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Honda T360 1965 0'59"

トップページHONDAカテゴリーHonda T360 1965 20071030150405.jpg
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1963年に発売された軽トラック。

軽トラックでありながら日本初の2バルブDOHCエンジン搭載車であり、ホンダ初の4輪自動車でもある。当時のホンダの四輪開発担当責任者は中村良夫。また本田宗一郎がまるまる一台関与した唯一の車でもある。

前期型(AK型)は水冷4気筒に4連キャブレターを採用。 後期型(BKと呼ばれるが正式な型式ではない)はシングルキャブレターまたはツインキャブレター仕様となっている。

元々S360(ショーモデルのみで発売されず)というオープンスポーツカー用に開発されたエンジンを流用したため、高回転型で(当時としては)高出力。 わずか360ccで30馬力を誇った(ただし4サイクル機関としてはという但し書きにおいてである。当時の軽自動車は2サイクル機関のものが数多く存在した)。

1967年、N360用と同一の簡単なエンジンを搭載したキャブオーバータイプの後継車TN360に道を譲り生産中止。
後輪部分を履帯(クローラー)に置き換えた雪上用ハーフトラックタイプのものも存在した

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[ 2007/10/04 12:05 ] HONDA | TB(0) | CM(0)

Honda Civic Nation 1'00"

トップページHONDAカテゴリーHonda Civic Nation CivicNation.jpg
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シビックフェリオ 2代目(1995-2000年 EK2/3/4/5型)
1995年9月4日発売。前期型のトップグレードは「SiⅡ」(後期型は「Si」。前期型にも「Si」は存在するが、3ドア「SiR」同様のレースベースモデル)。エンジンは先代同様のB16A。先代の「ETi」のVTEC-EエンジンとVTiのSOHC VTECエンジンを足したような、3ステージVTECを搭載したモデルが「Vi」になる。AT車はホンダマルチマチックというCVT仕様。エクステリアはハッチバック同様前期型(E-EK型)と後期型(GF-EK型)ではフロントとリアのデザインが異なる。インテリアでは、カーオーディオが1DIN(前期型)から2DIN(後期型)へ。前期型については北米仕様以外バンパーにもモールが装着されている。

後期型に「Vi-RS」というグレードも設定される。このグレードは「Vi」をベースに、「Si」の外観・足回りを丸ごと採用したという走り志向なセッティングがなされており、標準装備としてフルエアロが奢られる。(リヤウイングはロータイプでハイマウントストップランプ内蔵)

シビックのアフターパーツがほとんど流用可能であるためカスタムカーのベースとして近年人気が出始めている。またサスペンションはインテグラのものが流用可能であるとされている。

[ 2007/11/25 10:52 ] HONDA | TB(0) | CM(0)

Honda T360 Crawler (ホンダT360スノーラ) 0'25"

トップページHONDAカテゴリーHonda T360 Crawler (ホンダT360スノーラ) Honda_T360_Crawler_____T360_____.jpg
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1967年に発売された雪上軽トラック。

軽トラックでありながら日本初の2バルブDOHCエンジン搭載車であり、ホンダ初の4輪自動車でもある。当時のホンダの四輪開発担当責任者は中村良夫。また本田宗一郎がまるまる一台関与した唯一の車でもある。

前期型(AK型)は水冷4気筒に4連キャブレターを採用。 後期型(BKと呼ばれるが正式な型式ではない)はシングルキャブレターまたはツインキャブレター仕様となっている。

元々S360(ショーモデルのみで発売されず)というオープンスポーツカー用に開発されたエンジンを流用したため、高回転型で(当時としては)高出力。 わずか360ccで30馬力を誇った(ただし4サイクル機関としてはという但し書きにおいてである。当時の軽自動車は2サイクル機関のものが数多く存在した)。

1967年、N360用と同一の簡単なエンジンを搭載したキャブオーバータイプの後継車TN360に道を譲り生産中止。

後輪部分を履帯(クローラー)に置き換えた雪上用ハーフトラックタイプのものも存在した

[ 2007/12/15 19:30 ] HONDA | TB(0) | CM(0)

Honda 1300 1'00"

トップページHONDAカテゴリーHonda 1300
HONDA_1300_CM.jpg
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マイナーチェンジで1,450cc水冷エンジンを得て「ホンダ・145」という名称に変わったが、基本的には同じ車である。 駆動方式はフロントエンジン・フロントドライブ。

  • 左右に分かれたフロントグリルなど、クセのある顔つき(スポーツ・グレード系)
  • 本田宗一郎のこだわりとして、DDAC(デュオ・ダイナ・エア・クーリング)と呼ばれる強制空冷の直4 SOHC 8バルブクロスフローエンジンが採用され、77 SEVENTY SEVEN シリーズ(シングルキャブ仕様:100PS/7,200rpm)と99 NINETY NINE シリーズ(4連キャブレター仕様:115PS/7,500rpm)とが設定された。搭載されたエンジンは当時の1,300ccエンジンとしては驚異的な馬力を発生し、DOHCエンジンに匹敵する高回転設計を誇っていた。それらは、ファミリーカーにも関わらずオールアルミ製のドライサンプ構造であった。その結果、構造があまりにも複雑で重く、フロントまわりの重量がかなり重くなり、アンダーステアが強いハンドリングを持った車となっていた。
  • 後に発売となるクーペモデルは、coupe 7(シングルキャブ仕様:95PS/7,000rpm)とcoupe 9(4キャブレター仕様:110PS/7,300rpm)との2車種。
  • PCDが120.0mmという特殊な規格のホイールハブを採用(ちなみに初代シビックおよび初代アコードもこのホンダ・1300用のホイールハブを流用していた)。
1300開発時にあった有名な出来事は、エンジンの冷却方法について対立したことであった。「水でエンジンを冷やしても、その水を空気で冷やすのだから、最初から直接空気でエンジンを冷やしたほうが無駄がない」という宗一郎の主張と、「水冷のほうがエンジン温度を制御しやすい」という若手技術者の主張がぶつかり合い、当時技術者だった久米是志(後の3代目社長)は辞表を残して出社拒否をしたほどであった。あくまで空冷にこだわる宗一郎に対して技術者達は、副社長の藤沢武夫に、宗一郎に水冷エンジンにしてくれるよう説得を頼み、藤沢は電話で宗一郎に「あなたは社長なのか、技術者なのか、どちらなんだ?」と問いただされ、宗一郎は自分が社長ということを改めて認識し、若手技術者の主張を認めることとなり、145では水冷エンジンが搭載されることになった。

[ 2007/12/17 20:06 ] HONDA | TB(0) | CM(0)

Honda CITY 0'30"

トップページHONDAカテゴリーHonda CITY CM_HONDA_CITY.jpg
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1981年11月11日に発売開始。「トールボーイ」と呼ばれる当時としてはユニークな背の高いデザインを採用し、人気車種となった。同時に商用バンとしてシティ・プロも発売された。ヨーロッパではHonda Jazzの名で販売されたが、これは「City」の商標をオペルが持っていたためである。

ムカデダンスに井上大輔作曲、マッドネス演奏・歌唱の「シティ・イン・シティ(In The City)」に「ホンダホンダホンダホンダ…」の合いの手が入ったCMも有名であった。このCMソングやムカデダンスは当時の人気テレビ番組「8時だョ!全員集合」で加藤茶と志村けんがギャグのネタにしている。

  • 1982年8月25日に、低燃費仕様の「EⅠ」を追加。クラストップの低燃費 21.0km/l(10モード)を実現。
  • 1982年9月20日に、ターボチャージャー付きの「ターボ」を追加。
  • 1982年11月26日に、ハイルーフ仕様の「マンハッタンルーフ」を追加。
  • 1983年10月26日に、インタークーラーターボ付きの「ターボII」(通称ブルドッグ)を追加。
  • 1984年7月4日に、オープン仕様のカブリオレを追加。
  • 1985年3月14日に、量産車で世界初のF.R.M.アルミコンロッドを採用した低燃費仕様の「EIII」を追加。クラストップの低燃費 24.0km/l(10モード)を実現。
  • 1985年4月24日に、副変速機付4速マニュアルの「ハイパーシフト」を追加。
現在の軽自動車よりも、全長が短く車重も軽いコンパクトな車でありながら、ターボ仕様は最高出力100PS/5,500rpmを誇り、その加速度とパワーは当時の高級車にも引けをとらない車であった。

ターボIIには、エンジン回転数が3,000rpm以下の時にアクセルを全開にすると10秒間だけ過給圧が10%アップする「スクランブルブースト」と呼ばれる機能が装備されており、高速合流時などに特に重宝した。

マンハッタンルーフには、オプションで「マンハッタンサウンド」か、電動サンルーフが選べた。カブリオレについては、ピニンファリーナが手がけたデザインで、岐阜県の東洋工機(現・パジェロ製造) で生産されていた。日常生活にも使用が耐えうる実用的なデザインということもあり、マツダ・ロードスターが発売されるまで、それまでの日本のオープンカーの歴史の中で最も売れた車種となった。また、少量生産の特徴を生かし12色のボディーカラーが用意されていた。

折りたためばシティのトランクにピッタリ入る、50ccバイクのモトコンポが同時に発売されていた。

4WDの設定はなかったが、ユニークな形状故か、タミヤからコミカルミニ四駆として模型化される。

[ 2007/12/18 20:23 ] HONDA | TB(0) | CM(0)

Honda CITY & CITY TURBO 0'56"

トップページHONDAカテゴリーHonda CITY & CITY TURBO ________________AA.jpg
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1981年11月11日に発売開始。「トールボーイ」と呼ばれる当時としてはユニークな背の高いデザインを採用し、人気車種となった。同時に商用バンとしてシティ・プロも発売された。ヨーロッパではHonda Jazzの名で販売されたが、これは「City」の商標をオペルが持っていたためである。

ムカデダンスに井上大輔作曲、マッドネス演奏・歌唱の「シティ・イン・シティ(In The City)」に「ホンダホンダホンダホンダ…」の合いの手が入ったCMも有名であった。このCMソングやムカデダンスは当時の人気テレビ番組「8時だョ!全員集合」で加藤茶と志村けんがギャグのネタにしている。

  • 1982年8月25日に、低燃費仕様の「EⅠ」を追加。クラストップの低燃費 21.0km/l(10モード)を実現。
  • 1982年9月20日に、ターボチャージャー付きの「ターボ」を追加。
  • 1982年11月26日に、ハイルーフ仕様の「マンハッタンルーフ」を追加。
  • 1983年10月26日に、インタークーラーターボ付きの「ターボII」(通称ブルドッグ)を追加。
  • 1984年7月4日に、オープン仕様のカブリオレを追加。
  • 1985年3月14日に、量産車で世界初のF.R.M.アルミコンロッドを採用した低燃費仕様の「EIII」を追加。クラストップの低燃費 24.0km/l(10モード)を実現。
  • 1985年4月24日に、副変速機付4速マニュアルの「ハイパーシフト」を追加。
現在の軽自動車よりも、全長が短く車重も軽いコンパクトな車でありながら、ターボ仕様は最高出力100PS/5,500rpmを誇り、その加速度とパワーは当時の高級車にも引けをとらない車であった。

ターボIIには、エンジン回転数が3,000rpm以下の時にアクセルを全開にすると10秒間だけ過給圧が10%アップする「スクランブルブースト」と呼ばれる機能が装備されており、高速合流時などに特に重宝した。

マンハッタンルーフには、オプションで「マンハッタンサウンド」か、電動サンルーフが選べた。カブリオレについては、ピニンファリーナが手がけたデザインで、岐阜県の東洋工機(現・パジェロ製造) で生産されていた。日常生活にも使用が耐えうる実用的なデザインということもあり、マツダ・ロードスターが発売されるまで、それまでの日本のオープンカーの歴史の中で最も売れた車種となった。また、少量生産の特徴を生かし12色のボディーカラーが用意されていた。

折りたためばシティのトランクにピッタリ入る、50ccバイクのモトコンポが同時に発売されていた。

4WDの設定はなかったが、ユニークな形状故か、タミヤからコミカルミニ四駆として模型化される。

[ 2007/12/19 20:41 ] HONDA | TB(0) | CM(0)

Honda S600/S600Coupe CM 0'29"

トップページHONDAカテゴリーHonda S600/S600Coupe CM Honda_S600_S600Coupe__________.jpg
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自動車製造の経験不足を、大手海外メーカーの模倣ではなく、2輪やフォーミュラカーの経験から導き出された独自の発想で乗り越える道を選んだため、各所に自動車としてはイレギュラーではあるが、革新的なアイデアやメカニズムが散見される。

S500同様の水冷直列4気筒 DOHCエンジンで、ボア、ストロークともに拡大(Φ54.5mm×65mm)し、606ccとしたAS285E型へ変更された。

同社の一連の4ストローク2輪グランプリマシンやF2、F1のエンジンと同じ思想を取り入れ、一時期のホンダ車の路線を決定付けることにもなった、超高回転型エンジンを採用した。

当時の日本車としては大変珍しいDOHCと4連キャブレターを装備し、606ccという限られた排気量の中で、2輪用エンジンもかくやという、9000rpmからがレッドゾーンとなる、回転数で出力を稼ぎ出すハイメカニズムエンジンであった。装備された京浜精機製作所製4連キャブレーターや等長エキゾーストマニホールド、そして、アクセルペダルに足を乗せるだけで吹け上がろうとするピーキーな性格など、小粒ではあったが、当時のホンダ・F1の雰囲気が伝わるものであった。
この頃、海外からはこのエンジンに対し、RCシリーズのエンジン(特にRC110)同様、「時計のような精密さ」と評されるようになった。

ボアの小さい、高回転型のエンジンと、等長マニホールドが奏でるエキゾーストノートは、ホンダ・F1とはまったく違った、もうひとつの「ホンダミュージック」であった。

この型式のAS285EのASとは、Automobile Sportsの略であると言われている。

基本構成はすべてS500を踏襲している。 フロントエンジン・リアドライブで、フロントサスペンションは縦置きトーションバースプリングとダブルウイッシュボーン、リアサスペンションは、コイルスプリングとトレーリングアームの組み合わせの4輪独立懸架である。

このうち、リアは駆動用チェーンケースをトレーリングアームと兼用とした、チェーンアクスルを採用した。これはオートバイやスクーターでは当たり前であるが、クルマではほとんど例が無く、チェーン駆動と後輪独立懸架の組み合わせという、斬新前代未聞の構成となった。

この方式は、駆動トルクのリアクションにより、アクセルペダルを踏み込めばリアを持ち上げ、戻せば沈み込む挙動を特徴とし(後退時はまったく逆の挙動)、一種のアンチスクワット・アンチダイブ機構とも言え、他車には無い運転感覚と、トレーリングアームならではの、優れた路面追従性を味わうことができる。

冷却風量を確保する為に開口を増したメッキグリルと、それに伴うバンパー形状の変更以外、S500との相違は無い。
ユニークなヘッドランプなどは愛らしく、本田宗一郎のお気に入りだったといわれる、リアフェンダーの張り具合は芸者(和装の女性)の尻をイメージしたものだといわれている。

S600が世に出る以前、S500という500ccのモデルが存在しているが、S500の販売台数は500台程度とも言われ、現存数は極めて少数である。また市販には至らなかったが、試作車のS360という排気量360ccのモデルも存在し、これは1962年10月の第9回全日本自動車ショーに参考出品されている。

S500とそれ以降のモデルでの大きな変更点は、オーバーヒート対策の為、フロントグリルの形状変更、エアクリーナー(前期:湿式)(後期:乾式エレメント一体型)の形状変更、リヤではテールランプの形状変更が挙げられる。

  • 1964年3月 S500の後継として発表された。価格は50.9万円。通称エスロク。サブマフラー、ヒーター、ラジオ、助手席サンバイザー、バックアップランプ(左右)、サイドシルプロテクターを標準装備としたSM600もラインナップされた。
  • 1965年2月 ビジネスユース(!)の名目で、クーペが追加されている。車重は20kg増加した。
  • 1966年1月 S800発表。
Sシリーズは現在でも色褪せることなく愛されつづけている。

[ 2007/12/20 20:50 ] HONDA | TB(0) | CM(0)

Honda FIT 0'35"

トップページHONDAカテゴリーHonda FIT hondatetrisadpreatycool.jpg
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初代(2001-2007年 GD1/2/3/4型)
搭載されたエンジンは、L13A型 1.3L SOHC i-DSI(86PS/12.1kgm)と、L15A型 1.5L SOHC VTEC(110PS/14.6kgm)。トランスミッションは、当初ホンダマルチマチックSと呼ばれるCVTのみで、2002年9月に1.5Lモデルの追加に合わせ、ホンダマルチマチックS+7スピード(7速自動変速モード付き:ハンドルのスイッチで任意に切り替え可能)に改良された。その後、スポーティ・ドライビングを好むユーザーに向け、2004年のマイナーチェンジで1.5L FF仕様に5速MTが追加された。同時に、ホンダマルチマチックS+7スピードモードモデルはパドルシフト付きに改良されている。

  • 2001年6月21日 - 1.3L仕様が発売された。
  • 2001年11月 - 2001-2002日本カー・オブ・ザ・イヤーを受賞。
  • 2002年9月12日 - 1.5LエンジンとホンダマルチマチックS+7スピードモードとが搭載された「1.5T」を追加。
  • 2002年11月14日 - マイナーチェンジ。HIDヘッドライトやハイマウントストップランプがメーカーオプションに設定され、キーレスエントリーにアンサーバック機能を追加。


  • 2002年には、年間販売台数で33年間トップを守り続けたトヨタのカローラを上回りトップとなった。
  • 2003年4月10日 - 1.3L FF仕様のエンジンを改良し、「超-低排出ガス」認定を取得。
  • 2003年10月21日 - マイナーチェンジ。全タイプが「超-低排出ガス」認定を取得。
  • 2003年12月25日 - 1.3L仕様が「平成17年排出ガス基準75%低減レベル(★★★★低排出ガス車)」認定を取得。
  • 2004年6月10日 - マイナーチェンジ。全仕様が「平成22年度燃費基準+5%レベル」を達成。スポーティーグレードの「1.3S」、「1.5S」を追加。エクステリアデザインの変更が行われ、LEDブレーキランプ及びテールランプ(全車)、LEDドアミラーウインカー(一部)を装備。5速MT仕様が国内向けの1.5L仕様にも追加され、ホンダマルチマチックS+7スピードモードはパドルシフト付きに改良された。
  • 2005年12月8日 - マイナーチェンジ。全仕様が「平成17年排出ガス基準75%低減レベル(★★★★低排出ガス車)」認定を取得。フロントグリル、前後ランプ系周りが変更された。スポーティーグレードの「1.3S」、「1.5S」は、フロントディスクブレーキ径が14in化や、リアディスクブレーキが標準装備(それ以前は、1.5L FFのみメーカーオプション)され、15インチアルミホイールも標準装備されるなどより差別化が図られ、同時に4WD仕様が廃止された。
  • 2006年12月21日 - 「1.3AU」を追加。「1.3A」にプライバシーガラスや電動格納ドアミラーを標準装備したもの。
  • 2007年6月末に、世界累計販売台数が200万台を達成した
欧州及び東南アジアでは「Jazz」、北米および中国では日本と同じ「Fit」の名称で販売されている。北米仕様は、1.5L VTECエンジンを搭載し,トランスミッションは5MTの他5ATが設定されている。またフラットブレードワイパーも適用されている。米高速道路交通安全局(NHTSA)の新車評価基準に合わせてフロントバンパーを拡大しており、同局の前面衝突試験では運転席・助手席ともに最高評価の五つ星を獲得している。ブラジルではフレックスエンジン(エタノールとガソリン両用エンジン)搭載車を売り出している。

フィットが大ヒットした影で、同じカテゴリーにあったシビックのハッチバックモデルが販売面で打撃を受けてしまったため、次期モデルからはセダンのみとなった。

[ 2008/01/16 11:02 ] HONDA | TB(0) | CM(0)

Honda Accord Wagon 2'00"

トップページHONDAカテゴリーHonda Accord Wagon hondaaccordcm.jpg
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4代目(2002年- CM1/2/3型)
アコードより1ヶ月半ほど遅れて2002年11月28日に登場。エンジンはすべて新開発のK24A型 2,400cc DOHC i-VTECとなり、アコードセダンやオデッセイアブソルートに搭載されている200PSと、ワゴン専用で超低排出ガス仕様の160PSの2種類のエンジンを使用する(違いは排気口が両出しが前者、右側にしかないものが後者となる)。

スタイリングを大幅に変更し、ハヤブサをモチーフに設計されたウイングルーフを採用し、先代の反省を生かし、実用性向上の観点から後方部も傾斜式からごく普通の直立式になっている。更にリアシートが可到式となっており、巨大なカーゴスペースが得られる。型式名はCM2/3。

ステーションワゴン初の電動式リアテールゲートを採用。また、ヘッドライトはアコード同様の「鋭い目」であり、セダン同様ドアミラーウインカーを標準装備しており、リアコンビネーションランプは従来の台形風からマツダ・デミオ(2代目)のテールランプに類似した丸型重視の横長のテールランプとなる。トランスミッションは全グレードSマチック付き5ATで、先代のゲート式からストレート式になった。また、「24T」と「24T・エクスクルーシブパッケージ」にはオプション設定でHiDS(インテリジェントハイウェイクルーズコントロール・レーンキープアシストシステム)が装備できる。

また、ヨーロッパでは「アコードツアラー (ACCORD TOURER)」として販売されている。CMソングは「カルメン」のアレンジ版。

2004年10月21日にグレード整理が行われ、「24E・エクスクルーシブパッケージ」が「24E・プレミアムパッケージ」に変更となり、新たに最廉価グレードとしてK20A型 2,000cc DOHC i-VTEC(155PS)を搭載した「20A」(型式名 CM1)がラインアップされた。

2005年11月24日にマイナーチェンジが行われた。「24T」シリーズはアコードセダン同様の「タイプS」となり、「24E」シリーズは「24EL」となった。

現在、ニッポン放送がラジオカー3号として、アコードワゴンを使用している。黄色の塗装にボンネットには、フジサンケイグループのロゴマークがつけられている。

5代目(2008年)
2007年9月11日から23日まで行われる、フランクフルトモーターショーに、5代目(欧州仕様 アコードツアラー)のコンセプトモデルが出展される。このモデルは、欧州地域で2008年半ばに発売が予定されている。

[ 2008/01/27 10:58 ] HONDA | TB(0) | CM(0)

Honda NSX Ad 1991 0'58"

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ホンダの新しいスポーツカー、「ニュー」「スポーツカー」と未知数を表す「X」を合成させたNewSportsCarXの略である。1989年のプロトタイプ・モデル発表からしばらくは、NS-Xと、SとXの間にハイフンが入っていたが、1990年の販売開始時にはハイフンが取れて現在の名称となった。

概要
ホンダの第2期F1参戦を機に「世界に通用するHONDAの顔を持ちたい」との願いから開発された車であり、バブル景気絶頂期の1989年に発表され、翌1990年から2005年までの15年間の長きにわたってフルモデルチェンジを行うことなく製造及び販売がなされた。価格は販売当初は1グレードのみの800万円(AT仕様は60万円高)で、当時の国産乗用車の中では最高額だった。その後、改良や装備の追加等により徐々に値上がりし、900万-1,300万円台となっていた。販売した15年間、いずれもスポーツカーとしては日本車最高額を誇った。最高時速は 270km/hを超えるといわれている(日本仕様は180km/h制限されている)。

エンジンは、C30A型V型6気筒 DOHC VTEC NA 3,000ccでありながら、MT仕様では国産車自主規制値の上限であった280PSを達成している(AT仕様は265PS)。そのエンジンを運転席後方に搭載し後輪を駆動するミッドシップエンジン・リアドライブ(MR)を採用している。

また当時、自動車として他に類を見ない世界初のオールアルミニウム製ボディーを採用した。その特殊性から生産の工程は大規模工場などの無人ロボットを使った流れ作業によらず、ほとんどを手作業で行っていた。

このような性質から、日本車で唯一のスーパーカーとも評され、国内の同じ280PSクラスのスポーツカーのライバル車とは一線を画していた。

日本国外では、ホンダブランドの他、ホンダの高級車チャンネルのアキュラブランドからも日本名と同じ「NSX」の名前で販売。元々は北米アキュラ向けの戦略車として開発され、日本でなくアメリカで開催のモーターショー、シカゴ・オートショーでプロトタイプが発表されたり、日本よりも北米市場で一早く販売開始がなされていた。また、当初の生産枠分も北米向けが大半だった(その後の増産枠分はほとんど日本市場向け)。生産終了まで半分以上が北米市場向けに造られていた。

欧米で2006年から始まる燃費・排ガス環境規制への対応が難しい(技術的には可能だが採算が取れない)ため、欧州向けは2005年9月末、北米向け・日本国内は同年12月末をもって生産終了となった。なお、後継モデルは、日本では2010年以降に開業が予定されているアキュラブランドからの発売予定が表明されている

初代I型 E-NA1(1990年 - 1996年)
1990年に登場。エンジンはC30A型 3,000cc V6 DOHC VTECを搭載している。外観はリトラクタブル・ヘッドライトを採用するなどスタイリッシュに仕立てた。また、通常仕様のクーペから快適装備を外して軽量化を図ったピュアスポーツグレードの「タイプR」も1992年から3年間の期間限定で日本国内販売のみにラインアップされた。

1995年にマイナーチェンジし、ドライブ・バイ・ワイヤやAT仕様車にFマチック(ステアリングコラムのスイッチによるマニュアルシフト)が追加された。また、オープントップ (いわゆるタルガトップ)仕様の「タイプT」が追加された。

初代II型 GH-NA2(MT)/GH-NA1(AT)(1997年 - 2000年)
1997年に形式変更を伴うマイナーチェンジで平成12年排出ガス規制に適合。外観上は大きな変更は無いが、MT仕様車のエンジンがC32B型 3,200cc V6 DOHC VTEC(280PS)に変更されたのと同時に、トランスミッションは6速MTとなった。日本国内販売のみ、MT仕様にスポーツグレードの「タイプS」、従来の「タイプR」に相当する「タイプS-Zero」がラインアップに追加された。

1999年にはエンジンが低公害化され、平成12年基準排出ガス50%低減の「優-低排出ガス」車に認定された。

初代III型 LA-NA2(MT)/LA-NA1(AT)(2001年 - 2005年)
2001年には外観を中心にビッグマイナーチェンジが施行され、ヘッドライトをリトラクタブル式から異形の固定式に変更した(その理由は、衝突安全性を高めるため)。このマイナーチェンジから半年後に「タイプR」が復活した(そのため、「タイプS-Zero」は廃止)。また、2003年の小変更ではCDチェンジャー(タイプRを除く)及びイモビライザー(全車)が標準装備化されるとともに平成17年排出ガス規制に適合し、形式記号がLA-NA#からABA-NA#に変更されている。

2005年2月22日、「NSX type R GT」発表。3月22日までの1か月間限定でSUPER GT参加のホモロゲーション取得用に5台限定で販売を予定していたが、実際に作られたのは1台だけで、その価格は5,000万円であった。ベースの「タイプR」に、カーボン製エアロバンパーなどの空力パーツを装着し全長全幅を拡大。エンジン(C32B型)、ミッション(6MT)、ダブルウィッシュボーン式サスペンション等の基本性能は変更なし。型式ABA-NA2。

開発経緯
発売から6年半前の1984年、本田技術研究所がホンダ車のトレンドであるFF(フロントエンジン・フロントドライブ)以外の駆動方式の基礎研究を進めていくうち、MR(ミッドシップエンジン・リアドライブ)駆動方式を開発したことから始まる。それを、当時のアメリカ市場からのニーズや、参戦しているF1と量産市販車をつなぐ存在に応える形でのスポーツカー開発へ転化された。開発責任者は、先述のMR駆動方式を開発研究していた上原繁が担当。操縦安定性を専門に研究していた上原の意向でハンドリングに拘ったスポーツカーを目指すことになり、軽量なオールアルミボディーの採用など、NSXのアイデンティティーとなる革新的な技術が開発・採用されるに至った。

開発に当たっては欧州のスポーツカーなどが比較対象になったが、特にフェラーリのV8モデル 328を越える走行性能を目指して開発された。当時個体性能差が大きかったフェラーリ・328を何台もデータ取りのために購入したと言われている。

開発段階からアイルトン・セナや中嶋悟など、当時ホンダがエンジンを供給していたF1チームのドライバーが走行テストに参加。車両をテストした彼らからボディー剛性の低さを指摘されたため、過酷なコースレイアウトで有名なドイツのニュルブルクリンク等で走行テストを繰り返し実施した。当時ニュルブルクリンクでの走行テストは、テスト車両のみを持ち込み走り込むというものが主流である中で、サーキットに程近いミューレンバッハ村にテスト基地を建設。8か月(冬季は封鎖)にわたり走行テストを繰り返すという、異例の姿勢で開発に臨んだ。その結果、当時世界初のオールアルミ製軽量高剛性ボディーが完成した。

搭載するエンジンは様々な案が提案され、当初は軽量スポーツカーのパッケージング案から、直列4気筒 2,000ccであった。しかし、社内事情やアメリカ市場を見据えたリサーチなどから、開発最終段階ではホンダ・レジェンドのエンジンをベースにしたV6 SOHC 4バルブ 3,000ccとなった。さらに、当時インテグラ用に開発中だった新機構搭載のDOHC VTECが完成。これまでレーシングカー用でしか成し得なかったNAエンジンで100PS/Lという高出力を、市販車で達成した点 等がユーザーや自動車評論家などに高い評価を受けた。これを受け、急遽DOHC VTEC化の指示が出された(開発者の上原繁曰く「SOHC版エンジンもかなり良かった」とのこと)。DOHC化によりシリンダーヘッドが大きくなることからホイールベースの延長を余儀なくされたが、エンジンを傾斜させ搭載することにより、30mmの延長で済ませることができた。

NSXはフルモデルチェンジを一度もしていない。それには開発中にフルモデルチェンジとも言える変更をしているのも一因である。ホンダはNSXを時代の流れに習ってある時期が来たらフルモデルチェンジをするよりも、マイナーチェンジを繰り返してNSXそのものの熟成の道を選ぶことにした。これにより 2代目のNSX-Rなどは2002年当時のニュルブルクリンク・サーキットにおける、日本車での市販無改造車のタイムアタックの記録を更新するなど(もちろん基本設計の確かさもあり)、開発責任者・上原繁の標榜したNSX発表当時の売り文句である「世界第一級の動力性能とハンドリングの両立」を証明した。

販売
発表時、バブル景気の真っ只中であった日本では注文が殺到した。当初は注文から納車まで1~2年待ちは当たり前、最長で6年待ちとも言われるほどの人気を博す。さらに当初一日の生産数25台のほとんどが北米向けで日本国内向けがわずか3台ばかりと少量だったことが国内の供給がままならない最大の原因だった。この事態に「約半年で納車できるように」とホンダ側が配慮し、すぐに一日の生産数を倍に増やす増産体制に入り(年産12,000 台という量産体制を確立)、増産分のそのほとんどを国内向けとした。しかしその直後にバブル崩壊。キャンセルが相次ぎ、以降は「見かけるだけでプレミアな車」のイメージが定着してしまった。クルマ好きにはバブルの象徴的な出来事として語り継がれている。

販売2年目の1991年を境に減少の一途を辿り、販売開始から10年が経った21世紀以後は国内外合わせても年間100台あまりにまで落ち込む。 NSXただ1車種のための工場を建設し、製造された15年間常に惜しみなく新技術を投入させたNSXは当初から採算の取れる存在ではなかったことを差し引いても、セールス的には失敗と言っても過言ではない。

2005年の生産中止発表直前には月間生産数はわずか10台ほど(国内向けはその半分程度)まで落ち込んでいた。それでも完全受注生産であり、手作業で製造されることから納車には2か月~3か月半を要していた。同年7月の生産中止発表以降は駆け込み需要で注文が殺到し、わずか一週間ほどで生産予定枠の注文数を満たしたことから早々に販売受付を打ち切った。

現在、NSXを買えるのは中古車市場のみではあるが、2005年の生産および販売終了前後から高値上昇の人気傾向に入っている。その多くが流通する 1990年や1991年型の低年式型の多走行距離車でもAT仕様車を除いて300万円を割らないのが現状である。また、生産数が少ない高年式型(およそ十年前のものまで含まれる)にいたっては低走行距離などの程度の良い物だと新車時の値段からそれほど下がっていない。とくに希少なタイプRは顕著である。時が経つごとに値段が落ちていき、最後は需要がなくなり値段も付かなくなるような他の中古車と違い、ことNSXの中古車に関しては一般的な価値観では図れない。

その理由は、国内仕様は一万台にも満たない元から少ない個体数と年々少なくなっていく優良車の数ゆえに、絶対的に数が膨らむことがないから高値安定は孕んでいたものの、スポーツカーと呼ばれる自動車がほとんどない国産自動車の現状において、かつて数あった国産スポーツカーのなかでも限りなくピュアスポーツカーを標榜していたNSXの存在が見直されたのと、製造及び販売時に子供や青年だった人たちが現在購入及び維持できる年齢に達して中古車でもその憧れを成就していく需要があるからとも伝えられている。

生産
1990年のNSX生産開始に合わせてNSXを生産するためだけの専用生産工場を栃木県塩谷郡高根沢町にホンダ栃木製作所高根沢工場として建設し、以来そこで生産されていたが、2004年4月にホンダの完成車一貫生産構想に基づき、高根沢工場での生産を中止し、三重県鈴鹿市にある鈴鹿製作所の少量車種専用ライン、TDライン(Takumi Dreamライン)へ生産を移管した。2005年の生産終了に伴ってNSXの生産ラインは閉じられた。しかし、TDラインでは高根沢工場時代からNSXと並行して造られているS2000の生産が継続されている。

経年車に対して、車両を生産工場に戻してそこの設備や人員を使って新車時の性能や質感を蘇らせるサービスプランが設けられており、リフレッシュ・プランと呼ばれている。メーカー自らが行うものとしては、日本車では唯一のものであり、世界的に見ても極めて希である。なお、生産終了後もこのサービスプランは継続されている。アルミボディーの経年劣化が非常に少ないことに加え、徹底した検査調整と部品交換で中古車でも新車並に復活できるという評判で、とくに生産終了後からは新車ではもう買えないことに加えて、中古車価格の上昇と優良中古車の減少から、既存のオーナーからの注文が現在殺到していて作業開始に6か月から一年待ちを要する。

日本国外での競合車種
販売を開始した1990年、開発段階から仮想敵にしていたフェラーリのV8モデルは、既に328から348にフルモデルチェンジを果たし、NSX登場時のマスコミでの比較はそれとなる。また、生産を終了する2005年までの15年間にF355、360、そして最新のF430に至るまで3回もフルモデルチェンジを果たしていて、日本国内のような自主規制がないこともあり、その3車種はいずれもスペック上ではNSXをはるかに上回る性能を示している。しかしながら、日常使用における取り回しの良さや製造クオリティなど、NSXがその後のフェラーリのV8モデルに与えた影響は大きいと言われている。

ポルシェのポルシェ・911もまたNSXにとっては常に競合車種となった。初代NSX-Rが発表された1992年には偶然にもポルシェも911をベースにしたカレラRSを発表(発表自体はポルシェが先行)。街乗りにも使えるラグジュアリー仕様のものとそれをベースにしたサーキット走行専用車を生み出したシンクロニシティ(共時性)が起こり、以後は走行性能の引き合いにおいてはフェラーリよりもポルシェとの対立軸のほうが明確となっていった。

日本国内での競合車種
NSXが販売を開始した1990年の前後は、国産各メーカーから日本国内の自主規制値の最高値である280PSの高性能な2ドアスポーツカーが次々と発売された。それらと価格帯は倍も違えど、用途とスペックはほぼ同等であったためにライバル視された。直線加速性能はターボエンジンを搭載したスープラやスカイラインGT-R、公道やタイトコーナー、低μなどの道ではスバル・インプレッサWRX三菱・ランサーエボリューションなどの軽量ハイパワー4WDに及ばなかったが、高速旋回性能はこれらの中では随一であった。

排ガス規制
2002年夏、同じ280PSを誇った国産のライバル車種は日本国内の平成12年排ガス規制をクリアできず次々と生産中止に追い込まれていった。ライバル車種に厳しい逆風が吹く中、NSXは1999年にエンジンをLEV化し排ガス規制値をクリアしていたおかげで引き続き生産が可能だったが、基本設計からは15年以上の長期間が経過しており、2006年に欧米で始まる最新の燃費・排ガス環境規制にNSX専用エンジンを対応させると多大な改修費用が掛かってしまい採算がとれないことなどから2005年限りで生産を終了するに至った。

ホンダにおける派生車種
販売開始の翌1991年、NSXと同じMR駆動方式のビートが販売開始され双方が比較されることもあったが、方やNSXは世界戦略の大排気量スポーツカー、方やビートのほうは日本国内専用の軽自動車規格と、開発時のコンセプトが全く異なる上に社内の開発チームも別々で、双方の開発時における人的交流もなかった。

1995年、当時販売が低迷していたインテグラのマイナーチェンジ時に設定されたタイプRには1992年に発表されたNSX-Rで培ったものが惜しみなく投入されて一躍人気車種へと復活した(なお、この商品企画は上原繁が担当)。以後、タイプRはシビック、アコード(欧州のみ、国内ではユーロR)にも設定され、NSXから生まれたタイプRは1990年代のホンダ車のスポーツ精神を具現する言葉となった。

1999年、本田技研工業 創立50周年記念車としてS2000を発表。開発には上原繁をはじめとしたNSX開発陣が多数参加。また、NSX、S2000と同じ高根沢工場で生産されていたインサイトのアルミニウム製のフレームにはNSXの開発や生産で培ったものが投入されていた。

レース活動
もともとはレース参戦用のホモロゲーションを考慮した車両ではなかったため、1990年の発表当初はレース活動には全く使用されず、エンジンのみが改造され1991年より2年間アメリカの「IMSA」に参戦(ACURA-SPICE SE90CL)し、キャメル GTP Lightクラスにおいてドライバーズ、マニュファクチャラーズの両タイトルを2年連続で獲得している。

1992年のNSX-R投入以後からそれをベース車両として徐々に国内外でレース活動を行うようになる。1993年から2年間ドイツ国内レースの「ADAC GT CUP」(「DTM」よりも改造範囲が限定された市販車により近いカテゴリー)に投入してBMWやポルシェらと戦って優勝もするが、日本国外のローカルレースのために日本国内ではそれほど話題にはならなかった。しかし、その車両を改良し1994年から3年間にわたって「ル・マン24時間レース」に参戦した際は、日本人レーシングドライバーも多数登用されたこともあって国内においても話題となった。なお、1994年は全車完走、そして1995年にはGT2クラス優勝、1996年にはGT2クラス3位などめざましい戦績を上げている。

1996年からは市販車レース国内最高峰の「全日本GT選手権」(JGTC)に参戦開始。2000年にはGT500クラスで、2004年にはGT300クラスで、年度チャンピオンを獲得している。2005年からのレースの名称が「SUPER GT」に変更以後も参戦を続けている。近年はミッドシップ車に対しての不利なレギュレーションに悩まされて色好い結果は残せていなかったが、最近はコンスタントに優勝を飾るなどして復調の兆しが見え、2007年には再びGT500クラスで年度チャンピオンを獲得した。

NSX自体の生産及び販売は2005年で終了されたものの、その後も引き続きSUPER GTにNSXで参戦している。

改造範囲が限定された市販車により近い「スーパー耐久」にも参戦している。日本国外においては「ニュルブルクリンク24時間レース」に2003年から毎年参戦している。

カスタマイズ
* ボディー…参戦している「SUPER GT」のイメージが強いため、GTマシンレプリカのエアロパーツをまとうパターンが多い。それから、よりスーパーカー然とした格好を目指してフェラーリやランボルギーニのボディースタイルを模倣としたパーツをまとうのも少なくない(例:ガルウィング)。その一方で、ノーマルの流麗とした外観を保つユーザーも多く、好みが分かれるところ。また、後期型のホンダ純正の固定式ライトにフェイスリフトする改造も人気が高い(ただしボディー側を加工しなければならず、後戻りできないうえ、片側だけで25万円と高価であるというリスクがある)。

* エンジン…ホンダの真骨頂であるNAを貫き官能的な高回転を求めるパターンと、他のハイパワースポーツカーと同等の性能を手に入れるためにターボ化やスーパーチャージャー化してトルクを太くするパターンに分かれる(前者は主に日本、後者はパワー第一主義のアメリカと、傾向が分かれる)。また、NA チューンでも、3.2LのII型が登場した以降では、3.0LエンジンのI型はそれに載せ替えることでプラス200ccという数値以上に大幅なパワーアップを体感できるという。日本車にしては珍しくスロットル側でパワーを制限しており、大口径スロットル+ECUで20ps、6連スロットル+ECUで 40psと、ターボ車のブーストアップ並の効果がある。最近ではアメリカでもScience of Speed(サイエンス・オブ・スピード)等のチューナーから3.8Lキットなども販売されており、パワー、トルクともにNAながらComptech(コンプテック)等の並のスーパーチャージャーを軽く上回っている。ターボキットはアメリカでは多数販売されており、中でもHP Performance(HPパフォーマンス)製のものが信頼性の高さで人気を得ている。そのほかにもCybernation Motorsports(サイバーネーション・モータースポーツ)、Cartech Racing(カーテック・レーシング)、Gerry Johnson(ゲリー・ジョンソン)、Bell Engineering(ベル・エンジニアリング)等多数のチューナーからターボキットが販売されている。信頼性確保のため400PS前後に抑えられるケースが多いが性能重視の700PSを超えるものも存在する。その代表的な例が、NSXチューナーであるLoveFab(ラブ・ファブ)は2007年10 月4日に771PS,トルクは76kgmという出力を発揮している。なお、これらの数値は車体をダイナモメーターに載せてリアホイールから計測されているため、エンジン自体の出力は優に800PSを超えている。スーパーチャージャーではComptech(コンプテック)、Basch Boost(バッシュ・ブースト)、GruppeM(グループ・エム)等がある。

* その他…NSXは製造されていた15年間一度もフルモデルチェンジがなされていないため、先述のエンジンを含め、脚廻り(ブレーキ関係含む)、外装・内装に至るまでどの時代に製造されたどのグレードの車両でもほとんどの純正部品を共有して付けられる利点がある。そのため、国内でのカスタマイズの最近の傾向としては、カスタマイズを求める多くの初期型ユーザーはアフターメーカーのものではなく、信頼性や適合性に富む最後期型のホンダ純正部品を使って施している。また、ラグジュアリー指向のクーペにスポーツ指向のタイプRやタイプSの専用部品を流用することも定番である。

ちなみに・・・
ゼロヨンを7秒39で走るツインターボのNSXがアメリカに存在する。通称Adam Saruwatari NSX(アダム・サルワタリNSX)と呼ばれており、リアホイールで1093PS、エンジン自体の出力は1300PSを超えている。徹底した軽量化で重量はわずか800kg台後半に収められており、何と世界唯一のFRレイアウトに改造されたNSXでもある。

NSXのパトカーが世界に1台だけ日本の栃木県警察高速道路交通警察隊に存在する。現在配備されている車両は2代目(1999年導入、第2期モデル)である。ちなみに初代は1992年に導入されたが、事故により廃車となっている。

2台とも本田技研工業から寄贈された車両で、主に警察関係の式典や啓蒙活動の場で活躍している。DIN規格のオーディオスペースが無いためサイレンアンプ、ストップメーターは助手席に装備されている。2代目の車両は警察車両では珍しく希望ナンバーで「・110」を取得している

[ 2008/04/08 13:59 ] HONDA | TB(0) | CM(0)

Honda Integra TypeR 98spec CM 0'30"

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初代(1995-2001年 DC2/DB8型)
1995年10月16日に、3代目インテグラの派生型として発売。モデルは3ドアクーペと4ドアハードトップである。

ベースモデルの「Si-VTEC」に対して、各部分の軽量化とモノコックフレームの強化を付すとともに、ECU、ピストン、カムシャフト、吸気系などの変更によりエンジン出力も200PS/8,000rpmとベースモデルに比べ20PSの向上(初期型はエンジンのポート研磨を手作業で行っていた)を実現した。またエンジンのカムカバーは赤の結晶塗装仕様となっている。(前期型は後に96タイプRあるいは96specと呼ばれる)

トランスミッションは、エンジンの高回転化に合わせて2-5速がローレシオ化されたクロスレシオとなった5速MTで、トラクション性能の向上のためヘリカルLSDが装着された。

外装は、専用車体色であるチャンピオンシップホワイトの設定の他、軽量アルミホイール、フロントのリップスポイラー及びリアの大型スポイラーを標準装備し、内装では、モモ社製 360mm径ステアリング(SRS非装着車)、チタン削り出しシフトノブ、フルスケール10,000rpmのタコメーターを備えたイエロー指針のメータ群およびレカロ社製バケットシートが採用された。なお、3ドア車ではバケットシートの色が赤または黒の選択ができた。

軽量化のため、標準ではエアコン、オーディオ類(アンテナ、時計等も含む)、リアワイパー、遮音材などは省かれており、フロントガラスもベースモデルよりも肉厚が薄く、バッテリーも軽自動車向けのものに換装されているが、逆にモノコックフレームの一部は鋼板の肉厚が厚くなっている。前期型では、SRSエアバッグ装備の有無でステアリングの変速比が異なった。

1998年1月29日に発売された後期型(98タイプRあるいは98specと呼ばれる)では、タイヤのワイド化(195→215)、ホイールのインチアップ(15→16inch)、ディスクロータの大径化、ステンレス製4in1等長エキゾーストマニホールド、ヘッドライトのHIDランプ化、モノコックの高剛性化、足回り、ECUのセッティング、ファイナルギヤレシオのローレシオ化などの変更が行われた。これにより前期型よりも走行安定性が高まったが、面白味では後退したと評価される場合もあった。

1999年12月16日には、専用スポーツペダル・専用カーボン調パネル・電動格納式ドアミラー・キーレス デジタルクロック・オートアンテナ・AM/FM電子チューナー&CDステレオ+6スピーカー・プライバシーガラス等を 標準装備したタイプRXが追加された。センターコンソール上に製造順を表すシリアルナンバーの刻印が導入された。 ちなみに動力性能等は98specから変更無(00specあるいは99specと呼ばれる)DC2タイプR最終型である。

[ 2008/04/24 14:06 ] HONDA | TB(0) | CM(0)

Honda Civic TYPE-R 1'00"

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3代目ホンダ・シビックタイプR(3代目 日本仕様)日本仕様車(2007年- FD2型)
2006年10月から公式サイトを立ち上げ、F1日本GPが開催された鈴鹿サーキットにプロトタイプが展示されるなど、発売前からプロモーション活動が展開された。

2007年3月29日発売開始。インテグラ4ドアタイプRが生産終了以来6年ぶりの久々の4ドアタイプRでもあり、シビックタイプRとしては2年ぶりの登場となった。型式はABA-FD2。

エンジンは2代目と同じK20A型 2.0L 直列4気筒 DOHC i-VTECだが、吸排気系のファインチューニング、圧縮比の向上などにより、最高出力はインテグラタイプR(DC5)やアコードユーロR(CL7)の220PSに対して5PS向上の225PSとなっている。

ボディ剛性はインテグラタイプRに対し約50%向上し、加えて専用コンパウンドで18インチのPOTENZA RE-070を採用し、サスペンションはその高いグリップを活かしきるセッティングとされている。

インテリアではこれまで採用されていたレカロシートでは無く、新たにホンダオリジナルのR specシートが採用された。エンジンスターターは、タイプRでは初のプッシュスタートシステムを採用している。

ボディをセダン型としたことにより、今までの3ドアハッチバック型よりも使いやすさが向上している。これにより「3ドアハッチバックでは使い勝手が悪いという家族の反対で今までタイプRを購入できなかった」「ちょうどインテグラ4ドアタイプRの代替時期と車検時期にきた」「子どもが生まれてハッチバック型から他車に乗り換えを検討していた時に使い勝手の良い現行型がデビューした」という世帯持ちの男性ユーザーの獲得にも成功している。ゆえに、発売後1ヶ月での受注台数が約2,100台となるなど、順調な滑り出しを見せている。

同年6月28日、M-TECが「Honda CIVIC MUGEN RR」を発表。300台限定で9月13日から販売され、申し込み開始からわずか10分で完売した。エンジンはノーマルよりさらにチューニングされ、最高出力は15PSアップの240PSとなっている。また、ボディーカラーはミラノレッド一色となり、内装にも赤が多く取り入れられている。価格は477万7500円。

2007年9月13日に、シビック ワンメイクレースベース車[競技専用特別仕様]を発売 。

[ 2008/04/25 14:22 ] HONDA | TB(0) | CM(0)

Honda Civic 2005 欧州地方専用 0'33"

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3代目(2005年- )
欧州市場専用の3ドアと5ドアハッチバックがラインナップされている。フィットで使われているグローバル・スモールプラットフォームを使用しており、エンジンは欧州市場専用フィット用の1.4L i-DSIと日本と同じ1.8L i-VTECの他、トップレベルの環境と運動性能で好評を得ている2.2L i-CTDiを採用し、ミッションは6速MTとi-SHIFTと呼ばれるマニュアルでも操作できるATがある。

安全面では6つのエアバッグ、ABS、VSA、EBD (各輪独立制御)やブレーキアシストなど標準装備。内装はエアコン・ステレオやカーナビの情報を表示する7インチディスプレー、アルミのペダルやタコメーターの真ん中に車の状況を表示する3インチディスプレーなど豪華な装備が標準でついており、後部座席はフィットのULTRシートを採用し、エアウェイブのスカイルーフのような装備設定もある。ホイルベースが短い3ドアモデルは1年遅れて発売され、こちらは1.8L i-VTECの「タイプS」というサスペンションの設定がスポーツ志向になったグレードと2.0L i-VTECを積んだ「タイプR」とがある。

[ 2008/04/26 14:43 ] HONDA | TB(0) | CM(0)

Honda Civic 2005 Type-R 欧州地方専用 0'15"

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欧州仕様車(2007年-)
2008年の東京オートサロンでは、ホンダがベース車両にモデューロパーツを取り付けた「スポーツモデューロ タイプR」を展示したほか、M-TECが「MUGEN RR」をさらにチューニングしたコンセプトカー「MUGEN RR Experimental Spec」を展示した。

フィット(日本国内型式GD1)をベースとした3ドアのハッチバック。2006年のジュネーヴモーターショーでプロトタイプが展示され、2007年より発売開始。イギリスで生産される。

エンジンは日本仕様と同じくK20A型 2.0L 直4 DOHC i-VTECであるが、最高出力は201PS/7,800rpmと控えめになっている。これに6速MTが組み合わせられる。車両重量は1,267kgである。サスペンションは、フロントがマクファーソンストラット型、リアはトーションビーム型。

インテリアは欧州仕様の8代目シビックに準じており、シフトレバー付近にシリアルナンバー入りのプレートが配されている。Type RとType R GTの2グレードがあり、GTは運転席・助手席独立した温度調整可能なエアコン、クルーズコントロール、カーテンエアバッグなどを装備する。

最近某自動車誌にて「欧州仕様車を日本国内にも台数限定で導入する見通し」と報じられたが、今のところホンダ側からの正式なアナウンスはない。

[ 2008/04/27 14:57 ] HONDA | TB(0) | CM(0)

Honda Civic Commercial 0'25"

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3代目(2005年- )
欧州市場専用の3ドアと5ドアハッチバックがラインナップされている。フィットで使われているグローバル・スモールプラットフォームを使用しており、エンジンは欧州市場専用フィット用の1.4L i-DSIと日本と同じ1.8L i-VTECの他、トップレベルの環境と運動性能で好評を得ている2.2L i-CTDiを採用し、ミッションは6速MTとi-SHIFTと呼ばれるマニュアルでも操作できるATがある。

安全面では6つのエアバッグ、ABS、VSA、EBD (各輪独立制御)やブレーキアシストなど標準装備。内装はエアコン・ステレオやカーナビの情報を表示する7インチディスプレー、アルミのペダルやタコメーターの真ん中に車の状況を表示する3インチディスプレーなど豪華な装備が標準でついており、後部座席はフィットのULTRシートを採用し、エアウェイブのスカイルーフのような装備設定もある。ホイルベースが短い3ドアモデルは1年遅れて発売され、こちらは1.8L i-VTECの「タイプS」というサスペンションの設定がスポーツ志向になったグレードと2.0L i-VTECを積んだ「タイプR」とがある。

[ 2008/04/28 15:10 ] HONDA | TB(0) | CM(0)

Honda CR-X 1983 CM 0'30"

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初代モデルは、同社の小型車シビックの姉妹車であるバラードの派生車種として、シビックのフルモデルチェンジに先立って市場に投入された。これには、デザイン面でのチャレンジが多い3代目シビック(ワンダーシビック)のパイロットモデル、もしくは「露払い」としての役目もあったと推測される。

発売にあたり同社は、「FFライトウエイトスポーツ」という新ジャンルであると説明。これ以降この言葉は、同クラスの車種を分類する場合に一般的に使用されることになる。

販売チャネルは、プレリュードやインテグラなどを扱う「ベルノ店」で、CR-Xがスポーティな車種として設定されたのは、このチャネルの性格付けと考えることもできる。

初代と2代目には後部座席が装備されていたが、大人が2人座ることは不可能であった。このため、ホンダは非常用の「ワンマイルシート」(1マイル用のシート)と呼んでいた。開発陣の間では、技術研究所から成増駅までの距離(1.5 km 弱)にたとえ「成増シート(シートになります)」と呼ばれていた[要出典]。北米向けには後席は無く、床下に浅い小物入れが装備されている。

また、この2代にわたるモデルの特徴として「アウタースライドサンルーフ」があげられる。これは、短い屋根ゆえに室内にスライド型サンルーフを格納できないため、ボディの外に電動スライドさせるというものである。

初代(1983-1987年 AE/AF/AS型)
1983年7月1日に発売。この時の正式名称は「BALLADE SPORTS CR-X」である。CMでは「デュエット・クルーザー」とのキャッチコピーが使われていた。尚、海外では「CIVIC CRX」("-"は付かない)の名前で売られていた。グレードは、1,300ccの「1.3」と1,500ccの「1.5i」。

リアにハッチを持ち、テールエンドを断ち切った形状のファストバッククーペボディーは「コーダトロンカ(coda tronca)」と呼ばれ、全長を伸ばすこと無く空気抵抗を低減できる特性を持っている。車体の軽量化にも積極的で、ABS樹脂とポリカーボネートをベースとした複合材料「H・P・ALLOY」(エイチ・ピー・アロイ)をフロントフェンダーとドア外装板に採用し、車両重量760kg (「1.3」MT仕様)/ 800Kg (「1.5i」MT仕様)を達成した。

エンジンは、EW型 CVCC SOHC 12Valve 1,500cc PGM-FI仕様と、EV型 CVCC SOHC 12Valve 1,300cc キャブレター仕様とが用意され(海外にはシビック同様1,500ccのキャブレター仕様もあった。)、「1.5i」MT仕様ではファイナルギア比4.4というローギアードを採用し、軽量化とあいまって抜群の加速性能を実現した。さらに、超ショートホイールベース2,200mmを特徴としたクイックなハンドリングをも実現していた。

「1.5i」では、アウタースライドサンルーフ、ドライブコンピュータ+デジタルメータ、ルーフベンチレータなどが選択できた。

北米仕様には、その軽量の車両重量を生かした超低燃費仕様「CIVIC CRX HF(CVCC SOHC 8Valve 1,300cc 5MT)」が存在しており、City mode:50MPG(24.8km/L)/Highway mode:56MPG(27.8km/L)の燃費性能を実現し低燃費No.1を獲得している。

1984年11月1日に、当時では珍しい、バルブ駆動にスイングアームを採用したDOHC 16valve 1,600ccのZC型を搭載する「Si」が追加された。

ウレタン製のリアスポイラーが標準装備となり、ボンネットにはS800以来の「パワーバルジ」が付けられ、よりスポーティなイメージを高めることになる。

エンジンの高出力化に伴い、駆動系はFF特有のトルクステアを防ぐため、等長ドライブシャフトが新たに採用されたが、ブレーキ構成は軽量な車重とショートホイールベースのため1.5iと同様の前輪:ベンチレーテッド・ディスク、後輪:リーディングトレーリングを踏襲(フロントブレーキパッドはセミメタルに変更された)。

1985年9月にマイナーチェンジを実施し、ヘッドライトがセミ・リトラクタブル・ヘッドライトから、輸出仕様の「CIVIC CRX」と同じ、固定式の異形タイプに変更された。「Si」では、前後のバンパーが大型化され、ツートーンカラーが廃止された。よって、このモデルではヘッドライトやパンパーの形状で前期型と後期型を区別できる。

ホンダ車のアフターパーツも生産している「無限」が、ブリスター形状の前後フェンダー、フロントマスク、リアスポイラーなどを「無限 CR-X PRO」の名称でリリースし、これらを装備した車両が鈴鹿サーキットのマーシャルカーとして用いられた。

新世代への期待
2006年11月に開催されたロサンゼルスオートショーで「Honda REMIX Concept」、2007年2月に開催されたジュネーヴモーターショーで「Honda Small Hybrid Sports Concept」、同年10月に開催された東京モーターショー2007では「CR-Z」という名のコンセプトカーが出典された。ホンダ社長の福井威夫は、12月19日の2007年年末社長会見において、CR-Zをベースにしたライトウェイトスポーツを市販すると発表した。

車名の由来
「CR-X」は「カー・ルネサンス」また「シティ・ラナバウト(「クルージング」の意味であるとも言われている)」を表す「CR」と未知数を表す「X」とを合成させたものである。尚、輸出向けはCRXとハイフンが入らないが、日本で販売時 既に「CRX」が商標登録されていたため「CR-X」となった。(「NSX」は逆に市販前は「NS-X」と表記されていた。)

[ 2008/05/03 19:10 ] HONDA | TB(0) | CM(0)

Honda Integra TYPE R 0'32"

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ホンダ・インテグラタイプR(インテグラタイプあーる、 INTEGRA TYPE-R )は、本田技研工業の乗用車でインテグラのスポーツバージョン。 NSXタイプRに続くタイプRシリーズ第2弾。略称は「インテR」。

2代目(2001-2006年 DC5型)
2001年7月2日フルモデルチェンジ。絶版となったプレリュードと統合された形になった為、4ドアハードトップは廃止され(2007年のシビックタイプRで再登場)、3ナンバーサイズのクーペのみで登場。標準グレードと同時にタイプRも設定された。これが最初で最後のフルモデルチェンジである。

当車種専用にハイチューンされたK20Aエンジンを搭載することにより、2000ccで220psと初代を上回るエンジン性能と、ホンダ車初のブレンボ社製ブレーキの採用などで装備面を強化したものの、安全装備の標準搭載や衝突安全性を考慮したボディで総重量が100kg以上の重量増となったり、クーペでは贅沢なほどの室内空間・トランクスペースの確保で全高が高くなったことから、タイプR特有の荒々しさがスポイルされたという不満の声もあった。ただ実際は初代同様世界最速のFFとの言われ、初代とは違った力を持った車種として世界中から高い評価を得た。

またハイスペックエンジン を搭載しながらも、国土交通省が定めた低排出ガス車認定制度平成12年排出基準の「優-低排出ガス(星2つ)」をクリアし、実燃費も1リッター当たり8kmから11km(カタログスペックは12km/1L)と、地球環境強くを意識したホンダらしいスポーツカーとしての一面も持ち合わせた。

2002年より、ホンダ主催のワンメイクレースが初代シビック・タイプRから当車種に変更され2007年まで続いた。2008年からは3台目シビック・タイプRに変更。

2004年9月16日マイナーチェンジ。大きな変更としては発売当初から賛否両論のあったライトを通称涙目型からシャープな形にした。さらに不満の多かったサスペンションを変更するなどし増販を狙ったが起爆剤にはならなかった。また世界中で盗難が相次ぎ、盗難されやすい車種としてのイメージが付いてしまったことからイモビライザーが標準装備された。(標準グレードではタイプSを追加投入)

2006年4月、クーペ型乗用車不振と若者の自動車離れの影響を受け国内の生産終了を発表した。(なお、当初は最後の300台を生産し同年6月に生産を終了するはずだったが、それを惜しむ声が大量に寄せられた為、150台増産で1ヶ月延長の同年7月に生産を終了した)

[ 2008/05/05 20:14 ] HONDA | TB(0) | CM(0)

Honda ballade 1982 CM 0'30"

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初代(1980-1983年 SS/ST型)
1980年8月26日:2代目シビックの姉妹車として登場。ボディは4ドアセダンのみ。イメージ的には若干、シビックより高級感があったが、実態は、当時のシビック・4ドアセダン室内空間をわずかに圧縮し、ボディの前後をリデザインしたもの。エンジン/サスペンション等、機構部品シビックとほぼ共通である。また英国の国有企業、ブリティッシュ・レイランド(BL)がトライアンフアクレイム(Triumph Acclaim)としてライセンス生産をしていた。

1981年10月:一部変更でフロントグリルのエンブレムがHマークに変更されグリル中央に付く。標準装備のラジオも押しボタン式からシンセサイザー方式に変更。

1982年9月:マイナーチェンジ。フロントノーズをややスラント化し、ウインカーがサイドまで回りこんだ異型2灯式のヘッドライトに変更した。同時にリヤのナンバープレートの位置もバンパーの下部に移動した。

[ 2008/06/05 18:16 ] HONDA | TB(0) | CM(0)

Honda Concerto 1988 Ad 0'30"

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当時本田技研工業が提携関係を結んでいた、イギリスのオースチン・ローバー・グループ(現 MGローバー)との共同開発によるモデル。その出自から、ヨーロピアンスタイルの性格が色濃く出ている。プレリュードに代表される巾広で背の低い乗用車を作っていた当時のホンダらしくなく、背が高くボンネットの長い、セダンらしく端正なスタイルをしている。

ボディバリエーションは、4ドアノッチバックセダンと5ドアハッチバックセダン。共にいわゆる6ライト・ウィンドウの側面窓配置を持つ。ローバー版の「ROVER 216/220/416」には、3ドアハッチバックや5ドアステーションワゴン、それに2ドアクーペやカブリオレなどが存在したが、ホンダ版には用意されない。

プラットフォームは4代目シビックや2代目インテグラと共用で、足まわりは4輪ダブルウィッシュボーン式サスペンションである。搭載されるエンジンもシビックに積まれていたD15B型及びZC型を採用している。

駆動方式はFF及び4WD。上位グレードの4WDには、トルクスプリット型ビスカスカップリングとABS (当時の名称は4wA.L.B.)を融合させたINTRACという機構を採用していた。尚、最上級グレードの「JX-i」では4輪ともディスクブレーキが採用されていたが、4WD仕様はリヤがドラムブレーキとなる。

装備は非常に充実しており、上位グレードではフルオート・エアコンディショナー、1.6Lクラスでは初となる運転席電動パワーシート&ランバーサポート、4スピーカーオーディオ&オートアンテナ、キーレスエントリーシステムなどが標準である。さらに4ドアセダンには本皮シートもオプションで用意された。

初代(1988-1992年 MA1/2/3型)
1988年6月15日 - 4ドアノッチバックセダンのFFモデルが発表される(発売は翌日から)。グレード編成は「JE」(D15B型)、「JL」/「JG」/「JX」(ZC型 SOHC 16バルブ 2連CVキャブレター仕様)、「JX-i」(ZC型 SOHC 16バルブ PGM-FI仕様)の5種。

1988年7月1日 - 4ドアノッチバックセダンの4WDおよび5ドアハッチバックセダン発売。4WDは「JL」/「JX-i」の2グレード(搭載エンジンはFFの同グレードと同じ)、5ドアハッチバックは「JL」/「JG」/「JX-i」の3グレード(搭載エンジンは4ドアセダンの同グレードと同じ)の構成。

1989年10月 - フェイスリフトの変更を行うと共に、4ドアセダンFFに最廉価版の装備を充実した「JE-EXTRA」とスポーティバージョンの「JZ-i」の2グレードを追加。

1991年2月14日 - マイナーチェンジでフロントノーズがやや垂直気味になり、テールランプのデザインが変更される。同時にグレードの追加及び整理が行われた。4ドアセダンの FFでは「JE-EXTRA」/「JG」/「JX-i」が残され、これに最上級グレードとして本革シートを標準装備した「EXCLUSIVE」(ZC型 DOHC 16バルブ PGM-FI仕様 135PS)を加えて4種、同じく4WDは「JG」/「JX-i」にスポーティバージョンの「JZ-Si」(ZC型 DOHC 16バルブ PGM-FI仕様)を加えた3種、5ドアハッチバックは「JG」及び「JX-i」の2種となる。最上級の4ドア「EXCLUSIVE」の価格は210万円で、当時のバブル景気に相応しいものだった。

1992年11月4日 - 後継となるドマーニの登場によりモデル廃止。ホンダの小型5ドアセダンも2000年9月のシビックのフルモデルチェンジまで一時なくなる。

エピソード
低いインパネによるドライバーの広い視界が確保されており、カタログでは「気配キャビン」と称していた。
当時の1,500/1,600ccクラスセダンにはなかった木目調ライニング(樹脂)が室内に施されたが、自動車評論家の中には「まるで樹脂であるかのような安っぽい木目パネル」と妙な誤解をしている者もいた。
デジタル温度設定と上下ボタンのあるオートエアコンが用意され、エアコンを中心にクルマを作ったとカタログで謳っていた。
マニュアルエアコンは、ヨーロッパ車的な大型の回転コックで調整する。
5ドアのリアシートを倒して荷室を確保すると金属フックが座面クッションを圧迫し、シートを戻したあとしばらくは凹みが元に戻らなかった。
最終マイナーチェンジで初めて燃料残量警告ランプが搭載された。

[ 2008/06/06 18:45 ] HONDA | TB(0) | CM(0)

Jenson Button at the Nurburgring Nordschleife The Full Lap 10'32"

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ジェンソン・バトン選手がホンダCIVIC TYPE-Rにてニュルブルクリンク(北コース)1ラップした時の映像です。
[ 2008/06/28 03:41 ] HONDA | TB(0) | CM(0)

Honda City TURBOⅡ Bulldog Ad 1984 0'30"

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初代(1981-1986年 AA型)
* 1981年11月11日に発売開始。「トールボーイ」と呼ばれる当時としてはユニークな背の高いデザインを採用し、人気車種となった。同時に商用バンとしてシティ・プロも発売された。ヨーロッパではHonda Jazzの名で販売されたが、これは「City」の商標をオペルが持っていたためである。

* 1982年8月25日に、低燃費仕様の「EI」を追加。クラストップの低燃費 21.0km/l(10モード)を実現。

* 1982年9月20日に、ターボチャージャー付きの「ターボ」を追加。

現在の軽自動車よりも、全長が短く車重も軽いコンパクトな車でありながら、最高出力100PS/5,500rpmを誇り、その加速度とパワーは当時の高級車にも引けをとらない車であった。

* 1982年11月26日に、ハイルーフ仕様の「マンハッタンルーフ」を追加。

オプションで「マンハッタンサウンド」か、電動サンルーフが選べた。

* 1983年10月26日に、インタークーラーターボ付きの「ターボII」(通称ブルドッグ)を追加。

インタークーラーの追加により、最高出力は110PS/5,500rpmとなった。エンジン回転数が3,000rpm以下の時にアクセルを全開にすると10秒間だけ過給圧が10%アップする「スクランブルブースト」と呼ばれる機能が装備されており、高速合流時などに特に重宝した。

* 1984年7月4日に、オープン仕様のカブリオレを追加。

ピニンファリーナが手がけたデザインで、岐阜県の東洋工機(現・パジェロ製造) で生産されていた。日常生活での使用にも耐えうる実用的なデザインということもあり、マツダ・ロードスターが発売されるまで、それまでの日本のオープンカーの歴史の中で最も売れた車種となった。また、少量生産の特徴を生かし12色のボディーカラーが用意されていた。

* 1985年3月14日に、量産車で世界初のF.R.M.アルミコンロッドを採用した低燃費仕様の「EIII」を追加。クラストップの低燃費 24.0km/l(10モード)を実現。
,bR> * 1985年4月24日に、副変速機付4速マニュアルの「ハイパーシフト」を追加。副変速機はハイ/ローの2段で、走行状況に応じて自動的に選択される。なおこの機構は2速、3速、4速で作動するため、4速マニュアルでありながら変速段数は7速というものであった。

ムカデダンスに井上大輔作曲、マッドネス演奏・歌唱の「シティ・イン・シティ(In The City)」に「ホンダホンダホンダホンダ…」の合いの手が入ったCMも有名であった。このCMソングやムカデダンスは当時の人気テレビ番組「8時だョ!全員集合」で加藤茶と志村けんがギャグのネタにしている。

折りたためばトランクにピッタリ入る、50ccバイクのモトコンポが同時に発売されていた。

4WDの設定はなかったが、ユニークな形状故か、タミヤからコミカルミニ四駆として模型化される。

[ 2008/07/17 15:54 ] HONDA | TB(0) | CM(0)

Honda City fit Ad 0'15"

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2代目(1986-1993年 GA1/2型)
AA型の後継として1986年10月、GA1のシティが発売された。キャッチコピーは「才能のシティ」。

JW型トゥデイからの派生
開発当初はAA型シティ後継モデルとして企画したものではなかったとも考えられている。

JW型トゥデイは、ホンダが軽乗用車販売を再開する際に競合他社により課せられたとされる「4気筒以上のエンジンを使わない」という制限に起因するパワー不足を補うため、車体の軽量化と空気抵抗を軽減する目的で全高を抑え、結果的に省燃費でもあった。長いホイールベースで軽自動車の域を超える「居住性」「安定性」をも実現し、結果として好評であった。

このJW型トゥデイのコンセプトの有益性に着目し、同じ設計思想で開発した小型車がGA型らしい。 JW型トゥデイが1985年発売、GA型シティが1986年発売であるため、2車種を並行開発していたと考えられる。

GA型シティは初期では開発コードがWXB[3]であった。後に開発コードはXCに変更された。

JW型トゥデイ、GA型シティとも、
* ショートノーズ、ロングキャビン
* ロングホイールベース、ワイドトレッド、ローハイト
* 同車格の他社競合車両に対し極端に軽量な車重
* 空力抵抗の点で有利なボディシルエット
という共通点がある。

実際、自動車のキャラクター要素として重きをなす外形において、AA型とGA型には同車名を与えるには難があると思わざるを得ないほど、コンセプトに大きな違いがある。後の1990年代に登場するスズキ・ワゴンRが追求した「居住性向上を高さ方向に積極的に求めるデザイン」を先取りしていた「トールボーイ」というキャッチコピーを与えられたAA型の形状に対し、GA 型は「クラウチングフォルム」というキャッチコピーを持つ、ロー&ワイドなデザインであり、共通性が見出せない。しかし、新車種とした際に発生する販売チャンネルの問題と、AA系シティがモデルチェンジの時期を迎えていたために、初期開発コードWXB、最終開発コードXCを持つ車両にシティの名前を与えることになった。

GA1型
GA1のベーシックグレードは車両重量は700kgを大きく切る。エンジン構成はシングルキャブ1,200cc・SOHC16バルブのD12Aエンジン(1986 年当時、国産車としては初のメカニズム)のみで、装備品等の違いによって「GG」/「EE」/「BB」の3グレードで商品展開を行った(GA1-100番台)。後述するGA2へのマイナーチェンジ時に、外装はGA2だがエンジンはD12Aという「BE」なるグレードも存在した(GA1-110番台)。これは分類上GA2の外観を持つが型式はGA1である。

GA2型
GA1発売の2年後、マイナーチェンジによって主力エンジンは1,300cc(D13Cエンジン)に変更された(GA2-100番台)。このときに、従来のシングルキャブ仕様に加え、PGM-FI仕様が追加された。1988年当時、CMソングとしてトーマス・ドルビーの「彼女はサイエンス」が起用された。

シングルキャブ仕様では旧GA1の標準グレード「EE」の継続モデル的意味合いが強い「CE」というグレードを設定、最上級であった「GG」に対しては「CG」というグレードが設定された。

また、上位モデルとして発売されたPGM-FI仕様は、廉価版の「CR-i」と、トップグレードの「CZ-i」の2グレード構成となった。

中期には販売力強化を目的に、「CE」の装備を充実させたお買い得グレード「CE Fit」、PGM-FI仕様では「CR-i」ベースの限定高級グレードである「CR-i Limited」が投入され、後期には「CZ-i」グレードにマイナーチェンジが施される。

最終的に販売終了時点では、グレードの統廃合により「Fit」[4]/「CR-i」/「CZ-i」の3グレード構成となる。

シティの販売不振、消滅
GA型は、販売は振るわなかった。

事実上の新車種でありながら、AA型の「シティ=トールボーイ」というイメージが大きすぎた。このことはいまだに「シティ?あの背の高い車ね(=AA型)」という一般的なイメージからも伺える。そのため、AA型からの乗り換え/買い替え需要に対応できなかった。

1993年末、販売不振を理由として生産中止。シティという名称を持つモデルはこの代で途絶え、GA系車両としては1996年に発売した「ロゴ」(GA3/5)が実質的な代替ブランドとして発売された。

[ 2008/07/18 16:20 ] HONDA | TB(0) | CM(0)

Honda City Cabriolet 0'30"

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シティ(City)は本田技研工業が生産している小型自動車である。

初代(1981-1986年 AA型)
* 1981年11月11日に発売開始。「トールボーイ」と呼ばれる当時としてはユニークな背の高いデザインを採用し、人気車種となった。同時に商用バンとしてシティ・プロも発売された。ヨーロッパではHonda Jazzの名で販売されたが、これは「City」の商標をオペルが持っていたためである。

* 1982年8月25日に、低燃費仕様の「EI」を追加。クラストップの低燃費 21.0km/l(10モード)を実現。

* 1982年9月20日に、ターボチャージャー付きの「ターボ」を追加。

現在の軽自動車よりも、全長が短く車重も軽いコンパクトな車でありながら、最高出力100PS/5,500rpmを誇り、その加速度とパワーは当時の高級車にも引けをとらない車であった。

* 1982年11月26日に、ハイルーフ仕様の「マンハッタンルーフ」を追加。オプションで「マンハッタンサウンド」[2]か、電動サンルーフが選べた。

* 1983年10月26日に、インタークーラーターボ付きの「ターボII」(通称ブルドッグ)を追加。

インタークーラーの追加により、最高出力は110PS/5,500rpmとなった。エンジン回転数が3,000rpm以下の時にアクセルを全開にすると10秒間だけ過給圧が10%アップする「スクランブルブースト」と呼ばれる機能が装備されており、高速合流時などに特に重宝した。

* 1984年7月4日に、オープン仕様のカブリオレを追加。

ピニンファリーナが手がけたデザインで、岐阜県の東洋工機(現・パジェロ製造) で生産されていた。日常生活での使用にも耐えうる実用的なデザインということもあり、マツダ・ロードスターが発売されるまで、それまでの日本のオープンカーの歴史の中で最も売れた車種となった。また、少量生産の特徴を生かし12色のボディーカラーが用意されていた。

* 1985年3月14日に、量産車で世界初のF.R.M.アルミコンロッドを採用した低燃費仕様の「EIII」を追加。クラストップの低燃費 24.0km/l(10モード)を実現。

* 1985年4月24日に、副変速機付4速マニュアルの「ハイパーシフト」を追加。副変速機はハイ/ローの2段で、走行状況に応じて自動的に選択される。なおこの機構は2速、3速、4速で作動するため、4速マニュアルでありながら変速段数は7速というものであった。

ムカデダンスに井上大輔作曲、マッドネス演奏・歌唱の「シティ・イン・シティ(In The City)」に「ホンダホンダホンダホンダ…」の合いの手が入ったCMも有名であった。このCMソングやムカデダンスは当時の人気テレビ番組「8時だョ!全員集合」で加藤茶と志村けんがギャグのネタにしている。

折りたためばトランクにピッタリ入る、50ccバイクのモトコンポが同時に発売されていた。

4WDの設定はなかったが、ユニークな形状故か、タミヤからコミカルミニ四駆として模型化される。

[ 2008/07/19 08:10 ] HONDA | TB(0) | CM(0)

Honda Legend C20A 0'30"

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レジェンド(LEGEND)は本田技研工業が生産する大型高級乗用車である。

1985年にアコードをベースに、ホンダ初のV型6気筒エンジンを搭載するフラグシップカーとして登場した。ターゲットは裕福な中高年層で、トヨタ・クラウンや日産・セドリック / グロリア(現在は日産・フーガ)や輸入中型セダンに対抗する車種として開発され、価格も上記の3車とほぼ同額とされたが、タクシー仕様車などは用意されなかった。ホンダの下請け、関連会社が多い鈴鹿市では、伝統的にレジェンドの社用車、ハイヤー(緑ナンバー)が多く見られる。クラウンやセドリック/グロリアとは駆動方式が異なるが、同クラスに位置付けられる。

アメリカ市場では2代目まではアキュラ・レジェンド、3代目からはアキュラ・RLの名称でアキュラ・チャネルの最高級乗用車として販売されている。ボディはセダンのみだが、初代にはハードトップクーペ、2代目にはクーペといった2ドアクーペ車種もラインアップされていた。埼玉県狭山市にある本田技研工業埼玉製作所にて生産されている。

初代(1985-1990年 KA1/2/3/4/5/6型)
1985年10月22日にホンダの新しいフラッグシップカーとして登場。中型車以上の車種の開発ノウハウがあるイギリスのブリティッシュ・レイランド (BL、当時) と共同開発し、BLでのモデル名は「ローバー・825/820」で、「スターリング」は「825」の最上級グレードの名前である。後に「ローバー800」に変更された。ちなみに、日本国内で販売される「ローバー・スターリング」は埼玉県狭山市にあるホンダの狭山製作所でも生産されていた。

初代は、日本で初めて運転席用ホンダSRSエアバッグを搭載した乗用車である。(北米向けは1986年から、日本では1987年から)。当初からA.L.B.(ABSに対するホンダの商標)を標準装備、またはオプション設定。サイドドアビーム等を装備し、全面衝突に対応した安全設計となっていた。シートベルトを装着している拘束感を和らげる、テンションリレーファーも装備。

「Exclusive(エクスクルーシブ)」系には天童木工製本木目パネル、トップグレードのみ100%ウールモケットシートが装備されている他、当時開発途上であったカーナビゲーションシステムを搭載できるようなダッシュボードデザインとなっていた(最終的に開発が間に合わず、試作機がテスト搭載されただけに終わった)。

搭載されたエンジンは、当初C20A型 V型6気筒 SOHC 24Valve 2Lと2.5LのC25A型だったが、クラウン(S130系)やセドリック・グロリア(Y31系)が3ナンバー車を登場させたのに対抗し、1987年9月3日のマイナーチェンジで、C25A型をそれまで2ドアハードトップ及び輸出用に搭載されていたC27A型 2.7Lに変更した。

1987年2月、2ドアハードトップを追加。C27A型 2.7Lを搭載。

1988年10月14日のマイナーチェンジでは、ホンダが独自開発した「ウィングターボ」を装着したC20A型 2L ターボエンジン(190PS)搭載の、「2.0Ti Exclusive」及び「2.0Ti」を設定。自然吸気(NA)のC20A型とC27A型は不変である。このとき、日本仕様のみグリルの大型化やメッキパーツを多用し、それまでのスポーティなイメージから、クラウンやセドリックを意識したラグジュアリーな外観へと変身した。また、あわせて内装もダッシュボードのデザインを変更した。リアサスペンションが2ドアハードトップ同様ダブルウィッシュボーンに改められた(従来はスペースの関係でストラットを採用していた)。

歴代のレジェンドにおいて、日本国内仕様では唯一この世代(2L NA車及び2.5L車)にのみ、5速MT仕様が用意されていた。

モデル末期には世界初のFF車用駆動制御システム、ホンダ・TCS(トラクション・コントロール・システム)が搭載された。

セダン「Xi」が鈴鹿サーキットのペースカーとして在籍したことがあった。

[ 2008/07/20 08:31 ] HONDA | TB(0) | CM(0)

Honda Commercial with ZZTop 1'00"

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ホンダ・Z(ゼット) とは、本田技研工業が生産していた軽自動車である。

初代は1970年代に生産していたスペシャリティタイプの軽自動車(Z360)。デザインは日本人が行ったものであり、360ccでクーペスタイルを目指したものである。そのため後座席は子供が乗れる位のスペースしかなかった。しかし当時のホンダ車に共通する飛行機風の計器類のデザインは印象的である。また4速と5速ではシフトパターンに違いがある。デザイン段階で後方までルーフを伸ばしたため、後部を斜めにカットしグラスハッチを持ち、その黒くて太い枠から「水中メガネ」の愛称で親しまれた。

2代目は1998年に発売したSUVタイプの軽自動車(Z660)。ミッドシップにエンジンを搭載した四輪駆動車で、軽トールワゴンとライトSUVの折衷のようなスタイルをしている。

2代目(1998年-2002年 PA1型)
* 1998年10月9日、SUVタイプの四輪駆動車として「Z」の名前を復活させた。

ホンダ系列の軽トラックメーカー八千代工業の製造であり、軽トラックの基本構造を踏襲してエンジン搭載位置はミッドシップに搭載し、アクティ4WDと同様に世界でも珍しい「4シーターのミッドシップ4WD」だった 。このような搭載方法によって、当時の軽自動車の衝突安全基準を大幅にクリアしている。

トランスミッションは3速ATではなく、4速ATを用いるべくEF型シビックからコンポーネンツを流用することにより、NA及びターボ全車が、エンジン縦置きである。更に、後部座席の下においてミッドシップとして搭載されており「UM-4」(Under Midship 4WD )と名乗っている。同様の理由によりバモス及びホビオはターボと四駆のAT車、アクティに関しては四駆のAT車が縦置きであるが、縦置きエンジンの車に関しては、エンジンオイル交換の際には室内のメンテナンスリッドを外す必要があり、整備性に問題がある。縦置きミッドシップでビスカスセンターデフを持つ四輪駆動車としてはランボルギーニ・ディアブロ等が挙げられる。

デザイン上の特徴としては、リアエンジン車特有のサイドエアダムやSUV風の大口径タイヤ、高めの車高の他にも未塗装ながら当時はリッターカーですらセダン系の高級車以外では採用が多くなかったグリップ式のドアハンドルを採用したことやヘッドライトのカバーが二重になっていることも特筆すべき観点であろう。

先にキャパなどで展開していた「J・ムーバー」の弟分として「K・ムーバー」シリーズとして位置づけられている。ターボあり・なしの2種類のパワーユニットが用意され、いずれも4速ATが組み合わされる。当時、CMキャラクターにアメリカのロックグループZZトップが登場して話題となった。ZZトップのCM撮影時、「Z」の本来の発音は「ズィー」だが、「ゼット」と発音してもらったとのことである。

* 2000年6 月に特別仕様として登場した「スーパーエモーション」ではバンパーがボディ同色とされ、オプションであったCDプレーヤー+スピーカ、プライバシーガラスを標準装備とした上でターボ車では10万円の値下げとなったため、これ以降販売された車輌はバンパーがボディ同色の車輌が圧倒的に多い。

* 2002年8月 排ガス対策を行わないため生産終了。ホンダの軽SUV及び一時休止したブランドは最初で最後の存在であった。

* ホンダアクセスのオプションパーツのうち、ステップ付のサイドスカート及びフェンダーアーチプロテクタが販売終了後暫く経ってから車検非対応とされ(原因は保安基準の解釈が厳格化されたため)、車検対応品との無償交換が行われているが、サイドスカートについてはステップが無く、プロテクタについては元々樹脂製だったものが単なるラバーとされたことにより、販売価格が圧倒的に低い。それを指摘されたことから用品として販売することを急遽取りやめた経緯がある。

[ 2008/07/21 08:51 ] HONDA | TB(0) | CM(0)

Honda City Fit Aria Fit Sedan Jazz Sedan 0'30"

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4代目(2002年- GD6/8/GE1/4型)
3代目と同様に、ホンダオートモ-ビル(タイランド)カンパニー・リミテッドで生産された小型セダン。フィットアリアの名前で日本国内でも販売されている。(2007年現在)

ホンダ・フィットアリアは文字通り、フィットのプラットフォームを用いた派生車である。

2005年9月、シビックがフルモデルチェンジによって3ナンバーサイズに大型化したため、2008年現在、日本国内で販売されているホンダの車では、新車として購入できる唯一の5ナンバーセダンである。2006年のホンダ系ディーラー統合前も、ベルノ店、クリオ店、プリモ店全てで販売される車種であり、ベルノ店ではインテグラ SJ、クリオ店ではドマーニが廃止されてから小型セダンのラインナップがなく、シビックの5ナンバーセダン(かつてのフェリオ)を統合した後継車的なポジションを担っている。

仙台市内ではタクシーとして導入している事業者がある。

ボディ・シャーシ
フィット同様、燃料タンクをフロントシートの下に配置したセンタータンクレイアウトを採用している。フィットが5ドアハッチバックであるのに対し、フィットアリアは4ドアセダンであり、ボディラインは基本的にフィットに準ずるが、開発者の「セダンに見えるようにするのに苦心した」という言葉どおり、巧みに細部が調整されているのが分かる。ボンネットが長く見えるようにヘッドライトはフィットに比べて薄型になり、全高もわずかに低められていている。

エンジン・ミッション
* デビュー当初はL13A型1,300cc SOHC 8バルブ i-DSIエンジン(86PS)の搭載モデルと、L15A型1,500cc SOHC 8バルブ i-DSIエンジン(90PS)搭載モデルとがラインナップされ、フィットと異なり、VTECエンジン搭載モデルは設定されていなかった。

* 2005年10月のマイナーチェンジで、L13A型が廃止になりL15A型に統一され、最廉価グレード以外はSOHC 16バルブ VTECエンジン(110PS)が新たに搭載された。

* 2007年5月のマイナーチェンジでは、i-DSIエンジンが廃止になりVTECエンジンに統一された。

* 変速機は、CVTのホンダマルチマチックS(HMM-S)のみで、変速パターンを変更出来るS(スポーツ)モードが設定されている他、上級グレードの「1.5W」には手動で7速変速が可能な7スピードモードが設定(2007年モデルでは標準仕様からメーカーオプションに変更)されている。

* 駆動方式は、FFの他スタンバイ4WDのリアルタイム4WD(デュアルポンプ方式)仕様も用意されている。4WDは日本向け専用で、その他の国では生産国であるタイ本国も含めて全く設定されていない。

初代(2002年- GD6/7/8/9型)
* 2002年12月20日発売。
* 2005年10月28日マイナーモデルチェンジ。前後デザインが変更された。
* 2007年5月17日マイナーモデルチェンジ。「1.5C」を廃止し、「1.5W」と「1.5A」の2モデルに整理された。車体は、リアシートバックの隔壁強度を向上させた。
* 2007年10月のフィットのフルモデルチェンジ後も、初代を継続販売している。

生産工場
タイの現地生産拠点「ホンダ・オートモービル・タイランド」のアユタヤ工場で生産され輸入車扱いとなる。ちなみにアジア圏では「シティ」の名で販売されている。

CMに出演した高嶋ちさ子のベストアルバム「Aria」のジャケットに、フィットアリアが登場している。

グレード(2007年モデル)
* 1.5A・・・1.5L VTECエンジン搭載でイモビライザーが装備された中級グレード。
* 1.5W・・・「A」に木目調パネル、自発光メーター、運転席アームレストなどを装備した上級グレード。このグレードのみアルミホイール、ディスチャージヘッドランプ、HMM-Sがセットになったメーカーオプションが選べる。

[ 2008/07/22 01:22 ] HONDA | TB(0) | CM(0)

Honda Acty 0'30"

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アクティ (ACTY) は本田技研工業が生産する軽自動車規格のキャブオーバー、もしくはセミキャブオーバー型の商用バンおよびトラックである。

通常一般的なトラックのレイアウトでスケールダウンされた軽トラックの場合縦型エンジンをキャビン下に置き、ドライブシャフトでデフレシャルギヤにより後輪を駆動するのが一般的であるが、アクティは横置きエンジンを荷台下に置き、ミッドシップとしている点が最大の特徴である。これはホンダが縦置きの軽エンジンを持たず、一般的な軽乗用車用のFF横置きエンジンしかなかったため、それを流用するためFFのエンジンユニットをそのまま後軸駆動させるためにとられたものと考えられる。エンジンを荷台下中央に置くことにより重心位置が車体中央に近く、フロントエンジン式の他社軽トラックに比べて空荷の状態でも後輪のトラクションが不足することがない。積載状態でも重心位置の変化が少なく運転感覚があまり変化しない。また、エンジンが遠く離れているため振動、騒音は比較的少ないという長所を持つ。一方で、エンジンメンテナンスハッチは荷台上にあり、エンジンのメンテナンスを行うには荷台に乗っているものを降ろしてからでないと事実上不可能なため、常時荷物を積んだままとか、荷台になにか設営するという使い方をするユーザーは注意が必要である。

初代(1977-1988年)
* T360、TN360、TN-V、TN-7と続いてきたホンダの軽トラックの後継として、1977年7月27日、TNアクティが発売された。ちなみに、TNの名はトラックのみ。バンタイプはまだ設定されていなかった。発売時の東京地区標準現金価格は「スタンダード」で53万3000円。

* 1975年9月1日の道路運送車両法施行規則改正(省令第34号)を受け、エンジンは先代と比べスケールアップされ、545cc 直列2気筒 SOHC 水冷エンジン となる。他社の同様のモデルがアンダーフロアのFRやRRのエンジンレイアウトを採用するが、アクティはMRレイアウトを採用する。エンジンは同社の大型オートバイであるホンダ・ゴールドウイングの水平対向4気筒エンジンの片バンクを元に設計された。このエンジンは、1985年に発売された乗用車型軽自動車であるホンダ・トゥデイにも使用された。

* 1979年11月、アクティバンが追加される。

* 1981年2月1日、乗用車的な使い方を想定したバン、アクティストリートが追加される。

* 1982年6月、かなり大掛かりなマイナーチェンジを実施。AT車(ホンダマチック)追加。トラックに室内が広いビッグキャブが追加される。また、ビッグキャブにはクラス初の5速MTが設定された。 * 1983年2月、4WD車追加。発売当初は世界でも珍しいミッドシップ4WDとして話題を呼んだ。エンジンの搭載方式は二輪駆動と異なり縦置きであった。軽トラック、軽キャブバンクラス初のフロントディスクブレーキ(4WD車のみ)が標準装備される。

* 1984年、当時クラス唯一の4WDのAT車が追加される。

* 1985年マイナーチェンジ。フロントバンパーが大型化されエアコンがオプション設定される。2WD車も全車フロントディスクブレーキ(ただし10インチ)化。 

* 前期型のイメージキャラクターには、俳優の渡辺篤史が、後期型には、ホンダマチック仕様のCMにはコメディアンの植木等(ハナ肇とクレイジーキャッツ)が、4WDシリーズのCMには覆面プロレスラーのタイガーマスク(初代、佐山聡が扮した)がそれぞれ起用された。

[ 2008/07/23 23:12 ] HONDA | TB(0) | CM(0)

Honda Quint Integra 1'15"

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ホンダ・インテグラ (INTEGRA)は、本田技研工業が生産・販売していた乗用車である。通称:「インテ」。小型のFFクーペ及びハードトップで、ホンダの代表的スポーツカーとしてジムカーナやサーキットなどの場において親しまれた。

初代(1985-1989年 AV/DA1/2型)
クイントがフルモデルチェンジされ、クイントインテグラとしてデビュー。3ドア/5ドアハッチバックと4ドアセダンのラインナップを持つ。3ドアは1985年2月19日に、5ドア[1]は同年10月24日に、そして4ドアは1986年10月25日に発売された。また、スタイルは1985年6月に登場する当時のアコードを小型化したようなスタイルだった。前車クイントが商業的に大失敗した為、そのイメージを払拭するべく3ドアモデルのみを先行発売し、当時としては珍しい全車DOHC搭載という、スポーティなイメージを売りにして発売した。

デザインは日米共同で進められ、アメリカではレジェンドに次ぐアキュラブランド第2弾として発売された。当初エンジンはクイントインテグラ用に開発されたZC型 1,600cc DOHCのみを搭載。PGM-FI仕様は、基本的にシビックとCR-Xの「Si」と同じものであるが、シングルキャブレター仕様はクイントインテグラ専用に開発された。F1参戦の準備を意識したためか、ヘッドカバーは当時のF1と同じブラウンに塗り上げられていた。シングルキャブレター仕様の5速MT車では、15km/l(10モード燃費)という低燃費を実現している。1987年10月のマイナーチェンジによって、ZC型のPGM-FI仕様のヘッドカバーは、黒色塗装となり、エンジン出力も120PS(NET値)から130PSへとパワーアップされた。外観上の変更はフロントバンパーのデザイン変更程度の軽微なものであったが、内装は細部に渡って使い勝手の向上が図られていた。足回りは基本的にシビックおよびCR-Xと共通であったが、この車のキャラクターに合わせ若干マイルドな味付けが施されていた。

全体のスタイルの特徴として、当時のホンダの乗用車全般がそうであったようにリトラクタブル・ヘッドライトを採用し、スポーティさを漂わせていた。3ドア/5ドアはハッチバックでありながら、後端にノッチを付ける事で従来のハッチバック車のデザインとは一線を画す存在であった。モデル中期にはノッチバックの4ドアがラインナップに加わり、シビックの普及モデルと共通のEW型 1,500cc CVCC SOHC 12バルブ シングルキャブレター仕様のエンジンが搭載され、発表以来の売りであったDOHC専用車という統一性は崩れてしまう。この4ドアセダンモデルは発売と同時に廃止されたバラードの実質的な後継車という位置づけであった。

[ 2008/07/24 23:48 ] HONDA | TB(0) | CM(0)

Honda Prelude 1982 0'30"

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ホンダ・プレリュード(PRELUDE) は、本田技研工業で生産されたスポーツクーペ、スペシャルティカーである。

1982年11月25日にCM曲「ボレロ」とともに威風堂々と登場(キャッチコピーは"FFスーパーボルテージ")。フロントサスペンションにダブルウィッシュボーンを採用し、リトラクタブル・ヘッドライトと相まって、先代よりボンネットフードが8~10cmも低くされた。ワイパーは、日産の3代目シルビア3ドアハッチバック/初代ガゼール3ドアハッチバックに続いて国内採用となるフロント1アーム・シングルワイパー。斬新なデザインは当時の女性にも好評であり、運転席側に助手席リクライニングノブがついており「デートカー」という言葉を生み出した。オプションとして、日本初の4wA.L.B.(4輪ABS)を「XZ」、「XX」(「XZ」は5速MT車のみ)に設定。

搭載されたエンジンは、直列4気筒 SOHC 12バルブ クロスフロー 1,800cc CVCC-IIのES型で、CVキャブが「シビックRS」以来7年ぶりに採用され2連で装着されており、125PS(MT車,AT車は120PS)の出力と高いスロットルレスポンスが実現された。エアクリーナーをエンジン後部に装着することにより、ボンネットフードを低くすることにも貢献した。組み合されたトランスミッションは、5速MTとロックアップ機構が採用された4速ATの2種類が準備された。

1985年6月20日には、3代目アコードのB20A型 直列4気筒 DOHC 16バルブ 2,000cc PGM-FI(CVCCではなく、グロス値で160PS/6,300rpmを発生)を搭載した、「2.0Si」という最強グレードが追加された。

TBSドラマ「金曜日の妻たちへII 男たちよ、元気かい?」の伊武雅刀と高橋惠子とが演じる佐野夫妻の愛車として登場。これは当時、ホンダが金曜ドラマのスポンサーだったためである。

[ 2008/07/25 00:06 ] HONDA | TB(0) | CM(0)

Honda Prelude 1987 0'30"

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ホンダ・プレリュード(PRELUDE) は、本田技研工業で生産されたスポーツクーペ、スペシャルティカーである。

1978年に、ベルノ店の発足と同時に同店向け専売車種として大々的に登場した。日本車初の電動サンルーフ、ABS、4WS、ATTS、Sマチック等、挑戦的かつ革新的にその時代の最新技術や最新装備を一番に取り入れて行く姿勢は終始一貫していた。同クラスには、日産・シルビア、トヨタ・セリカ等があった。 初代で日本のスペシャリティー市場に先鞭を付け、2代目・3代目は人気の頂点を極めたが、S13型シルビアの登場、そしてミニバンブームの到来によってスペシャルティカー人気が下火となり、プレリュードは5代目で姿を消すことになった。

3代目(1987-1991年 BA4/5/7型)
先代を継承するキープコンセプトなスタイル。地を這う様なグランディング・フォルム。リトラクタブル・ヘッドライトが印象的。世界初となる機械式4WSを搭載した。エンジンは直列4気筒の2,000cc のみで、DOHC 16バルブ PGM-FIとSOHC 12バルブ CVデュアルキャブの2種類(型式はどちらもB20A型 尚、出力計測条件がグロスからネットに変更されたため、先代より出力の表記が低くなっている)。サスペンションは4輪ダブルウイッシュボーンを採用。シルビア(S13型)にクーペナンバー1の座を奪われるまでは、デートカーとして一世を風靡した。

1989年11月21日にマイナーチェンジが行われ、光軸高さを上げた固定式ヘッドライトの「PRELUDE inx(インクス)」という派生車種を追加し(カナダやアメリカの一部の州でのヘッドライト常時点灯の義務化により、固定式ヘッドライトのラインナップが必要であった)これまでより年齢層の高いユーザーへ訴求を試みたが、3代目発売当初の販売台数には及ばなかった。

1990年10月には、3,000台限定で(2,100ccのエンジンを搭載し、シートも高級感溢れるタン革仕様とした)北米仕様の「Si States」を登場させた。

[ 2008/07/26 02:58 ] HONDA | TB(0) | CM(0)
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