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Mercedes Benz SLK Class 1'32"

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メルセデス・ベンツ (Mercedes-Benz) は、ドイツの自動車会社、 ダイムラー(2007年~)が所有する乗用車、バス、トラックのブランドである。 1926年のほとんど同時期に設立された世界最古の自動車会社である、ベンツ&シー・ライニッシェ・ガスモトーレン・ファブリーク(1883年~1926年)とダイムラー・モトーレン・ゲゼルシャフト(1890年~1926年)で1900年から使用されていた「メルセデス」を始まりとし、その後1926年の合併により、正式に「メルセデス・ベンツ」ブランドがスタートした。以降、社名はダイムラー・ベンツ(1926年~1998年)、ダイムラー・クライスラー(1998年~2007年)と変更されるも、ブランド名の変更はない。

ドイツ、シュトゥットガルトを拠点に、乗用車と商用車を「メルセデス・ベンツ」のブランドで展開している。

2代目(2004年~)R171
2004年にモデルチェンジされ、2代目に移行した。エクステリアは躍動感と攻撃性を増したデザインに変貌を遂げ、特にノーズ(鼻)部のデザインはSLRマクラーレンを連想させるものとなっている。サイズは4082x1788x1298(mm)。

日本では、当初先代では売れ筋であった直列4気筒エンジン搭載モデルの導入が見送られ、新世代の3.5L V6エンジン(272)を積む「SLK350」とAMGモデルの「SLK55 AMG」が販売されていた。価格は672~960万円。

「SLK55 AMG」は専用のフロントグリルやAMG製のエアロパーツ、強化ブレーキ、パドルシフト、スポーツサスペンションを装備している。

2005年8月、3.0L V6エンジン(272M30)を搭載する「SLK280」を追加(価格は615万円)。 同時に「SLK350」は722万円に、「SLK55 AMG」は1050万円に値上げされた。

  • SLK55 AMG:5.4L V型8気筒SOHCエンジン(360ps/52.0kgm)、7速AT、駆動方式はFR。
  • SLK350:3.5L V型6気筒DOHCエンジン(272ps/35.7kgm)、7速AT、駆動方式はFR。
  • SLK280:3.0L V型6気筒DOHCエンジン(231ps/30.6kgm)、7速AT、駆動方式はFR。
2006年2月、直列4気筒エンジン搭載モデルの「SLK200 コンプレッサー」を追加。価格は552万円。

現在、「SLK55 AMG」にセーフティカーに準じた強化パーツを組み込んだ「パフォーマンスパッケージ」(受注生産)が用意される。また、「SLK280」「SLK200 コンプレッサー」には大型のアルミホイールやスポーツサスペンションを装着した「スポーツパッケージ」、「SLK350」にはAMG製のアルミホイール、パドルシフトが装着される「AMG スポーツパッケージ」が存在する。

  • SLK55 AMG:5.4L V型8気筒SOHCエンジン(360ps/52.0kgm)、7速AT、駆動方式はFR。
  • SLK350:3.5L V型6気筒DOHCエンジン(272ps/35.7kgm)、7速AT、駆動方式はFR。
  • SLK280:3.0L V型6気筒DOHCエンジン(231ps/30.6kgm)、7速AT、駆動方式はFR。
  • SLK200 コンプレッサー:スーパーチャージャー付き 1.8L 直列4気筒DOHCエンジン(163ps/24.5kgm)、5速AT、駆動方式はFR。

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[ 2007/07/26 22:20 ] MERCEDES BENZ | TB(0) | CM(0)

Mercedes Benz Alonso vs Hamilton...Commercial 1'00"

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この二人は永久的に争うんだろうな・・・

[ 2008/01/28 21:23 ] MERCEDES BENZ | TB(0) | CM(0)

Mercedes Benz G-Class Commercial 0'28"

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Gクラス(ジークラス、Mercedes-Benz G-Class)は、ドイツの自動車メーカーダイムラー社が生産し、同社がメルセデス・ベンツブランドで販売しているラグジュアリーSUVである。「G」とはドイツ語でオフローダーを意味する、「ゲレンデワーゲン」(Geländewagen)の頭文字である。
BR> 1979年登場。NATO正式採用という実績も持つもともと軍用車両であったゲレンデワーゲンを民生用にアレンジさせたものが、現在のGクラスの源流である。およそ四半世紀に及び、幾度ものマイナーチェンジを受けた。最高速度も当初の2倍以上となっており、同じ車といえるのは、その性格と外観のみであると捉えることもできるが、メルセデス・ベンツでは、すべてのモデルチェンジをひとつのGクラスとして扱っている。発売当初から基本コンポーネントが変わらないという、ある意味不変の車種であり決して万人向け、ファミリー向けという車種ではなかった。その一方でこのモデルが放つ強烈な個性から、芸能人やデザイナーなどの愛好家も多い。製造は、オーストリア・グラーツで行われている。日本では1981年に発売が開始され、ショートボディやカブリオレ、ディーゼルエンジン搭載モデルなど、多種多彩なモデルが輸入された。

かつてはイギリスやオーストラリア、そして日本向けに右ハンドルモデルを生産していたが、Mクラスが登場して以降、右ハンドルモデルの生産は行われておらず、日本以外の左側通行の国や地域での販売は終了している。

また230Gをベースにボディ上部を取り払ってその部分に防弾ガラス製の箱のようなものを載せたローマ教皇専用車として公式行事などで使用されていたが、現在ではフォルクスワーゲン・トゥアレグに同様の架装を行った車輌が取って代わっている。

2006年、メルセデス・ベンツブランドの最上級SUVとしてGLクラスが発売された。このモデルは、その名称が示すように、本来はGクラスと置換えでのラインナップが企図されていたが、実際にはその後もGクラスの販売は継続されている。

日本では現在、「G500 long」と「G55 AMG long」が販売されている。国土交通省の定める保安基準に準拠して、右フェンダーにサイドアンダーミラーが装着された。価格は1210~1650万円で、国内にある装備・仕様であれば、購入から概ね2~3週間での納車が可能である。なお、求める仕様・装備の車がない場合は、概ね6ヶ月程度の期間を要する。

[ 2008/01/29 20:50 ] MERCEDES BENZ | TB(0) | CM(0)

Mercedes Benz Inventions Commercial 1'00"

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メルセデス・ベンツ (Mercedes-Benz) は、ドイツの自動車会社、 ダイムラー(2007年~)が所有する乗用車、バス、トラックのブランドである。 1926年のほとんど同時期に設立された世界最古の自動車会社である、ベンツ&シー・ライニッシェ・ガスモトーレン・ファブリーク(1883年~1926年)とダイムラー・モトーレン・ゲゼルシャフト(1890年~1926年)で1900年から使用されていた「メルセデス」を始まりとし、その後1926年の合併により、正式に「メルセデス・ベンツ」ブランドがスタートした。以降、社名はダイムラー・ベンツ(1926年~1998年)、ダイムラー・クライスラー(1998年~2007年)と変更されるも、ブランド名の変更はない。

ドイツ、シュトゥットガルトを拠点に、乗用車と商用車を「メルセデス・ベンツ」のブランドで展開している。

世界を代表する高級車ブランドとしての一面と、タクシーやトラックなどとしても広く使われる実用車・大衆車の供給者としての一面がある。

富裕層のステータス性を象徴する乗用車としての一面がある反面、欧米のメディアやマスコミにおいては、武器商人やビバリーヒルズの歯医者、セレブリティの所有車といった成金的なイメージとして表象されることも多く、日本でも暴力団や芸能、テレビ関係者、スポーツ選手等が好む車の代名詞として知られている。また、外交官向け販売を行っていることより、冷戦時代においては東側諸国の外交官の利用者も多く、その為「ペルソナ・ノン・グラータ向けの車」と揶揄されることもあった。

日本では、もっとも代表的な高級車ブランドとして挙げられ、外車=高級車のイメージ形作る要因の一つとなった。一方、中古車では安価でも高価に見える車両も多く販売されており、「ベンツは高い」や「金持ちが乗る車」という固定観念は、一概に正しいとは言えない。日本で販売されている車種の新車販売価格は、約250万円台(Aクラス) ~ 5,700万円台(SLRマクラーレン)であり、すべてのクラスにおいて、国産車で同じ排気量を持つ車種の1.5倍以上の価格設定である。 また、CAR and DRIVER誌が東京・青山通りで行なっている車種別の通行数ランキングでは、カローラなどの大衆車を押さえ、Eクラスが1位の常連となっている。 2006年の販売台数クラス別ランキング(世界)では、1位はEクラス、2位はSクラス、3位はCクラス、4位はBクラスである。

バスやバン、特殊車両なども含めた商用車の主な市場は、ヨーロッパのほか、中東、アジア、中南米諸国などである。

北米では、商用バン「スプリンター」がバッジエンジニアリングを受け、クライスラーから「ダッジ・スプリンター」として販売されている例がある。

日本ではダイムラー子会社のバスなどを三菱ふそうトラック・バスが販売、多目的商用自動車であるウニモグをワイ・エンジニアリング株式会社が販売している。

1886年にドイツの技術者、カール・ベンツによって創設された世界最古の自動車メーカーの一つ。 1886年に世界初の自動車として初の特許を取得している。しかし当時は、自動車の有用性に気が付く者は無く、当時の交通の主役であった「馬を怖がらせる邪魔者」的な存在であった。 そうした中、カール・ベンツの婦人であるベルタ・ベンツは、夫の発明がすばらしいものであるということ何とか世間に認めてもらいたいと考え、あるアイデアを実行に移す。 1888年8月5日、夫カールがまだ寝ている間に、二人の息子と連れ立ち自動車に乗り町を出発した。当時の道は、当然舗装されたものではなく、また空気タイヤもまだ自転車用が発明されたばかりだっため自動車用は存在せず、その過酷さは余りあるものだった。さらには、ガソリンスタンドなど無いため、ガソリンを薬局で購入するなどして旅行を続けた。やがて、陽の暮れる頃マンハイムから106km離れたプフォルツハイムの街に到着する。やがて疲れ果てたベルタと息子たち、そして自動車の回りに町中の人たちが集まり、ベルタたちに惜しみない賞賛の声が送られた。この距離と時間は、当時の馬車で10頭以上の馬を乗り換えなければならないほどのものだったのである。これらの成功により、ベルタの当初の目論見は達せられ、その後カールの発明は広く知られるようになった。同時に、ベルタは世界初の女性ドライバーであり、世界初の自動車長距離旅行として歴史に名を残すことになる。

1920年代より、当時ヨーロッパで盛んになっていたモータースポーツに積極的に参戦し、数々の好成績を収めその名声を確固たるものにした。 その後、ゴットリープ・ダイムラーは、ベンツと殆ど同時期に創設したダイムラー社と1926年に合併する。

ナチスの創設者でドイツの独裁者であったアドルフ・ヒトラーは、政権獲得後の1933年2月11日、国際ベルリンモーターショーにおける開会宣言で新時代の交通機関である自動車と自動車道路の建設に注目し、モータリゼーションの速度を速めることが国家の防衛力を高めることになると説いた。これ以降政府は自動車税の撤廃、アウトバーン建設、国有鉄道にトラック輸送部門の新設等の政策を打ち出した。

ナチス党は、党内に国家社会主義自動車隊(NSKK)を設け、運転技能者育成を始める。ベンツは運転教官の派遣、教習車の無償提供、国家社会主義ドイツ労働者党機関への役員の派遣等で積極的に対応して、国家社会主義ドイツ労働者党の強力なバックアップによりグランプリ・レース、ル・マン24時間レースやミッレミリアなどのレースで同じくバックアップを受けるアウトウニオンなどとともに活躍した。

また、1935年ドイツ再軍備宣言以降のドイツの軍備拡張を支える企業として、戦闘機のエンジンや軍用車両などの生産を行う。1939年9月に勃発した第二次世界大戦中は軍需生産に集中して、連合軍の爆撃の標的になるなどしてドイツの敗戦までの約6年間に壊滅的な損害を受ける。また、大戦中にユダヤ人や連合軍の捕虜を大量に強制労働者として使用した事から戦後多額の賠償を行うことになった。

その後、1950年代以降のドイツ経済の回復に合わせるように、ミッレ・ミリアやル・マン24時間レースで大活躍した300SLRや、石原裕次郎の愛車として有名な300SLなどの数々の名車を送り出す。

その後も1960年代後半に発売されたミディアム・クラス(現在のEクラス)や、R107SL、「サッコプレート」で有名なブルーノ・サッコの手による、W124(このときからコンパクトクラスが「E」クラスと呼ばれる)、また、ドイツのヘルムート・コール首相の専用車であったW126(クーペの「SEC」は「C126」)、そしてアメリカのCAFE対策で生まれたW201(通称190E / 現行W204Cクラスにつながる)、などのヒット作を市場に送り出し、高級車市場での存在感を持ち続けている。

またこれらのモデルのシートは、世界でも唯一の高品質な構造をしており、非常に快適なことで知られる。下からコイルスプリング、網状のスプリング、ウレタン性ダンパー、椰子繊維と馬の毛で作った通気性の良いクッション、ウール製の表皮(ベロア、ファブリック)で構成され十分なサイズと調整機能(電動調整式が多い)があり、滑らず疲れにくい、耐久性も著しく高い。

1980年以降、オプション装備としてのエアバッグ設定で先行するなど、自動車の安全向上に関わる実績がある。またジグザグ形状のゲート式ATシフトレバー(現在特許が切れて、多くの自動車メーカーにより模倣されている)、衝撃吸収三叉式構造ボディ、シートベルトテンショナー、レインランネル(雨水を窓に流さないボディ構造)、凹凸のあるテールランプ、衝突時に体を守るステアリングコラムとブレーキペダル、横滑り防止装置、グリップ式ドアハンドル、本体強度取り付け強度の高いベンツ独自のシート、伸縮しながら窓を拭くワイパー、2速発進及び2速後退機能つきAT、安全性を徹底追及したシャシ(スポーツ走行には向かない)等枚挙に暇がないほどである。

かつては「Das Besten oder Nicht(最善か、無か)」の企業スローガンの元、「全ての形に理由がある」と言われるほど質実剛健であり良い意味で過剰性能・品質であったのだが、1990年代中盤以降の利益率向上を目指したコストダウンによって、市場に迎合し単なる高額ブランド商品的な製品が多く見られるようになった。

特に1997年に発売されたメルセデス・ベンツとして初のアメリカ工場(アラバマ州)で生産されたMLクラスは、その品質の低さと完成度の低さで「アラバマ・メルセデス」と酷評され、全世界におけるブランドイメージを大きく落とすことに一役買う結果になってしまった。また、先代Sクラス(W220)及び先代Eクラス(W210)が登場した際、古くからのメルセデス・ユーザーが代替した直後乗り味や質感の違いに先々代の新車(Sクラス:W140、Eクラス:W124)(W124の500E初期(91/92年)モデルはポルシェのラインを使用した生産)への交換を要求するなどのことが発生した。

これらのことにより、1990年代後半では「Das Besten oder Nicht(最善か、無か)」時代に発売された車種が一時的に中古車市場にて高値で取引され、程度によっては後に発売された後継車よりも高値をつけるなど、ある意味異常な状態も発生した。

これらの問題に対して、メルセデス・ベンツは、各車種のイヤーモデルごとに品質の改善を進め、1998年デビューの後期型Cクラス(W202)や1999年デビューの後期型Eクラス(W210)での品質改善、2000年代以降のモデルであるEクラスやSLクラス、SLKクラスなどでの初期設計からの品質改善などをすすめた。

また、以前と比べて補器類やゴム部品などの交換耐用年数も大幅に伸びて、高年式になるとメンテナンスに手間と金額が掛かる車ではなくなった。特に2005年以降のイヤーズモデルでは、新Sクラス(W221)の発売や最販車種であるEクラスの各種リコールによる問題部分の変更がすすみ、品質の安定と故障率の低下を実現している。

1997年に登場したAクラスが、北欧の自動車雑誌による“エルクテスト”と呼ばれる危険回避の運転操作の際に横転し、「メルセデス・ベンツにあるまじき失態」と世界中で報じられることになった。その後メルセデス・ベンツは発売した全てのAクラスをリコールしESPを装着するなどの改修を実施したものの、この事件は世界中に報道されたばかりでなく、多くの報道記事において、同時期に発売されその品質の低さと完成度の低さで酷評されたMLクラスの失態と並んで報じられたこともあり、大きく評価を下げることになってしまった。

さらに、2004年から2005年にかけて発生した、ボッシュ製SBC(センソトロニック・ブレーキ・コントロール)の2度に渡るリコールは、主力車種であるEクラスと看板車種のSLクラスで発生し、安全を最も重要なブランドイメージとしている、「メルセデス・ベンツ」にとって、大きな痛手となり経営を極度に悪化させる原因となった。

このSBCは、雨天時などの走行でブレーキディスクが濡れ、通常であれば制動力を損じてしまうようなケースでも、意図的にディスクバットを僅かに付着け、摩擦熱でディスクを乾かしたり、アクセルペダルを放した瞬間にディスクバッドを僅かな隙間を残して近づけるなど、非常に安全性を高めるものだった。しかしそのセイフティープロセスの要である、センサー類の故障により、SBCが利かなくなり、バックアップの通常のブレーキ(約5倍の踏力を必要)が突如作動するというものであった。

なお、2005年8月以降に発売されたEクラス、SLクラスでは、各種リコール対応により、十分な信頼性の確保が行われたが、イメージ的な判断であったのか、マイナーチェンジ後はこの装備がなくなっている。この年のアメリカでの信頼性調査では、メルセデス・ベンツは37ブランド中29位、ジャーマン・オートモービル・グラブの顧客満足度調査では、33ブランドのなかで最下位だった。

「メルセデス(スペイン語で『慈悲深い人』という意味)」という名前は、命名された1899年当時、ダイムラー車のディーラーを経営していたオーストリア・ハンガリー帝国の領事、ユダヤ系ドイツ人エミール・イェネリックの娘の名前である。「ダイムラー」という硬い響きを持つブランドネームを避け、当時流行していたスペイン風の響きを持つ名前をあえて選んだと言われている。「メルセデス」ブランドは非常に有名になったこともあり、ダイムラー・モトーレンは1902年、メルセデスを商標登録した。なお、欧米では一般に「メルセデス」「メルセデス・ベンツ」と呼ばれるのに対して、日本では「ベンツ」と呼ばれることが多い。

なお、ドイツ語の原音に近い読み方では「メルツェデス」となる。自動車評論家の徳大寺有恒は著書や自動車雑誌の中でこの表記を用いることが殆んどである。また、五木寛之も著書の中ではこの表現に固執して使っている。しかし、この読み方はまったく認知されていない。

メルセデス・ベンツの車体に輝くエンブレムは、合併前のダイムラー社が使用していたスリーポインテッド・スターとベンツ社の円形月桂冠とを併せデザインされたもので、3点にはそれぞれ「陸・海・空」の各分野でダイムラーベンツ社の繁栄が込められている。

メルセデスのセダン、クーペ、オープンカーでは、銀色のボティがもっとも人気高い。この理由のひとつとしてあげられるのが、「シルバー・アロー」の逸話である。

1934年~1937年のグラン・エプルーブ、グランプリ・レース(現在のF1世界選手権に相当)は、後に「750kgフォーミュラ」と呼ばれることとなる、車重を750kg以下とするレギュレーションで実施されていた。

1934年のニュルブルクリンクにおけるアイフェル・レンネン(アイフェルレース)前夜、車両重量規定をわずか1キログラムオーバーしてしまったメルセデス・チーム(監督はアルフレート・ノイバウア)は、苦肉の策としてボディーの純白の塗装をすべて剥がすことを決断する。

一晩かかって塗装を落としたアルミむき出しの銀色のボディーに、直接ゼッケンを貼り付けてレースに参戦、そしてこの車を駆るマンフレート・フォン・ブラウヒッチュが優勝する。それ以降メルセデスのレーシングカーは銀色がトレードマークとなり、「シルバー・アロー」の愛称で呼ばれるようになった。また、これ以降ドイツのナショナルカラーも、それまでの白色から銀色とされた。

同時期に活躍した、アウトウニオンも同様に銀の塗装で「シルバー・フィッシュ」と呼ばれ、第二次世界大戦の勃発する1939年まで、シルバー・アローとシルバー・フィッシュのドイツ勢が、グランプリを席巻するのである。

日本における販売台数は、49,713台(2006年、日本自動車販売協会連合会)である。内訳は、1位:Eクラス 9,639台、2位:Sクラス 8,078台、3位:Cクラス 8,042台、4位:Bクラス 7,189台、5位:Aクラス 5,157台(2006年、日本自動車輸入組合)など。

「高級車」、「高価」というイメージだけが先行して浸透しており、車自体の質について語られることは少ない。また、「暴力団」がよく好んで乗る車(特に黒)というイメージもある。浜田省吾の「MONEY」という楽曲の歌詞には、金持ちの象徴としてドン・ペリニヨンとともに引用されている。

正規ディーラーとして長年取り扱ってきたヤナセと、1990年代以降にスタートしたシュテルン(現メルセデス・ベンツ店)での取り扱いが行われている。

バブル景気末期の1980年代後半から1990年代前半にかけて、一部の三菱ギャラン店で販売されていた事があった。現在も三菱系ディーラーがメルセデス・ベンツ店を運営する場合もある。またシュテルン店の母体の一部にはトヨタや日産などの国産車ディーラーの子会社が運営しているところもある。このほか、並行輸入がいくつかの輸入業者によって行われており、正規輸入ディーラーでは取り扱っていない車種やオプションの組み合わせを購入することが出来る。

1998年4月以降(AMG、Gクラスは6月以降)に、正規販売店で新車を購入した場合、3年間の無料保障と故障や事故時に「24時間ツーリングサポート」を受けることが出来るサービス。特徴的なのは、一般的な故障などのほか、ワイパーブレード、オイル、ブレーキパッド、ブレーキディスクなど一部ではあるが消耗品も無料交換の対象となることである。車検整備にかかる費用及び車検取得に必要な諸費用は含まれない。

欧米の正規代理店で購入できる車種と、日本国内の正規代理店から購入できる車種で、装備や内装などに違いがあることがある。販売戦略によるケースが大部分であるが、一部法規や、マーケティング分析の明らかなミス・手抜きと思われる様なものもあり、ユーザー間で是正が待たれている。

他の高級車に装備されたり、欧米での購入時には対応できるもので、国内購入のメルセデス・ベンツに装備されないものの一例
  • ハンズフリー装置 : DoCoMo(mova、後にFOMAを追加)のみ対応。BMWなどの競合他社は基本的に全キャリア対応となる。
  • HDDカーナビ : Sクラスや、Aクラスなど一部の車種のみに対応しており、(最販売車種であるEクラスなどには設置ではない)競合他社は基本的に標準かオプションなどでHDDカーナビを選択することが出来る。
  • オートクルーズコントロール : 前車との位置により自動的に加減速する装置であるが、法規上の問題に対応できず[要出典]Sクラス以外には装備されていない。
  • iPod接続機能 : 最近販売された一部車種のみ接続でき、大部分の車種で接続できない。(外部入力端子そのものがないケースが多い)
  • SOSシステム : 事故時などに、自動的に事故情報と生存者の状況を問い合わせるための音声回路が接続されるシステム。北米で運用されている。
正規輸入ディーラーとしてコマツ、シュテルン及びその他ディーラーでの取り扱いが行われていたが、ダイムラー・クライスラーと三菱ふそうトラック・バスとの関係の強化に伴い、2006年までに日本における輸入販売事業から撤退した。

ウェスタン自動車(メルセデス・ベンツ日本総代理店)によって1985年に輸入され、1986年に宮城野観光バスに導入されたものが最初である。その後、日の丸自動車興業や岐阜バスなどで導入された。

当初はほとんどが貸切バスとしての導入であるが、日本急行バス(当時)では、名神ハイウェイバス名古屋~神戸線を中心に「ベンツ特急」と銘打って昼行高速バスへ投入した。

1993年に西日本鉄道などへ導入された2台を最後に、新車での輸入は途絶えていたが、その後2006年になって、東京都内の新規貸切バス事業者によって、イギリスで使用されていたスーパーハイデッカー「トゥーロ」が中古車で2台輸入されており、現在は日の丸自動車グループに売却されている。

路線バス車両については、大阪市交通局の小型コミュニティバス(通称「赤バス」)にメルセデス・ベンツ・スプリンター(T1N)が13台導入されたのが最初である。また、2007年末には神奈川中央交通に連節バス(シターロG)が導入されている。

様々な特殊パーツを装備できるウニモグをワイ・エンジニアリング株式会社が販売している。

S/SS/SSK/SSKL 通称Sシリーズ。1927年、前身のKシリーズをいっそうスポーティにしたモデル「S」(SはSport(シュポルト)の略)が登場。設計はフェルディナント・ポルシェである。前身のKシリーズのフレームにキックダウンをつけることで低重心化し、エンジン位置も調整したもので、市販車であるがそのままレース出場すら可能な、文字通りのスーパースポーツカーである。Sシリーズはエンジン排気量・ホイールベースの改良により、SS/SSKへと進化。SSKに至っては、 1920年代の市販車でありながら、最高速は時速192kmを出すことが可能であったという。日本では、SSKがルパン三世の愛車としても知られている(但し、エンジンはフェラーリ12 気筒に変更されているという設定)。究極的には、エンジンを当時としては例のない300馬力まで強化し、大幅にストリップダウンされて軽量化したSSKL となり、最高速は時速235kmに達したが、これはレース専用であり、僅か数台が製造されただけであるとされる。SSKLは、1931年には、伝統のミッレ・ミリアを制したことでも名高い。Sシリーズは、名手ルドルフ・カラツィオラの活躍や、その生産台数の少なさもあり、現在まで伝説のマシーンとして記憶されている。

  • 170H
  • 540K ホルヒ853と互角に競った、最高のパーソナルカーである。当時、どの自動車会社もスペシャリティモデルはすべてコーチワークをコーチビルダーに任せていたが先代の500K同様、自社でコーチワークを行っている。だがその完成度はコーチビルダーに勝るとも劣らない程であった。又、映画サウンド・オブ・ミュージックでもこれのカブリオレBが使用されている。
  • 260D 世界で初めてディーゼルエンジンを搭載・市販された乗用車である。
  • 770(770K)、 通称「グローサー・メルセデス」と呼ばれている直列8気筒のこのモデルはダイムラー・ベンツのフラッグシップモデルである。主な顧客は世界の王侯貴族や富豪層、そしてヒトラーを始めとする国家社会主義ドイツ労働者党の高官達である。モデルは初代と2代目がある。国家社会主義ドイツ労働者党では戦勝地でのパレードで国力を見せつけるために使用された、まさにグローサーの名に恥じない偉大なモデルである。このグローサーの初代モデルはかつて大日本帝國の皇室で昭和天皇の御料車として15年以上使用された(ドイツ、Stuttgartのメルツェデスベンツミュージアムで展示)。同じ770でもヒトラーら国家社会主義ドイツ労働者党の高官達のものは、当時のダイムラーベンツ社の技術部長であったフェルディナント・ポルシェ開発によるスーパーチャージャー(Kompressor)を追加したものであり、特にヒトラーのものはレーサーのルドルフ・カラツィオラ (Rudolf Caracciola)により納車された。
300SL スポーツクーペ/ロードスター。世界初のガソリン直噴エンジン搭載車。クーペはガルウイングが特徴。

190E(W201) 長らく小型車を持たなかったメルセデスが1982年に発表、業界を驚かせた。アメリカのCAFE対策で生まれた車。名称も本来メルセデスは排気量を示す「190」がそのまま車名になってしまい、2.3リットルモデルは、190E2.3等とCクラス出現までは変則的な名称となってしまった。デザインは、社内デザイナーのブルーノ・サッコの手による。ブレーメン工場で初めて生産された。小型化するために世界初のマルチリンク(ポルシェ・928のバイザッハアクスルが先とする説もある)。本来の目的はラリー参戦とも、アメリカ合衆国で販売する際のメーカーの総排気量規制の結果とも言われる(ラリー参戦については実現しなかったがツーリングカーレースには参戦)。コスワースが開発に協力した高性能版『2.3-16』後の『2.5-16』は特に有名で4ドアセダンの高性能モデルの魁となった。オリジナルの2リットル版の他に 2.3/2.6リットルの直6や2.5リットルのディーゼルを搭載した車両もあったが、ボディタイプは上級車であるミディアムクラス(後のEクラス)と異なり4ドアセダンのみだった。バブル経済時代の日本では5ナンバーサイズに収まることから「小ベンツ」と呼ばれもっとも街中で見かけるメルセデスと言うことで揶揄された。しかしサスペンション等、上級車であるミディアムクラス(後のEクラス)との共通部品が多く、所謂ダイムラー・ベンツとクライスラーの合併以前の「Das Besten order Nicht(最善か、無か)」時代のモデルである。

メルセデス・ベンツの車両は第二次世界大戦前からモータースポーツに盛んに登場していた。

1934年から1939年の第二次世界戦勃発まで、メルセデス・ベンツとアウトウニオンのドイツ勢は、ヨーロッパのモータースポーツ界を完全に席巻した。

メルセデス・ベンツチームは偉大なレース監督アルフレート・ノイバウア (Alfred Neubauer)(サインボードの発明者である)により、まさに軍隊的規律の元でレースに臨み、結果を出しつづけたのである。

BR> 1937年に登場したマシンW125に到っては、600馬力を超えるエンジンを持ち、最高速度は現代のF1と遜色ない時速340Km以上に達していた。

そのため、W125はターボ・マシン登場以前の1970年代後半になるまで、史上最強・最速のレーシング・カーであるとの伝説を保ち続けていた。

同年のアーヴス・レンネン(アーヴスレース;フリー・フォーミュラ=制限なしで行われた)では、ヘルマン・ラングが特製された流線型ボディのマシン(同年のフォーミュラマシン・W125 に流線型ボディを着せた車ではない)に乗り、時速260.7kmという現代でも驚かされるような平均速度で優勝しているが、クローズド・サーキットの記録としてはその後20年以上及ぶものはなく、オーバルを使用するインディ500において、優勝者の平均速度がこの記録を上回るのは1972年のマーク・ダナヒュー(マクラーレン・オッフィー)の平均時速261.08kmを待たねばならないほどである。メルセデスとアウトウニオンは、同年のアーヴス・レンネンの直線では、実に時速380kmを出していたと言われている。

1939年のトリポリグランプリ(イタリア領リビアのメラハサーキットで開催。メラハサーキットは一周13キロメートルの高速コースで、当時『モータースポーツのアスコット』と呼ばれていた)は、レース開催の8ヶ月前になって、強すぎるドイツ勢を締め出すべく、当時の国際フォーミュラである3リッター・マシンではなく、イタリア国内ルールである1.5リッター・マシンで実施されることとなった。イタリア側としては、短期間での新型メルセデス、新型アウトウニオンの製造は不可能と考えたためであるが、メルセデス・ベンツチームはその当時の3リッターマシン、W154のミニチュアともいうべきW165 を短期間で完成させ、同グランプリにおいても、メルセデス以外の全車を周回遅れとして1-2フィニッシュ(ラング、カラツィオラ)を飾ることとなる。ラングの平均速度は時速197.8kmを記録している。なお、W165の実戦はこの年のトリポリグランプリのみであった。

また、ルドルフ・カラツィオラはモータースポーツのみならず、速度記録にも挑戦し、メルセデス・ベンツのレーシングカーを改造したレコードブレーカーに乗り、数々の速度記録を打ち立てている。1938年には、フランクフルト:ダルムシュタット間のアウトバーンにおいて、フライング・キロメーターで時速432.7kmを記録している。

大戦後、1952年にル・マン24時間レース、1954年にF1世界選手権に参戦し、偉大なドライバー、ファン・マヌエル・ファンジオやスターリング・モスの活躍により、それぞれ大きな成果を挙げた。特にF1では出走した12レースで9勝(ファンジオ8勝、モス1勝)という圧倒的な成績で、両年ともにファンジオがワールドチャンピオンを獲得するという「旋風」を巻き起こした。

しかし、1955年のル・マン24時間レースで、ピエール・ルヴェーの運転するメルセデス300SLRがクラッシュし、分解したマシーンのエンジンとサスペンションが時速200kmを超える速度のまま観客席に飛び込む事故を起こし、200名以上の観客を死傷させる大惨事となった。このレースでメルセデスチームは、ファンジオ・モス組がトップを走行していたにもかかわらず、すべての車両を途中でリタイアさせている(レースはホーソーン(ジャガー)が優勝)。また同年末で一切のモータースポーツ活動から撤退した。

1980年代後半には、ザウバーと共同でWSPC(世界プロトタイプカー選手権)に出場するなど、徐々にモータースポーツとの関係を取り戻し始めた。またこの頃、ミハエル・シューマッハをはじめとする若手ドイツ人ドライバーの育成プログラムを開始し、本格的なレースへの復帰を模索し始めた。この頃にル・マンに復帰し、1989年に総合優勝を遂げるが、1999年のレースでまたしても宙を飛ぶ事故を起こし、犠牲者は出なかったが、やはりこのときも直後に全車をリタイアさせている。その後のル・マンには参戦していない。

1990年代序盤にはフォーミュラカー用エンジンビルダーであるイルモアに資本参加し、インディカーおよびF1においてメルセデス・ブランドでのエンジン供給を開始。現在はF1のマクラーレンに対してエンジンを独占供給する形で参戦しているが、マクラーレンを完全買収してメルセデス・ベンツ単独でのF1参加を画策しているという噂は根強い。

[ 2008/01/30 20:33 ] MERCEDES BENZ | TB(0) | CM(0)

Mercedes Benz Reincarnation - Mercedes-Benz Commercial 1'00"

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メルセデス・ベンツ (Mercedes-Benz) は、ドイツの自動車会社、 ダイムラー(2007年~)が所有する乗用車、バス、トラックのブランドである。 1926年のほとんど同時期に設立された世界最古の自動車会社である、ベンツ&シー・ライニッシェ・ガスモトーレン・ファブリーク(1883年~1926年)とダイムラー・モトーレン・ゲゼルシャフト(1890年~1926年)で1900年から使用されていた「メルセデス」を始まりとし、その後1926年の合併により、正式に「メルセデス・ベンツ」ブランドがスタートした。以降、社名はダイムラー・ベンツ(1926年~1998年)、ダイムラー・クライスラー(1998年~2007年)と変更されるも、ブランド名の変更はない。

ドイツ、シュトゥットガルトを拠点に、乗用車と商用車を「メルセデス・ベンツ」のブランドで展開している。

世界を代表する高級車ブランドとしての一面と、タクシーやトラックなどとしても広く使われる実用車・大衆車の供給者としての一面がある。

富裕層のステータス性を象徴する乗用車としての一面がある反面、欧米のメディアやマスコミにおいては、武器商人やビバリーヒルズの歯医者、セレブリティの所有車といった成金的なイメージとして表象されることも多く、日本でも暴力団や芸能、テレビ関係者、スポーツ選手等が好む車の代名詞として知られている。また、外交官向け販売を行っていることより、冷戦時代においては東側諸国の外交官の利用者も多く、その為「ペルソナ・ノン・グラータ向けの車」と揶揄されることもあった。

日本では、もっとも代表的な高級車ブランドとして挙げられ、外車=高級車のイメージ形作る要因の一つとなった。一方、中古車では安価でも高価に見える車両も多く販売されており、「ベンツは高い」や「金持ちが乗る車」という固定観念は、一概に正しいとは言えない。日本で販売されている車種の新車販売価格は、約250万円台(Aクラス) ~ 5,700万円台(SLRマクラーレン)であり、すべてのクラスにおいて、国産車で同じ排気量を持つ車種の1.5倍以上の価格設定である。 また、CAR and DRIVER誌が東京・青山通りで行なっている車種別の通行数ランキングでは、カローラなどの大衆車を押さえ、Eクラスが1位の常連となっている。 2006年の販売台数クラス別ランキング(世界)では、1位はEクラス、2位はSクラス、3位はCクラス、4位はBクラスである。

バスやバン、特殊車両なども含めた商用車の主な市場は、ヨーロッパのほか、中東、アジア、中南米諸国などである。

北米では、商用バン「スプリンター」がバッジエンジニアリングを受け、クライスラーから「ダッジ・スプリンター」として販売されている例がある。

日本ではダイムラー子会社のバスなどを三菱ふそうトラック・バスが販売、多目的商用自動車であるウニモグをワイ・エンジニアリング株式会社が販売している。

1886年にドイツの技術者、カール・ベンツによって創設された世界最古の自動車メーカーの一つ。 1886年に世界初の自動車として初の特許を取得している。しかし当時は、自動車の有用性に気が付く者は無く、当時の交通の主役であった「馬を怖がらせる邪魔者」的な存在であった。 そうした中、カール・ベンツの婦人であるベルタ・ベンツは、夫の発明がすばらしいものであるということ何とか世間に認めてもらいたいと考え、あるアイデアを実行に移す。 1888年8月5日、夫カールがまだ寝ている間に、二人の息子と連れ立ち自動車に乗り町を出発した。当時の道は、当然舗装されたものではなく、また空気タイヤもまだ自転車用が発明されたばかりだっため自動車用は存在せず、その過酷さは余りあるものだった。さらには、ガソリンスタンドなど無いため、ガソリンを薬局で購入するなどして旅行を続けた。やがて、陽の暮れる頃マンハイムから106km離れたプフォルツハイムの街に到着する。やがて疲れ果てたベルタと息子たち、そして自動車の回りに町中の人たちが集まり、ベルタたちに惜しみない賞賛の声が送られた。この距離と時間は、当時の馬車で10頭以上の馬を乗り換えなければならないほどのものだったのである。これらの成功により、ベルタの当初の目論見は達せられ、その後カールの発明は広く知られるようになった。同時に、ベルタは世界初の女性ドライバーであり、世界初の自動車長距離旅行として歴史に名を残すことになる。

1920年代より、当時ヨーロッパで盛んになっていたモータースポーツに積極的に参戦し、数々の好成績を収めその名声を確固たるものにした。 その後、ゴットリープ・ダイムラーは、ベンツと殆ど同時期に創設したダイムラー社と1926年に合併する。

ナチスの創設者でドイツの独裁者であったアドルフ・ヒトラーは、政権獲得後の1933年2月11日、国際ベルリンモーターショーにおける開会宣言で新時代の交通機関である自動車と自動車道路の建設に注目し、モータリゼーションの速度を速めることが国家の防衛力を高めることになると説いた。これ以降政府は自動車税の撤廃、アウトバーン建設、国有鉄道にトラック輸送部門の新設等の政策を打ち出した。

ナチス党は、党内に国家社会主義自動車隊(NSKK)を設け、運転技能者育成を始める。ベンツは運転教官の派遣、教習車の無償提供、国家社会主義ドイツ労働者党機関への役員の派遣等で積極的に対応して、国家社会主義ドイツ労働者党の強力なバックアップによりグランプリ・レース、ル・マン24時間レースやミッレミリアなどのレースで同じくバックアップを受けるアウトウニオンなどとともに活躍した。

また、1935年ドイツ再軍備宣言以降のドイツの軍備拡張を支える企業として、戦闘機のエンジンや軍用車両などの生産を行う。1939年9月に勃発した第二次世界大戦中は軍需生産に集中して、連合軍の爆撃の標的になるなどしてドイツの敗戦までの約6年間に壊滅的な損害を受ける。また、大戦中にユダヤ人や連合軍の捕虜を大量に強制労働者として使用した事から戦後多額の賠償を行うことになった。

その後、1950年代以降のドイツ経済の回復に合わせるように、ミッレ・ミリアやル・マン24時間レースで大活躍した300SLRや、石原裕次郎の愛車として有名な300SLなどの数々の名車を送り出す。

その後も1960年代後半に発売されたミディアム・クラス(現在のEクラス)や、R107SL、「サッコプレート」で有名なブルーノ・サッコの手による、W124(このときからコンパクトクラスが「E」クラスと呼ばれる)、また、ドイツのヘルムート・コール首相の専用車であったW126(クーペの「SEC」は「C126」)、そしてアメリカのCAFE対策で生まれたW201(通称190E / 現行W204Cクラスにつながる)、などのヒット作を市場に送り出し、高級車市場での存在感を持ち続けている。

またこれらのモデルのシートは、世界でも唯一の高品質な構造をしており、非常に快適なことで知られる。下からコイルスプリング、網状のスプリング、ウレタン性ダンパー、椰子繊維と馬の毛で作った通気性の良いクッション、ウール製の表皮(ベロア、ファブリック)で構成され十分なサイズと調整機能(電動調整式が多い)があり、滑らず疲れにくい、耐久性も著しく高い。

1980年以降、オプション装備としてのエアバッグ設定で先行するなど、自動車の安全向上に関わる実績がある。またジグザグ形状のゲート式ATシフトレバー(現在特許が切れて、多くの自動車メーカーにより模倣されている)、衝撃吸収三叉式構造ボディ、シートベルトテンショナー、レインランネル(雨水を窓に流さないボディ構造)、凹凸のあるテールランプ、衝突時に体を守るステアリングコラムとブレーキペダル、横滑り防止装置、グリップ式ドアハンドル、本体強度取り付け強度の高いベンツ独自のシート、伸縮しながら窓を拭くワイパー、2速発進及び2速後退機能つきAT、安全性を徹底追及したシャシ(スポーツ走行には向かない)等枚挙に暇がないほどである。

かつては「Das Besten oder Nicht(最善か、無か)」の企業スローガンの元、「全ての形に理由がある」と言われるほど質実剛健であり良い意味で過剰性能・品質であったのだが、1990年代中盤以降の利益率向上を目指したコストダウンによって、市場に迎合し単なる高額ブランド商品的な製品が多く見られるようになった。

特に1997年に発売されたメルセデス・ベンツとして初のアメリカ工場(アラバマ州)で生産されたMLクラスは、その品質の低さと完成度の低さで「アラバマ・メルセデス」と酷評され、全世界におけるブランドイメージを大きく落とすことに一役買う結果になってしまった。また、先代Sクラス(W220)及び先代Eクラス(W210)が登場した際、古くからのメルセデス・ユーザーが代替した直後乗り味や質感の違いに先々代の新車(Sクラス:W140、Eクラス:W124)(W124の500E初期(91/92年)モデルはポルシェのラインを使用した生産)への交換を要求するなどのことが発生した。

これらのことにより、1990年代後半では「Das Besten oder Nicht(最善か、無か)」時代に発売された車種が一時的に中古車市場にて高値で取引され、程度によっては後に発売された後継車よりも高値をつけるなど、ある意味異常な状態も発生した。

これらの問題に対して、メルセデス・ベンツは、各車種のイヤーモデルごとに品質の改善を進め、1998年デビューの後期型Cクラス(W202)や1999年デビューの後期型Eクラス(W210)での品質改善、2000年代以降のモデルであるEクラスやSLクラス、SLKクラスなどでの初期設計からの品質改善などをすすめた。

また、以前と比べて補器類やゴム部品などの交換耐用年数も大幅に伸びて、高年式になるとメンテナンスに手間と金額が掛かる車ではなくなった。特に2005年以降のイヤーズモデルでは、新Sクラス(W221)の発売や最販車種であるEクラスの各種リコールによる問題部分の変更がすすみ、品質の安定と故障率の低下を実現している。

1997年に登場したAクラスが、北欧の自動車雑誌による“エルクテスト”と呼ばれる危険回避の運転操作の際に横転し、「メルセデス・ベンツにあるまじき失態」と世界中で報じられることになった。その後メルセデス・ベンツは発売した全てのAクラスをリコールしESPを装着するなどの改修を実施したものの、この事件は世界中に報道されたばかりでなく、多くの報道記事において、同時期に発売されその品質の低さと完成度の低さで酷評されたMLクラスの失態と並んで報じられたこともあり、大きく評価を下げることになってしまった。

さらに、2004年から2005年にかけて発生した、ボッシュ製SBC(センソトロニック・ブレーキ・コントロール)の2度に渡るリコールは、主力車種であるEクラスと看板車種のSLクラスで発生し、安全を最も重要なブランドイメージとしている、「メルセデス・ベンツ」にとって、大きな痛手となり経営を極度に悪化させる原因となった。

このSBCは、雨天時などの走行でブレーキディスクが濡れ、通常であれば制動力を損じてしまうようなケースでも、意図的にディスクバットを僅かに付着け、摩擦熱でディスクを乾かしたり、アクセルペダルを放した瞬間にディスクバッドを僅かな隙間を残して近づけるなど、非常に安全性を高めるものだった。しかしそのセイフティープロセスの要である、センサー類の故障により、SBCが利かなくなり、バックアップの通常のブレーキ(約5倍の踏力を必要)が突如作動するというものであった。

なお、2005年8月以降に発売されたEクラス、SLクラスでは、各種リコール対応により、十分な信頼性の確保が行われたが、イメージ的な判断であったのか、マイナーチェンジ後はこの装備がなくなっている。この年のアメリカでの信頼性調査では、メルセデス・ベンツは37ブランド中29位、ジャーマン・オートモービル・グラブの顧客満足度調査では、33ブランドのなかで最下位だった。

「メルセデス(スペイン語で『慈悲深い人』という意味)」という名前は、命名された1899年当時、ダイムラー車のディーラーを経営していたオーストリア・ハンガリー帝国の領事、ユダヤ系ドイツ人エミール・イェネリックの娘の名前である。「ダイムラー」という硬い響きを持つブランドネームを避け、当時流行していたスペイン風の響きを持つ名前をあえて選んだと言われている。「メルセデス」ブランドは非常に有名になったこともあり、ダイムラー・モトーレンは1902年、メルセデスを商標登録した。なお、欧米では一般に「メルセデス」「メルセデス・ベンツ」と呼ばれるのに対して、日本では「ベンツ」と呼ばれることが多い。

なお、ドイツ語の原音に近い読み方では「メルツェデス」となる。自動車評論家の徳大寺有恒は著書や自動車雑誌の中でこの表記を用いることが殆んどである。また、五木寛之も著書の中ではこの表現に固執して使っている。しかし、この読み方はまったく認知されていない。

メルセデス・ベンツの車体に輝くエンブレムは、合併前のダイムラー社が使用していたスリーポインテッド・スターとベンツ社の円形月桂冠とを併せデザインされたもので、3点にはそれぞれ「陸・海・空」の各分野でダイムラーベンツ社の繁栄が込められている。

メルセデスのセダン、クーペ、オープンカーでは、銀色のボティがもっとも人気高い。この理由のひとつとしてあげられるのが、「シルバー・アロー」の逸話である。

1934年~1937年のグラン・エプルーブ、グランプリ・レース(現在のF1世界選手権に相当)は、後に「750kgフォーミュラ」と呼ばれることとなる、車重を750kg以下とするレギュレーションで実施されていた。

1934年のニュルブルクリンクにおけるアイフェル・レンネン(アイフェルレース)前夜、車両重量規定をわずか1キログラムオーバーしてしまったメルセデス・チーム(監督はアルフレート・ノイバウア)は、苦肉の策としてボディーの純白の塗装をすべて剥がすことを決断する。

一晩かかって塗装を落としたアルミむき出しの銀色のボディーに、直接ゼッケンを貼り付けてレースに参戦、そしてこの車を駆るマンフレート・フォン・ブラウヒッチュが優勝する。それ以降メルセデスのレーシングカーは銀色がトレードマークとなり、「シルバー・アロー」の愛称で呼ばれるようになった。また、これ以降ドイツのナショナルカラーも、それまでの白色から銀色とされた。

同時期に活躍した、アウトウニオンも同様に銀の塗装で「シルバー・フィッシュ」と呼ばれ、第二次世界大戦の勃発する1939年まで、シルバー・アローとシルバー・フィッシュのドイツ勢が、グランプリを席巻するのである。

日本における販売台数は、49,713台(2006年、日本自動車販売協会連合会)である。内訳は、1位:Eクラス 9,639台、2位:Sクラス 8,078台、3位:Cクラス 8,042台、4位:Bクラス 7,189台、5位:Aクラス 5,157台(2006年、日本自動車輸入組合)など。

「高級車」、「高価」というイメージだけが先行して浸透しており、車自体の質について語られることは少ない。また、「暴力団」がよく好んで乗る車(特に黒)というイメージもある。浜田省吾の「MONEY」という楽曲の歌詞には、金持ちの象徴としてドン・ペリニヨンとともに引用されている。

正規ディーラーとして長年取り扱ってきたヤナセと、1990年代以降にスタートしたシュテルン(現メルセデス・ベンツ店)での取り扱いが行われている。

バブル景気末期の1980年代後半から1990年代前半にかけて、一部の三菱ギャラン店で販売されていた事があった。現在も三菱系ディーラーがメルセデス・ベンツ店を運営する場合もある。またシュテルン店の母体の一部にはトヨタや日産などの国産車ディーラーの子会社が運営しているところもある。このほか、並行輸入がいくつかの輸入業者によって行われており、正規輸入ディーラーでは取り扱っていない車種やオプションの組み合わせを購入することが出来る。

1998年4月以降(AMG、Gクラスは6月以降)に、正規販売店で新車を購入した場合、3年間の無料保障と故障や事故時に「24時間ツーリングサポート」を受けることが出来るサービス。特徴的なのは、一般的な故障などのほか、ワイパーブレード、オイル、ブレーキパッド、ブレーキディスクなど一部ではあるが消耗品も無料交換の対象となることである。車検整備にかかる費用及び車検取得に必要な諸費用は含まれない。

欧米の正規代理店で購入できる車種と、日本国内の正規代理店から購入できる車種で、装備や内装などに違いがあることがある。販売戦略によるケースが大部分であるが、一部法規や、マーケティング分析の明らかなミス・手抜きと思われる様なものもあり、ユーザー間で是正が待たれている。

他の高級車に装備されたり、欧米での購入時には対応できるもので、国内購入のメルセデス・ベンツに装備されないものの一例
  • ハンズフリー装置 : DoCoMo(mova、後にFOMAを追加)のみ対応。BMWなどの競合他社は基本的に全キャリア対応となる。
  • HDDカーナビ : Sクラスや、Aクラスなど一部の車種のみに対応しており、(最販売車種であるEクラスなどには設置ではない)競合他社は基本的に標準かオプションなどでHDDカーナビを選択することが出来る。
  • オートクルーズコントロール : 前車との位置により自動的に加減速する装置であるが、法規上の問題に対応できず[要出典]Sクラス以外には装備されていない。
  • iPod接続機能 : 最近販売された一部車種のみ接続でき、大部分の車種で接続できない。(外部入力端子そのものがないケースが多い)
  • SOSシステム : 事故時などに、自動的に事故情報と生存者の状況を問い合わせるための音声回路が接続されるシステム。北米で運用されている。
正規輸入ディーラーとしてコマツ、シュテルン及びその他ディーラーでの取り扱いが行われていたが、ダイムラー・クライスラーと三菱ふそうトラック・バスとの関係の強化に伴い、2006年までに日本における輸入販売事業から撤退した。

ウェスタン自動車(メルセデス・ベンツ日本総代理店)によって1985年に輸入され、1986年に宮城野観光バスに導入されたものが最初である。その後、日の丸自動車興業や岐阜バスなどで導入された。

当初はほとんどが貸切バスとしての導入であるが、日本急行バス(当時)では、名神ハイウェイバス名古屋~神戸線を中心に「ベンツ特急」と銘打って昼行高速バスへ投入した。

1993年に西日本鉄道などへ導入された2台を最後に、新車での輸入は途絶えていたが、その後2006年になって、東京都内の新規貸切バス事業者によって、イギリスで使用されていたスーパーハイデッカー「トゥーロ」が中古車で2台輸入されており、現在は日の丸自動車グループに売却されている。

路線バス車両については、大阪市交通局の小型コミュニティバス(通称「赤バス」)にメルセデス・ベンツ・スプリンター(T1N)が13台導入されたのが最初である。また、2007年末には神奈川中央交通に連節バス(シターロG)が導入されている。

様々な特殊パーツを装備できるウニモグをワイ・エンジニアリング株式会社が販売している。

S/SS/SSK/SSKL 通称Sシリーズ。1927年、前身のKシリーズをいっそうスポーティにしたモデル「S」(SはSport(シュポルト)の略)が登場。設計はフェルディナント・ポルシェである。前身のKシリーズのフレームにキックダウンをつけることで低重心化し、エンジン位置も調整したもので、市販車であるがそのままレース出場すら可能な、文字通りのスーパースポーツカーである。Sシリーズはエンジン排気量・ホイールベースの改良により、SS/SSKへと進化。SSKに至っては、 1920年代の市販車でありながら、最高速は時速192kmを出すことが可能であったという。日本では、SSKがルパン三世の愛車としても知られている(但し、エンジンはフェラーリ12 気筒に変更されているという設定)。究極的には、エンジンを当時としては例のない300馬力まで強化し、大幅にストリップダウンされて軽量化したSSKL となり、最高速は時速235kmに達したが、これはレース専用であり、僅か数台が製造されただけであるとされる。SSKLは、1931年には、伝統のミッレ・ミリアを制したことでも名高い。Sシリーズは、名手ルドルフ・カラツィオラの活躍や、その生産台数の少なさもあり、現在まで伝説のマシーンとして記憶されている。

  • 170H
  • 540K ホルヒ853と互角に競った、最高のパーソナルカーである。当時、どの自動車会社もスペシャリティモデルはすべてコーチワークをコーチビルダーに任せていたが先代の500K同様、自社でコーチワークを行っている。だがその完成度はコーチビルダーに勝るとも劣らない程であった。又、映画サウンド・オブ・ミュージックでもこれのカブリオレBが使用されている。
  • 260D 世界で初めてディーゼルエンジンを搭載・市販された乗用車である。
  • 770(770K)、 通称「グローサー・メルセデス」と呼ばれている直列8気筒のこのモデルはダイムラー・ベンツのフラッグシップモデルである。主な顧客は世界の王侯貴族や富豪層、そしてヒトラーを始めとする国家社会主義ドイツ労働者党の高官達である。モデルは初代と2代目がある。国家社会主義ドイツ労働者党では戦勝地でのパレードで国力を見せつけるために使用された、まさにグローサーの名に恥じない偉大なモデルである。このグローサーの初代モデルはかつて大日本帝國の皇室で昭和天皇の御料車として15年以上使用された(ドイツ、Stuttgartのメルツェデスベンツミュージアムで展示)。同じ770でもヒトラーら国家社会主義ドイツ労働者党の高官達のものは、当時のダイムラーベンツ社の技術部長であったフェルディナント・ポルシェ開発によるスーパーチャージャー(Kompressor)を追加したものであり、特にヒトラーのものはレーサーのルドルフ・カラツィオラ (Rudolf Caracciola)により納車された。
300SL スポーツクーペ/ロードスター。世界初のガソリン直噴エンジン搭載車。クーペはガルウイングが特徴。

190E(W201) 長らく小型車を持たなかったメルセデスが1982年に発表、業界を驚かせた。アメリカのCAFE対策で生まれた車。名称も本来メルセデスは排気量を示す「190」がそのまま車名になってしまい、2.3リットルモデルは、190E2.3等とCクラス出現までは変則的な名称となってしまった。デザインは、社内デザイナーのブルーノ・サッコの手による。ブレーメン工場で初めて生産された。小型化するために世界初のマルチリンク(ポルシェ・928のバイザッハアクスルが先とする説もある)。本来の目的はラリー参戦とも、アメリカ合衆国で販売する際のメーカーの総排気量規制の結果とも言われる(ラリー参戦については実現しなかったがツーリングカーレースには参戦)。コスワースが開発に協力した高性能版『2.3-16』後の『2.5-16』は特に有名で4ドアセダンの高性能モデルの魁となった。オリジナルの2リットル版の他に 2.3/2.6リットルの直6や2.5リットルのディーゼルを搭載した車両もあったが、ボディタイプは上級車であるミディアムクラス(後のEクラス)と異なり4ドアセダンのみだった。バブル経済時代の日本では5ナンバーサイズに収まることから「小ベンツ」と呼ばれもっとも街中で見かけるメルセデスと言うことで揶揄された。しかしサスペンション等、上級車であるミディアムクラス(後のEクラス)との共通部品が多く、所謂ダイムラー・ベンツとクライスラーの合併以前の「Das Besten order Nicht(最善か、無か)」時代のモデルである。

メルセデス・ベンツの車両は第二次世界大戦前からモータースポーツに盛んに登場していた。

1934年から1939年の第二次世界戦勃発まで、メルセデス・ベンツとアウトウニオンのドイツ勢は、ヨーロッパのモータースポーツ界を完全に席巻した。

メルセデス・ベンツチームは偉大なレース監督アルフレート・ノイバウア (Alfred Neubauer)(サインボードの発明者である)により、まさに軍隊的規律の元でレースに臨み、結果を出しつづけたのである。

BR> 1937年に登場したマシンW125に到っては、600馬力を超えるエンジンを持ち、最高速度は現代のF1と遜色ない時速340Km以上に達していた。

そのため、W125はターボ・マシン登場以前の1970年代後半になるまで、史上最強・最速のレーシング・カーであるとの伝説を保ち続けていた。

同年のアーヴス・レンネン(アーヴスレース;フリー・フォーミュラ=制限なしで行われた)では、ヘルマン・ラングが特製された流線型ボディのマシン(同年のフォーミュラマシン・W125 に流線型ボディを着せた車ではない)に乗り、時速260.7kmという現代でも驚かされるような平均速度で優勝しているが、クローズド・サーキットの記録としてはその後20年以上及ぶものはなく、オーバルを使用するインディ500において、優勝者の平均速度がこの記録を上回るのは1972年のマーク・ダナヒュー(マクラーレン・オッフィー)の平均時速261.08kmを待たねばならないほどである。メルセデスとアウトウニオンは、同年のアーヴス・レンネンの直線では、実に時速380kmを出していたと言われている。

1939年のトリポリグランプリ(イタリア領リビアのメラハサーキットで開催。メラハサーキットは一周13キロメートルの高速コースで、当時『モータースポーツのアスコット』と呼ばれていた)は、レース開催の8ヶ月前になって、強すぎるドイツ勢を締め出すべく、当時の国際フォーミュラである3リッター・マシンではなく、イタリア国内ルールである1.5リッター・マシンで実施されることとなった。イタリア側としては、短期間での新型メルセデス、新型アウトウニオンの製造は不可能と考えたためであるが、メルセデス・ベンツチームはその当時の3リッターマシン、W154のミニチュアともいうべきW165 を短期間で完成させ、同グランプリにおいても、メルセデス以外の全車を周回遅れとして1-2フィニッシュ(ラング、カラツィオラ)を飾ることとなる。ラングの平均速度は時速197.8kmを記録している。なお、W165の実戦はこの年のトリポリグランプリのみであった。

また、ルドルフ・カラツィオラはモータースポーツのみならず、速度記録にも挑戦し、メルセデス・ベンツのレーシングカーを改造したレコードブレーカーに乗り、数々の速度記録を打ち立てている。1938年には、フランクフルト:ダルムシュタット間のアウトバーンにおいて、フライング・キロメーターで時速432.7kmを記録している。

大戦後、1952年にル・マン24時間レース、1954年にF1世界選手権に参戦し、偉大なドライバー、ファン・マヌエル・ファンジオやスターリング・モスの活躍により、それぞれ大きな成果を挙げた。特にF1では出走した12レースで9勝(ファンジオ8勝、モス1勝)という圧倒的な成績で、両年ともにファンジオがワールドチャンピオンを獲得するという「旋風」を巻き起こした。

しかし、1955年のル・マン24時間レースで、ピエール・ルヴェーの運転するメルセデス300SLRがクラッシュし、分解したマシーンのエンジンとサスペンションが時速200kmを超える速度のまま観客席に飛び込む事故を起こし、200名以上の観客を死傷させる大惨事となった。このレースでメルセデスチームは、ファンジオ・モス組がトップを走行していたにもかかわらず、すべての車両を途中でリタイアさせている(レースはホーソーン(ジャガー)が優勝)。また同年末で一切のモータースポーツ活動から撤退した。

1980年代後半には、ザウバーと共同でWSPC(世界プロトタイプカー選手権)に出場するなど、徐々にモータースポーツとの関係を取り戻し始めた。またこの頃、ミハエル・シューマッハをはじめとする若手ドイツ人ドライバーの育成プログラムを開始し、本格的なレースへの復帰を模索し始めた。この頃にル・マンに復帰し、1989年に総合優勝を遂げるが、1999年のレースでまたしても宙を飛ぶ事故を起こし、犠牲者は出なかったが、やはりこのときも直後に全車をリタイアさせている。その後のル・マンには参戦していない。

1990年代序盤にはフォーミュラカー用エンジンビルダーであるイルモアに資本参加し、インディカーおよびF1においてメルセデス・ブランドでのエンジン供給を開始。現在はF1のマクラーレンに対してエンジンを独占供給する形で参戦しているが、マクラーレンを完全買収してメルセデス・ベンツ単独でのF1参加を画策しているという噂は根強い。

[ 2008/01/31 18:11 ] MERCEDES BENZ | TB(0) | CM(0)

Mercedes-Benz E63 AMG 1'00'

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メルセデス・ベンツ Eクラスは、ドイツの自動車メーカーダイムラーがメルセデス・ベンツブランドで展開しているセダンおよびステーションワゴン型の自動車である。

Eクラスはその起源をミディアムクラスに辿ることができる。ミディアムクラスのモデル名には排気量を表す数字の後に「E」が付けられ、その「E」は、Einspritzung(ドイツ語で燃料噴射の意)に由来する。これは1950年代に最初に現れた燃料噴射技術が新しい時代の象徴だったことを示している。1993年、ミディアムクラスからEクラスへと名称変更されたが、コンセプトや位置づけは不変であった。

サイズはCクラスとSクラスの間に位置し、派生車種としてCLSクラスが存在する。なお、Eクラスと同じプラットフォームを利用したオープンタイプの車種は現在は発売されていない。

コンポーネントとしてはまったく異なるが、車格、積載性能(人を乗せるか荷物を載せるかの違いはある)は、SUVであるMクラスや低重心ミニバンであるRクラスとほぼ同じであり、価格はEクラスが100万円程度高い(日本国内)。

日本におけるメルセデス・ベンツの最量販車種であり、2006年には 9,639台が販売された。以下、Sクラス (8,078台)、Cクラス (8,042台)、Bクラス (7,189台) という販売状況であった。(統計情報、日本自動車輸入組合)

衝突安全性能
アメリカの自動車保険業界の非営利団体である米国道路安全保険協会(IIHS)が、2000年から2003年に起きた事故を調査した結果ではもっとも死亡率が低い車であることが発表された。(対象となっているのは、旧型のW210だと思われる)。

一方で、同団体が行った最新の衝突安全性調査(2003年-2005年モデルが対象)では、大型乗用車のカテゴリーで、「怪我」については「平均に優る (better than average)」ものの、「衝突」については「平均より大きく劣る (substantially worse than average)」、という評価であった。

リコール問題
「先進的な技術」として3代目となるW211に導入されたSBC(電子制御ブレーキシステム・ボッシュ製)であるが、その後の度重なる不具合発生およびリコールにより、2006年度のマイナーチェンジにおいて廃止された。

このため、3代目W211は前期と後期でそれぞれブレーキ構造が異なる。また、前期の前半と後半ではエンジン(排気量、SOHC→DOHCなど)とトランスミッション(5速AT→7速AT)が異なるなど、車としての基本要素が頻繁に変更された。

ディーゼル車の復活
2006年8月~2008年1月現在まで、日本で販売されている乗用車として唯一ディーゼルエンジンを搭載した車種を用意している。この車種では、ガソリン車と比べ、概ね70から80%程度の燃費向上が行われており、プレミアムガソリンと軽油の燃料費の違いもあり、走行コストとしては半分程度となる。

日本ではディーゼルエンジン搭載モデルの販売が途絶えていたが、2006年8月、3LのV型6気筒ディーゼル・ターボエンジンを積む「E320 CDIアバンギャルド」の発売により復活した。

従来のディーゼルエンジンのイメージからは大きく環境負荷が低下しているものの、当初販売されていた「E320 CDI」は日本で2009年から施行が行なわれるポスト排ガス規制に適合しておらず規制開始までの暫定販売とされたが、2008年モデルから排気系の改善が行なわれ、この新排ガス規制に準拠した。 一方、世界でもっとも厳しいといわれる米国カリフォルニア州をはじめ、全米50州のうち、メイン州、マサチューセッツ州、ニューヨーク州とヴァーモント州など5つの州の排ガス規制を満たしていなかったため、これらの地域では販売不能の状態となっている。 2009年度からのモデルとしてBlueTec Dieselという名の補充式の尿素タンクを装備する尿素SCR還元システムを併用することにより、有害な窒素酸化物(NOx)の排出量が改善できるとされている。

四輪駆動
「4MATIC」と呼ばれる四輪駆動モデルが設定され、アメリカ北東部など降雪地域での需要に対応している。右ハンドル車には対応できない構造のため、イギリスなど左側通行の諸国(日本は除く)ではほとんど販売されていない。

ステーションワゴン
メルセデス・ベンツを始め、BMW、アウディといったドイツの高級車ブランドでは、主力のEセグメントにいずれもステーションワゴン(それぞれ呼び名は異なる)が用意されている。エンジンや装備はなどほぼセダンと共通であるが、荷物積載時の姿勢変化を抑えるため、セダンにはないエアサスペンションによるセルフレベリング機構を後輪に採用している。またカーゴルームの蓋となるトノカバーは、ハッチバックの開閉とともに連動して開口部が開くようになっている。日本国内では現在5人乗りのみ発売されているが、ドイツ本国や欧米ではカーゴルームに2人用座席を格納・設置した7人乗車のものも存在する。(国産車ではかつてのトヨタ・クラウンワゴン、トヨタ・セプターワゴン、日産・セドリックワゴンに例があった)。 日本国内の販売車種では、サンルーフが全車種標準装備となっている。

クーペとカブリオレ
メルセデス・ベンツはEセグメントに於いて、Eクラスの前身となるミディアム・クラスの時代から2ドアクーペとカブリオレをラインアップしていた。価格は同排気量のEクラスセダンよりも数百万円高く設定され、販売時期によっては上級モデルとなるSLクラスの同排気量仕様を上回ることもあった。これらの2ドアモデルはスポーツ性よりもラグジュアリー性を重視しており、十分なスペースのリアシートとラゲッジルームを備え、大人4人乗車が可能な点を特徴としていた。BMW・6シリーズやキャデラック・エルドラド等と競合していたが、現行のEクラスでは2ドア仕様は廃止され、4ドアクーペとして、CLSクラスが販売されている。

3代目 W211/S211(2002年-2009年)
W211は7年に渡り販売されたW210の後継モデルとして2002年に発売される。W210のデザインを踏襲しつつも、より大胆に傾斜した楕円形の4灯式ヘッドライトなどが特徴となった。なおフロントからの構図では、新旧の違いがわかりにくくなっている。

機構面ではW210で取り入れられたすべての機能の他、プリクラッシュセーフなどの安全面を筆頭に、雨天時にはディスクとブレーキバッドをわずかに接触させて水分の除去を行いながらの走行や、アクセルペダルから足を離したと同時にディスクとブレーキバッドを近づけるなどの機能を備えたSBSの装備、 DVDナビゲーションシステムなどが装備された。こうした、安全面、機能面での機能向上の一方、モデル中期では、同時の日本車が、HDDナビゲーションシステムやipodなどの外部入力への対応を行っていたがW211がこれらを装備するのは、最終モデルでの更新となったため、電装系機能の面で不満を訴えるユーザーも多かった。

W211の新車価格は発売開始当初、E320で680万円と、先代とほぼ同様であったが、後に、E250などの安価なモデルも発売された。 W210で指摘されたコスト削減に伴う品質低下から、元来の全か無に回帰を試みた世代でもあり、全体的な品質は大幅に向上している。尚、W211でもEクラスにはクーペが設定されず、Eクラスから派生する形で、メルセデス・ベンツとして新たなカテゴリーである、4ドアクーペとしてCLSクラスが2005年にデビューしている。

Cd値は0.26。全幅と全高を20mmずつ拡大してそれぞれ1820mm、1450mmとなり、普通車サイズでの立体機械式立体駐車上では、ぎりぎりのサイズとなおり、入るところと入らないところが存在する。

他のほとんどの欧州車と同様に、毎年夏から秋にかけて、装備の充実化やエンジンの変更などに日本車には少ない、大幅な変更が繰り返された。

2008年12月に、米国自動車保険会社機構(IIHS)から八表された「盗難率の低い車リスト」では、2007年に米国で最も盗難被害に遭う確率が低かった車として、ランキングされており、その盗難率は一万台あたり6台であった。

* 2002年
o 6月 セダンがフルモデルチェンジ。「E240」、「E320 アバンギャルド」、「E500 アバンギャルド」を販売開始。

o 12月 セダンにAMGモデル「E55 AMG」を追加。
* 2003年(2004年モデル)
o 8月 セダンより約1年遅れでステーションワゴンがフルモデルチェンジ。「E240ステーションワゴン」、「E320ステーションワゴン アバンギャルド」を販売開始。
o 11月 セダンに「E320 4マチック アバンギャルド」を追加。また、「E500 アバンギャルド」が7速化。ステーションワゴンに「E320 4マチック ステーションワゴン アバンギャルド」、「E500 ステーションワゴン アバンギャルド」、「E55 AMG ステーションワゴン」を追加。

* 2005年
o 2月 E320 アバンギャルド/E320ステーションワゴン アバンギャルド、E320 4マチック アバンギャルド/E320 4マチック ステーションワゴン アバンギャルドが廃止され、「E350 アバンギャルド/E350ステーションワゴン アバンギャルド」、「E350 4マチック アバンギャルド/E350 4マチック ステーションワゴン アバンギャルド」を新設定。

o 8月 E240/E240 ステーションワゴンが廃止され、「E280/E280 ステーションワゴン」を新設定。

主な変更として、他のEクラスモデルも含め、従来のSBCリコール対応・安定化プリクラッシュセーフティーの強化、各種オプション装備の追加(パシッブセンサーなど)が行われた。このため、一例として2005年に発売されたE350は、2月(2005年モデル)と8月(2006年モデル)で装備に違いがある。

* 2006年(2007年モデル)
o 8月28日 マイナーチェンジ。主な変更として、従来のSBCを廃止し通常のブレーキへの変更、プリクラッシュセーフティーの強化、各種オプション装備の標準化が行われた。また、ラインナップが大幅に変更される。

+ E280/E280ステーションワゴン→E300/E300 ステーションワゴン(呼称変更)
+ E300 アバンギャルドS/E300 ステーションワゴン アバンギャルドS
+ E320 CDI アバンギャルド/E320 CDI ステーションワゴン アバンギャルド
+ E350 4MATIC アバンギャルド/E350 4MATIC ステーションワゴン アバンギャルド
+ E350 アバンギャルドS/E350 ステーションワゴン アバンギャルドS
+ E550 アバンギャルドS/E550 ステーションワゴン アバンギャルドS
+ E63 AMG/E63 AMG ステーションワゴン
E500 アバンギャルド/E500 ステーションワゴン アバンギャルド、E55 AMG/E55 AMG ステーションワゴンは廃止された。

* 2007年
o 1月 E300を除くEクラスのすべてのグレード(セダン/ステーションワゴン)で価格が改定され、平均0.9%引き上げられる(ユーロに対する円安傾向)。
o 2月 「E350 アバンギャルド/E350 ステーションワゴン アバンギャルド」が6ヶ月間の販売休止を経て復活。エンジンやシャーシなどは、2006年モデルと同じであるが、2007年モデルのE350では、マイナーバージョン後のエクステリア、インテリア、機能・装備、ブレーキシステム(SBCの廃止対応)となっている。また、期間限定モデル「E300 アバンギャルド リミテッド/E300 ステーションワゴン アバンギャルド リミテッド」を発売。

o 5月 期間限定モデル「E320 CDI リミテッド/E320 CDI ステーションワゴン リミテッド」を発売。
o 8月 「E250/E250 ステーションワゴン」及び期間限定モデル「E250デビューパッケージ」(セダンのみ) を発売(E250/E250 ステーションワゴンの供給開始は11月以降予定)。
E300 ステーションワゴン アバンギャルドSは廃止された。

* 2008年
o 8月 「E250 アバンギャルド/E250 ステーションワゴン アバンギャルド」を発売。同時にE250及びE250 ステーションワゴンは廃止された。

特徴・機構
* コンセプト - 先代(W210)のキープコンセプトであるが、よりエレガントな様相を持っている。また、2006年秋のマイナーチェンジ後は、フロントグリルを中心によりスポーティーな印象を強めている。 * 価格帯 - 約700万円~1400万円の価格帯で日本で発売されているが、北米では51千ドル~86千ドルとやや大衆にも向けた価格設定である。ドイツ本国をはじめとするヨーロッパ市場やアジア、アフリカ諸国などでは、労働者階級層や、発展途上国での富裕層、ハイヤー、タクシーなどの営業車用途にも向けた、「E200 コンプレッサー」や「E220 CDI」などの廉価版が存在するが、日本市場では高級車というイメージを強調するブランド戦略により、ある程度以上の装備・価格帯のものしか正規輸入されていない。マイナーチェンジを機にオプション装備の標準装備化や追加装備が行われ、全体的な販売価格が上昇した。

* 内装・装備 - 日本国内では、「エレガンス(E300のみ・日本国内では“エレガンス”とは表記されない)」と「アバンギャルド(黒系の木目の内装で革張り)」が存在する。ヨーロッパ諸国では内装及び装備を簡素化したクラシックも存在するが、上記の理由で日本国内には導入されていない。なおアバンギャルドは2006年秋のマイナーチェンジにより「アバンギャルドS」(ドイツ本国などには未設定・AMGデザインのアルミホイールやスポーツシート等を装備)としてバトンタッチしたものの、その6ヶ月後にはE350に限りアバンギャルドが復活している(「E320 CDI」及び「E350 4MATIC」はアバンギャルドのままとなっている)。

* 外装 - 「E350 アバンギャルドS」などでのAMGエアロパーツと、「E63 AMG」などでのAMGエアロパーツは細部が異なっている。全長、全幅は日本の一般的なタワーパーキングのぎりぎり入ることができるサイズである。

* 発注から納車までの期間:他の輸入車と同様、国内に在庫が用意されている装備、仕様であれば、注文から概ね2~3週間での納車が可能である。なお、在庫以外に好みの装備や仕様をオーダーする場合、概ね3ヶ月程度の期間を要する。

* 「E280」「E350」「E500」については、当時世界初となった7速AT(7G-TRONIC)を装備していた。2006年のマイナーチェンジ後は、FR車の全車種で装備された(アバンギャルドS全車ではパドルシフト付の7G-TRONIC Sportを4WD車である「E350 4MATIC」は5速ATを搭載している)。

現行モデル
* E63 AMG/E63 AMG ステーションワゴン(2006年8月- )
6.2L V型8気筒DOHCエンジン(514ps/64.2kg・m)、7速AT、駆動方式はFR。

* E550 アバンギャルドS/E550 ステーションワゴン アバンギャルドS(2006年8月- )
5.5L V型8気筒DOHCエンジン(387ps/54.0kg・m)、7速AT、駆動方式はFR。

* E350 アバンギャルドS/E350 ステーションワゴン アバンギャルドS(2006年8月- )
3.5L V型6気筒DOHCエンジン(272ps/35.7kg・m)、7速AT、駆動方式はFR。

* E350 4MATIC アバンギャルド/E350 4MATIC ステーションワゴン アバンギャルド(2005年2月- )
3.5L V型6気筒DOHCエンジン(272ps/35.7kg・m)、5速AT、駆動方式は4WD。

* E350 アバンギャルド/E350 ステーションワゴン アバンギャルド(2005年2月-2006年8月、2007年2月- )
3.5L V型6気筒DOHCエンジン(272ps/35.7kg・m)、7速AT、駆動方式はFR。
従来のコンフォート性を望むユーザー向けに2007年2月に復活した。マイナーチェンジの前後の両方で唯一販売されているグレードである。なお年度ごとに細部の機能・装備は異なる。

* E320 CDI アバンギャルド/E320 CDI ステーションワゴン アバンギャルド(2006年8月~)
3.0L V型6気筒DOHCディーゼルエンジン(211ps/51.1kg・m)、7速AT、駆動方式はFR。

* E300/E300 アバンギャルドS/E300 ステーションワゴン(2006年8月~)
3.0L V型6気筒DOHCエンジン(231ps/30.6kg・m)、7速AT、駆動方式はFR。

* E250 アバンギャルド/E250 ステーションワゴン アバンギャルド(2008年8月~)
2.5L V型6気筒DOHCエンジン(204ps/25.0kg・m)、7速AT、駆動方式はFR。

過去のモデル
* E55 AMG/E55 AMG ステーションワゴン(2002年11月~2006年8月)
スーパーチャージャー付き 5.4L V型8気筒SOHCエンジン(467ps/71.4kg・m)、5速AT、駆動方式はFR。

* E500 アバンギャルド/E500 ステーションワゴン アバンギャルド(2002年11月~2006年8月)
5.0L V型8気筒SOHCエンジン(306ps/46.9kg・m)、7速AT、駆動方式はFR。

* E320 アバンギャルド/E320 ステーションワゴン アバンギャルド(2002年6月~2005年2月)
3.2L V型6気筒SOHCエンジン(224ps/32.1kg・m)、5速AT、駆動方式はFR。

* E320 4MATIC アバンギャルド/E320 ステーションワゴン(2003年11月~2005年2月)
3.2L V型6気筒SOHCエンジン(224ps/32.1kg・m)、5速AT、駆動方式は4WD。

* E280/E280 ステーションワゴン(2005年8月~2006年8月)
3.0L V型6気筒DOHCエンジン(231ps/30.6kg・m)、7速AT、駆動方式はFR。

* E300 ステーションワゴン アバンギャルドS(2006年8月~2007年7月)
3.0L V型6気筒DOHCエンジン(231ps/30.6kg・m)、7速AT、駆動方式はFR。

* E250/E250 ステーションワゴン(2007年11月~2008年8月)
2.5L V型6気筒DOHCエンジン(204ps/25.0kg・m)、7速AT、駆動方式はFR。

* E240/E240 ステーションワゴン(2002年6月~2005年8月)
2.4L V型6気筒SOHCエンジン(177ps/24.5kg・m)、5速AT、駆動方式はFR。

Eクラスエクスペリエンス パリ-北京
2006年、model2007の発売PRの一環として、Eクラスによるパリ-北京間13,600kmを走破するイベントがメルセデス・ベンツとして99 年ぶりに開催された。 33台のE320 CDI、E320 CDI 4MATICにより、約一ヶ月間かけて行われ、シベリアの凍土から、砂漠、100Kmを超える直線など多いときで一日700Km以上を走破した。サポートカーとしては、Gクラスやスプリンター(日本未導入)など用いられ、ドライバーとして、パリダカで、1981年、1984年、1986年の三度総合優勝したルネ・メッジなども参加した。 ARALとミシュランによるサポートが行われた。

[ 2009/08/03 17:50 ] MERCEDES BENZ | TB(0) | CM(0)

Mercedes E-Class 2009 Commercial 0'50"

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メルセデス・ベンツ Eクラスは、ドイツの自動車メーカーダイムラーがメルセデス・ベンツブランドで展開しているセダンおよびステーションワゴン型の自動車である。

Eクラスはその起源をミディアムクラスに辿ることができる。ミディアムクラスのモデル名には排気量を表す数字の後に「E」が付けられ、その「E」は、Einspritzung(ドイツ語で燃料噴射の意)に由来する。これは1950年代に最初に現れた燃料噴射技術が新しい時代の象徴だったことを示している。1993年、ミディアムクラスからEクラスへと名称変更されたが、コンセプトや位置づけは不変であった。

サイズはCクラスとSクラスの間に位置し、派生車種としてCLSクラスが存在する。なお、Eクラスと同じプラットフォームを利用したオープンタイプの車種は現在は発売されていない。

コンポーネントとしてはまったく異なるが、車格、積載性能(人を乗せるか荷物を載せるかの違いはある)は、SUVであるMクラスや低重心ミニバンであるRクラスとほぼ同じであり、価格はEクラスが100万円程度高い(日本国内)。

日本におけるメルセデス・ベンツの最量販車種であり、2006年には 9,639台が販売された。以下、Sクラス (8,078台)、Cクラス (8,042台)、Bクラス (7,189台) という販売状況であった。(統計情報、日本自動車輸入組合)

衝突安全性能
アメリカの自動車保険業界の非営利団体である米国道路安全保険協会(IIHS)が、2000年から2003年に起きた事故を調査した結果ではもっとも死亡率が低い車であることが発表された。(対象となっているのは、旧型のW210だと思われる)。

一方で、同団体が行った最新の衝突安全性調査(2003年-2005年モデルが対象)では、大型乗用車のカテゴリーで、「怪我」については「平均に優る (better than average)」ものの、「衝突」については「平均より大きく劣る (substantially worse than average)」、という評価であった。

リコール問題
「先進的な技術」として3代目となるW211に導入されたSBC(電子制御ブレーキシステム・ボッシュ製)であるが、その後の度重なる不具合発生およびリコールにより、2006年度のマイナーチェンジにおいて廃止された。

このため、3代目W211は前期と後期でそれぞれブレーキ構造が異なる。また、前期の前半と後半ではエンジン(排気量、SOHC→DOHCなど)とトランスミッション(5速AT→7速AT)が異なるなど、車としての基本要素が頻繁に変更された。

ディーゼル車の復活
2006年8月~2008年1月現在まで、日本で販売されている乗用車として唯一ディーゼルエンジンを搭載した車種を用意している。この車種では、ガソリン車と比べ、概ね70から80%程度の燃費向上が行われており、プレミアムガソリンと軽油の燃料費の違いもあり、走行コストとしては半分程度となる。

日本ではディーゼルエンジン搭載モデルの販売が途絶えていたが、2006年8月、3LのV型6気筒ディーゼル・ターボエンジンを積む「E320 CDIアバンギャルド」の発売により復活した。

従来のディーゼルエンジンのイメージからは大きく環境負荷が低下しているものの、当初販売されていた「E320 CDI」は日本で2009年から施行が行なわれるポスト排ガス規制に適合しておらず規制開始までの暫定販売とされたが、2008年モデルから排気系の改善が行なわれ、この新排ガス規制に準拠した。 一方、世界でもっとも厳しいといわれる米国カリフォルニア州をはじめ、全米50州のうち、メイン州、マサチューセッツ州、ニューヨーク州とヴァーモント州など5つの州の排ガス規制を満たしていなかったため、これらの地域では販売不能の状態となっている。 2009年度からのモデルとしてBlueTec Dieselという名の補充式の尿素タンクを装備する尿素SCR還元システムを併用することにより、有害な窒素酸化物(NOx)の排出量が改善できるとされている。

四輪駆動
「4MATIC」と呼ばれる四輪駆動モデルが設定され、アメリカ北東部など降雪地域での需要に対応している。右ハンドル車には対応できない構造のため、イギリスなど左側通行の諸国(日本は除く)ではほとんど販売されていない。

ステーションワゴン
メルセデス・ベンツを始め、BMW、アウディといったドイツの高級車ブランドでは、主力のEセグメントにいずれもステーションワゴン(それぞれ呼び名は異なる)が用意されている。エンジンや装備はなどほぼセダンと共通であるが、荷物積載時の姿勢変化を抑えるため、セダンにはないエアサスペンションによるセルフレベリング機構を後輪に採用している。またカーゴルームの蓋となるトノカバーは、ハッチバックの開閉とともに連動して開口部が開くようになっている。日本国内では現在5人乗りのみ発売されているが、ドイツ本国や欧米ではカーゴルームに2人用座席を格納・設置した7人乗車のものも存在する。(国産車ではかつてのトヨタ・クラウンワゴン、トヨタ・セプターワゴン、日産・セドリックワゴンに例があった)。 日本国内の販売車種では、サンルーフが全車種標準装備となっている。

クーペとカブリオレ
メルセデス・ベンツはEセグメントに於いて、Eクラスの前身となるミディアム・クラスの時代から2ドアクーペとカブリオレをラインアップしていた。価格は同排気量のEクラスセダンよりも数百万円高く設定され、販売時期によっては上級モデルとなるSLクラスの同排気量仕様を上回ることもあった。これらの2ドアモデルはスポーツ性よりもラグジュアリー性を重視しており、十分なスペースのリアシートとラゲッジルームを備え、大人4人乗車が可能な点を特徴としていた。BMW・6シリーズやキャデラック・エルドラド等と競合していたが、現行のEクラスでは2ドア仕様は廃止され、4ドアクーペとして、CLSクラスが販売されている。

4代目 W212/-(2009年- )
W212は7年に渡り販売されたW211の後継モデルとして2009年に発売された。W210から採用され続けてきた楕円型4灯式ヘッドライトは斜め四角型のものへと変更された。2009年のデトロイトモーターショーで正式デビューした。国内では2009年5月にデリバリーが開始された。7月にCLKクラスの後継車種として「Eクラスクーペ」が、2010年頃にステーションワゴンも投入予定となっている。 機構面では、W211から引き続き採用された機能に加えて、Sクラス(W221)から採用された「COMANDシステム」も新たに搭載された。安全面では「ニーバック」を含めた9つのエアバッグを筆頭に「NECK PRO(ネックプロ)アクティブヘッド レスト」・「アクティブボンネット」・「アダプティブハイビームアシスト」・「アテンションアシスト」が新たに採用された。メーカーオプションとして、Sクラス(W221)から採用された「ナイトビューアシスト」の改良型である「ナイトビューアシストプラス」や、メルセデス初搭載の「レーンキーピングアシスト」等がある。ナビゲーション関係では、地上デジタル放送チューナー(日本仕様のみ)を搭載し、DVDからHDDへと変更された。

日本仕様では、前述の「COMANDシステム」が全車に採用され、W211のマイナーチェンジ後から採用された「アバンギャルトS」は廃止され、現時点ではW212型ディーゼル車は投入されておらず、ステーションワゴンとともに211型が販売されている。6月に左ハンドル車が先行供給が開始され、右ハンドル車は7月に供給開始となった。

* 2009年
o 5月 セダンがフルモデルチェンジ。「E350 アバンギャルド」、「E550 アバンギャルド」(現時点ではいずれも左ハンドル仕様車のみ)を販売開始。

o 7月 セダンに上記の2モデルに加え「E300」、「E300 アバンギャルド」も含めた右ハンドル仕様車ならびに「E350クーペ」、「E550クーペ」の販売開始。

Eクラスエクスペリエンス パリ-北京
2006年、model2007の発売PRの一環として、Eクラスによるパリ-北京間13,600kmを走破するイベントがメルセデス・ベンツとして99 年ぶりに開催された。 33台のE320 CDI、E320 CDI 4MATICにより、約一ヶ月間かけて行われ、シベリアの凍土から、砂漠、100Kmを超える直線など多いときで一日700Km以上を走破した。サポートカーとしては、Gクラスやスプリンター(日本未導入)など用いられ、ドライバーとして、パリダカで、1981年、1984年、1986年の三度総合優勝したルネ・メッジなども参加した。 ARALとミシュランによるサポートが行われた。

[ 2009/08/04 18:25 ] MERCEDES BENZ | TB(0) | CM(0)

Mercedes-Benz W123/300D Autotest 14'52"

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メルセデス・ベンツ W123 (Mercedes Benz W123) は、ドイツの自動車メーカーダイムラー・ベンツ社がメルセデス・ベンツブランドで展開していた自動車である。1976年から1985年まで生産・販売された。1982年にW201(190E)が登場するまで、ベンツのエントリーモデル(コンパクトクラス)であった。当時、ニューモデル発売後1年間は旧モデルも継続生産していた。W201(190E)発売後はミディアムクラスの位置付けとなり、後継のW124にバトンタッチする。

販売面では、競合関係にあったフォルクスワーゲン・ゴルフが、1980年の販売台数が200,892台だったのに対し、W123は202,252台を記録している。

ボディ構造は乗員部分が強化され、その前後のボディで衝撃を吸収する方法を取っている。

1981年、ABSとエアバッグのオプションが新たに設定となった。助手席エアバッグが試作されたが、実際に販売されたのはモデルチェンジ後の1987年のことだった。

W123は、1979年8月と1982年8月にマイナーチェンジを実施している。特に1982年の改良では、ヘッドライトが丸型から、異型タイプに変更された。

1976年にセダンがデビューし、翌1977年にはクーペ、リムジン、ステーションワゴンがラインナップに加わった。

リムジン
1977年8月にベンツのミドルクラスのリムジンV123が発売された。ホイールベースはセダンの2795mmより630mm長い3425mmであった。延長分は3列目シートが設けられ、タクシーやホテルの送迎等に使われた。

ラインアップには250と240D、300Dが用意された。

ステーションワゴン
ユーザーの要望が強かったステーションワゴンモデルである。T-モデルと呼ばれた。Tは観光旅行、輸送の頭文字のTを表していた。

基本構造はセダンと同一で、ワゴンの3分の2は、非対称分割タイプの折りたたみ式後部座席であった。ラゲッジスペースは通常のポジションで523L、後部座席を折りたたむと879Lであった。

ハイドロニューマチックサスペンションは、最適の操縦性と乗り心地を提供する。また、重い荷物を積んだとき車体を調節するレベライザー機構を備えていた。

発売当初は、230T、250T、280TEとディーゼルの240TDと300TDのラインナップだったが、日本仕様にガソリン車のランナップはなかった。

1980年、200Tとターボディーゼルの300TDTが追加された。

クーペ
クーペモデルC123は、セダンよりホイールベースが85mm短く、低いルーフとショートキャビンのスポーティな外観となった。

クーペボディは2ドアピラーレスハードトップであったが、AピラーとCピラー、ルーフは強化された構造で、前後のボディが衝撃を吸収することにより事故の際の乗員の安全を確保している。

ラインナップは、4気筒230C(109 PS/80 kW)と、2つの6気筒、280C(156 PS/115 kW)と280CE(177 PS/130 kW)でスタートした。1977年秋には、米国市場向けに300CD(80 PS/59 kW)のディーゼルクーペが追加される。1981年には、ターボチャージャーを搭載した300CD(125 PS/92 kW)が導入される。

1980年に230Cは230CEとなった。電子制御燃料噴射の新エンジンM102は、最高出力136PS/100kwとなった。同時にABSがオプションとなり、1982年にはエアバッグが設定される。1985年8月にクーペモデル(C123)の生産終了。総生産99,884台でこのうちディーゼル車が15,509台であった。

W123系の総生産台数は、2,696,914台に上る。内訳はセダンが最多の2,375,440台で、ステーションワゴンが199,517台、クーペが 99,884台、リムジンが13,700台、特別架装車が8,373台であった。これらのうち、約1,080,000台が輸出された。

[ 2009/08/06 08:21 ] MERCEDES BENZ | TB(0) | CM(0)

Mika Hakkinen Commercial 0'43"

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Aクラス(Mercedes-Benz A-Class)は、ドイツの自動車メーカーダイムラーが生産し、同社がメルセデス・ベンツブランドで販売しているハッチバック型の小型乗用車である。

ボディサイズはBセグメントに属し、メルセデス・ベンツのエントリーモデルに位置づけられるハッチバック型のコンパクトカーである。同じプラットフォームを使用した派生車種として、Bクラスとバネオがある。(バネオは初代Aクラスベース)

Aクラスのボディはもともと蓄電池や燃料電池を動力源とした電気自動車用として設計、開発された経緯がある。そのため、それらを搭載するため、フロアが二階建て構造[1]となっているのが特徴。しかし、実際には、燃料電池の開発の遅れ、車載タンク容量の問題、インフラ整備の遅れなどの水素がらみの問題が解決されず、結局ディーゼルエンジンおよびガソリンエンジンを搭載したメルセデス・ベンツ初のFF車としての販売がメインとなった。

だが、二階建て構造はそのまま残され、これについてメルセデス・ベンツは、前突の場合にエンジンマウントが破壊され、エンジンやトランスミッションが床下(本来の電池室)に潜り込むことで、短い車体ながら生存空間を捻出し、高い衝突安全性を誇る。としている。

メルセデス・ベンツが発売する車種の中で最もサイズが小さく、安価に設定されている。北米など、販売されていない市場もある。それまで最も安価な車種であったCクラスの約2/3の価格でAクラスが発売されたため、メルセデス・ベンツのブランディングに非常に大きな反響があった。これは、日本でメルセデス・ベンツのブランディングが確立した1990年代までの「Das Besten oder Nicht(最善か、無か)」の時代と比較して、半額程度で新車が購入できることを意味している。

日本におけるメルセデス・ベンツのモデル別販売台数では、1位:Eクラス 9,639台、2位:Sクラス 8,078台、3位:Cクラス 8,042台、4位:Bクラス 7,189台、に次ぐ5位の 5,157台となっている。(2006年、日本自動車輸入組合)

  また、Aクラスベースの燃料電池車「F-Cell」は日本、米国、ドイツなどに計60台が納入され、排気ガスを出さないクリーンな自動車として活躍している。

1. ^ 発売当初はサンドイッチコンセプトと呼ばれていた
2. ^ Bクラスやスマート・フォーツーも二階建て構造を採用している。
3. ^ 床下には、通常の自動車用バッテリー、燃料タンク、触媒/排気管/マフラーが配置されている。

初代 W168(1998年-2005年)
初代は1997 年に登場したが、その構造から、フットプリント(ホイールベースΧトレッド)に対し、静的重心がやや高くなる結果となり、メディアが行ったエルクテストでは転倒の危険が発覚した。そのため、販売開始早々リコールされ、対策としてサスペンション・セッティンクとタイヤサイズの見直し、そして、ESPを標準装備としブレーキ個別制御で速度と姿勢を抑える方法を採った。しかし、「メルセデス・ベンツにあるまじき失態」と世界中で報じられることになり、この事件は世界中に報道されることとなった。

多くの報道記事において、同時期に発売されその品質の低さと完成度の低さで酷評されたMクラスの失態と並んで報じられたこともあり、大きく評価を下げることになってしまった。

フロントフェンダーやリアハッチの材質にプラスチックを使用したり、サンルーフとして独自の構造をもったラメラールーフを開発するなど、細かい部分においても新しい試みが行われている。

日本での販売
1998 年に新開発の1.6L 直4エンジン搭載「A160」の販売が始まった。その後、1999年に 1.9Lエンジンを積む「A190 アバンギャルド」、2001年に「A160」の装備を充実させた「A160 エレガンス」、ロングホイールベース仕様の「A160 エレガンス ロング」が追加された。

いずれも右ハンドル仕様のみ、価格は236万~278万円。

変速機は5速ATのみとなる。登場時は世界最小の5速AT謳われた。小型化を実現する為、ATとしては一般的ではない平行軸歯車式を採用している。変速フィーリングは、メルセデスらしいチューニングで素晴らしいが、機械的な脆弱性があり故障の発生頻度が高い。最悪の場合、AT本体を総交換する必要であることから中古市場において、価格の大きな低下を招いている。

エンジンは都度の改良とECUの更新により初期型と最終型では別物ともいえる仕上がりとなっている。

前述のエルクテストに対する対策として、サスペンションのセッティングが固められた為(特に後輪)、後遺症として、乗り心地がかなり硬めとなっている。

後部収納は見た目より広く、大型のスーツケース2個を収納してまだ十分な空間が残る。後席のシートは3:2の分割式(A210Lは5:5)で、必要に応じて前方に倒したり、完全に取り外しする事が可能となっており、多彩なレイアウトが可能となっている。シートを外した場合はワゴン車並スペースをカーゴルームとして利用できる。(但し、外したシートは、車内に格納できない)又、初期型については、助手席まで脱着が可能となっていた。

内装は2001年のマイナーチェンジにて、Sクラスの表皮仕上がりを導入し、初期型と決別することになった。

グレード一覧
* A190 アバンギャルド(1999年10月-2005年2月)
直列4気筒SOHC 1897cc(125ps/18.4kg・m)、5速AT、FF駆動。

* A160 エレガンス/A160L エレガンス→A160 エレガンス ロング(2001年8月 -2005年2月)
直列4気筒SOHC 1598cc(102ps/15.3kg・m)、5速AT、FF駆動。

* A160(1998年9月-2005年2月)
直列4気筒SOHC 1598cc(102ps/15.3kg・m)、5速AT、FF駆動。

* A210L エボリューション(後席も独立シートで定員4名/期間限定)
* A160 ピカデリー ロング リミテッド(期間限定)

[ 2009/12/07 21:11 ] MERCEDES BENZ | TB(0) | CM(0)

Mercedes SLK Woman Driver Commercial 0'50"

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メルセデス・ベンツ SLKクラス(エスエルケイクラス)は、ドイツの自動車メーカーダイムラー社がメルセデス・ベンツブランドで展開するクーペカブリオレタイプの高級車である。

Cクラスベースの2シーターライトウェイトオープンカーとして登場。1994年、量産化に先行して試作モデルが発表された。1996年の生産開始に当たっては、カルマン社が生産を請け負った。

上位のSLクラス(5代目)と同様、「バリオルーフ」と呼ばれる電動格納式ハードトップを、メルセデスの車としては初めて搭載した。この「バリオルーフ」はトランク収納状態から28秒(2代目では短縮されて22秒)で作動し、クーペボディに変わる。トランク容量はオープン時145L、クローズ時348Lである。

なお、メルセデス・ベンツにはCLKクラスカブリオレが存在するが、こちらは電動式のソフトトップを採用する4シーターのオープンカーである。

また、ダイムラー・クライスラーがクライスラーブランドで販売したクロスファイアは初代のプラットフォームを使用した派生車種である。

「CLK55 AMG」に代わり、2005年シーズンのF1セーフティカーとして採用された。

2代目(2004年~)R171>
2004 年にモデルチェンジされ、2代目に移行した。エクステリアは、ノーズ(鼻)部のデザインがSLRマクラーレンを連想させるものとなっている。サイズは 4082x1788x1298(mm)。

日本では、当初先代では売れ筋であった直列4気筒エンジン搭載モデルの導入が見送られ、新世代の3.5L V6エンジン(272)を積む「SLK350」とAMGモデルの「SLK55 AMG」が販売されていた。価格は672~960万円。

「SLK55 AMG」は専用のフロントグリルやAMG製のエアロパーツ、強化ブレーキ、パドルシフト、スポーツサスペンションを装備している。

2005 年8月、3.0L V6エンジン(272M30)を搭載する「SLK280」を追加(価格は615万円)。 同時に「SLK350」は722万円に、「SLK55 AMG」は1050万円に値上げされた。

* SLK55 AMG:5.4L V型8気筒SOHCエンジン(360ps/52.0kg・m)、7速AT、駆動方式はFR。
* SLK350:3.5L V型6気筒DOHCエンジン(272ps/35.7kg・m)、7速AT、駆動方式はFR。
* SLK280:3.0L V型6気筒DOHCエンジン(231ps/30.6kg・m)、7速AT、駆動方式はFR。

2006 年2月、直列4気筒エンジン搭載モデルの「SLK200 コンプレッサー」を追加。価格は552万円。

現在、「SLK55 AMG」にセーフティカーに準じた強化パーツを組み込んだ「パフォーマンスパッケージ」(受注生産)が用意される。また、「SLK280」「SLK200 コンプレッサー」には大型のアルミホイールやスポーツサスペンションを装着した「スポーツパッケージ」、「SLK350」にはAMG製のアルミホイール、パドルシフトが装着される「AMG スポーツパッケージ」が存在する。

* SLK55 AMG:5.4L V型8気筒SOHCエンジン(360ps/52.0kg・m)、7速AT、駆動方式はFR。
* SLK350:3.5L V型6気筒DOHCエンジン(305ps/36.7kg・m)、7速AT、駆動方式はFR。
* SLK280:3.0L V型6気筒DOHCエンジン(231ps/30.6kg・m)、7速AT、駆動方式はFR。※2008年5月のマイナーチェンジより輸入停止
* SLK200 コンプレッサー:スーパーチャージャー付き 1.8L 直列4気筒DOHCエンジン(184ps/25.5kg・m)、5速AT、駆動方式はFR。

[ 2009/12/08 21:38 ] MERCEDES BENZ | TB(0) | CM(0)

Commercial - Mercedes C Class Diesel 0'30"

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Cクラス(Mercedes-Benz C-Class)は、ダイムラーが生産し、同社がメルセデス・ベンツブランドで販売しているセダン、ステーションワゴンおよびクーペ型の中型高級乗用車である。

同じプラットフォームからの派生モデルとして、クーペタイプのボディを持つCLKクラスが存在したが、現行Eクラス(W212)登場と共に、Eクラスクーペとなった。

Cクラスはその起源を190Eに辿ることができる。もともとはEクラスよりも購入に対する敷居を下げた量販モデルとして計画・販売されたものであった。

主力であるセダンのほかに、ワゴンと3ドアハッチバックと合計3つのボディタイプを持つ。ボディサイズは、BクラスとEクラスとの中間であり、サイズ的にはDセグメントに属する。またAクラス、Bクラスとともにエントリーモデル群を形成している。セダンやワゴンのサイズは、メルセデス・ベンツのモデル中で最小のものである。AクラスやBクラスが発売されていない北米市場においては、最も安価なメルセデス・ベンツでもある。

メルセデス・ベンツのモデル別販売台数では、1位のEクラス、2位のSクラスに次ぐ3位となっている。

世界の3工場で製造され、大部分の右ハンドル車や4気筒エンジンモデルは南アフリカ・イースト・ロンドンのダイムラー・クライスラー南アフリカ(DCSA)工場で、それ以外はドイツのシンデルフィンゲンとブレーメンにある工場で製造されている。

なお、車両を丸ごとチューニングする改造メーカーとして、ブラバス、ロリンザー、カールソンがある。車両を部分的に改造する場合もあるが、国内販売されている新車に改造を加えた場合、「メルセデス・ケア」と呼ばれる3年間の故障無料保証の権利が消失する。

Cクラスの本国(EU)仕様はどの世代のモデルでもマニュアルトランスミッション仕様車が存在するが、正規輸入されたモデルは 190E2.5-16エボリューションII(3台が国内へ正規輸入された)以外無い。

初代(1993-2000年)W202/S202

190Eの後継車種として1993年にデビュー。W202はセダン、S202はステーションワゴンのコードネームである。デザインを担当したのはオリビエ・ブーレイ(なお彼は同時期のスバル・レガシィ(2代目・BD/BG系)でもチーフデザイナーを務めている)。外観では上下に伸びた「おむすび形」のテールライトが新しい。これに伴いトランクリッドがバンパーレベルから開閉できるようになっている。190Eに比べ全長で7cm、ホイールベースで2cm拡大し、主に不満の多かった後席の居住性が改善されている。エンジンは1992年にエンジンを一新したW124系(ミディアムクラス)に準じ1.8、2.0、2.2リッターの直列4気筒エンジンと、2.8リッターの直列6気筒エンジン及び、2.0、2.2リッターの直列4気筒ディーゼルと、 2.5リッターの直列5気筒ディーゼルを搭載。直列4気筒ディーゼル以外は全てDOHCエンジンとなっている。また、欧州地域では「クラシック」「エレガンス」「エスプリ」「スポーツ」と4種のトリムレベルを用意し、オーナーの好みに応じて各グレードで任意に選択することができた。

日本にはセダンの「C220」「C250ディーゼル」「C280」「C280 スポーツライン」のほか、C280をベースにチューニングを施した「AMG C280」「AMG C36」が導入された。

「C280 スポーツライン」には「C280」をベースに15インチのアルミホイール、スポーツサスペンションが装備されていた。また、前後席にスポーツシートを採用し定員は4名となっている(後の小変更で5名になる)。 「AMG C280」はエンジンまでは手が入っていないものの「C280 スポーツライン」にAMG製のエアロパーツ・ショックアブソーバー・センター&リアマフラー・17インチアルミホイールが装着された正規のAMGモデルである。リアシートはスポーツシートではなく5名定員となるが、極少数オプションの1:2分割可倒式シート付き(スポーツシートでは選択不可)の車両も存在し、Cクラスの AMGでは唯一セダンのボディ剛性も維持しながら幅広かつ長尺の荷物も積める貴重な存在である。 また1996年まではメルセデス・ベンツの工場ではなくAMGの工場で車体を完成させていて、各パーツ取り付けのみならずホイールアーチ裏側の所謂「爪折」も、「C36 AMG」同様施されている。正規AMGジャパン輸入車両は車検証の登録形式番号が通常のC280とは異なり、BピラーにAMGジャパンのプラークが付く。またカーボン調内装パネルの灰皿にAMGロゴと創始者アウフレヒト氏のサインが95年式までは別パーツのパネルで嵌め込み、96年式はプリントされている。輸入台数は非常に少ない。

1994年、新たに2.0Lエンジンを積む「C200」「C200 エレガンス」が登場。「C200 エレガンス」は「C200」の装備を充実させたモデル。

1996年、ディーゼルエンジン搭載の「C250」が消失、「C220」が排気量アップを受けて「C230」となった。また、Cクラス初のステーションワゴン「C230 ステーションワゴン」を追加。全車に5速ATを採用。

1997年、マイナーチェンジ。従来の直6エンジンはすべてV6またはV8エンジンに置き換わり、直4エンジンは2.0Lのみになった。その中で「C230」「C230 ステーションワゴン」「C280 スポーツライン」「C36 AMG」はラインナップから消え、「C240」「C240 ステーションワゴン」「C43 AMG」が新たに設定された。

1998年、「C55 AMG」「C200 ステーションワゴン」「C43 AMG ステーションワゴン」を追加。

1999年、全車にマニュアルモード(ティップシフト)付き5速ATが搭載され、ESPが標準装備となった。 グレード一覧

* C55 AMG(1998年-2000年)
5.4L V型8気筒SOHCエンジン(347ps/52.0kg・m)、5速AT、駆動方式はFR。

* C43 AMG/C43 AMG ステーションワゴン(1997年-2000年)
4.3L V型8気筒SOHCエンジン(306ps/41.8kg・m)、5速AT、駆動方式はFR。

* C36 AMG(1993年-1997年)
3.6L 直列6気筒DOHCエンジン(280ps/39.2kg・m)、4速AT、駆動方式はFR。

* C280 AMG(1993年-1996年)
2.8L 直列6気筒DOHCエンジン(200ps/28.2kg・m)、4速AT、駆動方式はFR。

* C280/C280 スポーツライン(1993年-1997年)
2.8L 直列6気筒DOHCエンジン(200ps/28.2kg・m)、4速AT、駆動方式はFR。

* C280(1997年-2000年)
2.8L V型6気筒SOHCエンジン(193ps/27.5kg・m)、5速AT、駆動方式はFR。

* C250(1993年-1996年)
2.5L 直列5気筒DOHCディーゼルエンジン(115ps/17.3kg・m)、4速AT、駆動方式はFR。

* C240/C240 ステーションワゴン(1997年-2000年)
2.4L V型6気筒SOHCエンジン(170ps/22.9kg・m)、5速AT、駆動方式はFR。

* C230/C230 ステーションワゴン(1996年-1997年)
2.3L 直列4気筒DOHCエンジン(150ps/22.4kg・m)、5速AT、駆動方式はFR。

* C220(1993年-1996年)
2.2L 直列4気筒DOHCエンジン(150ps/21.4kg・m)、4速AT、駆動方式はFR。

* C200/C200 エレガンス(1994年-2000年)
2.0L 直列4気筒DOHCエンジン(136ps/19.2kg・m)、4速AT、駆動方式はFR。

* C200 ステーションワゴン(1998年-2000年)
2.0L 直列4気筒DOHCエンジン(136ps/19.2kg・m)、5速AT、駆動方式はFR。

[ 2009/12/10 15:57 ] MERCEDES BENZ | TB(0) | CM(0)

Mercedes Benz C-Class Monk Commercial 1'05"

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Cクラス(Mercedes-Benz C-Class)は、ダイムラーが生産し、同社がメルセデス・ベンツブランドで販売しているセダン、ステーションワゴンおよびクーペ型の中型高級乗用車である。

同じプラットフォームからの派生モデルとして、クーペタイプのボディを持つCLKクラスが存在したが、現行Eクラス(W212)登場と共に、Eクラスクーペとなった。

Cクラスはその起源を190Eに辿ることができる。もともとはEクラスよりも購入に対する敷居を下げた量販モデルとして計画・販売されたものであった。

主力であるセダンのほかに、ワゴンと3ドアハッチバックと合計3つのボディタイプを持つ。ボディサイズは、BクラスとEクラスとの中間であり、サイズ的にはDセグメントに属する。またAクラス、Bクラスとともにエントリーモデル群を形成している。セダンやワゴンのサイズは、メルセデス・ベンツのモデル中で最小のものである。AクラスやBクラスが発売されていない北米市場においては、最も安価なメルセデス・ベンツでもある。

メルセデス・ベンツのモデル別販売台数では、1位のEクラス、2位のSクラスに次ぐ3位となっている。

世界の3工場で製造され、大部分の右ハンドル車や4気筒エンジンモデルは南アフリカ・イースト・ロンドンのダイムラー・クライスラー南アフリカ(DCSA)工場で、それ以外はドイツのシンデルフィンゲンとブレーメンにある工場で製造されている。

なお、車両を丸ごとチューニングする改造メーカーとして、ブラバス、ロリンザー、カールソンがある。車両を部分的に改造する場合もあるが、国内販売されている新車に改造を加えた場合、「メルセデス・ケア」と呼ばれる3年間の故障無料保証の権利が消失する。

Cクラスの本国(EU)仕様はどの世代のモデルでもマニュアルトランスミッション仕様車が存在するが、正規輸入されたモデルは 190E2.5-16エボリューションII(3台が国内へ正規輸入された)以外無い。

2 代目(2000-2007年)W203/S203/CL203
2000年にフルモデルチェンジし、2代目に移行。W203はセダン、S203はステーションワゴン、CL203はスポーツクーペのコードネームである。

日本では同年9月より「C180/C180 ステーションワゴン」「C200 コンプレッサー/C200 コンプレッサー ステーションワゴン」「C240/C240 ステーションワゴン」「C320/C320 ステーションワゴン」「C32 AMG/C32 AMG ステーションワゴン」「C200 コンプレッサー スポーツクーペ」の販売が開始された。

先代とは異なり、全てのグレードにステーションワゴンが用意された。また、BMW・3シリーズコンパクトに対抗するモデルとして、3ドアハッチバックの「スポーツクーペ」もラインナップに加わったが販売は振るわず、北米市場では2005年を持って絶版となった。

メルセデス・ベンツのモデル名では、本来数字の下2桁が排気量を示していたが、その法則が途絶えたのはW203型Cクラスからである。例えば、 C180の排気量は1.8Lではなく2.0Lであり、C240の排気量は2.4Lではなく2.6Lである。 「C240/C240 ステーションワゴン」「C320/C320 ステーションワゴン」「C200 コンプレッサー スポーツクーペ」には通常モデルをベースにAMGがデザインしたアルミホイールやエアロパーツ、スポーツサスペンションを装着した「スポーツライン」が設定されていた。

当時ダイムラー・クライスラーが発足してからのフルモデルチェンジ車という事もあって、AT車にはマニュアルモードが採用されたが、マニュアルモードのシフトパターンはクライスラーが採用していた「オートスティック」と同じ形状であった(V6車は2005年に7ATが採用されるまで続いた)。

2002年、「C180/C180 ステーションワゴン」「C200 コンプレッサー/C200 コンプレッサー ステーションワゴン」の直列4気筒エンジンが変更を受け、「C180/C180 ステーションワゴン」は「C180 コンプレッサー/C180 コンプレッサー ステーションワゴン」に名称が変更された。

同時にフルタイム4WD(4MATIC)搭載の「C240 4MATIC/C240 4MATIC ステーションワゴン」が追加された。

2003年にスポーツクーペもエンジン変更を受け、「C180 コンプレッサー スポーツクーペ」「C200 コンプレッサー スポーツクーペ エボリューション」の2本立てに。「エボリューション」には専用のアルミホイール、ワイドタイヤが装備された。

2005年、旧型V6エンジンモデル「C240/C240 ステーションワゴン」「C240 4MATIC/C240 4MATIC ステーションワゴン」「C320/C320 ステーションワゴン」を廃し、新世代V6エンジン(272系)を搭載する「C230 アバンギャルド/C230 アバンギャルド ステーションワゴン」「C280 アバンギャルド/C280 アバンギャルド ステーションワゴン」「C280 4MATIC アバンギャルド/C280 4MATIC アバンギャルド ステーションワゴン」を追加された。

この3モデルはいずれも7速AT(7G-TRONIC)を採用し、内装が質感を増したアバンギャルド仕様になっている。

同時に、「C32 AMG/C32 AMG ステーションワゴン」に代わり、5.4L V8エンジンを搭載する「C55 AMG/C55 AMG ステーションワゴン」がラインナップに加わる。

* 日本での価格は400-900万円である。ドイツ本国やヨーロッパ市場では、「C350」(V6、272馬力)などの高額モデル、「C180」(直4、129馬力)などの廉価モデルが存在するが、日本市場では他のモデルとの差別化、ブランド戦略により、ある程度の価格帯のものしか正規輸入されていない。

* ハンドル位置は「C230 アバンギャルド」「C55AMG セダン」(ワゴンは右ハンドルのみの設定)のみ、右・左ハンドルを選ぶことができる。4MATIC(4WD)モデルは、構造上、左ハンドルのみ(日本以外の左側通行国では販売されていない)、その他は右ハンドルのみの設定である。

* 2005年以降、V6エンジンを搭載したモデルには、黒系の木目の内装と本革シートが装備される「アバンギャルド」が標準で設定されている。

* 「C230 アバンギャルド」と「C280 アバンギャルド」には専用デザインのアルミホイール、ワイドタイヤ、本革シートを装備する「スポーツパッケージ」がある。

また、この車はメルセデス・ベンツ史上最も売れた車とも言われている。

グレード一覧
* C55 AMG/C55 AMG ステーションワゴン(2004年6月-2007年6月 / 2004年6月-2007年10月)
5.4L V型8気筒SOHCエンジン(367ps/52.0kg・m)、5速AT、駆動方式はFR。

* C32 AMG /C32 AMG ステーションワゴン(2001年8月-2004年6月)
スーパーチャージャー付き 3.2L V型6気筒SOHCエンジン(353ps/45.9kg・m)、5速AT、駆動方式はFR。

* C320 /C320 ステーションワゴン(2001年7月-2004年6月)
3.2L V型6気筒SOHCエンジン(218ps/31.6kg・m)、5速AT、駆動方式はFR。

* C280 アバンギャルド/C280 アバンギャルド ステーションワゴン(2005年8月-2007年6月 / 2005年8月-2008年4月)
3.0L V型6気筒DOHCエンジン(231ps/30.6kg・m)、7速AT、駆動方式はFR。

* C280 4MATIC アバンギャルド/C280 4MATIC アバンギャルド ステーションワゴン(2005年8月 -2007年6月 / 2005年8月-2008年4月)
3.0L V型6気筒DOHCエンジン(231ps/30.6kg・m)、7速AT、駆動方式は4WD。

* C240 4MATIC/C240 4MATICステーションワゴン(2004年6月-2005年8月)
2.6L V型6気筒SOHCエンジン(170ps/24.5kg・m)、5速AT、駆動方式は4WD。

* C240 /C240 ステーションワゴン(2000年9月-2005年8月 / 2001年6月-2005年8月)
2.6L V型6気筒SOHCエンジン(170ps/24.5kg・m)、5速AT、駆動方式はFR。

* C230 アバンギャルド/C230 アバンギャルド ステーションワゴン(2005年8月-2007年6月 / 2005年8月-2008年4月)
2.5L V型6気筒DOHCエンジン(204ps/25.5kg・m)、7速AT、駆動方式はFR。

* C230 コンプレッサー アバンギャルド/C230 コンプレッサー アバンギャルド ステーションワゴン(2004年6月 -2005年8月)
スーパーチャージャー付き 1.8L 直列4気筒DOHCエンジン(191ps/26.5kg・m)、5速AT、駆動方式はFR。

* C200 コンプレッサー/C200 コンプレッサー ステーションワゴン(2002年10月-2007年6月 / 2002年10月-2008年7月)
スーパーチャージャー付き 1.8L 直列4気筒DOHCエンジン(163ps/24.5kg・m)、5速AT、駆動方式はFR。

* C200 コンプレッサー/C200 コンプレッサー ステーションワゴン(2000年9月-2002年10月 / 2001年6月-2002年10月)
スーパーチャージャー付き 2.0L 直列4気筒DOHCエンジン(163ps/23.5kg・m)、5速AT、駆動方式はFR。

* C200 コンプレッサー スポーツクーペ エボリューション(2003年9月-)
スーパーチャージャー付き 1.8L 直列4気筒DOHCエンジン(163ps/24.5kg・m)、5速AT、駆動方式はFR。

* C200 コンプレッサー スポーツクーペ / C200 コンプレッサー スポーツライン スペック(2003年5月-2003 年9月)
スーパーチャージャー付き 1.8L 直列4気筒DOHCエンジン(163ps/24.5kg・m)、5速AT、駆動方式はFR。

* C200 コンプレッサー スポーツクーペ / C200 コンプレッサー スポーツライン スペック(2001年6月-2003 年5月)
スーパーチャージャー付き 2.0L 直列4気筒DOHCエンジン(163ps/23.5kg・m)、5速AT、駆動方式はFR。

* C180 コンプレッサー アバンギャルド/C180 コンプレッサー アバンギャルド ステーションワゴン(2006年3月 -2007年6月 / 2006年3月-2008年4月)
スーパーチャージャー付き 1.8L 直列4気筒DOHCエンジン(143ps/22.4kg・m)、5速AT、駆動方式はFR。

* C180 コンプレッサー /C180 コンプレッサー ステーションワゴン(2002年10月-2006年3月)
スーパーチャージャー付き 1.8L 直列4気筒DOHCエンジン(143ps/22.4kg・m)、5速AT、駆動方式はFR。

* C180 /C180 ステーションワゴン(2001年1月-2002年10月 / 2001年6月-2002年8月)
2.0L 直列4気筒DOHCエンジン(129ps/19.4kg・m)、5速AT、駆動方式はFR。

* C180 コンプレッサー スポーツクーペ(2003年9月-)
スーパーチャージャー付き 1.8L 直列4気筒DOHCエンジン(143ps/22.4kg・m)、5速AT、駆動方式はFR。

[ 2009/12/11 16:19 ] MERCEDES BENZ | TB(0) | CM(0)

Mercedes Benz - GL 1'01"

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メルセデス・ベンツ GLクラス(ジーエルクラス)は、ドイツの自動車メーカーダイムラーが生産し、同社がメルセデス・ベンツブランドで販売しているクロスオーバーSUVである。

名称が示すように、本来はメルセデスベンツの最上級SUVとして、それまでのGクラス(ロングモデル)と置き換えることが企図されていたと言われる。実際には、本モデル発売後においても、多くの国ではGクラスの販売が継続されている。

製造は、同じくメルセデスベンツのSUVであるMクラスと同様、米国アラバマ州・タスカルーサ工場である。

X164(2006 年- )
2006年1月、デトロイトショーで発表。

日本では5.5L V8ガソリンエンジン搭載の 「GL550」のみが導入されているが、欧州では4.6L V8ガソリンエンジン搭載の 「GL450」、3.0L V6ディーゼルエンジン搭載の「GL320 CDI」、4.0L V8ディーゼルエンジン搭載の「GL420 CDI」も設定されている。

製造国であるアメリカでの価格は5万4,900ドル(V8モデル)から、日本での価格は1,313万円からである。日本では、現状で左ハンドル仕様のみのラインアップだが、その他の左側通行諸国向けには右ハンドル車が販売されている。

2010年3月3日にマイナーチェンジを行った。フロントマスクを一新すると共に、LEDドライビングライトを装備。内装でも本革巻ウッドステアリングの素材をナッパレザーに変更。ダッシュボードやドアトリムにアンビエントライト(間接照明)を採用。安全面ではSRSニーバッグやヘッドライトの照射角をコントロールするインテリジェントライトシステムを追加。これらにより、日本での価格が 1369万円(GL550 4MATIC)となる。

グレード一覧
* GL550 4MATIC(2006年10月- )
全長5100mm×全幅1955mm×全高1840mm、ホイールベース3075mm。
273型 V型8気筒DOHC 5461cc(387ps/54.0kgm)、7速AT、フルタイム4WD。

日本未導入グレード
* GL450
* GL420 CDI
* GL320 CDI

[ 2009/12/12 16:42 ] MERCEDES BENZ | TB(0) | CM(0)

Mercedes-Benz Type W111 Heckflosse Fintail 2'38"

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メルセデス・ベンツSクラス(エスクラス)は、ドイツの自動車メーカーダイムラーがメルセデス・ベンツブランドで展開しているセダン型の大型高級乗用車であり、同ブランドのフラグシップモデルである。

下位にEクラスが存在し、ダイムラーの販売する車種では上位にマイバッハ 57/62が存在する。Sクラスをベースとした派生モデルとしてフラグシップクーペのCLクラスがある。なお、Sクラスと同じプラットフォームを利用したオープンタイプのモデルは発売されていない。

もともと、メルセデス・ベンツブランドの最高峰に位置していたため、従来はショーファードリブンカー(運転手による運転)を強く意識したパッケージングであったが、2002年により高額なマイバッハが登場したことにより、Sクラスはオーナードリブンカーとしての色彩を強くすることとなった。

2006年、日本においては8,078台が新規登録された。これは、メルセデス・ベンツのモデルの中ではEクラス(9,639台)に次ぐ第2位である。以下、Cクラス(8,042台)、Bクラス(7,189台)が続く。(統計情報、日本自動車輸入組合)

Fintail W111/W112(1959年-1971年)
W111は1959年にデビュー。米国製キャデラックなどに影響を受けたとされる、後部のテールフィンから“Fintail(フィンテール)”と呼ばれた。エンジンは2.2L直6で、ボディは先代と同じ4ドアセダン、2ドアクーペ、2ドアコンバーチブルだった。

1961 年に、エアーサスペンションと3L直6のエンジンを搭載したW112が追加される。1965年、後継のW108が発売されることに伴い、W112のセダンの生産終了。次いで1968年、 W111のセダンも生産終了するが、クーペ、コンバーチブルは改良を受け、1971年まで継続生産された。

なお、同じプラットホームを持つW110があるが、こちらはEクラスの系統とする説が有力になっている。

[ 2009/12/21 16:09 ] MERCEDES BENZ | TB(0) | CM(0)

Retarded Mercedes SLS Commercial 2'38"

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メルセデス・ベンツ SLS AMGは、ドイツの自動車メーカー、メルセデス・ベンツのAMG部門により開発されたスーパーカーである。

2009年9月に開催されたフランクフルトモーターショーで発表され、2009年11月16日にドイツ国内で、翌2010年3月27日に欧州各国で販売が開始。日本国内へは同年6月10日に正式導入が発表された。それまでメルセデス・ベンツの各モデルのチューニングを手掛けていたAMGが初めて完全独自開発したモデルである。SLRマクラーレンの事実上の後継車ではあるが、カーボンモノコックボディの採用を見送るなどして、価格は大幅に抑えられている。

デザインは1954年に発表されたメルセデス・ベンツのクーペ、300SLをモチーフとしており、300SLと同様にガルウイングドアが採用されている。

また、2010年よりF1のセーフティーカーに用いられている。

AMGの63系モデルに搭載されるM156型エンジンをベースとし、ドライサンプ化など約120箇所に専用のチューニングがなされた乾燥重量205kgのV型8気筒 6.2L M159型エンジンがフロントミッドシップに搭載される。トランスミッションには新開発のゲトラグ製7速DCT「AMGスピードシフトDCT-7」が組み合わせられ、トランスアクスル レイアウトがとられる。

ボディにはマグナ・シュタイアー製、総重量241kgのオールアルミのスペースフレームが採用され、前後重量配分は47:53としている。

なお、0-100km/h加速は3.8秒を、最高速は317km/hを記録している。

[ 2010/01/07 15:02 ] MERCEDES BENZ | TB(0) | CM(0)

Mercedes-Benz SL 65 AMG Black Series 5'14"

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SL65 AMG (受注生産)
ツインターボチャージャー付き 6.0L V型12気筒SOHCエンジン(M275 AMG)(612ps/102.0kg·m)搭載

メルセデス・ベンツ傘下の自動車チューナーであるAMGについて記述しています。

AMG(エイ・エム・ジー、Mercedes-AMG)は、メルセデス・ベンツのチューニング部門であり、メルセデス・ベンツの上級高性能モデルやスポーティーなパーツに冠されるブランドでもある。近年は大排気量のマッスルカー的なモデルが多くなっている。本社工場はドイツのアファルターパッハ(Affalterbach )にある。

1967年、レース用自動車エンジンの設計・試行会社として創業。創立者のハンス・ヴェルナー・アウフレヒト、エンジニアのエバハルト・メルヒャー、アウフレヒトの故郷であるグロース・アスパッハの頭文字からAMGとした。

その後ブラバスやロリンザーなどと同様に、アフターマーケットにおいて主にメルセデス・ベンツの乗用車のチューニングを手掛けるようになった。1980年代半ばからは公式にメルセデス・ベンツへのパーツ供給が始まり、1993年には初の共同開発車C36を発売、1999年には買収されてメルセデス・ベンツの一部門となった。現在はBMWのMモデルやアウディのS (RS) シリーズ同様、高性能エンジンを搭載したモデルを担当している他、スポーティーな付加価値の付いたパーツに冠される「ブランド内のブランド」ともなっている。

AMG仕様の開発は、メルセデス側が新車開発する初期の段階でAMG側に車両情報を送るところからスタートする。そのためメルセデスの新車公開とほぼ同時にAMG仕様を公開することができる。AMG仕様車はメルセデスの傘下に入る以前は威圧感があるスタイリングだったが、傘下に入ってからは落ち着いたスタイリングになっている。

最近ではAMGモデル以外にも通常モデルのオプションとして、AMGのアルミホイールやエアロパーツが販売されている。日本のメルセデス・ベンツには「AMGスポーツパッケージ」と呼ばれるオプション装備があり、AMGモデルを購入しなくともスポーティーなエクステリアに仕上げることができるようになっている。

ゆえに外観をAMG仕様にした後にノーマルのエンブレムをAMGのエンブレムに付け替える衒示行為(E350→E55等)がまま見られる。これはエンブレム・チューンと呼ばれている。この場合、リアガラス左下に張られるAMG車である事を示す銀色のステッカー(悪用防止のため、再使用不可のステッカーとなっている)が貼られていないので、注意深く観察すれば外観から判別できる。同様に、エクステリアはノーマルのままAMGのエンブレムのみ付け足す例も見られ、この場合はメルセデスオーナーはもとより、ある程度車に詳しい人が見ればノーマルのメルセデスであることは一目瞭然であるのは言うまでもない。しかし、奥様向けの雑誌であるVERYなどのコラムでこれらの行為が紹介されており、かなりの台数のエンブレムチューン済メルセデスが存在する。

1980年代後半には三菱自動車のギャランやデボネアのチューニング(ギャランAMG、デボネアAMG)を担当した事がある。

独立企業時代からモータースポーツに関わっており、現在はドイツツーリングカー選手権(DTM)での活躍がみられる。1996年からは、F1のセーフティーカーおよびメディカルカーを担当している。

当時AMGの輸入元だったAMGジャパン(ヤナセの子会社)が取り扱っていた頃は、モデル名の前にAMGの名前が入っていた(例C63 AMG→AMG C63)が、2000年10月にダイムラー・クライスラー日本(当時)に輸入権を譲渡されるまで続いた。

外観上、通常のメルセデス・ベンツとの違いは、各モデル専用のアルミホイールやエアロパーツが装着され、リアエンド右上にAMGのエンブレムが付くほか、リアエンド左上には数字2桁のエンブレムが付く(C55、S65等)。モデル名に関しては、 1990年代前半まではベース車両のグレードの後ろに、実排気量やAMGに於けるグレードを併記するという方法が取られていた(例;400E S3、300E 3.2 SR、S500C-6.0等)が、1993年にメルセデス・ベンツ本社との共同開発車、C36が発売されて以降は、前述の数字2桁の表記方法に順次移行し、具体的なベースグレードの概念は現在は無くなっている。ただし、W202のC280 AMGやR170のSLK230 AMGは例外的に3桁の表示を採用しているが、これは、これらのモデルのエンジンに、AMGの手が加えられていないことによるものである。

また、強化ブレーキシステムや専用のスポーツサスペンション、チューンされたエンジン、マフラーが搭載され、スポーティーなドライブが可能である。

加えて、一部の日本販売モデルにはAMGモデルをさらにチューンした「パフォーマンスパッケージ」が用意されている。

内装やシートにも通常モデルと比べて高級な素材を使用することが多く、質感も向上している。AMGのロゴが入ったスピードメーターは300km/h以上刻まれているが、実際には一般の欧州車同様250km/hでスピードリミッターがかかる。ドイツ本国では有償オプション扱いでリミッターを外すことも可能だが、その場合は使用するタイヤを始めとして、コンディションを厳格に維持することが求められる。

外観上、通常のメルセデス・ベンツとの違いは、各モデル専用のアルミホイールやエアロパーツが装着され、リアエンド右上にAMGのエンブレムが付くほか、リアエンド左上には数字2桁のエンブレムが付く(C55、S65等)。モデル名に関しては、 1990年代前半まではベース車両のグレードの後ろに、実排気量やAMGに於けるグレードを併記するという方法が取られていた(例;400E S3、300E 3.2 SR、S500C-6.0等)が、1993年にメルセデス・ベンツ本社との共同開発車、C36が発売されて以降は、前述の数字2桁の表記方法に順次移行し、具体的なベースグレードの概念は現在は無くなっている。ただし、W202のC280 AMGやR170のSLK230 AMGは例外的に3桁の表示を採用しているが、これは、これらのモデルのエンジンに、AMGの手が加えられていないことによるものである。

また、強化ブレーキシステムや専用のスポーツサスペンション、チューンされたエンジン、マフラーが搭載され、スポーティーなドライブが可能である。

加えて、一部の日本販売モデルにはAMGモデルをさらにチューンした「パフォーマンスパッケージ」が用意されている。

内装やシートにも通常モデルと比べて高級な素材を使用することが多く、質感も向上している。AMGのロゴが入ったスピードメーターは300km/h以上刻まれているが、実際には一般の欧州車同様250km/hでスピードリミッターがかかる。ドイツ本国では有償オプション扱いでリミッターを外すことも可能だが、その場合は使用するタイヤを始めとして、コンディションを厳格に維持することが求められる。

[ 2010/01/08 15:43 ] MERCEDES BENZ | TB(0) | CM(0)

Mercedes Benz C63 AMG Commercial 0'31"

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CL63 AMG
6.2L V型8気筒DOHCエンジン(M156)(525ps/64.2kg·m)搭載

メルセデス・ベンツ傘下の自動車チューナーであるAMGについて記述しています。

AMG(エイ・エム・ジー、Mercedes-AMG)は、メルセデス・ベンツのチューニング部門であり、メルセデス・ベンツの上級高性能モデルやスポーティーなパーツに冠されるブランドでもある。近年は大排気量のマッスルカー的なモデルが多くなっている。本社工場はドイツのアファルターパッハ(Affalterbach )にある。

1967年、レース用自動車エンジンの設計・試行会社として創業。創立者のハンス・ヴェルナー・アウフレヒト、エンジニアのエバハルト・メルヒャー、アウフレヒトの故郷であるグロース・アスパッハの頭文字からAMGとした。

その後ブラバスやロリンザーなどと同様に、アフターマーケットにおいて主にメルセデス・ベンツの乗用車のチューニングを手掛けるようになった。1980年代半ばからは公式にメルセデス・ベンツへのパーツ供給が始まり、1993年には初の共同開発車C36を発売、1999年には買収されてメルセデス・ベンツの一部門となった。現在はBMWのMモデルやアウディのS (RS) シリーズ同様、高性能エンジンを搭載したモデルを担当している他、スポーティーな付加価値の付いたパーツに冠される「ブランド内のブランド」ともなっている。

AMG仕様の開発は、メルセデス側が新車開発する初期の段階でAMG側に車両情報を送るところからスタートする。そのためメルセデスの新車公開とほぼ同時にAMG仕様を公開することができる。AMG仕様車はメルセデスの傘下に入る以前は威圧感があるスタイリングだったが、傘下に入ってからは落ち着いたスタイリングになっている。

最近ではAMGモデル以外にも通常モデルのオプションとして、AMGのアルミホイールやエアロパーツが販売されている。日本のメルセデス・ベンツには「AMGスポーツパッケージ」と呼ばれるオプション装備があり、AMGモデルを購入しなくともスポーティーなエクステリアに仕上げることができるようになっている。

ゆえに外観をAMG仕様にした後にノーマルのエンブレムをAMGのエンブレムに付け替える衒示行為(E350→E55等)がまま見られる。これはエンブレム・チューンと呼ばれている。この場合、リアガラス左下に張られるAMG車である事を示す銀色のステッカー(悪用防止のため、再使用不可のステッカーとなっている)が貼られていないので、注意深く観察すれば外観から判別できる。同様に、エクステリアはノーマルのままAMGのエンブレムのみ付け足す例も見られ、この場合はメルセデスオーナーはもとより、ある程度車に詳しい人が見ればノーマルのメルセデスであることは一目瞭然であるのは言うまでもない。しかし、奥様向けの雑誌であるVERYなどのコラムでこれらの行為が紹介されており、かなりの台数のエンブレムチューン済メルセデスが存在する。

1980年代後半には三菱自動車のギャランやデボネアのチューニング(ギャランAMG、デボネアAMG)を担当した事がある。

独立企業時代からモータースポーツに関わっており、現在はドイツツーリングカー選手権(DTM)での活躍がみられる。1996年からは、F1のセーフティーカーおよびメディカルカーを担当している。

当時AMGの輸入元だったAMGジャパン(ヤナセの子会社)が取り扱っていた頃は、モデル名の前にAMGの名前が入っていた(例C63 AMG→AMG C63)が、2000年10月にダイムラー・クライスラー日本(当時)に輸入権を譲渡されるまで続いた。

外観上、通常のメルセデス・ベンツとの違いは、各モデル専用のアルミホイールやエアロパーツが装着され、リアエンド右上にAMGのエンブレムが付くほか、リアエンド左上には数字2桁のエンブレムが付く(C55、S65等)。モデル名に関しては、 1990年代前半まではベース車両のグレードの後ろに、実排気量やAMGに於けるグレードを併記するという方法が取られていた(例;400E S3、300E 3.2 SR、S500C-6.0等)が、1993年にメルセデス・ベンツ本社との共同開発車、C36が発売されて以降は、前述の数字2桁の表記方法に順次移行し、具体的なベースグレードの概念は現在は無くなっている。ただし、W202のC280 AMGやR170のSLK230 AMGは例外的に3桁の表示を採用しているが、これは、これらのモデルのエンジンに、AMGの手が加えられていないことによるものである。

また、強化ブレーキシステムや専用のスポーツサスペンション、チューンされたエンジン、マフラーが搭載され、スポーティーなドライブが可能である。

加えて、一部の日本販売モデルにはAMGモデルをさらにチューンした「パフォーマンスパッケージ」が用意されている。

内装やシートにも通常モデルと比べて高級な素材を使用することが多く、質感も向上している。AMGのロゴが入ったスピードメーターは300km/h以上刻まれているが、実際には一般の欧州車同様250km/hでスピードリミッターがかかる。ドイツ本国では有償オプション扱いでリミッターを外すことも可能だが、その場合は使用するタイヤを始めとして、コンディションを厳格に維持することが求められる。

外観上、通常のメルセデス・ベンツとの違いは、各モデル専用のアルミホイールやエアロパーツが装着され、リアエンド右上にAMGのエンブレムが付くほか、リアエンド左上には数字2桁のエンブレムが付く(C55、S65等)。モデル名に関しては、 1990年代前半まではベース車両のグレードの後ろに、実排気量やAMGに於けるグレードを併記するという方法が取られていた(例;400E S3、300E 3.2 SR、S500C-6.0等)が、1993年にメルセデス・ベンツ本社との共同開発車、C36が発売されて以降は、前述の数字2桁の表記方法に順次移行し、具体的なベースグレードの概念は現在は無くなっている。ただし、W202のC280 AMGやR170のSLK230 AMGは例外的に3桁の表示を採用しているが、これは、これらのモデルのエンジンに、AMGの手が加えられていないことによるものである。

また、強化ブレーキシステムや専用のスポーツサスペンション、チューンされたエンジン、マフラーが搭載され、スポーティーなドライブが可能である。

加えて、一部の日本販売モデルにはAMGモデルをさらにチューンした「パフォーマンスパッケージ」が用意されている。

内装やシートにも通常モデルと比べて高級な素材を使用することが多く、質感も向上している。AMGのロゴが入ったスピードメーターは300km/h以上刻まれているが、実際には一般の欧州車同様250km/hでスピードリミッターがかかる。ドイツ本国では有償オプション扱いでリミッターを外すことも可能だが、その場合は使用するタイヤを始めとして、コンディションを厳格に維持することが求められる。

[ 2010/01/09 16:01 ] MERCEDES BENZ | TB(0) | CM(0)

Mercedes-Benz E-Class Coupe 2010 Commercial 0'33"

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メルセデス・ベンツ Eクラスは、ドイツの自動車メーカーダイムラーがメルセデス・ベンツブランドで展開しているセダンおよびステーションワゴン型の大型乗用車である。

Eクラスはその起源に1946年のW136型にまで辿ることができる。ミディアムクラスのモデル名には排気量を表す数字の後に「E」が付けられ、その「E」は、Einspritzung(ドイツ語で燃料噴射の意)に由来する。これは1950年代に最初に現れた燃料噴射技術が新しい時代の象徴だったことを示している。1993年、ミディアムクラスからEクラスへと名称変更されたが、コンセプトや位置づけは不変であった。

サイズはCクラスとSクラスの間に位置し、派生車種としてCLSクラスが存在する。なお、Eクラスと同じプラットフォームを利用したオープンタイプの車種は現在は発売されていない。

コンポーネントとしてはまったく異なるが、車格、積載性能(人を乗せるか荷物を載せるかの違いはある)は、SUVであるMクラスや低重心ミニバンであるRクラスとほぼ同じであり、日本国内における価格はEクラスが100万円程度高い。

日本におけるメルセデス・ベンツの最量販車種であり、2006年には9,639台が販売された。以下、Sクラス8,078台、Cクラス8,042台、Bクラス7,189台という販売状況であった。(統計情報、日本自動車輸入組合)また、本国ドイツではタクシーの主力車種でもある。

アメリカ自動車保険業界の非営利団体である米国道路安全保険協会 (IIHS) が、2000年から2003年に起きた事故を調査した結果ではもっとも死亡率が低い車種であることが発表された。

一方で、同団体が行った最新の衝突安全性調査(2003年 - 2005年モデルが対象)では、大型乗用車のカテゴリーで、「怪我」については「平均に優る (better than average)」ものの、「衝突」については「平均より大きく劣る (substantially worse than average)」という評価であった。

「先進的な技術」として3代目となるW211に導入されたSBC(電子制御ブレーキシステム・ボッシュ製)であるが、その後の度重なる不具合発生およびリコールにより、2006年度のマイナーチェンジにおいて廃止された。

このため、3代目W211は前期と後期でそれぞれブレーキ構造が異なる。また、前期の前半と後半ではエンジン(排気量、SOHC→DOHCなど)とトランスミッション(5速AT→7速AT)が異なるなど、車としての基本要素が頻繁に変更された。

2006年8月 - 2008年1月現在まで、日本で販売されている乗用車として唯一ディーゼルエンジンを搭載した車種を用意している。この車種では、ガソリン車と比べ、概ね70から80%程度の燃費向上が行われており、プレミアムガソリンと軽油の燃料費の違いもあって走行コストとしては半分程度となる。

日本ではディーゼルエンジン搭載モデルの販売が途絶えていたが、2006年8月、3LのV型6気筒ディーゼル・ターボエンジンを積む「E320 CDI アバンギャルド」の発売により復活した。

従来のディーゼルエンジンのイメージからは大きく環境負荷が低下しているものの、当初販売されていた「E320 CDI」は日本で2009年から施行が行なわれるポスト排ガス規制に適合しておらず規制開始までの暫定販売とされたが、2008年モデルから排気系の改善が行なわれ、この新排ガス規制に準拠した。一方、世界でもっとも厳しいといわれる米国カリフォルニア州をはじめ、全米50州のうち、メイン州、マサチューセッツ州、ニューヨーク州とバーモント州など5つの州の排ガス規制を満たしていなかったため、これらの地域では販売不能の状態となっている。2009年度からのモデルとしてBlueTec Dieselという名の補充式の尿素タンクを装備する尿素SCR還元システムを併用することにより、有害な窒素酸化物 (NOx) の排出量が改善できるとされている。日本でも2010年2月24日にセダンと同日フルモデルチェンジしたステーションワゴンに「E350 ブルーテック アバンギャルド/E350 ブルーテック ステーションワゴン アバンギャルド」として発売された。また、日本における輸入AT車初のクリーンディーゼルエコカー免税車(自動車重量税と自動車取得税が100%免税)となった。

「4MATIC」と呼ばれる四輪駆動モデルが設定され、アメリカ北東部など降雪地域での需要に対応している。右ハンドル車には対応できない構造のため、イギリスなど左側通行の諸国(日本は除く)ではほとんど販売されていない。

メルセデス・ベンツを始め、BMW、アウディといったドイツのブランドでは、主力のEセグメントにいずれもステーションワゴン(それぞれ呼び名は異なる)が用意されている。エンジンや装備はなどほぼセダンと共通であるが、荷物積載時の姿勢変化を抑えるため、セダンにはないエアサスペンションによるセルフレベリング機構を後輪に採用している。またカーゴルームの蓋となるトノカバーは、ハッチバックの開閉とともに連動して開口部が開くようになっている。日本国内では現在5人乗りのみ発売されているが、ドイツ本国や欧米ではカーゴルームに2人用座席を格納・設置した7人乗車のものも存在する。日本国内の販売車種では、サンルーフが全車種標準装備となっている。

メルセデス・ベンツはEセグメントにおいて、Eクラスの前身となるミディアム・クラスの時代から2ドアクーペとカブリオレをラインアップしていた。価格は同排気量のEクラスセダンよりも数百万円高く設定され、販売時期によっては上級モデルとなるSLクラスの同排気量仕様を上回ることもあった。これらの2ドアモデルはスポーツ性よりもラグジュアリー性を重視しており、十分なスペースのリアシートとラゲッジルームを備え、大人4人乗車が可能な点を特徴としていた。BMW・6シリーズやキャデラック・エルドラドなどと競合していたが、Eクラスでは一度CLKクラスにバトンタッチされる形で2ドアクーペは廃止となり、2009年に復活したものの、その基本設計はCLK同様Cクラスベースとなっている。一方で4ドアクーペとして、CLSクラスが販売されており、かつてのEクラスクーペに相当する価格帯で展開されている。

4代目 W212/C207-(2009年- )S212 (2010年- )
W212は7年に渡り販売されたW211の後継モデルとして2009年に発売された。W210から採用され続けてきた楕円型4灯式ヘッドライトは斜め四角型のものへと変更された。2009年のデトロイトモーターショーで正式デビューした。国内では2009年6月にデリバリーが開始された。7月にCLKクラスの後継車種として「Eクラスクーペ」が投入。2010年2月24日にステーションワゴンが、同年4月20日にコンバーチブルモデルのカブリオレが順次導入された。

機構面では、W211から引き続き採用された機能に加えて、Sクラス (W221)から採用された「COMANDシステム」も新たに搭載された。安全面では「ニーバック」を含めた9つのエアバッグを筆頭に「NECK PRO(ネックプロ)アクティブヘッドレスト」・「アクティブボンネット」・「アダプティブハイビームアシスト」・「アテンションアシスト」が新たに採用された。メーカーオプションとして、Sクラスから採用された「ナイトビューアシスト」の改良型である「ナイトビューアシストプラス」や、メルセデス初搭載の「レーンキーピングアシスト」などがある。ナビゲーション関係では、地上デジタル放送チューナー(日本仕様のみ)を搭載し、DVDからHDDへと変更された。

日本仕様では、前述の「COMANDシステム」が全車に採用され、E250 CGIとE63 AMGセダン及びクーペを除く全車に「ダイレクトセレクト」も採用された。W211の後期モデルから登場した「アバンギャルトS」グレードは廃止され、E250 CGIとE300セダンのみ「エレガンス」グレード(カタログ上ではエレガンスとは表記されていない)の設定がある。現時点ではW212型ディーゼル車は投入されておらず、ステーションワゴンとともに211型が販売されている。6月に左ハンドル車が先行供給が開始され、右ハンドル車とクーペは7月に供給開始となった。なおクーペではセダンとはハンドル位置の設定が異なり、E350では左右の設定があるのに対して、E550では左のみの設定である。また「エレガンス」や「アバンギャルド」といったグレードの設定はない。

なお、クーペはセダンと異なり、Cクラス (W204) のプラットフォームをベースに開発されている。ホイールベースや燃料タンク容量もW204と同じである。カブリオレは室内に発生する乱流を大幅に低減し、オープン時における乗員の快適性を向上させる「エアキャップ」とシートのヘッドレストに設けた吹き出し口から温風が吹き出し、前席乗員の首元を暖める「エアスカーフ」をオプションに設定すると共に、遮音性・耐候性・断熱性に優れたアコーディオンソフトトップを採用した。

* 2009年
o 5月 セダンがフルモデルチェンジ。「E350 アバンギャルド」、「E550 アバンギャルド」(現時点ではいずれも左ハンドル仕様車のみ)を販売開始。
o 7月 セダンに上記の2モデルに加え「E300」、「E300 アバンギャルド」も含めた右ハンドル仕様車ならびに「E350クーペ」、「E550クーペ」の販売開始。
o 8月 セダンに「E63 AMG」の販売開始。
o 10月 セダン及びクーペに「E250 CGI ブルーエフィシェンシー」ならびに「E250 CGI ブルーエフィシェンシー アバンギャルド」(セダンのみ)の販売開始。また13日には「E 350 4MATIC アバンギャルド」も販売開始がなされた。

* 2010年
o 2月 ステーションワゴンがフルモデルチェンジ。右ハンドル仕様車4グレード(「E250 ブルーエフィシェンシー ステーションワゴン」・「E300 ステーションワゴン」・「E350 ブルーテック ステーションワゴン アバンギャルド」・「E350 ステーションワゴン アバンギャルド」)、左ハンドル仕様車3グレード(「E350 4MATIC ステーションワゴン アバンギャルド」・「E550 ステーションワゴン アバンギャルド」・「E63 AMG ステーションワゴン」)の7グレードを発売。なお、セダンにも「E350 ブルーテック アバンギャルド」を追加した。なお、「E250 ブルーエフィシェンシー ステーションワゴン」は環境対応車 普及促進税制に適合した。
o 4月 「E350 カブリオレ」を追加発売。カブリオレも「平成17年基準排出ガス75%低減レベル(☆☆☆☆)」と「平成22年度燃費基準」を同時に達成した。

2006年、model2007の発売PRの一環として、Eクラスによるパリ-北京間13,600 kmを走破するイベントがメルセデス・ベンツとして99年ぶりに開催された。33台のE320 CDI, E320 CDI 4MATICにより、約1か月間かけて行われ、シベリアの凍土から、砂漠、100 kmを超える直線など、多いときで1日700 km以上を走破した。サポートカーとしてGクラスやスプリンター(日本未導入)などが用いられ、ドライバーとして、パリ・ダカールラリーで1981年・1984年・1986年の3度総合優勝したルネ・メッジなども参加した。ほかにARALとミシュランによるサポートが行われた。

E-Class Video-Podcast - 米国メルセデス・ベンツ (MBUSA.com) にて、ビデオポッドキャストが無料公開されている。全4話からなり、英語版とドイツ語版がダウンロードできる。

[ 2010/01/10 16:24 ] MERCEDES BENZ | TB(0) | CM(0)

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メルセデス・ベンツ(Mercedes-Benz)は、ドイツの自動車会社、ダイムラー(2007年~)が所有する乗用車、バス、トラックのブランドである。

「メルセデス」は、命名された1899年当時、ダイムラー車のディーラーを経営していたオーストリア・ハンガリー帝国の領事、ユダヤ系ドイツ人エミール・イェリネック(Emil Jellinek )の娘の名前から採られた。「ダイムラー」という硬い響きを持つブランドネームを避け、当時流行していたスペイン風の響きを持つ名前をあえて選んだと言われており、スペイン語では『慈悲深い人』という意味である。

「メルセデス」ブランドは非常に有名になったこともあり、ダイムラー・モトーレンは1902年、「メルセデス」を商標登録した。なお、欧米では一般に「メルセデス」「メルセデス・ベンツ」と呼ばれるのに対して、日本ではメルセデス・ベンツ日本の広告(「メルセデス・ベンツ」と表記)やモータースポーツ記事の一部(チーム名に「メルセデス」が使われる関係上)を除き「ベンツ」と呼ばれることが多い。自動車評論家の徳大寺有恒や、作家・評論家の五木寛之の著書、一部の自動車雑誌においては、ドイツ語発音に沿った「メルツェデス」という表記が用いられることがある。

[ 2014/06/03 16:24 ] MERCEDES BENZ | TB(0) | CM(0)
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