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Volkswagen Golf GTI (1) 0'30"

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ゴルフ( Golf )はドイツの自動車メーカー、フォルクスワーゲンの主力モデルであるハッチバック型の自動車。2007年時点での現行モデルは5代目。車名の由来はスポーツのゴルフではなく、「メキシコ湾流の風(ドイツ語でゴルフシュトローム Der Golfstrom 、英語のガルフストリーム the Gulf Stream に当たる)」である。VWの車名は、風の名前から取ることが多い。(ジェッタ、ヴェント、ボーラ、シロッコetc) 北米では、「ラビット(うさぎ)」の名称で販売されている。

欧州では「Cセグメント」に分類される乗用車である。トヨタ・カローラに次いで世界中で最も販売されている乗用車であり、 2007年3月には累計の生産台数が2,500万台に達した。日本にもこれまで約60万台が輸入されている[1]。1974年に発売された初代モデルは680万台が生産された。販売はモデルチェンジの度に減少し、1997年発表の4代目モデルの生産台数は430万台であった。

ジョルジェット・ジウジアーロのデザインになる初代ゴルフは、横置きエンジンによるFF(前輪駆動)方式と、効率的なパッケージングによる、コンパクトな外寸と、余裕のある室内空間を持ち、世界中でヒットとなった。空冷、リアエンジンへの固執や、NSU・アウディ方式でのFFへのトライなど、紆余曲折を繰り返し、ビートルに続く大衆車の開発は難産を極めていた。しかし、これは、ジウジアーロにスタイリングのみならず、設計をも一任することで解決を見た。その理由は、イタリアやフランスの小型車では、FF+ハッチバックは既にポピュラーとなっており、さらにエンジン、トランスミッション、デフを並列に配置する、ジアコーサレイアウトも既にフィアットが手がけており、これらの前例をジウジアーロ自身が熟知していたことが大きい。

当初は現在のルポ位の大きさであったが、モデルチェンジをするたびにサイズが大きくなっていった。ゴルフIV(4代目)は全幅が日本で言うところの「3ナンバーサイズ」となって、もはや小型車とは呼べない大きさとなり、現在の5代目はさらに大きくなっている。これに伴い、従来ゴルフが担っていたコンパクトカーとしての役割は、弟分のポロが引き継いでいる。

「GTI」と呼ばれるホットモデルが初代から用意されている。初代は1.6リッター、2代目は、1.8リッターDOHCが搭載されたモデルである。

なお、初代ゴルフの派生車種にシロッコ(Scirocco)を挙げる場合があが、ともにジウジアーロによるデザインで、開発の時期も重なってはいるもの、発売はシロッコが先行している。これは、生産台数の差から、市場への影響が少ないシロッコで初期不良の洗い出しを済ませ、ゴルフIにフィードバックする為と言われている。現在では、ゴルフと同じプラットフォームを使うアウディ A3が先行して発売され、同じ役割を担っている。

歴代カブリオ(カブリオレ)の人気が高かったが、現在のゴルフ Vにはカブリオは無く、オープンモデルはイオスと、ゴルフIVベースのニュービートル がその任を担っている。

5代目(2003年-)
先代に引き続きプラットフォームはA3と共通。本モデルからはエンジンが直噴化され、先代と同じ排気量と比較しても出力向上がみられる。燃料消費の低減を図っている。トランスミッションはこのクラスでも、ターボディーゼルのトルクにも対応した、アイシンAW製6速ATを採用した。GT TSI以上のグレードにはトルコン式ATではなく、DSGを搭載している。MTは、日本ではGTIとR32のみ設定となっている。外観は、ティアドロップ形のヘッドランプ(涙目)と、それに呼応したリアコンビランプ、ラジエターグリルからフード上に伸びる深いVラインなどをスタイリングの特徴としている。太いCピラーは歴代モデルと同様である。

フォード・フォーカスの比較対象とされ、さんざんたたかれた操安性を向上させるなどの改良と、内装を中心としたコストの見直しが開発の主眼となった。ベーシックグレードのE、コンフォート志向のGLi、スポーツ志向のGT(GT TSI)、リアルスポーツのGTI、ラグジュアリーなGTX、スポーツプレミアムのR32(この仕様のみ4モーション)と多彩なバリエーションを持つ。特にGTIは先代、先々代と他グレードと見た目にほとんど差が見られなかったが、5代目GTIは明らかに差別化された外観を持ち、多くのバックオーダーを抱えながらも全販売台数の約三分の一を占める人気グレードとなっている。尚、GTIと同じエンジン、トランスミッション(DSG)を搭載するGTXはGTIベースではなく、GTベースであり、日本専用モデルである。「ゴルフワゴン」は「ゴルフヴァリアント」と名称を変更(ドイツ本国の名称に合わせられた)して、登場した。(ワールドプレミアはジュネーブモーターショー)

製造工場はドイツ・ヴォルフスブルク、及び南アフリカ共和国・ユイテンヘーグ(Uitenhage)であり、日本市場向けのモデルは後者において製造されている。

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[ 2007/07/29 22:07 ] VOLKSWAGEN | TB(0) | CM(0)

Volkswagen Golf Plus 0'48"

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ゴルフ( Golf )はドイツの自動車メーカー、フォルクスワーゲンの主力モデルであるハッチバック型の自動車。2007年時点での現行モデルは5代目。車名の由来はスポーツのゴルフではなく、「メキシコ湾流の風(ドイツ語でゴルフシュトローム Der Golfstrom 、英語のガルフストリーム the Gulf Stream に当たる)」である。VWの車名は、風の名前から取ることが多い。(ジェッタ、ヴェント、ボーラ、シロッコetc) 北米では、「ラビット(うさぎ)」の名称で販売されている。

欧州では「Cセグメント」に分類される乗用車である。トヨタ・カローラに次いで世界中で最も販売されている乗用車であり、 2007年3月には累計の生産台数が2,500万台に達した。日本にもこれまで約60万台が輸入されている[1]。1974年に発売された初代モデルは680万台が生産された。販売はモデルチェンジの度に減少し、1997年発表の4代目モデルの生産台数は430万台であった。

ジョルジェット・ジウジアーロのデザインになる初代ゴルフは、横置きエンジンによるFF(前輪駆動)方式と、効率的なパッケージングによる、コンパクトな外寸と、余裕のある室内空間を持ち、世界中でヒットとなった。空冷、リアエンジンへの固執や、NSU・アウディ方式でのFFへのトライなど、紆余曲折を繰り返し、ビートルに続く大衆車の開発は難産を極めていた。しかし、これは、ジウジアーロにスタイリングのみならず、設計をも一任することで解決を見た。その理由は、イタリアやフランスの小型車では、FF+ハッチバックは既にポピュラーとなっており、さらにエンジン、トランスミッション、デフを並列に配置する、ジアコーサレイアウトも既にフィアットが手がけており、これらの前例をジウジアーロ自身が熟知していたことが大きい。

当初は現在のルポ位の大きさであったが、モデルチェンジをするたびにサイズが大きくなっていった。ゴルフIV(4代目)は全幅が日本で言うところの「3ナンバーサイズ」となって、もはや小型車とは呼べない大きさとなり、現在の5代目はさらに大きくなっている。これに伴い、従来ゴルフが担っていたコンパクトカーとしての役割は、弟分のポロが引き継いでいる。

「GTI」と呼ばれるホットモデルが初代から用意されている。初代は1.6リッター、2代目は、1.8リッターDOHCが搭載されたモデルである。

なお、初代ゴルフの派生車種にシロッコ(Scirocco)を挙げる場合があが、ともにジウジアーロによるデザインで、開発の時期も重なってはいるもの、発売はシロッコが先行している。これは、生産台数の差から、市場への影響が少ないシロッコで初期不良の洗い出しを済ませ、ゴルフIにフィードバックする為と言われている。現在では、ゴルフと同じプラットフォームを使うアウディ A3が先行して発売され、同じ役割を担っている。

歴代カブリオ(カブリオレ)の人気が高かったが、現在のゴルフ Vにはカブリオは無く、オープンモデルはイオスと、ゴルフIVベースのニュービートル がその任を担っている。

5代目(2003年-)
先代に引き続きプラットフォームはA3と共通。本モデルからはエンジンが直噴化され、先代と同じ排気量と比較しても出力向上がみられる。燃料消費の低減を図っている。トランスミッションはこのクラスでも、ターボディーゼルのトルクにも対応した、アイシンAW製6速ATを採用した。GT TSI以上のグレードにはトルコン式ATではなく、DSGを搭載している。MTは、日本ではGTIとR32のみ設定となっている。外観は、ティアドロップ形のヘッドランプ(涙目)と、それに呼応したリアコンビランプ、ラジエターグリルからフード上に伸びる深いVラインなどをスタイリングの特徴としている。太いCピラーは歴代モデルと同様である。

フォード・フォーカスの比較対象とされ、さんざんたたかれた操安性を向上させるなどの改良と、内装を中心としたコストの見直しが開発の主眼となった。ベーシックグレードのE、コンフォート志向のGLi、スポーツ志向のGT(GT TSI)、リアルスポーツのGTI、ラグジュアリーなGTX、スポーツプレミアムのR32(この仕様のみ4モーション)と多彩なバリエーションを持つ。特にGTIは先代、先々代と他グレードと見た目にほとんど差が見られなかったが、5代目GTIは明らかに差別化された外観を持ち、多くのバックオーダーを抱えながらも全販売台数の約三分の一を占める人気グレードとなっている。尚、GTIと同じエンジン、トランスミッション(DSG)を搭載するGTXはGTIベースではなく、GTベースであり、日本専用モデルである。「ゴルフワゴン」は「ゴルフヴァリアント」と名称を変更(ドイツ本国の名称に合わせられた)して、登場した。(ワールドプレミアはジュネーブモーターショー)

製造工場はドイツ・ヴォルフスブルク、及び南アフリカ共和国・ユイテンヘーグ(Uitenhage)であり、日本市場向けのモデルは後者において製造されている。

[ 2007/07/30 20:15 ] VOLKSWAGEN | TB(0) | CM(0)

Volkswagen Commercial with Silversun Pickups song 編 0'32"

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VOLKSWAGEN PASSAT VARIANT
2008年時点での現行モデルは6代目。車名の由来は貿易風のドイツ語から。VWの車名には、ほかにも風の名前から取られたものがある。(ゴルフ、ジェッタ、ヴェント、ボーラ、シロッコなど)

1960年代後半、K70(ロータリーエンジンを搭載したNSUのRo80のレシプロエンジン版)などあったものの商業的に成功していたとは言えずフォルクスワーゲンの主力は依然ビートルであった。この状態から脱却する為に生まれたのがパサートである。1973年ジウジアーロがデザインしたとされる初代パサートは、アウディ80をベースとする姉妹車であり、アウディ80がノッチバックだったのに対し、パサートはファストバック風のハッチバックを採用し、より若々しいキャラクターづけがされていた。2世代目も同じくアウディ80をベースとするが新たにノッチバックのサンタナがデビューし、貿易摩擦解消の意味も兼ねて、日本では日産自動車がノックダウン生産していた。

3世代目では、アウディとの姉妹関係は解消され一般的な横置きエンジン・前輪駆動(4WDのシンクロも存在する)の方式に改められ、主に居住性が向上している。アウディA4とプラットフォームを共用する5代目ではW型エンジン搭載車が登場し、堅実なファミリーサルーンからフォルクスワーゲンのフラッグシップとしての格付けにシフトする(ただし2002年にVWの最高級車、フェートンが登場した)。現行6代目モデルでは再び横置きエンジンとなりゴルフとの姉妹関係になっている。

6代目パサート (2006年 - )
横置きエンジンと改められW8エンジン車は姿を消し、ゴルフとシャーシを共通化し、ボディは更に大型化されている。パワーユニットもゴルフと共用し、日本への正規輸入車では直列4気筒及びV型6気筒が販売されている。

  • 2.0リッター直4DOHC、150馬力(2.0)
  • 2.0リッター直4DOHCターボ、200馬力(2.0T)
  • 3.2リッターV6DOHC、250馬力(V6・4モーション)
[ 2007/09/05 16:21 ] VOLKSWAGEN | TB(0) | CM(0)

Volkswagen Banned Commercial 0'21"

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4代目前期型(2001-2005年)
2001年本国登場の4代目は1.2リッターから1.4リッターのガソリンエンジン仕様や1.4および1.9リッターのTDIディーゼルエンジン仕様があるが、日本では1.4リッター・ガソリンエンジンのみの設定であった。前述のように、ボディ剛性と衝突安全性向上を理由に大幅なサイズ拡大が行われ、日本でもベストセラーとなった2代目ゴルフ(ゴルフⅡ)とほぼ同等の大きさとなっている(とはいっても初代トヨタ・ヴィッツと大きさはあまり変わらない)。

日本仕様は、横滑り防止機構(ESP)、サイドエアバッグが標準装備されるなど安全装置が充実している。又、セアト・イビーザ、シュコダ・ファビアとプラットフォームを共通化している。

2004年1月31日から1500台限定で販売を開始されたアベニーダと呼ばれるモデルはベースとなる4ドアモデルに対し11万円高の199万円で 14インチのアルミホイールやMMS(マルチメディアステーション:DVDナビゲーションシステム、MDプレーヤー、AM/FMラジオ、TV)を標準装備としたモデルである。モデル名のアベニーダ(avenida)は英語のavenue(アベニュー)に相当するスペイン語である。

2004年4月27日から販売を開始されたEUと呼ばれるモデルは左ハンドルで欧州車の雰囲気がより味わえるというもので、15インチアルミホイールが装備された。色はブラックパールマジックエフェクトとリフレックスシルバーメタリックの2色。価格は207万9000円。

2005年1月29日から1500台限定で発売が開始されたヴィアッジョはカーテンエアバッグが採用された新型モデルに前年に発売されたアベニーダと同等の装備が採用されたモデルである。ヴィアッジョ(viaggio)は英語のtrip(トリップ)に相当するイタリア語である。価格は211万 5000円

2005年7月2日に発売が開始されたSEは1500台限定で202万6500円。ステアリングホイールやパーキングブレーキのグリップ、シフトノブにレザーを配しアルミホイールやダークな色のテールレンズが採用されている。色はブラックパールマジックエフェクトとリフレックスシルバーメタリック、フラッシュレッドの3色。SEの名はSummer Edition(サマーエディション)の頭文字をとったものである。

日本導入モデル(4代目前期型)
  • 2002年5月 2D、4D(GH-9NBBY)4AT
  • 2004年1月 アベニーダ 4D(限定モデル・GH-9NBBY)4AT
  • 2004年4月 EU 4D(限定モデル・左ハンドル・GH-9NBBY)4AT
  • 2004年10月 2D、4D(GH-9NBKY)4AT
  • 2005年1月 ヴィアッジョ 4D(限定モデル・GH-9NBKY)4AT
  • 2005年7月 SE 4D(限定モデル・GH-9NBKY)4AT
  • 後期型(2005年-)
    現行モデルは、これまでの丸いライトの4代目に代わって、より攻撃的とも思える顔つきの新型が発売されている(エンジンなどの基本部分は変更なし)。デザインはアルファロメオの元チーフデザイナーであるワルテル・デ・シルヴァ(Walter de’Silva)による。2005年の東京モーターショーでこのモデルに先代ゴルフGTIの1.8リッターターボエンジンを搭載した新型GTIが世界に先がけて発表され、12月20日に発売された。また、2006年8月には日本でも1.6リッターと6速マニュアルモードつきATを装備した「1.6リッター スポーツライン」が投入され、それまでの車両重量に対する動力性能に不満があった点が解消されている。さらに「クロスポロ」やVWの新たなエントリーモデルに位置付けられる「1.4リッター トレンドライン」が加わるなど、ラインナップが大幅に拡大された。そして、2006年10月より装備を充実させつつ価格を195万円におさえた「1.4リッター コンフォートライン」が加わった。

    2007年8月には特別仕様車のfeinが1000台限定で販売開始された。このモデルは既存のコンフォートラインをベースに、ステアリングホイール等に革を配し、各部にブルーのステッチを施すなど質感を向上させ、シートヒーターを装備するなど女性ユーザーをより強く意識したものとなっている。又、新たにクルーズコントロールシステムやフォグランプなどを標準で装備した。「fein」はドイツ語で上品、洗練、繊細を意味する。

    1.8リッター、インタークーラー付ターボエンジンを搭載したホットモデル。2ドアと4ドアのボディタイプがあり、トランスミッションは5MTのみ。最高出力はそれぞれ150ps、22.4kg・mで、0-100km/h加速は8.2秒とのこと。最高速度は約時速216キロ。ただし、ルポGTIに比べヘッドライトもハロゲンのままなど標準グレードとの差は少ない。ルポGTIが6MTであるのに対し後発のポロが5MTなのはエンジン特性を考慮した結果である。 又、ドイツ本国ではGTIカップエディションというモデルが存在する。このモデルはADACポロカップレースのマシンに準じて開発されたもので、2ドアと4ドアのボディタイプがあり、外観は大きな開口部を持ったバンパーに、ホイールも17インチのものへと変更されるなど通常のGTIとは差別化が図られている。そして、エンジンは180ps、24.0kg・mに強化されたのに併せ、サスペンションはよりハードに固められ、ブレーキも大径化されるとともに後輪ブレーキディスクを通常のソリッドディスクからベンチレーテッド・ディスクに変更されるなど、各部も強化されている。

    欧州では2003年、最低地上高を上げルーフレールを装備することによってSUVのテイストを取り入れたモデル「ポロファン」を投入していた。2005年のポロのビックマイナーチェンジに合わせて2006年2月にマイナーチェンジを施した「クロスポロ」が投入された。2006年8月には日本への投入も発表された。

    通常のポロと顔つきや車内のインテリアの基本は同じだが、最低地上高が20mm高く、ルーフレール、フォグランプ、17インチアルミホイールなどが装備され、ボディやシートのデザインもライムグリーンなどの鮮やかな色がラインナップされている。日本仕様はスポーツラインと同様の1.6リッターのガソリンエンジンと6速マニュアルモードつきATを搭載し駆動方式は本国仕様も含めて4WDではなく、FWDである。最高速度は時速182km。

    日本導入モデル(4代目後期型)
    • 2005年9月 2D、4D(GH-9NBKY)4AT
    • 2005年12月 GTI 2D、4D(GH-9NBJX)5MT
    • 2006年9月 トレンドライン 2D(GH-9NBKY)4AT
    • 2006年9月 スポーツライン 4D(GH-9NBTS)6AT(ティプトロニック付)
    • 2006年9月 クロスポロ 4D(GH-9NBTS)6AT(ティプトロニック付)
    • 2006年10月 コンフォートライン 4D(GH-9NBKY)4AT
    • 2007年8月 fein 4D (GH-9NBKY)4AT
    搭載エンジン
    • 1.2リッター 3気筒 9バルブ ガソリン 55ps
    • 1.2リッター 3気筒 12バルブ ガソリン 64ps
    • 1389cc 4気筒 16バルブ ガソリン 75ps(日本導入モデル)
    • 1389cc 4気筒 16バルブ ガソリン 86ps
    • 1389cc 4気筒 16バルブ ガソリン 100ps
    • 1.9リッター 4気筒 TDI(ディーゼル)100ps
    • 1389cc 3気筒 TDI(ディーゼル)75ps
    • 1.9リッター 4気筒 TDI(ディーゼル)130ps
    • 1780cc 4気筒 ガソリン インタークーラー付ターボ 150ps(日本導入モデル)
    • 1597cc 4気筒 ガソリン 105ps(日本導入モデル)

    スーパー1600(JWRC)
    ポロはJWRC(ジュニアWRCについてはWRCを参照)に2002年よりエントリー。マシンは実質的にキットカーからコンバートしたものであり、初期は3代目後期型GTIをベースにオーバーフェンダーやリアスポイラーを追加していたものの他車とは比較的控えめな外観となっていた。その後4代目前期型をベースとしたもの(約215ps)に切換えられた。マシンのタフさには定評があったものの現在ではJRCでその姿を見かける事はない。2003年のトルコラリーで優勝を飾った。

    S2000
    2007年現在、ポロS2000はIRC(Intercontinental Rally Challenge)を舞台に活躍。製作はVW南アフリカによるもので2003年モデルのポロスーパー1600がベースとなっている。IRCデビューは 2007年6月の第3戦イプルーで、フレディ・ロイクスがドライブ。 ポロS2000のスペックはサイズがそれぞれ全長3916mm×全幅1800mm。重量は1185Kg。1984ccの直列4気筒エンジンを搭載し、最高出力は195kw(約280ps)/8250rpm、235Nmを発揮する。トランスミッションは6速シーケンシャル。駆動方式は 4WDとなっている。 ヨーロッパにおける独占販売権を所持しているのは、ルネ・ジョルジュ・ラリー・スポート・ベルギーであるが、ポロ自体がモデル末期であるということからもパーツ等の供給は不安定気味との事である。

    ワンメイクレース
    VWによる2代目後期型のGT G40カップカーによるワンメイクレースが行われていた。

    ドイツADAC主催のポロカップレースはモータースポーツの登竜門的存在のひとつとして高い人気がある。

    4代目初期型の日本向けカタログにトヨタ・カローラが写っている。バンパーが大型なので北米仕様と思われる。

    シュコダ・ファビア、セアト・イビーザとはプラットフォームを共通化している。

    80年代中ごろのポロにはステアリングホイール中央部にヴォルフスブルクのロゴマークが配されていた。

    2004年、ポロの偽CMの動画が一部に出回った。テロリスト風の男が9N型ポロに乗って自爆テロを謀る。カフェの前で爆発物のスイッチを押すが爆発は車内のみで収まり、周囲の人々も気付かないというもので、「small but tough」というポロのキャッチコピーにかけたものである。

[ 2007/09/06 16:27 ] VOLKSWAGEN | TB(0) | CM(0)

Volkswagen Commercial 1'32"

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1938年の生産開始以来、2003年まで生産が続き、四輪自動車としては世界最多となる生産台数「2,152万9,464台」の記録を打ち立てた伝説的大衆車である。

卓越した自動車設計者フェルディナント・ポルシェが1920年代以来、長年にわたり抱いていた高性能小型大衆車のプランが、1933年にドイツの覇権を握ったアドルフ・ヒトラーの大衆政策と結びつくことで実現した。1930年代におけるもっとも進歩した小型乗用車の一つで、その進歩性が、長年にわたって世界的な自動車市場の第一線で競争力を維持できた大きな理由とも言える。

1938年から量産を始めたが、ヒトラーの政治的野心に翻弄され、第二次世界大戦中に空襲によって工場その他は壊滅した。しかし、戦後フォルクスワーゲン工場を管理する立場に立ったイギリス軍将校アイヴァン・ハーストの尽力により復活して1945年から本格生産開始に至る。更に、元オペル社幹部であったハインリッヒ・ノルトホフが最高経営者に就任し、彼の経営手腕の下で、ドイツ国内はもとより、アメリカ合衆国をはじめとする国外への輸出でも1950年代から1970年代にかけて大きな成功を収めた。おびただしい外貨獲得によって、戦後の西ドイツ経済の復興に多大な貢献をした。

1938年から2003年まで、累計2,152万9,464台が生産された。これは、4輪乗用車における世界最多量産記録である。

ドイツ本国では1978年に生産終了しており、この時点で主力生産品の第一線からは退いたが、現在に至るまで世界的な人気は高い。フォルクスワーゲン社はこの車のデザインをモチーフとしたスタイルを持つモデル「ニュー・ビートル」を1998年から生産している。

多くのバリエーションがあり、その多様性から一語で指し示す用語として、英語の「Type 1」という型式名や「ビートル」などの愛称が用いられる。時代ごとの正式車名は「フォルクスワーゲン1200」、「フォルクスワーゲン1300」、「フォルクスワーゲン1303/S」、「フォルクスワーゲン1303 LS」など、何の変哲もない呼称であった。

Type 1(ドイツ語では「ティープ1」 Typ 1)はフォルクスワーゲン社内の生産型式番号で単に「1型」という意味であり、フォルクスワーゲン社の一号車であることを表しているが、一般にはよりわかりやすい通称で呼ばれる事が多い。

英語圏では、そのカブトムシの様な形から「ビートル(Beetle)」「バグ(Bug)」、ドイツでは1960年代後半より「ケーファー(Käfer=カブトムシ)」という愛称で親しまれた。ブラジルなどでは「フスカ」(Fusca=南米産の大ゴキブリ)と呼ばれ、日本では英語の「ビートル」の他に「カブトムシ」や「ワーゲン」と呼ばれている。

これらはあくまでも愛称であるが、ニュー・ビートルでフォルクスワーゲン社は「ビートル」を初めて正式車名に用いた。

フォルクスワーゲン・タイプ1となる自動車の開発は、1933年、ドイツ首相に就任したヒトラーが、ベルリン自動車ショーの席上でアウトバーン建設と国民車構想の計画を打ち出したところに始まる。当時、いまだ高価だった自動車を「国民全員が所有できるようにする」というプランは、ヒトラー率いるナチス党が国民の支持を得るのに絶好の計画であった。

ヒトラーは、後にスポーツカーメーカーとなるポルシェ社の創業者であるフェルディナント・ポルシェに国民車の設計を依頼することになった。ポルシェはダイムラー・ベンツ出身の優れた自動車技術者で、退社後の1931年からはシュトゥットガルトに独立した設計事務所を構えて自動車メーカーからの設計請負業務をおこない、ナチスの支援していた「アウトウニオン・グランプリカー」(いわゆるPヴァーゲン 1933年)の設計にも携わっていた。

ポルシェ自身、生涯に開発したい車として「高性能レーシングカー」「農業用トラクター」「優秀な小型大衆車」を挙げており、1920年代以来、様々な自動車メーカーとの提携でリアエンジン方式の小型車開発に取り組んでいたが、毎度試作車を開発した段階で、予算不足や不景気、提携メーカーの弱腰などによって、計画を頓挫させ続けていたのである。それだけにヒトラーの提案は「渡りに船」であった。

運転はしなかったが自動車に乗ることが好きで、メルセデス・ベンツとタトラを好んだカー・マニアのヒトラーは、ポルシェに国民車の条件として、連続巡航速度100km/h、大人3人と子供2人が乗車可能なこと、7リットルの燃料で100kmの走行が可能である(=1リットルあたりの燃費が14.3km以上である)こと、空冷エンジンの採用、価格が1000ドイツマルクをきるなどの厳しい条件を示した。

ヒトラー自身もこの条件の厳しさは承知していたようだが、特に、当時のドイツ製4人乗り小型乗用車で大量生産による低価格化を実現した代表例のオペル「P4」ですら、定価1450マルクした[1]ことを考えれば、販売価格1000マルクで必要とされる性能の自動車を開発することは極めて困難があった。

ドイツの各自動車メーカーが政府統制によって結成した団体「ドイツ帝国自動車産業連盟」(RDA)が、1934年6月にポルシェ事務所と開発契約を結び、計画がスタートした。ポルシェ社は、決して潤沢とは言えない開発予算の中で、1930年代初頭から幾度か試作されては頓挫してきた小型大衆車の開発経験を活かして、開発を進めた。

契約を結んでから2年後の1936年にようやくプロトタイプ2台の製作が完了、1937年には計30台のプロトタイプが製作された。ナチス親衛隊(SS)隊員の免許保有者たちによって過酷なテストドライブを受けることで、プロトタイプの弱点が洗い出され、強化された。

翌年1938年には最終プロトタイプVW38が完成する。同年5月には工場の定礎が行われて、その会場でヒトラーは生産型の車を『KdF-Wagen(歓喜力行団の車)』と命名した。国民はクーポン券による積み立てでKdF購入費用を貯蓄し、満額に達した者に車を引き渡すという計画が立てられた。

しかし、ヒトラー自身が1939年に第二次世界大戦を勃発させてしまったため、量産直前まで到達した国民車構想はストップした。KdF-Wagen 製造工場は軍用仕様のキューベルワーゲンやシュビムワーゲンを主に生産するようになった。若干数の KdF-Wagen も軍用車両として用いられた。この工場では戦争捕虜や収容所収容者が過酷な労働に従事させられた(現在のフォルクスワーゲン社に、この戦時中の強制労働の直接責任があるわけではないが、同社は歴史担当部門を設け1998年から各種の戦争補償プログラムをおこなっている)。

KdFに関しては、チェコのタトラ社のハンス・レドヴィンカが試作し、1937年から少数を生産した1700ccリアエンジン車タトラT97との類似が指摘されることがある(更には同じくタトラが1934年に発表した大型リアエンジン車「T77」、1935年の「T77A」、1936年の「T87」の影響も指摘される)。カブトムシ型の流線型ボディ、空冷の水平対向もしくはV型エンジンをバックボーンフレームの後部に搭載し、四輪独立懸架とするシャーシ構造、冷却システムなど、確かに類似点は多い。空冷エンジン採用には、空冷モデルを主力としたタトラに対するヒトラーの傾倒があったとも言われる。

実際に戦後タトラ社はフォルクスワーゲン社に訴訟を惹起、1961年、VW社は300万ドイツマルクに及ぶ賠償金を支払っている。しかしビートルの原型は1934年のNSU試作車(タイプ32)において完成をみており、これ(タトラ社への賠償金支払)は著作権侵害の賠償というよりは、ドイツによるチェコスロバキア併合と、相前後してのT97生産停止命令への賠償を肩代わりしたものとみていいだろう。

ちなみにポルシェとレドヴィンカは交遊があり、お互いのアイデアを頻繁に交換しあっていた。二人はいずれも1920年代からバックボーン・フレームやスイング・アクスル独立懸架、空冷エンジンなどの導入に熱心で、1931年~1933年頃にはほとんど並行する形で流線型ボディの空冷式小型リアエンジン試作車を開発していた。またリアエンジン流線型車を構成する個々の技術要素のほとんどは、特に二人が発明したという訳ではなかった(フォルクスワーゲンにおいても、ポルシェ自身が考案した部分は、トーションバーを用いたダブル・トレーリングアームの前輪独立懸架ぐらいである)。類似した原因は、当時のトレンドであった新技術を両者が貪欲に取り入れていた結果で、一方がもう一方を単純に模倣したと言えるものでもない。

1945年、ドイツは戦争に敗れ、KdF-Wagen 工場跡は空爆で大きな被害を受けていた。この工場を管理する役目を与えられたイギリス軍将校アイヴァン・ハーストは、「ナチス側が爆破したように見えた」と証言している。

資材のない戦後の混乱期であり、ドイツ国内のさまざまな工場や資材は、進駐してきた米国、フランス、イギリス、ソ連の4国に収奪され、自国に持ち帰られてしまうような状況であった。しかしアイヴァン・ハーストはドイツ人の協力的な態度とフォルクスワーゲン車の内容に将来性を抱き、手段を尽くして工場を修復させ、自動車生産を再開させることをもくろんだ。こうして彼は、残っていたドイツ人労働者らの力でその名の通りの「国民車・フォルクスワーゲン」を、はじめて誕生させたのだった。1945年中に早くも1785台を生産している。

ハーストは英国軍に対し、ジープに代わる耐候性の高いスタッフカーとしてフォルクスワーゲンを用いることを提案し、1946年には1万台のフォルクスワーゲン・タイプ1が生産された。

1947年には、オランダ向けを第一陣として国外輸出が始まった。最大の市場となったアメリカへの進出は、1949年である。

以後のフォルクスワーゲン・タイプ1の歴史は、破竹の勢いと言うべきものであった。とにかく頑丈で酷使に耐えるうえ、材質・工作が優秀で整備性も良く、大人4人を乗せて経済的に高速巡航できるこの車の性能・品質は、1950年代に至ってもなお世界各国の新型小型乗用車に引けを取らないものであった。アウトバーンでの走行を念頭にした、100km/h以上で高速道路を連続巡航できる車、というポルシェとヒトラーのコンセプトは、戦後の先進各国におけるハイウェイ時代到来に、見事に適応したのである。「悪名高い独裁者であったヒトラーが残した数少ない『正の遺産』は、アウトバーンとフォルクスワーゲンである」とも言われたほどである。

緻密に構築された質の高いディーラーサービス網は、ユーザーからの信頼をより一層高めた。1955年には累計生産100万台に到達、更に工場の増設・新設を繰り返して、1964年には累計生産1000万台に到達した。

改良は年々為され、エンジンや電装の強化(1960年代中期以降、6V電装を12Vへ変更)、細部の形態変更などが繰り返されている。排気量は当初の1000ccがすぐ1100ccへ拡大、のち1954年からは1200ccとなるが、1960年代に入ると輸出モデルを中心に1300cc、 1500ccへの移行が進み、モデル後期には1600cc型も出現している。

アメリカではセカンドカーとしての需要が高かったが、特に合理性を重んじる知的階層からは「大型車へのアンチテーゼ」として愛用され、一時はデトロイトの大型車と正反対な、反体制の象徴の一つとしても扱われた。理知的なユーモアに溢れる優れた広告戦略も好評を博したが、その広告代理店がドイツ系ユダヤ人のウィリアム・バーンバック率いるDDB(ドイル・ディーン・バーンバック)社であったことは、フォルクスワーゲンの生い立ちからすれば歴史の皮肉と言える。

日本では老舗輸入車ディーラーヤナセが1952年から取り扱いを開始。「寒冷時の急な往診にも速やかにコールドスタートできる頑丈なドイツ製品」というキャラクターが開業医に好まれ「ドクターズカー」として使われる例が多かった。このため、昭和30年代には「お医者さんの車」として一般大衆にも知られるようになった。フォルクスワーゲンは、戦後のヤナセにおいて長く主力商品の一つとなった。

だが1960年代以降は、設計の古さによるスペース・ユーティリティの悪さや、リアエンジンとスイングアクスル式独立懸架による高速走行時の不安定さ、空冷エンジンの騒音などが問題視されるようになる。しかし、フォルクスワーゲン社は決定的な代替車種開発に失敗し続けて1970年前後は経営困難に苦しみ、1974年に前輪駆動方式の本格的な代替車「フォルクスワーゲン・ゴルフ」を世に出すまで、前時代化したビートルを主力車種としたまま改良のみでしのぐことになる。

1970年には、ポルシェ式のトーションバー式トレーリングアームに代わり、安定性を改善したストラット式サスペンションを備えた1302系が発表される。サスペンションのみが大幅近代化されながら、外観は在来型ビートルから大きな発展はなかった。この系列は1973年にはボディ形状の変更などで1303系に移行しているが、1975年まで生産された。もっともストラットサスペンション系列と並んで、ポルシェ式サスペンションを持つ在来モデルも継続生産された。この間、1972年2月17日には、累計生産1500万7034台に到達し、フォード・モデルT(1908~1927)の1500万7033台という生産記録を追い抜いた。

前輪駆動車へのシフトで、ドイツ本国では1978年を最後に製造が終了したが、メキシコではその後も生産を継続、ブラジルでも一時生産中止していたビートルを生産再開した時期がある。

2153万台弱という膨大な生産台数を達成して、メキシコで最後のタイプ1の生産が終了したのは2003年であった。発表以来65年間に渡る製品寿命を保った四輪乗用車は、他に存在しない。

ドイツ人はオープンモデルへの志向が強く、タイプ1(ビートル)をベースにした2シーターカブリオレのヘブミューラー・カブリオレが生産されている。生産数が少なく、幻の車とされるロメシュ(ロメチュ)も同類に属する。

更に、ビートルのコンポーネンツを用いた本格的なスポーツクーペとしてイタリアのギア社のデザインしたボディをドイツのカルマン社で生産した「カルマン・ギア」(1955年、タイプ3系カルマンギアは1961年)は、洒落たスタイルで人気を博した。

ビートルのリアエンジンシャーシは応用範囲が広く、これを流用ないし強化する形で、広大な荷室を備える先進的ワンボックス車のタイプ2(1950年)や、ノッチバック、ファストバック、ワゴンを擁す幅広ポンツーン・スタイルのタイプ3(1961年)、4ドアのタイプ4(1968年)などがラインアップに加えられてきた。

鋼管バックボーンフレームとプラットフォームを組み合わせた頑強なプラットフォーム・フレームを備え、後部にギアボックスとディファレンシャルを兼ねたトランスアクスル、及びエンジンを搭載する。1930年代の自動車としては進んだ設計である。

サスペンションは前後とも、横置きトーションバーからトレーリングアームで吊られる構造で、フロントはポルシェ流の2段式トレーリングアーム、リアはシングルトレーリングアームで吊られたジョイントレス・スイングアクスル構造である。このサスペンションと、車格の割には大径のタイヤによって悪路踏破性能は高かった。ブレーキは初期こそメカニカル・ドラムだったが、1950年代前半に油圧化され、更に末期には前輪をディスクブレーキ化している。

ポルシェ社のフランツ・ライムシュピースによって設計されたエンジンは、軽量さと簡易性を配慮して設計された強制空冷水平対向4気筒OHVで、車体の最後部に置かれるRR(リアエンジン、リアドライブ)である。ポルシェは整備性に重きを置いており、エンジンルームにはかなりのゆとりが確保されていた。多くの場合、ソレックス製のシングルキャブレター装備が標準だった。

水平対向の強制空冷エンジンゆえに「バタバタ」「バサバサ」などの擬音、もしくは「ミシンの音」と表現される大きな騒音を発したが、その代わり耐久性は抜群で、灼熱・酷寒の気候でも酷使に耐えた。ビートルだけでも1600ccに至る排気量拡大などの大改良が幾度となくなされたにも関わらず、基本レイアウトがそのまま踏襲され続けたことは特筆に値する。

エンジン交換が比較的容易で、1970年代などに盛んに行われたファン・ミーティングでは「エンジン脱着競争」(ル・マン式スタートの如く、車から離れたスタート地点から二人一組のチームが車に駆け寄り、エンジンを外した後、それを台車に載せてスタート地点に戻り、また車に戻ってエンジンを装着し、エンジン始動の後車をスタート地点までバックさせてゴール。平均タイムは20分少々)が恒例行事として行われていた。

VW空冷エンジンは、廉価で軽く頑丈なため、軽飛行機などのエンジンにも流用された。

VWエンジンを使ったフォーミュラカー、Vee(1200ccエンジンを使用)・Super Vee(1600ccエンジンを使用)のシリーズも存在し、同シリーズからはニキ・ラウダがF1まで駆け上っている。

全鋼製セミ・モノコック構造の流線型で、「カブトムシ型」といわれるヤーライ流線型ボディの典型である。まだ木骨ボディの大衆車も多かった時代に、プレス鋼板による量産性や耐久性、安全性を考慮していち早く全鋼製ボディを採用したことには先見の明があった。丸みの強いボディは空気抵抗が小さいだけでなく、鋼材の節約や強度確保の効果もあった。なお、ボディ形状は2ドアセダンないしカブリオレのみで、4ドア型は存在しない(にも関わらず、タクシーやパトロールカーなど4ドアに適する用途にもしばしば用いられた)。

デザインはポルシェ社のエルヴィン・コメンダによるもので、「ヒトラーのデザイン」という奇妙な説が一部にあるが間違いである。類似した流線型車は1930年代からポルシェ自身によって設計されていたが、コメンダのデザインは独立式フェンダーやホイールベース間の側面ステップを残す古典性はあるものの、流麗で完成度が高かった。

長い生産期間を通じ、窓形状やフード、フェンダー、バンパーなどの形状変更は枚挙に暇がないが、「独立フェンダーとホイールベース間のサイドステップを持つカブトムシ型」という流線型ボディの基本的なデザインモチーフは一貫して踏襲され、世界的に親しまれた。

もっとも、ボンネット内容積・幅員の有効利用が為されていないなど実用面の弱点もあり、1930年代基準のデザインは、1950年代中期時点ですでに「時代遅れ」と評されていたのであるが、大きな変更もなくそのまま生産が続けられたのである。

その全鋼製ボディは、当時の車としては気密性も高く(窓を閉めておけば)「水に浮く車」としても有名だった。ほとんど無改造のビートルがイタリアのメッシーナ海峡を横断したり、フォルクスワーゲン社の実験では、エンジンをかけたままプールに沈めたところ、9分あまりも沈まなかったという。洪水に流されたが無事だった、というエピソードもいくつかある。

1970~80年代には、キャル・ルック(California Look)と呼ばれるスタイルのビートルが流行した。12V車をベースに、ホイールボルトを4本から5本に、911用アロイホイールの流用、6V用フェンダー&ヘッドライトへの換装、メッキモールの除去、チョップドトップ、ローライダー、チューンナップしたエンジンの熱対策にフードをヒンジ側で持ち上げるなどである。

[ 2007/09/07 16:40 ] VOLKSWAGEN | TB(0) | CM(0)

Volkswagen Polo ad skydiver 0'46"

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4代目前期型(2001-2005年)
2001年本国登場の4代目は1.2リッターから1.4リッターのガソリンエンジン仕様や1.4および1.9リッターのTDIディーゼルエンジン仕様があるが、日本では1.4リッター・ガソリンエンジンのみの設定であった。前述のように、ボディ剛性と衝突安全性向上を理由に大幅なサイズ拡大が行われ、日本でもベストセラーとなった2代目ゴルフ(ゴルフⅡ)とほぼ同等の大きさとなっている(とはいっても初代トヨタ・ヴィッツと大きさはあまり変わらない)。

日本仕様は、横滑り防止機構(ESP)、サイドエアバッグが標準装備されるなど安全装置が充実している。又、セアト・イビーザ、シュコダ・ファビアとプラットフォームを共通化している。

2004年1月31日から1500台限定で販売を開始されたアベニーダと呼ばれるモデルはベースとなる4ドアモデルに対し11万円高の199万円で 14インチのアルミホイールやMMS(マルチメディアステーション:DVDナビゲーションシステム、MDプレーヤー、AM/FMラジオ、TV)を標準装備としたモデルである。モデル名のアベニーダ(avenida)は英語のavenue(アベニュー)に相当するスペイン語である。

2004年4月27日から販売を開始されたEUと呼ばれるモデルは左ハンドルで欧州車の雰囲気がより味わえるというもので、15インチアルミホイールが装備された。色はブラックパールマジックエフェクトとリフレックスシルバーメタリックの2色。価格は207万9000円。

2005年1月29日から1500台限定で発売が開始されたヴィアッジョはカーテンエアバッグが採用された新型モデルに前年に発売されたアベニーダと同等の装備が採用されたモデルである。ヴィアッジョ(viaggio)は英語のtrip(トリップ)に相当するイタリア語である。価格は211万 5000円

2005年7月2日に発売が開始されたSEは1500台限定で202万6500円。ステアリングホイールやパーキングブレーキのグリップ、シフトノブにレザーを配しアルミホイールやダークな色のテールレンズが採用されている。色はブラックパールマジックエフェクトとリフレックスシルバーメタリック、フラッシュレッドの3色。SEの名はSummer Edition(サマーエディション)の頭文字をとったものである。

日本導入モデル(4代目前期型)
  • 2002年5月 2D、4D(GH-9NBBY)4AT
  • 2004年1月 アベニーダ 4D(限定モデル・GH-9NBBY)4AT
  • 2004年4月 EU 4D(限定モデル・左ハンドル・GH-9NBBY)4AT
  • 2004年10月 2D、4D(GH-9NBKY)4AT
  • 2005年1月 ヴィアッジョ 4D(限定モデル・GH-9NBKY)4AT
  • 2005年7月 SE 4D(限定モデル・GH-9NBKY)4AT
後期型(2005年-)
現行モデルは、これまでの丸いライトの4代目に代わって、より攻撃的とも思える顔つきの新型が発売されている(エンジンなどの基本部分は変更なし)。デザインはアルファロメオの元チーフデザイナーであるワルテル・デ・シルヴァ(Walter de’Silva)による。2005年の東京モーターショーでこのモデルに先代ゴルフGTIの1.8リッターターボエンジンを搭載した新型GTIが世界に先がけて発表され、12月20日に発売された。また、2006年8月には日本でも1.6リッターと6速マニュアルモードつきATを装備した「1.6リッター スポーツライン」が投入され、それまでの車両重量に対する動力性能に不満があった点が解消されている。さらに「クロスポロ」やVWの新たなエントリーモデルに位置付けられる「1.4リッター トレンドライン」が加わるなど、ラインナップが大幅に拡大された。そして、2006年10月より装備を充実させつつ価格を195万円におさえた「1.4リッター コンフォートライン」が加わった。

2007年8月には特別仕様車のfeinが1000台限定で販売開始された。このモデルは既存のコンフォートラインをベースに、ステアリングホイール等に革を配し、各部にブルーのステッチを施すなど質感を向上させ、シートヒーターを装備するなど女性ユーザーをより強く意識したものとなっている。又、新たにクルーズコントロールシステムやフォグランプなどを標準で装備した。「fein」はドイツ語で上品、洗練、繊細を意味する。

1.8リッター、インタークーラー付ターボエンジンを搭載したホットモデル。2ドアと4ドアのボディタイプがあり、トランスミッションは5MTのみ。最高出力はそれぞれ150ps、22.4kg・mで、0-100km/h加速は8.2秒とのこと。最高速度は約時速216キロ。ただし、ルポGTIに比べヘッドライトもハロゲンのままなど標準グレードとの差は少ない。ルポGTIが6MTであるのに対し後発のポロが5MTなのはエンジン特性を考慮した結果である。 又、ドイツ本国ではGTIカップエディションというモデルが存在する。このモデルはADACポロカップレースのマシンに準じて開発されたもので、2ドアと4ドアのボディタイプがあり、外観は大きな開口部を持ったバンパーに、ホイールも17インチのものへと変更されるなど通常のGTIとは差別化が図られている。そして、エンジンは180ps、24.0kg・mに強化されたのに併せ、サスペンションはよりハードに固められ、ブレーキも大径化されるとともに後輪ブレーキディスクを通常のソリッドディスクからベンチレーテッド・ディスクに変更されるなど、各部も強化されている。

欧州では2003年、最低地上高を上げルーフレールを装備することによってSUVのテイストを取り入れたモデル「ポロファン」を投入していた。2005年のポロのビックマイナーチェンジに合わせて2006年2月にマイナーチェンジを施した「クロスポロ」が投入された。2006年8月には日本への投入も発表された。

通常のポロと顔つきや車内のインテリアの基本は同じだが、最低地上高が20mm高く、ルーフレール、フォグランプ、17インチアルミホイールなどが装備され、ボディやシートのデザインもライムグリーンなどの鮮やかな色がラインナップされている。日本仕様はスポーツラインと同様の1.6リッターのガソリンエンジンと6速マニュアルモードつきATを搭載し駆動方式は本国仕様も含めて4WDではなく、FWDである。最高速度は時速182km。

日本導入モデル(4代目後期型)
  • 2005年9月 2D、4D(GH-9NBKY)4AT
  • 2005年12月 GTI 2D、4D(GH-9NBJX)5MT
  • 2006年9月 トレンドライン 2D(GH-9NBKY)4AT
  • 2006年9月 スポーツライン 4D(GH-9NBTS)6AT(ティプトロニック付)
  • 2006年9月 クロスポロ 4D(GH-9NBTS)6AT(ティプトロニック付)
  • 2006年10月 コンフォートライン 4D(GH-9NBKY)4AT
  • 2007年8月 fein 4D (GH-9NBKY)4AT
搭載エンジン
  • 1.2リッター 3気筒 9バルブ ガソリン 55ps
  • 1.2リッター 3気筒 12バルブ ガソリン 64ps
  • 1389cc 4気筒 16バルブ ガソリン 75ps(日本導入モデル)
  • 1389cc 4気筒 16バルブ ガソリン 86ps
  • 1389cc 4気筒 16バルブ ガソリン 100ps
  • 1.9リッター 4気筒 TDI(ディーゼル)100ps
  • 1389cc 3気筒 TDI(ディーゼル)75ps
  • 1.9リッター 4気筒 TDI(ディーゼル)130ps
  • 1780cc 4気筒 ガソリン インタークーラー付ターボ 150ps(日本導入モデル)
  • 1597cc 4気筒 ガソリン 105ps(日本導入モデル)

スーパー1600(JWRC)
ポロはJWRC(ジュニアWRCについてはWRCを参照)に2002年よりエントリー。マシンは実質的にキットカーからコンバートしたものであり、初期は3代目後期型GTIをベースにオーバーフェンダーやリアスポイラーを追加していたものの他車とは比較的控えめな外観となっていた。その後4代目前期型をベースとしたもの(約215ps)に切換えられた。マシンのタフさには定評があったものの現在ではJRCでその姿を見かける事はない。2003年のトルコラリーで優勝を飾った。

S2000
2007年現在、ポロS2000はIRC(Intercontinental Rally Challenge)を舞台に活躍。製作はVW南アフリカによるもので2003年モデルのポロスーパー1600がベースとなっている。IRCデビューは 2007年6月の第3戦イプルーで、フレディ・ロイクスがドライブ。 ポロS2000のスペックはサイズがそれぞれ全長3916mm×全幅1800mm。重量は1185Kg。1984ccの直列4気筒エンジンを搭載し、最高出力は195kw(約280ps)/8250rpm、235Nmを発揮する。トランスミッションは6速シーケンシャル。駆動方式は 4WDとなっている。 ヨーロッパにおける独占販売権を所持しているのは、ルネ・ジョルジュ・ラリー・スポート・ベルギーであるが、ポロ自体がモデル末期であるということからもパーツ等の供給は不安定気味との事である。

ワンメイクレース
VWによる2代目後期型のGT G40カップカーによるワンメイクレースが行われていた。

ドイツADAC主催のポロカップレースはモータースポーツの登竜門的存在のひとつとして高い人気がある。

4代目初期型の日本向けカタログにトヨタ・カローラが写っている。バンパーが大型なので北米仕様と思われる。

シュコダ・ファビア、セアト・イビーザとはプラットフォームを共通化している。

80年代中ごろのポロにはステアリングホイール中央部にヴォルフスブルクのロゴマークが配されていた。

2004年、ポロの偽CMの動画が一部に出回った。テロリスト風の男が9N型ポロに乗って自爆テロを謀る。カフェの前で爆発物のスイッチを押すが爆発は車内のみで収まり、周囲の人々も気付かないというもので、「small but tough」というポロのキャッチコピーにかけたものである。

[ 2007/11/21 09:52 ] VOLKSWAGEN | TB(0) | CM(0)

Volkswagen Golf Rabbit Golf 2006 1'00"

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ゴルフ( Golf )はドイツの自動車メーカー、フォルクスワーゲンの主力モデルであるハッチバック型の自動車。2007年時点での現行モデルは5代目。車名の由来はスポーツのゴルフではなく、「メキシコ湾流の風(ドイツ語でゴルフシュトローム Der Golfstrom 、英語のガルフストリーム the Gulf Stream に当たる)」である。VWの車名は、風の名前から取ることが多い。(ジェッタ、ヴェント、ボーラ、シロッコetc) 北米では、「ラビット(うさぎ)」の名称で販売されている。

欧州では「Cセグメント」に分類される乗用車である。トヨタ・カローラに次いで世界中で最も販売されている乗用車であり、 2007年3月には累計の生産台数が2,500万台に達した。日本にもこれまで約60万台が輸入されている[1]。1974年に発売された初代モデルは680万台が生産された。販売はモデルチェンジの度に減少し、1997年発表の4代目モデルの生産台数は430万台であった。

ジョルジェット・ジウジアーロのデザインになる初代ゴルフは、横置きエンジンによるFF(前輪駆動)方式と、効率的なパッケージングによる、コンパクトな外寸と、余裕のある室内空間を持ち、世界中でヒットとなった。空冷、リアエンジンへの固執や、NSU・アウディ方式でのFFへのトライなど、紆余曲折を繰り返し、ビートルに続く大衆車の開発は難産を極めていた。しかし、これは、ジウジアーロにスタイリングのみならず、設計をも一任することで解決を見た。その理由は、イタリアやフランスの小型車では、FF+ハッチバックは既にポピュラーとなっており、さらにエンジン、トランスミッション、デフを並列に配置する、ジアコーサレイアウトも既にフィアットが手がけており、これらの前例をジウジアーロ自身が熟知していたことが大きい。

当初は現在のルポ位の大きさであったが、モデルチェンジをするたびにサイズが大きくなっていった。ゴルフIV(4代目)は全幅が日本で言うところの「3ナンバーサイズ」となって、もはや小型車とは呼べない大きさとなり、現在の5代目はさらに大きくなっている。これに伴い、従来ゴルフが担っていたコンパクトカーとしての役割は、弟分のポロが引き継いでいる。

「GTI」と呼ばれるホットモデルが初代から用意されている。初代は1.6リッター、2代目は、1.8リッターDOHCが搭載されたモデルである。

なお、初代ゴルフの派生車種にシロッコ(Scirocco)を挙げる場合があが、ともにジウジアーロによるデザインで、開発の時期も重なってはいるもの、発売はシロッコが先行している。これは、生産台数の差から、市場への影響が少ないシロッコで初期不良の洗い出しを済ませ、ゴルフIにフィードバックする為と言われている。現在では、ゴルフと同じプラットフォームを使うアウディ A3が先行して発売され、同じ役割を担っている。

歴代カブリオ(カブリオレ)の人気が高かったが、現在のゴルフ Vにはカブリオは無く、オープンモデルはイオスと、ゴルフIVベースのニュービートル がその任を担っている。

5代目(2003年-)
先代に引き続きプラットフォームはA3と共通。本モデルからはエンジンが直噴化され、先代と同じ排気量と比較しても出力向上がみられる。燃料消費の低減を図っている。トランスミッションはこのクラスでも、ターボディーゼルのトルクにも対応した、アイシンAW製6速ATを採用した。GT TSI以上のグレードにはトルコン式ATではなく、DSGを搭載している。MTは、日本ではGTIとR32のみ設定となっている。外観は、ティアドロップ形のヘッドランプ(涙目)と、それに呼応したリアコンビランプ、ラジエターグリルからフード上に伸びる深いVラインなどをスタイリングの特徴としている。太いCピラーは歴代モデルと同様である。

フォード・フォーカスの比較対象とされ、さんざんたたかれた操安性を向上させるなどの改良と、内装を中心としたコストの見直しが開発の主眼となった。ベーシックグレードのE、コンフォート志向のGLi、スポーツ志向のGT(GT TSI)、リアルスポーツのGTI、ラグジュアリーなGTX、スポーツプレミアムのR32(この仕様のみ4モーション)と多彩なバリエーションを持つ。特にGTIは先代、先々代と他グレードと見た目にほとんど差が見られなかったが、5代目GTIは明らかに差別化された外観を持ち、多くのバックオーダーを抱えながらも全販売台数の約三分の一を占める人気グレードとなっている。尚、GTIと同じエンジン、トランスミッション(DSG)を搭載するGTXはGTIベースではなく、GTベースであり、日本専用モデルである。「ゴルフワゴン」は「ゴルフヴァリアント」と名称を変更(ドイツ本国の名称に合わせられた)して、登場した。(ワールドプレミアはジュネーブモーターショー)

製造工場はドイツ・ヴォルフスブルク、及び南アフリカ共和国・ユイテンヘーグ(Uitenhage)であり、日本市場向けのモデルは後者において製造されている。

[ 2007/11/26 20:10 ] VOLKSWAGEN | TB(0) | CM(0)

Volkswagen Golf GTI (3) 0'30"

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ゴルフ( Golf )はドイツの自動車メーカー、フォルクスワーゲンの主力モデルであるハッチバック型の自動車。2007年時点での現行モデルは5代目。車名の由来はスポーツのゴルフではなく、「メキシコ湾流の風(ドイツ語でゴルフシュトローム Der Golfstrom 、英語のガルフストリーム the Gulf Stream に当たる)」である。VWの車名は、風の名前から取ることが多い。(ジェッタ、ヴェント、ボーラ、シロッコetc) 北米では、「ラビット(うさぎ)」の名称で販売されている。

欧州では「Cセグメント」に分類される乗用車である。トヨタ・カローラに次いで世界中で最も販売されている乗用車であり、 2007年3月には累計の生産台数が2,500万台に達した。日本にもこれまで約60万台が輸入されている[1]。1974年に発売された初代モデルは680万台が生産された。販売はモデルチェンジの度に減少し、1997年発表の4代目モデルの生産台数は430万台であった。

ジョルジェット・ジウジアーロのデザインになる初代ゴルフは、横置きエンジンによるFF(前輪駆動)方式と、効率的なパッケージングによる、コンパクトな外寸と、余裕のある室内空間を持ち、世界中でヒットとなった。空冷、リアエンジンへの固執や、NSU・アウディ方式でのFFへのトライなど、紆余曲折を繰り返し、ビートルに続く大衆車の開発は難産を極めていた。しかし、これは、ジウジアーロにスタイリングのみならず、設計をも一任することで解決を見た。その理由は、イタリアやフランスの小型車では、FF+ハッチバックは既にポピュラーとなっており、さらにエンジン、トランスミッション、デフを並列に配置する、ジアコーサレイアウトも既にフィアットが手がけており、これらの前例をジウジアーロ自身が熟知していたことが大きい。

当初は現在のルポ位の大きさであったが、モデルチェンジをするたびにサイズが大きくなっていった。ゴルフIV(4代目)は全幅が日本で言うところの「3ナンバーサイズ」となって、もはや小型車とは呼べない大きさとなり、現在の5代目はさらに大きくなっている。これに伴い、従来ゴルフが担っていたコンパクトカーとしての役割は、弟分のポロが引き継いでいる。

「GTI」と呼ばれるホットモデルが初代から用意されている。初代は1.6リッター、2代目は、1.8リッターDOHCが搭載されたモデルである。

なお、初代ゴルフの派生車種にシロッコ(Scirocco)を挙げる場合があが、ともにジウジアーロによるデザインで、開発の時期も重なってはいるもの、発売はシロッコが先行している。これは、生産台数の差から、市場への影響が少ないシロッコで初期不良の洗い出しを済ませ、ゴルフIにフィードバックする為と言われている。現在では、ゴルフと同じプラットフォームを使うアウディ A3が先行して発売され、同じ役割を担っている。

歴代カブリオ(カブリオレ)の人気が高かったが、現在のゴルフ Vにはカブリオは無く、オープンモデルはイオスと、ゴルフIVベースのニュービートル がその任を担っている。

5代目(2003年-)
先代に引き続きプラットフォームはA3と共通。本モデルからはエンジンが直噴化され、先代と同じ排気量と比較しても出力向上がみられる。燃料消費の低減を図っている。トランスミッションはこのクラスでも、ターボディーゼルのトルクにも対応した、アイシンAW製6速ATを採用した。GT TSI以上のグレードにはトルコン式ATではなく、DSGを搭載している。MTは、日本ではGTIとR32のみ設定となっている。外観は、ティアドロップ形のヘッドランプ(涙目)と、それに呼応したリアコンビランプ、ラジエターグリルからフード上に伸びる深いVラインなどをスタイリングの特徴としている。太いCピラーは歴代モデルと同様である。

フォード・フォーカスの比較対象とされ、さんざんたたかれた操安性を向上させるなどの改良と、内装を中心としたコストの見直しが開発の主眼となった。ベーシックグレードのE、コンフォート志向のGLi、スポーツ志向のGT(GT TSI)、リアルスポーツのGTI、ラグジュアリーなGTX、スポーツプレミアムのR32(この仕様のみ4モーション)と多彩なバリエーションを持つ。特にGTIは先代、先々代と他グレードと見た目にほとんど差が見られなかったが、5代目GTIは明らかに差別化された外観を持ち、多くのバックオーダーを抱えながらも全販売台数の約三分の一を占める人気グレードとなっている。尚、GTIと同じエンジン、トランスミッション(DSG)を搭載するGTXはGTIベースではなく、GTベースであり、日本専用モデルである。「ゴルフワゴン」は「ゴルフヴァリアント」と名称を変更(ドイツ本国の名称に合わせられた)して、登場した。(ワールドプレミアはジュネーブモーターショー)

製造工場はドイツ・ヴォルフスブルク、及び南アフリカ共和国・ユイテンヘーグ(Uitenhage)であり、日本市場向けのモデルは後者において製造されている。

[ 2007/11/28 21:45 ] VOLKSWAGEN | TB(0) | CM(0)

Volkswagen Golf GTI (2) 0'30"

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ゴルフ( Golf )はドイツの自動車メーカー、フォルクスワーゲンの主力モデルであるハッチバック型の自動車。2007年時点での現行モデルは5代目。車名の由来はスポーツのゴルフではなく、「メキシコ湾流の風(ドイツ語でゴルフシュトローム Der Golfstrom 、英語のガルフストリーム the Gulf Stream に当たる)」である。VWの車名は、風の名前から取ることが多い。(ジェッタ、ヴェント、ボーラ、シロッコetc) 北米では、「ラビット(うさぎ)」の名称で販売されている。

欧州では「Cセグメント」に分類される乗用車である。トヨタ・カローラに次いで世界中で最も販売されている乗用車であり、 2007年3月には累計の生産台数が2,500万台に達した。日本にもこれまで約60万台が輸入されている[1]。1974年に発売された初代モデルは680万台が生産された。販売はモデルチェンジの度に減少し、1997年発表の4代目モデルの生産台数は430万台であった。

ジョルジェット・ジウジアーロのデザインになる初代ゴルフは、横置きエンジンによるFF(前輪駆動)方式と、効率的なパッケージングによる、コンパクトな外寸と、余裕のある室内空間を持ち、世界中でヒットとなった。空冷、リアエンジンへの固執や、NSU・アウディ方式でのFFへのトライなど、紆余曲折を繰り返し、ビートルに続く大衆車の開発は難産を極めていた。しかし、これは、ジウジアーロにスタイリングのみならず、設計をも一任することで解決を見た。その理由は、イタリアやフランスの小型車では、FF+ハッチバックは既にポピュラーとなっており、さらにエンジン、トランスミッション、デフを並列に配置する、ジアコーサレイアウトも既にフィアットが手がけており、これらの前例をジウジアーロ自身が熟知していたことが大きい。

当初は現在のルポ位の大きさであったが、モデルチェンジをするたびにサイズが大きくなっていった。ゴルフIV(4代目)は全幅が日本で言うところの「3ナンバーサイズ」となって、もはや小型車とは呼べない大きさとなり、現在の5代目はさらに大きくなっている。これに伴い、従来ゴルフが担っていたコンパクトカーとしての役割は、弟分のポロが引き継いでいる。

「GTI」と呼ばれるホットモデルが初代から用意されている。初代は1.6リッター、2代目は、1.8リッターDOHCが搭載されたモデルである。

なお、初代ゴルフの派生車種にシロッコ(Scirocco)を挙げる場合があが、ともにジウジアーロによるデザインで、開発の時期も重なってはいるもの、発売はシロッコが先行している。これは、生産台数の差から、市場への影響が少ないシロッコで初期不良の洗い出しを済ませ、ゴルフIにフィードバックする為と言われている。現在では、ゴルフと同じプラットフォームを使うアウディ A3が先行して発売され、同じ役割を担っている。

歴代カブリオ(カブリオレ)の人気が高かったが、現在のゴルフ Vにはカブリオは無く、オープンモデルはイオスと、ゴルフIVベースのニュービートル がその任を担っている。

5代目(2003年-)
先代に引き続きプラットフォームはA3と共通。本モデルからはエンジンが直噴化され、先代と同じ排気量と比較しても出力向上がみられる。燃料消費の低減を図っている。トランスミッションはこのクラスでも、ターボディーゼルのトルクにも対応した、アイシンAW製6速ATを採用した。GT TSI以上のグレードにはトルコン式ATではなく、DSGを搭載している。MTは、日本ではGTIとR32のみ設定となっている。外観は、ティアドロップ形のヘッドランプ(涙目)と、それに呼応したリアコンビランプ、ラジエターグリルからフード上に伸びる深いVラインなどをスタイリングの特徴としている。太いCピラーは歴代モデルと同様である。

フォード・フォーカスの比較対象とされ、さんざんたたかれた操安性を向上させるなどの改良と、内装を中心としたコストの見直しが開発の主眼となった。ベーシックグレードのE、コンフォート志向のGLi、スポーツ志向のGT(GT TSI)、リアルスポーツのGTI、ラグジュアリーなGTX、スポーツプレミアムのR32(この仕様のみ4モーション)と多彩なバリエーションを持つ。特にGTIは先代、先々代と他グレードと見た目にほとんど差が見られなかったが、5代目GTIは明らかに差別化された外観を持ち、多くのバックオーダーを抱えながらも全販売台数の約三分の一を占める人気グレードとなっている。尚、GTIと同じエンジン、トランスミッション(DSG)を搭載するGTXはGTIベースではなく、GTベースであり、日本専用モデルである。「ゴルフワゴン」は「ゴルフヴァリアント」と名称を変更(ドイツ本国の名称に合わせられた)して、登場した。(ワールドプレミアはジュネーブモーターショー)

製造工場はドイツ・ヴォルフスブルク、及び南アフリカ共和国・ユイテンヘーグ(Uitenhage)であり、日本市場向けのモデルは後者において製造されている。

[ 2008/01/18 20:23 ] VOLKSWAGEN | TB(0) | CM(0)

Volkswagen Commercial Torque 0'32"

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パサート(Passat)はドイツの自動車メーカー、フォルクスワーゲンの中型セダンである。

2008年時点での現行モデルは6代目。車名の由来は貿易風のドイツ語から。VWの車名には、ほかにも風の名前から取られたものがある。(ゴルフ、ジェッタ、ヴェント、ボーラ、シロッコなど)

1960年代後半、K70(ロータリーエンジンを搭載したNSUのRo80のレシプロエンジン版)などあったものの商業的に成功していたとは言えずフォルクスワーゲンの主力は依然ビートルであった。この状態から脱却する為に生まれたのがパサートである。1973年ジウジアーロがデザインしたとされる初代パサートは、アウディ80をベースとする姉妹車であり、アウディ80がノッチバックだったのに対し、パサートはファストバック風のハッチバックを採用し、より若々しいキャラクターづけがされていた。2世代目も同じくアウディ80をベースとするが新たにノッチバックのサンタナがデビューし、貿易摩擦解消の意味も兼ねて、日本では日産自動車がノックダウン生産していた。3世代目では、アウディとの姉妹関係は解消され一般的な横置きエンジン・前輪駆動(4WDのシンクロも存在する)の方式に改められ、主に居住性が向上している。アウディA4とプラットフォームを共用する5代目ではW型エンジン搭載車が登場し、堅実なファミリーサルーンからフォルクスワーゲンのフラッグシップとしての格付けにシフトする(ただし2002年にVWの最高級車、フェートンが登場した)。現行6代目モデルでは再び横置きエンジンとなりゴルフとの姉妹関係になっている。

5代目 (1997年 - 2005年)
合理化政策の末またもやアウディA4との姉妹関係が復活し、エンジンは再び縦置きとなった。当初のラインナップは5バルブヘッド・1.8リッターのターボと自然吸気(NA)の2種であったが、V6シンクロやV5など徐々にBMW・5シリーズに代表されるような高級セダンを仮想敵としていった。後期型ではW8・4モーションが追加され、外観もクロームパーツが多用されるなどした。

エンジン
* 1.8リッター直4DOHC、125馬力(1.8)
* 1.8リッター直4DOHCターボ、150馬力(1.8T)
* 2.0リッター直4SOHC、115馬力
* 2.3リッターV5SOHC、170馬力(V5)
* 2.8リッターV6DOHC、193馬力(V6、V6シンクロ、V6・4モーション)
* 4.0リッターW8SOHC、275馬力(W8・4モーション)

[ 2008/07/29 14:50 ] VOLKSWAGEN | TB(0) | CM(0)

Vw Karmann guia Comercial 0'37"

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フォルクスワーゲン・カルマンギア(Volkswagen Karmann Ghia)とは、ドイツのフォルクスワーゲン社で製造・販売されていた自動車のこと。

イタリアのカロッツェリアであるギア社と、ドイツのコーチビルダーであるカルマン社の合作により誕生した車である(ネーミングの由来がこの2社の名前であることは言うまでも無い)。

タイプ1をベースとした「1200」と、タイプ3をベースとした「1500」・「1600」が存在する。1200と1500・1600のデザインには大きな差があり、前者は流線型で、後者は直線的でガラス面積が大きい。タイプ1ベースの1200に関しては、現在でも人気のある旧車の1つであるが、タイプ3ベースの1500・1600の2種類に関しては、1200と比べると人気は無く、登場から間もなく姿を消した。

流麗なスタイリングが最大の特徴で、デザインはギア、製作はカルマンが担当。パワートレインはタイプ1と同じで、水平対向4気筒の空冷OHVエンジンをRRレイアウトで搭載。

メンテナンスが容易で、特に後半モデルはカスタマイズも頻繁に行われた。ローダウン・排気量アップなどが行われ、部品が広く出回っている。

日本ではヤナセが正規輸入を行っていた。

余談だが世界名作劇場ポルフィの長い旅第1話でカルマンギアのクーペ1200が登場しているシーンがある。

[ 2008/07/30 15:36 ] VOLKSWAGEN | TB(0) | CM(0)

Volkswagen (Nissan) Santana Ad 1985 0'30"

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サンタナ(Santana)はドイツ(当時西ドイツ)の自動車メーカー、フォルクスワーゲンが1980年代に生産したセダンである。

直列5気筒2000ccエンジン、直列4気筒1800ccエンジン、直列4気筒1600ccターボディーゼルがある。 マイナーチェンジ後には2000ccにDOHCが追加された。

2世代目のアウディ・80と同一のプラットフォームを使用し、縦置きエンジンの前輪駆動を採用している。

また、5ドアハッチバック及びワゴン(ヴァリアント)はパサートの名で販売されていた(日本には正規輸入されなかった)。

本国以外でも生産され、日本では1984年から神奈川県座間市にあった日産自動車座間工場でライセンス生産していた。200万円前後で買える手頃な外車としてバブル前夜の若者に人気があったが、エンジンやトランスミッションは輸入に頼っていたため、簡単に増産する事ができなかった。なお、次期モデルもノックダウン生産が行われる予定であったが、フォルクスワーゲンはトヨタとの提携を発表したため、日産でのライセンス生産はサンタナが最初で最後になった。しかしながら、1990年に登場する次期パサートは短期間であったものの日産での取扱販売がされていた。実際、サンタナのライセンス生産がなければ、プリメーラの企画開発及び発売はなかったといわれている。

中国の上海大衆汽車では、サンタナ(桑塔納)はセダンおよびワゴン(旅行車)が現在でも当時のスタイルのまま生産販売されている。それとは別に独自モデルとして1995年よりサンタナ2000(サブネーム:時代超人→自由沸点)、2004年よりサンタナ3000(サブネーム:超越者)が生産販売され、2008年1月6日、新たにサンタナビスタ(SANTANA VISTA)(サブネーム:志俊)が発表された。これらは主にタクシー、パトロールカーとして使われている(なお、車名の数字は「排気量」を表すものではなく、ともに直列4気筒1800ccまたは2000ccのエンジンを搭載している)。 かつて中国・上海でタクシーといえば車種はサンタナで、長年にわたって走り込まれたサンタナを街のほうぼうで見かけることができた。北京でもシャレードとともにサンタナがタクシーの代表的な車種であった。しかし、最近では北京オリンピックや上海万博を控え、また中国特有の地方保護主義の影響から、北京では北京に工場を持つヒュンダイ車などに、上海ではやはり上海に工場を持つサンタナ3000に置き換わりつつある。

日産サンタナ(M30型)
* 1984年2月 - M30型登場。日本の5ナンバー枠に収める為にモール類を薄型にして1690mmの車幅としているほか、ヘッドライト・ラジエターグリル形状もオリジナルとは若干異なっている。ラジエータグリルにはフォルクスワーゲンのエンブレムを配し、エンジンは直列5気筒OHC1994cc フォルクスワーゲンJ型、直列4気筒OHC1780cc フォルクスワーゲンJN型、および直列4気筒OHC1588ccディーゼルターボフォルクスワーゲンCY型の3機種をラインナップ。キャッチコピーは「ロマンティック街道から。」であった。その後アウディ車を発端とするオートマチックトランスミッションの誤作動・暴走事故が発覚し、販売に少なからぬ影響を与える。

* 1985年5月 - 「2000Xi5アウトバーン」追加。最上級グレードXi5をベースに高級ベロア地スポーツシート、ゴルフGTIと同じデザインのステアリングホイールや電動サンルーフを装備する。また、14インチホイールが与えられ、足回りも専用の物が奢られた。

* 1987年 - マイナーチェンジ。Xi5アウトバーンDOHCが登場。フロントマスクのデザインが変更され、フォグライト組み込みのヘッドランプが新採用されたほか、前後バンパーも大型の物に変更された。また、販売不振だったディーゼルターボが廃止され、ガソリンエンジン車もラインナップから2グレード廃止されている。

* 1990年 - 日産でのライセンス生産を終了。その後継車として3代目パサートを輸入し、サニー店系列とプリンス店系列で取り扱っていたが、後にトヨタとVWの提携により、日産での3代目パサートの販売が終了となる。

ラインナップ
* Xi5・アウトバーンDOHC 直列5気筒DOHC、1994cc、140馬力(1987年~)
* Xi5・アウトバーン 直列5気筒SOHC、1994cc、110馬力(1985年~)
* Xi5 直列5気筒SOHC、1994cc、110馬力
* Gi5 直列5気筒SOHC、1994cc、110馬力(1984年~1987年)
* Gi 直列4気筒SOHC、1780cc、100馬力(1984年~1987年)、91馬力(1987年~、ネット値)
* Li 直列4気筒SOHC、1780cc、100馬力(1984年~1987年)
* Gt 直列4気筒SOHCターボディーゼル、1588cc、72馬力(1984年~1987年)
* Lt 直列4気筒SOHCターボディーゼル、1588cc、72馬力(1984年~1987年)

o アウディ80・90系とプラットフォームを共用するが、価格差は歴然としており、装備は同等ながら西ドイツ製のアウディ車はプラス100~150万円のエクストラが掛かった。

[ 2008/11/21 08:13 ] VOLKSWAGEN | TB(0) | CM(0)

Volkswagen Variant 1500 0'38"

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フォルクスワーゲン・タイプ3はドイツの自動車メーカー・フォルクスワーゲン (VW) が1961年から1973年まで製造販売した空冷リアエンジン方式の乗用車である。

販売されていた当時にはVW1500、後にVW1600と呼ばれたが、現在では、ビートル(タイプ1)、トランスポーター(タイプ2)と411/412(タイプ4)に挟まる第三世代として「タイプ3」と総称されることが多い。

ビートルと共通の2400mmのホイールベースに、デビュー当時としては常識的なスタイルのフルワイズ・フラッシュサイド型ボディを持ち、室内もトランクスペースもビートルより格段に広い機能的モデルであった。

総合的な完成度は一定水準以上にあったが、当時の1500cc超クラスの中級乗用車では少数派の空冷エンジン車(ヒーター機能や騒音面で主流派の水冷車に比べ劣位となる)であったことや、ラインナップに汎用性のある4ドアモデルを持たなかったことなど、戦略的な問題点もあり、同時代の競合メーカー製品を大きく凌駕するには至らなかった。一方で長年の実績によって市場から根強い支持を得ていた先輩格のビートルに取って代わる存在になることもできなかった。

ビートル風のファストバックボディを持つモデルや、世界初の電子制御燃料噴射エンジンなどを追加投入したものの、最終的にはビートルより早く生産終了することになった。

バリエーション
1961年9月に最初に登場したのは2ドアノッチバックセダンの「VW・1500」と、2ドアクーペの「カルマンギア1500」(通称「タイプ34カルマンギア」) の2種類であった。2ドアワゴンのヴァリアント (輸出先のアメリカでは「Squareback」と呼ばれた)は翌1962年1月に追加された。

ファストバックセダン型は1965年8月に追加され、それ以降はノッチバック型が「L」、ファストバックが「TL」と呼ばれるようになった。当初はコンバーチブル版も生産される予定であったが、実現しなかった。なお、タイプ3がアメリカに輸出されるようになったのは、このTL(アメリカでは「Fastback」と呼ばれた)が登場してからであった。

メカニズム
エンジンは基本的にビートルと共通の空冷水平対向4気筒エンジンである。デビュー当初は1493cc45馬力で、重量880kgの2ドアセダンを最高速度125km/hで走らせた。

ただし、エンジン自体は単純なビートル流用型ではなかった。オイルクーラーなど冷却系統をはじめとする補機類にレイアウト変更を加えることでエンジン全高が低く抑えられ、「パンケーキ・エンジン」の異名を取るほどコンパクトなエンジンに仕立てられていたのである。

これにより通常のセダンモデルでも、リアのエンジンルーム上を蓋でふさぎ、その上の空間をラゲッジスペースとして利用できるようになった。フロントノーズのラゲッジスペースも併せて利用できるため、リアエンジン車特有の欠点であるラゲッジスペース不足問題を解消して、フロントエンジン車に対する市場競争力を高めた。エンジンルーム上の車内高が大きいワゴンやファストバックセダンでは、相当量の荷物を積むことが可能となった。もっとも、エンジン真上部分では遮熱問題があり、また後年にはエンジンルームの狭さで、カークーラー機器装備が困難なことが欠点となった。

ライバル車がモデルチェンジのたびにパワーアップ・高速化していくため、タイプ3のエンジンも徐々に強化されて行った。1963年8月にはツインキャブレター化して54馬力とした「1500S」が追加され、その後1965年8月にTLが追加された際にシングルキャブ1584cc54馬力となり、最高速度は135km/hとなった。この際車名が「VW・1600」となった。

1968年6月には、世界最初の量産型電子式燃料噴射エンジンを搭載し65馬力にパワーアップした「1600LE・1600TLE」が追加された。同時に3速フルオートマチックも装備可能となった。

エンジン以外にタイプ3がビートルよりも進歩していた点としては、フロントサスペンションがある。トレーリングアームと横置き式のトーションスプリングを組み合わせるレイアウトは同じであったが、ビートルはトーションバー型スプリングが開発当時量産できず、代用品として、極めて細長い板バネを直線の帯状に重ねて束ねたトーションリーフスプリングを使用していた。しかし、このレイアウトであればトーションバーの方が本来は望ましく、タイプ3ではようやく横置きトーションバーが初採用され、アンチロールバーとしての役割も果たすようになった。

1969年8月には、ボンネットが120mm延長されてフロントとランクのスペースが拡大され、バンパーやテールライトのデザインも変更された。

生産台数
タイプ3は前輪駆動、水冷エンジンの新世代のVWであるフォルクスワーゲン・パサートの登場と共に1973年7月をもって生産終了となった。12年間に250万台余りが生産されており、VW以外のメーカーの製品であれば、十分に成功作・ロングセラーとして評価されるほどの販売成績を収めている。 タイプ別生産台数は以下の通りである。

* セダン(ノッチバック・ファストバック合計): 1,339,124台
* ワゴン(ヴァリアント): 1,202,935台
* コンバーチブル試作車: 12台
* シャシーのみ: 311台

ブラジルでの生産車
ブラジルではタイプ3は1968年に現地生産開始となったが、本国には無い4ドアノッチバックで、スタイルも1970年に登場するブラジルオリジナルモデルのVW・ブラジリアに良く似た独自のものであった。

ファストバック版は1970年に追加され、こちらも2ドアに加えて独自の4ドア版が用意されて1976年まで生産された。こちらの方がより多く売られたが、ブラジルにおけるタイプ3で最も人気があったのは1969年に登場した3ドアワゴンの「ヴァリアント」であった。ヴァリアントはセダン型が生産中止になった後の1977年にマイナーチェンジを受けて、より角張ったスタイルの「ヴァリアントⅡ」となって、1980年まで生産された。ブラジル版は結局、ノッチバック24,475台、ファストバック109,515台、ヴァリアント256,760台、ヴァリアントⅡ41,002台の合計431,752台が生産された。

日本への輸入
日本では当時の輸入総代理店ヤナセを通じて販売された。生産終了後も中古車として並行輸入されるケースも多く、ビートル同様、趣味の対象として若者に愛好された。

[ 2009/07/22 19:09 ] VOLKSWAGEN | TB(0) | CM(0)

Volkswagen Bus Classic Commercial 1'00"

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タイプ2はフォルクスワーゲンが製造する商用区分の自動車である。

一般には、フォルクスワーゲン社のトランスポルター(Transporter)の第1世代(T1)、第2世代(T2)、第3世代(T3)にあたる。狭義ではトランスポルターの第1世代、第2世代を指す。

タイプ2とは「2型」の意味で、フォルクスワーゲン社での型式名称であり、ドイツ語ではテュープ ツバイ(Typ 2)となる。タイプ2という呼び名は、1960年代の北米で広まり、現在では、主に、専門家や愛好家の、内輪での愛称となっている。一般には、ドイツおよびその周辺で、Bulli(ブリ:ブルドッグの意)の愛称で親しまれている。

カタログ表記(商品名)は、貨物仕様がVW Transporter(トランスポルター)、多人数乗用仕様はVW kleinbus(クラインブス:小型バス、英語ではマイクロバス)、座席の取り外しができ、簡素な内装で、乗用・貨物兼用のものはKombi(コンビ:コンビネーション、米国でのステーションワゴンに準ずる呼称)。これら全体を含む名称として、英語由来のタイプ2が用いられている。日本では「ワーゲンバス」といわれることもある。

フォルクスワーゲンでは、T1からT5までを連続したシリーズとして扱っており、その総称にはTransporterが使用されている。T3発表時に、フォルクスワーゲン社自身が過去にさかのぼって世代区分を行った。これにより、Transporter(独トランスポルター、英トランスポーター)の第1世代、第2世代、第3世代、略してT1、T2、T3と各世代に対してネーミングを行うようになり、T5になった現在も引き続き使用されている。

早くから世界各国に輸出され、またメキシコ、ブラジル、オーストラリア、南アフリカなどでの現地生産も行われた。これらの国々では、コンビ(KombiやCombi)が名称とされ、メキシコでは、コンビの名が、公共交通機関の、ある種の民営バスを指し示す用語とまでなって、一般に普及している。

1960年代後半の米国のヒッピームーブメントの時代には、すでにその時点で、中古で手に入れやすくなっていたT1が若者たちに愛用された。また箱型のボディはキャンバスとなり、派手な色使いによるサイケデリックなペインティングにピースマークなどが描かれ、現在につづくワーゲンバスのイメージの一つの原点となっている。

近年のフォルクスワーゲンのブランド戦略においては、フォルクスワーゲン乗用車とは異なる、「フォルクスワーゲン商用車部門(Volkswagen Nutzfahrzeuge、略してVWN)」としての取り扱いとなっている。

ドイツのキャンピングカービルダーのウエストファリア社が歴代のトランスポーターを架装した「カリフォルニア」は世界的に有名なキャンピングカーである。

悪路走破性の高い四輪駆動車もT3からラインナップされ、T3T4ではシンクロ、T5は4モーションと呼ばれている。

T4,T5のシャシーキャブはキャンピングカーやバスへの架装にも用いられている。

T1(1950-1967年)
1950年にタイプ1(ビートル)をベースとするリアエンジン・リアドライブの汎用自動車として登場した。

このモデルが考案されたのは、タイプ1の初めての輸出となったオランダ輸出(1947年)の際の仲介業者であったオランダ人ディーラー、ベン・ポン( Ben pon )が、ウォルフスブルクのVW工場を視察に訪れた際の知見がきっかけである。

工場内では部品輸送用として、タイプ1の裸のプラットフォームシャーシをベースに、リアのエンジン上にドライバーズシートを設置し、車体前方をまるまる貨物搭載スペースとした特殊トランスポーターが、工場スタッフの手で製作され、使用されていた。

ベン・ポンはこの便利なキャリアカーをみてアイデアに感心したが、そこから、タイプ1のフラットなシャーシ構造を活かせば、スペース効率に優れたキャブオーバー型の汎用ボディを架装できるのではないか、というユニークな着想を得たのである。

タイプ1のシャーシは、第二次世界大戦中に設計者フェルディナント・ポルシェの手で軍用万能車キューベルワーゲン、軍用水陸両用車シュビムワーゲンとして利用された実績もあり、更にはスポーツカーのポルシェ・356のベースにもなったほどで、アレンジのポテンシャルは高かったのである。

タイプ1のシャーシにキャブオーバー・ワンボックス型バンボディを重ねた、実に簡単なフリーハンドのスケッチがポンのルーズリーフに記されたのは、1947年4月23日のことであった(この記念すべきスケッチは60年以上を経た21世紀初頭でも保存されている)。

自動車エンジニアでもデザイナーでもない人物のささやかなスケッチから後世に残る名車が生まれた実例としては、後に「ジープ」となったアメリカ陸軍の軍用車発注仕様書(1940年7月)に添えられた、担当士官のフリーハンドになる下手な概略図と並び、希な事例であろう。

ポンはほどなく、VWの経営責任者となっていたハインリッヒ・ノルトホフに、自らの新しいアイデアを提案した。ノルトホフも、あくまで乗用車としての用途に限られるタイプ1だけの生産では、VWの発展に限界が生ずることを考慮し、ポンの提言に同意した。ノルトホフは戦前、ドイツ最大の自動車会社であったオペルの幹部であり、広い車種展開の重要性を理解していたのである。こうして開発されたのがタイプ2で、プロトタイプは1949年に完成した。

レイアウトはポンの基本アイデアを踏襲して具現化したもので、タイプ1のシャーシをベースにしつつも、荷重に対処してシャーシを補強し、スプリングレートも上げた。後輪は、ロードクリアランスを高める必要と、タイプ1よりも低速からの力が要求されることを配慮して、キューベルワーゲンなど軍用車で用いられた実績のある、リア・ハブ内に減速ギアを組み込んだリダクション・ハブを採用している。

このシャーシにスペース効率に優れた全鋼製のフル・キャブオーバー型バンボディを架装した。全長はタイプ1と大差ないが、通常でも3列のシートを配置可能な広さがあった。後部背面はエンジンルームへのドアに占拠されてラゲッジスペースへのアクセスには利用できなかった(その代わり、エンジンの整備性は良好だった。のちエンジン補機類の全高低下でエンジンルームの高さを縮小)が、側面に広いドアを配置することで、弱点を補っている。シフトレバーはフロアシフトであった。

重さと空気抵抗と低速型ギア比のため、最高速度はタイプ1よりも下がり、初期形ではタイプ1より10%以上も低い90km/hが精一杯であったが、用途から言えばさしたる問題ではなく、またこの最高速度を保って巡航できる美点はタイプ1と同じであった。乗用車であるタイプ1をメカニズムのベースにしているために、商用車としては乗り心地にも優れていた。

エンジンはタイプ1同様に空冷水平対向4気筒OHVを搭載した。当初1200ccで最高出力は25ps(19kw)だったが、後に40ps(25kw)まで向上しており、1962年には1500ccも追加された。ドライブトレーンはタイプ1と多くを共通化したものの、用途上、強い出力が要求されるだけに、強力型エンジンの搭載ではタイプ1よりも先行することが多かった。

発売されると、極めて丈夫で扱いやすく、小型だが汎用性が高いことから、ドイツをはじめとする欧州の市場で大好評となり、アメリカ市場でも便利なミニ・トランスポーターとしてヒット作となった。この結果、フォルクスワーゲンは「乗用車のタイプ1」と「マルチパーパスカーのタイプ2」の二本立て戦略で販路を広げることが可能になり、その後の同社の隆盛に大きく寄与することになった。

バンタイプ、小型バスタイプ、オープンデッキのトラックタイプなどが多様に展開され、バリエーションには救急車型まで出現した。日本では1953年にヤナセが輸入を開始している。

ドイツでの製造は1967年に終了したが、ブラジルでは1975年まで製造されていた。

日本でもマニアからの人気は高く、軽ワンボックスカーやトヨタ・ハイエースの前面をT1風にアレンジしたカスタムカーも多数存在する。

ちなみに・・・
日本では空冷ワーゲン車がブームとなりタイプ2も世界中から輸入されている。かなりの年月がすぎておりカスタムベース車としてこなれた価格となっていたタイプ2であったが、日本でのブーム再燃により特に米国でのタイプ2中古車の価格上昇を引き起こしている。

日本でのタイプ2ブームは同じRR駆動方式であるスバル・サンバーをベースにタイプ2を模したフロントマスクを装着したカスタムカー、ワーゲンバス仕様を日本で生み出すことになった。これは、世界のタイプ2好きにも知られるところとなっている。近年はサンバー以外の軽商用バンをベースにしたカスタムカーも存在する。

[ 2009/07/23 19:25 ] VOLKSWAGEN | TB(0) | CM(0)

Volkswagen Scirocco 2008 10'00"

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フォルクスワーゲン・シロッコ(Volkswagen Scirocco)はドイツの自動車メーカー・フォルクスワーゲンが1974年に発売した、3ドアハッチバックのスペシャルティカーである。1992年に一旦消滅し、コラードに世代交代したが、2008年より新型が再登場している。シロッコとは初夏にアフリカから地中海を越えてイタリアに吹く暑い南風(あるいは東南風)を言い、マセラティが車名に用いている「ギブリ」の別名である。パサート(貿易風)、ゴルフ(メキシコ湾流)同様、風をテーマとした命名である。

3代目(2008年-)
2006年のパリサロンで「フォルクスワーゲン・アイロック(Iroc)」というコンセプトカーが発表されて二年後の2008年になって、三代目シロッコは発売された。コラードが1995年に消滅以来13年ぶりのクーペモデル復活であった。全長4256mm・全幅1810mm・全高1404mmという幅広く短い、ロングルーフを特徴とする独特なそのスタイルからは先代との共通点は伺えないが、かつてのシロッコの精神的な継承者であるとされている。エンジンは最新のゴルフⅥと共通の、VW得意のツインチャージャー直列4気筒1400cc120-158馬力、2000cc197馬力、2000TDI140馬力が用意されている。

日本への輸出
初代・二代目は当時の輸入元・ヤナセの強力な販売力によって多数が輸入されたが、三代目もフォルクスワーゲン グループ ジャパンによって5月25日輸入開始となった。日本市場向けには1400ccツインチャージャーエンジン搭載の「TSI」(392万円)と2000ccターボの「2.0TSI」(447万円)の二種類が用意された。

[ 2009/09/23 07:03 ] VOLKSWAGEN | TB(0) | CM(0)
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