スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

Daihatsu Copen 0'42"

トップページDAIHATSUカテゴリーDaihatsu Copen DAIHATSU_Copen.jpg
blogram投票ボタンにほんブログ村 動画紹介ブログへ人気ブログランキングへ
コペン (Copen) はダイハツが生産する二人乗り軽オープンカー。

軽市販車では世界初となる電動油圧ポンプによる開閉式ルーフのアクティブトップ(いわゆるクーペカブリオレ)と、脱着が可能な樹脂ルーフのディタッチャブルトップ(2007年9月廃止)がある。 47kW(64馬力)を発生する4気筒DOHCターボJB-DETエンジンを搭載。現在発売されているダイハツ車でこのエンジンを搭載している車種は唯一このコペンのみである。 変速機は4速ATと5速MT。 駆動方式はFFのみ。

可愛らしいルックスや軽自動車という理由から人気が高く、発売当初は注文が殺到した。また、コペンはスポーツカー要素よりも軽オープンカー要素を重視しており、一般の人にも気軽に乗ることができ、老若男女幅広い層から支持されている。そのスタイルを重視して造られているためか、最低地上高が従来のダイハツ車より低い(105mm)。購入する際には、駐車場や近所の踏切の形状(出入りの際の段差)などを検討した方が良い。

独特のルーフシステムは、ドイツのべバスト(Webasto)社とイタリアのピニンファリーナ社が共同で設立したOASys(Open Air System)社の手によるものである。

製造はダイハツ本社(池田)工場第2地区 「エキスパートセンター」が担当し、「D'sus」(ダイハツ社内の技能認定制度)2級以上を取得した熟練技能者による手作業の最終調整が施されている。

ショーモデル(1999年~2002年)
1999年の東京モーターショーに「KOPEN」として参考出展された。

2001年、モーターショーに市販化を目前として出展された。なお、市販車と違い、サイドにもCopenエンブレムがあり、エアディフレクターがスモークで「Copen」の刻印され、オープニングカバーも電動だった。

初代(2002年~)
2002年6月19日発売。標準仕様はアクティブトップ/ディタッチャブルトップ。型式はLA-L880K(149.8万円(税込157.29万円))。

* ミッションはスーパー5MT(5速MT)/スーパーアクティブシフト付電子制御式4AT(4速AT)から選択。

* 初期メーカーオプションは以下のとおり
o Gパック(プロジェクター式ディスチャージヘッドランプ、2DIN CD/MD・AM/FM付ステレオ+フロント2スピーカー(16cm)、イモビライザーシステム(盗難防止システム))

o スポーツパック(2007年廃止)(ショーワ製スペシャルチューンドサスペンション、リアパフォーマンスブレース、サイドデカール(Copen-S))

o レザーパック(本皮製スポーツシート(赤レザー・シートヒーター付)と専用ドアトリム、MOMO製本革ステアリングホイール(エアバッグ内蔵))

o 寒冷地仕様(2003年3月よりカタログ記載)(シートヒーター、大容量バッテリー、高濃度クーラント、エンジンアンダーカバー)

o オープニングカバー(脱着式)

o フロントスーパーLSD(MT車のみ)

* ディタッチャブルトップは、2002年9月発売となり、アクティブトップでメーカーオプションの「スポーツパック」とリヤスポイラーが標準装備され、ロールバーがメーカーオプション扱いとなっていた。

2003年7月23日特別仕様車「1st ANNIVERSARY EDITION(ファーストアニバーサリーエディション)」を発売(165.8万円(税込174.09万円))。

* アクティブトップに本皮製スポーツシート(タン・シートヒーター付)と専用ドアトリム、MOMO製ウッド&レザーステアリングホイール(エアバッグ内蔵)が装着されたもの。

* 同時に新たなオプション設定として、シートヒーター(全車)と、黄/黒および赤/黒の「カラーオーダーシート(ヒーター内蔵)」(アクティブトップ車)を追加。

* 2003年12月、ボディカラーとして、DC-ブラックマイカは廃止された。

* 2004年5月、排ガス規制の変更に対応し、型式がABA-L880Kに変更された。

2004年6月2日特別仕様車「2nd ANNIVERSARY EDITION(セカンドアニバーサリーエディション)」を発売(169.8万円(税込178.29万円))。

* アクティブトップにレカロシート(布張り・ヒーター付・赤/黒)、専用ドアトリム(赤)、MOMO製本革ステアリングホイール(エアバッグ内蔵・赤/黒)、プロジェクター式ディスチャージヘッドランプが装着されたもの。

* また、従来の「1st ANNIVERSARY EDITION」は「TAN LEATHER EDITION(タンレザーエディション)」と名称を変更して継続される。

* 同時にボディカラーとして、DC-スチールグレーメタリック、DC-シャンパンメタリックオパールを追加し、全9色とした。

アルティメットエディション
2006年6月14日特別仕様車「ULTIMATE EDITION(アルティメットエディション)」を発売(180万円(税込189万円))。

* アクティブトップをベースにアルカンターラレカロシート(オレンジ/黒、ヒーター付)、MOMO製本革ステアリングホイール(オレンジ)、専用ドアトリム(オレンジ)、ビルシュタイン製ショックアブソーバー、BBS製15インチアルミ鋳造ホイール、リヤパフォーマンスブレースを装備している。

* ULTIMATE(アルティメット)とは、英語で「究極の」や「最後の」という意味があるが、カタログでは“「究極」の名を持つCopen”と謳っている。

* 同時にオプション設定の黄/黒および赤/黒の「カラーオーダーシート(ヒーター内蔵)」(アクティブトップ車)は廃止。

* 「2nd ANNIVERSARY EDITION」は伴って廃止され、レカロシート(レッド・ブルー・グレー)はオプション設定のまま継続販売。

2007年9月10日特別仕様車「ULTIMATE EDITION II MEMORIAL(アルティメットエディション2メモリアル)」を発売(185万円(税込194.25万円))。

* ULTIMATE EDITIONの装備に加え、内外装を更に充実させたダイハツ100周年記念特別仕様車(伴ってULTIMATE EDITIONは廃止)。また、年内注文分(12月26日注文分)には、シリアルナンバーが刻印されたプレートが運転席側ドアトリムに装着される。

* ULTIMATE EDITIONの ビルシュタイン製ショックアブソーバー、BBS製15インチアルミ鋳造ホイール、リヤパフォーマンスブレース、専用レカロシート、専用MOMO製本革ステアリングホイール、専用ドアトリムはそのまま継続装備され、レカロシート、MOMO製ステアリング、ドアトリムのカラーが、オレンジとキャメルの2色から選択が可能になった。

* 他、内装としては、ホワイトメーター、シャインブラックセンタークラスター&レジスターベゼル、メッキインナードアハンドル、シリアルプレート(2007年内受注分限定)が追加。外装としては、ブラックメッキフロントグリル、クリアクリスタルリアコンビランプ、アルティメット専用サイドエンブレム、クリアハイマウントLEDストップランプ&クリアボディサイドターンランプが追加された(ビルシュタインのエンブレムは新ロゴのものに変更された)。

* 伴って、ボディカラーとしてDC-ダークレッドマイカが追加、DC-シャンパンメタリックオパールが廃止された。

* 同時に、ディタッチャブルトップが生産終了。他、オプションアクセサリーに細かな変更(ブラックメッキエンブレムセットやカラーレジスターパネルの追加、その他一部オプション廃止)が為された。

* なお、メーカーオプションの「スポーツパック」は2007年上半期に廃止されていた。

2008年1月特別仕様車「ULTIMATE EDITION II(アルティメットエディション2)」を「ULTIMATE EDITION II MEMORIAL」から名称変更し、継続発売(185万円(税込194.25万円))。

* 「ULTIMATE EDITION II MEMORIAL」からシリアルプレートを廃止されたのみである。

車名の由来
Compact Openから。 なお、ショーモデル時代の英語表記はKOPEN(K・OPEN=軽オープン)だった。同社の過去の名車「コンパーノ」の名称の復活も検討されていたが、ダイハツ・新宮会長が「昔の名前で出ていくのはだめだ。新しいのを用意しろ。たとえば軽(K)のオープンだからコペン(KOPEN)でどうだ」と言ったことから、コペン(KOPEN)となった。後に、輸出も睨み、日本独自の規格である軽自動車のKからコンパクトカーのCに変え、Copenに落ち着いた。

ボディカラー
2002年6月~
* ホワイト<056>
* DC-ブライトシルバーメタリック<S28>
* DC-シャイニングレッド<R40>
* DC-パールホワイトI<W16>(特別設定色(メーカーオプション))
* DC-ブラックマイカ<N05>(特別設定色(メーカーオプション))2003年12月廃止
* DC-ジョーンヌイエロー<Y07>(特別設定色(メーカーオプション))
* DC-ダークグリーンマイカ<6Q7>(特別設定色(メーカーオプション))
* DC-ダークブルーメタリック<B42>(特別設定色(メーカーオプション))

2004年6月~
* DC-スチールグレーメタリック<S30>(特別設定色(メーカーオプション))
* DC-シャンパンメタリックオパール<T17>(特別設定色(メーカーオプション))2007年9月廃止

2007年9月~
* DC-ダークレッドマイカ<R54>(特別設定色(メーカーオプション))
DCとはDouble Clear塗装の略で、ホワイト以外はクリア塗装を2回繰り返す5層コートを採用することによって、より深みのある艶やかな輝きを実現している。また、ボディ保護や耐性が上がるとはカタログでは一切記述されていないため、誤解してはならない。

輸出仕様
海外での評価も高かったことから、2003年9月より輸出を開始した。主に右ハンドル・左側通行のイギリス(中止)やオーストラリアへ輸出されている(た)が、660cc仕様は左ハンドル・右側通行のドイツにも右ハンドルのままで輸出されていた。参考リンク その後、2005年より欧州向けにNA1.3L・左ハンドル仕様が製作され、輸出が開始された。現在のところ、1.3L普通車仕様の日本への投入予定は無いという。 輸出仕様(右ハンドル・左ハンドルとも)1.3Lエンジンはブーンなどに使用されているものと(表記方法の違いによる出力差はあるものの)基本的には同一のK3-VEである。また、輸出仕様の変速機はMTしか用意されていないが、最終減速比が異なるだけで同一の変速機である。

仮に逆輸入しようとした場合、左ハンドルのヨーロッパ仕様(ドイツやイタリア仕様)の車体だけで約280万円、右ハンドルのニュージーランド仕様でも300万円程かかる。現地からの輸送費や排ガス検査費用、日本の法規への対応(左ハンドル車のヘッドライト等の部品交換)を含めると、非常に高額になってしまうが、大きさはそのままで「白ナンバー」+「左ハンドル」の組み合わせのコペンというだけでそそられる者は少なくないであろう。ちなみに、日本に一番近い左ハンドル車が輸出されている国は台湾である。

発売当初より短期販売を噂され、早期の生産中止が予想されていた。毎年、モデルチェンジや生産中止の噂はあるが、安定された売り上げによって、これまで継続販売されてきている。

ダイハツのCMの最初の「Innovation for Tomorrow」(2007年2月まで「ワンダフルスモール・ダイハツ!」)という部分で一瞬でロゴを横切っているのはこの車である。

2005年、東京モーターショーなどにコンセプトカーとしてボディを拡大し、1.5リットルエンジンを搭載した「コペンZZ」を出展した。それ以降、披露されていないため発売はされないようだ。

OFC-1第40回東京モーターショー
OFC-1

第40回東京モーターショー
2007年、コペンと同様の軽規格で、3気筒CVT、ルーフが3分割収納、液晶サンシェイド搭載の「OFC-1」が東京モーターショーにて出展される。新型コペンではないようだが、市販化が決定されるとなれば、事実上の後継車になるようだ。市販化の際には、液晶サンシェイドのコストが大きいため廃止され、コペンと同様にルーフは車体と同色になる可能性もある。

スポンサーサイト
[ 2008/08/06 08:04 ] DAIHATSU | TB(0) | CM(0)

Daihatsu Charade 1988 0'30"

トップページDAIHATSUカテゴリーDaihatsu Charade 1988 Japanese_Commercial_-_Daihatsu_Charade_88
blogram投票ボタンにほんブログ村 動画紹介ブログへ人気ブログランキングへ
シャレード (Charade) は、かつてダイハツ工業から発売された乗用車である。前輪駆動の「リッターカー」だった。

3代目(G100系、1987-1993年)
1987年1月、フルモデルチェンジが行われた。このモデルの開発にあたって、ダイハツは従来の地方に加え、都市部の若年層の取り込みを図るために、これまでのオーソドックスなスタイルから一転、ラテン風の洒落たスタイルのボディを採用した。その独特のスタイルは、これまでのコンパクトカーでは類をみない斬新なものであるとして高く評価された。その影響か否か、そのスタイルは海外にも波及し、この4年後に登場したルノー・クリオ(日本名:ルーテシア)のスタイルにも影響を与えたとされる。初期のキャッチコピーは「さ、ツーサム」だった。2シーター感覚で使うことを志向して、リアシートの居住性よりも荷室としての使いやすさの機能に重点が置かれていた。CMソングは久保田利伸の「GODDESS -新しい女神-」だった。後期はイメージキャラクターとしてミッキー・ロークや田原俊彦を起用した。

ボディは当初、3ドア、5ドアでスタート(先代に設定されていた商用モデルは廃止)。後にリアのオーバーハングを伸ばしトランクを設けた、4ドアのソシアルも追加される。当時、先代も含め、オーソドックスでありながらどちらかというとコンサバティブなスタイルが大半を占めていたリッタカークラスのなかで、ドラスティックにも都会的なラテン風に変貌したスタイルは一部賛否両論を誘ったものの、独特のフォーマルなムードを持つスタイルはとても魅力的なもので、それは後に登場した4ドアのソシアルにも引き継がれた。しかし、その反面、先代よりも大きく重く立派になったボディは、これまでのシャレードの美点をスポイルする結果につながり、特にその美点を支えていた3気筒エンジンでは大きなハンディとなったのは否めず、後に追加された1300ccモデルが登場してからは、かつてのようなリッターカーとしての色あいは薄れていった。また、この3代目より、ホイールのPCDがこれまでの110.0mmから全て100.0mmに変更されている。

搭載エンジンは、初代以来の伝統の1000cc3気筒CB型のSOHC6バルブ・シングルキャブレターとSOHC6バルブターボ(ただし燃料供給はキャブレターを用いていた)、DOHC12バルブインタークーラーターボ(もちろん、1リッターあたり100馬力以上に達していた)、NA及びターボディーゼルでスタートしたが、後に新開発のHC型1300cc4気筒SOHC16バルブEFIが追加される。また、同時期にフルタイム4WD車も追加された。小さくても広く実用的で、1000ccでもキビキビ走れる美点がかつてのシャレードの魅力であったものの、ボディが肥大化した(1000ccDOHCターボ車および1300cc車は除く)ため、その魅力は薄れていった。その予兆は不幸にもこの後の新しいモデルにも引き継がれることとなり、リッターカーの開拓者として、長くクラスをリードしてきたシャレードのブランド力は下降線の一途を辿っていくこととなる。

また、このモデルは北米にも輸出されていた。1000cc3気筒と1300cc4気筒の2種類、ボディーは3ドアと4ドアセダンの2種類で3ドアは1000ccとマニュアルのみの設定だった。1988年から1992年まで販売されていたが、もともと北米でのダイハツの知名度の低さとエアコンなどの快適装備も設定されていなかった為、販売台数は振るわず1992年に北米市場から撤退している。

ちなみに、モータースポーツにも積極的に参加しており、特筆するべき活躍として1993年のWRC(世界ラリー選手権)サファリ・ラリーでは、2000ccのターボ4WDカーのセリカ勢に続く総合5,6位の成績を残している。

* 1988年2月 1300cc及び4WDの追加。これに伴い1000ccガソリンSOHCターボは廃止。1000ccDOHCターボ車のグレード名をGTtiからGT- XXに変更、更にリヤシートの形状を変更して乗車定員を4人から5人へ変更(ツーサム・コンセプトの廃止)。

* 1989年2月 マイナーチェンジ。バンパー大型化(除くGT-XX)。

* 1989年4月 シャルマン以来の久々の4ドアセダンモデル。「シャレード・ソシアル」追加。エンジンは1300ccの電子制御シングルキャブ仕様。前輪駆動のみの設定。

* 1991年1月 マイナーチェンジ。1300ccは全車EFIに換装。ディーゼルの自然吸気エンジン搭載車は、ビジネスモデルのみの設定となった。

車両型式
* G100S CBエンジン搭載車
* G101S CLエンジン搭載車
* G102S HCエンジン搭載車、FF車
* G112S HCエンジン搭載車、4WD車

[ 2008/08/07 08:30 ] DAIHATSU | TB(0) | CM(1)

Daihatsu Charade Detomaso 1984 0'15"

トップページDAIHATSUカテゴリーDaihatsu Charade Detomaso 1984 ___________
blogram投票ボタンにほんブログ村 動画紹介ブログへ人気ブログランキングへ
シャレード (Charade) は、かつてダイハツ工業から発売された乗用車である。前輪駆動の「リッターカー」だった。

2代目(G11系、1983-1987年)
1983年1月発売。初代の設計思想をそのまま生かし、モデルチェンジ。量産エンジンとしてはその当時、世界最小排気量を誇る乗用車用ディーゼルエンジン(渦流式燃焼室、水冷、直列3気筒、SOHCのCL型エンジン)を搭載したモデルや、猫科のターボのキャッチフレーズで発売されたターボモデル、また、ノーマルのターボエンジンながら、イタリアのデ・トマソが監修したシャレード・デ・トマソ・ターボ、果ては1000ccクラス唯一のディーゼルターボも用意された。

ディーゼル車の広告コピーは「凄いビートだぜ、Rock'nディーゼル」で、ディーゼルターボ車の広告コピーは「アンチなターボ」であった。

このシャレードの軽快な走りを支えた3気筒エンジンは、当時、ダイハツと提携関係で、デ・トマソ傘下にあった、イノチェンティ・ミニ(Innocenti Mini 90/120)のエンジンとしても供給された。後に660CCエンジンとの二本建てで供給される。

また、このモデルにのみ3ドアバンの設定があり、ガソリンとディーゼル、両方のエンジンが用意された。

926TURBO (G26)
1984年10月、「926 TURBO」という、まるでポルシェのレーシングカーを連想させるネーミングのシャレードが発表される。その正体は、グループBのホモロゲーションに合致させた「ラリー用」ベース車両であった。1000ccのガソリンターボでサファリラリーに挑戦するも、当時1.4倍であったターボ係数により、本来の排気量より2ランクも上の1300cc以上~1600cc以下クラスの扱いとなったことを受け、1300cc以下クラスの範囲内となるよう 993ccの排気量を926ccまで下げ、チューニングを見直し最低生産台数をクリアする200台が生産された。CE型と呼ばれるエンジンの出力は、工場出荷時で76ps/5500rpmであった。926とは、もちろん排気量を表しているが前述のポルシェのネーミングに引っ掛けた「洒落」でもあった。

DETOMASO 926R
DETOMASO 926Rは、デ・トマソの「洒落っ気」が生んだもうひとつの傑作で、926TURBOのパワートレインをDOHC12バルブ化し、シャレードのミッドに横置き搭載したコンセプトカーである。後輪駆動への変更と、ワイドトレッドとなった足回りは大型のブリスターフェンダーに包まれ、多くのエアインテークやイタリア尽くめの装備品とも相まって、ラテンの香りが強く漂うモデルであった。1985年の第26回東京モーターショーに、美しいイタリアの風景の中を実際に駆け抜ける映像と共に出品されるや、市販化とラリーでの活躍を望む声は一気に高まった。メディア向けの試乗会でも評判は上々であったにも拘らず、結局、周囲の期待に反し926Rが生産に移されることは無かった。

諸元・装備
* 全長:3850 × 全幅:1640 × 全高:1360mm
* ホイールベース:2320mm
* トレッド:前1380 / 後1410mm
* 乗車定員:2名
* エンジン:水冷 直列3気筒 DOHC 12バルブ ターボチャージャー付
* 排気量:926cc
* 最高出力:120ps グロス
* トランスミッション:5速MT
* タイヤ銘柄:PIRELLI P700
* タイヤサイズ:前205/50VR15 / 後225/50VR15
* ホイール:CAMPAGNOLO(マグネシウム合金 前6J×15 / 後7J×15)
* マフラー:ANSA デュアルエキゾースト
* ステアリングホイール:MOMO 本革巻き
* メーター:VEGLIA 独立丸型 メイン2眼 + サブ6眼
* フォグランプ:CARELLO
* ドアミラー:VITALONI
* ホーン:FIAMM エアホーン

歴史
* 1983年9月 ガソリンターボ追加。
* 1984年1月 デ・トマソ追加。
* 1984年9月 ディーゼルターボ追加。
* 1985年2月 マイナーチェンジ。
* 1986年1月 AT車を2→3速AT化でガソリンターボ車にもAT車追加。

  車両型式
* G11 CB型エンジン搭載車、乗用モデル
* G11V CB型エンジン搭載車、商用モデル
* G26 CE型エンジン搭載車(926ターボ)
* G30 CL型エンジン搭載車、乗用モデル
* G30V CL型エンジン搭載車、商用モデル

[ 2008/08/08 08:53 ] DAIHATSU | TB(0) | CM(0)

Daihatsu Charade Diesel Turbo 0'15"

トップページDAIHATSUカテゴリーDaihatsu Charade Diesel Turbo __________
blogram投票ボタンにほんブログ村 動画紹介ブログへ人気ブログランキングへ
シャレード (Charade) は、かつてダイハツ工業から発売された乗用車である。前輪駆動の「リッターカー」だった。

2代目(G11系、1983-1987年)
1983年1月発売。初代の設計思想をそのまま生かし、モデルチェンジ。量産エンジンとしてはその当時、世界最小排気量を誇る乗用車用ディーゼルエンジン(渦流式燃焼室、水冷、直列3気筒、SOHCのCL型エンジン)を搭載したモデルや、猫科のターボのキャッチフレーズで発売されたターボモデル、また、ノーマルのターボエンジンながら、イタリアのデ・トマソが監修したシャレード・デ・トマソ・ターボ、果ては1000ccクラス唯一のディーゼルターボも用意された。

ディーゼル車の広告コピーは「凄いビートだぜ、Rock'nディーゼル」で、ディーゼルターボ車の広告コピーは「アンチなターボ」であった。

このシャレードの軽快な走りを支えた3気筒エンジンは、当時、ダイハツと提携関係で、デ・トマソ傘下にあった、イノチェンティ・ミニ(Innocenti Mini 90/120)のエンジンとしても供給された。後に660CCエンジンとの二本建てで供給される。

また、このモデルにのみ3ドアバンの設定があり、ガソリンとディーゼル、両方のエンジンが用意された。

926TURBO (G26)
1984年10月、「926 TURBO」という、まるでポルシェのレーシングカーを連想させるネーミングのシャレードが発表される。その正体は、グループBのホモロゲーションに合致させた「ラリー用」ベース車両であった。1000ccのガソリンターボでサファリラリーに挑戦するも、当時1.4倍であったターボ係数により、本来の排気量より2ランクも上の1300cc以上~1600cc以下クラスの扱いとなったことを受け、1300cc以下クラスの範囲内となるよう 993ccの排気量を926ccまで下げ、チューニングを見直し最低生産台数をクリアする200台が生産された。CE型と呼ばれるエンジンの出力は、工場出荷時で76ps/5500rpmであった。926とは、もちろん排気量を表しているが前述のポルシェのネーミングに引っ掛けた「洒落」でもあった。

DETOMASO 926R
DETOMASO 926Rは、デ・トマソの「洒落っ気」が生んだもうひとつの傑作で、926TURBOのパワートレインをDOHC12バルブ化し、シャレードのミッドに横置き搭載したコンセプトカーである。後輪駆動への変更と、ワイドトレッドとなった足回りは大型のブリスターフェンダーに包まれ、多くのエアインテークやイタリア尽くめの装備品とも相まって、ラテンの香りが強く漂うモデルであった。1985年の第26回東京モーターショーに、美しいイタリアの風景の中を実際に駆け抜ける映像と共に出品されるや、市販化とラリーでの活躍を望む声は一気に高まった。メディア向けの試乗会でも評判は上々であったにも拘らず、結局、周囲の期待に反し926Rが生産に移されることは無かった。

諸元・装備
* 全長:3850 × 全幅:1640 × 全高:1360mm
* ホイールベース:2320mm
* トレッド:前1380 / 後1410mm
* 乗車定員:2名
* エンジン:水冷 直列3気筒 DOHC 12バルブ ターボチャージャー付
* 排気量:926cc
* 最高出力:120ps グロス
* トランスミッション:5速MT
* タイヤ銘柄:PIRELLI P700
* タイヤサイズ:前205/50VR15 / 後225/50VR15
* ホイール:CAMPAGNOLO(マグネシウム合金 前6J×15 / 後7J×15)
* マフラー:ANSA デュアルエキゾースト
* ステアリングホイール:MOMO 本革巻き
* メーター:VEGLIA 独立丸型 メイン2眼 + サブ6眼
* フォグランプ:CARELLO
* ドアミラー:VITALONI
* ホーン:FIAMM エアホーン

歴史
* 1983年9月 ガソリンターボ追加。
* 1984年1月 デ・トマソ追加。
* 1984年9月 ディーゼルターボ追加。
* 1985年2月 マイナーチェンジ。
* 1986年1月 AT車を2→3速AT化でガソリンターボ車にもAT車追加。

  車両型式
* G11 CB型エンジン搭載車、乗用モデル
* G11V CB型エンジン搭載車、商用モデル
* G26 CE型エンジン搭載車(926ターボ)
* G30 CL型エンジン搭載車、乗用モデル
* G30V CL型エンジン搭載車、商用モデル

[ 2008/08/09 09:02 ] DAIHATSU | TB(0) | CM(0)

Daihatsu Charade Turbo Ad 1983 0'15"

トップページDAIHATSUカテゴリーDaihatsu Charade Turbo Ad 1983 1983_DAIHATSU_CHARADE_TURBO_Ad.jpg
blogram投票ボタンにほんブログ村 動画紹介ブログへ人気ブログランキングへ
シャレード (Charade) は、かつてダイハツ工業から発売された乗用車である。前輪駆動の「リッターカー」だった。

2代目(G11系、1983-1987年)
1983年1月発売。初代の設計思想をそのまま生かし、モデルチェンジ。量産エンジンとしてはその当時、世界最小排気量を誇る乗用車用ディーゼルエンジン(渦流式燃焼室、水冷、直列3気筒、SOHCのCL型エンジン)を搭載したモデルや、猫科のターボのキャッチフレーズで発売されたターボモデル、また、ノーマルのターボエンジンながら、イタリアのデ・トマソが監修したシャレード・デ・トマソ・ターボ、果ては1000ccクラス唯一のディーゼルターボも用意された。

ディーゼル車の広告コピーは「凄いビートだぜ、Rock'nディーゼル」で、ディーゼルターボ車の広告コピーは「アンチなターボ」であった。

このシャレードの軽快な走りを支えた3気筒エンジンは、当時、ダイハツと提携関係で、デ・トマソ傘下にあった、イノチェンティ・ミニ(Innocenti Mini 90/120)のエンジンとしても供給された。後に660CCエンジンとの二本建てで供給される。

また、このモデルにのみ3ドアバンの設定があり、ガソリンとディーゼル、両方のエンジンが用意された。

926TURBO (G26)
1984年10月、「926 TURBO」という、まるでポルシェのレーシングカーを連想させるネーミングのシャレードが発表される。その正体は、グループBのホモロゲーションに合致させた「ラリー用」ベース車両であった。1000ccのガソリンターボでサファリラリーに挑戦するも、当時1.4倍であったターボ係数により、本来の排気量より2ランクも上の1300cc以上~1600cc以下クラスの扱いとなったことを受け、1300cc以下クラスの範囲内となるよう 993ccの排気量を926ccまで下げ、チューニングを見直し最低生産台数をクリアする200台が生産された。CE型と呼ばれるエンジンの出力は、工場出荷時で76ps/5500rpmであった。926とは、もちろん排気量を表しているが前述のポルシェのネーミングに引っ掛けた「洒落」でもあった。

DETOMASO 926R
DETOMASO 926Rは、デ・トマソの「洒落っ気」が生んだもうひとつの傑作で、926TURBOのパワートレインをDOHC12バルブ化し、シャレードのミッドに横置き搭載したコンセプトカーである。後輪駆動への変更と、ワイドトレッドとなった足回りは大型のブリスターフェンダーに包まれ、多くのエアインテークやイタリア尽くめの装備品とも相まって、ラテンの香りが強く漂うモデルであった。1985年の第26回東京モーターショーに、美しいイタリアの風景の中を実際に駆け抜ける映像と共に出品されるや、市販化とラリーでの活躍を望む声は一気に高まった。メディア向けの試乗会でも評判は上々であったにも拘らず、結局、周囲の期待に反し926Rが生産に移されることは無かった。

諸元・装備
* 全長:3850 × 全幅:1640 × 全高:1360mm
* ホイールベース:2320mm
* トレッド:前1380 / 後1410mm
* 乗車定員:2名
* エンジン:水冷 直列3気筒 DOHC 12バルブ ターボチャージャー付
* 排気量:926cc
* 最高出力:120ps グロス
* トランスミッション:5速MT
* タイヤ銘柄:PIRELLI P700
* タイヤサイズ:前205/50VR15 / 後225/50VR15
* ホイール:CAMPAGNOLO(マグネシウム合金 前6J×15 / 後7J×15)
* マフラー:ANSA デュアルエキゾースト
* ステアリングホイール:MOMO 本革巻き
* メーター:VEGLIA 独立丸型 メイン2眼 + サブ6眼
* フォグランプ:CARELLO
* ドアミラー:VITALONI
* ホーン:FIAMM エアホーン

歴史
* 1983年9月 ガソリンターボ追加。
* 1984年1月 デ・トマソ追加。
* 1984年9月 ディーゼルターボ追加。
* 1985年2月 マイナーチェンジ。
* 1986年1月 AT車を2→3速AT化でガソリンターボ車にもAT車追加。

  車両型式
* G11 CB型エンジン搭載車、乗用モデル
* G11V CB型エンジン搭載車、商用モデル
* G26 CE型エンジン搭載車(926ターボ)
* G30 CL型エンジン搭載車、乗用モデル
* G30V CL型エンジン搭載車、商用モデル

[ 2008/08/10 09:12 ] DAIHATSU | TB(0) | CM(0)

Daihatsu Max Cuore 0'15"

トップページDAIHATSUカテゴリーDaihatsu Max Cuore _____MAX_____CM
blogram投票ボタンにほんブログ村 動画紹介ブログへ人気ブログランキングへ
マックスクオーレ(1977年-1980年)
1977年7月、「マックスクオーレ」(Max Cuore)を発売。

フェローマックスのビッグマイナーチェンジ版であり、車幅が広げられた。形式はセダンがC-L40・バンがH-L40Vである。2ドアセダン(STD/DX/カスタム)、4ドアセダン(DX/カスタム/ハイカスタム)、3ドアバン(STD/DX/スーパーDX)エンジンはAB型2気筒4サイクル。547cc、28馬力である。

1979年3月 セダンは53年排出ガス規制適合でE-L40。バンは54年排出ガス規制適合でJ-L40V。

1980年7月 生産終了。 後継車はセダンが「クオーレ」(Cuore)、バンが「ミラ・クオーレ」である。

[ 2008/08/11 18:54 ] DAIHATSU | TB(0) | CM(0)

Daihatsu Applause Ad CM 1990 0'30"

トップページDAIHATSUカテゴリーDaihatsu Applause Ad CM 1990 1990 DAIHATSU APPLAUSE Ad CM.jpg
blogram投票ボタンにほんブログ村 動画紹介ブログへ人気ブログランキングへ
アプローズはダイハツ工業の乗用車である。

1989年のジュネーヴショーにMS-X90の名で参考出品された後発売開始。従来、登録車クラスは親会社のトヨタ自動車と競合するため、カローラの車台を流用したシャルマンでまかなわれていたが、バブル景気の最中で自動車販売が好調な時期であったことから、トヨタより独自開発の許可を得ることに成功している。

ボディは一見、4ドアセダンに見えるが、トランクとリアゲートが持ち上がる5ドアハッチバックという凝った構造(スーパーリッド)である。なお、この『スーパーリッド』のアイデアは1985年にクライスラーが発表した小型車『シャドウ』やフィアットの『クロマ』などにも見られる。

ダイハツとしては、少ない車種で多くの顧客を取り込もうとした努力の賜であるが、発売直後にトラブルが続出した事が響き、この車の人気が急激に低下。努力は、あまり報われるものではなかった。ただし、ダイハツ唯一の登録車系セダンモデルであったことから幾度となくマイナーチェンジを繰り返しつつ生産が続けられるが2000年5月アルティスの登場に伴いシャレードと共に国内での発売が中止された。

ちなみに、ベルギーでは、現地の輸入業者の手によって、ステーションワゴンに改造されたものもある。

リコール騒動
本車は登場当初、燃料タンクの空気抜きに技術的問題を抱えており、ガソリンスタンドで給油するためタンクの蓋を開けると圧力差からガソリンが噴出、これに着火してしまう事故がたびたび発生した。これにより派手な広告戦略を控えざるを得ず、新車効果を得ることができなかった。事態を重く見た自動車工業会は第28回東京モーターショー(1989年開催)への出品自粛を要請した。

性能
* エンジンはHD型1589cc直列4気筒SOHCエンジン。
o EFI仕様と電子制御キャブレター仕様があり、最高出力は前者が120馬力、後者は97馬力。
o 1997年9月のマイナーチェンジ時にデスビレス化などの改良を受ける。(最高出力は変わらず)
* 駆動方式はFFとビスカスLSD付センターデフ方式フルタイム4WDの2タイプ。
* トランスミッションは5速MTと4速ATの2タイプ。ただし4WDはAT未設定。

1989年7月
新発売。型式はFFがA101S、4WDがA111S。
1990年10月
一部改良。車名を「アプローズθ(シータ)」に変更。エンジンは全車EFI化。
1992年7月
マイナーチェンジ。フロントマスク及び前後バンパー変更。車名を元の「アプローズ」に戻す。
1994年4月
一部改良。安全装備充実化。4WDが廃止され、FFのみに。
1997年9月
5年2ヶ月ぶりのマイナーチェンジ。フロント及びリヤの外観、インテリアを変更しイメージを一新。全車ATのみの設定に。
2000年5月
生産中止。実質的後継車はアルティスである。

車名の由来
アプローズは喝采を意味する。

[ 2008/08/12 19:17 ] DAIHATSU | TB(0) | CM(0)

Daihatsu Leeza 0'30"

トップページDAIHATSUカテゴリーDaihatsu Leeza Daihatsu Leeza
blogram投票ボタンにほんブログ村 動画紹介ブログへ人気ブログランキングへ
リーザ(Leeza)はダイハツ工業がかつて製造、販売していた軽自動車である。

当時スペシャリティー軽の地位を独走していたスズキ・セルボへの対抗モデルとして1986年“エアロへミサイクル”をキャッチフレーズに登場。ボディ形状は3ドアのハッチバック。後にオープンカーのスパイダーも追加。エンジン、シャシ関係などをミラ/クオーレと共用としたが、ボディを前席優先のクーペスタイルとした事によってパーソナルユースに的を絞った。セルボと同じくターゲットは若い女性としていた。スタイリング的には当時の最新型であった「流面形セリカ」ことT160型トヨタ・セリカをかなり意識していた。

スズキ・セルボに対抗すべくミラをベースとして、ミラより全高を80mm低め、ホイールベースを120mm短縮している。『脱・実用車』をアピールポイントとし、室内は徹底的に前席優先のレイアウトを採る一方で、軽ボンネットバンとして登録出来る様に一定の荷室の確保の為、リアシートは極限にまで狭められたが、ドライバーのアイポイントがフロントエンドから遠ざかる事で軽自動車に乗っている感覚を無くし、前席の足元の広さ、ドライバーズポジションはダイハツのシャレードに迫るものとなった。また軽自動車初の全フルトリム(内張り)の内装にするなど、質感を高めていた。

発売当初はセダンとバン(4ナンバー)の大きく分けて二通りのタイプを用意し、セダンは後席にリクライニング機構を設けていたが、バンにはターボ仕様を設定するなど、主力はバンの方であった。セダンは一部改良時に設定から落とされたが、後に特別仕様車で復活。1990年の軽規格変更によるモデルチェンジからは、セダン一本に絞られた。1992年に後継モデルのオプティ登場後も販売が続けられ翌1993年に生産が終了した。

* 1986年12月 - 販売開始(L100S、L100V)。当初はセダン(乗用5ナンバー)とバン(商用4ナンバー)の二本立て。

* 1989年1月 - マイナーチェンジ。ターボモデルのTR-ZZ追加。ノンターボ車に3速ATの追加。

* 1989年4月 - 乗用モデルの販売を一時中止。

* 1989年10月 - 特別仕様車「ケンドーン」「クラブスポーツ」追加。セダンの「ケンドーンS」も設定され、セダンが復活した。

* 1990年8月 - マイナーチェンジ(L111S)。ミラのフルモデルチェンジ、ハイゼット/アトレーの新規格化対応の為リーザの対応が遅れ暫くの間550ccの旧規格で販売されてたが半年後にようやく新規格化。ボディは550cc(L100)時代と同じだが、エンジン及び駆動系統は3代目ミラ(L200)と共通で、前後バンパー形状も変更された。1990年に軽自動車の規格変更が行われると共に、それ以前の消費税の導入などによって、軽ボンネットバンの税制面でのメリットが大幅に消失したため、リーザは全車セダンへと変更する。また、大幅な車種整理が行われ、廉価モデルのR・スポーティーグレードのOXY・女性向けモデルのChaChaの三車種のみとなる。

* 1991年1月 - ターボ車のOXY-R追加。

* 1991年11月 - スパイダー追加。

* 1993年5月 - 後継車種オプティの登場で生産終了。

[ 2008/10/08 12:46 ] DAIHATSU | TB(0) | CM(0)

Daihatsu MidgetⅡ Ad 1997 0'43"

トップページDAIHATSUカテゴリーDaihatsu MidgetⅡ Ad 1997 1997_DAIHATSU_Midget___Ad
blogram投票ボタンにほんブログ村 動画紹介ブログへ人気ブログランキングへ
ミゼットII (Midget II) は、1996年から2001年までダイハツ工業から製造、発売されていた軽貨物自動車である。

1957年から1972年に生産された軽貨物自動車ミゼット (Midget) が3輪であるのに対し、ミゼットIIは4輪車となっている。フロントにスペアタイヤを付けたデザインからも伺えるように、コンセプトは先代のオート三輪の再現というよりはホンダ・バモス(初代)に近いものとなった。

当時の軽自動車の寸法制限(全長3300mm・全幅1400mm・全高2000mm)を大幅に下回る、小口配達に狙いを絞ったトラックとして企画された。一般の軽自動車よりも小さい車体、小回りの良さ(最小回転半径3.6m)、愛嬌のある特徴的な外観を売り物とした。

一方、企画当初から大量生産が見込まれなかったため、同社の軽貨物自動車ハイゼットとの部品共用化や、生産ラインに手作業を多用するなどの措置がとられた。生産はダイハツ本社池田工場内にあった専用のミゼット工房にて行われていた(現在は同じ場所でコペンの生産が行われている)。

エンジンもハイゼットと共通だが、軽量なボディのため、燃料消費は半分程度であった。

* 1993年 - 第30回東京モーターショーに参考出品。
* 1995年 - 第31回東京モーターショーに参考出品。

* 1996年4月
o 発売。トラック型・1人乗り・4段手動変速機仕様のみが存在。
o 廉価型のBタイプ、標準型のDタイプ、ドレスアップが施されたRタイプが用意された。
o 全長2790mm(Rタイプは2865mm)・全幅1295mm・全高1650mm。ホイールベースは1840mm。
o エンジンは直列3気筒659cc・ロッカーアーム式SOHCのEF型。燃料供給はキャブレターを使用し、最高出力31馬力、最大トルク5.1kgm。
o ホイールは全車10インチでブレーキは全車4輪ドラムブレーキ(前輪・2リーディングドラム、後輪・リーディングトレーリングドラム)を採用。
o 左窓ははめ殺しで開かない。

* 1997年1月
o 箱型の荷室を設けたバン型の「カーゴ」を追加。従来からのトラック型は「ピック」として区別される。
o カーゴはDタイプ・Rタイプが用意され、廉価型のBタイプはピックのみに設定された。
o ピックよりも全長・全幅を40mm、全高を55mm拡大し、全長2830mm(Rタイプは2905mm)・全幅1335mm・全高1705mm。
o Dタイプ・Rタイプには2人乗り・3段自動変速機仕様車も設定された。

* 1997年10月 o ピックおよびカーゴのDタイプ・2人乗り・3段自動変速機車を元にした特別仕様車「カスタム」が発売される。
o ツートーン塗装が施され、革巻きハンドル・プロテインレザー張りシートなどを装備した。

* 1998年10月
o 特別仕様車だった「カスタム」が通常モデルとして設定され、Rタイプが廃止される。
o Dタイプ・カスタムはエアコンが標準装備となるなどの、仕様変更も行われた。

* 1999年9月
o 1998年10月に施行された、軽自動車規格の改定および衝突安全基準の強化に適合させるためにマイナーチェンジを行う。
o 車体前面にあったスペアタイヤを運転席背後の荷台(ピック)・荷室(カーゴ)に移動。
o 前バンパーを大幅に延長し、衝突吸収構造を採り入れることで安全基準を満たした。
o また、衝撃吸収ハンドル・運転席シートベルトへのフォースリミッター機構追加、8インチブレーキブースターを全車に採用し、2人乗り・3段自動変速機車には運転席エアバッグがオプション設定された。
o また、エンジンおよびギア比の変更により燃費を改善。当時は低燃費自動車の優遇税制が適用された。
o 一方、カスタムの特徴でもあった革巻きハンドルはウレタン、プロテインレザー張りシートは布張りになった。
o 全長は105mm拡大され、ピックで2895mm、カーゴは2935mmとなった。
o エンジンは自動車排出ガス規制の強化に伴い燃料供給に電子制御噴射のEFIおよびディストリビューターレスによる点火機構(DLI)を採用したEF-SE型(直動式SOHC・33馬力・5.2kgm)に変更された。
o 燃料消費10・15モード 24km/L

* 2001年6月
o 生産終了。総生産台数は1万4000台。

[ 2008/10/10 13:18 ] DAIHATSU | TB(0) | CM(1)

Daihatsu Rocky CM 0'45"

トップページDAIHATSUカテゴリーDaihatsu Rocky CM daihatsu_rocky_CM.jpg
blogram投票ボタンにほんブログ村 動画紹介ブログへ人気ブログランキングへ
ダイハツ・ロッキーとは、ダイハツ工業が造っていたクロスカントリー(SUV)タイプの乗用車である。

本格的なラダーフレームの上に、排気量1600ccのエンジン、3ドア・レジントップのボディーを載せる。レジントップは取り外しができ、簡単にオープンとすることも可能である。ガソリンの挿入口は右側となっている。

当時は数少ないコンパクトサイズのクロカンであったが、スズキ・エスクード(1988年)に発売が先行されたこと、当初からAT車の設定がなかったこと、直線を基調とした武骨で地味な外見などが災いし、販売面は芳しいものではなかった。更に後年、親元であるトヨタから、乗用車感覚のクロスオーバーSUV、RAV4の登場により、国内での競争力不足は決定的となった。

海外向けは、同社のラガーがロッキーとすでに名乗っていた為、フェローザの名前で販売されていた。

エンジンはHD-E型1600cc直列4気筒SOHC。アプローズに搭載されていた物を縦置き化。最高出力は105馬力。

トランスミッションは5速フロアMTと4速フロアATの2タイプ。

駆動方式はトランスファーを用いたパートタイム4WDと、センターデフ方式フルタイム4WDの2タイプ。

フルタイム4WD車にはリヤアンチスピンブレーキ(ASB)が装着されていた。

部品の種類を少なくするため、当初、オーバーフェンダーはグレーメタリック一色のみであった。そのため全てのボディーカラーで、下半がグレーメタリックのツートーンとなっていた。

* 1990年6月 発表。
* 1992年3月 AT車の追加。フルタイム4WD車の廃止。
* 1993年8月 マイナーチェンジ。灯火類やフロントグリルの変更。新グレードの追加など。
* 1997年4月 RAV4との調整や、一回り大きいサイズのラガーとロッキーを統合し、テリオスが引き継ぐこととなり、生産を終了した。

[ 2008/10/15 12:54 ] DAIHATSU | TB(0) | CM(0)

Daihatsu boon TVCM 1 (Rena Tanaka) 0'15"

トップページDAIHATSUカテゴリーDaihatsu boon TVCM 1 (Rena Tanaka) Daihatsu - boon TVCM 1 (rena tanaka).jpg
blogram投票ボタンにほんブログ村 動画紹介ブログへ人気ブログランキングへ
ブーン(BOON)はダイハツの小型ハッチバックである。

トヨタと共同開発された自動車で生産はダイハツが行う。ストーリアの後継車である。トヨタからはパッソとして発売される(ダイハツがOEM供給していたデュエット後継。ただし今回は両社の共同開発のためバッジエンジニアリングによる姉妹車ではあるがOEM関係にはない。従って車両形式に共通性がなく、製造事業者がブーンがダイハツで、パッソがトヨタとなる)。海外向けには「ダイハツ・シリオン」 (Daihatsu Sirion) (2代目、初代はストーリア)として販売されている。また、マレーシアではプロドゥアが外観などを変えたモデルをプロドゥア・マイヴィ (Perodua Myvi) として生産・販売している。マイヴィはインドネシアにも輸出され、ダイハツ・シリオンとして販売されている。2007年秋から富士重工業へOEM供給され、スバル・ジャスティとしてヨーロッパでも発売されている。

現在1300ccモデルのみFIA公認車両となっている。ちなみに「X4」(クロスフォー:後述)は日本国内競技でのみ有効なJAF登録車両なのでFIA主催の国際イベント(WRC)には現時点では参戦不可。又、車両型式M301Sで取得している為パッソでの参戦も不可となっている(パッソは型式が#C10型である為、JAF登録車両でも無い)。

エンジンは新開発のダイハツ製1KR-FE型3気筒DOHC12バルブ1000cc、71馬力自然吸気エンジンまたはダイハツ製K3-VE型4気筒DOHC16バルブ1300cc、90馬力自然吸気エンジンになる。尚、香港では輸出名Sirionでトヨタ・パッソに見られるRacyグレードを3SZ-VE型4気筒DOHC16バルブ1500cc自然吸気エンジン(ダイハツ製)で販売している。

特殊なモータースポーツベースグレード、「X4」はK3-VET型4気筒DOHC16バルブ1300cc、140馬力ターボエンジンをベースとした、KJ-VET型4気筒DOHC16バルブ936cc、133馬力ターボエンジンを搭載。この中途半端ともいえる排気量はモータースポーツ参戦を見越し、JAF公認競技の1600cc未満のクラスに収まるように調整されたものである。レギュレーション上、過給器付きエンジンは排気量を1.7倍に換算するため、このKJ-VETは1591ccに相当する。

トランスミッションはX4が5速MTのみで、それ以外は全て4速ATのみである(海外向けのシリオンには5MTの設定有り)。

なお、パッソにはX4に相当するモータースポーツベースのグレードは設定されないが、グレード「Racy」をカスタマイズしたTRD Sports Mがある。

初代(2004年-)
型式は1000CC2WDはM300S、4WDはM310S、1300CC(2WDのみ)はM301S。X4はM312S。

2004年6月7日
初代ブーン発売。

2004年12月
一部変更、同時にスポーティ・グレード「カスタム」を追加。パッソ・レーシーとの相違点はステアリング(エアバッグ内蔵型)がMOMO製である。

2006年3月10日
モータースポーツ・ベースグレード「X4」を追加。ストリート仕様として、エアコンやアルミホイールなどを追加した「ハイグレードパック」も設定。

2006年12月25日
マイナーチェンジ。特に1000ccモデルはエンジンマウントの材質の見直しが図られた。パッソはメーカーオプションのHDDナビが1300ccのみ設定だがブーンはビジネスセレクトを除く1000/1300ccの全車に設定がある。また標準装備のインテグレートCDステレオもサウンドライブラリ機能が追加された。

[ 2009/07/16 18:46 ] DAIHATSU | TB(0) | CM(0)

Daihatsu Charmant 1981 0'15"

トップページDAIHATSUカテゴリーDaihatsu Charmant 1981 Daihatsu Charmant (1981)
blogram投票ボタンにほんブログ村 動画紹介ブログへ人気ブログランキングへ
シャルマン(Charmant)はかつてダイハツ工業が販売していた 最上級(高級)乗用車(フラッグシップ・カー)である。

エンジンや足回りを親会社であるトヨタ自動車のカローラをベースにしている。カローラよりも高級感を打ち出したことから、初代モデルはそこそこの売れ行きを見せた。ただし、カローラほど頻繁にモデルチェンジを行わなかったことから、モデル末期の陳腐化は著しく、営業面で成功したかという点では疑問が残る。1987年に生産を終了。

車名のシャルマン(Charmant)とは、フランス語で「素敵な」「魅力的な」を意味する。 ダイハツが『土曜ワイド劇場』(テレビ朝日系列)のスポンサーだった関係で、特に『江戸川乱歩の美女シリーズ』では天知茂演ずる明智小五郎の愛車として劇中活躍した(他にマツダのルーチェやカペラも用いられている)。 一時期高田良二選手によりD1グランプリにも使用された。

2代目(1981年-1987年)
1981年10月 - フルモデルチェンジでひとまわり大きくなる。外板プレスとインテリアはダイハツが独自にデザインし、外観は6ライトウインドを採用、エンジンとトランスミッションは先代同様にカローラの流用。プラットフォームはE70型カローラをベースにしていた。初代にあった5ドアのライトバンは廃止された。1,300cc(トヨタ製4K-U型OHV)、1,500cc(同3A-U型SOHC)のエンジンを搭載していた。ステアリング型式は1,300ccがラック・アンド・ピニオン、1,500ccがリサーキュレーティング・ボール。このクラスでは異例の、高級感ある内外装が特徴で最高級車は「アルティア」であった。

1983年8月 - マイナーチェンジで1,500ccはドアミラーが採用されフロントグリルの変更と同時にメーターは水平指針型に、ステアリング形式はラック&ピニオンにそれぞれ変更、最上級グレード車は「アルティアL」に改称と同時にカラード大型バンパーと4速ATを採用/60扁平タイヤ&14インチアルミをオプション化。 1984年9月 - 一部改良。1,500ccエンジン車は全車バンパーを大型化。

1987年10月 - ベースとなったカローラセダンがFF化された後もシャルマンはFR方式で生産されたものの結局は生産中止(同年にFR方式で生産されていたカローラレビン/バンがFF方式の新型にフルモデルチェンジされ、ダイハツ向けへのシャシーの供給ができなくなったため)。これにより、1989年にシャレードソシアルとアプローズがデビューするまで一時的にダイハツからセダンのラインナップがなくなる。

[ 2010/01/20 17:03 ] DAIHATSU | TB(0) | CM(0)

Daihatsu Delta 750 ad 0'30"

トップページDAIHATSUカテゴリーDaihatsu Delta 750 ad daihatsu_delta_750_ad
blogram投票ボタンにほんブログ村 動画紹介ブログへ人気ブログランキングへ
ダイハツ・デルタ ( DAIHATSU DELTA ) はダイハツ工業で販売されていた、2 t - 3.5 t クラスのトラック(初期には1t以下クラスも)、ダイハツ・デルタワイド ( DAIHATSU DELTA WIDE ) は、750 kg 積トラック、ライトバンおよびワンボックスワゴンである。

1967年11月9日にトヨタ自動車と業務提携を締結し日野自動車と共にトヨタ自動車グループの一員となったダイハツ工業は、グループ親会社のトヨタ自動車とのOEM供給の相互関係が強まる事となる。

歴代のトヨタのライトエースとタウンエースは、トヨタとダイハツの共同開発でダイハツの工場で受託生産されていた。

トヨタからの受託生産を担当していたダイハツの自社ブランドのOEM車種として、デルタ750(セブンハーフ)、デルタワイド、デルタバン&ワゴンとして販売されていた。

ダイハツ・デルタ750 / デルタワイド / デルタバン & ワゴン
1971年3月、ニューラインキャブの後継として、約3年ぶりに「デルタ750(セブンハーフ = 750kg積み)」が発売された。トヨタとの提携によりライトエーストラックのOEM車となるが、コンソルテや、前述のデルタ1500 / 2000とは異なり、ダイハツ製エンジンの搭載はなく、トヨタ・3K 型エンジンのみの設定であった。

1976年11月、タウンエースのOEM車種として「デルタワイドバン / ワゴン」が発表される。以降第3世代まで、タウンエースの姉妹車種として販売されてきたが、2代目の4WD車だけは発売がタウンエースよりも9年遅れた。

1979年、フルモデルチェンジ。以降、1982年まで2世代に渡り、ライトエーストラックの兄弟車種として販売された。

1996年10月、トヨタ・ライトエースノア・ライトエースバン / タウンエースノア・タウンエースバンのフルモデルチェンジに伴い最終型のOEM車種として発表される。名称も「デルタバン & ワゴン」となった。一部箇所はダイハツ開発で、製造も受託生産でダイハツが行っていた。

2001年11月、トヨタ・ライトエースノア / トヨタ・タウンエースノアのフルモデルチェンジに伴い、デルタバン / ワゴン共に生産中止となった。これにより、ダイハツの小型1BOX車はアトレー7とグランカーゴのみになるが、共に2004年12月で生産を終了している。

[ 2010/03/07 17:19 ] DAIHATSU | TB(0) | CM(0)

Daihatsu Fellow Max ad 1'00"

トップページDAIHATSUカテゴリーDaihatsu Fellow Max ad daihatsu_fellow_max_ad
blogram投票ボタンにほんブログ村 動画紹介ブログへ人気ブログランキングへ
2代目 フェローマックス(1970年-1977年)
1970年4月、2代目のフルモデルチェンジで名称は「フェローマックス (Fellow Max) 」となり、ホンダ以外の各社が後輪駆動を通していた当時の軽乗用車では珍しく、スペース効率で有利な前輪駆動に移行した。

型式は『L38』。前モデルより軽量化され、更に当時のパワー競争の煽りで軽自動車最大の40馬力を発生させるまでに至ったが、オイルショックや排出ガス規制による幾度かのマイナーチェンジでエンジンの変更が行われ、パワーも低下、大衆車としての需要もリッターカーへ移行して行った時代でもあり、人気は徐々に下火となった。ボディバリエーションは2ドアセダンと3ドアバンでスタートし、後にハードトップと4ドアセダンが追加された。

1970年7月、ツインキャブを発売。グレードはSSとS。

1970年10月、ハイカスタム(シングルキャブ)を発売。

1971年3月、マイナーチェンジ。

1971年8月、ハードトップを発売。グレードはツインキャブのGXLとSL、シングルキャブのGLとTL。GXLとSLには前輪ディスクブレーキを標準装備。

1972年3月、マイナーチェンジ。インストルメントパネル、フロントグリル、フロントフード等を変更。ハードトップGHL(前輪ディスクブレーキ、レザートップ等を標準装備したシングルキャブの豪華仕様)を追加。

1972年10月、4ドアセダンを発売。グレードはデラックス、カスタム、ハイカスタムの3車種で全てシングルキャブ。同時に排出ガス規制に対応し、ツインキャブは40psから37psに、シングルキャブは33psから31psに最高出力が低下。

1973年5月、マイナーチェンジ。フロントグリル、フロントフード、フロントフェンダー、等を変更。2ドアセダンのリヤスタイルをカムテールから4ドアセダンと同じ形状に変更。ハードトップのリヤスタイルも大幅に変更。2ドアセダンハイカスタム、2ドアセダンパーソナル、ハードトップGXLを廃止。2ドアセダンスーパーデラックス、4ドアセダンSTD、ハードトップGSL、ハードトップLを発売。

1973年10月、道路運送車両法(保安基準)改正に伴う安全対策を実施。

1975年2月、マイナーチェンジ。ツインキャブモデルを廃止。ナンバープレート大型化に伴う前後バンパーの形状変更、インストルメントパネルを変更、シートバックを変更、等。

1975年12月、マイナーチェンジ。ブレーキフルード残量警報装置を採用、等。

1976年5月、マイナーチェンジ。ハードトップを廃止。ZM型360cc2ストローク2気筒エンジン車は昭和50年排出ガス暫定規制適合。AB型550cc4ストローク2気筒SOHCエンジンを搭載し、51年排ガス規制適合の550発売。550cc搭載モデルはバンパー延長のみで車幅は360ccサイズのままだった。

ダイチャレではレストアされた車両がまれにL2クラスで参加がある。

[ 2010/03/08 17:46 ] DAIHATSU | TB(0) | CM(0)

Daihatsu Hijet 1977 0'15"

トップページDAIHATSUカテゴリーDaihatsu Hijet 1977 japanese_ad_1977_DAIHATSU_HIJET
blogram投票ボタンにほんブログ村 動画紹介ブログへ人気ブログランキングへ
1960年(昭和35年)11月に発売され、現在販売されているダイハツ車ではもちろんのこと、現行軽自動車の商標の中で最も古い歴史を持つ。初代モデルはボンネットタイプのライトバンとトラックであったが、2代目モデルから、キャブオーバータイプのバンとトラックに変更される(ただし初代のボンネットタイプも併売)。この経緯は他社の軽貨物車にも通ずる。更に9代目モデルのバン改めカーゴからセミキャブタイプに変更され、現在に至る。

車名のスペルが「HIJET」であることから、誤って、あるいは何らかのネタやダジャレとして「ハイジェット」と読まれることがある。綴りがJETなのに読みが「ゼット」である理由は不明。

また、ハイゼットトラックは2010年度(2010年1月 - 12月)の日本国内で販売されているトラック(軽・小型・普通)の車名別年間販売台数第1位を初めて獲得した。

ハイゼットは早くから電気自動車をラインナップしていることでも知られ、その歴史は1968年(昭和43年)に始まる(9代目モデルまで設定)。現モデルでは、電気自動車に代わり、2010年(平成22年)6月までトヨタ自動車のハイブリッドシステムを一部使用した、ハイゼットカーゴ・ハイブリッドが販売されていた。

ボディーバリエーションも多く、6代目のトラックに設定された、キャビン後方を延長し、スペースを広く取ったハイゼットジャンボや、7代目以降のバンをベースに、リヤの荷室部分をオープンデッキ化したハイゼット・デッキバンなどは、オリジナリティーあふれるモデルとして人気が高い。デッキバンは、実際にバンのホワイトボディーを切断し、手作りで生産されており、届出上は改造車、いわゆる「マル改」となる。この生産方式はのちにリーザスパイダーにも活かされた。

介護用のスローパーとリアシートリフト、省エネ仕様の電気自動車、ハイブリッド、CNG仕様、パネルバン、ダンプ、冷凍車、消防車、霊柩車などバリエーションは80種類以上になる。

2010年(平成22年)9月28日、親会社であるトヨタ自動車が2011年秋ごろに軽自動車事業に参入することを発表し、同時にダイハツからハイゼットトラックおよび同カーゴをOEM供給することを発表した。

急激に円高傾向が強まった1985年頃から、輸出を減らし、現地生産する方針を採った。

イタリア:イタリアでは、ピアジオと組み、1992年11月から2002年2月まで、6代目にあたる、S80系のトラックとバン・ワゴンを生産していた。ダイハツ版は「ハイゼット」、ピアジオ版は「ポーター」の名称であり、1.3Lのガソリンエンジンと、ピアジオ製の1.4Lディーゼルエンジンが選べた。当時、ディーゼルエンジンの設定は、この欧州向けモデルのみであった。生産終了に伴い、ダイハツ・ヨーロッパ有限会社(DAIHATSU EUROPE S.R.L)は、2003年10月に解散した。

韓国:韓国では、亜細亜自動車(現:起亜自動車)により「タウナー」という名称で生産されていた。韓国らしくLPGエンジンがメインで、日本では石油関連の業界団体の猛反発により普及しなかった、LPiも選べる。ガソリンエンジン車は、南米向けに、輸出もされていた。

中国:中華人民共和国では、異なった2系列のハイゼットが生産されている。

天津汽車:6代目のS65系が「華利」として生産されているが、車名で呼ばれることはほとんど無く、通常は、「TJ」の方が通りが良い。

トラックは「TJ1010」系で、ロングホイールベース版には本格的なダブルキャブ(TJ1010 SL1)が存在する。ワゴンは「TJ6300」系で、標準尺には標準ルーフとハイルーフが、ロングホイールベースにはミッドルーフとハイルーフが設定され、高級グレードの「G」には、非常に派手なメッキのグリルが備わる。

搭載されるエンジンは、同社がシャレードも生産していた関係から、シャレード用のCB型をベースとした、850ccのTN370Q型と、1000ccのTN376Q型となっている。

「TJ6300」系は、他のアジア諸国同様、タクシーとしても使われている。

柳州五菱汽車:こちらは、ゼブラのノックダウン生産で、部品類のほとんどを、インドネシアのアストラ・ダイハツ(ADM)から輸入し、天津汽車のシャレード用CB型、1300ccの476Q型エンジンを縦置きに組み合わせている。

これらの海外生産車には、古くから1000cc版が存在し、さらに、上級車種として「ハイゼット ゼブラ」や、ハイゼット1300が派生した。この末裔にあたるグランマックスは、2008年より日本へ輸入が開始され、同年2月からトヨタ・タウンエース、トヨタ・ライトエースとして販売されている(ダイハツブランドでの販売は無い)。

4代目(1972年-1981年 S38系、S40系)
歴代ハイゼットの中で後述する9代目トラックに次いで息の長いモデル。特に360ccは軽免許ユーザーに配慮して厳しい排ガス規制を何とか乗り切り、5代目や初代アトレーと併売された。

1972年2月
フルモデルチェンジ(S38系)。
バンのリアドアは軽自動車初のスライドドアとなる。リアドアは両側に設定され、左右どちらからでも荷物の積み降ろしが可能であった。トラックの荷台は全て平床となった。バンのバックドアは先代の観音開きをやめ、ボタンを押して解錠し、上へ跳ね上げるスタイルへと変更され、雨天時も屋根代わりになり、「大切な商品を濡らさない」と運搬業者に好評を博した。さらにパネルバンもラインナップされており、こちらも雨やホコリを嫌う商品を扱う業者には好評だった。4代目もトラックは一方開きと三方開きの2タイプあり、用途に応じた選択が可能であった。

1974年9月
マイナーチェンジ。フロントマスクの形状変更が行われたほか、360cc2サイクルのまま現行の黄色ナンバーに対応した改良を実施。キャッチコピーは「愛着のハイゼット360」。

1976年4月
550cc4サイクル2気筒エンジンAB型搭載車(S40系)追加。キャッチコピーは「余力のハイゼット550」。
550ccエンジン車はバンパーが延長され、全長がバンで100mm、トラックで50mm延長されている。

1979年4月
後述のハイゼット55ワイドのマイナーチェンジの煽りを受け、フロントグリルが黒色化され、フロントバッヂがすべて「HIJET」に統一されたため、前方からは360CCか550ccかの見分けが付きにくくなる。

1980年4月
550cc(S40系)生産中止。軽限定免許では新規格軽自動車の運転は認められないため、360cc(S38系)は、当時50万人程いたといわれる軽限定免許ユーザーのため、次世代550ワイドが生産を終了した後の、1981年8月まで継続生産されることとなる。

[ 2010/03/09 18:13 ] DAIHATSU | TB(0) | CM(0)

Daihatsu Charmant 1976 0'15"

トップページDAIHATSUカテゴリーDaihatsu Charmant 1976 初代ダイハツシャルマン CM (1976年)
blogram投票ボタンにほんブログ村 動画紹介ブログへ人気ブログランキングへ
シャルマン(Charmant)はかつてダイハツ工業が販売していた 最上級(高級)乗用車(フラッグシップ・カー)である。

エンジンや足回りを親会社であるトヨタ自動車のカローラをベースにしている。カローラよりも高級感を打ち出したことから、初代モデルはそこそこの売れ行きを見せた。ただし、カローラほど頻繁にモデルチェンジを行わなかったことから、モデル末期の陳腐化は著しく、営業面で成功したかという点では疑問が残る。1987年に生産を終了。

車名のシャルマン(Charmant)とは、フランス語で「素敵な」「魅力的な」を意味する。 ダイハツが『土曜ワイド劇場』(テレビ朝日系列)のスポンサーだった関係で、特に『江戸川乱歩の美女シリーズ』では天知茂演ずる明智小五郎の愛車として劇中活躍した(他にマツダのルーチェやカペラも用いられている)。 一時期高田良二選手によりD1グランプリにも使用された。

初代(1974年-1981年)
1974年11月に発売。ダイハツ初の最上級車(高級車)としてデビュー。同年12月にバンを発売。プラットフォームはE20型カローラをベースにしていた。ちなみにフロントドアアウターパネルはカローラ(4ドアセダン、5ドアバン)と全く共通。ヘッドランプはカローラの丸型2灯に対してシャルマンは丸型4灯を採用、高級感をアピールしている。デビュー当初は1200(トヨタ製3K型OHV)、1400(同T型OHV)のエンジンを搭載していた。1969年にコンパーノバンが生産中止以来久々に復活したダイハツのライトバンの設定もあった。こちらもエンジンは1200cc(トヨタ製3K-J型OHV)と1400cc(同T-J型OHV)が用意される。シャルマンとしては最初で最後の5ドアライトバンでもあった。

1975年11月:一部改良。セダン全車が昭和50年度排出ガス規制に適合。

1976年11月:マイナーチェンジでフロントグリルが変更される/スポーツカスタムとグランドカスタムを追加と同時にAT車がカタログ落ちする。セダン全車が昭和51年度排出ガス規制に適合。 1978年3月:マイナーチェンジでフロントノーズをスラント化と同時にグランドカスタムの後席には肘掛が標準装備。エンジンを1200cc、1400ccからそれぞれ1300cc(トヨタ製4K-U型(セダン用)/4K-J型(バン用)OHV)、1600cc(同2T-U型(セダン用)/2T-J型(バン用)OHV)へとスイッチ。同年7月、1600cc車にATが復活。これに伴いセダン全車が昭和53年度排出ガス規制に適合。

[ 2010/03/18 02:11 ] DAIHATSU | TB(0) | CM(0)
FC2カウンター
ブログ内検索
コミュニティ・ツール
ブロガー(ブログ)交流空間 エディタコミュニティ





上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。