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Renault Megane CM 0'40"

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ルノーを代表する小型前輪駆動(FF)車で、現行型は2代目にあたる。2世代とも、同社のデザイン担当上級副社長であるパトリック・ル・ケモン(Patrick le Quement)がデザインの総責任者を務めた。2003年の2代目がヨーロッパ・カー・オブ・ザ・イヤーを受賞した。なお、これに先立つ1997年には派生車種であるセニックが同賞を受賞している。

2代目(2002年-)
現行モデルは2002年にデビュー(日本市場には2003年から導入)。ハッチバックモデルの(見る人によってはあたかもやかんを連想させるかのような)直立したリアウィンドウと、鋭角に突き出したリアゲートパネル、そして鋭く膨らみを持ったボディ側面と、車輪を車体の四隅に追い込んだプロポーションから成る独特のデザインが最大の特徴である。

このモデルも、3/5ドアハッチバック、4ドアセダン、5ドアワゴン、クーペカブリオレ(日本仕様では「グラスルーフ・カブリオレ」の名称を使用)と、豊富なバリエーション展開を行っている。このモデルも2003年度のヨーロッパ・カー・オブ・ザ・イヤーを受賞した。

ヨーロッパの自動車衝突安全性テスト「ユーロNCAP」において最高の5つ星の評価を得るなど、そのデザインだけでなく高い安全性と実用性、信頼性がヨーロッパで高い評価を受けており、現在、ヨーロッパ市場における同クラスのベストセラーカーである。主なライバルはフォルクスワーゲン・ゴルフやプジョー・307、オペル・アストラなど。

メガーヌ・ルノー・スポール
ルノーのモータースポーツ部門であるルノー・スポールがチューンした、224馬力を発生する2.0L DOHCターボエンジンを搭載し、サスペンションや外観、内装をスポーツ走行に適したものにモディファイした高性能モデルである。日本仕様は全て6速のマニュアル・トランスミッション(MT)で、3ドア(左ハンドル)または5ドア(右ハンドル)のハッチバックが用意されている。

メガーヌ・クーペ・カブリオレ
カブリオレスペシャリストのドイツのカルマン社(後輪直前のサイドシルに"KARMANN"ロゴの刻印がある)の手で、メガーヌの3ドアをベースにして、わずか22秒で自動に開閉するグラスルーフハードトップを持つカブリオレに架装したモデルで、いわゆるクーペカブリオレの一種。2ドア4人乗りのボディを持ち、ルーフクローズ時は490L(オープン時は190L)のトランクスペースを誇る。その上、グラスルーフのためルーフクローズ時も開放感を維持するなど、快適さと実用性を兼ね添えたモデルである。

日本仕様はメガーヌ・グラスルーフ・カブリオレと呼ばれ、全て右ハンドルで、4速のマニュアルモード付オートマチック・トランスミッションを装備する。なお、このクラスの車種としては初のグラスルーフカブリオレであり、カブリオレモデルとしては世界初のユーロNCAPの5つ星を獲得するなど、安全性も売りである。

セニック/グラン・セニック
メガーヌのMPV仕様であり、同カテゴリーのフランス国内およびヨーロッパにおけるベストセラーモデルである。5人乗りの通常ボディのセニックと、ボディを延長して7人乗り(第3列目は、折りたたみ時にフラットな床面になる折りたたみシート)としたグラン・セニックの2タイプが用意されているが、日本にはグラン・セニックのみが2005年9月から導入された。

なお、日本仕様は全て2.0LDOHCエンジンを搭載している。右ハンドルで、4速のマニュアルモード付オートマチック・トランスミッションを装備する。また、全面グラスルーフサンルーフもオプションで用意される。

日本市場においては、3ドアハッチバック(ルノー・スポールのみ)、5ドアハッチバック、4ドアワゴン、クーペ・カブリオレ(グラスルーフ・カブリオレ)、グラン・セニックの5タイプのボディが用意されている。

ルノー・スポール以外のモデルでは、1.6L、または 2.0Lのガソリンエンジンを搭載する。なお、変速機は5速および6速のマニュアル・トランスミッション(MT)と4速のマニュアルモードつきオートマチック(AT)が用意されている。いずれも右ハンドルが用意されている。

また、グラン・セニックには全面グラスルーフサンルーフが標準装備されているほか、5ドアハッチバック(ルノー・スポールを除く)と4ドアワゴンモデルに全面グラスルーフサンルーフがオプションで用意される。

ヨーロッパやオセアニア市場ではディーゼルエンジン搭載モデルも用意されているが、日本市場には導入されていない。

メガーヌ・スポーツサルーン(Megane Saloon)は、メガーヌの4ドアセダン仕様である。ヨーロッパの一部の地域、シンガポール、中華民国、中華人民共和国、オセアニア、南米などに導入されている。

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[ 2007/11/11 21:17 ] RENAULT | TB(0) | CM(0)

Nuevo twingo Bueniiiiiisimo Primicia 0'55"

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ルノー・トゥインゴ(Renault Twingo) は、フランスの自動車製造会社、ルノーの生産する小型乗用車である。

1992年9月のモンディアル・ド・ロトモビル(パリモーターショー)にて発表され、翌1993年より欧州内で販売開始。ルノーの社内デザイナーで、現在はデザイン担当役員を務めるパトリック・ル・ケモン(Patrick le Quement)による斬新なデザインを持つ小型車として登場したが、そのデザインは、初代のホンダ・トゥデイを元にしているといわれている。初代の登場から14年を経た2007年に2代目へとフルモデルチェンジ。

初代(1992-2007年)
駆動方式は前輪駆動(FF)で、日本には1238cc/OHVのガソリンエンジンを搭載するモデルが1995年から当時のインポーターであるフランス・モーターズによって導入され、当時車両本体価格 (消費税抜き) が134万円 (セミATは139万円) という戦略的な価格で発売されたので、そこそこの人気を得た。数度のマイナーチェンジを繰り返し、エンジンをSOHCに置き換えたり、ヘッドランプやテールランプの意匠も小変更され、2001年7月24日からはeasyとはまた違ったATモード付きシーケンシャル5MTを搭載する「クイックシフト5」も導入、インポーターがルノー・ジャポンに移行したのち正規輸入は2003年前半頃をもって終了。その後は、一部の並行輸入業者が輸入・販売を行っていた。構造上右ハンドル仕様は生産されなかったので、イギリスやアイルランドなどでは販売されなかった。

トランスミッションは当初マニュアルトランスミッションとクラッチペダルがないMT(セミオートマ)の「easy(イージー)」が搭載され、後easyを改良したクリックシフト5を搭載。エンジンはガソリンエンジンのみで本国では人気の高いディーゼルエンジンの設定はなかった。

Kenzoバージョン
いくつかの国では、日本人ファッションデザイナーの高田賢三が創設した世界的に著名なファッションブランドの「Kenzo」バージョンが発売されている。

2代目(2007年-)
2007年フルモデルチェンジ。日本では2008年11月7日から待望の右ハンドル、2グレード展開で販売開始。

フィアット社がパンダの後継車として「ジンゴ (GINGO)」を発表したが、発音が「トゥインゴ」に似ていると指摘を受け、結局「パンダ」と名乗ることとなった。

[ 2008/12/14 03:16 ] RENAULT | TB(0) | CM(0)

Renault Ballett 1'34"

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ルノー (Renault S.A.S.) は、フランスのパリに本社を置く自動車製造会社。

フランス政府が株式の約15%を保有している。子会社の日産自動車などを含めると、ヨーロッパ最大の自動車会社である。

ヨーロッパ最大の自動車会社
1898年にフランス人技術者のルイ・ルノー(Louis Renault、1877年-1944年)とその兄弟によって「ルノー・フレール(ルノー兄弟)」社として設立された。現在は、主に中小の乗用車や商用車を手掛ける。過去には、商用車専門の子会社のルノーV.Iで大型トラックや軍用車両の生産、第二次世界大戦前は航空機やボートも生産していた。
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今日では、PSA・プジョーシトロエン("PSA Peugeot Citroën"。 プジョー、シトロエンブランド車の製造販売)と並び、フランスの二大自動車企業の一角を占め、先進的なデザインと優れた安全性能、高品質さが高い評価を受け、1998年以降2004年まで連続でヨーロッパ第1位の販売台数を維持した。

2007年現在、日本の日産自動車、韓国のルノーサムスン自動車(ルノー三星)、ルーマニアのダチアの株式を保有し、これらの会社を傘下に収める。これらの傘下に収めたグループ企業を含めると、アメリカのGMグループとフォードグループ、日本のトヨタグループに次いで世界第4位の乗用車生産台数になる(2006年度実績)。また商用車製造社の世界的再編では、商用車専門の子会社のルノーV.Iをボルボに売却する一方、ボルボの株を20%保有し影響力を保持している。

安全への取り組み
市販車で初の四輪ディスクブレーキ採用など、古くから安全性の向上に力を入れている。近年では、運転中の危険回避を補助するESP(エレクトロニック・スタビリティー・プログラム)を積極的に採用する他、世界で最も高い権威を持つ自動車衝突安全性テスト「ユーロNCAP」において、現在8車種(モデュス、クリオ、メガーヌ、メガーヌ・グラスルーフ・カブリオレ、セニック、ラグナ、エスパス、ヴェルサティス)が5つ星の評価を得ており、これは世界の自動車会社中最多を誇る。

社名の発音について
フランス語圏以外でこの社名を言う場合には、「レノー」と発音しないと通用しない場合があるが、フランス語圏での発音に一番近いカタカナは「ルノー」あるいは「ルノ」である。

会社概要
本社
* フランス、ブーローニュ・ビアンクール

設立
* 1898年

設立者
* ルイ・ルノー

経営陣
* 取締役会会長 - ルイ・シュバイツァー(アルベルト・シュバイツァーの親族)
* 会長兼CEO - カルロス・ゴーン(2005年4月-)

従業員数
* 300,217人(傘下のルノーサムスン自動車、ダチア、日産自動車を含む)

生産台数
* 591万1171台- 2006年度世界第4位(子会社の日産自動車、ルノーサムスン自動車、ダチア、インフィニティブランドを含む。ルノーブランドのみだと243万3372台。世界第10位。前年比-4%)、シェア9%

純利益
* 22億1100万ユーロ(2005年上半期決算/ 前年同期比52%増)

年表
* 1898年 - ルイ・ルノーによってルノー・フレール社設立
* 1899年 - 「ヴォワチュレット」発表
* 1910年 - 日本への輸出を開始
* 1914年 - ロシアのペトログラードに初の海外工場を建設
* 1922年 - 株式会社化され、ソシエテ・アノニム・デ・ユジーヌ・ルノー(ルノー工場株式会社)となる
* 1933年 - 「コーデュロン」社を買収し航空機製造に乗り出す
* 1940年 - 第二次世界大戦におけるドイツのフランス占領により工場が接収される
* 1944年 - ルイ・ルノー死去
* 1945年 - 第二次世界大戦終結後、シャルル・ド・ゴールの行政命令で国営化され「ルノー公団」に
* 1951年 - ル・マン24時間レースで「4CV」がクラス優勝 * 1966年 - プジョーと提携開始
* 1969年 - チューナーの「ゴルディーニ」社を買収
* 1973年 - チューナーの「アルピーヌ」社を買収
* 1977年 - F1世界選手権に参戦を開始
* 1979年 - アメリカ第4の自動車会社であるアメリカン・モーターズを買収
* 1986年 - ジョルジュ・ベス会長がテロ組織「アクション・ディレクト」に暗殺される
* 1987年 - アメリカン・モーターズをクライスラーに売却
* 1993年 - スウェーデンの自動車会社・ボルボとの合併を発表するがその後白紙撤回する
* 1996年 - 完全民営化達成
* 1999年 - 日産自動車と資本提携を行い、同社を傘下におさめる
* 2005年 - F1世界選手権でコンストラクターズ、ドライバーズの両タイトルを獲得
* 2006年 - 2年連続でF1世界選手権のコンストラクターズ、ドライバーズの両タイトルを獲得

歴史
ヴォワチュレット
フランスのパリ郊外に住む技術者であったルイ・ルノーは、1898年にド・ディオン・ブートン車の改造によって、現在のプロペラシャフト式フロントエンジン・リアドライブ方式 (FR) の原型である「ダイレクト・ドライブ・システム」を発明した。この斬新な機構は瞬く間にフランス中の自動車会社に模倣されることとなり、1914年に特許が切れるまでの間に、当時の金額で数百万フランを越える莫大な特許料がルノーに転がり込んだ。

1899年にはこの機構を搭載した自動車「Voiturette」(ヴォワチュレット)を発売し、商業的成功を収めたことを受け、ルイは兄マルセルとフェルナンと共に同年10月に「ルノー・フレール」社(ルノー兄弟社)を設立した。その後は事業規模の拡大に合わせ、1904年にはフランス国内に120店舗の販売代理店網を構えるなど、事業基盤を強固なものにするとともに。先進諸国のモータリゼーションの拡大により、イギリスやドイツ、日本など諸外国への輸出も開始した他、ロシアに工場を建設するなど急激にその生産台数を伸ばしていく。

生産規模の拡大
1900年代以降は、小型車を中心とする量産政策によって生産規模が拡大したことから、先に創業されたプジョーなどを追い抜きフランスで最大の自動車製造会社となった。第一次世界大戦前後には戦車や装甲車、トラックなどの軍用車両や、飛行機および航空用エンジン、さらには小型船の開発・生産を行うなど、その事業範囲を拡大して行く。また、この頃から日本やオーストリア・ハンガリー帝国、アメリカ合衆国などへ販売代理店を通じて本格的な輸出を開始した他、ロシア帝国での生産を開始するなど、世界各国へ積極的に進出した。

なお、1900年代から1930年代初頭までのルノーは、エンジンの直後にラジエーターを置く独特の方式を採っており、前頭部に他社のような垂直のラジエーターグリルがない、変わった形態が特徴であった。

「マルヌのタクシー」
第一次世界大戦中の1914年9月、パリにほど近いマルヌでは、侵攻してきたドイツ陸軍と防衛するフランス陸軍との激戦が繰り広げられていたが、フランス側は形勢不利であった。首都であるパリの危機的状況に際し、当時のパリ軍事総督であるジョゼフ・ガリエニ将軍は、パリ市内を走る小型ルノータクシー約1200台を緊急にチャーターし、完全武装のフランス軍兵士を乗せてマルヌの前線へ大量急送するという奇策で、ドイツの猛攻を食い止めた。

この「ルノーのタクシーによってパリが守られた」という逸話によって、その後パリを走るルノーのタクシーは「Taxi de la Marne」(マルヌのタクシー)と呼ばれることになる。

両大戦の狭間
第一次世界大戦の終戦後にはルノーを巡る情勢にも変化が生じる。戦闘用車両や武器生産という特需がなくなった上に、イギリスやドイツなどからの輸入車の増加によりフランス国内の販売競争が急激に激化したこと、競合メーカーのプジョーや後発メーカーのシトロエン等の追い上げを受けたこと、また、老年に達したルイ・ルノーが保守的な設計思想に傾いたことなどから1920年代から1930年代にはその地位はやや後退した。

その上、1920年代後半に起きた世界恐慌によるダメージを受けたものの、小型大衆車のジュヴァキャトルなどのヒットによりトップメーカーの地位は維持し続けた。

第二次世界大戦
1939年9月1日に勃発した第二次世界大戦において、戦争への準備が殆ど整っていなかったフランスは緒戦から敗北に次ぐ敗北を重ねた。1940年6月にはドイツ軍がパリを占領し、まもなくフランス全土はドイツの占領下に入ってしまう。この事態を受け、ルイ・ルノーは工場と従業員を守るために、やむなくドイツの占領軍とその傀儡政権・ヴィシー政権に協力することになった。しかしその結果、ルイ・ルノーは1944年の連合軍によるフランス解放後に対独協力者として逮捕され、同年10月、失意のうちに獄中で病死した。

なお、大戦中の1942年から1943年にかけて主力工場の1つであるビヤンクール工場がアメリカ・イギリス両軍の爆撃を受けて深刻な被害を受けたほか、戦争によるインフラストラクチャーの破壊により、生産設備や販売網が壊滅的な打撃を受けている。

国営化
第二次世界大戦中に創業者の死と生産設備の破壊という苦難に陥ったルノー社は、大戦終結後の1945年に、大戦中の亡命政権・自由フランスの指導者で、新たにフランスの指導者となったシャルル・ド・ゴール将軍(後の大統領)の行政命令により国営化され、「ルノー公団」(Regie Nationale des Usines Renault)に改組された。

そしてエンジニア出身のピエール・ルフォシュー総裁の指揮のもとで、戦禍により破壊された生産設備や販売網の復興を進めると同時に、戦前から行われていた新型車の開発を続行することとなる。

4CVの成功
フランスは戦勝国となったものの、連合軍の度重なる空襲を受け各地の工場施設が破壊されていただけでなく、工場を稼動させるためのインフラの整備や資材の調達にも事欠く状況であったが、従業員の士気は高く、終戦後わずか1年しか経っていない1946年のパリサロンで、748cc(当初760cc)のエンジンを持つ小型車「4CV」を発表し、翌年から発売した。このリアエンジンの小型乗用車は、ルノーのフェルナン・ピカール技師が戦時中から開発を進めていたものであり、「フェルディナント・ポルシェの設計」という俗説は誤りである。

4CVは廉価かつ経済的であったうえ、当時としては優れた走行性能を備えていたことから、大衆ユーザーの広範な支持を受けた。戦後のヨーロッパにおいてベストセラーとなった他、アメリカでも多くが販売された。その結果、1961年までの間に1,105,547台が生産され、フランスで初めて100万台を超えて生産された車種になった。日本でも日野自動車が1953年から「日野ルノー」の名でライセンス生産し、その多くがタクシーとして使用されたことから、一躍日本中にルノーの名が広まった。

また、ミニマムな小型車でありながらル・マン24時間レースやミッレミリアなどの国際レースでも活躍するなど、4CVは第二次世界大戦後のルノー復興の立役者となった。

小型車
第二次世界大戦後の復興期における「4CV」の大ヒット以後、ルノーは特に小型車の分野において実績を上げた。1955年2月に死去したピエール・ルフォシュー総裁の後を継いだピエール・ドレフュス総裁指揮の元、「4CV」の系譜を引く「5CVドーフィン」やなどのリアエンジン小型車に続いて、1960年代以降は前輪駆動 (FF) 方式の小型車を多数送り出した。特にの大ヒットは、当時行ったアメリカ進出の失敗により苦境に陥ったルノーの経営を助けることになった。

他にも、「カラベル」や「フロリド」などのスポーツタイプの車種にバリエーションを広げたほか、(1966年のヨーロッパ・カー・オブ・ザ・イヤーを受賞した)やなどの比較的収益性の高い中型車もヒットさせ、これらの相次ぐヒットによりヨーロッパ有数の自動車メーカーとしての地位を不動のものとした。

先進技術の導入
フランスの多くの自動車会社の例に漏れず、ルノーも古くから技術的、デザイン的なチャレンジに対して積極的であった。1962年に発表されたリアエンジンの小型車には、大量生産車として世界初の4輪ディスク・ブレーキを採用するなど、当時の最新技術を惜しげなく導入し高い評価を受けた。その後1965年に発売されたは、世界初のハッチバックスタイルを持つ中型車としてヨーロッパ中でヒットし、1979年までの長きにわたり生産された。

1972年に発売されたFF駆動方式のハッチバック小型車であるとその後継の「シュペール5」(1985年発売開始)は、その先進的なデザインと高い実用性、経済性が広く受け入れられて、ヨーロッパだけでなく世界中で大ベストセラーとなった。

「モノスペース・コンセプト」
また、1984年に発売された、ヨーロッパの自動車メーカーとしては最初の本格的ミニバン「エスパス」は、その未来的で斬新なデザインと実用的で広々とした室内スペース、高い経済性がフランスやイギリス、西ドイツをはじめとするヨーロッパの消費者に受け入れられて大ヒットモデルとなった。

エスパスがヒットしたことでヨーロッパ中でミニバンブームを巻き起こし、ヨーロッパの多くの自動車メーカーがそのコンセプト(ルノーでは「モノスパッセ・コンセプト」と呼んでいる)を模倣することとなった。なお、その後もルノーはエスパスの後継モデルをヒットさせている他、セニックなどのミニバンのヒット作を出している。

アメリカン・モーターズ買収
1979年には、スケールメリットとアメリカ市場への本格的進出を狙い、1960年代初頭から提携関係にあったアメリカ第4位の自動車会社、アメリカン・モーターズ(AMC)を買収し、「5」(アメリカ仕様は「ル・カー」の名で販売され、フランス国内でも一時期同名で販売された)や、1982年のヨーロッパ・カー・オブ・ザ・イヤー受賞車でもある(同「アライアンス」)、(同「アンコール」)、「フエゴ」などの複数のモデルを擁して、1950年代後半の撤退から10数年を経て再度北アメリカ市場に本格的に参入した。

アメリカン・モーターズの販売網を使ってアメリカとカナダ全土で大々的に発売を開始したものの、先に参入していた日本車やアメリカ製小型車との競争で苦戦した上に、ルノー本体の経営不振もあり、最終的に1987年に当時のクライスラーにアメリカン・モーターズを売却し北アメリカ市場から撤退した。なお、アメリカン・モーターズの売却後もクライスラーとの提携に基づき、1991年までクライスラー(イーグル)ブランドで「21」などのルノー車の販売が継続された。

民営化
1986年11月17日には、アメリカ進出失敗などによる財政再建への打開策の一環として、民営化に向けた舵取りを取っていた当時の会長のジョルジュ・ベスが、パリの自宅の玄関前で左翼テロ集団の「アクション・ディレクト」に暗殺されるという悲劇が起きた。 その後、ベスの後を次いで会長に就任したレイモン・レヴィと、現在取締役会会長を勤めるルイ・シュヴァイツァーの指揮のもと、スケールメリットを狙って1990年2月にスウェーデンの大手自動車メーカーであるボルボと業務・資本提携することを決定し、これを機会に第二次世界大戦直後から45年間続いた公団体制から株式会社に改組された。また、同1993年9月にはボルボとの完全合併案が発表されたが、フランス政府の干渉にボルボ側の経営陣や株主、従業員などが態度を硬化したことにより交渉が決裂し、同年12月には合併が正式に撤回された。

ボルボとの合併案は撤回されたものの、その後もフランス政府は株式を売却し続け、会長の暗殺や労働組合の反対という困難を乗り切って1996年には完全民営化を果たした。2007年現在、フランス政府の持ち株比率は約15%である。

日産自動車を傘下に
1999年3月27日に、当時深刻な経営危機下にあった日本第2位の自動車会社・日産自動車と相互に資本提携し、同社を傘下におさめることが発表された。その後、ルノーが日産自動車の株を44.4%、日産自動車がルノーの株の15%を所有するという形で株を持ち合い、ルノーが日産自動車に経営陣を送り込むなど、親会社となったルノー主導で経営再建に着手した。

傘下に収めた後には、当時の会長兼最高経営責任者(CEO)であるルイ・シュヴァイツァーによって日産自動車の最高経営責任者として送り込まれた副社長のカルロス・ゴーンとそのチームが、同年10月に発表された「日産リバイバルプラン」計画のもと、東京都武蔵村山市にある村山工場や京都府宇治市の日産車体京都工場などの余剰な生産拠点の閉鎖や余剰資産の売却、余剰人員の削減。子会社の統廃合や取引先の統合によるコスト削減や車種ラインナップの見直しなどのリストラを行うと同時に、新車種の投入や国内外の販売網の再構築、インテリア及びエクステリアデザインの刷新やブランドイメージの一新などの大幅なテコ入れを敢行した。

"ルノー・日産アライアンス"
その結果、当初は両社の文化的土壌の違いやラインナップの重複、日産自動車の負債の大きさなどを理由に、同業他社やアナリストをはじめとする多くの専門家がその行く先を危惧した。多くの工場を閉鎖や大量人員解雇といった合理化により、提携前の1998年には約2兆円あった有利子負債を2003年6月に返済し終えた。しかし90年代前半までは3位以下を大きく引き離し国内第2位の売り上げ台数のシェアを誇っていた日産は、トヨタと数十年に渡ってライバル関係にあった名門であったが、現在は国内5位のシェアに落ち込んでいる。

また、両社の間で言葉通りのアライアンス関係を構築し、車台やエンジン、トランスミッションなどの部品の共通化、購買の共同化などを通じてコストダウンを図っているほか、メキシコなどいくつかの国ではルノーの車を日産ブランドで販売したり(OEM供給)、その逆を行うなど、アライアンスの内容は多岐にわたっている。2005年1月には、ルイ・シュヴァイツァーが、「2010年までに日産自動車とともに世界市場の10%のシェアを確保し、年間400万台の生産を達成する」という目標を掲げている。

その後、2005年5月に、子会社の日産自動車の社長兼最高経営責任者を務めていたカルロス・ゴーンが、公団時代の1992年より13年間の長きに渡り会長兼最高経営責任者を勤めたルイ・シュヴァイツァーに代わり、親会社であるルノーの9代目の社長兼最高経営責任者に就任し(子会社の日産の社長・CEOも兼務)、それを受けシュヴァイツァーは取締役会会長に就任した。

現在
現在では、デザイン担当副社長のパトリック・ルケモン (Patrick le Quément) による斬新なデザインや、品質と安全性の向上が市場で好評を博したことにより、小型車メガーヌやルーテシア(日本市場以外では「クリオ」の名で販売されている)、MPVのカングーやセニック、エスパスが大ヒットするなど、再びフランスのトップブランドに返り咲いただけでなく、1998年以降6年連続でヨーロッパ市場でトップの販売台数を誇っていた。近年ではアフリカやメルコスール市場を中心とした南アメリカ、アジアなどでの売り上げが伸びている。

2005年11月には、ヨーロッパで最も権威のある自動車賞である「2006年ヨーロッパ・カー・オブ・ザ・イヤー」を発売されたばかりのクリオが受賞した。なお、ルノーにとって同賞を受賞するのは2003年のメガーヌ以来3年ぶり6度目、クリオとしては1991年以来2度目で、同車種が2度同賞を受賞するのは史上初のことである。

ルノー・コミットメント2009
2006年2月9日には、関連会社の日産自動車に対するリストラのような従業員の解雇を行わずに、2009年の販売台数を2005年の約250万台から80万台多い330万台とし、2009年の売上高に対する営業利益率を6%にするという内容の中期経営計画「ルノー・コミットメント2009」を発表した。

この計画の中には、2009年までにルノー初のSUVを含む26車種の新型車の投入が含まれ、2007年内だけで初の本格的SUVであるコレオスやラグナ3、カングー2が新たに投入された。

各国での生産・販売
生産拠点
2006年現在、ルノー本体としては本国フランスのほかにスペイン、スロベニア、トルコ、ブラジル、アルゼンチン、コロンビア、モロッコなど世界各国に生産拠点を持つほか、ロシアやポルトガル、マレーシア、ウルグアイ、チリで組み立て(ノックダウン)生産を行っている。近日中にインドでの組み立ても開始する予定(マヒンドラ&マヒンドラとの合弁会社)がある他、中華人民共和国での生産計画も進んでいる。

また、日産自動車や、韓国のルノーサムスン自動車、ルーマニアのダチアなどの傘下企業が各国に生産拠点を持っており、生産と販売を行っている。

アジア太平洋地域
アジア太平洋地域においては、シンガポールに本部を置く(2006年までは日本の東京に本部が置かれていた)アジア太平洋地域統括本部の指揮下で日本、中華民国、中華人民共和国、香港、シンガポール、マレーシア、インドネシア、ブルネイ、オーストラリア、ニュージーランドと、フランス領および海外県のタヒチとニューカレドニアの合計12の国と地域で販売している他、マレーシアではタンチョン社との提携を行いカングーのノックダウン生産を行い、近隣諸国への輸出も行っている。

なお、オーストラリアでは1995年にフランスがムルロア環礁で行った核実験の影響でルノー車が売れなくなり、一時販売から撤退した時期があったが、その後傘下においた日産自動車の販売網を使って販売を再開した。

日本での販売
日本市場参入
日露戦争後の1910年に、東京に本社を置く商社・水嶋商会を販売代理店として正式に日本市場に参入した。また、1930年代には中外ルノーという会社が輸入業務を行っていた時期があった。その後、第二次世界大戦終戦後の1953年から1963年まで、日野自動車が「4CV」(日野ルノー)をライセンス生産し、多数がタクシーとして使用されたことから「亀の子ルノー」と呼ばれて大衆にも親しまれ、ルノーの名は日本全国に広まった。

相次ぐインポーター変更
その後、1977年に東京日産グループのキャピタル企業が輸入権を獲得し、ルノー・5などを輸入した。1983年にはMiniなどを輸入していた「日英自動車」も加わり、輸入権は2社体制となった。1986年には当時、フィアット車を輸入していた「ジヤクス・カーセールス(JAX)」 が輸入権を獲得したが、1991年にドイツのフォルクスワーゲンがヤナセの撤退で東京地区のディーラー網を獲得するためにJAXを買収したため、ルノーの輸入は宙に浮くこととなる。

1993年には、独立系インポーター最大手(当時)のヤナセが子会社「フランス・モーターズ」を設立したが、競合車種の多いオペルとの兼ね合いでディーラー網を別々に作らなければならず、またトゥインゴなどの利幅の低い低価格車しか売れなかったことから、結果的に、親会社であるヤナセの経営を圧迫する原因にもなってしまった。このようにインポーターが次々と変わった結果、既存のオーナーに対して満足なアフターサービスをすることが出来ないばかりか、新規顧客獲得のための継続的なマーケティング活動も出来ない状態に陥ってしまった。

2000年には、国内での販売を加速すべくルノーの100%子会社「ルノー・ジャポン」が設立され、更に2006年には日産の子会社「日産トレーディング」に業務移管し販売の強化に取り組んでいるが、販売台数が前年比で減少するなど苦戦を強いられている。

現在生産されている車種
(バス・トラックなどの大型商業車を生産しているルノートラックの車種は除く)

* ロガン (Logan)
o 子会社のダチアのブランドだが、ロシアなどいくつかの国ではルノーのブランドで販売されている。現在日本国内では販売されていない。

* トゥインゴ (Twingo)
o 当初は東欧向けの低価格車として企画された。2006年のパリサロンにて2代目のコンセプトモデルが発表されたのち、量産仕様が発売された。

* モデュス (Modus)
o バックドアの中のもう一つのドアが特徴。プジョー・1007とは何かにつけて比較される。現在日本国内では販売されていない。

* クリオ (Clio)
o 日本名・ルーテシア (Lutécia)。シュペール5の後継。日産・プラティーナ (PLATINA) の名で販売されている国もある。

* カングー2 (Kangoo 2)
o 「カングー」の後継。商用バージョンのカングー・エクスプレス (Kangoo Express) にはショート(ショートホイールベース)もある。カングーにはOEMとして日産・キュビスター (KUBISTAR) がある。

* メガーヌ (Mégane)
o3ドアと5ドアのハッチバック、4ドアセダン、ワゴンとグラスルーフ・カブリオレ(本国での呼称はクーペカブリオレ)、ルノー・スポールバージョンのバリエーションが用意されている。

* セニック (Scénic)
o メガーヌをベースにしたMPV。欧州ではタクシーとしてもポピュラー。
ロングバージョンで3列シートのグラン・セニック (Grand Scénic) もある。日本ではグラン・セニックのみが販売される。
o 先代モデルでは「RX4」というオフローダー風の4WDモデルの設定もあった。

* ラグナ3 (Laguna 3)
o 2007年に3代目となった。5ドアハッチバックとワゴンが用意されている。 o 現在日本国内では販売されていない。

* エスパス (Espace)
o 現在日本国内では販売されていない。ロングバージョンのグラン・エスパス (Grand Espace) もある。

* コレオス (Koleos)
o 傘下の日産自動車 とルノーサムスン自動車 とのジョイントベンチャーにより開発されたルノー初の本格SUV である。ルノーサムスン・QM5 とほとんどのパーツを共有し、生産もQM5とともにルノーサムスンの釜山工場で行われる。
o 現在日本国内では販売されていない。

* サフラン (Safrane)
o ルノーラインナップの中でもっとも新しいが、以前製造されていたサフランとは全く異なり2代目ルノーサムスン・SM5をベースにした中東向けの車両となる。したがって、生産はルノーサムスンの釜山工場で行われる。
o 現在日本国内では販売されていない。

* ヴェルサティス (VerSatis)
o 現在のルノーにおける最高級車種。V6・3500ccエンジン(日産製VQ35DE)の他いすゞ自動車製ディーゼルエンジン搭載モデルも用意される。日本では、フランス大使館やエアバスジャパンで使われているものを見ることができるが、販売はされていない。

* トラフィック (Trafic)
o ルノー、日産、欧州GMのジョイントプロダクト。乗用、商用バージョンのほか、RV色の強い「ジェネレーション」がある。
現在日本への正規輸入は無いが、乗用、商用とも、少数が並行輸入されている。
日産・プリマスター (PRIMASTAR)、オペル/ヴォクスホール・ヴィヴァーロ (Vivaro) と共通。

* マスター (Master)
o ルノー最大のFF車。これ以上はRWDとなる。現在日本国内では販売されていない。日産・インタースター (INTERSTAR)、オペル/ヴォクスホール・モヴァノ(Movano) と共通。

ルノーと日産の共通のプラットフォーム
1999年に傘下におさめた日産自動車の間に構築されたアライアンス関係に基づき、近年発売された両社の小・中型車の多くが共同で開発した車台を積極的に導入している。これらの車種の多くは、車台だけでなくエンジンやトランスミッションなどの主要部品も共用している。

モータースポーツ
会社発足当時から技術の向上を目的にモータースポーツへの参加を積極的に行っており、1900年代初頭のヨーロッパにおける黎明期の公道レースでは、ルノー兄弟が自ら運転する大排気量の競技用車で多くの勝利を勝ち取っており、史上初のグランプリレースである1906年のフランスGPを優勝したことでも知られる。

しかしその過程では、当時のヨーロッパにおける最高峰の公道レースの1つである1903年の「パリ-マドリッドレース」における大事故で、運転助手を務めるマルセル・ルノーが事故死するという悲劇も起こっている。

第二次世界大戦後はアルピーヌやゴルディーニなどのチューナーを通じてル・マン24時間レースやラリーなどに積極的に参戦した。1973年に、それまでルノーの準ワークスチーム的存在であったアルピーヌを買収してモータースポーツ関連子会社のルノー・スポール (Renault Sport) を設立。以来、F1、ル・マン24時間レースなどの耐久レース、ラリーなど様々なカテゴリーで活躍を繰り広げ、1978年にはル・マン24時間レース、2005年と2006年には2年連続でF1のコンストラクターズとドライバーズの両タイトルを獲得するなどしている。

自社チームによりレースに参戦するだけではなく、ワンメイクレースの開催やフォーミュラ・ルノーなど若手レーシングドライバーの育成プログラムの充実などを通じてモータースポーツの振興にも力を入れている。

フォーミュラ1
革新的技術の積極的導入
1977年にはFIAフォーミュラ1世界選手権に、史上初の1.5ℓV6ターボチャージャーエンジンを搭載した車体でフルコンストラクター(車体もエンジンも自社で製作するチーム)として参入した。当初は苦戦するものの、まもなく高い戦闘力を発揮し数々の勝利を挙げる。1980年代中盤までルノーチームとして参戦した後、1989年から1997年までエンジンサプライヤーとして、2002年以降は再びフルコンストラクターのルノーチームとして参戦している。

これら3期いずれも強豪の一角に名を連ねたが、参戦のたびにターボエンジン、ニューマチックバルブ、低重心広角エンジン、といった革新性のある技術コンセプトを投入しており、単なる強豪にとどまらない影響を及ぼしている存在でもある。

長らく低迷していたベネトンチームを買収して誕生した現在のルノーチームだが、この再建をも果たし、特に2005年以降はチャンピオンタイトルを争い、フェラーリやマクラーレンといったライバルを凌駕し、2005年と2006年の2年連続でコンストラクター(製造者)部門とドライバー部門(フェルナンド・アロンソ)の両タイトルを獲得した。

広告・ブランド
フランスの自動車会社の例に漏れず古くから広告に力を入れていることで知られており、グローバル担当広告代理店であるパブリシスとの長年の関係の下、1972年の5(サンク)のデビュー時の広告キャンペーンなど、広告史に残る有名な広告をいくつも世に送り出している。

コーポレートカラー
マスタードイエローと呼ばれる濃い黄色をコーポレートカラーにしており、ロゴマークの背景色となっているほか、モータースポーツに参戦する際などは、この色を基調に白もしくは黒を組み合わせるのが基本である。

テレビCMに関するエピソード
2006年ころにドイツの広告代理店により制作され、ドイツをはじめとする複数の国で放映されたテレビCM(日本においてはルノー・ジャポンのウェブサイト上で公開された)には、ルノー車の安全性をアピールするために以下に示すような奇抜な内容のものがあった。

* 車を食べ物(主な自動車生産国になぞらえた物)に置き換えて衝突テストを行った。ソーセージ(ドイツ車)・巻き寿司(日本車)・クネッケブロート(乾パンの一種、スウェーデン車)が次々と「大破」していく中、フランスパン(ルノー車)だけは先端が一瞬ひしゃげつつもほぼ無傷で終わり、ラストにもこのフランスパンが登場していた。

* 砂漠の中で、さまざまな種類のルノー車がかつてのいすゞ・ジェミニの CM(「街の遊撃手」シリーズ)の様に踊るような隊列走行をしているが、ドアミラーの接触・破損に始まり、側面衝突や横転などを経て最後は2台のルノー車がジャンプしながら正面衝突してしまう。しかし、ラストに登場した満身創痍のルノー車は全車が徐行ながらも動いていた。

[ 2009/03/01 16:44 ] RENAULT | TB(0) | CM(0)

Renault Megane Trophy 2'27"

トップページRENAULT CMカテゴリーRenault Megane Trophy renault megane trophy
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ルノー・メガーヌ(Renault Megane)は、フランスの自動車製造会社、ルノー(Renault)の生産する小型乗用車である。

1995年にデビューしたルノーを代表する小型前輪駆動(FF)車で、現行型は2代目にあたる。2世代とも、同社のデザイン担当上級副社長であるパトリック・ル・ケモン(Patrick le Quement)がデザインの総責任者を務めた。2003年の2代目がヨーロッパ・カー・オブ・ザ・イヤーを受賞した。なお、これに先立つ1997年には派生車種であるセニックが同賞を受賞している。2008年にはフランスなどで3代目の販売が開始された。

2代目(2002年-)
2002年にデビュー(日本市場には2003年から導入)。ハッチバックモデルの(見る人によってはあたかもやかんを連想させるかのような)直立したリアウィンドウと、鋭角に突き出したリアゲートパネル、そして鋭く膨らみを持ったボディ側面と、車輪を車体の四隅に追い込んだプロポーションから成る独特のデザインが最大の特徴である。

このモデルも、3/5ドアハッチバック、4ドアセダン、5ドアワゴン、クーペカブリオレ(日本仕様では「グラスルーフ・カブリオレ」の名称を使用)と、豊富なバリエーション展開を行っている。このモデルも2003年度のヨーロッパ・カー・オブ・ザ・イヤーを受賞した。

ガソリンエンジンは4気筒の1.6L、2.0L、2.0Lターボ、そして2.0L DOHCターボが用意され、ディーゼルエンジンは、1.6L、2.0Lと2.0Lターボディーゼルが用意されている。

ヨーロッパの自動車衝突安全性テスト「ユーロNCAP」において最高の5つ星の評価を得るなど、そのデザインだけでなく高い安全性と実用性、信頼性がヨーロッパで高い評価を受けており、現在、ヨーロッパ市場における同クラスのベストセラーカーである。主なライバルはフォルクスワーゲン・ゴルフやプジョー・307、オペル・アストラなど。

2005年末にマイナーチェンジが実施され、初代同様ヘッドランプ、フロントグリル、テールランプ等のデザインが変更された。

メガーヌ・ルノー・スポール
ルノーのモータースポーツ部門であるルノー・スポールがチューンした、224馬力を発生する2.0L DOHCターボエンジンを搭載し、サスペンションや外観、内装をスポーツ走行に適したものにモディファイした高性能モデルである。日本仕様は全て6速のマニュアル・トランスミッション(MT)で、3ドア(左ハンドル)または5ドア(右ハンドル)のハッチバックが用意されている。

テレビCM
メガーヌ・ルノースポールのテレビCMには、2005年にルノーF1をドライブしてチャンピオンを獲得したフェルナンド・アロンソが出演しているが、日本では放映されていない。また、グラスルーフカブリオレの日本向けCMソングにジャズシンガー、小林桂の『East of the Sun』が起用されていた。

[ 2009/03/02 01:38 ] RENAULT | TB(0) | CM(0)

Renault Megane TrophyIII. 2'25"

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ルノー・メガーヌ(Renault Megane)は、フランスの自動車製造会社、ルノー(Renault)の生産する小型乗用車である。

1995年にデビューしたルノーを代表する小型前輪駆動(FF)車で、現行型は2代目にあたる。2世代とも、同社のデザイン担当上級副社長であるパトリック・ル・ケモン(Patrick le Quement)がデザインの総責任者を務めた。2003年の2代目がヨーロッパ・カー・オブ・ザ・イヤーを受賞した。なお、これに先立つ1997年には派生車種であるセニックが同賞を受賞している。2008年にはフランスなどで3代目の販売が開始された。

2代目(2002年-)
2002年にデビュー(日本市場には2003年から導入)。ハッチバックモデルの(見る人によってはあたかもやかんを連想させるかのような)直立したリアウィンドウと、鋭角に突き出したリアゲートパネル、そして鋭く膨らみを持ったボディ側面と、車輪を車体の四隅に追い込んだプロポーションから成る独特のデザインが最大の特徴である。

このモデルも、3/5ドアハッチバック、4ドアセダン、5ドアワゴン、クーペカブリオレ(日本仕様では「グラスルーフ・カブリオレ」の名称を使用)と、豊富なバリエーション展開を行っている。このモデルも2003年度のヨーロッパ・カー・オブ・ザ・イヤーを受賞した。

ガソリンエンジンは4気筒の1.6L、2.0L、2.0Lターボ、そして2.0L DOHCターボが用意され、ディーゼルエンジンは、1.6L、2.0Lと2.0Lターボディーゼルが用意されている。

ヨーロッパの自動車衝突安全性テスト「ユーロNCAP」において最高の5つ星の評価を得るなど、そのデザインだけでなく高い安全性と実用性、信頼性がヨーロッパで高い評価を受けており、現在、ヨーロッパ市場における同クラスのベストセラーカーである。主なライバルはフォルクスワーゲン・ゴルフやプジョー・307、オペル・アストラなど。

2005年末にマイナーチェンジが実施され、初代同様ヘッドランプ、フロントグリル、テールランプ等のデザインが変更された。

メガーヌ・ルノー・スポール
ルノーのモータースポーツ部門であるルノー・スポールがチューンした、224馬力を発生する2.0L DOHCターボエンジンを搭載し、サスペンションや外観、内装をスポーツ走行に適したものにモディファイした高性能モデルである。日本仕様は全て6速のマニュアル・トランスミッション(MT)で、3ドア(左ハンドル)または5ドア(右ハンドル)のハッチバックが用意されている。

テレビCM
メガーヌ・ルノースポールのテレビCMには、2005年にルノーF1をドライブしてチャンピオンを獲得したフェルナンド・アロンソが出演しているが、日本では放映されていない。また、グラスルーフカブリオレの日本向けCMソングにジャズシンガー、小林桂の『East of the Sun』が起用されていた。

3代目(2008年-)
2008年10月のパリサロンで正式発表。 5ドアハッチバックと3ドアクーペでスタート。ヨーロッパではハッチバックが2008年11月13日から、クーペは2009年1月から発売。外装デザインは再び大きく変更され、先代との共通性はあまり感じられないものとなっている。ボディーサイズは、全長4295mm×全幅1808mm×全高1471mm、ホイールベース2640mm。先代モデルより若干大きくなっているが、軽量素材を多用するなどして車重は平均して約8kgほど軽く仕上げられている。今までのフランス車ではあまり例のないボディーパネルのフィッティング精度の高さや、開発の初期段階からデジタル技術を採り入れた「フルデジタル化」を実現したり、シリーズ初のCVTの導入や、重量ベースで車両の95%をリサイクル可能な素材を使用するなどいくつかの新戦略が盛り込まれている。

[ 2009/03/03 01:57 ] RENAULT | TB(0) | CM(0)

Renault ClioⅢ 0'31"

トップページRENAULT CMカテゴリーRenault ClioⅢ Renault ClioⅢ.jpg
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クリオ(Clio)は、フランスの自動車製造会社ルノー(Renault)の生産する小型乗用車である。 日本市場では「クリオ」の商標をホンダが所有(ディーラーの系列名として使用していた)するため、 ルーテシア(Lutécia)の名で販売されている。「ルーテシア」はパリの古名「ルテティア」に由来する。

3代目(2005年-)クリオIII
カー・オブ・ザ・イヤー受賞
クリオの3代目として、2005年9月にヨーロッパで発売が開始された。傘下に収めている日産自動車のコンパクトカーのマーチやノートとプラットフォームを共用する。

ボディサイズは多少大型化したものの、ユーロNCAPの5つ星を獲得するなど安全性が飛躍的に向上している。安全性とパッケージングが評価を受け、発売直後の2005年11月に、2006年度のヨーロッパ・カー・オブ・ザ・イヤーを受賞した。なお、2004年に一足先にデビューしたルノー・モデュスは、このクリオIIIがベースである。なお、新型であるクリオIIIが導入された後も、一部の国ではクリオIIが、「クリオ・キャンパス」の名前で並行販売されている。

クリオIが1991年度にヨーロッパ・カー・オブ・ザ・イヤーを受賞したほか、クリオIIIも2006年度にも受賞した。なお、同名車種が2回受賞したのは史上初である。(同じシリーズ車種という形では、同社のメガーヌ・セニックが1996年に、次いで2003年にメガーヌが受賞したケースがある)。

バリエーション
ボディタイプは3ドアと5ドアの2種類が用意される。エンジンは、1.2L、1.4L、1.6Lガソリンエンジンの他にオプションでLPガス・ガソリン切り替え式バイフューエル車、1.5Lディーゼルエンジンが用意される。また、本革シートや木目パネルを奢った往年の高級仕様「バカラ」を継承した「イニシアル(INITIALE)」仕様も用意されている。

* クリオ・ルノー・スポール
2006年春よりにヨーロッパで発売された3代目クリオ・ルノー・スポールは、197馬力の高性能エンジンの搭載にあわせ、トレッドを50 mmも拡幅し、ロードホールディングを向上、さらにブレンボ製ブレーキや18インチホイールを搭載する。

2005年10月から開催されていた東京モーターショーにコンセプトバージョンが展示されていた。日本市場への導入も期待されているが、未だ目処が立っていない状態である。

日本導入
カルロス・ゴーン会長が本国発売後半年以内に日本市場導入をする方針を明らかにしていたことに合わせ、2006年1月24日に日本でも発表され、3月20日から発売された。

ボディタイプは3ドアと5ドアの両方が用意される。エンジンは当初導入されるのは1.6Lガソリンの1種類のみで、これに5速マニュアル変速機および学習機能付きの電子制御"プロアクティブ" 4速オートマチック変速機の組み合わせが用意される。また、2007年12月10日には最上位グレードとなる「イニシアル・パリ」も追加された。

なお、価格は205万8千円から285万円(ユーロ高の影響により2008年4月1日に価格改訂)と、ボディサイズとエンジンが大きくなったことや、各種装備が充実されたことに伴い2代目より多少上がっている。

[ 2009/09/14 07:49 ] RENAULT | TB(0) | CM(0)

Renault 5 Anuncio 1979 0'57"

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ルノー 5 (Renault 5) は、フランスの自動車会社ルノーが製造したハッチバック型の小型乗用車。

第一世代
フランス語では「5」と書いてサンクと読む。日本でも「サンク」と呼ばれる事が多い。

1972年に発売され、その先進的なデザインと高い実用性から瞬く間にヨーロッパ中でベストセラーとなった小型前輪駆動 (FF) 車である。

ボディサイズは、全長3505mm×全幅1525mm×全高1400mm、ホイールベース右2405mm/左2435mm。

現在の前輪駆動車としては珍しくなった、エンジン縦置き配置のレイアウトを持っており、更に、車体前から、トランスミッション、デフ、エンジンというあまり例の無い配置となっている(エンジン位置とフロントタイヤ位置の関係は、フロントミッドシップと言える)

これは、ベースとなったルノー・4(キャトル)と同じであるが、それは、4(キャトル)が、その先代であるリアエンジンの4CVのエンジン/駆動系をそのままの配置で前に移した事に由来する。

この配置の為、室内側にエンジンの一部が食い込んでおり、エンジンの熱が室内に籠もり易く、特に日本の夏季には不快であった。

エンジンは4(キャトル)用に使用されていた800ccと1,000cc(フランス国内向け)のガソリンエンジンであった。後に1,300ccが追加され、アルピーヌ(後述)のベースエンジンとなった。

サスペンションは前輪部がダブルウィッシュボーン、後輪部がトレーリングアームであった。スプリングは前後輪とも、スペース効率と乗り心地に優れるトーションバー(ねじり棒ばね)を用いており、フロントは縦置き、リアは横置きとされた。軸重の軽いリアはばねを柔らかくする(ばね定数を下げる)必要から、車幅いっぱいの長さを確保しており、その取り付け方法は、室内スペースを侵食しないよう、左右のばねを前後に並べて配置してあり、それに伴い、左右のトレーリングアームの支点もそのぶんずれており、ホイールベースが左右で30 mm異なる特徴を持っている。これは4(キャトル)から受け継がれたアイディアで、5(サンク)ではこれに留まらず、既存ルノー各車の部品が多用されている。

デザインは現在の目から見ても魅力的な、前後に樹脂バンパー(世界初)を備えた3ドアのハッチバックである。スタイリングは、ルノー社内デザイナー、ミッシェル・ブエ (Michel Bouë) がほぼ独力で作業したものと言われている。しかし、彼は発表寸前にこの世を去った。

5(サンク)はフランス内外で数限りない限定仕様車が発売され、1979年に5ドア版を追加し、内装等が大きく変更されるなどして長年ベストセラーの座を保ったものの、1985年を持って本国フランスでの生産が終了し、後継モデルのシュペール5 (Super 5) に引き継がれた。その後もイランなどで生産が継続されていたが、まもなくダチア・ロガンに切り替わる予定である。

バリエーション
* ル・カー
o アメリカ合衆国ではル・カー (Le Car) の名でAMCから販売され、このモデルのイメージを追った仕様が、同名でフランスでも限定仕様として発売された。

* シエテ(7)
o スペインなどで4ドアバージョンのシエテ(スペイン語で「7」の意味)も生産された。スペインでの小型ファミリーカー需要の高さから生まれたモデルで、バンパーや内装が異なっていた。

* アルピーヌ
o ルノーが傘下に収めたチューナーでスポーツカーメーカーのアルピーヌ (Alpine) がプロデュースし、1976年に登場したスポーツバージョン。5アルピーヌは、1400cc、最大93馬力のエンジンと、より操縦性を高めたサスペンションを備えていた。外観にあしらわれたピンストライプが特徴。但し、イギリスでは、商標上の都合から「ゴルディーニ (Gordini)」と名乗っていた。そのターボ版が5アルピーヌ・ターボで、1979年登場、エンジンは最大110馬力を発生した。

* 5ターボ
o エンジンの位置を車体中心部に移し(ミッドシップ)、WRC(世界ラリー選手権)のグループ4 (Group 4) ホモロゲーションモデルとして製作された5ターボが開発され、それまでのルノー車中最高価格で少量販売された。後に、普及版の5ターボ2も登場。

日本における初代5
日本に輸入され始めたのは1976年。それまでの日英自動車に代わり、新たにルノーの代理店になったキャピタル企業がそれまで扱っていたミニの代わりに取り扱い始めた。当初は排ガス対策用の触媒を装備していたことから、北米仕様を販売していた(大型バンパー/丸形ヘッドライト装備)。ところがこの北米仕様は、肝心のその排ガス対策が原因で調子を崩すクルマが多く、また、さび止め処理も徹底しておらず、長く残る個体が少なかった。

輸入初期には、排ガス規制のために取り付けた触媒が高熱を発し、塗装にヒビが入る、ボンネットに触ると火傷するなどの問題が起きた。

その後、フランス本国仕様をベースとした日本仕様となり、外観も本国と変わらなくなり、徹底した改善により品質を安定させ、魅力を増した。

後に右ハンドルのオートマチック仕様やアルピーヌ仕様(後にターボ付きになる)、更に5ドアも輸入され、5ターボ2も少数輸入された。

[ 2009/09/15 08:17 ] RENAULT | TB(0) | CM(0)

Renault 4 - Anuncio 1985 0'35"

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ルノー・4はフランスの自動車メーカー、ルノーが1961年から製造した小型大衆車である。

4はフランス語で『カトル(Quatre)』。キャトルという呼び方も日本で浸透しているが、フランスでは主に、最もポピュラーな仕様「4L」から「カトレール(キャトレール)」と呼ばれる。

商業的に成功した世界初のハッチバック車とも考えられている。生産台数は1992年12月の生産終了までに約835万台で、フォルクスワーゲン・ビートル、フォード・モデルTに次ぐ、モデルチェンジ無しの量産車としては史上第3位の生産台数を記録している。

1950年代のフランスにおける人気車種であったシトロエン・2CVを徹底的に意識して設計、開発された。

当時ルノーでは最小モデルとして750cc級リアエンジン車の4CVを生産していたが、リアエンジンは室内空間が広くできるものの、車体前部のトランク容量は小さく、使い勝手がいいとは言えなかった。

4CVは1946年から長く生産され、時流に比べてやや旧式化していた。後継モデル開発にあたっては、フロントエンジン前輪駆動の2CVが当初『缶詰』等と嘲笑されつつも、着実にフランスの路上に繁殖している以上、それを凌駕する車にする事が必須だった。

このため前輪駆動方式を採用すると共に、機能性を優先し、小型の貨物バンを思わせる車体背面ドア付きの2ボックススタイルを採用した。乗用車ではあるが貨物車のような汎用性を備え、ラゲッジスペースに限りのあったシトロエン・2CVに差を付けたのである。

ルノーのベーシックモデルとして企画されたルノー4シリーズ(当初は排気量750cc。600ccの「ルノー・3」も当初存在した)は、経済的で実用性の高い小型車であったことから庶民に受け入れられ、ルノーの大衆車市場での足場を固めた。

このモデルの基本設計を基礎として、1968年にルノー・6、1972年に5(サンク)が登場し、それ以外にも、商用仕様の「4/F4、4/F6(フルゴネット)」や様々な特別仕様車、レジャー用の『ロデオ』シリーズ等を派生した。2CVのようなカルトファンこそ少なかったものの、商業的には大きな成功を収め、1992年まで生産され続けた。

特徴
車体
* 架装されるボディは、4ドアとテールゲートを組み合わせたものだが、この2ボックス型の貨物車風ボディ形式は、後のフォルクスワーゲン・ゴルフなど、多くのハッチバック車の先駆けとなった。ライバル車シトロエン・2CV同様、コストダウンの為、全てのガラスは平面ガラスを使用している。四枚あるドア窓は、ガラスを横にスライドさせる方式(いわゆる引き違い式)で、2CVの跳ね上げ式よりは使いやすかったが、注意しないと外れて室内に落ちる。

* 室内からのドアの開閉は、ちょうど手が入るサイズに開いている穴に、手を差し込んで操作する簡素な方式である。

* 換気はフロント窓下のフラップ式換気口を利用した簡易構造で、この点もシトロエン・2CVと同じである。古い時代の大衆車であり、元はクーラー搭載を考慮していない。

* 内装はドアにかろうじて布が貼ってあるものの、基本的に鉄板が剥きだしであった。

* 座席は布張りにスプリングを組み合わせた簡易な構造ながら良好な座り心地であった。

* フロントウインドシールドのウォッシャー液は床のペダルを踏むことにより、水鉄砲方式で拭きかけられる。慣れるとペダルを踏む強さを調節して好きな位置に吹くことができた。

* 他のラテン車同様キャンバストップ車が多く、純正のWサンルーフの他、後付けのキャンバストップ仕様も多く存在する。

サスペンション・ドライブトレーン
* サスペンションは前が縦置きトーションバーによるウィッシュボーン式、後ろは横置きトーションバーで支えられたフル・トレーリングアーム式だが、後部サスペンションのトーションバーは左右輪とも車体全幅近い長さを持つ、懐の深い設定である。

o 長いトーションバー2本はどうしてもずらして配置せざるを得ないが、上下並行では室内空間が侵害される事から、前後に平行に配置した。その結果、左右のホイールベースは50 mm のずれを生じた(前輪駆動車であるから、後輪にこの程度のわずかなずれがあっても大きな問題にはならない、というユニークな割り切りによる手法である)。この結果、荷室の床を平らに出来、サスペンションセッティングの自由度を高めて、優れた悪路走破性も確保できた。ただし、空車時のサスペンション・ストロークを大きく取っているため、空車状態では車体後部が大きく持ち上がった前のめりの格好となる。

エンジンの上を通るシフト&セレクトロッド

* エンジンは当初4CVのものをそのまま活用し、搭載位置もトランスミッションが先頭で、その直後にディファレンシャルとエンジンが縦置きされた。リアエンジン車用のドライブトレーンを、そのままの方向で車体前方にスライドさせたような体裁である。

o シフトレバーはトランスミッションから長い棒を介し、エンジンを乗り越え、車室前方隔壁を貫いて、運転席のダッシュボードに直接繋がっている構造で、シトロエンのトラクシオン・アバンや2CVと同じ手法である。変速操作もシトロエン・2CVと似た、ダッシュボードから生えたレバーを回したり、押し引きする方式で、前進4速、後進1速である。ちなみに1速と後進は同じギアを使用する。この形式は初期の5「サンク」も同様である。

[ 2009/09/16 08:40 ] RENAULT | TB(0) | CM(0)

Renault 6 - Anuncio Lanzamiento 1969 0'50"

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ルノー・6 (Renault 6) は、1968年から1986年までルノーによって生産・販売されたコンパクトカーである。

ルノー・6はルノー・4をベースに4の上級版として開発され、1968年のパリモーターショーで発表された。ルノー・4と同一のエンジン、プラットフォームを利用していたが、ルノー・4よりも大型化された。デザインはルノー・4よりも現代的にされ、ルノー・16に類似していた。

1970年のモデルまでは、一回り小さなルノー・4の845ccエンジンを積んでいたため、パワー不足によりメディアに批判された。

その後、1970年のパリモーターショーでは、ルノー・8に用いられていた1.1Lクレオンエンジンを搭載したモデルが発表された。そのモデルには新型のトランスミッションや冷却システム、フロントディスクブレーキが採用された。さらに同年、スペイン市場においては自動車税課税非対象の956ccエンジンを搭載したモデルを発売した。

1974年にはヘッドライト形状を円から四角形に変更し、また新型のテールランプやブラックプラスチックグリル、新型バンパーを採用した。

フランスを含む欧州での生産は1980年に終了したが、スペインとアルゼンチンでは1986年まで生産された。また、コロンビアではルノー・9の生産が開始された1984年に生産が中止された。

[ 2009/09/18 09:26 ] RENAULT | TB(0) | CM(0)

Renault Laguna Ⅱ Crusher Commercial 2003 0'40"

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ルノー・ラグナ(Renault Laguna)は、フランスの自動車会社、ルノーが製造する中型自動車。

2代目モデル
ラグナは5ドアセダン/ワゴン共2000年に初代の曲線調から一転、硬質かつ優美な印象のスタイルに生まれ変わった。室内は質感を大幅に向上させ、イグニッションキーを使わず、専用のカードでエンジンを始動させるシステムが採用された。

また、安全性ではユーロNCAPで史上初めて5つ星評価を獲得し、現在のルノーが持つ「高い安全性」というイメージの牽引役となった。

2005年秋、本国では他のルノー車とイメージを合わせた印象のフロントマスクにフェイスリフトし、搭載エンジンでは、ディーゼルエンジンの人気の影で、1.6Lと1.8Lのガソリンエンジンが消滅した。

日本仕様
2.0Lエンジンがワゴンのみ、3.0Lエンジンがセダンとワゴンの両方に用意されていた。トランスミッションは2.0Lエンジン搭載車は4段オートマチック、3.0Lエンジン搭載車はアイシンAW製の5段オートマチックとなっている。いずれもハンドル位置は日本市場に対応した右側である。

日本市場における販売不振により後期型は導入されず、2006年に前期型在庫が全てなくなった時点で日本における販売を終了した。

[ 2009/09/19 10:00 ] RENAULT | TB(0) | CM(0)

Renault Megane CC 2002 0'30"

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ルノー・メガーヌ(Renault Megane)は、フランスの自動車製造会社、ルノー(Renault)の生産するCセグメントの小型乗用車である。

1995年にデビューしたルノーを代表する小型前輪駆動(FF)車で、現行型は2代目にあたる。2世代とも、同社のデザイン担当上級副社長であるパトリック・ル・ケモン(Patrick le Quement)がデザインの総責任者を務めた。2003年の2代目がヨーロッパ・カー・オブ・ザ・イヤーを受賞した。なお、これに先立つ1997年には派生車種であるセニックが同賞を受賞している。2008年にはフランスなどで3代目の販売が開始された。

2代目(2002年-)
2002年にデビュー(日本市場には2003年から導入)。ハッチバックモデルの(見る人によってはあたかもやかんを連想させるかのような)直立したリアウィンドウと、鋭角に突き出したリアゲートパネル、そして鋭く膨らみを持ったボディ側面と、車輪を車体の四隅に追い込んだプロポーションから成る独特のデザインが最大の特徴である。リアデザインはトヨタ・WiLL Viの影響を強く受けている。ボディーサイズは、全長4235mm×全幅1775mm×全高1450mm、ホイールベース2625mm。

このモデルも、3/5ドアハッチバック、4ドアセダン、5ドアワゴン、クーペカブリオレ(日本仕様では「グラスルーフ・カブリオレ」の名称を使用)と、豊富なバリエーション展開を行っている。このモデルも2003年度のヨーロッパ・カー・オブ・ザ・イヤーを受賞した。

ガソリンエンジンは4気筒の1.6L、2.0L、2.0Lターボ、そして2.0L DOHCターボが用意され、ディーゼルエンジンは、1.6L、2.0Lと2.0Lターボディーゼル、 LPガス・ガソリン切り替え式LPG自動車も用意されている。

ヨーロッパの自動車衝突安全性テスト「ユーロNCAP」において最高の5つ星の評価を得るなど、そのデザインだけでなく高い安全性と実用性、信頼性がヨーロッパで高い評価を受けており、ヨーロッパ市場における同クラスのベストセラーカーである。主なライバルはフォード・フォーカスやフォルクスワーゲン・ゴルフ、プジョー・307、オペル・アストラなど。

2005年末にマイナーチェンジが実施され、初代同様ヘッドランプ、フロントグリル、テールランプ等のデザインが変更された。

バリエーション
* メガーヌ・ルノー・スポール
ルノーのモータースポーツ部門であるルノー・スポールがチューンした、224馬力を発生する2.0L DOHCターボエンジンを搭載し、サスペンションや外観、内装をスポーツ走行に適したものにモディファイした高性能モデルである。日本仕様は全て6速のマニュアル・トランスミッション(MT)で、3ドア(左ハンドル)または5ドア(右ハンドル)のハッチバックが用意されている。

* メガーヌ・クーペ・カブリオレ
カブリオレスペシャリストのドイツのカルマン社(後輪直前のサイドシルに"KARMANN"ロゴの刻印がある)の手で、メガーヌの3ドアをベースにして、わずか22秒で自動に開閉するグラスルーフハードトップを持つカブリオレに架装したモデルで、いわゆるクーペカブリオレの一種。2ドア4人乗りのボディを持ち、ルーフクローズ時は490L(オープン時は190L)のトランクスペースを誇る。その上、グラスルーフのためルーフクローズ時も開放感を維持するなど、快適さと実用性を兼ね添えたモデルである。 日本仕様はメガーヌ・グラスルーフ・カブリオレと呼ばれ、全て右ハンドルで、4速のマニュアルモード付オートマチック・トランスミッションを装備する。なお、このクラスの車種としては初のグラスルーフカブリオレであり、カブリオレモデルとしては世界初のユーロNCAPの5つ星を獲得するなど、安全性も売りである。

* メガーヌ・ツーリングワゴン リアシート部分のホイールベースが延長された5ドアワゴンモデルで、投入する市場によって「ツーリングワゴン」、「グラントゥアラー」と呼び名が変わる。

* セニック/グラン・セニック
メガーヌのMPV仕様であり、同カテゴリーのフランス国内およびヨーロッパにおけるベストセラーモデルである。5人乗りの通常ボディのセニックと、ボディを延長して7人乗り(第3列目は、折りたたみ時にフラットな床面になる折りたたみシート)としたグラン・セニックの2タイプが用意されているが、日本にはグラン・セニックのみが2005年9月から導入された。

なお、日本仕様は全て2.0LDOHCエンジンを搭載している。右ハンドルで、4速のマニュアルモード付オートマチック・トランスミッションを装備する。また、全面グラスルーフサンルーフもオプションで用意される。

日本市場導入モデル
日本市場においては、3ドアハッチバック(ルノー・スポールのみ)、5ドアハッチバック、4ドアワゴン、クーペ・カブリオレ(グラスルーフ・カブリオレ)、グラン・セニックの5タイプのボディが用意されている。

ルノー・スポール以外のモデルでは、いずれも4気筒の1.6L、または 2.0Lのガソリンエンジンを搭載する。なお、変速機は5速および6速のマニュアル・トランスミッション(MT)と4速のマニュアルモードつきオートマチック(AT)が用意されている。いずれも右ハンドルのみが用意されている。

また、グラン・セニックには全面グラスルーフサンルーフが標準装備されているほか、5ドアハッチバック(ルノー・スポールを除く)と4ドアワゴンモデルに全面グラスルーフサンルーフがオプションで用意される。

日本市場未導入モデル
ヨーロッパやオセアニア、台湾、南アメリカ市場ではLPガス・ガソリン切り替え式LPG自動車、ディーゼルエンジン、ターボディーゼル搭載モデルも用意されているが、日本市場には導入されていない。

* メガーヌ・スポーツサルーン(Megane Saloon)
メガーヌの4ドアセダン仕様である。ヨーロッパの一部の地域、シンガポール、台湾、中華人民共和国、オセアニア、南アメリカなどに導入されている。

テレビCM
メガーヌ・ルノースポールのテレビCMには、2005年にルノーF1をドライブしてチャンピオンを獲得したフェルナンド・アロンソが出演しているが、日本では放映されていない。また、グラスルーフカブリオレの日本向けCMソングにジャズシンガー、小林桂の『East of the Sun』が起用されていた。

[ 2009/09/20 10:01 ] RENAULT | TB(0) | CM(0)

Renault Scenic Comercial Colombia 0'40"

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ルノー・セニック (Renault Scénic) は、フランスの自動車製造会社、ルノー(Renault)の生産するMPV(ミニバン)である。

ルノーを代表する小型前輪駆動(FF)車メガーヌ のMPV仕様であり、同カテゴリーのフランス国内およびヨーロッパ市場におけるベストセラーモデルである。

1代目はメガーヌのバリエーションのひとつで、成功を収めていたルノー・エスパスの弟分的なモノスペースカーとしてデビューし、1997年にメガーヌと共にヨーロッパ・カー・オブ・ザ・イヤーに輝いている。フロアパネルが2重になっているのが特徴で、後席の足元には床下収納があった。また後席3席が独立して着脱やスライドができ、5席全て違う色にすることができるなど、パッケージングやシートの構造に革新的な思想が盛り込まれた。

日本における正式導入は1998年より。ヤナセ資本の”フランス・モーターズ”が導入した。1代目はメガーヌ・セニックと名乗り、当初はボディカラーにかかわらず、前後のバンパーがグレーに塗装されていた。 1999年以降ルノー セニックとなったが、ボディ各所にはMeganéのロゴが残っていた。そして、1代目のフェイズ1からフェイズ2への過渡期のモデル「カレード」が登場する。これは外観はフェイズ1と変わらず、バンパーがボディ同色となり、サイドエアバッグの追加や学習機能付プロアクティブ4速AT(DP0)に変更されたモデルである。

2000年にフェイズ2となる。フロントフェイスなど外観の変更のほか、エンジンのDOHC化などの仕様変更、フルタイム4WDのRX4(5速マニュアルのみ)も追加された。

この1代目セニックのオートマチックトランスミッションの多くはフェイズ1、フェイズ2にかかわらず、ATFの油温上昇によりトルクコンバーターから駆動力が伝わらなくなり、最悪動かなくなるものもある。この現象はインポーターも確認しているが、完全な対策部品が無く、2008年1月現在リコールにはなっていない。現行型は2代目にあたり、本国デビューは2003年である。

5人乗りのセニックと、3列目に折り畳みシートが装備された7人乗りのグラン・セニック (Grand Scénic) の2タイプが用意されている。日本市場にはグラン・セニックのみが2005年9月に導入された。ヨーロッパ市場における主なライバルはフォルクスワーゲン・ゴルフトゥーランやプジョー・307SW/ブレーク、シトロエン・クサラ・ピカソ、シトロエン・C4ピカソ、オペル・ザフィーラなど。

ヨーロッパの自動車衝突安全性テスト「ユーロNCAP」において最高の5つ星の評価を得ている。

バリエーション
日本で販売されているモデル
2005年9月に7人乗りのグラン・セニックのみが日本市場に導入された。右ハンドルで2.0ℓDOHCのガソリンエンジンを搭載する。変速機は4速オートマチック(AT)が用意されており、オプションで全面グラスルーフ・サンルーフ仕様を選ぶことが出来る。なお、5人乗りのセニックも一部の並行輸入業者が独自に輸入・販売している。

また、初代モデルも日本市場に導入されていたが(2駆モデルと4駆モデルの両方)、モデルチェンジを機にしばらく輸入が停止されていたため、久しぶりの日本市場への導入となった。

日本市場未導入モデル
他の一部のヨーロッパ市場やアジア・太平洋市場、アフリカ市場などには5人乗りのセニックや、LPガス・ガソリン切り替え式LPG自動車、ディーゼルエンジン搭載モデルも用意されているが、日本市場には導入されていない。

セニックGPL車
1990年後半から2000年初頭頃、フランスではLPG自動車ブームがおこる。年率500パーセントの伸びを示していた時もあり、フランスの自動車メーカー各社は全ラインナップにLPG車をラインで生産し用意していた。 欧州メーカーや日本車もフランス向けにはLPG仕様車を投入。他のルノー車と同様に、セニックにもLPガス・ガソリン切り替え式LPG自動車が用意されていた。 フランス表記ではLPGのことをGPLと呼ぶ  2009年現在では、オブションでLPG自動車に仕立てている。

[ 2009/09/22 00:23 ] RENAULT | TB(0) | CM(0)
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