スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

Skyline RS-TURBO 史上最強のスカイライン(DR30) 0'30"

トップページNISSANカテゴリーSkyline RS-TURBO 史上最強のスカイライン(DR30) RS-TURBO.jpg
blogram投票ボタンにほんブログ村 動画紹介ブログへ人気ブログランキングへ
通称:ニューマンスカイライン、鉄仮面(後期型RSの通称)
キャッチコピー:New 愛のスカイライン・ニューマン スカイライン・史上最強のスカイライン

1981年8月 R30型発売。アメリカの俳優ポール・ニューマンが広告キャラクターであったため、「ニューマン・スカイライン」と呼ばれた。グレード体系はC210型同様の直列6気筒エンジンを搭載する「GTシリーズ」と直列4気筒エンジンを搭載する「TIシリーズ」の2系列だが、ホイールベースは1種類となった。ボディバリエーションは、4ドアセダン・2ドアハードトップ・5ドアハッチバック・後に追加されるライトバン(エステート)の4種。

ハッチバックはスカイライン史上初である。現在は常識となっているテンパータイヤは、このR30型ハッチバックが日本初採用であり、スペアタイヤに空気圧減圧警告灯なども装備されていた。搭載エンジンは、Z18S型(エステート・TI)、Z18E型/Z20S型/Z20E型(TI)、L20E型/L20ET型/LD28 型(GT)の7機種。

1981年10月 直列4気筒4バルブDOHC FJ20E型エンジン(150ps/6000rpm、18.5kgm/4800rpm)を搭載する「2000RS(DR30型)」を追加。GT-Rの再来と期待されたが、FJ20E型が直列4気筒であるがためにGT-Rを名乗らなかったともいわれている。同時にZ18S型を搭載する「エステート」が追加。

1982年10月 一部変更。「TIシリーズ」の1800cc Z18型エンジンを直列4気筒OHC CA18型/CA18E型エンジンへ変更(FJR30型)。「TI Lエクストラ」および「GT Xエクストラ」を追加し、「2000RS」に60%扁平タイヤを装着。

1983年2月 FJ20E型にターボチャージャーを追加した、FJ20ET型(190ps/6400rpm)を搭載した「2000ターボRS(DR30JFT型)」を追加。歴代スカイラインのどれよりも高出力であったことから「史上最強のスカイライン」というキャッチコピーが用いられる。また、日産は、このモデルにてハコスカ以来となるワークスとしてレースに復帰。

刑事ドラマ西部警察の劇用車として、2ドアハードトップが旧モデルに引続き使われていた。最初に2000RS=1台(マシンRS、ターボ車追加後RS-3に名称変更)が登場し、後に2000ターボRS=2台(RS-1.RS-2)が追加された。

1983年8月 マイナーチェンジにより後期型へ。前後の意匠変更、大型バンパーの採用等を行う。RSの後期型は薄型ヘッドランプ、ラジエーターグリルレスのデザインにより「鉄仮面」と呼ばれた。パワーランバーサポート・パワーステアリング・パワーウインド・カセットコンポを装備した豪華仕様「2000ターボRS-X(DR30XFT型)」を追加。

1983年10月日本初のAT専用グレードであるNAの豪華仕様「2000RS-X(DR30XFE型)」、および15インチアルミホイール、ブロンズガラス、専用ステッカーを装備する「2000ターボGT-E・S ポール・ニューマン・バージョン(HR30JFT型)」を追加。

1983年11月 日産50周年記念限定車「50アニバーサリー バージョン」を設定。これは2ドアハードトップ2000ターボRS-Xをベースに、メッキドアミラー、専用エムブレム、「ハイタッチモケット」と呼ばれる専用の内装(後にオプション設定)を備え、白のほかにガンメタ/赤茶ツートンの専用ボディカラーも用意された。

1984年1月 「2000ターボGT-E・Xパサージュ(HR30GAE型)」を追加。

1984年2月 インタークーラー搭載モデルである「2000ターボインタークーラーRS/RS-X(DR30JFS/DR30XFS)」を追加。このモデルは「ターボC」と呼ばれる、RS -XターボCでは、前述のハイタッチモケット仕様の内装が選択可能となった。インタークーラー付きFJ20ET型エンジンはグロス表示ながら 205ps/6400rpm、25.0kgm/4400rpmを発生させ、いまだに根強いファンを持つ。

1984年8月エンジンの点火系を変更した「プラズマスパークシリーズ」を発売。最強のエンジンでイージードライブが可能になった「2000ターボインタークーラーRS -X A/T(DR30XAS型)」、および「2000ターボGT-E・II(HR30HFT型)」を追加。

1985年8月 モデルチェンジによりR31型に移行されるが、5ドアハッチバックはこのモデル限りで廃止となる。エステート(バン)は1990年2月まで継続生産されるが、こちらもこのモデルを最後に廃止された(後継車はアベニールカーゴ(1990年5月~1999年6月)、現在はADエキスパートが販売されている。

スポンサーサイト
[ 2007/07/02 14:25 ] NISSAN | TB(0) | CM(0)

Sentra / Stanza / Maxima CM 0'30"

トップページNISSANカテゴリーSentra / Stanza / Maxima CM 20071030103923.jpg
blogram投票ボタンにほんブログ村 動画紹介ブログへ人気ブログランキングへ
  • SENTRA(セントラ)・・・日本名、サニー
  • STANZA(スタンザ)・・・日本名、そのまんまのSTANZA
  • MAXIMA(マキシマ)・・・日本名、ブルーバードMAXIMA


NISSAN SENTRA
2代目(B12型)角ばったデザインが特徴であるB12型セントラは、サニーにはない2ドアセダンが設定されていた。
大きく伸ばされた前後バンパーが外観上の特徴で、日本でも人気が高かったモデルである。

NISSAN STANZA
1986年6 月 - 3代目登場。またサブネームの「FX」が取れ正式車名が「スタンザ」に戻った。ボディはハッチバックがなくなり4ドアセダンのみとなり、U11型ブルーバードと基本設計が共通化された。同じ共通設計の兄弟車である3代目オースターとの相違点はフロントノーズの造形が逆スラント形状、リアデッキの造形が非スポイラー形状となっており、トランクリッドの開口部がバンパーレベルからでなく、アッパーレベルからになっている。エンジンは、1600ccSOHC(CA16S・「1.6スプレモ」)と1800ccがあり、後者にはSOHC(CA18i・「1.8スプレモ」)、SOHCターボ(CA18ET・「1.8スプレモ・ターボ」)、DOHC16バルブターボ(CA18DET・「1.8スプレモ・ツインカムターボ」)が設定された。SOHCエンジン全車にツインプラグを採用する。キャッチコピーは「クラッシー・スタンザ」。

1987年2月 - 10周年記念特別仕様車「エクストラサルーン」を発売。

1988年1月 - マイナーチェンジ。同時期にマイナーチェンジを実施したT12型オースターと同じ形状の前後バンパーを用いる。そのためか全長はマイナーチェンジ後の T12型オースターと同じ数値となっている。CA18ET型エンジンが廃止された代わりにノンターボDOHC16バルブのCA18DE型エンジンが加わる。グレード名は「1.8スプレモ・ツインカム」。キャッチコピーは「URBAN DRY(アーバン・ドライ)」。

1990年、オースターと統合して後継車のプリメーラが誕生した。

NISSAN MAXIMA
1984年10月 U11型ブルーバード・マキシマとして日米同時発売。U11型ブルーバード・マキシマは、U11型ブルーバードのフロントノーズ部分を90mm延長し、セドリックなどのFR車に搭載のVG20ET型・V型6気筒エンジン、専用グリル、大型パンパーなどが与えられていた。

1986年1月 マイナーチェンジでフロントノーズがややスラント化されるのと同時にテールランプのデザイン変更/VG20Eエンジン(自然吸気)車を追加。

1987年5月、車名をそれまでのブルーバード・マキシマから、マキシマとして独立(トランクのエンブレムはNISSAN MAXIMAへ)。形式はU11型のままである。

1987年10月 4気筒エンジンのブルーバード(セダンと4ドアハードトップ)がフルモデルチェンジされたがバン/ワゴン(90年のアベニール登場まで)、6気筒マキシマ(88年まで)はU11型で引き続き生産

[ 2007/07/03 14:37 ] NISSAN | TB(0) | CM(0)

4×4s CM 1'00"

トップページNISSANカテゴリー4×4s NissanCar.jpg
blogram投票ボタンにほんブログ村 動画紹介ブログへ人気ブログランキングへ
Nissan Patrol → Nissan Safari(日本名)3代目(Y61型)
1997年10月 - Y61型にモデルチェンジ。ねらいは中東砂漠の高速ツアラー。搭載エンジンはTB45E、TD42T、RD28ETi(2ドアハードトップ)。消防車仕様は廃止された。

1999年9月 - マイナーチェンジ。内外装の意匠変更、仕様装備の向上のほか、2ドアハードトップ車に、直列4気筒DOHC直噴ターボ付ディーゼル ZD30DDTi型を搭載。オーテックジャパンの手によるキャンピングカー、「フィールドベース」も変更。

2000年3月 - ZD30DDTi型搭載欧州向けパトロールを第70回ジュネーブモーターショーに出品。

2002年8月 - 日本向けの販売を休止。

2002年11月 - マイナーチェンジを施し日本向けの販売を再開。内外装の意匠変更、装備の向上のほか、新開発の直列6気筒DOHC TB48DEエンジンに5速マニュアルモード付オートマチックトランスミッションを組み合わせる。グレードは4ドアワゴングランロードリミテッドのみとなる。ただし、海外向けはディーゼルエンジンやMTも継続設定される。

2003年6月 - FIAクロスカントリーラリー・ワールドカップ第4戦 ORPIモロッコラリーにスポット参戦。T1クラス3位。

2004年1月 - テレフォニカ・ダカール2004に参戦し、総合22位、T1(市販車無改造)クラス優勝。

2004年8月 - マイナーチェンジ。内外装を大幅変更する。

2004年9月 - 第12回「4x4 24時間atエッソンヌ」T1クラスに参戦。総合47位、クラス17位完走。

2005年2月 - パキスタンへ輸出開始。現地名は「パトロール」。

2007年6月 - 日本国内での販売を終了。

X-Trail 初代(T30型、2000年-2007年)
日本仕様は2000ccガソリン車(QR20DEエンジン搭載の自然吸気と、SR20VETエンジン搭載のターボ)だけだが、ヨーロッパではディーゼル車も設定されている。また、アジア、オーストラリア、中近東では2500ccガソリン車(QR25DEエンジン搭載)が設定されている。

4WDシステムは「オールモード4X4」。

2000年 9月 - パリサロンにコンセプトカー「X-TRAIL」を出展。

200年 10月 - T30型発表。エンジンルームに横置きされるエンジンは、直列4気筒DOHCのQR20DE型およびSR20VET型の2機種。センターメーター、樹脂製フロントフェンダーなどを装備。

11月 - 発売開始。オーテックジャパンによる、専用バンパー、丸型ヘッドランプなどを装備する特別仕様車「style-AX」を発売。

2001年 2月 - SR20VET型搭載車「GT」発売。

10月 - 「St」、「Xt」、およびオーテックジャパンによる、専用バンパー・内装仕様を装備する特別仕様車「ライダー」を追加。

2002年1月 - 第24回トタール・アラス・マドリード・ダカール・ラリーにR50型テラノをベースにVQ35DEを搭載して、VQ35DE搭載D22型ピックアップ、VQ35DE搭載R50型テラノとともに参戦。

6月 - 第7回北京国際モーターショーに出品。

10月 - 「Stt」、「Xtt」、およびオーテックジャパンによる専用バンパー・内装仕様を装備する特別仕様車「アクシス」を追加。

12月 - 高圧水素式燃料電池車「エクストレイル FCV」の国土交通大臣認定を取得。日本国内公道走行試験を開始。

2003年 6月 - マイナーチェンジ。内外装の一部変更、ポップアップステアリング等の仕様・装備の向上の他、グレードの見直しを実施。

9月 - 第60回フランクフルトモーターショーに「X-TRAIL FCV」を出展。

10月 - 第37回東京モーターショーに「X-TRAIL FCV」を出展。

12月 - 11月に「X-TRAIL FCV」03年モデルの国土交通大臣認定を取得したのを受け、限定リース販売を開始。02年モデルに対し、最高速度および航続距離が向上している。2004年にコスモ石油、神奈川県、および横浜市へ納入された。

2004年 1月 - インドニューデリーにて開催された第7回「Auto Expo」に出展。

5月「St」と「Xt」を追加。

8月インドにて発売。

9月パリサロンに「X-TRAIL FCV」03年モデルを出展。

11月 - AMVシャムロックラリー(モロッコ)T2クラスに参戦。総合優勝および総合4位(T2ガソリン車クラス2位)。

12月 - 「St」と「Xt」を廃止し、「Stt」と「Xtt」を追加。

「GT」を一部改良。インテリジェントキーを採用。

2005年
2月 - パキスタンへ輸出開始。

4月 - 「オート上海 2005」に「X-TRAIL FCV」を出展。

12月 - 一部改良を実施。SttとXttに、2リットルのペットボトルが3本収納できる「シートバックXポケット」を新たに設定、「ハイパールーフレール」を標準装備した。また、2006年1月から改定される灯火器技術基準に適合させるために、全グレードにヘッドランプレベライザー、ハイマウントストップランプを標準装備。同時に特別仕様車「スクラッチガードコートエディション」を追加。世界で初めて、塗装表面の擦りキズ痕が復元するクリヤー塗装「スクラッチガードコート」を採用。

2006年
11月 - 一部改良。「Stt」と「Xtt」を廃止。「Sドライビングギア」を追加。特別仕様車として「Xエクストリームレザー」を追加。ボディ色に「アイアングレー」を追加し全7色になった。

2007年
2月19日 - 神奈川都市交通にエクストレイルFCVのハイヤーを納入。日本で初めての燃料電池車のハイヤーとなった。

Nissan Pathfinder 3代目 R51型 (2004年-)
日産・パスファインダー(PATHFINDER)は、日産自動車が生産・販売している海外向け4輪駆動車である。初代WD22型および2代目R50型はそれぞれ「テラノ」の北米、中東向け仕様車であったが、2002年8月に日本向けテラノが生産終了したため、海外専用車種として独立している。

2003年9月 第60回フランクフルトモーターショーにコンセプトカー「Dunehawk(デューンホーク)」を出展。

2004年1月 北米国際オートショーにR51型パスファインダーを出展。3列シートを採用し、7人乗りとなる。生産拠点はテネシー州スマーナ工場。

2004年9月 パリサロンに欧州仕様R51型を出展。新型2.5リッターディーゼルエンジンを搭載する。

同月 北米向けR51型の生産開始。搭載するエンジンはV型6気筒DOHC4.0リッター VQ40DE型。

2005年3月 欧州にて販売開始。欧州向けの生産はスペインにて行われる。

2007年2月 シカゴオートショーに2008年モデルを出展。新たにタイタン/アルマーダと同じV型8気筒DOHC5.6リッター VK56DE型エンジン搭載車種が追加されたほか、内装の意匠を一新して質感の向上を図っている。また、外観も小変更されている。

NISSAN NAVARA
オセアニア・欧州向けは「NAVARA」である。国内では「NAVARA」を湘南日産車体で組み立ていた。現在は、現地生産されている。

ダットサントラックは、日産が生産していたピックアップトラックで現在での国内生産は終了している。 D22~海外では「FRONTIER」のネーミングで販売されている。「FRONTIER」は国内・海外とも生産されており、北米(日産ノースアメリカINC)・ブラジル・タイ(サイアム日産モーターリミテッド)・スペイン(日産モトールイベリカS.A.)・中国(河南省の鄭州日産汽車公司)の日産工場で生産されている。

NISSAN MURANO 初代 Z50型(2002年 - 2008年)
日本市場においてはトヨタ・ハリアーを意識し、本格的クロカン車のサファリと、小型SUVのエクストレイルの中間に設定されたモデル。

北米市場では近年人気の高い高級ラグジュアリーSUVと位置づけられている。 元々は日本での販売予定はなかったとされるが、アメリカ合衆国での高い評価を受け、2004年9月より国内販売が開始された。 北米、日本のみならず、世界各地域においても販売されており、全ての地域において名称は「ムラーノ」に統一されている。

製造は福岡県京都郡苅田町の日産自動車九州工場で製造されている。

かつてのテラノの後継車種であるという見方もあるが、クロスカントリー色の濃いテラノの直接的な後継は、欧州・北米で多く展開されているパスファインダーやエクステラである。

ティアナなどと同じ、『ニッサン・FF-Lプラットフォーム』を使用する。

エンジンはVQ35DE型V6 3500ccまたはQR25DE型直4 2500cc(2500ccは日本・シンガポール仕様のみ)。

トランスミッションは6速マニュアルモード付きCVT(3500cc)または4速AT(2500cc)になる。駆動方式はFFと3500ccのみ4WDがある。

ムラーノは灰皿とシガーライターが標準装備されておらずディーラーオプションとなっている(マーチなどと同様)。

2002年3月 - 第102回ニューヨーク国際オートショーに出品。

2002年11月 - 北米で販売開始。

2003年2月 - カナダ・トラック・オブ・ザ・イヤーを受賞。

2003年10月 - 第37回東京モーターショーに北米仕様(左ハンドル)を参考出品。

2004年9月2日 - 日本で発売。レッドステージ店で販売する。同月、パリサロンに欧州仕様を出展。

2004年10月29日 - ブルーステージ店での取り扱いを開始。

2005年1月 - 九州工場車両生産累計台数1000万台を記念した期間限定車「カベルネ」を設定。北米向けモデルにのみ採用しているカベルネ色の本革シートをはじめ、装備をした。生産計画台数100台、2005年3月までの期間限定販売。

2005年2月 - ヨーロッパで販売開始。

2005年6月 - 期間限定車「アルテ・カベルネ」を設定。生産計画台数100台、2005年9月までの期間限定販売。

2005年12月27日 - 一部改良。

2007年5月 - 特別仕様車「スタイリッシュシルバーレザー アンコール」を発売。2006年5月に発表した「スタイリッシュシルバーレザー」の復刻版。

2007年9月 - 期間限定車「アルテ・ビアネロッソ」を設定。生産計画台数100台、2008年3月までの期間限定販売。

2007年12月 - 特別仕様車「モードブラウンレザー アンコール」を発売。2006年12月に発表した「モードブラウンレザー」の復刻版。

[ 2007/07/04 14:58 ] NISSAN | TB(0) | CM(0)

Safari CM 1'00"

トップページNISSANカテゴリーSafari CM nissanadsmafia.jpg
blogram投票ボタンにほんブログ村 動画紹介ブログへ人気ブログランキングへ
1997年10月3代目、Y61型にモデルチェンジ。ねらいは中東砂漠の高速ツアラー。搭載エンジンはTB45E、TD42T、RD28ETi(2ドアハードトップ)。消防車仕様は廃止された。

1999年9月 - マイナーチェンジ。内外装の意匠変更、仕様装備の向上のほか、2ドアハードトップ車に、直列4気筒DOHC直噴ターボ付ディーゼル ZD30DDTi型を搭載。オーテックジャパンの手によるキャンピングカー、「フィールドベース」も変更。

2000年3月 - ZD30DDTi型搭載欧州向けパトロールを第70回ジュネーブモーターショーに出品。
2002年8月 - 日本向けの販売を休止。
2002年11月 - マイナーチェンジを施し日本向けの販売を再開。内外装の意匠変更、装備の向上のほか、新開発の直列6気筒DOHC TB48DEエンジンに5速マニュアルモード付オートマチックトランスミッションを組み合わせる。グレードは4ドアワゴングランロードリミテッドのみとなる。ただし、海外向けはディーゼルエンジンやMTも継続設定される。

2003年6月 - FIAクロスカントリーラリー・ワールドカップ第4戦 ORPIモロッコラリーにスポット参戦。T1クラス3位。
2004年1月 - テレフォニカ・ダカール2004に参戦し、総合22位、T1(市販車無改造)クラス優勝。

2004年8月 - マイナーチェンジ。内外装を大幅変更する。
2004年9月 - 第12回「4x4 24時間atエッソンヌ」T1クラスに参戦。総合47位、クラス17位完走。
2005年2月 - パキスタンへ輸出開始。現地名は「パトロール」。
2007年6月 - 日本国内での販売を終了。

[ 2007/07/05 15:04 ] NISSAN | TB(0) | CM(0)

Rogue Concept Car 0'50"

トップページNISSANカテゴリーRogue Concept Car NissanRogueConcept.jpg
blogram投票ボタンにほんブログ村 動画紹介ブログへ人気ブログランキングへ
コンセプトカーだけあって情報が乏しいです。わかり次第書き込みしていきますんで・・・情報お持ちの方コメントがトラックバックよろしくお願い致します。

[ 2007/07/06 15:10 ] NISSAN | TB(0) | CM(0)

Skyline ケンメリCM 1'06"

トップページNISSANカテゴリーSkyline ケンメリCM 1'06" 日産 SKYLINE ケンメリ CM.jpg
blogram投票ボタンにほんブログ村 動画紹介ブログへ人気ブログランキングへ
4代目(C110型、1972年-1977年)
通称:ケンメリ、ヨンメリ(セダンモデルのみの愛称)
キャッチコピー:ケンとメリーのスカイライン
1972年9月 C110型にモデルチェンジ。ボディバリエーションは4ドアセダン、2ドアハードトップ、およびワゴン/バンを有し、セダン/ハードトップは4気筒エンジン車、6気筒エンジン車でフロントノーズの長さが異なる(当然ホイールベースも)。サーフィンラインは折り目のあるシャープなデザインに発展。2ドアハードトップは太いCピラーを特徴とし、ワゴン/バンはラゲッジルームの窓の無い、CピラーとDピラーをつなげた造形を特徴とした。搭載するエンジンはG15 型をボアアップした直列4気筒OHC1600cc・G16型、先代より継続されたOHC1800cc・G18型、およびL20型の3機種。足回りはフロント側がストラット式。リア側は4気筒モデルがリーフリジッド、6気筒モデルがセミトレーリングアームの組合せ。4ドアGTおよび2ドアハードトップ全グレードのテールライトが丸型4灯となった。この丸型4灯テールライトは以後スカイラインのアイデンティティの一つとして、10代目のR34まで受け継がれていくことになる。4ドアセダンはヨンメリ(4ドアのケンメリ)とも呼ばれている。また1600ccには、LPGエンジンのタクシー仕様車も設定されていた(販売は1975年頃まで)。

なお、ボディカラーが白の2ドアハードトップにのみ、リアフェンダーに接着剤付けのモールが設定されている。当時の日産自動車の社長命令で設定されたといわれる。

この代は警察庁で警らパトロールカーとして導入された。エンジンはGT系と同じL20だが、装備の質は落とされており、専用モデルとなっている(警らパトカー仕様はR31まで設定された)。

C110型は海外(右ハンドル圏)にも「ダットサン240K」の名で輸出された。

1972年10月 第19回東京モーターショーに「ハードトップ2000GT-Rレーシング仕様」を出品。

1973年1 月 「ハードトップ2000GT-R(KPGC110型)」を追加。先代同様S20型エンジン(1989cc 160ps/7000rpm、18.0kgm/5600rpm)を搭載し、専用ラジエータグリル、前後オーバーフェンダー、リアスポイラー等を装備する他、先代では標準でなかったラジオが標準装備とされている。排気ガス規制の影響もあり僅か197台が生産され、うち195台が市販されただけで生産が終了された。レースに出場することもなかったが、生産台数が極端に少ないがゆえに幻のGT-Rとして有名で、旧車市場において非常に高額で売買されている。GT-Rは後のR32型の登場まで復活しなかった。197台となった理由には、三国工業から購入したソレックスのキャブレターが197台分残っていたためである。

1975年5月 マイナーチェンジ。4気筒モデルのG16型、G18型に替わり、L16型、L18型が搭載される。

1975年9月 50年排ガス規制(A-)対応の、電子制御燃料噴射(ニッサンEGI)を採用するL20E型を搭載する「セダン/ハードトップ2000GTX・E」を追加。

1975年10月 セダン/ハードトップの1600・1800・2000(L20S型搭載車)系をNAPSにより50年排ガス規制(A-)に適合。同時にマイナーチェンジ、フロント/リアのデザインが変更される。最下位グレードがセダン1600DXとなる

1976年2月~3月 GT系のL20E搭載車が、51年排ガス規制(C-)に適合。翌月には1600も51年規制に適合

1976年6月 GT系のL20S搭載車、1800系が51年規制に適合。

広告で「ケンとメリーのスカイライン」のキャッチコピーが使われたことから、「ケンメリ」と呼ばれる。傘のマークをワンポイントにしたキャラクター商品も販売された。バズが歌うCMソング『ケンとメリー~愛と風のように~』がヒットチャート1位になり、CMの撮影が行われた北海道美瑛町のポプラの木は今なお「ケンとメリーの木」として観光名所である。当時このCMにケン役で出ていたのはマイケル富岡であるとの誤解が一部にあるが、マイケル富岡が出演していたのは5代目のC210型のCMである。

東宝製作の特撮テレビドラマ「流星人間ゾーン」に登場する車両「マイティーライナー」のベース車両は、このGC110型(2ドアハードトップ)スカイラインである。

1980年代、手頃な価格とあいまって若者を中心に人気があったこのモデルは、姉妹車のローレルとともに暴走族の改造車(族車)の定番になり、テールライトの中心寄り2つをパテ埋めする「ワンテール仕様」や、ウインカーやグリルをローレルのものに交換する、テールライトをチェリーのものに交換するなどといった、当時の日産車同士のパーツの互換性を活かした多彩な改造が流行した。

[ 2007/09/01 00:07 ] NISSAN | TB(0) | CM(0)

Datsun 260Z CM 0'58"

トップページNISSANカテゴリーDatsun 260Z CM
blogram投票ボタンにほんブログ村 動画紹介ブログへ人気ブログランキングへ
初代(S30系 1969-1978年)
1969年、前身となるオープンボディの「フェアレディ」に代わって登場。

国内ではSUツインキャブレターを装備したSOHCのL20型と、ソレックスツインチョークキャブレターを3基装備したDOHCのS20型の2種類の直列6気筒2L エンジンが設定された。SOHCモデルは「素Z(すゼット)」と呼ばれたベースモデルと、装備を充実させた「L」、DOHCモデルは「432」がそれぞれラインアップされた。 「432」とは、「4バルブ・3キャブレター・2カム」の意であり、搭載されるS20型エンジンの構成に由来する。その他、競技用ベース車両として、ヒーターすらオプションとなり、アクリル製ウィンドウを採用するなどの軽量化が施された「432R」も存在した。

「432」系の車両は、販売期間の短さや、開発やメンテナンスの優先順位をめぐる旧プリンス陣営との確執などもあり、競技への参戦は意外と少なく、ほとんどの戦歴は後に登場する「240Z」が打ち立てている。

アメリカではダットサン・スポーツのブランドで、2.4LのL型直6エンジンを搭載した「240Z」を発売、その後厳しさを増す排出ガス規制による出力低下を補うため、2.6L、2.8Lと排気量を順次拡大、車名もそれぞれ「260Z」、「280Z」となる。市場の要求から、ホイールベースを延長した4人乗り(2+2)の「2 by 2」も追加し、世界総販売台数55万台という、当時のスポーツカーとしては空前の記録を樹立した。

モデルサイクル途中、折からの環境汚染問題に端を発した排出ガス規制に対応するため、「240Z」の廃止に続き、1976年7月に、2LモデルはSUツインキャブレターを電子制御式燃料噴射装置に置き換えたNAPS仕様のL20E型エンジンへと変更となり、型式もS31 / GS31型となった。

S30は現在でも人気が高く、ファンは多い。ビンテージカーとして流通もしているが、その多くは今までの所有者によって何らかの改造が施されたものであり、完全に原型の車両を手に入れることは、非常に困難である。多くの所有者がレストレーションにより、オリジナルに近づける努力をしているが、製造廃止になっている純正部品も多く、復元のためには各自の工夫が必要となる。

[ 2007/09/02 00:16 ] NISSAN | TB(0) | CM(0)

Datsun 280ZX TV commercial - Awesome 0'30"

トップページNISSANカテゴリーDatsun 280ZX TV commercial - Awesome!!
blogram投票ボタンにほんブログ村 動画紹介ブログへ人気ブログランキングへ
2代目(S130型、1978-1983年)
1978年8月、S130型にフルモデルチェンジ。
先代のロングノーズ・ショートデッキスタイルを継承しながら、2代目はややワイドサイズとなって登場。2000ccの「200Z」と2800ccの「280Z」の2つのL型・直列6気筒エンジンを設定していた。しかし、これらL型エンジンは、吹け上がりの重さなどに次第に古さが感じられるようになった。また、ボディの大型化による重量増などから、一部には「セドリッククーペ」などと揶揄された。ただし先代を正常進化させたスタイルは流麗で美しく、ファンも少なくない。

1980年、国産車で初めて「Tバールーフ」仕様車を追加。このモデルを改造、ガス圧開閉式のセミガルウィングウィンドウを装備したのがテレビドラマ『西部警察』に登場する「スーパーZ」である。

1981年10月、マイナーチェンジ。ボンネットフードにNACAダクトを追加。

1982年、アメリカでL28ET型エンジンを搭載した2800ccターボモデルが誕生。初代に引き続き、S130もアメリカでは大ヒットとなり、1年足らずで生産台数10万台を突破。

1982年10月、歴代フェアレディZ初のL20ET型2000ccリットルターボエンジン搭載モデル「200Z-T」が追加。国産車初の60%扁平タイヤ(215/60R15)装着車だった。

1983年、初代からの累計台数100万台を達成。

キャッチコピーは「新たなるZゾーンへ」。

[ 2007/09/03 00:26 ] NISSAN | TB(0) | CM(0)

Datsun 280ZX 10th Anniversary Black Gold 0'30"

トップページNISSANカテゴリーNissan Datsun 280ZX 10th Anniversary Black Gold!! 20071030132433.jpg
blogram投票ボタンにほんブログ村 動画紹介ブログへ人気ブログランキングへ
2代目(S130型、1978-1983年)
1978年8月、S130型にフルモデルチェンジ。
先代のロングノーズ・ショートデッキスタイルを継承しながら、2代目はややワイドサイズとなって登場。2000ccの「200Z」と2800ccの「280Z」の2つのL型・直列6気筒エンジンを設定していた。しかし、これらL型エンジンは、吹け上がりの重さなどに次第に古さが感じられるようになった。また、ボディの大型化による重量増などから、一部には「セドリッククーペ」などと揶揄された。ただし先代を正常進化させたスタイルは流麗で美しく、ファンも少なくない。

1980年、国産車で初めて「Tバールーフ」仕様車を追加。このモデルを改造、ガス圧開閉式のセミガルウィングウィンドウを装備したのがテレビドラマ『西部警察』に登場する「スーパーZ」である。

1981年10月、マイナーチェンジ。ボンネットフードにNACAダクトを追加。

1982年、アメリカでL28ET型エンジンを搭載した2800ccターボモデルが誕生。初代に引き続き、S130もアメリカでは大ヒットとなり、1年足らずで生産台数10万台を突破。

1982年10月、歴代フェアレディZ初のL20ET型2000ccリットルターボエンジン搭載モデル「200Z-T」が追加。国産車初の60%扁平タイヤ(215/60R15)装着車だった。

1983年、初代からの累計台数100万台を達成。

キャッチコピーは「新たなるZゾーンへ」。

[ 2007/09/04 00:34 ] NISSAN | TB(0) | CM(0)

Tiida CM 0'30"

トップページNISSANカテゴリーTiida CM tiida.jpg
blogram投票ボタンにほんブログ村 動画紹介ブログへ人気ブログランキングへ
ティーダは同車の販売開始によって生産を終了した、日産伝統の大衆車サニーの事実上の後継モデル。また、2000年8月にパルサーセリエの生産を終了して以来、日産から同クラスのハッチバックが消えていたこともあり、同車の後継車的なポジションも兼ねる。ティーダという名が英語のTIDEを語源とするというだけでなく、沖縄方言で太陽の意を表す“てぃーだ”から来ているということも、それを暗示している。

姉妹車にセダンの日産・ティーダラティオが存在する。

当初はアジア戦略車と位置付けられていたが、2006年にはメキシコのアグアスカリエンテス工場でも生産を開始し、北米サブコンパクト市場にも投入された。さらに2007年からはメキシコからスペイン、アイルランド、ポーランド、ハンガリーなど欧州諸国への輸出も開始された。欧州市場ではアルメーラの生産終了によって空いた小型ファミリーカーのポジションを埋める役割を担う。

なお、中華人民共和国向けはいち早く2007年11月にフェイスリフトが行われている

米国・カナダでは「ヴァーサ」(Versa)、シンガポール、インドネシア、マレーシアでは日本向けのセダンのサブネームと同じ「ラティオ」、それ以外の地域では日本同様「ティーダ」の車名で販売される。なお、日本向けはセダンにサブネームを付加して区別しているが、海外向けはシンガポールとマレーシアを除いて(ハッチバックが「ラティオスポーツ」とサブネーム付きの車名になる)、ハッチバック・セダンとも同じ車名となる。また、中国仕様では漢字表記のときのみに際し同音異字を用いて区別している。

シャシー(プラットフォーム)は、日産の事実上の親会社で、アライアンス関係を結んでいるルノーと共同開発し、すでにマーチやルノー・モデュスなどで使用されているアライアンス・Bプラットフォームの中でも、特にキューブキュービックのものをベースに開発されている。

ボディサイズは、全長4205mm、全幅1695mm、全高1535mm(4WDモデルは1540mm)、ホイールベース2600mmと、近年このクラスのモデルが大型化して3ナンバーボディを採用することが多い中、5ナンバーサイズを堅持している。

エンジンは低中速トルク・燃費性能・環境性能を、従来のQG型から大幅に向上させたという、新開発のHR15DE型直列4気筒1.5Lエンジンを搭載。2005年初頭には同じく新開発のMR18DE型直列4気筒1.8Lエンジンが追加された。また、海外向けにはHR16DE型直列4気筒1.6LエンジンやK9K型直列4気筒1.5Lディーゼルエンジンも用意されている。

トランスミッションは4速AT(E-ATx)と伝達効率を向上させた新開発CVT(エクストロニックCVT)を用意。ただしe-4WDシステム(トランスファー、プロペラシャフトを用いず、電気モーターによって後輪を駆動する)搭載車には4速ATのみしか用意されない。これはCVTとe-4WDがうまく合わなかったためとされる。

内外装は、日産がティーダに掲げる“SHIFT_ compact quality”のコンセプト通り、従来の小型車のレベルを超えた高い質感を実現している。

エクステリアは、一部でルノーのモデル(メガーヌなど)との類似性を指摘されている(両社は提携関係にあるのだから、似ていてもおかしくはない)が、質感は高く、リアコンビネーションランプは同社のモデル、フェアレディZにも似たスタイリッシュなデザインを採用している。

インテリアは、すでに高い質感とデザインで好評を得ている同社のモデル、ティアナを手がけたスタッフによるもので、ダッシュボードにはアルミ調パネルをあしらい、シートはティアナと同等の余裕あるサイズのものを採用している。さらにオプションでシートをクロスレザー仕様にすることもでき、全体として高い質感を実現している。

なお、初期モデルはインパネおよびドアトリム上部にソフトパッドが採用されていたが、2006年12月の一部改良を機にハード樹脂に変更された。そのため現行モデルは見た目柔らかそうに見えるが、触感は指が沈まない硬質なものとなり質感が幾分後退している。

仙台市内、および浜松市内では個人タクシーが営業中。

2004年10月29日、同車のセダンバージョンである、ティーダラティオ(これが事実上のサニー後継車)が発売された。

[ 2007/09/04 00:57 ] NISSAN | TB(0) | CM(0)

Leopard (F31) 1989 0'30"

トップページNISSANカテゴリーLeopard (F31) 1989 20071030103915.jpg
blogram投票ボタンにほんブログ村 動画紹介ブログへ人気ブログランキングへ
2代目 F31型 (1986-1992年)
前述の通り、ブルーバードに6気筒の「マキシマ」が登場した事や、ソアラを競合車種として強く意識した結果、F31型では姉妹車だったレパードTR-Xを統合した上で(パルサー販売店でもレパードを販売)、2ドアクーペのみのラインナップとなった。また、同時期のスカイライン(R31型)と基本設計を共用し、開発コストを抑えた。

開発主管は、ローレル(C32型)、スカイラインR31(7th)・R32型の開発主管を務めていた旧・プリンス自動車出身の伊藤修令が担当していた。

エンジンは前期型がV型6気筒SOHC1998cc VG20E型(115ps)、1998ccターボ付VG20ET型(155ps)、DOHC2960cc VG30DE型(185ps)の3機種。マイナーチェンジでVG30DE型は200psとなったほか、VG20ET型に替わりDOHCターボ付のVG20DET型(210ps)を搭載。また3リッターにもターボモデルが加わりシーマ(Y31型)に搭載されたDOHCターボ付 VG30DET型(255ps)が新たに搭載された。前期型VG20E型搭載車のみ、マニュアル車が設定された。

エクステリアは先代のイタリア的近未来スタイルに対し、ソアラやBMW 3.0CSをリメイクしたようなクラシカルなデザインになったが、細部の仕上げには相応の注意が払われている。外板の塗装も高品質仕上げが施されていた。

販売終了から15年近く経過するが、独特のデザインとドラマ「あぶない刑事」に使われていたこともあり、未だに根強い人気を保っている。現役時代の販売台数がライバルだった20系ソアラより少なかったことにより現在では希少価値のある車として中古車市場では、20系のソアラより割高の値段で売られている。

オーナーズクラブが全国に点在し、情報交換等も非常に活発である。

  • 1986年2月 F31型にモデルチェンジ。ラインナップはアルティマ(V6 3000DOHC)、XS-II・XS(V6 2000SOHCジェットターボ 空冷インタークーラー付き)、XJ-II・XJ(V6 2000SOHC)。
  • 1987年6月 アルティマ、XS-IIに「グランドセレクション」追加。ウールモケットシート、AVシステム(アルティマグランドセレクションに標準装備、XS-IIグランドセレクションにオプション)を装備。
  • 1987年10月 東京モーターショウにて「アルティマX」を参考出品。これはアルティマをベースとしたオープンカーで、専門誌では状況次第で市販化されるとの憶測があったが、発売には至らなかった。
  • 1988年8月 マイナーチェンジ。メッキ部品を減らし角は丸められる。ダッシュボードも、大幅に形状が変更された。ラインアップはアルティマV30ツインカムターボ(V6 DOHCセラミックターボ)、アルティマV30ツインカム(V6 3000DOHC)、XS V20ツインカムターボ(V6 2000DOHCセラミックターボ 水冷インタークーラー付き)、XJ V20E(V6 2000SOHC)。VG30DET型の追加、VG30DE型の出力向上、VG20ET型に替わりVG20DET型を設定。 V6 2000SOHC以外のエンジンはプレミアムガソリン指定。マイナーチェンジ前で人気の装備だった、全面ブルー液晶の「グラフィカル・デジタルメーター」は廃止され、アナログのホワイトメーターとなった。AVシステム、サンルーフ、本革シートがアルティマV30ツインカムターボに標準装備、その他のグレードにオプション設定された。
  • 1989年 アメリカではF31型をベースにしたインフィニティ M30が発売され、これにはコンバーチブルの設定もあった。また、F31型をベースにオーテックジャパンとイタリアのカロッツェリア・ザガートと合作した「オーテック・ザガート・ステルビオ」も発売された。
[ 2007/10/22 13:29 ] NISSAN | TB(0) | CM(0)

Skyline R31 CM 0'30"

トップページNISSANカテゴリーSkyline R31 CM 0'30" CM__R31_Skyline_GTS__86-89.jpg
blogram投票ボタンにほんブログ村 動画紹介ブログへ人気ブログランキングへ
7代目(R31型、1985年-1989年)ワゴンは1986-90年
ボディバリエーションは、4ドアセダン・4ドアハードトップ・2ドアクーペ・ワゴンの4種。
1985年8月 R31型発売。当時のハイソカーブームに便乗し、発売当初はスカイライン初の4ドアハードトップモデルと4ドアセダンしか設定が無く、「史上最強のスカイライン」と宣伝された先代と比較され、「牙を抜かれた狼」「史上最悪(最低)のスカイライン」などと揶揄されたこともあり、スカイラインファンからは不評であった為、翌年にはスポーツモデル(2ドアスポーツクーペ)を追加するに至った。メカニズム面では、ケンメリGT-Rに搭載されていたS20型エンジン以来の直列6気筒4バルブDOHCエンジンで、2ヵ月後にZ31型フェアレディZに搭載された180ps(発売当初はグロス値表記で210ps)を発生するRB20DET型を搭載し、4輪独立操舵システムであるHICASを搭載したモデルである。

搭載するエンジンは前述のRB20DET型のほか、直列6気筒がDOHC RB20DE型、SOHCターボ RB20ET型、SOHC RB20E型、SOHCディーゼル RD28型。直列4気筒はSOHC CA18S型の計6機種。サスペンションはフロントがストラット式、リアがセミトレーリングアーム式。但し4ドアセダン・4ドアハードトップの各1800 シリーズおよびワゴン全車はリアが5リンク式リジッド。

1986年1月 ワゴン追加。ワゴンのGTパサージュターボはスバル・レガシィツーリングワゴンが登場するまでは国内最速ワゴンであった。

1986年5月 待望の2ドアスポーツクーペのGTSシリーズを追加。このGTSのCMは速度上昇(80km/h)にて突出するオートスポイラーの機能をふんだんに見せるものであり、キャッチコピーは「そのとき、精悍。」「FOR ELISE MY LOVE SKYLINE」。

1986年8月 「4ドアセダン1800エクストラG」を追加。

1986年9月 2ドアスポーツクーペに引続き、4ドアハードトップにもGTSシリーズを追加。

1987年2月 「2ドアスポーツクーペGTSツインカム24VターボNISMO」を限定1000台にて設定。イタルボランテステアリングホイール、バケットシート等を装備する。

1987年5月 「4ドアセダン1800エクストラGリミテッド」、および「4ドアセダン1800Gリミテッド」を追加。

1987年8月 マイナーチェンジ。4ドアのフロント周りの造形を2ドアスポーツクーペと共通するデザインへ変更する等、外観に手が入る。CMでは「We Motor Sports.」のコピーで、峠道を疾走するシーンや当時のグループAのマシンを登場させ、走行機能を前面に出すCMに変更。曲もバッハの「トッカータとフーガ」のアップテンポ編曲版に変更する。マイナーチェンジと同時に、当時のグループAのホモロゲーションモデルとして「2ドアスポーツクーペGTS-R」を 800台限定で設定。オートスポイラーを固定化し、大型スポイラーを装備、さらにターボタービンの変更等のチューニングを施し210ps(ネット値)を発生させる。1987年11月のインターTECにてデビューし、全日本ツーリングカー選手権をはじめ国内レースを席巻、以降に復活するR32型GT-Rの布石を築いた。

余談ではあるがこのGTS-R、800台限定と言われながら400台を日本唯一のR31専門チューニングショップであるR31HOUSEが面倒を見ている。そのため同店店長である柴田達寛氏は「半分はありえない、もしかしたら800台以上あるんちゃうかな?」とコメントしている。

1988年5月 日産の子会社であるオーテックジャパンが独自にエンジンや足回りをチューニングし、GTS-Rと同じ210(ネット値)psを発揮する限定車「GTSオーテックバージョン」が登場(限定200台)。注文数が大きく上回り、発売日には抽選で販売した。

なお、カタログモデルでタクシー仕様車が設定されたのは、同型が最後となった(エンジンはCA18P型LPG。小型タクシーの全長の規定によりマイナー後もフロント・リヤの変更は無かった)。

パトカー仕様のセダンGTの設定はこの代が最後となる。

オーストラリアではピンターラ (Pintara) という名称で現地生産された。2代目ピンターラは日本ではオーズィとして逆輸入された。

また、コンプリートカーメーカーのトミーカイラがオーストラリア向け車両に搭載されていた3000ccSOHCのRB30E型エンジンを搭載し、コンプリートカートミーカイラM30として市販した。これは、日本初の公認チューニングカーとしてトミーカイラが世に出した最初のモデルでもある。このM30は2007年2月時点での日本での現存が8台(R31HOUSE調べ)という超稀少車種となっている。

また同じくコンプリートカーとしてM20も存在した。こちらも生産台数30数台という稀少車種である。

[ 2007/11/14 10:00 ] NISSAN | TB(0) | CM(0)

Skyline R31 1988 TV commercial 2 0'36"

トップページNISSANカテゴリーSkyline GX R31 1988 TV commercial2 (アメリカバージョン) Nissan_Skyline_R31_1988_TV_commercial_2.jpg
blogram投票ボタンにほんブログ村 動画紹介ブログへ人気ブログランキングへ
7代目(R31型、1985年-1989年)ワゴンは1986-90年(アメリカバージョン)
ボディバリエーションは、4ドアセダン・4ドアハードトップ・2ドアクーペ・ワゴンの4種。

1985年8月 R31型発売。当時のハイソカーブームに便乗し、発売当初はスカイライン初の4ドアハードトップモデルと4ドアセダンしか設定が無く、「史上最強のスカイライン」と宣伝された先代と比較され、「牙を抜かれた狼」「史上最悪(最低)のスカイライン」などと揶揄されたこともあり、スカイラインファンからは不評であった為、翌年にはスポーツモデル(2ドアスポーツクーペ)を追加するに至った。メカニズム面では、ケンメリGT-Rに搭載されていたS20型エンジン以来の直列6気筒4バルブDOHCエンジンで、2ヵ月後にZ31型フェアレディZに搭載された180ps(発売当初はグロス値表記で210ps)を発生するRB20DET型を搭載し、4輪独立操舵システムであるHICASを搭載したモデルである。

搭載するエンジンは前述のRB20DET型のほか、直列6気筒がDOHC RB20DE型、SOHCターボ RB20ET型、SOHC RB20E型、SOHCディーゼル RD28型。直列4気筒はSOHC CA18S型の計6機種。サスペンションはフロントがストラット式、リアがセミトレーリングアーム式。但し4ドアセダン・4ドアハードトップの各1800 シリーズおよびワゴン全車はリアが5リンク式リジッド。

1986年1月 ワゴン追加。ワゴンのGTパサージュターボはスバル・レガシィツーリングワゴンが登場するまでは国内最速ワゴンであった。

1986年5月 待望の2ドアスポーツクーペのGTSシリーズを追加。このGTSのCMは速度上昇(80km/h)にて突出するオートスポイラーの機能をふんだんに見せるものであり、キャッチコピーは「そのとき、精悍。」「FOR ELISE MY LOVE SKYLINE」。

1986年8月 「4ドアセダン1800エクストラG」を追加。

1986年9月 2ドアスポーツクーペに引続き、4ドアハードトップにもGTSシリーズを追加。

1987年2月 「2ドアスポーツクーペGTSツインカム24VターボNISMO」を限定1000台にて設定。イタルボランテステアリングホイール、バケットシート等を装備する。

1987年5月 「4ドアセダン1800エクストラGリミテッド」、および「4ドアセダン1800Gリミテッド」を追加。

1987年8月 マイナーチェンジ。4ドアのフロント周りの造形を2ドアスポーツクーペと共通するデザインへ変更する等、外観に手が入る。CMでは「We Motor Sports.」のコピーで、峠道を疾走するシーンや当時のグループAのマシンを登場させ、走行機能を前面に出すCMに変更。曲もバッハの「トッカータとフーガ」のアップテンポ編曲版に変更する。マイナーチェンジと同時に、当時のグループAのホモロゲーションモデルとして「2ドアスポーツクーペGTS-R」を 800台限定で設定。オートスポイラーを固定化し、大型スポイラーを装備、さらにターボタービンの変更等のチューニングを施し210ps(ネット値)を発生させる。1987年11月のインターTECにてデビューし、全日本ツーリングカー選手権をはじめ国内レースを席巻、以降に復活するR32型GT-Rの布石を築いた。

余談ではあるがこのGTS-R、800台限定と言われながら400台を日本唯一のR31専門チューニングショップであるR31HOUSEが面倒を見ている。そのため同店店長である柴田達寛氏は「半分はありえない、もしかしたら800台以上あるんちゃうかな?」とコメントしている。

1988年5月 日産の子会社であるオーテックジャパンが独自にエンジンや足回りをチューニングし、GTS-Rと同じ210(ネット値)psを発揮する限定車「GTSオーテックバージョン」が登場(限定200台)。注文数が大きく上回り、発売日には抽選で販売した。

なお、カタログモデルでタクシー仕様車が設定されたのは、同型が最後となった(エンジンはCA18P型LPG。小型タクシーの全長の規定によりマイナー後もフロント・リヤの変更は無かった)。

パトカー仕様のセダンGTの設定はこの代が最後となる。

オーストラリアではピンターラ (Pintara) という名称で現地生産された。2代目ピンターラは日本ではオーズィとして逆輸入された。

また、コンプリートカーメーカーのトミーカイラがオーストラリア向け車両に搭載されていた3000ccSOHCのRB30E型エンジンを搭載し、コンプリートカートミーカイラM30として市販した。これは、日本初の公認チューニングカーとしてトミーカイラが世に出した最初のモデルでもある。このM30は2007年2月時点での日本での現存が8台(R31HOUSE調べ)という超稀少車種となっている。

また同じくコンプリートカーとしてM20も存在した。こちらも生産台数30数台という稀少車種である。

[ 2007/11/16 18:39 ] NISSAN | TB(0) | CM(0)

Fairlady 350Z Commercial Take me Driving 1'00"

トップページNISSANカテゴリーFairlady 350Z Commercial Take me Driving 350Z_Commercial_-_Take_me_driving.jpg
blogram投票ボタンにほんブログ村 動画紹介ブログへ人気ブログランキングへ
5代目(Z33型、2002年-)
1999年1月、デトロイトショーでZ復活の狼煙となる、240Zコンセプトが発表される。エンジンが直4のKA24DEであるなど、車格はSXに近く、後のZ33とは大きく異なるが、Z-carを渇望して久しい北米では、一気に期待が高まった。

2000年7月、ラスベガスで行われたZ30周年記念イベント、「Z2K(Z2000)」に湯川伸次郎と中村史郎が出席、開発状況とレンダリングの一部を発表、大きなニュースとなる。

2001年10月、第35回東京モーターショーにZ33型コンセプトモデルを出展。

2002年1月、北米国際オートショーに「350Z」を出展。同月より先行予約受付を開始。6月、第7回北京国際モーターショーに「350Z」を出展。

2002年7月、Z33型発売。2年の沈黙を経てカルロス・ゴーンにより復活したモデル。ボディタイプは2シータークーペのみで、歴代フェアレディZに設定されていた2by2は未設定。エンジンはエルグランドやスカイラインに搭載されているV型6気筒DOHC3.5L VQ35DE型自然吸気のみ。ブレーキキャリバーはブレンボ社製を一部モデルに標準設定。グレード体系もベーシック・スポーティ系・ラグジュアリー系とわかりやすいものとなっている。

2003年2月、「350Z」がカナダ・カー・オブ・ザ・イヤー、およびベスト・ニュー・デザイン賞を受賞。3月、ジュネーヴ・モーターショーにヨーロッパ向け「350Z」を出展。

2003年4月、ニューヨーク国際オートショーに「350Z ロードスター」を出展。同月、上海モーターショーに「350Z ロードスター」を出展。

2003年10月、フルオープンモデル「ロードスター」(コンバーチブル・オープンカー)追加。同時に「クーペ」の仕様・装備を一部変更し、「Version ST」に5速AT車を追加。プレミアムカラーとして、第35回東京モーターショーに出品されたコンセプトカーと同じボディカラー「プレミアムリキッドシルバー」を設定。以降、イヤーカラーとしてプレミアムカラーが一部改良及びマイナーチェンジ時に設定された。

2004年1月、生産拠点を追浜工場から栃木工場へ移管。同月、2月29日までの期間限定モデル「Type E」を設定。前後のオーバーハングを延長し、オーディオレスとされた。実質はJGTC GT500クラスのホモロゲーションモデル。同時に、NISMOの手による「フェアレディZ S-tune GT」を設定。

2004年9月、一部改良。5速ATに「シンクロレブコントロール」機能を採用。同月、パリサロンに「350Z ロードスター」を出展。プレミアムカラーとして「プレミアムサンシャインイエロー」を設定。(プレミアムリキッドシルバーは設定終了)

2005年1月、フェアレディZ生誕35周年を記念する期間限定車「35th Anniversary」を設定。パワーアップされたVQ35DE型エンジン、18インチホイール等を採用する。2005年5月末受注分までの期間限定販売。

2005年4月、上海にて中華人民共和国向け「350Z」を披露。同月開催された「オート上海 2005」に出展。

2005年9月、マイナーチェンジ。ヘッドライト等の外観も変化し、リアコンビネーションランプにはLEDを採用し、出力が294psまで上げられた。シフトコンセプトは、「SHIFT_ sports」。

2006年1月、オーテックジャパンによる期間限定車「Version ST Type G」を設定。リア19インチタイヤ、フロント・リヤフェンダーモールを採用し、初代S30型240ZGを彷彿とさせるモデル。同月、東京オートサロン2006 with NAPACに「Version ST Type G」、および「NISMOフェアレディZ RSコンセプト」を出展。

2007年1月11日、再びマイナーチェンジが行われた。これによりエンジンはVQ35HR(313PS)に変更され、ボディカラーは特別塗装色として、かつてS30型に採用されていたグランプリオレンジの復刻版であるプレミアムパッショネイトオレンジが加わった。また、新エンジンを搭載する関係でボンネット中央にバルジが設けられ、かつてのS30型を彷彿させる姿になった。このモデルにはNISMOがチューニングを手掛けた「Version NISMO」が設定されている。また、同じくNISMOからスーパー耐久のホモロゲーション取得用(公道走行不可)モデルとして排気量を3800ccまで上げ、車体にも手を加えられたVersion NISMO Type 380RS-Competitionもリリースされ、2625万円(税込)で発売される。ちなみに、同モデルの公道仕様が2007年6月に300台限定で発売された。

2008年1月、ボディカラーにプレミアムブレーズレッドが設定され、特別仕様車「Type F」を設定。

キャッチコピーは、クーペは「神話は、語り継がれる。永遠に。」「五感が、熱狂する。」「言葉は、無力になる。」、ロードスターは「風の中で、踊る。」「楽園は、風の中にある。」

[ 2007/11/17 08:47 ] NISSAN | TB(0) | CM(0)

240SX CM 0'29"

トップページNISSANカテゴリー240SX CM 20071124194350.jpg
blogram投票ボタンにほんブログ村 動画紹介ブログへ人気ブログランキングへ
日産・240SX(ツーフォーティーエスエックス)は、日産自動車製の乗用車であるシルビア・180SXの北米輸出モデル。日本国内における車検証記載の型式は「-RMS13-」となる。

240SXの車名が表す通り、総排気量2400ccの直列4気筒エンジン・KA24DEおよびKA24Eを搭載する。前期・後期により、搭載するエンジンのシリンダーヘッドが異なる(SOHCヘッドからDOHCヘッドへの換装)。

前期モデルでは、SOHCのKA24Eを搭載。後期モデルはDOHCのKA24DEが搭載される。このKA24DEおよびKA24EエンジンはW30系ラルゴおよび、初代プレサージュに搭載されている。現在でもキャラバンに使用されている息の長いエンジンと言える。

ボディー形状はクーペで、S13型の世代においてはハッチバックモデルとノッチバックモデルの2種類がある。ハッチバックモデルのボディーは180SXそのものであり、ノッチバックモデルはS13型シルビアに180SXのフロント構成を持たせたリトラクタブル・ヘッドライト仕様(いわゆるワンビア)となっている。S14型以降の世代では、シルビアと同形状になる。

ハッチバックモデルにおいては、デビュー当初はハッチバックと車名が相まって、240Z(S30型Z)の再来と絶賛された。

日本国内では、数は多くないながらもそれなりの数が走っており、リアセンターガーニッシュの「240SX」も流通している。コンバーチブルの左ハンドル仕様(左ハンドルのワンビアコンバーチブル仕様)も存在する。

[ 2007/11/18 19:49 ] NISSAN | TB(0) | CM(0)

Silvia S12 CM 0'28"

トップページNISSANカテゴリーSilvia S12 CM NISSAN_SILVIA_S12_CM.jpg
blogram投票ボタンにほんブログ村 動画紹介ブログへ人気ブログランキングへ
日産・シルビア (SILVIA) は、日産自動車で生産されていた2ドアノッチバックタイプのクーペ型自動車(3代目、4代目にはハッチバックが存在する)。

名前の由来はギリシャ神話に登場する清楚な乙女の名前から。その語源はラテン語で「森」を意味する。なお、この「シルビア」という名前は元々本田技研工業が商標を持っていたが、ホンダが日産自動車にこの商標を譲渡した形となった。

尚、レース用やドリフト用の車としてレーサーや走り屋にも人気は高いが、とりわけ走り屋と呼ばれる人たちが公道で無謀な走行をして事故を起こすことが多かったために、任意自動車保険の保険料率が国産車の中では一番高い(2006年現在)。

4代目(S12型 1983-1988年)
1983年8月、発売。このモデルからリアサスペンションがセミトレーリングアームの独立式となる。また、リトラクタブル・ヘッドライトが採用された。機能面では、日本初のチルトアップ機構付き電動ガラスサンルーフが搭載された。ちなみに、米国仕様車の名称は200SXを継承した。

ボディタイプは 2ドア・クーペとハッチバックの二車種。エンジンはデビュー当初、1800ccのCA18型3種(キャブレター/EGI/EGIターボ)と2000ccの自然吸気エンジンであるFJ20E型(150ps)、ターボを搭載したFJ20ET型(190ps)が設定された。同じくFJ20ET型を搭載していたDR30型スカイラインでは、空冷インタークーラーを追加した205ps仕様が設定されたが、S12型には採用が見送られた。

余談ではあるが、当初は新開発の「CA18」型エンジンをフロントミッドシップに搭載し、新型・軽量エンジンとハンドリングの良さを売りにしていたモデルだが、たまたまフルモデルチェンジと重なりS110型からFJ20エンジンを継続したため、当初のデザインのままではエンジンが収まりきらないため、ボンネットを切り抜きバルジで蓋がしてある(インタークーラー用のインテークダクトではない)。

1984年2月、1800ターボR-L FISCO追加。中級グレードのターボ・R-LにFJ20E/ET搭載車と同じタイヤ、アルミホイール等を装備したもの。

1986年2月、マイナーチェンジ。FJ20E/FJ20ET型エンジン搭載車が廃止され、全車CA型エンジン搭載車となった。トップグレードにはCA18DET型ツインカム・ターボエンジンが搭載された(これ以後、DOHCからTWINCAMという表記になる)。同時に兄弟車のガゼールがモデル廃止。このため、日産モーター店では代替としてシルビアを扱うことになった(北米モデル:200SXにはVG30E(3000cc)エンジンを積む大排気量車が追加) 。

1988年、生産終了。

CMは下記の様なラリー車としての位置付けに相反し、いたって地味で(キャラクターの起用は一切無し)男女が歌うスキャット調の曲に、雨上がりの朝の家庭で日差しが射す窓際に(人は映らない)雨の水しぶきを上げるカナリヤのいる鳥かご(スタンド式)があるという情景で、「シルビアの朝です」というファミリカーを連想させる様なソフトに仕上げてある。ただ、ナレーションでは「FRの力強い走り」とも謳っており、類稀な後輪駆動車であることを強調していた。

[ 2007/11/19 10:48 ] NISSAN | TB(0) | CM(0)

180SX (RS13) CM 0'28"

トップページNISSANカテゴリー180SX (RS13) CM nissan_180sx_ad.jpg
blogram投票ボタンにほんブログ村 動画紹介ブログへ人気ブログランキングへ
180SXは、もともとはS13型シルビアの日本国外輸出型である北米向けの240SXがベースとなっており、スポーツ・スペシャリティであるZX、SX、NXの日産クーペラインナップの中核を成すモデルであった。これを日本仕様として仕立て直し、発売したモデルが180SXである。

ヘッドランプに角型2灯式のリトラクタブルヘッドライトを採用、ボディスタイルはハッチバックを持つファーストバッククーペとなっている。リトラクタブルヘッドライトの採用はデザインのためだけではなく、北米の法規上、S13型シルビアのヘッドランプの高さでは認証が取れないため、S12型シルビア/ガゼール同様リトラクタブルヘッドライトを採用したという背景があった。

同型番車種であるS13型シルビアは日本国内専用のモデルであり、ヘッドランプを固定とし、同時期発売していたR32型スカイライン同様の日本人好みのCピラー形状を持つノッチバック・クーペのみとするなど、180SXとの差別化が図られていた。

日本国内へはS13型シルビアより1年遅れで投入されているが、これには競合車であるトヨタ・セリカに比べて販売数が伸びなかったノッチバック・クーペのテコ入れ策として、営業側からS12型シルビア/ガゼールに存在していたハッチバック・クーペ投入の強い要請を受けたことが背景にあり、国内販売されるに至った。なお、輸出仕様の240SXおよび200SXには、180SXと同様のハッチバック・クーペ以外に、S13型シルビアと同様(ただしリトラクタブルヘッドライト装着)のノッチバック・クーペボディも存在している。

エンジンやトランスミッション、サスペンションなどの車としての基本構造は、全てS13型シルビアと共通である。その他、車体周りでは、ステアリングホイールのデザインを除くインテリアと、ドアパネル、フロント ウインドシールドなども共通となっている。

そのスタイリッシュな外観は販売当時、投入された各国で絶賛され、現在でもそのスタイリングは現行車種と比べても見劣りする事はない。シルビアがS14型にフルモデルチェンジした後も、180SXはモデルチェンジを受けことなく、一世代古いS13型のまま販売され続けた。それにも関わらず、S14型シルビアのメーカー側の想定外の販売低迷もあって、S15型にバトンタッチするまでの間、高い人気を維持していた。しかし、クーペ市場の崩壊(それまで市場を支えていた、地方での軽とミニバンへの移行が原因)による販売台数の低下は避けられず、生産工場も九州工場から高田工業、そして日産の関連会社である日産車体へと順次移管されており、最後期はZ32コンバーティブルと同様、ラインに乗せられずほぼ手作りで生産されていた。

180SXが販売されていた期間はおよそ10年間であるが、その間に数度の小規模・大規模なマイナーチェンジは受けたものの、前述の通りフルモデルチェンジをすることはなく、基本的なスタイル・性能はほとんど変化しなかった。これは、販売期間中に日産自身が販売不振等により「火の車」となってしまい、スポーツ・クーペモデルへの人材と開発費の投入縮小が避けられなくなってしまったのが1つの要因と言われている。

軽量コンパクトな5ナンバーボディで後輪駆動方式(FR)をとる近年では希少な車でもある。車重などのバランスも比較的良く、若者向けのスポーツカーとして生産が終了した現在もなお人気は高く、ポピュラーな存在となっている。

初期型(RS13型、1989年-1991年)
日本では1989年に2000ccエンジン搭載車が廃止されたフェアレディZのラインアップ上の穴を埋める形で日産プリンス、チェリー系列で販売が開始された。ただし、それに先立ち米国では2400ccのKA24E型SOHCエンジンを搭載し、「240SX」(トゥー・フォーティー・エスエックス)として販売されていた。また欧州では、日本仕様と同じ1800ccのCA18DET型DOHCターボエンジン(175ps)を搭載し、「200SX」(トゥー・ハンドレット・エスエックス)として販売されていた。S12ガゼールの後継車種との説もあるが、ガゼールを販売していた日産モーターは後継としてS13シルビアを扱うようになった。

初期型の特徴としては、日産の翼形グリルをイメージしたダミーのグリルがフロントバンパーにあること、前席シートがヘッドレスト一体型なことである。グレードは「TYPE I」と「TYPE II」で、「TYPE I」はスピーカーや電動ドアガラスが付かないなど競技用のベース車用途を対象にしていた。なお、HICAS-IIと呼ばれる四輪操舵システムをメーカーオプションで用意していた。タイヤサイズは、前後とも195/60R15となっている。エンジンは全グレード同じである。

1990年には台数限定の特別仕様車「TYPE II レザーセレクション」を発売。シートが全て革張りで、本革ステアリング、シフトノブ、エアロパーツ、フッ素コーティング塗装、スカイラインやローレルなどで使われているアルミホイールが標準で装備された

[ 2007/11/20 16:16 ] NISSAN | TB(0) | CM(0)

Nissan GT-R ボディ製作 Video 2'33"

トップページNISSANカテゴリーNissan GT-R ボディ製作 Video Nissan_GT-R_Assembly_Footage.jpg
blogram投票ボタンにほんブログ村 動画紹介ブログへ人気ブログランキングへ
R35GT-R製造工程
これまで日産のスポーツモデルの象徴であったスカイラインGT-Rの後継車種であり、GT-Rシリーズとしては第3世代に当たる。車両型式は先代のR34型のスカイラインGT-Rからの通し番号となるR35型で、現行型のスカイライン(V36型)とは異なる。先代まではスカイラインクーペをベースにエンジンやサスペンションを強化したチューニングカーであったが、R35型は車名から「スカイライン」が消滅して車体やドライブトレインがすべて新開発となるなど、独立した車種となった。

R33型・R34型スカイラインの時代に、台数限定(各100台)ながらイギリスでGT-Rが販売されたという前例はあるが、左ハンドルを用意した世界規模での販売は、R35型が初めてとなる。

2007年10月24日に開催された第40回東京モーターショーで量産型の発表が行われ、日本では12月6日から発売されている。北米では12月のロサンゼルスオートショーで初公開された。

GT-Rの歴史は、2001年の第35回東京モーターショーでのプレスカンファレンスにおいて、当時のカルロス・ゴーンCOO の「世界的に有名な3つのアルファベットがあります。G、T、Rです。私はここでお約束いたします。必ずGT-Rは復活します」とのスピーチに続き、「GT-Rコンセプト」のアンベールが行われたことに始まる。その時点では、まだ新型GT-Rの開発が決定しただけで、仕様を含めた具体的な内容は全くの未定であった。その後2003年の、第37回東京モーターショーにおいて、「新型GT-R市販モデルの、2007年の発表と発売」が宣言された。

2001年10月、第35回東京モーターショーに「GT-Rコンセプト」を出品。

2002年1月、北米国際オートショーに「GT-Rコンセプト」を出品。3月、第72回ジュネーヴモーターショーに「GT-Rコンセプト」を出品。8月、平成12年度の排ガス規制不適合により、ライバルであったトヨタ・スープラ等と共に、R34型スカイラインGT-Rが生産を終了した。その後は、日産社内でも異例とも言うべき箝口令により、多くの情報がもたらされることはなかった。

2005年10月22日、第39回東京モーターショーに「GT-R PROTO」を出品。このプロトタイプはエクステリアデザインのみで、エンジンやトランスミッションは搭載されていなかった。フロントマスクこそ縦型フロントライトの革新的なデザインだったが、丸型テールライトやリヤデッキの形状など、R34型スカイラインGT-Rから踏襲した部分も多かった。

2007年6月22日から24日にかけて、イギリスで行われたグッドウッド・フェスティバル・オブ・スピード(Goodwood Festival of Speed)のヒルクライムに、デモンストレーション(賞典外)ながら、スーパーカークラスにGT-Rのテスト車両を飛び入りで出走。ドライバーを務めたのは日産の商品・経営企画担当取締役副社長のカルロス・タバレスであった。

9月26日、車名を「日産・GT-R」とすることが正式に発表され、先行予約注文が開始された。同時に、販売とアフターサービスを行う全国160ヶ所の日産ハイパフォーマンスセンターの設置も発表された[1]日本国外での販売にあたり、インフィニティ・Gとの兼ね合いを考慮し、これまでの伝統を継承しながらもスカイラインとは別の道を歩むこととなった。同日から、グローバルサイト(日本語を含む6ヶ国語)の公開も開始された。

10月21日、フジテレビ「新報道プレミアA」でGT-Rが初公開された。この時点ではまだバンパーに覆面が施されていた。

初代(R35型、2007年-)
キャッチコピー:THE LEGEND IS REAL

日本での販売価格は777万円からとなり、12月6日より販売を開始した。日本仕様ではベースモデルに加え、専用の内装色とレザーシートが選べる「ブラック・エディション」、BOSEプレミアムサウンドシステムや盗難防止装置を標準装備する「プレミアム・エディション」が用意される。

2007年10月24日、第40回東京モーターショーのプレスデーで除幕、車種の全貌が明らかとなった。発表前にはメディア向けの技術説明会が行われ、さらに、異例とも言える、ワールドプレミアを直前に控えてのメディア向け事前発表会も行われた。

10月30日、テレビ東京系の日経スペシャル ガイアの夜明けで、GT-R開発の模様の一部が取り上げられた。

その反面、TV CMは一切放映されておらず、新聞広告なども掲載されていない。

既にこのR35型のSUPER GT仕様車両が製作されており、12月2日のニスモフェスティバル2007で公開され、2008年1月11日から開催された東京オートサロンでカラーリングが発表された。

エンジンは、GT-R専用設計として新規開発されたVR38DETT型 3.8L V型6気筒 ツインターボエンジンを搭載する。タービンには信頼性の高いIHI製が使われている。最高出力は480ps/6400rpm、最大トルクは60.0kg・m/3200-5000rpmに達し、現在の日本車では最もパワフルなエンジンである。また、市販のGT-Rとしては、初めてのV型エンジンとなる。

シリンダーはライナーレス構造を採用、過去のスカイラインGT-Rに見られた改造、過度なブーストアップには耐えうるマージンを有していない。横Gのかかる状態でも問題無くオイルの潤滑を行う為にラテラルウェット&ドライサンプ方式を取り入れている。冷却系の多層式ラジエター、ツインインタークーラー共に、サーキット連続走行、300km/h走行が可能な容量を持っている。

従来のATTESA E-TSを踏襲。また、世界で初めて、クラッチ、トランスミッション、トランスファーを車両後方に置き、リヤデフと一体化させた「独立型トランスアクスル4WD」を採用。フロントミッドシップに配置されたエンジンと合わせて「プレミアム・ミッドシップ・パッケージ」と呼ばれている。また、機械式1.5WayLSD(リミテッドスリップデフ)をリアデフに持つ為、サーキット走行が容易である。

トランスアクスルの後輪駆動車は数多く存在するが、クラッチとトランスファーをリアに配したものは初めてとなり、これに関しては日産が特許を取得している。また、全天候型スーパーカーを標榜するGT-Rゆえ、「VDC-R」と呼ばれる、3つのモードを持つ、専用チューニングの横滑り防止機構を装備する。

トランスミッションは6速セミATを採用。ボルグワーナーのシックスプレートデュアルクラッチシステムを採用し、1,3,5速、2,4,6速それぞれに湿式多板クラッチを備え、最速0.2秒で自動変速が可能である。

このR35型でもR34型スカイラインGT-Rの特徴の1つとも言えるマルチファンクションディスプレイ(MFD)を引き続き搭載、R34型に搭載されているMFDよりも大型で多機能なものとなった。MFD画面のデザインはグランツーリスモシリーズを開発しているポリフォニー・デジタルが担当した。

ナビゲーションシステムと連動させた国産車初の国土交通省承認済みのスピードリミッター解除機能も持つ。日産が登録したサーキット(仙台ハイランドレースウェイ、富士スピードウェイ、鈴鹿サーキットなど)の特定のエリアに入り、ナビゲーションの操作をすることにより180km/h以上のスピードを出すことが可能である。なお、リミッターに装着されたメモリには随時、車両の速度が記憶されるようになっており、不正な手段によるリミッターカットが整備時にチェックできるシステムが取り入れられている(発覚した場合は保証の対象外となる)。

ブレーキには、前後380mmのフルフローティングドリルドローターにフロントは対向6ポッド、リヤ対向4ポッドのブレンボ製モノブロックブレーキキャリパーを装着しており、ノーマル状態でもサーキット走行に適応できる状態となっている。 タイヤは日産としては初めてランフラットタイヤを標準装備としている。標準でダンロップ製SP SPORT 600 DSST、オプションではブリヂストン製RE070R をラインナップ。このランフラットタイヤは80km/h走行で80km走れる。安全上の理由から、日産ではGT-R専用のホイール及びタイヤ以外の装着は認めておらず、タイヤの脱着もハイパフォーマンス・センター(後述)にて使用したタイヤを切断して新しいタイヤに装着する手順が必要となる。

GT-Rの整備や点検は、独自の研修を受けた認定メカニックが存在するハイパフォーマンス・センター店に限られる。スカイラインGT-Rが、ノーマルの2 倍以上もの高出力マシンに不正改造されてきた実例を踏まえ、これを防止するために純正タイヤやエンジンオイル交換まで、徹底してハイパフォーマンス・センターで行うようハード、ソフト共に整えられていることが特徴である。仮に、純正以外の部品を他店もしくは独自に装着した場合、保証の対象外となる。一般に GT-Rの部品は市販されておらず、ハイパフォーマンス・センターでの整備を経ないことには車両の維持が難しい状況となる。

2007年10月20日、新型GT-Rが登場するSCE販売・プレイステーション3専用ソフト「グランツーリスモ5プロローグ」の無料体験版が2007年11月30日までの期間限定でプレイステーションストアにて配信された。なお、この時点ではGT-Rには覆面が施されていた。

また、10月24日には実車の除幕と連動した世界初の試みとして「グランツーリスモ5 プロローグ」無料体験版上でも除幕され、新型GT-Rの正式発表が行われた

[ 2007/12/05 15:30 ] NISSAN | TB(0) | CM(0)

Avenir salut CM 0'15"

トップページNISSANカテゴリーAvenir salut CM CM_______________________.jpg
blogram投票ボタンにほんブログ村 動画紹介ブログへ人気ブログランキングへ
初代(1990年~1998年)
1990年5月 W10型登場。スカイラインワゴン/バンとブルーバードワゴン/バンの後継車である。プリメーラ(P10型)のワゴン版としての位置付けであり、欧州には「プリメーラワゴン(初代)」として投入された。乗用モデル(ワゴン)と商用モデル(カーゴ)が存在。グレード名が「ei(エイ)」、「bi:(ビー)」、「si:(シー)」と名づけられていた。

エンジンは前期型はSR18Di後期はSR18DEとSR20DE(si:のみ)。追加で4WD(アテーサ)や「ef(エフ)」がある。

  • 1993年1月 マイナーチェンジにより、形式がPW10となる。グリル等が変更される。ディーゼル(CD20T)追加。
  • 1993年12月 「salut!(サリュー!)」追加。
  • 1994年11月 一部変更。「タイプbi:」にCD20T型ディーゼルターボエンジン搭載モデルを追加し、「タイプei:」を廃止。
  • 1995年8 月 ワゴンが大幅マイナーチェンジ。車名を「アベニールサリュー」と改称。外観はテールランプが横長の形状とされたほか、ラジエータグリル、バンパー、ボンネットフードも変更された。また、RRサスペンションが2WDはトーションビーム式トレーリングアーム、4WDは5リンク式となった。運転席SRSエアバッグが標準装備とされ、4WDに直列4気筒DOHC SR20DET型ターボ付エンジン搭載モデルを設定した。
[ 2007/12/06 15:41 ] NISSAN | TB(0) | CM(0)

Leopard AD 1986 0'45"

トップページNISSANカテゴリーLeopard AD 1986 1986_NISSAN_LEOPARD_Ad.jpg
blogram投票ボタンにほんブログ村 動画紹介ブログへ人気ブログランキングへ
ブルーバードに6気筒の「マキシマ」が登場した事や、ソアラを競合車種として強く意識した結果、F31型では姉妹車だったレパードTR-Xを統合した上で(パルサー販売店でもレパードを販売)、2ドアクーペのみのラインナップとなった。また、同時期のスカイライン(R31型)と基本設計を共用し、開発コストを抑えた。

開発主管は、ローレル(C32型)、スカイラインR31(7th)・R32型の開発主管を務めていた旧・プリンス自動車出身の伊藤修令が担当していた。

エンジンは前期型がV型6気筒SOHC1998cc VG20E型(115ps)、1998ccターボ付VG20ET型(155ps)、DOHC2960cc VG30DE型(185ps)の3機種。マイナーチェンジでVG30DE型は200psとなったほか、VG20ET型に替わりDOHCターボ付のVG20DET型(210ps)を搭載。また3リッターにもターボモデルが加わりシーマ(Y31型)に搭載されたDOHCターボ付 VG30DET型(255ps)が新たに搭載された。前期型VG20E型搭載車のみ、マニュアル車が設定された。

エクステリアは先代のイタリア的近未来スタイルに対し、ソアラやBMW 3.0CSをリメイクしたようなクラシカルなデザインになったが、細部の仕上げには相応の注意が払われている。外板の塗装も高品質仕上げが施されていた。

販売終了から15年近く経過するが、独特のデザインとドラマ「あぶない刑事」に使われていたこともあり、未だに根強い人気を保っている。

オーナーズクラブが全国に点在し、情報交換等も非常に活発である。

  • 1986年2月 F31型にモデルチェンジ。ラインナップはアルティマ(V6 3000DOHC)、XS-II・XS(V6 2000SOHCジェットターボ 空冷インタークーラー付き)、XJ-II・XJ(V6 2000SOHC)
  • 1987年6月 アルティマ、XS-IIに「グランドセレクション」追加。ウールモケットシート、AVシステム(アルティマグランドセレクションに標準装備、XS-IIグランドセレクションにオプション)を装備。
  • 1987年10月 東京モーターショウにて「アルティマX」を参考出品。これはアルティマをベースとしたオープンカーで、専門誌では状況次第で市販化されるとの憶測があったが、発売には至らなかった。
  • 1988年8月 マイナーチェンジ。
メッキ部品を減らし角は丸められる。ダッシュボードも、大幅に形状が変更された。

ラインアップはアルティマV30ツインカムターボ(V6 DOHCセラミックターボ)、アルティマV30ツインカム(V6 3000DOHC)、XS V20ツインカムターボ(V6 2000DOHCセラミックターボ 水冷インタークーラー付き)、XJ V20E(V6 2000SOHC)。

VG30DET型の追加、VG30DE型の出力向上、VG20ET型に替わりVG20DET型を設定。

V6 2000SOHC以外のエンジンはプレミアムガソリン指定。マイナーチェンジ前で人気の装備だった、全面ブルー液晶の「グラフィカル・デジタルメーター」は廃止され、アナログのホワイトメーターとなった。AVシステム、サンルーフ、本革シートがアルティマV30ツインカムターボに標準装備、その他のグレードにオプション設定された。

1989年 アメリカではF31型をベースにしたインフィニティ M30が発売され、これにはコンバーチブルの設定もあった。また、F31型をベースにオーテックジャパンとイタリアのカロッツェリア・ザガートと合作した「オーテック・ザガート・ステルビオ」も発売された。

[ 2007/12/07 16:17 ] NISSAN | TB(0) | CM(0)

Liberta Villa 1982 0'29"

トップページNISSANカテゴリーNissan Liberta Villa 1982 1982_LIBERTA VILLA.jpg
blogram投票ボタンにほんブログ村 動画紹介ブログへ人気ブログランキングへ
リベルタビラ (LIBERTA VILLA) は、1982年から1990年まで日産自動車が製造・販売していた乗用車。バイオレットリベルタの実質的な後継車であり、パルサーとラングレーの姉妹車にあたる。

日産系販売会社(ブルーバード販売会社)において、販売店サイドから要望の強かったスカイライン/ローレルクラスの車種を補完するため、主力車種である610型ブルーバード・Uの後期型と810型ブルーバードに2L・6気筒エンジン搭載の上級クラスが設定されていた。しかし、6気筒エンジン搭載車の販売実績が芳しくなかった事とブルーバード本来の小型クラスの原点に立ち返る意味合いから、1979年発売の910型ブルーバードでは、4気筒エンジンのみのラインナップとなり小型クラスに方針転換された。その後1981年には、同じ日産店での取扱車種であった下級車種のバイオレットが前輪駆動(FF)化され、バイオレットリベルタとしてモデルチェンジを果たすが、同じ日産店での取扱車種である910型ブルーバードと競合していたこと、エクステリアが不評であったこと、当時は技術面で発展途上にあり不評だった前輪駆動(FF)であったことで、販売台数は日産の意に反して低迷する事態となってしまう。そこで、日産は販売店サイドの要請もあり、競合しない1つ下のサニー/パルサークラスの車種として、1982年にパルサーの姉妹車であるリベルタビラを投入する。

初代 N12型(1982年-1986年)
1982年6月に登場。ハッチバックはなく、4ドアセダンのみであった。パルサーにあった1.3Lの設定はなかった。

1983年5月 低速域から作動する1500ターボ(E15ET)を発売。グレードはSSSターボであった。ブルーバード販売会社で扱うことからブルーバードの弟分というイメージが強かった(同様にラングレーはスカイラインの弟分という位置付けがなされた)。

1984年5月 マイナーチェンジでフロント/リヤまわりのフェイスリフトを実施。既存の1.5GF-Eはスポーティ志向になりSSS-Eに改称。

1986年4月 パワーステアリング・AM/FMラジオ&カセットステレオ・フルドアトリムを装備したモデル末期のお買い得仕様のFCエクストラを追加。同年5月にパルサーがN13にフルモデルチェンジした後もリベルタビラは10月までN12を継続販売。

車名の由来
リベルタはイタリア語で自由と独立を、ビラはイタリア語で別荘と公園と田舎の家を表している。

[ 2007/12/21 21:14 ] NISSAN | TB(0) | CM(0)

Sunny 1200 1970 1'00"

トップページNISSANカテゴリーSunny 1200 1970 NISSAN_SUNNY1200-CM_1970.jpg
blogram投票ボタンにほんブログ村 動画紹介ブログへ人気ブログランキングへ
1970年1月 B110型にモデルチェンジ。ボディタイプは2ドア/4ドアセダン、2ドアクーペ、バン、トラック[4]の5種類。エンジンは直列4気筒OHV A12型1200ccエンジン。CMコピーは「隣のクルマが小さく見えます」と、当時のE10系カローラを意識したものだった。

1970年4月 セダン、クーペにSU型ツインキャブを搭載するスポーティグレード「GX」追加。
1970年11月23日 「全日本富士ストックカー200マイルレース」TS1300クラスでレースデビュー。カローラの独占状態だったこのクラスにわずか1台の出場だったが、見事優勝。ドライバーは鈴木誠一。日産ワークスではなく、鈴木誠一が設立者の一人である東名自動車のプライベートエントリー。

1971年4月 4ドアセダン、クーペに「エクセレント・シリーズ」を追加。エンジンはロータリーエンジンは間に合わずレシプロのみでのデビューとなったが、サニーとしては初となる、SOHCエンジンである直列4気筒SOHC・L14型1400ccを搭載。オリジナルに対してフロントオーバーハングを130mm、ホイールベースを40mmそれぞれ延長した。

CMコピーは「ハナがたか~い1400」。CMキャラクターは俳優の宍戸錠と当時4歳だった長男の宍戸開が親子で共演した。半球型の燃焼室を持ちクロスフローセンタープラグ式ながらOHVであったT型エンジン搭載モデルのE20系カローラ1400モデルを意識したものだった。

1972年1月 マイナーチェンジ。内外装の小変更、2ドアバンを追加設定。

1972年8月 1200GXシリーズに5速MT搭載車「GX5」を追加。

1972年10月 第19回東京モーターショーにロータリーエンジン搭載車が参考出品される。ただし、翌年に起こったオイルショックのため、ロータリーエンジン車の開発は中止されている。

1973年5月 「'73日本グランプリ」Tsaクラスにて「エクセレントクーペ」が優勝を飾る。ドライバーは北野元。その後、B210型が登場後もB110型はレースで活動を続けた。

【B110型の主なレース戦歴】
  • 1974年5月 「74全日本選手権鈴鹿フォーミュラレース」SS1クラスにて「サニークーペ」優勝
  • 1974年11月 「74 JAFグランプリ」SS1クラスにて「サニークーペ」1-2位獲得。
  • 1975年5月 「75日本グランプリ」TSクラスにて「サニークーペ」2位獲得。
  • 1977年6月 「JAF富士グランプリ」TSクラスにて「サニークーペ」2位獲得。
  • 1973年 生産終了。B210型にバトンタッチ。
  • B120型サニートラックは、B110型が生産終了後も細かいマイナーチェンジを受けつつ1994年まで、24年もの間生産が続けられた。
[ 2007/12/24 22:28 ] NISSAN | TB(0) | CM(0)

Bluebird 1970 Safari 0'30"

トップページNISSANカテゴリーNissan Bluebird 1970 Safari japanese_ad___Nissan_bluebird_1970_safari.jpg
blogram投票ボタンにほんブログ村 動画紹介ブログへ人気ブログランキングへ
1967年発売。尖鋭なスタイルと意欲的メカニズムによる高性能とを兼ね備え、国内のみならず輸出市場でも大成功を収めて、ブルーバード史上最大のヒット作となった。1960年代の日産車および日本製乗用車を名実共に代表する、歴史的傑作車である。

1966年には下位モデルとして1000cc大衆車のダットサン・サニーが発売されていたことから、ブルーバードは1300cc級以上の中級モデルとして上位移行、ボディは大型化された。そのデザインも先代の410系が不評であったことから、社内デザイナーの手により「スーパーソニックライン」と称する、プリンス自動車の系譜を引いた直線的で彫りの深いシャープなデザインに変更した。

メカニズムは極めて贅沢であった。先行して四輪独立懸架を採用したいすゞ・ベレットに刺激されたワンマン・川又克二社長の鶴の一声により、吸収合併したプリンス自動車の技術を応用することで日産初の四輪独立懸架(フロント:マクファーソン・ストラット、リア:セミトレーリングアーム)を採用したのである。セミトレーリングアームのドライブシャフト伸縮には、プリンスがド・ディオン・アクスル後輪懸架に使用していたボール・スプライン構造が活かされている。セミトレーリングアーム利用の四輪独立懸架は、世界的にも当時、BMWなどの限られたモデルで先行例があったのみであり、先行したベレットのダイアゴナル式後輪懸架よりも優れたものであった。

他にも新開発のL型・SOHCエンジン搭載や、換気装置の強化による三角窓の廃止など、日産車にとって技術的ターニングポイントとなった車であり、本車は「技術の日産」を大いにアピールする存在となる。

日本国内では高性能と斬新なスタイルを武器にして、旧式ながら大排気量とデラックス装備を売りにするトヨタ・コロナとの「BC戦争」を競り合った。日本国外では、廉価でありながら欧州車並みに高度なスペックを備えた魅力的なセダンとして「プアマンズ・BMW」との評を得、史上初めて北米市場でヒットした日本車ともなった。

モータースポーツでも大活躍し、スポーツモデルのSSS(スリーエス)が、サファリラリーで総合優勝し「ラリーの日産」のイメージを確立。石原プロモーションがこれを描いた映画『栄光への5000km』も制作された。 ※英語版も参照のこと。

510型
1967年8月、発表。ボディタイプは2ドア / 4ドアセダン、5ドアワゴン / 5ドアバンの4種類。エンジンは水冷直列4気筒 SOHCのL型で、1300ccのL13型と、1600ccのL16型を積んだSSSのラインアップだった。

P510型を追加
1968年10月 直列4気筒SOHC L16型(1595cc)搭載モデル「ダイナミックシリーズ」を追加。既存車はマイナーチェンジでワイパー位置、フロントグリル、リアコンビランプ形状を変更。DXに4速マニュアルフロアシフト車追加 1968年11月 コロナハードトップに対抗した2ドアクーペを発売。 1969年9月 マイナーチェンジ。衝撃吸収インパネを採用。ラジオアンテナはピラーへ移動。 H510型を追加
1970年9月 マイナーチェンジ。直列4気筒SOHC L18型(1770cc)を搭載した1800SSS発売。1300cc → 1400ccへ拡大。4ドアセダンGLを追加。

1970年 「第18回東アフリカサファリラリー」にて総合・チーム優勝の2冠達成。

1971年9月 ブルーバードU ( 610型 ) の発売に伴い車種縮小。クーペを廃止し、セダン1400 / 1600ccのみに整理。

1972年12月 510型生産終了。

[ 2007/12/25 22:51 ] NISSAN | TB(0) | CM(0)

Leopard Ad 1984 0'30"

トップページNISSANカテゴリーLeopard Ad 1984 1984_NISSAN_LEOPARD_Ad.jpg
blogram投票ボタンにほんブログ村 動画紹介ブログへ人気ブログランキングへ
「日産・レパード」は、1980年、910型ブルーバードをベースにした上級2ドア/4ドアハードトップとして、スカイライン、ローレルに続く上級車ラインアップの一角を担うべく登場した。

1999年のモデル消滅までの19年間、終始コンセプトが定まらず二転三転した事が大きな特徴で、初代は前述の通りブルーバードベースの上級2ドア/4ドアハードトップ、2代目はスカイラインをベースにし、トヨタ・ソアラを強く意識した高級2ドアクーペのみ、そして3代目~4代目はセドリック/グロリアベースの高級4ドアセダンのみというコンセプトの変わり様であった。その迷走ぶりは、スーパーホワイトのボディカラーと共にマークII3兄弟やクラウンを大ヒットさせたトヨタに比べ、日産のマーケティング戦略が如何に遅れていたかを如実に物語っていた。

しかし、車両価格を高めに設定できたことと主流商品ではなかったことにより、新技術の先行投入が積極的に行われた結果、その後の日産車をはじめ、他のメーカーにも少なからず影響を与えたと見る向きもある

前述の迷走ぶりもあり、レパード自体は確固たるブランド力を構築出来なかったが、その後の同社のインフィニティQ、M、G(シーマ、フーガ、スカイライン)をはじめとした高級パーソナルカーにその経験は生かされている。

当時、荻窪にあった旧・プリンス自動車工業の開発拠点で開発された車種である。ベースとなったのは、910型ブルーバードを基に、北米向けに直列6気筒のL24Eを積んだ「G910型 マキシマ」であり、810型まで国内に設定されていた、ブルーバード「GT」や、「G6」シリーズの事実上の後継車種にあたる。

ボディタイプは4ドアハードトップと2ドアハードトップだった。これに加え、チェリー系販売会社向けの姉妹車として、「レパードTR-X」(トライエックス)も設定された。レパードの異型ヘッドランプに対し、TR-Xは、規格型の角型4灯ヘッドランプを採用する。

初代(F30型)は、さまざまな「世界初」や「業界初」(最近普及してきた燃費計やフェンダーミラーワイパーといった役に立つかどうか不明のものも含む)を携えて登場した。また、スタイリングには、910型ブルーバード、430型セドリック / グロリア同様、ピニンファリーナの手が入っており、リアウインドウに使われたベンドグラスや、C ピラーとリアフェンダーを面一としない手法(キャビン後端の幅を狭め、C ピラーの後ろを絞り、ボディー全長にわたるショルダーラインを際立たせる)は、国産他車に先駆けるものであった。ただ、車体幅が5ナンバーサイズであったため、現代の車と比較すると前後の絞りは少なく、ひょろ長い印象がある。このように未完成な部分もあるが、スタイリングの完成度に比べエンジンが旧態依然としたL型エンジンと凡庸であり、ライバルのトヨタ・ソアラが「GT」系グレードにDOHCエンジンを搭載していた(当初は2.8Lのみ、後に2Lも)のに比べ大きく見劣りしていた(レパード発売当時、日産にはまだ相応しい新型エンジンがなかったため)。1984年、ようやくフェアレディZ 300ZXと共通のV6エンジン(JISグロス最大出力230馬力)搭載の「300ターボグランドエディション」が追加されたが、すでにモデル末期に差し掛かっており、販売台数が好転することはなかった。

1984年10月、本家ブルーバードに6気筒エンジンを搭載したマキシマが加わった為、レパード4ドアはその存在意義を失ってしまった。また、ライバルのソアラが2ドアのみだった事もあり、次の2代目は2ドアのみでの再スタートとなった。

[ 2007/12/28 23:48 ] NISSAN | TB(0) | CM(0)

Nissan Skyline C10 CM 1'36"

トップページNISSANカテゴリーNissan Skyline C10 CM _______CM.jpg
blogram投票ボタンにほんブログ村 動画紹介ブログへ人気ブログランキングへ
キャッチコピー:ダイナミックファミリーセダン・愛のスカイライン
日産との合併後初めて出たモデルである。1968年8月 S50型のモデルチェンジとして、プリンス系の直列4気筒OHC1500cc G15型エンジンを搭載する1500(セダン(C10型)、エステート(WC10型)、バン(VC10型))を発売。足回りはフロント側がストラット式独立懸架、リア側はリーフリジッド。1500のグレード展開は、スタンダードとデラックスの2種だったが、デラックスはシート形状とトランスミッションにより、ファミリーデラックス(3速コラムシフト・ベンチシート)、ツーリングデラックス(3速コラムシフト・セパレートシート)、スポーティデラックス(4 速フロアシフト・セパレートシート)の3種に細分化されていた。また、デラックスには女性仕様の「Lパック」がメーカーオプションとして用意されていた。

1968年10月 GT(GC10型)が追加。S50型同様、バルクヘッド前よりホイールベースを延長。エンジンはプリンスではなく、日産系の直列6気筒、OHC、 2000ccのL20型エンジンを搭載する。サスペンションは、フロントがストラット、リアがセミトレーリングアームとされ、4輪独立懸架となる。

同月 第15回東京モーターショーに、「スカイラインGTレーシング仕様」が出品される。翌年発売されるGT-Rのコンセプトカーである。

1969年2月 直列6気筒4バルブDOHC2000cc S20型エンジンを搭載した「スカイラインGT-R(PGC10型)」を発売。そのカタログにはレーシング直系を印象付けるため、R380A-IIIも登場する。外観でのGTとの相違は、大きくなったタイヤサイズに対応するため、リアフェンダーのサーフィンラインがカットされている他、ウインドシールドをはじめとしたウインドウガラスが、青色の熱線吸収タイプでは無く、リアの曇り止め用プリント式熱線も無いこと、モール類が装備されない点などである。

同月 1800シリーズ(PC10型)を追加。ローレルに先行搭載されていたプリンス系の直列4気筒OHC1800cc G18型を移植したもの。1800スポーティデラックスにGTの装備品を加えた「スポーティS」なるグレードも設定されていたが、エンジンはシングルキャブのままだった。

1969年10月 マイナーチェンジ。所謂「ワンピースグリル」に変更される。

1970年10月 2ドアハードトップを1800シリーズ(KPC10型)、および2000GTシリーズ(KGC10型)に追加。GT-Rはセダンからハードトップ(KPGC10型)へ変更された。ハードトップはセダンに対し70mmホイールベースを短縮したことにより、運動性能が向上した。

なお、キャッチコピーの"愛のスカイライン"はC110(ケンメリ)やR34後期のCMでも使われた。ハコスカGT-Rの当時価格は150万円だった。

現在でも、いわゆる「旧車」の中で最も知名度や人気があるモデルである。

[ 2007/12/29 09:25 ] NISSAN | TB(0) | CM(0)

Skyline GT-R BNR34 CM 0'33"

トップページNISSANカテゴリーSkyline GT-R BNR34 CM BNR34_GT-R_CM.jpg
blogram投票ボタンにほんブログ村 動画紹介ブログへ人気ブログランキングへ
キャッチコピー:BMWか。 メルセデスか。 新しいスカイラインか。(ティザー広告)・The Driving Body ボディは力だ。(前期)・その名を聞いて、ときめくクルマは少ない。(後期)・人に翼を。(GT-R)

1998年5月 R34型発売。先代の反省からかホイールベースを短縮し、「ボディは力だ」のCMキャッチコピー通りにボディ剛性が向上され、同時に安全性も向上された。搭載するエンジンは全て直列6気筒DOHCであり、2.0LのRB20DE型、2.5LのRB25DE型、および 2.5Lターボ付のRB25DET型の3種類。マニュアルモード付ATを2.5L 2WDモデルに設定した。MTはクーペの全仕様、セダンのターボモデル、4WDモデルおよび2.0Lモデルに設定された。

標準での最スポーツモデルでRB25DET型を搭載する「25GT-t」はついに280psを発揮するまでに至ったが、クラス下のランサーエボリューションやインプレッサが既に同程度の出力を達成していただけに、パワー重視のユーザーからはあまり興味を持たれなかった。

25GT-Tに搭載されていた4ポッドキャリパーとローターが、他の日産車に簡単な方法で移植可能で、社外品のブレーキまでは必要ないが、ブレーキは強化したいというチューニングカー乗りには定番チューンとされている。また、純正オプションのフロントバンパー、リアウイングはアフターパーツと見紛うほどの派手さを誇る。

1999年1月 R34型GT-R発売。キャッチコピーは「人に翼を」。前回同様に東京オートサロンデビューとなったが、有名なショップには事前に納車され、若干チューニングが施された車が展示され、NISMOからはコンプリートカー状態になったものが展示されていた。

Optionにはノーマル状態の車が紙面に登場する前に、BLITZの手によってカラーリング、ホイール交換、車高が下げられた状態で登場してしまっている。

このR34型は第2世代最後のRだけに歴代GT-Rの中でも究極のGT-Rと言える進化を遂げた。Vスペックには量産車初のオートクレーブ工法で形成されたカーボンディフューザー等のアドバンスドエアロシステムを採用、鍛造18インチホイールを装備、トランスミッションは独ゲトラグ社と共同開発した6速MT、ブレーキはイタリアの名門ブレンボ製を標準装備。エンジンは第2世代最後となるRB26DETT型を搭載。自主規制枠一杯の最大出力280psはそのまま(ちなみにエンジンの実測馬力は約 330ps。タービンを容量一杯まで使い切る事により550psを発揮している)ではあるが、R390GT1で培われた技術を活用し、最大トルク 40.0kg/mを達成する等、究極のドライビングプレジャーを名乗るに相応しい車に進化した。その結果、当時COOとして日産を立て直した現日産CEOであるカルロス・ゴーンの口から「日産で最も好きな車」と言わせた。車内においてはコンソール中央にマルチファクションディスプレイと呼ばれる車両の状態を確認するモニターが搭載され、水温、ブースト圧などを表示することが出来る。Vスペックとノーマルでは多少表示項目が異なる。

1999年2月 4ドアセダンに電動SUPER HICAS、リヤビスカスLSD等、ターボ車同様の足回りを持つ「25GT-V」を追加。R34型登場時には設定のなかった2WDセダンのNA 2.5LとMTの組み合わせとなる。

1999年9月 2ドアスポーツクーペ・4ドアセダンともにリヤビスカスLSDをヘリカルLSDに変更。また細かいところでは、エンジンカバーに書かれた「Turbo」「NEO STRAIGHT 6」の文字に施された赤い塗装が廃止されたことがカタログから読み取れた。

2000年1月 2ドアスポーツクーペに「25GT-V」を追加。GT-Rに第33回東京モーターショーに参考出品された特別塗装色ミッドナイトパープルIIIを3ヶ月期間限定で設定。

2000年8月 マイナーチェンジ。内外装を一部変更したほか、RB25DET型の5速MT車にて、エンジンのトルクアップを施した。

2000年10月 GT-Rがマイナーチェンジ。内外装の一部変更、およびVスペックに替わりVスペックIIをラインナップ。量産車としては初のNACAダクト付きカーボンファイバー製ボンネットフードを採用。その他色の変更、アルミペダル化、ターンシグナルランプのクリア化が行われた。なお、この代のGT-Rはイギリスでも100台限定ながら輸出販売されている(下記「GT-Rとは」参照)。

後期型へのマイナーチェンジ直後、工場閉鎖のため2000年9月29日(GT-Rは8月5日)に村山工場での生産を終了し、「工場5」のコーションプレートを持つ車両は絶版となる。以降は栃木工場が生産拠点となる。GT-Rの村山最終生産車両は同車開発主管の渡邊衝三が保有する。

2001年5月 「GT-R M・spec」追加。リップルコントロールショックアブソーバーを採用したほか、専用の本革シートを装備し、専用色を設定した。

2001年6月 RB型エンジン搭載最後のモデルで3年という短いサイクルでV35型へバトンタッチ。その後もGT-Rは継続販売された。

2002年1月 8月のGT -R生産終了を発表。これは、2000年排出ガス規制に適合しない車種が、引き続き生産出来る猶予期限が切れる為である。同時に最終特別限定車「M・ spec Nür」、および「V・spec II Nür」を設定。前者が630万円、後者が610万円である。「Nür」とは、GT-Rもテスト走行で使用した、ドイツのニュルブルクリンク・サーキットから命名された。この「Nür」にはヘッドを金色塗装されたN1仕様エンジン、N1タービン、シャフト、ピストンなどのN1用パーツを使用し、 300km/hスケールのスピードメーターを装備。通常ならばステッカー式の後部グレードステッカーが立体エンブレムになり、製造番号シールもゴールドになっている。さらには専用色である「ミレニアムジェイド」を設定している(「V・spec II Nür」はシリカブレス、「M・spec Nür」はベイサイドブルーがラインナップには無い)。「Nür」は元々1グレード300台限定で発売される予定だったが、1月の発表後に新聞や車雑誌などで大きく宣伝されていた為か、問い合わせが殺到し急遽500台に増産が決定した。しかしそれでも予約希望者数に対応できないため、最終的に両グレードで計1000台の生産が決定した。パンフレットには300、500と印刷された上に1000のシールが貼られている(ちなみに受注に際して海外からの注文もあった程)。1月24日発表日に即日完売(発売日は2月26日)してしまうという、第二世代GT-Rの劇的なラストを飾った。このNürもGT-Rの名にふさわしく東京オートサロンでの登場だったのだが、使われたのが室内試乗用車両であり、しかもノーマル状態だったため、ほとんどの人に気づかれていなかった。

2002年8月 平成12年排出ガス規制非適合のためGT-R生産終了。

2005年 NISMOより、R34型GT-Rの最終形態とも言える、2800cc化されたRB26DETTを搭載するZチューンが20台限定1774万5000円で発売された。(既に所持しているR34GT-Rを工場に持ち込みチューンする「パーツコンバージョン」は1312万5000円である。ただしカラーはベース車両のままでハードコートも無くなる。また、ミッドナイトパープル色は受付できない)このZ-チューンは、最高出力500psを誇るモンスターマシンでありながら、ストリートを意識した仕様になっている。ホイールなどはZ-チューン仕様のLMGT4を使用している(このLMGT4は後に限定で市販されている)。 車重がノーマルより重いのにも関わらず、街乗りもまったく苦にしない上に、0-400加速にて10秒フラットを記録できるなど、究極のロードゴーイングカーの名にふさわしい仕様になっている。

2007年3月、ベース車の確保が困難(程度の良い中古車が手に入らなくなった)になった事を受け、生産が終了した。総生産台数はプロト1台、保存車1台、国内13台、海外4台の計19台であった。

このR34GT-Rはアメリカ映画ワイルドスピードX2にも序盤の主力車種として登場しており、アメリカ本国は元よりイギリス、オーストラリア、フランス、香港などでも知られている。また、日本でGT-Rを盗み、アメリカなどのブラックマーケットにて1000万円単位で取引されることもあるという負の事実もある。また特にこのR34GT-Rは約11,000台しか生産されていないことからプレミア価格が付いて居ることがあり、ニュルで600~800万、VスペックIIでも450~600万、走行状況によっては 700万以上も珍しくなく、余程の事(事故車等)が無い限り初期標準車であっても300万円を下回ることはまず有り得ないという異常な現象が発生している。(NSXでも同じ現象が発生しているが、需要面等で同様の意義を持っていると思われる)2004年度の盗難車ランキングにおいてスカイラインは9位にランクインしており、その大半はGT-Rである。また、D1グランプリにおいて野村謙選手が使用し活躍していることから、4ドアGT-tの人気、相場も近年上昇している。

なお、2ドアクーペは交通取締り用のパトカーとして数台採用された。4ドアセダンのGTターボは交通取締り用の覆面パトカーとして50台が導入された(前期型)、しかし少数ながら後期型も埼玉や和歌山などの高速隊には存在している。その後捜査用車両としてNAエンジンの4ドアセダンが127台導入された、最近では交通取り締まり用はクラウンの覆面パトカーにその座を譲る事が多くなった。GT-Rのパトカーは現在埼玉県警のみ所属しており、白黒車4台とシルバーの覆面車1台体制で東北自動車道で現在でも使用されている。

[ 2007/12/31 01:15 ] NISSAN | TB(0) | CM(0)

Cefiro 「みなさんお元気ですか~」 井上陽水 (1) CM 0'30"

トップページNISSANカテゴリーCefiro 「みなさんお元気ですか~」 井上陽水 20071030103906.jpg
blogram投票ボタンにほんブログ村 動画紹介ブログへ人気ブログランキングへ
セフィーロ (CEFIRO)は、日産自動車が生産、発売していた中型高級セダンである。2代目にはステーションワゴンの設定もあった。

車名はラテン語で「そよ風」の意味である。

FRという走り好きなレイアウト、そしてR32スカイラインやC33ローレルと基本コンポーネンツを共有するため、パーツに困らないという観点から未だ人気がある。

1988年9月1日発売。その数週間前よりDINKSからの支持の多いタレントや著名人がそれぞれ「33歳のセダン。」というテーマについて語るティザー広告の手法でCMを展開。R32系スカイラインとC33系ローレルの姉妹車で、駆動方式がFR。標準グレードでもマニュアルトランスミッションが用意され、エンジンに関しては初期のメインである2LのRB20系エンジン3種(EGI付SOHCのE、EGI付DOHCのDE、EGI付DOHCターボのDET)を搭載し、中でもRB20DETに関してはR31の180馬力から205馬力にパワーアップした物をR32スカイラインに先行して搭載。

デビュー当初はグレードによる仕様の上下関係という概念が存在せず、ユーザーがエンジン(3種)・サスペンション(3種)・トランスミッション (2種)・外装色(7色+特別色2色)・内装生地(3種)・内装色(2色)を組み合わせて注文できる「セフィーロ・コーディネーション」と称するオーダーシステムを採用した。外装には特に表記されないもののエンジンとサスペンションの組み合わせを表現する名前がつけられ、RB20E搭載車には「タウンライド」RB20DE搭載車は「ツーリング」RB20DET搭載車は「クルージング」、標準サスペンション車には特に名前が無く、超音波センサー付き電子制御サスペンションDUET-SS装着車に「コンフォート」、4輪操舵システムHICAS-II装着車に「スポーツ」の名前がつけられていた。そのため例えば「ツーリング」はすなわち標準サスペンションのRB20DE搭載車となり、「コンフォート・クルージング」はDUET-SS装着のRB20DET搭載車であることを指す。組み合わせた装備の仕様はセンターコンソールボックスのふたの内側に貼られた仕様書で確認できる。また、マイナーチェンジを機に、 RB20DE、RB25DE搭載車には、R32系スカイラインやC33系ローレルと同じく5速ATが搭載されている。

生産工場は、姉妹車の「スカイライン」と「ローレル」と同じく、旧・プリンス自動車の村山工場であったが、一時期「サニー」「プレセア」などの小型車を主に生産する座間工場で生産されていた事もあった。

発売当時S13系シルビアの一部車種などにしか採用されていなかったプロジェクターヘッドランプを標準採用した斬新で特徴的なフロントマスクの好みが分かれた事もあってか、他の姉妹車に比べ人気が今ひとつであった。

1990年9月、最初のマイナーチェンジで中期型になったのを機にヘッドランプをフォグランプ内蔵異型角型2灯式ハロゲンタイプにしたモデルなども追加された。(逆にシルビアは後に全車プロジェクターヘッドランプになっている。)市場の反応も同クラスのトヨタ・マークIIや三菱・ディアマンテ(初代)と比べると今ひとつで、マイナーチェンジを繰り返す度に大きな変更が施され、R32スカイラインGT-R(GTS-4)に搭載されていた4WDアテーサE-TSシステムとRB20DETを組み合わせたセフィーロでは最初で最後の4WDモデル、「アテーサクルージング」(後期ではSE-4)の追加も試みられた(RB20DETとATTESA E-TSの組み合わせは、R32スカイラインGTS-4と同じである)。

1992年6月、再度のマイナーチェンジの後期型では2500ccのRB25DE搭載モデルの追加があり、最終的には全車ATとなり、バンパーの大型化で3ナンバー化される。

なお、標準車のRB20DETターボエンジン搭載グレードのクルージングをベースとし、日産の特装車専門の子会社オーテックジャパンで、エアロパーツ、エンジンチューン、コノリー社製本革シート、オリジナル品の本皮巻ステアリング、ブリヂストン・ポテンザ(タイヤ)、PIAA製アルミホイールなど、カスタマイズを施した「オーテックバージョン」が前期型の途中から追加設定され、1990年8月にマイナーチェンジされた中期型以降も引続き設定され好評を得ていた。

モデル末期の1992年頃に「足回りがS13系シルビアとほぼ共通」、「エンジン関連はR32系スカイラインのパーツ流用ができる」、「マイナー車なので目立つ」という部分が注目された為に走り屋(特にドリフト関係)から急に人気が上がった。しかし、元々極端にマニュアル率が低く、マイナーチェンジ後にはATのみと言う構成故にターボで純正マニュアルシフトの物は稀少で価格が高騰した為、ショップでのAT→MT換装やRB25DE→RB25DETやスカイラインGT-R用 RB26DETT等のエンジン換装(特にRB25DETは車検上では“RB25”になってるため殆ど変更無く可能)をメジャーにさせた切っ掛けの一つであると思われる。雑誌ドリフト天国のデモカーもA31セフィーロだった。(だが事故大破し、その修理のためにピックアップ化された為に車検に通せず廃車になった)

平成の始めごろから、警察の捜査用覆面パトカーとして大量採用されていた。ちなみに、テレビドラマ及び映画あぶない刑事シリーズでは、日産自動車が車両協力している関係から、仲村トオル扮する町田透刑事が主に使用する覆面パトカーとして登場している。なお、競合車種である通称「マーク II 3兄弟(X80系)」の内、クレスタが競合車種となっていた。

[ 2008/02/02 13:42 ] NISSAN | TB(0) | CM(0)

Silvia S110 CM 0'30"

トップページNISSANカテゴリーNissan Silvia S110 CM 20071030103931.jpg
blogram投票ボタンにほんブログ村 動画紹介ブログへ人気ブログランキングへ
日産自動車で生産されていた2ドアノッチバックタイプのクーペ型自動車(3代目、4代目にはハッチバックが存在する)。

名前の由来はギリシャ神話に登場する清楚な乙女の名前から。その語源はラテン語で「森」を意味する。なお、この「シルビア」という名前は元々本田技研工業が商標を持っていたが、ホンダが日産自動車にこの商標を譲渡した形となった。

尚、レース用やドリフト用の車としてレーサーや走り屋にも人気は高いが、とりわけ走り屋と呼ばれる人たちが公道で無謀な走行をして事故を起こすことが多かったために、任意自動車保険の保険料率が国産車の中では一番高い(2006年現在)。

3代目(S110型 1979-1983年)
1979年3月、発売。プラットフォームはサニーからバイオレットがベースとなったことで、リヤサスペンションが4リンクコイル・リジッドサスペンションとなった。先代ベースの輸出仕様車である初代200SXの手応えから、さらにアメニティーに振ったコンセプトとなり、日本初のドライブコンピュータや、アメリカ車並みのムーディーな室内イルミネーションを採用し、夜のドライブが楽しいデートカーとして人気を博すことになった。なお、米国仕様車の名称は200SXを継承している。

エンジンは当初、1800ccのZ18型、2000ccのZ20型の2種が設定され、のちのマイナーチェンジでFJ20E型が追加設定された。FJ20E型はスカイラインRSに搭載されたDOHCエンジンである。

サニー系のパワートレインのため、5速MTは5速がオーバードライブではなく、直結となっており、1速が左手前にくるシフトパターンであった。そのため、発進時のシフトミスを防ぐためリバースポジションでは警告ブザーが吹鳴するようになっていた。後に5速MTは6気筒車と共通の、4速プラスオーバードライブ式に変更された。ボディタイプはクーペに加えてハッチバックが追加された。1982年には2400ccエンジンを搭載して角ばったオーバーフェンダーを取り付け、225/50R16タイヤを標準とする240RSも登場した。

また、このモデルと次のS12型には日産モーター店扱いとなる、姉妹車のガゼールが設定された。なお、石原プロモーション製作の「西部警察」にて故・石原裕次郎が搭乗しているS110型のオープンカーは、姉妹車のガゼールである。また、シルビアの車種分割は、1986年2月、S12のマイナーチェンジに伴う車種統合まで続いた後、S13登場時にガゼール改め180SXに再分割された。

1982年、生産拠点を九州工場へ移す。

この年の第30回サファリラリーでは、LZ20B型(215ps)を搭載したグループ4仕様車が総合3位を獲得した。

1983年、生産終了。

[ 2008/02/04 12:22 ] NISSAN | TB(0) | CM(0)

Skyline GT-TURBO CM 0'28"

トップページNISSANカテゴリーNissan Skyline GT-TURBO CM 20071030103940.jpg
blogram投票ボタンにほんブログ村 動画紹介ブログへ人気ブログランキングへ
6代目(R30型、1981年-1985年)
通称:ニューマンスカイライン、鉄仮面(後期型RSの通称)
キャッチコピー:New 愛のスカイライン・ニューマン スカイライン・史上最強のスカイライン
1981年8月 R30型発売。アメリカの俳優ポール・ニューマンが広告キャラクターであったため、「ニューマン・スカイライン」と呼ばれた。グレード体系はC210型同様の直列6気筒エンジンを搭載する「GTシリーズ」と直列4気筒エンジンを搭載する「TIシリーズ」の2系列だが、ホイールベースは1種類となった。ボディバリエーションは、4ドアセダン・2ドアハードトップ・5ドアハッチバック・後に追加されるライトバン(エステート)の4種。

ハッチバックはスカイライン史上初である。現在は常識となっているテンパータイヤは、このR30型ハッチバックが日本初採用であり、スペアタイヤに空気圧減圧警告灯なども装備されていた。搭載エンジンは、Z18S型(エステート・TI)、Z18E型/Z20S型/Z20E型(TI)、L20E型/L20ET型/LD28 型(GT)の7機種。

1981年10月 直列4気筒4バルブDOHC FJ20E型エンジン(150ps/6000rpm、18.5kgm/4800rpm)を搭載する「2000RS(DR30型)」を追加。GT-Rの再来と期待されたが、FJ20E型が直列4気筒であるがためにGT-Rを名乗らなかったともいわれている。同時にZ18S型を搭載する「エステート」が追加。

1982年10月 一部変更。「TIシリーズ」の1800cc Z18型エンジンを直列4気筒OHC CA18型/CA18E型エンジンへ変更(FJR30型)。「TI Lエクストラ」および「GT Xエクストラ」を追加し、「2000RS」に60%扁平タイヤを装着。

1983年2月 FJ20E型にターボチャージャーを追加した、FJ20ET型(190ps/6400rpm)を搭載した「2000ターボRS(DR30JFT型)」を追加。歴代スカイラインのどれよりも高出力であったことから「史上最強のスカイライン」というキャッチコピーが用いられる。また、日産は、このモデルにてハコスカ以来となるワークスとしてレースに復帰。

刑事ドラマ西部警察の劇用車として、2ドアハードトップが旧モデルに引続き使われていた。最初に2000RS=1台(マシンRS、ターボ車追加後RS-3に名称変更)が登場し、後に2000ターボRS=2台(RS-1.RS-2)が追加された。

1983年8月 マイナーチェンジにより後期型へ。前後の意匠変更、大型バンパーの採用等を行う。RSの後期型は薄型ヘッドランプ、ラジエーターグリルレスのデザインにより「鉄仮面」と呼ばれた。パワーランバーサポート・パワーステアリング・パワーウインド・カセットコンポを装備した豪華仕様「2000ターボRS-X(DR30XFT型)」を追加。

1983年10月日本初のAT専用グレードであるNAの豪華仕様「2000RS-X(DR30XFE型)」、および15インチアルミホイール、ブロンズガラス、専用ステッカーを装備する「2000ターボGT-E・S ポール・ニューマン・バージョン(HR30JFT型)」を追加。

1983年11月 日産50周年記念限定車「50アニバーサリー バージョン」を設定。これは2ドアハードトップ2000ターボRS-Xをベースに、メッキドアミラー、専用エムブレム、「ハイタッチモケット」と呼ばれる専用の内装(後にオプション設定)を備え、白のほかにガンメタ/赤茶ツートンの専用ボディカラーも用意された。

1984年1月 「2000ターボGT-E・Xパサージュ(HR30GAE型)」を追加。

1984年2月 インタークーラー搭載モデルである「2000ターボインタークーラーRS/RS-X(DR30JFS/DR30XFS)」を追加。このモデルは「ターボC」と呼ばれる、RS -XターボCでは、前述のハイタッチモケット仕様の内装が選択可能となった。インタークーラー付きFJ20ET型エンジンはグロス表示ながら 205ps/6400rpm、25.0kgm/4400rpmを発生させ、いまだに根強いファンを持つ。

1984年8月エンジンの点火系を変更した「プラズマスパークシリーズ」を発売。最強のエンジンでイージードライブが可能になった「2000ターボインタークーラーRS -X A/T(DR30XAS型)」、および「2000ターボGT-E・II(HR30HFT型)」を追加。

1985年8月 モデルチェンジによりR31型に移行されるが、5ドアハッチバックはこのモデル限りで廃止となる。エステート(バン)は1990年2月まで継続生産されるが、こちらもこのモデルを最後に廃止された(後継車はアベニールカーゴ(1990年5月~1999年6月)、現在はADエキスパートが販売されている。

[ 2008/02/05 11:58 ] NISSAN | TB(0) | CM(0)

Skyline Ad 1982 0'30"

トップページNISSANカテゴリーSkyline Ad 1982 20071030103859.jpg
blogram投票ボタンにほんブログ村 動画紹介ブログへ人気ブログランキングへ
6代目(R30型、1981年-1985年)
通称:ニューマンスカイライン、鉄仮面(後期型RSの通称)
キャッチコピー:New 愛のスカイライン・ニューマン スカイライン・史上最強のスカイライン
1981年8月 R30型発売。アメリカの俳優ポール・ニューマンが広告キャラクターであったため、「ニューマン・スカイライン」と呼ばれた。グレード体系はC210型同様の直列6気筒エンジンを搭載する「GTシリーズ」と直列4気筒エンジンを搭載する「TIシリーズ」の2系列だが、ホイールベースは1種類となった。ボディバリエーションは、4ドアセダン・2ドアハードトップ・5ドアハッチバック・後に追加されるライトバン(エステート)の4種。

ハッチバックはスカイライン史上初である。現在は常識となっているテンパータイヤは、このR30型ハッチバックが日本初採用であり、スペアタイヤに空気圧減圧警告灯なども装備されていた。搭載エンジンは、Z18S型(エステート・TI)、Z18E型/Z20S型/Z20E型(TI)、L20E型/L20ET型/LD28 型(GT)の7機種。

1981年10月 直列4気筒4バルブDOHC FJ20E型エンジン(150ps/6000rpm、18.5kgm/4800rpm)を搭載する「2000RS(DR30型)」を追加。GT-Rの再来と期待されたが、FJ20E型が直列4気筒であるがためにGT-Rを名乗らなかったともいわれている。同時にZ18S型を搭載する「エステート」が追加。

1982年10月 一部変更。「TIシリーズ」の1800cc Z18型エンジンを直列4気筒OHC CA18型/CA18E型エンジンへ変更(FJR30型)。「TI Lエクストラ」および「GT Xエクストラ」を追加し、「2000RS」に60%扁平タイヤを装着。

1983年2月 FJ20E型にターボチャージャーを追加した、FJ20ET型(190ps/6400rpm)を搭載した「2000ターボRS(DR30JFT型)」を追加。歴代スカイラインのどれよりも高出力であったことから「史上最強のスカイライン」というキャッチコピーが用いられる。また、日産は、このモデルにてハコスカ以来となるワークスとしてレースに復帰。

刑事ドラマ西部警察の劇用車として、2ドアハードトップが旧モデルに引続き使われていた。最初に2000RS=1台(マシンRS、ターボ車追加後RS-3に名称変更)が登場し、後に2000ターボRS=2台(RS-1.RS-2)が追加された。

1983年8月 マイナーチェンジにより後期型へ。前後の意匠変更、大型バンパーの採用等を行う。RSの後期型は薄型ヘッドランプ、ラジエーターグリルレスのデザインにより「鉄仮面」と呼ばれた。パワーランバーサポート・パワーステアリング・パワーウインド・カセットコンポを装備した豪華仕様「2000ターボRS-X(DR30XFT型)」を追加。

1983年10月日本初のAT専用グレードであるNAの豪華仕様「2000RS-X(DR30XFE型)」、および15インチアルミホイール、ブロンズガラス、専用ステッカーを装備する「2000ターボGT-E・S ポール・ニューマン・バージョン(HR30JFT型)」を追加。

1983年11月 日産50周年記念限定車「50アニバーサリー バージョン」を設定。これは2ドアハードトップ2000ターボRS-Xをベースに、メッキドアミラー、専用エムブレム、「ハイタッチモケット」と呼ばれる専用の内装(後にオプション設定)を備え、白のほかにガンメタ/赤茶ツートンの専用ボディカラーも用意された。

1984年1月 「2000ターボGT-E・Xパサージュ(HR30GAE型)」を追加。

1984年2月 インタークーラー搭載モデルである「2000ターボインタークーラーRS/RS-X(DR30JFS/DR30XFS)」を追加。このモデルは「ターボC」と呼ばれる、RS -XターボCでは、前述のハイタッチモケット仕様の内装が選択可能となった。インタークーラー付きFJ20ET型エンジンはグロス表示ながら 205ps/6400rpm、25.0kgm/4400rpmを発生させ、いまだに根強いファンを持つ。

1984年8月エンジンの点火系を変更した「プラズマスパークシリーズ」を発売。最強のエンジンでイージードライブが可能になった「2000ターボインタークーラーRS -X A/T(DR30XAS型)」、および「2000ターボGT-E・II(HR30HFT型)」を追加。

1985年8月 モデルチェンジによりR31型に移行されるが、5ドアハッチバックはこのモデル限りで廃止となる。エステート(バン)は1990年2月まで継続生産されるが、こちらもこのモデルを最後に廃止された(後継車はアベニールカーゴ(1990年5月~1999年6月)、現在はADエキスパートが販売されている。

[ 2008/02/06 11:39 ] NISSAN | TB(0) | CM(0)
FC2カウンター
ブログ内検索
コミュニティ・ツール
ブロガー(ブログ)交流空間 エディタコミュニティ





上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。