に詳しくない初心者の)主婦でも簡単に運転できること
* スタイルは重要ではない

悪路踏破力、乗り心地、経済性のいずれにおいても厳しい条件であるが、それでもブーランジェは実現を厳命した。その後の技術陣の努力によって、実現に至らなかった点もあったものの、無理難題の多くが満たされた。

加えてブーランジェは、最低限に留まらない十二分な車内スペース確保も要求し、身長2m近い大男であるブーランジェ自身が、シルクハットを被っては試作車に乗り込み、帽子が引っかかるようなデザインは書き直しを命じた。この「ハット・テスト」によって、最終的にこのクラスの大衆車としては望外と言ってよいほどゆとりある車内スペースが確保されることになった。

TPV試作車
既に「トラクシオン・アバン」で前輪駆動車の量産化を成功させていたアンドレ・ルフェーヴルは、TPVの駆動方式にも前輪駆動方式を採用した。プロペラシャフトを省略でき(軽量化や振動抑制、低重心化の効果がある)、更に操縦安定性にも優れていたからである。

開発作業はシトロエン社内でも特に機密事項として秘匿され、外部の眼に一切触れることなく進行した。

1939年には、TPVプロジェクトは相当に進行し、試作車が完成しつつあった。それらはアルミニウムを多用して軽量化され、外板には波板を使うことで強度を確保した。簡潔な造形によって、外観は屋根になだらかな曲線を持ったトタンの物置という風体だった。

屋根は幌による巻き取り式のキャンバストップで軽量化と騒音発散を図り、座席には通常の金属スプリングの代わりに、ゴムベルトを用いたハンモック構造を採用して軽量化した。ヘッドライトはコストダウンと軽量化のため、片側1個だった(当時のフランスの法律ではライト1個でも差し支えなかった。後の生産型では2個ライトになった)。パワーユニットは、トラクシオン・アバンの先進的なOHVエンジンを設計したモーリス・サンチュラの手になる、水冷式エンジンを搭載していた。 サスペンション・アームは軽量化の為に、マグネシウムを使用していた。サスペンション用のスプリングとしては各輪共トーション・バーを3本、過荷重用に1本、合計4X4=16本使用していたが、開発は最終完成には至っていなかったとされる。

第二次世界大戦
第二次世界大戦勃発後の1940年、フランスはナチス・ドイツの侵攻を受けて敗退、パリをはじめフランス全土の北半分は占領地となった。

ジャベル河岸のシトロエン社も占領軍の管理下に置かれたが、経営責任者の座に留まったピエール・ブーランジェは公然とサボタージュを指揮し、占領軍向けのトラック生産を遅滞させたり、時には故意に欠陥車を送り出すなどして損害を与えるよう努めた。このようなレジスタンス活動によりブラックリストに載せられながら、ブーランジェは1944年のフランス解放まで巧みに生き延びた。

この際、開発途上だったTPVをナチスの手に渡さないため、ブーランジェの命令によってTPVプロジェクトの抹消が図られた。1939年の Motor Show の為に準備された( 結局は戦争で実現しなかったが。) 250台の "The first 2CV"(=2CV-Prototype)は 1 台を残して破壊され、また一部は工場などの壁に塗り込められ、あるいは地中に埋められた。これらは1990年代以降最終的に合計 5台が発見されている。(ナチスとブーランジェ、双方の目を逃れて)破壊や埋設を免れた少数は、ボディを改造して小型トラックに偽装された。(前述の台数と重複していると思われるが、後の2000年にミシュラン工場改築の際、レンガの壁を壊したところ中から新たに3台が発見された)。

独自の研究開発が禁じられた困難な状況下ではあったが、ルフェーヴルら技術者たちは、ナチス側の監視をかいくぐって、終戦後に世に送り出されるべきTPVの開発を進行させた。

だがシトロエン社内部での検討によって、コスト過大からTPVにアルミを多用することは困難であるという結論が出された。やむなくTPVの多くのパーツは普通鋼に置き換えられることになった。

1944年の連合軍勝利に伴うフランス解放によってTPVの本格的な開発作業が再開された。

試作車用にモーリス・サンチュラが設計した水冷エンジンは、改良を重ねても不調であった。このため、高級スポーツカーメーカーのタルボ社(Talbot)から1941年に移籍してきた有能なエンジン技術者ワルテル・ベッキア(Walter Becchia)が、新たに信頼性の高い空冷エンジンを開発して問題を解決した。

またボディデザインは、イタリア人の社内デザイナーであるフラミニオ・ベルトーニ( Flaminio Bertoni 1903-1964 )によって洗練を加えられた。

発表と嘲笑
1948年10月7日、シトロエン2CVはフランス最大のモーターショーであるパリ・サロンにおいて公に発表された。

多数のマスコミ・観客が見守る中、ブーランジェ社長によって紹介され、除幕された「ニューモデル」の2CVは、あまりにも奇妙なスタイルで、観衆をぼう然とさせ、立ち会ったフランス共和国大統領のヴァンサン・オリオールをして困惑せしめたという。しかしながら、この問題はブーランジェのメディアへのショー前公示不足が大きな原因であったとする見解もある。

この時点で、競合するルノーの750ccリアエンジンの大衆車「4CV」や、プジョーの1クラス上の1300cc車「203」が既にデビューしており、それら他社製の戦後型ニューモデルがごく「まとも」な自動車であっただけに、2CVの奇怪さが際だった。

大衆は2CVを見て「醜いアヒルの子」「乳母車」と嘲笑し、居合わせたアメリカ人ジャーナリストは「この『ブリキの缶詰』に缶切りを付けろ」と揶揄した。前衛派詩人で皮肉屋の作家ボリス・ヴィアンは2CVを「回る異状」と評した。

このような情勢から2CVを「エキセントリックな泡沫モデル」と見なす向きも少なくなかった。実際、同時期のフランスでは中小メーカーによって奇想天外な珍設計の超小型車が何種類か送り出されており、それらのほとんどが商業的・技術的に失敗作だったのである。

成功
だがピエール・ブーランジェはこの自動車の成功を確信していた。2CVがその奇矯な外見とは裏腹に、あらゆる面で合理的な裏付けを持って設計され、市場ニーズに合致した自動車であるという自信を持っていたからである。

もっとも彼は2CVの未曾有の成功を完全に見納めないうちに、1950年自ら運転するトラクシオン・アバンの事故で死亡した。

先行量産モデルは「特に2CVを必要としている」と考えられた希望者に優先販売され、日常における実際の使用条件について詳細なモニタリングが行われた。それらはフィードバックされ、技術改良と販売方針の改善に活用された。

2CVが廉価なだけでなく、維持費用も低廉で、扱いやすくて信頼性に富み、高い実用性と汎用性を有していることは、短期間のうちに大衆ユーザーたちに理解された。1949年の生産はスターターの必要性などの問題点があり、同年7月より始まり日産4台: 876 台に留まったが、翌1950年には 6,196 台と、月産400台のペースで量産されるようになり 1951年には生産台数は 14,592 台になった。以後も生産ペースは順調に増加していった。

フランス国民はこの(エキセントリックな)自動車の外見にも早々に慣れ、2CVは数年のうちに広く普及した。街角や田舎道に2CVが止まる姿は、フランスの日常的光景の一つとなった。

更にはヨーロッパ各国にも広範に輸出され、ことにその経済性と悪路踏破能力は各地のユーザーに歓迎された。イギリスなどにおいて現地生産も行われている。

シトロエン社はその後、排気量拡大や内外装のマイナーチェンジなどを重ねて2CVをアップデートしていくと共に、派生モデルを多数開発して小型車分野のラインナップを充実させた。1967年に後継モデルと思われる「ディアーヌ」を発表したが、結果として2CVはそれよりも長生きすることになった。ことに1970年代のオイルショックは、2CVの経済性という特長を際だたせることになった。

また、優れた経済性と走覇能力とを併せ持つ2CVに着目した欧州の若者達は、世界旅行の手段として2CVを選び、北はノルウェー、東にモンゴルを抜けて日本、西にアラスカ、南にアフリカを走り抜けた。更には世界一周旅行に出かけて50カ国、8つの砂漠を走り約10万kmを走覇したコンビもあった。

2CVの派生車
* 1951年 2CV タイプAのセンターピラーから後ろを箱形の荷室にしたユーティリティー(バン)、AU(後のAK)発表。
* 1954年 425ccエンジンのタイプAZのユーティリティー、AZU発表
* 1958年 2基のエンジンを前後に積む4WD車4×4サハラ(Sahara : タイプAW)発表
* 1960年 英国で生産されるFRPボディの2ドアクーペ、ビジュー (Bijou) 発表
* 1961年 小さなDSとしてアミ(AMI 6)発表 * 1967年 2CVの後継車ディアーヌ(DYANE)発表
* 1968年ABS樹脂ボディの多目的車メアリ(MEHARI)発表
* 1973年 途上国向け多目的車FAF発表
* このほか、2CVのシャーシを利用したさまざまなキットカーが制作された。例、Teilhol Tangara、Lomax、Hoffmann Cabrioletなどが日本にも輸入されている。

終焉
だが1980年代に至ると、基本設計が余りにも古くなり過ぎ、衝突安全対策や排気ガス浄化対策などに対応したアップデートが困難になってしまった。それにつれて販売台数も低下、1988年にフランス本国での生産が終了し、ポルトガル工場での生産も1990年に終了した。

40年に渡る長いモデルスパンはビートルこと「フォルクスワーゲン・タイプ1」や初代「Mini」と肩を並べるものであった。

スタイル・機構
全長×全幅×全高は3830×1480×1600mmで、全高を除いては現代の小振りな1000~1300cc級乗用車並みのサイズである(初期は全長3780mm)。

だが重量は極めて軽く、375ccの初期形で495kg、602ccの末期形で590kgに過ぎない。安全対策装備がほとんど備わっていないという実情はあるが、サイズに比して極めて軽量で、その構造が簡潔かつ合理化されている事実を伺うことができる。

ボディ外観
発表時から絶えず悪口や嘲笑の的に、更には無数の冗談の種になった珍無類のスタイルであるが、きわめて合理性に富んだ機能的デザインである。その実用性を最重視しつつも、結果として極めて個性的かつユニークなスタイルとなった外観は現在でもファンが多い。

1960年までは外板の一部(ボンネット等)に強度確保のため波板構造を用いており、ユンカースの輸送機を思わせる機能優先な外見だった(1961年以降は 5本峰の補強外板となった)。

1930年代に原設計された自動車らしく、グラスエリアが狭くフロントフェンダーも独立した古い形態を残している。ボンネットは強度確保のため強い丸みを帯びており、その両脇に外付けされたヘッドライトと相まって、2CV独特の動物的でユーモラスなフロントスタイルを形成している(2CVは静荷重による姿勢変化が大きいため、ヘッドライトは簡単に光軸調節ができる設計)。

フロントグリルは細い横縞状の大型グリルで、ボンネットフードはフェンダーのすぐ上から開く構造だった。1961年にボンネットフードと共にグリルも小型化され荒い横縞となった。何れも寒冷時にエンジンのオーバークールを防ぐため、布またはプラスチックのカバーが用意されていた。

客室部分は4ドアを標準とする。初期のドアは中央のピラーを中心に対称に開き、上に引き抜くことで簡単に取り外すことも出来た。1964年に安全上の理由から前ヒンジとなった。

居住性を重視して円弧状の高い屋根を備え、ガラスは簡素化のため平面ガラスしか使われていない。側面も複雑な曲線は持たず、幅員の有効活用のため1930年代の多くの自動車のようなホイールベース間の外部ステップは持たない(この点、同時代のフォルクスワーゲン・ビートルより進んでいた)。徹底した機能主義的デザインには、同時代の建築家ル・コルビュジェからの影響が指摘されている。

前部窓下にはパネルを開閉するタイプの(原始的だが効率よく通風できる)ベンチレーターを備える。なお、虫や落ち葉等の異物が入ってこない為に金網が開口部に張られている。

側面窓は複雑な巻き上げ機構を省き、中央から水平線方向にヒンジを持つ二つ折れ式である。開け放しておくときは、下半分を外側から上に回転させて引っかけておく。初期のものには方向指示器が無く、ドライバーがこの状態で窓を開け、腕を外に出して手信号で指示することを想定していた。プリミティブの極致である。

リアフェンダーは曲面を持った脱着式で、後輪を半分カバーするスパッツ状である。タイヤ交換の場合、ジャッキアップすれば、スイングアームで吊られた後輪は自然に垂下して作業可能な状態になるので、着けたままでも実用上の問題はない。

屋根はキャンバス製が標準で、好天時には後方に巻き取ってオープンにできる。(初期型はトランクの蓋までもが幌製だったが、1957年金属製となった)キャンバストップとしたのは、軽量化やコストダウンの他、空冷エンジンの騒音を車内から発散させる効果も狙ったものである。このため、柱時計や箪笥等の背の高い荷物も屋根を開ければ簡単に運べた。

他にも、中央に1つだったストップランプを標準的な2つに、太いCピラーに窓を付けるなど大小さまざまな改良が加えられたが、基本的な形状は42年間変わらなかった。

車内
大人4人が無理なく乗車できる。排気量に比してスペースは非常なゆとりがある(排気量400cc以下の自動車でこれほどの居住性を実現した例は世にも希である。ただし、車内幅は開発された時代相応に狭い)。

内装はごく簡素であり、計器類やスイッチは「運転に必要な最低限」しか装備されていない。その初期には燃料計すら装備されていなかった(燃料残量はタンク内に計量バーを差し入れて読み取るしかなかった)。ダッシュボード(?)下にはドライバーの膝上の高さで横方向一杯のトレーがあり、小物を置きやすい。

ステアリングは長年パイプを組み合わせた簡素な2本スポーク仕様だったが、1970年代以降にはグレードによってシトロエンの上級クラスと同じく片持ち式の1本スポークモデルもあった。1本スポークなら事故でドライバーがステアリングに叩きつけられても、ステアリングが折れて衝撃をある程度吸収できると見込んだものである。

パイプフレームで骨格を構築されたシートは、ゴムベルトでキャンバスを吊って表皮を張っただけの簡素きわまりない軽量設計であるが、乗客の身体によくなじみ、乗り心地は優秀である。パイプフレームは床面に左右2本の爪よって差し込まれただけであり、後期モデルの前席はスライド機能を持ったシートレールが採用されているが、前席・後席とも脱着は容易で軽いため、出先で取り外して屋外のベンチ代わりに利用することもできる。着座位置は高めで、レッグスペースを稼いでいる。

床面はほとんどフラットである。プロペラシャフトやその他諸々の機器による突起がなく、居住スペース確保に貢献している。

フロントウインドシールドのワイパーの動力は電動ではなかった。前輪を駆動するギアケースから引き出されたスピードメーター駆動用のワイヤーケーブルの途中にウォームギアを仕込み、ワイパーの駆動の動力にも利用したのである。このためスピードメーターは、ワイパーを駆動しやすいステアリングの左上端に置かれた。ワイパーの動作速度は速力に比例し、高速走行時では速すぎ、低速時では遅すぎ、使い勝手はけっして良くはなかった。停車中は作動しなかった(その場合ワイパーのスイッチノブを押し込み、手でノブを廻すことによって、ワイパーを手動で動かすことも可能であった)。のちには電動式ワイパーに改良され、メーターもステアリングコラム上に移った。

ヒーターは、空冷エンジンの冷却風を車内に送り込むものであるが、熱量不足に加え、ファンが装着されていないことから、余り効きは良くない。ガソリン燃焼式の独立ヒーターを装備するケースもあった。生産モデルでは、クーラーは最後まで装備されなかった。 (後付けのクーラーは存在する)

シャーシ
ホイールベースは2,400mmと、小さな排気量の割に長く、前後とも1,260mmのトレッドも1940年代当時の小型車としては広い(このゆとりが性能確保につながっている)。基本構成は、強固なプラットフォームフレームがそのままフロアパネルとなり、前後にサスペンションアームを、また前方にエンジンを初めとするドライブトレーンをオーバーハングさせている。この上に簡素な設計の軽量ボディを架装する。

サスペンションは、フロントがリーディングアーム、リアがトレーリングアームで、前後のサスペンション・アームはそれぞれコイルスプリングに接続され、これらのスプリングは横置きのサスペンション・シリンダー内に収められているが、この横置きシリンダーは「半浮動状態」で初期は左右の「たけのこバネ」により、後にエンジン・パワーの強化によりゴム・ブッシュにより半固定状態はその移動を制限され、最終的には「固定」された。前述した「前後関連懸架」とは、前輪-ロッド- ( コイル- サスペンション・シリンダー: pot de suspension -コイル) -ロッド-後輪 と結ばれており、コイル・スプリングを 2 倍に柔らかく使う、シトロエン社が考案した「軽車両用サスペンション」である。

左右それぞれの前後アームからはロッドが伸び、サイドシル下でスプリングを介して連結されている。この「前後関連懸架」により、前輪が突き上げを受けると前輪側のスプリングが収縮しサスペンション・シリンダーは前方に移動し、後輪ロッドを引き後輪を下げて車体をフラットに保つよう働く仕掛けで、サスペンションの柔軟性と路面追従性を大きく高めた。悪路への強さの秘密がここにある。この前後関連式ばねはまた、旋回時に車体ロールを抑制する。旋回外輪では、ばねが前後輪両方のバウンドに逆らう方向に働き、ローリング角度を減少させる。もっとも、この前後関連ばねのレート自体は圧倒的に低く、またリーディング/トレーリングのサスペンション・リンケージはロールセンタを極端に低く保つ為、本質的に旋回時のロールが極端に大きく、しばしば横転しそうに見える。しかし実際には車体重心高はそれほど高くなく、また上述した様にロールセンタが低くジャッキング・アップ・フォースを殆ど発生させないので、横転までの限界は想像以上に高く、操縦安定性に優れている(低出力ゆえ、シャーシ性能には余裕がある)。またこの構造ゆえ、荷重が大きければ大きいほど実質的なホイールベースが伸び、安定性を確保する方向に働くようになっている。

ユニークなのはダンパーで、登場時から各輪2種類の減衰装置を持っていた。

ばね上(車体)の振動の減衰はリーディング/トレーリング・リンクの車体側ピックアップポイントのフリクションにより得ている。このフリクション式はサスペンションのバウンド側にもリバウンド側にも同様の減衰力が作用することになり、一般的にバウンド側よりリバウンド側の減衰力を高めなければならない自動車のサスペンションでは不都合が生じるが、当時既にモーターサイクルでは同様のフリクション式減衰器が一定の成功を示していたので、2CVの設計年次を考慮すると採用は妥当である。

2CVのユニークな点は、ばね下(空気入りタイヤをばね、リンク類やハブ、ナックルなどをマスとするばねマス系)の減衰に、各輪のサスペンションアームに取り付けられた筒型ケース内に組込まれたコイルスプリング上端に錘を固定して、コイルスプリングと錘で決められる固有振動数で車体の振動を打ち消す「慣性ダンパー」(動吸振器)を用いた点である。このばね下制振装置は、他にはブリヂストンが近年イン・ホイール・モータ式電気自動車向けに研究している例があるだけで、非常にユニークな設計思想である。

ダンパーを各輪で2種類ずつ持つというのは一見無駄な様だが、通常、ばね上の共振周波数は1.2~1.5Hz、一方ばね下の共振周波数は 10~13Hz付近にあり、それぞれの振動減衰の為に個別の減衰器を用いる手法は、振動工学的には正当な手段と言える。しかし実際には、機械的なフリクションに頼ったリーディング / トレーリング・リンクの減衰装置は減衰力を安定して発生させることが困難であり、またばね下の動吸振器は寸法や重量の問題から設計が難しく、必ずしも効果的とは言い難い。後にテレスコピック油圧ダンパが後輪側に採用されたが、これらの2CVに特有な減衰器は1970年代まで使用し続けられた。これらの組み合わせは、エンジン出力により決定されている。

タイヤはミシュラン製が標準である。1950年代の125/400mm(16インチ相当)~125/15クラスのタイヤは、バルーンタイヤの登場した後の時代にも関わらず非常に細いが、径が大きくまた接地面が縦長で小さいことで、転がり抵抗を押さえ、パワーロスを減らしつつ、必要十分なグリップ力は確保できるというメリットがある。ミシュランは1948年、世界初のラジアルタイヤ「ミシュランX」を市場に送り出したが、ほどなくこの2CV用サイズのタイヤにもラジアルタイヤが用意された。現在の日本国内においては、ミシュランX- 125R15の取扱いはあるが、在庫不足の為入手は非常に難しい。代わりのタイヤとして、ミシュランZX-135R15や、一部の業者が扱うファイアストンF560-125R15や台湾メーカーのタイヤが装着される事も多い。

ブレーキはシトロエンの標準で当初から油圧だが、フロントはインボードブレーキで、長期に渡って前後ともドラムブレーキであったが、末期型はフロントがインボードのままディスクブレーキとなった。

前輪駆動車でネックとなる技術の一つは、前輪を駆動するためのドライブシャフト・ジョイントである。2CVが設計された時代には、自動車用の等速ジョイントは未だ量産されておらず、トラクシオン・アバンではダブル・カルダン型のジョイントが使用されていた。ダブル・カルダン・ジョイントは広義では等速ジョイントであるが、商用貨物仕様であるフルゴネットおよび派生モデルのアミ6の一部モデルにダブル・カルダン型のジョイントが使用されたものの、2CVではダブル・カルダン型のジョイントは使用されず、シングル・カルダン型ジョイントが使用された。のちのモデルでは等速ジョイントを装備している。

エンジンの構成
空冷水平対向式2気筒OHVのガソリンエンジンを、車体前端にオーバーハングして搭載された。一見農業用発動機のように簡素で騒々しい代物ながら、その実きわめて高度な内容を備える緻密な設計であり、主要部分はガスケットなしで組み立てられている。この点だけをみても普通のエンジンではない。設計者のワルテル・ベッキアは、前職のタルボ社在籍時には高性能車用のハイスペックエンジンを設計していた人物である。

空冷式としたのは、1930年代~1940年代の水冷エンジンにおいて冷却系統の不調がしばしばエンジントラブルの原因となっていたためである。更に軽量化、簡略化の効果も狙った。空冷方式の採用に限らず、このエンジンからはトラブルの原因となる要素は努めて排除され、基本的に故障しにくい構造になっている。

気筒数は快適さを損なう手前の極力まで減らされた2気筒で、BMWなどのオートバイエンジンなどを参考にし、コンパクトで一次振動の心配のない水平対向式を採用した。材質は1940年代としては先進的なアルミ合金を用いて軽量化、燃焼室は高効率な半球式で、バルブのレイアウトは吸排気効率の良いクロスフロー型とした(半球型燃焼室とクロスフロー型弁配置は、当時、レーシングカーに採用される技術であった)。エンジン前方に大きなファンを直結し、エンジン全体を冷却する。なおかつエンジン直前に置かれたオイルクーラーも同時に冷却される設計である。

通常のレシプロエンジンでは、ピストンからの動力をクランクシャフトに伝えるコンロッドは2ピースの分割式として、ボルト留めでクランクシャフトに脱着するようになっている。

ところが2CV用エンジンでは、コンロッドはクランク穴の空いた一体式として、工場で窒素冷却した組み立て式クランクシャフトを圧入してしまうやり方を取った。これで強度と工作精度を高めようという大胆不敵な発想である。クランクシャフトとコンロッドは分離不能となるが、現実にはほとんど分離を要さないので、これでもよいと割り切られた。

点火機構もトラブル排除のため徹底簡素化され、確実な作動と長期のメンテナンスフリーを実現している。クランクスローは180度であるが、点火は1 回転毎の等間隔ではなく、2回転毎に左右シリンダーが同時点火される。構造は非常に単純になるが、エンジンのトルク確保の面ではやや不利である(2CVエンジンのフライホイールが大きいのは、この同時点火に対する回転円滑化の一策である)。

エンジンスペック
この2気筒エンジンは非力ながら頑丈で、スロットル全開の連続走行にもよく耐えた。未開地でのエンジンオイル切れのため、やむなくバナナから採った油をオイル代わりに使ったケースがあるが、それでもトラブル無く走れたという。

試作中は、電動セルフスターターを搭載せず、運転席から農業用発動機同様にワイヤーを手で引いてスタートさせる構造であった。これも簡素化を旨としたピエール・ブーランジェの命令による仕様である。

ところが、試作車をワイヤー始動させようとした女性秘書が爪を割ってしまい、これに懲りたブーランジェは即刻セルモーター搭載を命令した。従って生産型の2CVは全車セルフスターター装備である。もちろんタイヤレンチを兼ねた手動クランキングレバーによるエンジン始動も最終型まで可能であった。これは、バッテリーの消耗した状態や寒冷地での始動に非常に役立った。

* 1948年当初はボア×ストロークが62mmのスクエアで、375cc(9HP/3,500rpm)の極少出力に過ぎなかった(それでも最初の2CVは最高55km/hに到達した)。

* 1955年以降ボアを66mmに広げて排気量425ccに拡大され、出力は12HP/3,500rpmとなった。最高速度75km/h。更に1963年には圧縮比を上げて16.5HP/4,200rpm、最高速度90km/hとなる。

* 1968年 「AMI」など上級モデル搭載の602cc(ボア×ストロークは74×70mm)を移入、28HP、最高110km/hに強化される。税法上は3CV級となるが、車名は2CVのままであった(「2CV 6」と称した)。小排気量型もしばらく「2CV 4」の名称で生産され、こちらは435ccで21HPを発生した。

* 1970年 602ccに強力型設定、32HPに。

* 1979年 602ccは29HP/5,750rpmに。燃費を改善。

変速機
4段式シンクロメッシュギアボックス(1速・後進のみノンシンクロ)。このクラスでの4段変速かつシンクロメッシュギア装備は、1948年当時、望外の高度な設計である。

開発中、ピエール・ブーランジェは「農民の妻に複雑な4段トランスミッションは扱いきれない」として3段ミッションとするよう厳命したが、ワルテル・ベッキアは超低出力のエンジンパワーを最大限に有効利用するため4段式ミッションを採用した。

「4速はあくまでもオーバードライブギアである」というベッキアの主張で、ブーランジェはしぶしぶ納得したという。この「言い訳」のためか、初期形2CVの4速ギアは「4」ではなく、高速を意味する「S」と表記された。

トランスミッションが運転席よりかなり前方に配置されているため、ギアボックス真上にロッドを立ち上げて、ダッシュボード中央から突出したシフトレバーに連結した。トラクシオン・アバン同様の手法で、至って簡潔かつ作動確実な構造であった。フロアシフト、コラムシフトのいずれでもない変わった形態である。

シフト操作も独特で、ニュートラルからレバーを左に倒し前に押すと後進、そのまま手前に引くと1速、ニュートラルでレバーを起こし前方に押すと2速、そのまま手前に引くと3速、ニュートラルでレバーを右に倒し押すと4速である。

のちには遠心式自動クラッチを装備したモデルも出現しているが、自動変速機は導入されなかった。

# ボンドカーとしてロータス・エスプリターボが使用されたが、本格的なカーチェイスを行うのは、シトロエン・2CVである。本作に登場する2CVは、撮影用に、本来の水平対向2気筒エンジンの代わりに上位車種のGS用の水平対向4気筒エンジンを搭載している。 * ロータス・エスプリ・ターボの一台目は、「盗難防止装置」のため、ガラスを割られただけで自爆してしまう。

* 二台目は当初Qの研究室に置かれており、後の場面でボンドが同乗したフェラーラにボタンをさわらないよう注意することからも、何らかの特殊機能は備えていたものと思われるが、活躍はせずに終わる。

[ 2009/04/06 13:05 ] MOVIE | TB(0) | CM(0)

Cannonball Run Opening 3'26"

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Cannonball Run Film_0001
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カウンタック(Countach)はイタリアの自動車メーカー、ランボルギーニ社が製造していた自動車である。

いわゆるスーパーカーに分類される自動車である。車名に用いられているCountachはピエモンテ州の方言で、クンタッシッという「驚き」を表す感動詞である。1971年に発表されたマルチェロ・ガンディーニによる近未来的なウェッジシェイプを体現したデザインは、文字通り世界中に驚きを与えた(当時はランチア・ストラトスのショーカーなど似たようなアプローチの車種がいくつか登場している)。販売車種では、特殊なエアインテーク機構やターボ無しで400馬力をも超えるV型 12気筒5000cc前後のモンスターエンジンを搭載していた。コンセプト、デザイン、システム全ての点において異彩を放ち、1970年代後半から 1980年代の日本におけるスーパーカーブームの火付け役となり、スーパーカーを代表する車種であった。現在でも高い人気を誇っている。

なお、日本で定着している「カウンタック」は日本国内でのみ通じる呼称であり、「クゥンタッチ(クンタッチ)」が原語にもっとも近いとされる発音である。

スーパーカーブーム時には「最高時速300km/h」という公称値が話題となり、これが人気の一端を担っていたが、実際には当時のLP400の最高速は300km/hまで届いてはいなかった(最終モデルである25thアニバーサリーでも295km/h)。また、低く設計されたデザインとは裏腹に、そのボディは空力的に問題が多い。例えば、V12エンジンを冷却するための巨大なエアスクープの問題が挙げられる。ここから導入された気流によって、後輪のトラクションが低下し、高速走行時の直進安定性が大幅に悪化してしまう。この対策として、LP400以降のモデルにはエアロパーツやリアウイング(オプション)が装備されるようになったが、このリアウイングによるリアのダウンフォースの強さのあまり高速走行時にはフロントの接地感が薄れるという欠点もあり、それを補う為のフロントウイングまでもが登場すると言う顛末であった。

開発の経緯
カウンタックは、ミウラを凌駕する次世代のミッドシップ・スーパースポーツカーとしてパオロ・スタンツァーニを中心に開発された。ミウラは横置きミッドシップのV型12気筒エンジンを導入して大成功を収めたが、極端に後寄りの重量配分に起因する高速走行時の不安定性、複雑なミッション系に起因するシフトフィールの悪さなど、横置きエンジン固有の欠点が課題として残された。

とはいえ巨大なV12エンジンを縦置きにすると、理想的な重量配分は得られるものの、ホイールベースが長くなるために旋回性能が低下してしまう。スタンツァーニはこの問題を解決すべく、革新的なアイデアを導入した。エンジンを縦置きとするものの、エンジンの前方にギアボックスを置くという、通常とは前後を反転した配置を採用したのである。エンジンから前方のギアボックスに駆動力が伝達され、更にそこから折り返されたシャフトはオイルサンプを貫通し、後輪のデファレンシャルギアに伝達される。これにより縦置きエンジンにも関わらず、ミウラよりさらに短い2450mmというホイールベースを確保した。また、コクピット下にギアボックスがあるため、ワイヤーを介さずギアボックスに直接シフトレバーを取り付けることが可能となり、良好なシフトフィールも実現した。車体はセミモノコック、サスペンションは、前後ともダブル・ウィッシュボーン式とした。これにマルチェロ・ガンディーニのデザインによるボディを組み合わせ、カウンタックLP500は誕生した。初登場は1971年のジュネーブショー。革新的なデザインは大反響を呼んだ。しかしながらエンジンの冷却効率が悪く、オーバーヒートが頻発するという問題が露呈したため、量産化には至らなかった。

LP500の改良は難航した。ランボルギーニ社が経営危機に陥ったこともあり、市販モデルのLP400が登場したのは3年後の1974年である。1971年発表の黄色いLP500はクラッシュテストの後に廃棄され現存しないものの、このモデルと市販のLP400の間に別のプロトタイプが存在し、緑色の1台はランボルギーニ博物館に展示されている。LPとはLongitudinale Posteriore(ミッドシップ縦置き)、「500」、「400」は10倍でそれぞれの排気量を示す。 LP400では、ヒート対策のためボディに多数のエアインテーク、アウトレットが設けられた。LP500のエンジンは5リッターであったが、より扱いやすい4Lに換装された。また、車体構造はテストドライブの際に剛性不足と判断されたため、セミモノコックからバードケージ(鳥かご)フレームにアルミボディを載せるデザインに変更された。これにより、剛性の向上と軽量化を同時に果たしている。マルチェロ・ガンディーニのオリジナルデザインに一番近い生産型であるLP400は、わずか150台しか生産されなかった。

LP400の改造車として有名なのがウォルターウルフ・カウンタック(初代)である。カナダの石油王でF1チームのオーナでもあったウォルター・ウルフは、購入したLP400の性能向上を図るため、エンジンをプロトタイプのLP500のものに換装し、最高出力447psを得た。さらに、タイヤを極太のピレリP7とし、これを収めるためにオーバーフェンダーを装着するとともに、リアウィングも装着した。

1978年には、ウォルターウルフ・カウンタックを基にした改良型のLP400Sが登場し、1982年には5リッターの市販車種であるLP500Sが登場した。1985年には、フェラーリ・テスタロッサに対抗すべく、5000クアトロバルボーレ(5000QV)が登場した。V12エンジンを4バルブ化、排気量を5200ccまで拡大し、最高出力455psをマークした。この値はテスタロッサより75ps上回るものであった。1988年にはランボルギーニ社創立25周年記念モデルである25thアニバーサリーを発売。リアバンパーの装着や細部の形状変更などの外観上の変更はなされたが、大幅な改良はされなかった。25thアニバーサリーは、カウンタックの各モデルの中で最大となる657台を生産した。本モデルがカウンタックの最終モデルとなり、1990年に生産を終了。後継車種のディアブロにフラッグシップモデルの座を譲り渡した。

最後にラインオフしたカウンタックは、当初デザイナーのガンディーニに寄贈される予定だったが、氏は「過去の(自分の)作品には興味がない」との理由でこれを辞退した。 シルバーのアニバーサリー、シャシーナンバーZA9C005AOKLA12085は現在ランボルギーニ・ミュージアムに展示されている。

キャノンボール (映画)
『キャノンボール』(英題:The Cannonball Run, 中題:炮彈飛車)は、1981年に公開された米20世紀フォックスと香港ゴールデン・ハーベストの合作によるカーアクション映画。

北アメリカ大陸を市販車でどれだけ速く横断できるかを競う非合法レース(en:Cannonball Baker Sea-To-Shining-Sea Memorial Trophy Dash)をモチーフにしている。この映画を製作するために監督のハル・ニーダム、および本作の脚本を書いた自動車ジャーナリストのブロック・イェーツ(en:Brock Yates)自らこの大陸横断レースに参戦した。

オールスターキャストで、至る所にスターたちの見せ場がある。アメリカ東海岸のコネチカット州ダリーンから西海岸のカリフォルニア州ロサンゼルス郊外にあるレドンドビーチ(en:Redondo Beach, California)までの至る所で待ち構える警察の取り締まりをどうやって突破するか、各エントラント(参加者)の作戦も見どころである。

米国映画業協会のMPAAレートではPG(パレンタルガイダンス:子供の視聴は保護者同伴)に設定されている。

キャストと車
救急車コンビ(ダッジ・トレードマン改)
* J.J.マクルーア:バート・レイノルズ
* ビクター・プリンズム:ドム・デルイーズ
* ニコラス・ヴァン・ヘルシング(ドクター):ジャック・イーラム
J.J.は自動車レーサー、相棒のビクターはメカニック。モーターボートで事故を起こし、救急車で搬送されたことで、自らのチームを救急隊に仕立てることを思いつく。このシナリオは1979年にニーダム&イェーツがキャノンボールに参戦したときに実施したものだった。レース前には飛行中にビールが飲みたくなってセスナ機で町中に降り立つシーンもある。(但し飛行中の飲酒は禁則)
劇中に登場する「キャプテン・カオス」(日本語吹き替えでは「キャプテン・ケイオス」と発音)はビクターが変身したものである。
レース出走直前にビクターがスカウトしたドクターは肛門科の教授。

牧師コンビ(フェラーリ・308GTS)
* モーリス・フェンダーバーム:サミー・デイヴィスJr.
* ジェイミー・ブレイク:ディーン・マーティン
J.J.の対抗。ブレイクは元F1ドライバー。神の加護で勝利を手にすべくメソジストのニセ牧師になる。

007(アストンマーチン・DB5)
* シーモア・ゴールドファーブ・ジュニア:ロジャー・ムーア
劇中でも芸名をロジャー・ムーアと名乗り、レースではボンドカーの特殊装備を活用するシーンが見られる。

日本人コンビ(スバル・レオーネ)
* ジャッキー・チェン
* Mr.BOO!:マイケル・ホイ
赤外線ゴーグルやロケットエンジン、カーナビゲーションなどを搭載したハイテクマシンでエントリー。ジャッキーが自動車レーサー、Mr.BOO!がコ・ドライバーとシステムエンジニアという設定で、ハイテクマシン同士という点ではボンドカーの対抗。ナンバープレートも日本形式だったが実際には存在しない「東京」ナンバーだった。

ファラフェル王家(ロールス・ロイス・シルバーシャドウ)
* シーク:ジェイミー・ファー
「世界最速の王家」の名誉をかけて参戦。最高出力非公表のロールス・ロイスを220km/hで走らせる。

ランボルギーニ・カウンタック
* ジル・リバーズ:タラ・バックマン
* マーシー・サッチャー:エイドリエン・バーボー
レーシングスーツをまとったセクシー美女コンビ。男性警官に「お色気作戦」で無罪放免にしてもらう作戦。オープニングではネバダ州南部でパトカーとのカーチェイスが繰り広げられる。

NASCARストックカーレプリカ(シボレー・モンテカルロ)
* メル・ティリス
* テリー・ブラッドショー
1979年のドニー・アリソンのマシンを模して日焼けローション「ハワイアントロピック」(en:Hawaiian Tropic)のロゴが車体に大書されていたが、警察の追跡から逃れようとしてホテルのプールに水没させてしまい、レースでは銀一色に改めて出走した。 ハーレーダビッドソン

* ブラッドフォード・コンプトン:バート・コンヴィー
* シェーキー・フィンチ:ウォーレン・ベルリナー
会社重役と旧友のコンビ。飛行機からバイクでスカイダイビングするのはこの人。レースではシェーキーが変装して後ろに乗るが、シェーキーが肥満のためウィリー走行が長距離で続く。 GMCピックアップトラック

* マッドドッグ:リック・アヴィルス
* バットマン:アルフィー・ワイズ
ホテルの駐車場に車を止めるつもりがブレーキの故障で建物に突っ込み、レースではスタート直後近道しようと森の中へ突っ込む。踏切で貨物列車を飛び越えて横断するシーンやウォーターゲート事件に関して弁解するリチャード・ニクソン元大統領のモノマネもある。

安全推進委員会
* アーサー・フォイト:ジョージ・ファース
* パメラ・グローバー:ファラ・フォーセット

制限速度を超過して走るキャノンボールを阻止し、参加者を交通違反で処罰させようと躍起になる。 レースには不参加
* イージーライダー:ピーター・フォンダ
アクシデントで足止めされているキャノンボーラー達に絡む。ジャッキーとの格闘シーンも。

* オーガナイザー:ブロック・イェーツ
キャノンボールの主催者。ホテルでの開会式に登場。

* 救急隊員:ハル・ニーダム
モーターボートで事故を起こしたJ.J.とビクターを乗せた救急車に添乗。

[ 2009/04/07 13:37 ] MOVIE | TB(0) | CM(0)

The Gumball Rally 1976 Trailer 2'24"

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邦題:激走!5000キロ
ニューヨークからロスへの公道レースの手に汗握るスピード・カーアクション作品。製作・監督はスタントマン上りのチャック・ベイル、ベイルの原案に基づき、脚本はレオン・カペタノス、音楽はドミニク・フロンティアが各々担当。出演はマイケル・サラザン、スーザン・フラネリー、ラウル・ジュリアなど。日本語版監修は高瀬鎮夫。テクニカラー、シネスコ。1976年作品。

ニューヨークの若い会社重役バノン(マイケル・サラザン)は毎日会議の連続でうんざり。そろそろやるか、とばかり会議を打ち切り、親友スティーヴに電話した。『ガムボール!』。レース開始の合言葉で、年に1度大陸横断レースだ。たちまちカーキチは集まり、バノンはレース・プランを説明。このレースは法律を度外視、警察のあらゆる難関を突破するのが第1条件、その法律の封鎖網の役割にロスコー警部が選ばれた。翌日、出発の合図と共に法律違反ノンストップ・レースが開始される。運よく成功すれば、約30時間後にはカリフォルニア州ロングビーチのクイーンメリーにゴールインするのだが。参加者の顔ぶれはアリス(スーザン・フラネリー)とジェーン姉妹、フランコ(ラウル・ジュリア)とスティーヴ等。これらのレーサー達は、ただ巨大なガムボール・マシンを獲得する為だけに、法律を無視し突っ走る。車輪がまわるたびの一触即発。一方、ロスコーが逮捕の機会を狙っている。悪天候にもめげず、レーサー達は西へ西へと轟音を響かせていくが、果して最後の栄光は誰に。(ワーナーブラザース配給1時間48分)

[ 2009/04/08 23:38 ] MOVIE | TB(0) | CM(0)

Gone In 60 Seconds Trailer 1'21"

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GONE_IN_60_SECONDS__trailer

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バニシング in 60 (Gone in 60 Seconds)は、1974年に公開されたアメリカ合衆国のカーアクション映画である。H・B・ハリッキー製作、監督、脚本、主演。どんな車でも60秒で盗む(原題)という車の窃盗団を題材にしている。 ちなみに「ばにしんぐ・いん・ろくじゅう」が正しい読み方。現在はリメイク版(後述)にならって「ばにしんぐ・いん・しくすてぃ・せかんず」と読まれることが多い。

原題の「Gone in 60 Seconds」は「60秒有ればあなたの車は走り去っている」つまり盗まれていると云う意味。カーチェイスの派手さを誇示するように、当時のキャッチコピーは「“ぶっ壊した車93台”」であった。

主人公・ペースは元カーレーサーで、今は交通事故や車両窃盗を取り扱っている保健会社の属託調査員であるがそれは表の顔。本業は依頼を受けて目的の車を非合法に入手 つまり窃盗によって取りそろえる窃盗団のボス。

ある日某国のディーラーから高価で希少な車の手配を頼まれる。その依頼を着々とこなしていたが、ある時ルールをめぐって諍いのあった仲間の裏切りにあい、警察が追われる羽目になる。ペースは最後の一台・黄色いマスタング『エレノア』を駆ってロス全土を舞台に一大カーチェイスを展開する。

* 上映時間の半分を割いた約40分にわたる前代未聞のカーチェイスは語りぐさとなっている。製作から30年以上を経ても、このロングカーチェイスの記録は破られていない。

* 作品中のテロップでは主役は “ELEANOR(エレナ エレノア又はエレナーとの記載もあり)” とだけ記されている。これは主役はあくまで「車」なのだ、というハリッキーのメッセージである。

* カーチェイスは、ロケーションも含めて、ドキュメンタリータッチで撮影されており、主人公の車が通過後の被害処理にあたる警察やヤジ馬などの描写など、独特の雰囲気をもっている。

* ペースの車が鉄柱に激突するシーンが出てくるが、これは、アクシデントによる実際の事故ショット。ハリッキーは負傷しながらも、カメラマンに「おい、ちゃんと撮ったか?」と聞いたというエピソードは有名。

続編
監督第2作『ジャンクマン』ののち、冒頭のカーアクションシーンや未使用カットなどを使用した『バニシングin60 デッドライン』(原題:デッドラインオートシフト)」を製作。日本国内では未公開だがも『デッドライン』としビデオ販売された。内容としては、本編冒頭に『ジャンクマン』の冒頭カーチェイスシーンを付け加え、追跡する警察側のシーンを増やした他はストーリーラインもほぼ『バニシングin60』そのものである。

ちなみに『ジャンクマン』は、『バニシングin60』(とおぼしき作品)を撮影した監督がトラブルに巻き込まれる、という内容となっている。もちろん、創作ではあるものの、ハリッキー自身のオフィス、カーコレクション、プライベートショットが満載の半自伝的内容となっている。

正式の続編『バニシングin60 PART2』撮影中、スタントでの事故によりハリッキー本人が不慮の死をとげてしまい、作品自体は未完となってしまった。フィルムの一部は公式サイト上で見られる他、現在でもDVDで観られる。(日本でも2008,11、DVDーBOXとして発売される)

『新バニシングin60 スピードトラップ』という邦題の作品がある(ビデオ化もあり)が、日本の配給会社がヒットに便乗してつけたタイトルで、 続編ではなく,ストーリー、製作スタッフに関連性はまったくない。

リメイク
2000年にニコラス・ケイジ主演で『60セカンズ』としてリメイクされた。 両作の顕著な相違点は後者には暴力的な銃器犯罪が色濃く絡むのに対して、前者にそのカラーは殆ど存在しない。また『60セカンズ』ではアクションシーンに一部CGが使われている。短期間で大量の車を盗む窃盗団、盗んだ車で包囲網を突破することこれ以外、ストーリーは全く別物。期待と不安半分だった「バニシング」ファンの失望と批判を呼んだ。

『クエンティン・タランティーノ監督作品『デス・プルーフでは、黄色いムスタングや、劇中登場人物のセリフに、リメイク版ではなくオリジナルを支持する内容のものがでてくるなど、本作へのリスペクトが見られる。

ソフト
「60セカンズ」公開に合わせて、ビデオ、DVDが発売されたが、著作権の関係から音楽を全面的に差し替え、エンディングをカット(代わりにハリッキー夫人が劇中で使用されたマスタングを運転するメモリアルシーンを挿入)した、ファンからすれば改悪版ともいえる内容となっている。 ちなみに日本でもハリッキー作品が全作DVDとしてリリースされたが、同様にハリッキーファンへのメッセージクレジットの挿入、音楽差し替え版となっている(パッケージ表記はオリジナル版表記に準拠)してあるので要注意)。

[ 2009/04/09 01:01 ] MOVIE | TB(0) | CM(0)

Bad Boys 2 - The Chase 10’03”

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Bad Boys 2 - The Chase.jpg

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『バッドボーイズ2バッド』(バッドボーイズツーバッド、原題:Bad Boys II)は、2003年に公開されたアメリカ映画。映画『バッドボーイズ』(1995年)の続編である。ソニー・ピクチャーズ作品。
日本では、R-15指定(15歳未満の入場禁止)を避けるため、いくつかのシーンをカットして劇場公開された。このためPG-12指定(12歳未満は成人保護者の同伴が適当)となっている。

アメリカのフロリダ州にある都市、マイアミでは麻薬シンジケートによる麻薬の密輸が後を絶たないでいた。マイアミ市警の2人の刑事、マーカスとマイクは麻薬密輸ルート破壊のために麻薬の取引きが行われていると思われるKKKの集会に乗り込むも手掛かりは得られなかった。次に2人は麻薬王が現れるとの通報を受けて出動するがそこでマーカスの妹、シドと鉢合わせする。彼女は連邦麻薬取締局(DEA)の捜査官でしかもマーカスとマイクと同じく麻薬王の接近のためのおとり捜査を行っていた。さらにシンジケートから入手した金を横取りしようとハイチ人ギャング団が襲い掛かり、壮絶なカーチェイスの末、彼らを蹴散らすが多大な犠牲を払う羽目に。だが、2人は麻薬王の正体を掴み、上司から強制捜査の許可を得て犯人検挙に出るが麻薬王に接触していたシドの素性がバレてしまい、彼女は彼にキューバへと拉致されてしまった。2人は国際問題になることを覚悟して彼のアジトへ突入するのだが……。

[ 2009/04/10 00:57 ] MOVIE | TB(0) | CM(0)
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